「ねぇ、竜樹。このカメラとマイク、隠してあったんだけど、何に使うつもりだったの?」
「……で、何か言い訳はあるか?」
僕は忘れ物を取りに行った帰りに、西村先生と合流した。ついでに相談したくて、あるモノを持って、宿直室に向かう。
その矢先にプールから聞こえてくる二人の声と、Fクラスの教室から聞こえてくる悲痛の叫び声。溜息を吐いて、二方向に分かれた。
そして、僕たちの前で正座をする三人。
「僕に無断で盗撮や盗聴をする辺り、ストーカー染みているよね。前から言っているのに、まだ懲りてなかったの? 竜樹のせいで、怪我が悪化したの、まだ罪悪感も感じないんだ……」
「そ、それは……っ!」
「世間の目もキツイのに。ねぇ、佐古財閥の御曹司がこんなことして――許されると思った? ねぇ、どんな気持ち? ご両親には申し訳ないね……」
僕はそう言いつつ、広辞苑の背を頭に叩き込む。重みを利用して振り上げるので、下ろす時は力いらずで便利である。痛そうにしているが、自業自得なので良い子は真似をしちゃいけないぞ。
西村先生の方は反省文を書かせて、帰らせるつもりらしい。一言だけでも声をかけて、今日は帰るとしようかな。
「西村先生、竜樹に制裁をしたので帰りますね。後日、改めて相談に伺います」
「そうか、帰り道は気をつけて帰れ」
「はい、お疲れ様です。……竜樹、何をしているの。帰るよ」
僕は竜樹の右腕を掴んで、引きずりながら廊下に出た。そして、そのまま置いて校門まで歩いていく。この件は、絶対に相談して止めさせなくては! 言ってくれれば考えなくもないけど、それでも無断で盗聴や盗撮はしてほしくなかった。スキャンダルのネタにされたくないから、何としてでも隠さなくては。お世話になっているおじさん、おばさんにどう切り出せばいいんだろう……。
*
「――ということがありまして」
「そうじゃったか。それは確かに悪いじゃろ」
「竜樹は僕のことになると……その、頭のネジが緩くなるから犯罪だとは、思っていないんだよね」
「……」
「初めて会った時に一目惚れしたと、率直に言うからご両親が慌ててしまって。同性同士は結婚出来ないって言えば、性別変えてくれ! と言うし……今思えば、僕限定でMになっていた気がする……」
僕はガタガタを震えて、今までを振り返った。なにそれ怖い。秀吉に慰められる隣で、明久たちはプールの話をしていた。
「皆で今週末にプールに行かないか?」
雄二はそう言って、ムッツリーニを誘おうとする。頷こうとすれば、
「ムッツリーニには掃除を手伝ってもらうけどな」
「…………」
雄二の言葉に動きを止めた。さっき、プールは重労働だと言ったからだ。
「ちなみに姫路と島田にも声をかけるつもりだ」
「…………ブラシと洗剤を用意しておけ」
安い条件に釣られ、プール掃除に参加するようだ。この手を使えば、簡単に動いてくれるのはどうなんだろう。
後で先生に相談して、大丈夫か聞いておかなくちゃ。まあどうせ、竜樹は来るから話さなくていいかな。ついでに説教と躾もしておこう。道徳を教え込まないと、僕の身の危険が心配になる。
*
週末の雲ひとつない青空の下、僕は秀吉と姫路さんと話していた。足元には縄でぐるぐる巻きにした竜樹を寝かせている。時々、息が荒くなる度に蹴っているが。
「……なんとか、先生の許可が下りたんですよ」
「それは良かったのじゃが、入って大丈夫なのかのう?」
「そうですよね。鴉君、入っても大丈夫なのですか?」
「それは時間制限があるんですが、入ってもいいみたいですよ。ただ、入るだけで泳ぐのは駄目なんです……」
「仕方ないじゃろな。ただの水じゃったらいいかもしれんのじゃが、プールは塩素が混ざっておるし傷に染みると思わんかのう?」
「あ、そういえばそうですよね。まだ治っていないですもんね」
条件を付けられて、先生が指定した水着を着ることで許可が下りたくらいだ。タッパタイプのウエットスーツなら、傷の多い上半身を守れるらしい。幸い、下半身は足が不自由だけど傷は少なかったので、ハーフパンツでいいみたい。
色々と話し込んでいたら、ちょうど明久が来たようだ。
「おはよー。絶好のプール日和だね」
「おはようじゃ明久。良い天気じゃな」
「おはようございます明久君。今日は良い一日になりそうですね」
「おはよう明久。今日も頑張ってね」
なんとなく、明久の考えていることが分かるかもしれない。大方、水着姿が見られるから天国だと思っているんだろう。
ムッツリーニの所に声をかける明久。しかし、鬼気迫る様子から躊躇う。ちらりと見えるバッグからは血液パックが大量に入っていた。どういうルートから入手したんだろう。まあ、一応は僕の所でも血液パックは扱っている。主に全国の病院に対してだけど。専門じゃないので、委託されて管理と配達を任されている。
おや、島田さんと葉月ちゃんも来ていたんですね。明久も結構、葉月ちゃんのことを考えているんだと思った。最後は校舎の方から並んで歩いている雄二と霧島さんが見える。雰囲気が柔らかく、特に笑っている表情はとても女の子である。雄二も満更でもない顔をして、幸せそうだ。しかし、明久には隠しているらしい。
「んじゃ、早速着替えるとするか。女子更衣室の鍵は翔子に預けてあるからついていってくれ。着替え終わったらプールサイドに集合だ」
雄二の言葉通りに一旦男女に分かれる。僕は竜樹を引きずって、雄二の所に行く。
「こらこら。葉月ちゃんと秀吉と鴉は女子更衣室でしょ。霧島さんについていかないとダメだよ」
そう言って、背中を押してくる明久。冗談は頭だけにしてよね。さっきから竜樹の顔が凄いことになっているんだけど。
「えへへ。冗談ですっ」
「ワシは冗談ではないのじゃが……?」
「僕は冗談じゃ済まさないですよ」
三者三様の言葉。それぞれ、意味合いが違っていく。そんなに僕は女顔なの……?
「ほら、遊んでないで行くわよ葉月、秀吉、鴉」
「し、島田!? ついにお主までそんな目でワシをみるように!? 嫌じゃ! 女子更衣室で着替えるのだけは嫌なのじゃ!」
「島田さんまで、僕をそう思っていたの!? 女子更衣室は止めてほしいですよ!」
男が女子更衣室で着替えるのは、道徳的にマズいよ! それに僕は生物学上は男です! いくら女顔でも、それだけは勘弁してほしい。
「あの……。それなら、木下君たちは別の場所で着替えるっていうのはどうでしょうか?」
くっ! こんな屈辱的な気持ちを味わうなんて。男子更衣室で着替えられないのは、仕方ないけど秀吉と二人だけ別の所で着替えることになるとは。
着替えている時に気付いたけど、秀吉の水着、女の子用なんだよね。男の子用の水着は、上が付かないけど思わなかったのかな。……ハッ、この視線は!
「覗きは駄目ですよ!」
僕は窓に向けて、催涙スプレーを吹きかける。しばらくすると「目がっ! 目がぁっ!」という声が聞こえた。
「秀吉、行きましょうか」
僕は指摘しないで、先にプールに向かう。ついでに覗き犯を引きずって。
ベンチに座ると足を擦る。激しい運動は出来ないけれど、リハビリを頑張れば多少は良いらしい。
「足が大丈夫か?」
真面目な顔をして近づいてきた竜樹。いつもの雰囲気は鳴りを潜めているようで、僕の足を心配してくれている。
「あ、うん……ちょっと足を引きずる歩き方になるけど大丈夫かな。ただ、プールの中に入ると動きづらいなぁと」
「じゃ、俺と一緒に入って歩いてみるか」
「……うん、頼むね。危ないことしたら、半日説教だよ」
「……分かっている。去年の二の舞いだからな。一日説教とか勘弁だ」
「大丈夫、今度は竜樹のおばあさんにお願いするつもりだよ」
「………」
僕は竜樹の手を引いて、プールに入る。体操はしたし、準備は済ませている。向こうでは秀吉が女の子用の水着を着ていることに一悶着起きていた。僕には関係ないから、リハビリでもしよう。竜樹に手を引かれながら、ゆっくりとプールの中を歩く。余計な力を入れなくていいから、移動は楽だけど身長のせいで溺れかける。今は竜樹に支えてもらっているから、大丈夫である。
「水中鬼はやっちゃ駄目だよー。危険だから別の遊びにしてねー」
僕は聞こえてきた葉月ちゃんと明久の会話に水を差す。想像していた通りのやり方なら、下手したら命の危機になりかねないから止めた。
「はいです……。葉月、水中鬼は諦めるです……」
「ごめんね、葉月ちゃん。代わりに僕が遊んであげるから」
空気を読んだのか、明久は葉月ちゃんに話しかけて一緒に遊ぶ方向に持っていく。危ない遊びは危険だから、泣かせないためにも別の遊びを提案してあげなくちゃいけない。
竜樹に止められて、僕はプールから出されるとベンチに座らされた。足を触って、無理していないか調べるらしい。事故で後遺症が残ったとはいえ、無理はしないように気をつけているのに。
「鴉、前より肉付きが悪いぞ。また痩せたのか」
「……そうだよ、痩せちゃった。以前よりも量が減ったから、あまり食べる気がしないよ」
「やっぱりな。親父もお袋も心配していたから、今後は俺んちで食べてもらうからな」
「大丈夫だから! ゼリーだけで良かったから!」
「ダメだ。もう連絡したから、今日から俺んちに連れていくぞ」
「いつの間に連絡したの!?」
連絡している気配なんて、なかったはずなのに! いつ電話したのさ。僕が気付かないはずないのに。
ふと、周りの様子が騒がしくなって見渡すと、秀吉の水着を握る明久がいた。それに慌てる姫路さんと島田さんが見える。血を流したまま浮かぶムッツリーニ。そして、そのまま校舎に運ばれる僕。竜樹は真剣な顔で、何やら呟いていた。
僕は何も出来ないまま、竜樹の家に連れ去られ、無理やり料理を突っ込まれる。
*
週明けの朝。
「――竜樹、どうして無理やり突っ込むのかな? 危うく、僕は窒息しそうだったんだけど。おばさんが止めてくれなかったら、今頃は病院に逆戻りだったんだよ!? 反省しているの!?」
僕の前にボコボコに殴られ、正座させられている竜樹がいる。その隣では西村先生に殴られながら説教されている明久と雄二がいた。
朝の補修室は空気が重苦しい雰囲気が漂う。しかし、ちゃんとした理由があってこうなっているだけである。
「昔から性急する性格、なんとかしてよ! 僕の気が休まらないの! 誰だって、食べるペースはあるから、それを把握して。竜樹みたいに早食いじゃないし、僕はゆっくりと食べたいよ……」
「……ごめん」
僕は溜息を吐いて、隣を見た。
「……今度の強化合宿の風呂は、木下と鴉を別にする必要があるようだな……」
「先生、それはどういうことですか!?」
僕の必死の叫びは、呆気なくチャイムに邪魔されてうやむやにされた。畜生、詳しく聞けなかった!