魔法少女まどか☆マギカ × ウルトラマンネクサス   作:ブラッディ

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予兆 ―プロフェシー―

 見滝原に孵った【魔女】シャルロッテ。

 それを【スペースビースト】として殲滅しに出動した特殊部隊【ナイトレイダー】は、結界の中で一人の少女を救出する。

 少女の名は【美樹さやか】。

 状況を見て、ナイトレイダー隊長【和倉】は、さやかを戦闘機【クロムチェスター】に同乗させることとした。

 

 

 

 

 あれよあれよという間に、さやかは、この顔の怖い女の人(西条凪)の後ろの席で、慌ててシートベルトをつけていた。

 外では、窓越しに、もうひとつの戦闘機が魔女と戦っているのが見える。ミサイルとかビームを撃ちながら、ものすごいスピードで飛び回っている。

 

 結界に謎の飛行機がきたときは驚いたし、そこから大人が何人も降りてきたときも驚いたし、助けられて安心したが、まさかこの人たちと一緒に、このすごい飛行機に乗ることになるとは、まったく考えもしなかった。

 魔法少女のことを知って、魔女のことを知って、自分にも親友にも魔法少女の才能があると知って、そのうえこの人たち……。世界は不思議で満ちている、なんてなにかの漫画で言っていたが、さやかはいい加減、頭がどうにかなりそうだ。

 

 それに、この人たちは、魔女や使い魔は見えているのに、なぜか、キュゥべえは見えていないようだ。さやかがひざの上にキュウべえを乗せていても、なにも言ってこない。

 魔女の結界にまで入ってきて戦闘機で戦えるこの人たちがすごいのか、大人5人が戦闘機で戦う魔女相手に、ほとんど生身の魔法で一人きりで戦うマミさんのような魔法少女がすごいのか、さやかにははっきりとはいえなかったが、とにかく、さやかがまるで知らなかった現実が、そこには広がっていた。

 

『飛んでる間、少し苦しいかもしれないけど、我慢しててね』

 

 通信機越しに、もう一人の女の人が声をかけてくれた。

 こっちの人は、優しげというか、軽い感じというか、前の席の人よりは柔らかい感じ。前の席の人があの転校生(暁美ほむら)的で、もう一人が先輩(巴マミ)的な。……いや、あの感じの悪い転校生と同じ扱いにしては、前の席の副隊長さんに失礼だろうか?

 

『チェスター発進! δ機と合流し、ハイパーストライクフォーメーションで叩く!』

 

『『『了解!』』』

 

 

 厳めしい男の人の声に、三人分の返事が聞こえてきたとき、突然、ジェットコースターのような感覚とともに、さやかが窓から見ている視界が上に上がった。

 

 

 

 

 

「クアドラブラスター、アビロック、ともに、効果が見受けられません!」

 

 戦線に合流した他の隊員たちに孤門は状況を説明した。

 【クアドラブラスター】は、ハイパージェネレーターのエネルギーを使って発射するビーム兵器だ。それだけでも、巨大ビーストに大ダメージを与える威力があるが、アビロックミサイルと併用しても、シャルロッテが弱った様子はなかった。

 

「効果がないというより、脱皮する形でダメージをリセットしているんだ。脱皮でのリセットを上回るダメージを与えて殲滅するか、脱皮できなくなるまで脱皮させ続けるか。奴を倒すにはそのどちらかしかない」

 

 石堀の分析は的を射ていた。孤門には直撃による爆煙や閃光でよく見えなかったが、遠くから観察していた石堀たちには、シャルロッテが、攻撃を受ける度に口から自分自身を吐き出して生き続けているのが見えていた。

 

「要救助者をのせている以上、時間がない。ウルティメイトバニッシャーで一気に消滅させるぞ! 凪!」

 

「了解! セット・イントゥ・ハイパーストライクチェスター!!」

 

 和倉の命令に従い、西条は再び合体の音頭をとる。

 上下にクロムチェスターδとストライクチェスターが並んだかと思うと、チェスターδ自体が巨大な二門の砲に変形し、ストライクチェスターの上に重なるように合体する。見た目からは想像もつかないあまりにもとんでもない変形に、さやかが驚愕の声をあげる。

 

 これが、四機のチェスターを合体させ、ハイパージェネレーターの全出力を兵器に転用することで、二門の砲から超強力な兵器を発射する最強形態【ハイパーストライクチェスター】だ。

 

 そして、今、ハイパーストライクチェスターに搭載された最強の兵器の名は【ウルティメイトバニッシャー】。ウルトラマンが腕をL字に組んで発射する破壊光線【オーバーレイ・シュトローム】と同等の威力をもち、直撃すればどんなビーストをも一撃で葬り去る。その代わり、発射できるのは四発が限度。だが、一発あれば充分だ!

 

「副隊長、ビーストの正面に回り込んでください。ビーストは口から脱皮しています。正面から撃ち込めば、万が一脱皮されても、ダメージを与え続けられます」

 

「了解」

 

 石堀の助言に短く答え、西条は舵をきった。

 

 チェスターは、その大きな見た目からは考えられないほど機敏な機動を見せる。大きく延び上がって後ろから噛みつくシャルロッテに対し、高度を急に下げて頭の下に避け、機首の方向はそのままに一気に後退。羽の真下をすり抜けて背後につく。

 それを追って振り向いたシャルロッテが目にしたのは、顔につきつけられる二門の砲!

 準備完了! 西条が叫ぶ!

 

「今よ!」

 

「ウルティメイトバニッシャー、シュート!」

 

 孤門がすかさずトリガーを引いた。

 チェスターδの変形したハイパーバニッシャーキャノンから、ウルトラマン・姫矢准の犠牲と献身、そして絆の遺した最強の力が発射され――

 

 

 

 

 ――なかった。

 

「な、どうして!」

 

 孤門は、二度、三度とトリガーをひくが、なにも起こらない……!

 シャルロッテは好機と見たか、口を開けてチェスターごと噛み砕きにかかる!

 

『きゃあああああああああああッ!?』

 

「くっそぉおお!!」

 

 通信機越しに要救助者の少女(さやか)の悲鳴を聞いた孤門は、咄嗟に別のトリガーをひき、ミサイルを発射。シャルロッテの目を潰し、怯ませる。

 事態を察した西条は、機体を一気に上昇させ、シャルロッテから一度逃れる。

 

「どうしたの!?」

 

「バニッシャーが発射されません!」

 

「またぁ!?」

 

 平木の叫びに孤門が答える。

 以前、スペースビースト・コードネーム【ラフレイア】と戦ったときにも、そういうことがあった。

 光の巨人(ウルトラマン)の特殊位相空間【メタフィールド】に、ストライクフォーメーションで初めて突入した直後、闇の巨人(ウルティノイド)「ダークファウスト」が現れ、【メタフィールド】を、逆の位相の特殊位相空間【ダークフィールド】に上書きして変換してしまった。そのとき、ウルトラマンの位相に同期していたチェスターは、ファウストの位相に適応できず、各部に問題が生じて、ストライクバニッシャーが撃てなくなってしまったのだ。平木の「またぁ!?」とはそのときのことだ。

 そのときには、エネルギーのほとんどを機体の維持に回し、虎の子の一発で勝利を掴んだが、以降はそういうことはなかった。

 なかったはずだが…

 

 すぐに石堀が機体にチェックをかける。しかし、

 

「各機とも異常なし、エネルギーバイパスも正常……! なのにエネルギー変換が行われていないなんて!」

 

 あのときとはまた事情が異なっていた。

 

「原因不明のエラーってこと!?」

 

「そういうことになる! ビーストが作り出した位相空間への突入は初めてだから、計器上は従来の特殊位相空間と変わらなくても、もしかしたらなにかが……!」

 

 以前に出現したコードネーム【ゴルゴレム】は、位相空間を移動する能力を持っていて、それを追って、チェスターδが、メタフィールドともダークフィールドとも違う位相空間に突入したことはあった。だが、それは、既に存在する位相を移動しているのであって、今回の魔女(ビースト)シャルロッテは、まったく新しい位相空間を作り出すという、ウルトラマンやウルティノイドと同様の能力を持っている。同じようでも全く違うのだ。

 

「くっ!」

 

 魔女は人の感情を敏感に察知する。ナイトレイダーの焦りを感知したか、シャルロッテは俄然、勢いを取り戻した。

 ナイトレイダーの活躍によって、本来より早く活動を開始したために動きが少し鈍かったが、時間が経過したことと、さやかやナイトレイダーの感情を吸収したことで、本来の能力を引き出し、等加速級的に速度をあげてハイパーストライクチェスターに迫ってくる。

 その姿はまるで獲物に追いすがる蛇と、必死に身をかわす蛙のよう。蛙は逃げることもできるが、ナイトレイダーは逃げるわけにはいかない。今また、バニッシャー砲をシャルロッテがすんでのところで食い損ねた。シャルロッテは地団駄を踏むように身体をくねらせると、狙い済ましたミサイルを機敏によけ、またも大口を開けてその絶望の穴の中へチェスターを誘う。

 孤門が発射するミサイルも段々と避けられはじめ、舵をとる西条の声にも苦しさが滲む。和倉としてはさやかを一度結界の外へ降ろしたかったが、今やそうも易々とはいかない。判断が遅れたことを悔やむ暇さえない。

 

「早くして! 長くはもたないわ!」

 

 鉄面皮の冷静な副隊長さんの慌てようを見て、いよいよさやかも慌て出した。 

 

「え? えぇ!? も、もしかして大ピンチなんですか!?」

 

 魔女の横を抜けて、さやかが目を回しているうちに、魔女に必殺技っぽいのを撃ち込める状態になった、かと思いきや必殺技は発射されず、魔女に追い回されてる。そんな感じではあるが、さやかは事態を正しく認識していた。

 膝の上のキュゥべえもぱっと顔をあげた。

 

「僕の方はいつでも準備はできているよ。君の決心次第さ」

 

 ここぞとばかりのお言葉である。

 わかってるよね?とでも言いたげなその声は、さやか以外には聞こえない。

 

「……」

 

 さやかも、しばらくキュゥべえを見ていたが、やがて頷いて見せる。

 

 いざとなったら、キュゥべえと【契約】して、私が魔法少女になって、この人たちを守る。

 この正義の味方の人たちを、死なせないために。ナイトレイダーの戦いは、さやかに立ち向かう勇気を奮い立たせた。……一方で、その決心が現状を改めてさやかに認識させ、身を震わせる。

 正直、さやかは、既に体に上手く力が入らない。頭も少し熱っぽくて、ここ最近では珍しいくらい体調が悪い。身の震えも、怖いだけではなく、チェスターの飛行の負担がかかりすぎているのだ。こんな状態では、憧れのマミさんのようにはできないかもしれない。

 それでも、さやかはできることをしたかった。この人たちが自分を護るために戦っているように。

 ……本当に『なにか』をしてあげたい人には、なにもしてあげられないから。

 

 

 

 しかし。

 

 歴戦のナイトレイダーを前にして、それには及ばない。

 

 後部座席で震え出したさやかを西条がチラと見たとき、石堀が声をあげた。

 

「あった! データリンクに異常がある! 」

 

「どういうこと!?」

 

「これは……ウルティメイトバニッシャーの組成データが欠損しているのか! だからエネルギーをウルティメイトバニッシャーの組成データに変換できないんだ!」

 

 ウルティメイトバニッシャーは、ウルトラマンの破壊光線(オーバーレイ・シュトローム)の【光電子マトリックス】を再現することで実現しており、エネルギーをハイパージェネレーターの中でその通りに変換するためのデータが、【組成データ】だ。しかし、今、チェスターのメモリの中に保存されているはずの組成データが欠損し、エネルギーが変換されなくなってしまっていた。

 

「データが壊れちゃってるってこと!? なんで!?」

 

「それは今、どうでもいい!!」

 

 平木の問いかけを和倉が遮る。

 

「データの復旧は可能か、石堀!」

 

「……現状では……不可能と判断するしかありません!」

 

「なら通常のバニッシャーに切り替えろ! ハイパーストライクバニッシャーでも充分な威力のはずだ!」

 

「しかし、奴の再生能力を上回れるかは疑問が!」

 

 和倉の命令に、石堀が問題点を指摘する。

 対象を電子レベルに分解してしまう【オーバーレイ・シュトローム】、ひいては【ウルティメイトバニッシャー】に対し、【ハイパーストライクバニッシャー】は()()()()()()()()()()()に過ぎない。極めて強力な脱皮再生を行えるシャルロッテを確実に殲滅できる保証はないのだ。

 そのとき、

 

「撃ってみればわかります!!」

 

 孤門が、珍しく強い語調で叫んだ。

 

「今、僕らは普通の女の子を乗せてるんです! 彼女のことを考えれば、長引かせるわけにはいきません! もし、少しでも倒せる可能性があるなら、やってみるべきです!」

 

 どこまでも、孤門らしい言葉だった。人々の救出を第一に考える。

 

 西条は、もう一度さやかを横目で観察した。

 

 震えているが、それはなにも、恐怖だけではないことに気がつく。なるほど、よく見れば、目も多少虚ろで、体が少しぐったりとしている。

 鍛えられていない、ただの女子中学生であるさやかには、オーバーテクノロジーで軽減されているといっても、クロムチェスターの速度によるGは厳しすぎたのだ。元気が取り柄のさやかだからこそ、意識を保ててはいるが、心身ともに続く極限状態に、もはや、限界が近かった。

 

「でも、それで決めきれなければ、バニッシャー一発分のエネルギーを無駄にして、さらに苦戦を強いられることになるわ。あなたはそれを考えているの?」

 

 とはいえ、西条はどこまでも冷静に指摘する。

 ハイパーストライクバニッシャーは、ウルティメイトバニッシャーほどのエネルギー消耗はない。クアドラブラスターを何度か撃ってしまっているが、ストライクチェスター側の攻撃用エネルギーは手付かずだ。現状のエネルギー残量なら10発は撃てるだろう。それでも、相手が再生能力をもつことを考えれば充分とは限らない。そのとき、ナイトレイダーは、間違いなく、さらなる苦戦を強いられる。

 残弾は常に把握すること。西条はその一発の重みをよく知り、その先を確かに見ていた。

 

 だが、今しがた、砲手を担当していた孤門だからこそ、見えていたものもある。

 

「バニッシャーを撃とうとしたとき、ビーストの喉奥に、闇が密集している箇所が見えました。もしかしたら、ノスフェルの喉の器官のようなものかもしれません」

 

 スペースビースト・コードネーム【ノスフェル】。

 孤門にとって、絶対に忘れることのできない、忌まわしいビースト。奴は、喉の奥に再生器官を備え、何度倒しても、例えウルトラマンの光線によって全身が電子に分解されても、残ったその器官を中心に復活してしまうという、恐るべきビーストだった。孤門のディバイトランチャーでそこを叩き、ウルトラマンの光線で消し飛ばすことで漸く倒せた強敵。

 他ならぬ西条も、地上で危うく噛まれかけたとき、大口を開けたシャルロッテの喉の奥に、それらしいものを見ていた。

 それが孤門の言うとおり、ただの影でなかったとしたら。シャルロッテの中に見たその器官が、ノスフェルと同じような核なら、確かに倒せるかもしれない。あるいはそこにディバイトランチャーを撃ちこめていれば。

 そう思いつつも、西条はあえて問いかけた。

 

「自信はあるの?」

 

 以前の孤門なら、言い淀んだかもしれない。

 しかし、今の孤門はもう迷わない。

 まして、保護した少女を守ろうとするというのは、工場でのコードネーム【バグバズン】との戦いと同じ状況でもある。孤門がまだ弱弱しかった時代でさえ、その強さを垣間見ることが出来たあの時と。

 当然、

 

「必ず決めます」

 

 誰かを、なにかを守るときの孤門一輝の強さは、信じられる。

 まるで、きちんと目を合わせれば、言葉などなくとも無意識に信じられた、あのウルトラマンのように。

 

 そして、当時は甘さとしか思えなかったこの強さを、今の西条も信じられる。

 

「……いいだろう」

 

 和倉は、腹を決めた。

 そのやりとりを聞き、やれやれと首を振った石堀は、今度は素早くデータを変更する。どちらにしろ、ウルティメイトバニッシャーが使えなければ、ハイパーストライクバニッシャーしかないのだ。やるしかない。

 

「凪、」

 

 西条は、和倉の指示を聞き、思わず背後のさやかを振り返った。

 もはや限界が近い女子中学生の体に、さらなる負担をかけるのは、少し気が引けたのだ。以前の西条なら、まずはビーストを殲滅することを考え、生存者のことなど二の次だった。数々の戦いをともにした今の西条は、孤門の、そしてウルトラマンの影響を、確実に受けていた。

 

 クロムチェスターのあまりにもあまりな乗り心地に、既にグロッキーなさやかは、しかし、通信機から聞き付けた指示を受けた途端、振り返った西条の言いたいことを悟った。

 

「……大丈夫です」

 

 さやかの、中学生の女の子らしからぬ、頼もしい言葉に、西条はわずかに微笑み、頷いて見せると、正面に向き直った。

 

「了解!」

 

 和倉への返事とともに、最後の攻防が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 シャルロッテの噛みつきを、またもするりと避けたハイパーストライクチェスターは、西条の舵のもと、急激に高度を下げた。

 生き残りの使い魔や、結界に立つ塔のようなものを薙ぎ倒しながら、地表すれすれを疾る。

 なんども獲物に食いつき損ねたシャルロッテは、もはや意地になって追ってくる。引き付けることを意識する必要などない。そして、シャルロッテの長い体が真っ直ぐになったところを見計らい、今度は急激に舵を引く。

 

「くっ!」

 

 鯉の滝登りさながらの急上昇は、鍛え上げられた戦士の体にも堪える。まして、一介の女子中学生に過ぎないさやかなら、推して知るべしだろう。

 ナイトレイダー全員がその身を案じたが、すぐに状況に意識を戻す。

 どちらにせよ、作戦は既に始まってしまっているのだ。彼女に慮るなら、まずは、目の前の脅威を確実に叩いてしまうこと。

 

「全ジェネレーター、正常!」

 

「ビーストは想定通り追ってきます!」

 

 シャルロッテは慌ててチェスターを追って、鎌首をもたげる。だが、急上昇するチェスターを相手にそれでは届かず、胴を、そして尾をと、上を目指す。

 そして、

 

「ターゲット、直線態勢をとりました!」

 

「詩織、今だ!」

 

「右ジェネレーター、カット!」

 

 シャルロッテが、上に向けてその長い体を一直線にした瞬間、和倉が叫ぶ。

 途端、平木がチェスターを飛ばしているジェネレーターのうち、()()()()をストップさせた。

 

 全てのジェネレーターを噴かしてまっすぐと上を目指していたチェスターから、片側だけのジェネレーターをカットしたことにより、もう片側の出力だけが働くことになる。

 それが、なにを意味するか。

 

 チェスターは、あたかも空中に軸があるかのごとく急旋回し、一瞬にして、真後ろを向くことができる!

 

「次いで、左ジェネレーターカット! しんどっ!」

 

 絶妙なタイミングで詩織が左のジェネレーターをカットしたことで、今、ハイパーストライクチェスターは、リアクターだけを使い浮遊。クロムチェスターδの砲身とシャルロッテの全身が一直線上に並ぶように、態勢を安定させている。

 超急旋回による衝撃は、とうとうさやかを気絶させてしまったが、大口を開けたシャルロッテの口内の中心にある闇を、チェスターのシステムが捉えた瞬間、ナイトレイダーに緊張が走る。

 

 助けるはずの少女に、結局負担をかけてしまう不甲斐なさに奥歯を噛み締めながら。

 孤門は最後のトリガーを引いた!

 

 

「ハイパーストライクバニッシャー! シュート!!」

 

 

 青白く鋭い光は、狙い違わずシャルロッテの口の中の闇を撃ち抜き、その頭から尾までを真っ直ぐに貫いた!

 

 

 チェスターを襲う轟音と爆風。

 

 

 孤門の捉えた闇、その中心にあったものこそ、まさしく魔女シャルロッテの核。

 閃光に串刺しにされた魔女シャルロッテのグリーフシードは、灼熱の中で光へと還りながら、消滅。

 爆炎が晴れると、ビーストは跡形もなく消えていた。

 

 ナイトレイダーの完全勝利。

 

 

 だが、勝利の余韻に浸っている場合ではない。

 

「位相空間波長、乱れました! 元の位相へ帰還します!」

 

「ジェネレーター再起動! オプチカムフラージュ展開! 凪! そのまま全力で上に抜けろ!」

 

 すぐさま、ハイパーストライクチェスターは旋回すると、またも急上昇。

 ビーストを殲滅すれば、位相空間が崩壊することは予想が付いていた。位相空間が消滅した途端、市街地のど真ん中にチェスターがいきなり現れたりすることがないよう、可能な限りの高度を持って魔女(ビースト)を殲滅する作戦を立てたが、油断は禁物だ。通常空間に戻ったとき、できれば地上の人や建造物に影響が及ばないような高度にいるのが望ましい。そのための上昇。

 

 結界の景色の揺らめきが、結界の消滅によるものなのか、チェスターのスピードによるものなのかもわからないまま。

 やがて、ハイパーストライクチェスターは、見滝原の高層ビル郡の影さえ差さない、茜色の高空を飛んでいた。

 

「……任務完了」

 

 和倉の言葉が、激戦の終わりを告げた。

 

 胸騒ぎを覚えながらも、孤門は安堵していた。自分が入隊してからは初めての市街地戦。それもこんな大都市にビーストが現れたというもの。市民に決定的な犠牲が出る前にビーストを殲滅できてよかった。

 そして同時に、副隊長と同乗する少女に負担をかけてしまったことを悔いていた。僕たちがもっと早く駆けつけていたなら……。

 孤門は溜め息を吐きつつ、眼下に広がる町を見下ろした。

 

 

 

 

 

 遥か眼下。

 夕焼けに包まれる駐輪場に、二人の少女がいた。

 

「え、これって!?」

 

「結界が、消えた? いえ、この感じ……」

 

 先に声をあげたのは【鹿目まどか】。戸惑いと驚きをかき混ぜた目で、周囲を見回している。

 一方、ある程度冷静に状況を察したのは、中学三年生には不釣り合いなほど女性然とした豊かな体に、さらに不釣り合いに壮絶な重い人生と戦場を乗り越えてきた魂を宿す、歴戦の魔法少女【巴マミ】。

 黄色い魔法少女マミと、魔法少女の才能を持つまどかとさやかは、3日前、ひょんなことから出会い、親交を深めた。【魔法少女活動体験見学ツアー】を通じ、まどかとさやかは、強く優しく優雅で華麗な、子どもの寝物語そのものの活躍を見せるマミの姿に、彼女の武器のマスケット銃さながらに心を撃ち抜かれ、強い尊敬の念を抱いていた。

 今日、グリーフシードの孵化に遭遇したさやかは、まどかをマミのもとに走らせた。魔女と戦えるのはマミだけ(でもないのだが諸々の理由で頼れるのはマミだけ)だから、彼女を探しにいく必要は勿論ある。しかし、万一グリーフシードから魔女が孵った場合、被害者が出る前に倒さなければならなかった。だから、さやかが残り、その場合に備えていたのである。

 さやかが、人生一の危機一髪を味わい、謎の集団に遭遇している間に、首尾よくマミと合流したまどかは、彼女を連れて一路、さやかの待つ地へと向かった。

 案の定、さやかはそこにはおらず、魔女の結界がある。事態を察した二人は、マミの力で結界に突入したのだが。

 

「……魔女が消滅した? 誰かに倒されたの?」

 

 そう、二人が結界の中を、魔法少女について語り合いながら慎重に歩む最中、突然結界が揺らぎ、消失してしまったのだ。

 結界を進む途中に交わしていた話が途中になってしまったマミは、流れで弱腰を口走らずにすんだことに安堵しながらも、事の次第を訝しむ。

 原因を考え、二人の脳裏に、別々の魔法少女が浮かんだ。

 

「もしかして、ほむらちゃんが?」

 

 まどかが口に出したのは、マミと出会うその日の朝に転校してきた美少女。黒く暗い雰囲気の魔女少女【暁美ほむら】のことだ。

 マミの友達であり魔法少女の契約を結ぶ魔法の使者【キュゥべえ】を傷付け、同じ魔法少女なのにマミやさやかと仲良くないほむらだが、まどかは不思議と彼女を嫌いにはなれないでいた。マミよりも先に夢の中で出会ったことが影響しているのかもしれない。

 ともあれ、まどかはほむらもマミにひけをとらない力を持つ魔法少女だと思っていたし、この街にいる魔法少女はマミとほむらだけ。まどかがその考えに至るのはおかしくはなかったが。

 

「……いいえ……それはあり得ないわ」

 

 マミはまどかと会う前にほむらとちょっとした一戦を交え、彼女の動きを得意の魔法で封じていた。殺しはしないが、邪魔をされては困ると。

 マミはほむらを警戒していた。利己的で他者を排除することを厭わず、そのためならなんでもやるという、『賢い』魔法少女だと思っている。

 魔法少女は魔法を使ってかなり好き放題ができる。もともとからして、魔法少女は、己の力でなくキュゥべえの力を頼り、手段を選ばず願いを叶えた少女のこと。そうした手段を選ばない側面が一歩進んだとき、魔法に利己的な用途を見出すのは自然な流れだろう。キュゥべえを頼った時点で、一つ大きな箍が外れているのだ。マミのような自制心を持たなければ、もう一つの箍が外れるのも無理からぬこと。

 だが、彼女たちの魔法には、使えば使うほど、その力の源である宝石【ソウルジェム】に【穢れ】がたまるというリスクがある。穢れは【ソウルジェム】の輝きを濁らせ、魔法の力を弱める。そして、穢れがソウルジェムに満ちた魔法少女は()()()使()()()()()()とされている。そのため、彼女たちは【魔女】を倒し、その核である【グリーフシード】を集め、【ソウルジェム】と接触させることで穢れを吸出す必要があるのだ。

 とはいえ、魔女には限りがあり、湧きやすい地域がある。だから、利己的で魔法を使い私利私欲を満たすような魔法少女は、他の魔法少女を排除し、そうした地域と魔女を独占しようとする。

 マミの見るところ、ほむらはそうした魔法少女の一人だと思われた。新たな魔法少女が増えてはまずいと、キュゥべえを排除しにかかったのだと。

 そうした生き方が『利口』だとはマミも理解していたが、この町を守る自分の目の黒い内は、そうした少女の好きにはさせない。

 正しく清く強く美しく。それが、正義の魔法少女として戦ってきた巴マミの生き方。

 ゆえに、今、ほむらは、マミの魔法で縛られて動きを封じられているところである。その分、余計に魔力がもっていかれているが、ほむらを野放しにして、いざというとき背中から撃たれるよりはマシだとマミは考えた。

 実のところ、このときのほむらとの戦闘が思いの外手こずったために、マミはナイトレイダーに後塵を喫し、そして命拾いしたのだが、そんなことを知るものはこの世界にはいない。

 ともあれ、ほむらを戒めた魔法にも異常は感じない以上、ここでほむらが魔女を倒したということはあり得ない。……そして、マミが思い浮かべた、隣町の赤毛の魔法少女がいることもまた、同じくらいあり得なかった。

 では、誰が。あるいは、ほかの地域から出張してきた魔法少女だろうか。

 そこで、まどかはあっと声をあげた。

 

「じゃあ、さやかちゃんが!?」

 

「……そうね、美樹さんはどこ? キュゥべえは? 結界が消えたのなら、近くにいるはずなのだけど……」

 

 ここにいたのが、キュゥべえと、魔法少女の才能を持つさやか。そして魔女が倒されている。

 普通に考えれば、さやかが新たな魔法少女となって魔女を倒したということになる。

 だとしたら、マミは自分を恨むだろう。

 5年前、かの【新宿大災害】に巻き込まれて瀕死の重症を負い、否応なく自らの救命を願った自分。他に選択肢がないということで魔法少女の宿命を受け入れるしかなかったマミは、後輩たちにはそうなってほしくなかった。戦うということがどういうことかを知って、願いを自分で決めて、十分な時間、考えてから……できるなら、一緒に戦ってほしかった。

 だが、あの元気で可愛い後輩が、必要にかられて契約してしまったのだとしたら。戦わなくては生き残れないと、()()()()魔法少女の宿命を受け入れる()()()()()()のだとしたら。

 マミは、可愛い後輩を守れなかったということだ。

 ()()()、守れなかったということだ。

 

「と、とにかく、さやかちゃんとキュゥべえを探さなきゃ!」

 

 後悔に沈みそうなマミだったが、まどかの声に意識を切り替えた。

 駆け出しながら、マミはさやかとキュゥべえでいっぱいの頭の片隅で思った。

 

 ……暁美さん、私たちが美樹さんを見つけるまで、もう暫く縛られておいてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外いっぱいの茜色。戦闘機は心持ちゆっくりと飛んでいるようで、結界の中ほどには圧力を感じない。

 さやかは、自分が気絶していたことを瞬時に悟った。あの乗り心地である。気絶の一つもしようというものだ。このシートも座り心地と寝心地は最悪であり、さやかは全身が引きつっていた。体を動かすとあちこちから鈍痛がはしる。

 さやかの呻き声を聞きつけ、前に座る西条は声をかけた。

 

「気分は? 痛いところとか、ない?」

 

 極力優しい声を心がけているのだろうか、少し声が柔らかい。戦闘中でなければこういう対応ができる人なのだなぁとさやかは呑気な感想を持つ。西条がそうした対応を身につけたのは実はここ最近なのだが、さやかはそんなことは知らない。

 激しい戦いをした後だというのに疲れた様子が全くない西条に、さやかは、マミさんといいこの人といい、これがプロってやつなのかなぁ、とぼんやりと考えながら、

 

「全身痛いです」

 

 と素直に答える。

 そう。と素っ気ない返事を返す西条。

 

「あの……どこに向かってるんですか?」

 

「病院よ。あなたには、色々と検査を受けてもらわなければならない規定になってるの」

 

「病院なら結界のすぐそこでも……」

 

「あそこは、私たちのことを知らない病院だから」

 

 つまり、謎の組織お抱えの病院というわけだ。怖い。

 さやかがあれこれと嫌な想像にかられていると、西条は、また黙ってしまった。

 思わず視線を落とすと、キュゥべえはまだそこにいた。荒事には慣れっこなのか、シートベルトもなしに平然とさやかの膝に座っていた。

 

「ぼくと契約すれば行かなくてもすむよ?」

 

 さやかは当然、そこまでしなくてもいいよと、苦笑しながら頭を横に振った。

 そのさやかのアクションに、西条はどうしたの?と振り返った。キュゥべえの見えない西条からは、俯いたさやかが突然首を振ったように見える。意識をはっきりさせる動きか、なにかを決心した動きにも見えただろう。

 困ったのはさやかである。キュゥべえへの返事が予想外の流れになった。

 

「……」

 

「……」

 

 難儀なことに、さやかはこういう場合、あ、いえ、なんでもないです、とは言わない子だった。ついでに言うと、『キュゥべえは見えないのになんで魔女は見えたんだこの人たち』という、結界の中で覚えた疑問を既に忘れてしまっている程度には、意識朦朧であった。

 

「……あの」

 

 沈黙に負けて、ついつい、声をかけてしまった。

 

「なに?」

 

「……怖く、ないんですか?」

 

 さやかが聞いたのは、前に一度、マミにも聞いたことだ。あのとき、マミがなんと答えたか、さやかは若干記憶がぼやけていた。とはいえ、

 

「怖くないわ。恐怖するくらいなら、私は憎む。憎んで、立ち向かう」

 

 なんて怖い回答じゃなかったと、さやかは確信を持っていえる。

 女子中学生に向かってなんてことを言ってくるのか。やっぱり疲れてるんじゃないか、この人。

 さやかが困惑している前の座席では、実のところ、怖い思いをしたというのに存外元気に喋るさやかに、西条も多少困惑していた。鉄面皮が見事な仕事ぶりであったというだけのこと。そもそもビースト事件の生存者と落ち着いて語らうこと自体、ナイトレイダーの職務では稀だ。

 それでも西条が被害者を気遣った対応を心がけるのは、やはり孤門の影響が大きかった。

 

 

 

 

 

 

「お待ちしていました。美樹さやかさん、ですね?」

 

「は、はいっ」

 

 あれから、さやかは、本当にどこかそれなりの病院に連れてこられてしまった。

 

(もう、分からないことが多すぎだし、聞いても教えてくれなさそうだから聞く気もないけど、一体なんなの、この人たち? 大体なんでこの人は私のこと知ってんの? 黒服であからさまに怪しいし、そもそも、魔女と戦ったとこのすぐそこが病院じゃん。どうせなら検査入院で恭介と一晩一緒に……あ、いやいやそれは関係ないけど、とにかく、近くの病院でいいんじゃない?)

 

 心中でまくしたてるさやか。キュゥべえもいつの間にかいなくなり、心細いことこの上ない。元来、さやかはよくも悪くも元気が取り柄の普通の女の子であって、怖いものは怖いし、嫌なものは嫌で、好きなものは好きな女子中学生なのだ。

 しかし、そんなさやかの心情など知らぬふりで、目の前の女性と、後ろの人たちは言葉を交わしている。

 

「チェスターに乗せるだなんて、些か軽率でしたね」

 

「あなた方を信頼してのことです」

 

「そう。では、あとは我々が。美樹さん、こちらへ」

 

 黒い服の女性がそう言うと、横にいた男性二人が、手振りで病院の奥をさやかに示す。

 心なしか薄暗いその廊下を見て、いよいよ不安に駆られたさやかは、縋るように振り返る。

 

「なにか?」

 

 西条の素っ気なさに、さやかは怯んだ。

 

 なにを聞きたかったのだろうか。この人たちに預けられるのが嫌だと言いたいのか? 一緒に来てって? でも、この人たちも大概怖い。怖い方のお姉さんなんか特に。

 

 さやかと西条の目があった。

 ヘルメットを外した西条は、思ったよりきれいな顔をしているように見えた。

 

「怖がるくらいなら、立ち向かう……」

 

 さやかは無意識に復唱した。

 マミの答えとどっちがいいか、なんて比べられないが、憎むというところを除くと、あの答えは、さやかにとってなにかの指標になっている気がした。

 さやかには、立ち向かわなくてはならないものが多すぎた。親友のこと。転校生のこと。先輩のこと。思い人のコト。そして目の前のこれ。

 

 やがて、さやかは、ナイトレイダーに大きく頭を下げると、黒い服の者たちに連れられ、病院の奥に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下の先の一室にて。

 白一色に怯みつつ、さやかは促されるまま、室内のただ一つのベッドに腰掛けた。

 

「美樹さやかさん。検査を行う前に、あなたに言っておきたいことが」

 

「え、はぁ」

 

 先導していた女性……首藤沙耶は、()()()()()()()()()()()()をポケットから取り出しながら腰を屈め、さやかと目を会わせる。

 

「あなたは今日、なにも見なかった」

 

 首藤の携帯のようなもの……【特定記憶消去装置(メモレイサー)】が光を発したとき。

 さやかは、今日見たことが、光のなかに吸い込まれるように感じた。グリーフシード、結界、戦闘機、助けに来てくれた人たち、揺れ、気絶、痛み、空から見た夕焼け、交わした言葉。全部が消えていく。

 そして、今日のことのついでに吸い出されるように、脳裏に残るマミさんの活躍の光景が、キュゥべえの言葉が、まどかとの会話が、さやか自身が考えたこの数日の現実が。フィルムの後ろから強い明かりで照らしたように鮮明に映し出された。そして、映し出した明かりがそのまま火に変わったかのごとく燃えるように煌めいて、やはり真っ白の光のなかに消えた。

 やがて、真っ白な光はさやかの視界を覆いつくし。

 

 さやかはベッドに昏倒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【フォートレスフリーダム】。

 

 仄暗いブリーフィングルームで、孤門は考え込んでいた。

 

 【MP】のこと。女の子のこと。

 

 見送った少女の不安げな眼差しを、孤門は思い返す。

 あのあと何が行われたか、孤門は知っている。

 スペースビーストの存在やTLTの活動を社会に隠蔽するため、TLTには、情報操作のためのセクションがある。

 それが、先の黒服の者たち【メモリー(M)ポリス(P)】。

 MPは、ネットや紙面など社会に出るあらゆる情報を操り、【メモレイサー】と呼ばれる携帯電話状の機器を使って目撃者からビースト関連の記憶を消去することすら行うことで、ビーストやTLTの実在を世間から隠す。

 ビーストに関するあらゆる記憶が消去されるため、たとえばビースト事件の只中に学んだことや、ビーストとの遭遇がきっかけで経験したこと、その中での出会いや別れも、一緒に消えてしまう。そして人は、脳内で記憶を適当に補い、なにごともなかったかのように日常に戻っていく。

 

 以前、孤門は、MPのチーフ【首藤沙耶】に見せてもらったことがある。

 遭遇したビーストへの恐怖に発狂せんばかりに苛まれた被害者。

 彼女は「救われる」と称して、ビーストの記憶を消去し、恐怖から解放した。

 彼女は、その職務の意義を、「優先すべきは秩序」としたうえで、こう説明した。

 

 ――この世界には、知らないほうが幸せなこともあるのよ。

 

 それもわかる。

 以前、孤門が出会い、ビーストから救出した幼い少女【杉山里奈】は、人が食い殺される瞬間を目撃していた。今日出会った被害者の少女さやかも、無数の怪物(ビースト)に迫られ、恐ろしい思いをしている。夜な夜な悪夢として見るくらいならば、そんな記憶、ないほうがいいというのも尤もだ。

 実際にさやかは記憶を消去され、各種身体検査に健康診断、精神鑑定を経て、自宅へと送られた。里奈も親元に帰り、健やかに生活している。

 

 だが、正直に言えば、今でも孤門は、MPのあり方には心底からは納得できていない。

 孤門自身が、そうした悪夢のような事態に直面し、目の前で愛する人を失った記憶でさえも糧にして、躓きながらも歩んできた経験を持つためでもある。同じように、学び、立ち上がり、生き抜いた人を知っているためでもある。

 忘れるのでなく、逃げるのでもなく。飲み込み、受け入れ、乗り越えることが、生きるということではないのか。知らなくていいと隠すことでなく、知ったうえで立ち向かうことこそが大切なのではないか。

 それをすべての人に強いることはできない。さやかや里奈のような子供ではなおさらだ。だが、孤門はどうしてもそう考えてしまうのだ。

 

 【根来】という記者の言葉が、まだ孤門には強く残っている。

 

 ――記憶を消されてしまうって事がどういう事か分かるか!

 

 ――今まで生きてきた証を全て失ってしまうんだぞ!

 

 ――誰にも! 他人の人生を奪う権利なんて無いんだ!!

 

 孤門は、通信機越しの西条とさやかの会話を聞いていた。さやかは、その会話にどんな影響を受けたのだろう。だが、どうあれ、きっと彼女はそれも忘れてしまう。怖い思いをせずにすむ代わりに。

 

 でも、彼女自身はそれを望んでいるのだろうか。

 立ち向かうことさえも忘れてしまう、この処置を。

 

 

 市街地でのビーストのこと。

 

 孤門としては市街地戦は初めてではある。

 しかし、市街地にビーストが出ること自体は、よくあることでもないが、それほど珍しくもない。市街地近郊の地下施設などにはそれなりに出るという話もある。

 だが、今日のような、大都市の只中のようなことは珍しい。溝呂木の新宿に開いた位相空間といい、ビースト災害がどんどん人工密集地に近付いているというのは、孤門にとっては大きな胸騒ぎの種だった。

 イラストレーターの指示に従いミッションをやり遂げたが、街がどうなったかやはり心配で、孤門はそのうち様子を見に行くことを考えていた。

 

 ビーストハンターとしてはキャリアの長くない孤門でも、あのビーストは異質だと思っている。

 見た目からして、生々しい怪物然としたこれまでのビーストとは一線を画してしるし、位相空間の様式ひとつとっても、これまで見てきた虚無的な位相空間と違う雑多で不気味な位相空間からは、むしろ狂おしいほどの想いが伝わるようだ。

 それは、死別した恋人【斉田リコ】が描いていたであろう、あの恐ろしい絵のように。

 

 

 【ウルティメイトバニッシャー】のこと。

 

 あれから、イラストレーターの調査で、マスターデータが消失していたと聞いた。

 一体誰が。溝呂木か? まさかイラストレーター自身が? それならなんのために?

 姫矢の犠牲の賜物が、こんな簡単に使えなくなってしまうなんて。文字通り彼が命がけで託してくれた最終兵器だったというのに、これでは姫矢に申し訳がたたない。

 勿論、バニッシャーがあってもなくてもやることは変わらないが、しかし、あれがあれば、ずっと姫矢さんと一緒に戦っていると思えたかもしれないのに。

 

 

 そう、【姫矢准】の、【ウルトラマン】のこと。

 

 今日のビーストとの戦い。

 あわや、というときが何度かあった。結果としてナイトレイダーだけで戦い抜けたが、以前ならウルトラマンが来てくれたかもしれないような瞬間が、何度かあった。

 

 だが、ウルトラマンは来なかった。

 

 ひょっとして、姫矢さんは……ウルトラマンは、本当に……

 

 いや。

 

「光が、去ってしまうはずはない……」

 

 背後、西条副隊長が和倉隊長にコーヒーを淹れるのを聞きながら、孤門は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ。ナイトレイダーには見えないとはいえ、チェスターから降りてきたのは驚きましたよ」

 

 フォートレスフリーダムの()()()

 ブリーフィングルームに輪をかけて暗く、驚くほど狭く、沢山のモニターと、クラゲの浮かぶ水槽が不気味に照らす特徴的な部屋に、真っ白な存在が二つ、向き合っていた。

 ひとつは、部屋の主である青年【吉良沢優】。いつも通りの不敵な微笑を湛えている。

 

 そして、もうひとつ。

 

「参ったよ。強力な魔女だとは思っていたが、【魔女(ウィッチタイプ)ビースト】だとはね。おかげで、僕らの計画は修正を余儀なくされた」

 

 その影もまた、白い。不敵な……というよりは、無表情の微笑とでも言おうか。表情が全く動かない、小さな影だ。愛嬌たっぷりな仕草は、むしろ得体の知れない恐怖を誘う。

 その名は【キュゥべえ】。

 

「来訪者とあなた方との間で交わされた契約を、お忘れではありませんね?」

 

「勿論さ。【魔女ビースト】と接触したことでMPの記憶修正が施された者には、僕らは姿を現さない。契約を持ちかけるなんてもってのほか。そうだろう?」

 

 返事の代わりに、吉良沢は笑みを深めた。

 静かな二人の事務的な会話は、しかし、単語の意味を知っているものからすれば、怒りを禁じ得ないものだった。

 

「やれやれ。スペースビーストが魔女を餌にする可能性は予想していたが、魔女自体がスペースビーストになるとは、つくづく予想外だったよ」

 

「【魔女ビースト】以外の記憶修正者に関してはやむなしとしただけ譲歩ですよ。本来なら全ての対象者について、あなた方の接触を禁じたいところです。

 とはいえ、我々はあなた方【インキュベーター】とことを構えるつもりはありませんから」

 

「僕だってそうさ。TLTの組織力で魔法少女のバックアップなんてされたらたまらないからね。さやかのことは見直すとするよ」

 

 白い小さな影(インキュベーター)は、背を向けて、部屋の暗がりへ消えていく。

 その間際。

 

「……【予知者(イラストレーター)】。君はもしかして、なにか僕に隠していないかい?」

 

 不意打ちを意図したであろう、キュゥべえ(インキュベーター)の質問に、吉良沢(イラストレーター)はなんらの動揺も見せなかった。

 

 しばしの見つめあいの末、今度こそキュゥべえはその姿を消した。その気配も完全に消え、この部屋にはもう、白い影は、吉良沢しかいなかった。

 

 その代わり、黒い影がいた。

 

「……やあ。君にも会いたいと思っていたんだ。僕が予知したいくつもの未来。その全てに君がいた」

 

 吉良沢は、いつの間にか背後に立っていた少女に、不敵な微笑のまま振り返った。

 

 

 

「初めまして。暁美ほむら」

 

 

 

 

 to be continued――




次回予告

孤門「見に行ってみます、見滝原」

さやか「魔法少女って、まどかってば夢見すぎ~!」

ほむら「凄惨なものよ。魔法少女って」

恭介「……」

憐「じゃあ、行きますか! 見滝原!」

Cross Episode4
  波 紋
―スプレッド―

杏子「……来ちゃったよ、見滝原」



明けましておめでとうございます。
改めて調べてみたらまどマギって大分裾野広がってますね。
なんとか上手く組み込みたいなぁ。

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