すごいですねこれ、何年前だって感じで。
今回またこうして書いたのは、一つは暇だったからです。そしてもう一つが、リハビリというか衰えないためと言いますか、そんな感じです。
長らく書いていなかったので内容の薄いものが出来上がりますけど、そんなものでもよければ見ていってやってください。
大人の魅力
「あら、遅かったわね」
透き通る声。しかしどこか狂気を孕んだ声だ。
女神化は人が変わる。肉体的にも、精神的にも。大人びたり、気勢が荒くなったり様々だ。
冬空の下、そんな格好で寒くはないのだろうか心配になる。今の状況だとしても。
「……ネプテューヌ」
それが今、男の目の前にいる女神の名前。雪がこんこんと降っているというのに、露出の高いプロセッサユニットに身を包み、寒そうな素振りを見せず、平然と展望台の手すりに寄りかかっている。
「それも私の名前だけど、今の私は女神化してるのよ? パープル・ハートと呼びなさい?」
どこか高圧的な喋り方。ネプテューヌという女神が女神化した場合の特徴の一つだ。
だがそれは、今の状況において、場の空気を緊迫させるスパイスとなっていた。
ネプテューヌの足元。そこには何かが転がっていた。いや、何かなどではない。ネプテューヌの足元に転がっているそれは。
「……ブラン達を解放してくれ。そうすればまた前みたいにとはいかなくとも、それに近い関係に戻れる」
「いやよ」
男に返ってきた答えは拒絶だった。ネプテューヌは今まで手すりに寄りかかり展望台から見える自国──プラネテューヌ──の光輝く街並みを見下ろしていたが、男の言葉に振り返り、足元に転がるブランを踏みつけた。
男は一瞬ピクリと反応するが、それ以外特に変化はなかった。本当なら、怒りのままブランに乗っかっているネプテューヌの足を払いたかったが、下手に動くと今のネプテューヌが何をしでかすかわからないため、動くのを踏みとどまったのだ。
「あなた、自分の置かれた状況が理解できていないのかしら?」
「……脅迫を受けている」
「違うわ。私はあなたに告白しているの。今はその返事待ち」
「ブラン達を人質にとっての告白? はっ! そんな気の触れた告白なんて聞いたことがないけどな」
男の言葉にネプテューヌは静かにブランを踏みつける足に力を込めた。「うぅ……」とブランはうめき声をあげる。しかし、依然として気絶したままだった。
「や、やめろ!」
ネプテューヌは男が声を荒げたことに満足したのか足に込めた力を抜いた。
「ふふ……そんなに声を荒げちゃって。可愛い反応ね」
満面の笑みでそんなことを言う。狂気に塗れたその笑みは、夜の雪と相まって妖艶に見えた。
「ネプテューヌ……」
男はどうしてこうなったのか考えていた。全ては過ぎたことだというのに。
いつもと変わらない日常だったはずだ。
いつものように集まって、話して、遊んで、そんないつもと変わらなかったはずだった。
思い返しても何が原因なのかさっぱりだった。
黙ってしまった男の態度にイラついたからだろう。ネプテューヌは更に足元に転がるブランへと体重を加えた。
「あああぁぁっ……」
「っ! やめろ!」
再び耳に届いたブランの苦痛の声に、男の意識は強制的に目の前のネプテューヌへと戻された。そのことに満足したのかネプテューヌは少しだけ力を緩めたようだ。
ネプテューヌがその行動をとった理由は簡単で、男の意識が自分に向いていなかったからである。
たったそれだけの理由だが、それだけの理由で仲間に躊躇なく手を挙げるのが、今のネプテューヌなのだ。
男はそんな様子を見て、改めてネプテューヌの異常さを実感した。
「ふふ……そんなに情熱的な視線を向けられちゃ困っちゃうわ」
当然、男はそんな視線を向けてなどいない。向けているのはむしろ敵に向けるものに近い。
「……頼む、ネプテューヌ。ブランたちを解放してくれ」
「なら答えて? 私のモノになるって。そうすれば全部丸く収まるのよ」
結局最初のやり取りに戻ってしまった。
ネプテューヌが求めている告白の返事。否、きっとネプテューヌが男に求めているのは告白の返事なんかではない。ただ「所有物になります」という答えのみ。
そのことが意味するものを男は薄々感づいていた。だからこそ、一刻も早くブランたちを助けたいが、首を縦に振れないでいる。
思考が許される短い時間で、必死に打開策を考える。
だけど思いつくどれもが、最善の結果とはならないものばかりだった。
結果、男に残された選択肢は始めから一つしか残っていなかったのだ。
「……わかった。それでブランたちを守れるのなら、ネプテューヌ……お前の人形になってやる」
「人形だなんてとんでもないわ。あなたは私の恋人……ゆくゆくは夫になる関係なの。人形みたいな扱いはしないわ。私の全てであなたを愛してあげるんだから」
ネプテューヌの言葉を聞き流し、男は今なお気絶したまま地面に横たわっているブランたちを見つめた。
おそらく今後ブランたちと会うことはないだろうという予感がしたゆえの行為だった。
実際その予感は的中している。
男は今後プラネテューヌ領のどこかの建物でずっとネプテューヌ監視のもと監禁される。ブランたちどころか、ネプテューヌ以外とも顔を合わせなくなるだろう。
食事はネプテューヌが運び、ネプテューヌが許さない限り部屋からすら出られない。ネプテューヌのために生き、ネプテューヌと添い遂げる。
既に男の人生は決まっているも同然だ。
「さ、行くわよ。あなたを送り届けた後で仕方ないからそこに転がってるのも送ってあげるわ」
最早ネプテューヌの認識では、個人ではなく男の周りを飛び回るハエ同然にしか映っていなかった。
自分がいない後でも、どうかブランたちが幸せであることを祈りながら、後ろ髪を引かれる思いでネプテューヌに連れられ、男はブランたちの目の前から姿を消した。
その後、彼の姿を見たものはいないというのは、言うまでもない。