WHITE ALBUM2 Concert route   作:powder snow

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第十八話

「なあ春希。なんでお前がそんなに緊張してるんだ? これから母さんに会うってだけじゃないか」

「いや、普通緊張するだろ。だって天下の冬馬曜子に会うんだぞ?」

「初対面じゃあるまいし。それに緊張するような特別な相手でもないぞ。冬馬曜子といっても何処にでもいる普通のおばさんだ」

「……簡単そうに言うな。あんな人が何処にでもいてたまるか」

 

 あの人を普通の範疇に収めたら“普通”の価値観が崩壊してしまう。そんなことを心の中で呟きながら、春希は駅前に設置されてある柱時計で、今日何度目になるか分からない時刻の確認を済ませた。

 針が示していたのは午後の七時半に差しかかるあたり。

 少し目線を転じれば、帰宅ラッシュの影響なのか、構内から多くの人が排出される様子が見てとれる。けれどその人波の中から探している人物の姿を発見することは出来ずにいた。

 けれど元より駅から出てくることはないだろうと思っていた春希は、視線を身体の向きごと大通りの方向へと変化させる。その行為に、彼の隣に並んでいたかずさも倣う。

 

「……」 

 

 既に太陽は沈んだ後で、辺りには夜の帳が降りていたが、それを補ってあまりある光量が周辺を包み込み、光の城を作り出していた。

 御宿駅周辺は宛ら不夜城のように輝いていて、そこに在る人々の姿を自然とライトアップしていく。それは人待ち顔で佇む春希とかずさも例外ではない。

 いつもと違うのは、彼等の服装がフォーマルなものに変更されている点だった。

 春希はジャケットにネクタイ姿という、いわゆる正装に分類される格好をしていた。タキシードではないが清潔感があり、十分に及第点を付けれる姿である。

 そして一際目を引いているのが隣に佇むかずさだった。

 彼女は黒のイブニングドレスに身を包み、その上からシックなコートを羽織っている。髪はアップに結わえられていて、艶やかな黒髪の綺麗さと相まって妖艶な魅力を放っていた。

 黒色に染められた令嬢。

 その姿はまるで夜に舞い降りた妖精のようで――道行く人が皆かずさに視線を送っているのは、その魅力に憑かれてしまったからなのだろう。

 一目でも見ておきたい。男女問わずそう思わせる雰囲気があったのだ。

 それだけの美人を隣に侍らせている優越感みたいな気持ちが春希に芽生えるが、それと同時に不釣合いな自分の姿に多少の劣等感を抱きもする。

 幾ら恋人同士とはいえ、そこには複雑な思いもあるのだ。

 

「……」 

 

 自然と春希の視線が隣のかずさへと吸い寄せられる。

 どんなに眺めていても飽きない被写体であるとばかりに、春希はかずさの姿を目で追う癖があった。こうして人待ちをしているなら尚更である。

 他にすることがない、そう言わんばかりにかずさを視界いっぱいに収めていく春希。けれどそんな彼の視線に気づいたのだろう。かずさがはにかむように目線を逸らした。

 

「……そんなに見つめてくるな。恥ずかしくなってくるだろ。それともどこか変なのかな、あたし」

「なに言ってんだ。どこもおかしくないよ。まるでお姫様みたいだ」

「ぁ……お姫様とか、あたしに似合わない言葉――」

「ううん。綺麗だよ、かずさ」

「っ!」

 

 褒められ慣れていないかずさが耳まで赤く染めあげ、俯いてしまう。別にからかったわけではないのだが、春希も緊張している所為なのか、普段より一言、二言、口数が多くなってしまったのだ。

 しかしこうなっては仕方ないと、春希は彼女から視線を戻すと、改めて待ち人探しに専念することにした。

 俯くかずさと前を向く春希。

 今二人が到着を待っているのは、かずさの母親である冬馬曜子だ。

 前々から曜子が希望していた“三人での食事会”を行うためにここまで出てきたのだが、落ち着いている様子のかずさとは(今ははにかんでいるが)対照的に、春希は傍目から見ても緊張しているのがわかるくらいそわそわしていて、度々かずさに諌められていた。

 

「なぁ、母さんに会うって、そんなに大事なのか? あの人が有名人だから?」 

 

 相手が冬馬曜子――世界的に有名なピアニストであるというのも春希が緊張している理由の一つではある。

 どれくらいの有名人かといえば、もし彼女に何らかの不幸が訪れた場合、それを新聞等で報道しない国はほとんどないくらい世界的な人物なのだ。

 云わば一種のスター。

 けれど春希と曜子は初対面ではないし、彼も人見知りする類の人間ではない。だからそれ以外にも緊張する理由が彼にはあったのだ。

 一つは、かずさと正式に恋仲になってから、初めて会う相手の親であるという事実。

 別段特別なこと――“娘さんを僕にください”――等をまだ口にするつもりはなくても、やはり男としては落ち着かなくなる要素の一になってしまう。

 しかも曜子にはある程度こちらの事情を知られてしまっているのだ。

 二人の仲を否定されるとまでは思わないが、それでもどんなことを言われるのかと戦々恐々とするのも無理はない。

 

「春希はでーんと構えていればいいんだ。それに昨日も電話で話してたじゃないか。今更緊張するような間柄かよ」

「あれはセッティングとか色々確認することがあったからで、じっくり話す時間なんて無かったんだって。それに電話で話すのと実際に会うのとじゃプレッシャーが違う」

「だからそんなプレッシャーを感じるような相手じゃないだろってこと」

「それはかずさがあの人の娘だからそう感じるだけだろ。それに今から行くところだって――」

 

 春希が緊張を抱いているもう一つの理由。

 それは今から赴く予定になっている店自体のレベルの高さにあった。

 ありていに言ってしまえば、超が付くほどの高級レストランである。一般家庭、庶民の日本代表として参加することになる春希にとっては、敷居が高すぎる場所であり、当然の如く未知なる場所だ。

 クリスマスに雪菜と食事したレストランも安くはなかったけれど、それとはレベルそのものが違う。

 人は未知なるものと接触する際には大抵緊張してしまうものなのだ。

 

「いったい幾らするんだよってレベルの店じゃんか。そんな場所入ったことないし、やっぱ緊張するって」

「お前そんなこと気にしてたのか? 馬鹿だなぁ春希は。料金は母さんが払うんだし、第一そんなに格の高い店じゃないぞ」

「……行ったことあるのか?」

「中学の時に何度か連れてかれたな。高校に入ってからは一人だったから随分久しぶりになるけど」 

「っ……。あれが格の高い店じゃないって、俺は時々冬馬家の金銭感覚に付いてけない時があるよ……」

 

 曜子からは“そんなに堅苦しい店じゃないから楽な格好で来ていいわよ”という言葉を貰っていたのだが、念の為にホームページで店を確認して、その言葉を真に受けなくて良かったと、胸を撫で下ろす羽目になっていた。

 もしラフな格好で訪れようものなら、相手方に失笑を買っていただろうことは想像に難くない。

 

「俺、もしかしたら飯も喉通らないかもしれない」

「だから気にしすぎだって。この服だってそうだ。別にこんな気合の入ったドレス新調しなくたって……あたしの母さんとご飯食べるだけなんだぞ? 堅苦しいって」

「ドレスコードってのがあるのっ! 場所によっちゃ大事なんだよ、そういうの」

「それは知ってるけどさぁ、あたしは別にそういう部分で不自由したことなんかないし」

「そりゃお前や曜子さんは大丈夫だろうよ。なにせ素材が一級品なんだから」

「なら春希も大丈夫だな」

「……その根拠のない自信はいったいどこから沸いてくるんだ?」 

「なぁ春希。そんなに心配性だと将来ハゲるぞ?」

「ハゲないよっ! っていうかそうなったら間違いなく原因はお前だ」 

 

 丁々発止、かずさと言葉を交わしている間に春希の緊張が嘘のように解けていく。

 そういう意味ではかずさのお手柄なのだが、意識が彼女との会話に向きすぎていた為に、春希は待ち合せの相手である曜子がすぐ後ろに迫っていたことに気づかなかった。

 だから背中から響いてくる明るい笑い声を聞いた時、飛び上がらんばかりに驚いてしまう。

 

「クスクス。あはは。なぁんだ。すっごく仲が良いのね、あなた達。安心したわ」

「……え? 曜子さ……じゃなくて。冬馬さん?」

「曜子でいいわよ。久しぶりね、ギター君。元気してた?」

 

 振り返った春希の目の鼻の先に曜子が佇んでいた。――いや、待ち構えていたのだろう。彼女は陽気な笑顔を披露しながら、掌をひらひらと振ってみせている。

 子供っぽい仕草だが、不思議と曜子には似合って見えた。

 

「……北原です。元気は元気にやってますけど、曜子さん、なんで後ろから現れたんですか? そっち駅ですよ?」

「なんでってそりゃ電車を利用して来たからに決まってるじゃないの」

「電車って、え? 俺はてっきり車で来るものとばかり……」

 

 天下の冬馬曜子が電車で来るとは思っていなかったので春希は思い切り面を食らうことになってしまった。

 彼女が駅で切符を買い、列に並んで電車に乗り、ここまで来るという姿がどうしても想像出来なかったのだ。その思いが顕著に表情に現れてしまったのだろう。

 曜子は春希の表情を見て、別のことを危惧したのだと勝手に納得してしまう。 

 

「正直言って、日本の満員電車を甘く見てたのは失策だったかもね。でも運よく空いている場所があったから大丈夫。平気、平気」

 

 コンサートに挑む演奏者のように、曜子もまたドレスアップしていた。

 白を基調としたドレスの上からハーフコートを羽織り、これまた白のハンドバックを携えている。実年齢より遥かに若く見える容姿は気品に溢れていて、男である春希の目を奪うのに十分な威力を兼ね備えていた。

 その曜子はドレスアップは乱れていないでしょとばかりに、腰に手を置いてポーズを取って見せてくる。

 

「似合ってるかしら、ギター君。あなたに会えると思って頑張っちゃった」

「……えと、はい。凄く似合ってると思います。あと俺、北原です」

「ふふ、ありがと。あなたも様になってるわよ、ギター君」 

 

 いつまで経っても彼女にとってはギター君なのだと曜子が微笑む。その笑みを見て、根気強く訂正していくしか道はなさそうだと春希は心の中で嘆息した。

 

「かずさとどっちが綺麗かしら? ちょっと聞いてみたいわね」

「え?」 

 

 曜子の白とかずさが纏っている黒のイブニングドレスとの対比は、予め計っていたのかと勘ぐるくらい見事なコントラストを描いていた。

 その光景に春希は思わず見惚れてしまったのだが、その段になってのあの質問である。

 しかし視線が曜子の方を向いていたので、勘違いしたかずさに腕を軽く肘で小突かれてしまった。

 

「……っいて。いきなりなにすんだよ、かずさ」

「別に。ただ春希の目が曇ってるみたいだったから、それを覚ましてやっただけだ」

「はぁ? 意味わかんないって」

「そんなおばさんを眺めるより、もっと見るところがあるんじゃないのかってことだよ」

「え?」

「あはは。もう、別にそんな心配しなくてもあなたのギター君を取ったりしないわよ、かずさ。あとさっきのは冗談。それとも危機感でもあるのかしら? もう倦怠期?」

「か、母さんっ!」

 

 娘をからかうのが親の仕事だとばかりに、曜子はここでも茶々を入れてくる。すると当然かずさからの反発を受けるわけだが――その追求が本格的になる前に、曜子はするりと逃げ出してそのまま歩き出してしまう。

 

「ここからはハイヤーで行きましょう。もうそろそろ来る頃合だからこっちへいらっしゃい」

 

 

   

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