WHITE ALBUM2 Concert route   作:powder snow

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第二十四話

「あれ、北原先輩?」

「杉浦?」

「あは、珍しいじゃないですか、先輩が一人でご飯を食べに来るなんて。今日は飯塚先輩は一緒じゃないんですか?」

 

 小気味良い声に振り向けば、私服姿の杉浦小春がにこやかな笑顔を浮かべながら立っていた。次いで彼女は“よいしょっ”と年齢に似つかわしくない台詞を呟くと、手前にあった椅子を引いて春希の対面に腰を落ち着ける。

 壁を背にした二人掛けのテーブル。そこで食後のコーヒーを啜っていた春希のところへ彼女が現れたという寸法だ。

 

「あのなぁ、別にいつも武也と一緒にいるってわけじゃないぞ。っていうか、俺が一人で飯を食いにくるのがそんなに変か?」

「先輩は自炊メインなイメージがありますからね。外でご飯食べる時は常に誰かと一緒な気がします」 

「……そんなことない、と思う。結構一人で外食したりするし……」

「そうですか? まあどっちでもいいんですけどね」

 

 そう言った小春が、目を細めながら頬杖を突く。

 その動作に合わせて、彼女のトレードマークであるポニーテールが揺れた。

  

「その様子だと今日はもう上がりか」

「はい。この後は特に予定もないので家に帰るだけなんですけど、その前に先輩とお話しようかなぁと思って、こうして顔を出してみました」

「……ようするに暇ってことか」

「そうとも言いますね」 

 

 今度は腕をテーブルに投げ出し、そこに頬を乗せてしなだれる小春。そんな姿勢を取りつつも目線はしっかり春希に合わせてるあたり、バイトで疲れてダレているという訳でもなさそうだ。

 まるで飼い猫がかまって欲しいとアピールしているような仕草。

 このまま放っておいたら次にどんな反応を示してくれるのか。なんて春希が悪戯心を出してしまうくらい小春はリラックスしているように見えた。

 

「何か良いことでもあったのか杉浦? 随分と機嫌が良いみたいだけど」

「そう見えます? 特に変わったことはないんですけど……あ、予定通り資金が溜まりそうっていうのはありますね」

「資金って、あれか。卒業旅行の?」

「ええ。今月頑張ってますからね! 余裕を持って三月を迎えられそうです」

「へえ。それは良かったじゃないか」

「えへへ。先輩、お土産、なにがいいです? 食べ物以外でリクエストしてくれると有難いんですけど」

 

 お菓子とか意外とかさばるんですよねぇと、小春が呟く。

 欧州旅行。

 卒業記念にと小春は、同級生らと共に海外旅行に行く計画を立てていた。当然そのことは春希も知っている。知っているが――その時期は三月。

 もしかしたらその時分には日本にいないかもしれない。

 そんなことをふと考えてしまう。

 その主な原因は今日麻理と交わした会話の内容なのだが、その後でかずさと会っていないということも関係しているのだろう。

 

 ――春希。今日なんだけど、母さんに食事に誘われたから夕飯はいらない。

 

 仕事を終え真っ先に目にしたかずさからの着信履歴。ちょうど彼女の声が聞きたかった彼は、開桜社のビルから出る手間すら惜しむようにすぐさまかずさへ折り返しの電話をかけていた。

 またぞろ夕飯のメニューへの催促か? なんてことも考えたが、伝えられた用件は曜子と食事に行くから遅くなるという内容で、それを聞いた春希は幾分消沈したほどである。

 ――夕飯、どうしようか?

 なんて、放り出された子犬のように途方に暮れてしまった背景には、正月からこっちかずさと常に夕飯を一緒に取っていたことが起因している。

 一人で取る食事には慣れていたはずなのにと、春希が苦笑したのも無理からぬことだ。

 結局は自炊する気にもならず、近場にある“ここ”を選んでしまったというのは、彼も少しづつだか心境に変化が現れている証なのだろうか。

 

「なあ、杉浦」

「なんですか、先輩?」

 

 相変わらずリラックスした様子の小春に、春希が語りかける。

 ――今度、ちゃんと話すよ。でも結構長い話になると思うから、きちんと時間作って話したいんだ。

 彼の脳裏に過ぎるのは、小春が待ち伏せしてまで聞きたがったあの夜のこと。

 グッディーズに行けばその小春と顔を合わせる可能性がある。

 あれ以降彼女が話を蒸し返したことはないが“待っていない”はずがない。

 それは春希も重々承知していた。

 

「この後だけど、少し時間あるか?」

「え?」 

 

 冬休みの終わりと共にグッディーズでの臨時バイトも終了していた春希は、小春のシフトを把握していなかった。今日出向いた時間帯も既に彼女が上がっていてもおかしくないタイミングである。

 会えるかどうかは分からない。

 それでも小春はこうして自分から春希の元に顔を出してくれた。

 

「さっき暇だって言ってたよな? 帰りは送るからさ、少しだけ俺の話に付き合ってくれないか?」 

 

 生真面目な彼女ならどんな答えを返してくれるのだろう。

 もしかしたら麻理とは違った道を示してくれるかもしれない

 そんな淡い期待も少なからずあったが、それ以上に小春には真摯に向かい合う必要がある。このお節介で真っ直ぐな後輩には、きちんと事情を話しておこうと思ったのだ。

 

「もちろんいいですよ。終電までまだ数時間はありますし、ええ。とことん付き合います」

 

 迷った素振りさえ見せない、気持ちの良い即答が春希の元へと返ってきた。

 

 

 

「……こうしてると、日本に戻ってきた頃を思い出してしまうな」

 

 民家の壁を背にしたまま、小木曽家を見つめるかずさが一人ごちる。

 日本に戻ってきた頃に彼女は、春希が付属時代に住んでいたマンションの近くまで出向いたことがあった。

 遠目からでもいい。一目だけでも春希の姿を見られたら。

 そう思って彼の姿を求めたものだが、既に春希は一人暮らしを始めていてそこには住んでいなかった。

 当然の如く一日待ちぼうけを喰らってしまい、一人寂しくホテルに舞い戻る羽目になった(当たり前のように曜子にからかわれたが)経緯がある。

 今の状況はその時と酷似していると気付きながらも、かずさは偶然の出会いに期待せずにはいられなかった。

 何故なら、彼女――雪菜と会おうとしていることを春希にも内緒にしていたから。

 思い立ったのは、春希から雪菜に会ったと聞かされた夜。

 マンションに戻ってきた彼から詳細な事情を説明された後には、もう雪菜と会いたいという思いが芽生えていた。

 別段、無理に隠し立てするような事柄では無いのだが、かずさ自身にも“どうしてそんなことをするのか”分かっておらず、明確に事情を語れないという追い目から伝えることに二の足を踏んだのだ。

 だって、どうしたって詰問されてしまうだろう。

 どうしたって心配をかけてしまう。

 昔の友達に会いに行く、なんて普通の理由が当て嵌まらないのは、かずさも春希も良く分かっている。

 

「きっと怒るんだろうな春希の奴。でもさ、女同士、腹を割って話す必要はあると思うんだ」

 

 こんな張り込み紛いの歪な方法じゃなく、もっとスマートに雪菜と会える方法もあった。けれど焦燥感というのか、とにかく身体を動かしておきたくて、気がついたら末次町まで来ていたのだ。

 探偵か刑事よろしく暗がりに身を潜めるかずさ。

 彼女だって、こんな方法で雪菜と会えるとは思っていない。ただ今日出会えなければ違う方法――もっと確実な方法を取ろうとは思っていた。

 裏を返せばまだ迷っている証拠。

 行動しながらも、会えなかったという免罪符があれば、その間に心の準備が出来る。

 でも焦る思いがあるから身体を動かせずにはいられなくて。

 そんな相反する思いを抱いていたかずさの視線の先に――

 

「あっ!」

 

 思わず小さな声が漏れた。

 街灯の下に現れた揺れる赤い色。それが彼女の羽織ったコートだと気付くのに数秒の時間もかからない。

 

「……っ」

 

 唇を噛み、拳を握りこんで、萎んでしまった勇気を掘り起こす。

 迷っている時間はない。雪菜が家へ到着し、門扉を潜るまでがタイムリミットだ。

 その後でインターホンを押して呼び出す、なんて芸当は今のかずさには選択出来ない。それが出来るなら初めからこんな方法は取っていないのだ。

 

「いくか」

 

 呟くことで自身の中にある呪縛を解き放つ。

 そして一歩足を踏み出せば、もう次の歩みを止めることは無かった。

 

 

「よっ。久しぶり」

「………………え? か、かずさ?」

 

 路上を叩く靴音に、何の気なしに目線を動かした雪菜は、驚きのあまり身体を硬直させることなる。

 あり得ない、というより想像すらしていなかった光景が、突然目の前に現れたからだ。

 

「……雪菜。その……」

 

 二メートル程の距離を隔てて両者が立ち竦む。意外にも声を掛けてきた側のかずさが言い淀んだのだ。対する雪菜もまた驚きから脱しきれておらず、一種の膠着状態を作り出してしまう。

 互いに相手を視界に捉えてはいるものの、次の行動に移れずにいた。

 雪菜はじっとかずさを見つめ続け――その姿が他人の空似でも無く、幻でも無いと把握してから大きく一回だけ頷く仕草を見せた。そして表情をゆっくりと綻ばせる。

 

「うん、随分と久しぶりだね、かずさ。三年ぶり、かな?」

「あ、ああ、そうだな」

「あの空港で別れて以来……だよね?」

「……うん」

「あのね、こっちの雑誌とかでかずさのことが書かれてて、だから……久しぶりに見たって気はしないんだけど……」

「……」

「ごめん。まずはこう言わなきゃだね。――おかえりなさい、かずさ。そして、戻ってきてくれて、ありがとう」

「ッ!」

 

 雪菜の言葉を受けて、かずさが言葉を詰まらせる。

 こうして尋ねてきても歓迎されるとは思っていなかった。

 もしかしたら罵声を浴びせられるかもと覚悟していたくらいである。なのに“おかえり”なんて友達を迎えるような言葉を投げかけられるとは想像すらしていなかった。

 胸が、熱くなる。

 

「なんで……」

「だって、わたしのせいでかずさがいなくなって……もう二度と会えないって思ってたから、こうして会えて嬉しいんだよ」

「雪菜」 

「でも驚いたのは本当。だっていきなり尋ねてくるんだもん。――かずさ、わたしに会いにきてくれたんだよね?」

「……話したいことがあって、それで……。迷惑かなって思ったんだけど、どうしても雪菜に会っておきたかったんだ」

「なんで迷惑? かずさが会いに来ることが迷惑だなんて思わないよ、わたし」

「だってあたしは――」

「話があるんだよね、かずさ。なら今から私の部屋に来る? 少し散らかってるけど、かずさなら気にしないでしょ」

「あ、いや、それは……」

 

 視線を小木曽家に向けてから、かずさが寂しそうに眦を下げる。

 恐らく散らかってるなんてのは雪菜の方便で、自分を気遣っての言葉なんだろうとかずさは思った。けれど、そういうことを抜きにしても、この家の敷居を跨ぐことに抵抗を感じてしまう。

 今更自分などが雪菜の部屋に入る資格なんてないじゃないかと。

 そう考えていたからこそ、次の彼女の台詞には更に驚愕させられた。

 

「わたしなら気にしないよ」

「せつ――な?」

「違うね。気にしないじゃなくて、気にする資格がないだったね」

「……出来ればだけど、場所を変えて話がしたいんだ。構わないか、雪菜?」

「うん、いいよ。どっか店に入ろっか。駅前までならそんなに歩かなくても大丈夫だし」

「悪い、な」

「お互いさまだよ。それじゃ行こっか」

 

 そう言って雪菜が踵を返す。

 軽やかなステップに伴って彼女の纏っているコートの裾が翻った。それに目を取られていたから、最後に雪菜がどういう表情を浮かべていたのか、かずさは見逃してしまっていた。

 

 

 

「ふふ。相変わらず甘いものが好きなんだ、かずさ」

 

 駅前にあるドーナツショップの片隅。

 カウンターで会計を済ませたかずさが、先に席を取っていた雪菜の元にトレイ片手に戻ってくる。そのトレイの上に乗っていたステッィクシュガーの本数を見て、雪菜がクスクスと笑い声を上げた。

 

「なに言ってるんだ雪菜? ドーナツショップに来たら甘いものを食べるのは普通じゃないか」

「違う、違う。そのお砂糖、コーヒーに入れるんでしょ? 流石に一度に4本は多すぎだよ」

「え? これでも控えたつもりなんだけど」

「控えたって、甘いドーナツと一緒に食べるから?」

「……そう。って、変なところに関心を持つなっ!」

「持っちゃうよ。それに今からそんなだと将来糖尿になっちゃうかもしれないじゃない」

「そこは母さんの血を引いてるから大丈夫だと……思う。たぶん……」

「たぶんじゃ駄目。節制しなさい」

「うるさいなぁ」 

「普通に食べる分には何も言わないわよ。わたしはかずさの健康を心配して言ってるんだから」

「はいはい。そういう言い方、まるで春希みたい――あっ……」

 

 春希の名を口にしたかずさが失言したという風に表情を強張らせる。

 別にかずさは雪菜と世間話をしにきたわけではない。だから当然彼のことに話しが及ぶことになるのだが、それでも踏まなければならない段階、手順というものがある。

 いきなりこういう形で彼の名を口にしては、雪菜の様子を窺いながらタイミングを見極めようとしていた思惑がご破算だ。

 けれど怪我の功名と言うべきか、雪菜はそれほど驚いた様子も見せず

 

「その春希くんのことだよね、かずさがわたしに話したがってるのって」

 

 と、かずさに告げたのだ。

 

 

 

 

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