WHITE ALBUM2 Concert route   作:powder snow

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第二十七話

「なん……だって、杉浦?」

「ですから、小木曽先輩がクリスマスに北原先輩のことをを受け入れていたら、今どうなっていたと思いますかって聞いたんですよ」

「……どうしてそんなこと訊くんだ? 今更意味のない仮定――」

「わたしが聞きたいからですっ。それだけが理由じゃ駄目ですか?」

 

 強い意思を宿した瞳を春希に向け、小春が言い切る。

 そのあまの迫力に春希は少したじろいだ。

 

「小木曽先輩とうまくいっていたとして、その後で先輩が冬馬かずささんと再会していたら――ええっと、失礼な言い方ですけど、そういう考え方ってできますか?」

「そりゃ……できるよ。っていうか考えなかったわけないだろ」

 

 やや憤慨したという風に春希が唇を尖らせる。

 先ほど彼が言いかけたように今更意味のない仮定の話だ。けれど、そういう事象を頭に描いたことが無かったかと言われれば、答えは否である。

 春希はもう一度小春を見つめて、彼女の雰囲気から小春が引き下がらないだろうことを察すると、深い溜息を吐いてから降参の意思を示した。

 

「わかった。言うよ。けど聞いても杉浦の気分を害するだけだと思うぞ」

「興味深いです。内容によっては呆れたり怒ったりするかもしれませんけど、それが北原先輩の出した答えだと言うのなら、わたしは受け入れるつもりですから」

「なんていうか、微妙に反応に困る言い回しだな」

 

 もう一度深く溜息を吐いた春希は、目の前にあるコーヒーで軽く舌を湿らせると、小春の希望する仮定の話ってやつを語って聞かせることにした。

 以前、似たようなことを武也に話したことがある。

 春希曰く“最低なことを言うぞ”という内容だったが、二度目である今回は言い淀むことは無かった。

 小春はそんな春希の話を、じっと黙ったまま、茶々を入れることなく聞いていた。

 

「もしあの時に雪菜と結ばれていても、その後でかずさと再会していたら、俺はかずさのことを選んだよ。当時はそれが分からなかった……いや、あえて気付かないふりをしていたんだろうな」

「先輩……」

「心の奥底に想いを眠らせてただけで――だってさ、俺にとっての一番が誰かなんて答えは、もう三年も前に出てたんだから」

「三年前……」

「な、最低だろ俺。結局は雪菜に振られてそうはならなかったけど、あいつと再会した今ならそれが真実なんだって断言できる」

「……っ。そうですね。確かに先輩は最低な男です。今の言葉だけを捉えれば女の敵といっても過言じゃありません。ですけど、正直に答えてくれてありがとうございました」

「…………なあ杉浦。もう少しオブラートに包んだ言い方ってものが世の中にはあってだな――」

「はあ、オブラート。でも北原先輩なら、わたしのこういう性格のことよく知ってますよね?」

「まあ、な。歯に衣着せぬ言い方したりするけど、本当は優しくて面倒見の良い子なんだって知ってるよ」 

「え? あ、その……」 

「けどさ、どうしてこんなことを聞きたいと思ったんだ? 俺の心を抉るのが趣味だとか言い出さないでくれよ」

「……それこそまさかです。言うなれば今後のわたしの立ち位置を明確にする為ですね」

「立ち位置?」 

「はい。確かに今の先輩の言葉は倫理観からはみ出してますけど、それでもわたしは北原先輩の味方でいたいですから」

 

 もし春希が少しでも雪菜に未練を残してるような素振りを見せたならば、彼女は今まで通り雪菜との仲を取り持とうと奮起しただろう。

 クリスマスに雪菜と結ばれなかったからかずさに走った。

 それは悪いことではないが、“春希の味方”である小春は、そういう理由があるなら、春希の一番である雪菜こそが彼の傍にいるべきだという結論を出してしまう。

 雪菜側の事情をある程度春希から引っ張り出した今ならば尚更だ。

 しかし、かずさが春希の一番だというのなら話は変わってくる。

 

「あのさ杉浦。少し剣呑な雰囲気を感じるんだけど……もしかして、これから何かするつもりなのか?」

「それは……まだ分かりません。ただ今日の話を聞いた限りだと、先輩はもう一度小木曽先輩と話をするべきだとは思いました。それがケジメってやつです」

「分かってる。蔑ろにはしないさ」

 

 それが“いつ”なのかはまだ決めていない。

 けれど少なくとも曜子のコンサートが開かれるまでには答えを出さないといけない問題だった。

 コンサートが催される日時は二月十四日。

 世間一般でいうバレンタインデーだが、奇しくもその日は小木曽雪菜の誕生日でもある。

 

「少し長話が過ぎましたね。あんまり先輩を独り占めしていると、わたしが冬馬先輩に文句を言われちゃいそうです」

「冬馬“先輩”?」

「同じ学校ですよね、わたし達。ほら、あんまり遅くなるとどやされちゃいますよ?」

 

 茶目っ気を込めて小春が春希に向かってウインクをした。……が、そうしてから、その行為が自分に似合わない仕草だったと気付いて赤面する。

 

「……」

「どうした、杉浦?」

「べ、別に、なんでもありませんっ」

「……。そういえば言ってなかったか。今日俺が一人で飯食ってたのは、あいつが母親と食事してくるからってことで」

「え? 母親って確か冬馬曜子ですよね?」

「うん。けどさすがにもう戻ってるかもしれないな」

 

 時刻を確認しながら春希が小春に今日の経緯を説明する。

 かずさが曜子と会った後で泊まり込んで来る可能性もあったが、それならなにかしらの連絡があってもおかしくない。食事の後に飲みに行ったとしても時間的に戻って来ていても良い頃合だ。

 

「なら電話してみたらどうです?」

「いいのか?」

「わたしのことなら気にしないでください。元々ここでお開きのつもりでしたから」

「分かった。じゃあ、ちょっと電話してみるよ」

 

 そう言って春希が携帯を取り出した。

 かずさへと電話をかけるために。

 

 

 

「はあ、はあ、はあっ……いたっ!」

 

 末次町駅の階段を駆け降りてすぐに、春希は目的のかずさと雪菜の姿を見つけることに成功する。少しくらいは近辺を探すことになるかもと危惧していたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。

 二人は駅前に設置されてあった電話ボックス(今時珍しいが)に背中を預けるようにして、春希の到着を待っていた。

 経緯はこうだ。

 小春に促され春希がかずさに電話を掛ける。そこで彼女から雪菜と一緒にいることを告げられたのだ。

 

『せ、雪菜と一緒に飲んでるだって!?』

『……うん』

『でもかずさ、曜子さんと食事に行くって言ってたじゃないか』

『ごめん春希。それ、嘘なんだ。雪菜に会いに行くって言ったら反対されるかと思って……』

『嘘って…………っ、まあいい。で、今どこで飲んでるんだ? 近所か?』

『えっと、末次町駅からすぐ近くにあるショットバーだよ。実は雪菜が悪酔いしててさ。店の名前なんだけど……』

 

 悪酔いなんかしてないよっ! なんて雪菜の声が電話の向こうから聞こえてきたのはご愛嬌。

 それだけで春希はある程度の状況を察してしまった。 

 

『……いいよ。今から二十分後くらいに店を出てくれればこっちで見つけるから。駅前で待っててくれ』

『うん、分かった。末次町の駅前だな』

 

 あっさりと了承の意思を示すも、その後のかずさの歯切れが悪い。

 

『……春希、その……あの……さ』

『なんだよ。言いたい事があるならハッキリ言え』

『…………もしかして怒ってるか?』

『ああ、怒ってる。けど嘘ついたことにじゃないぞ。そこんとこ分かってるか?』

『……ごめん』

『とりあえず話しは後だ。こっちも今、人と会っててさ。そいつを送っていかないと』

『人? それって誰?、もしかして例の麻理さんじゃないだろうな?』

『なんでここで麻理さんの名前が出てくるんだよ。気にしすぎだぞ。会ってるのはバイト先の同僚。んでもって俺達の後輩だ』

『後輩?』

 

 後輩という箇所を強調した春希の物言いに、かずさが興味を示す。

 

『その辺も後で説明する。……雪菜のこと頼むな』

『それは任せてくれ。雪菜は大切な大切な、あたしの友達だからな』

『――なら安心だ。任せる。じゃあ切るぞ』

 

 その後で会計を済ませて、小春と共に喫茶店を後にしたのだ。

 そして電話で話していた通り、小春を家まで送ろうと口を開きかけた矢先に――

 

「先輩。わたしは駅までで大丈夫です。――はやく会いに行ってあげてください冬馬先輩に。恋人なんですよね?」

 

 そう機先を制されたのだ。

 結局小春を駅まで送ってから、その足で自分も電車に飛び乗り末次町を目指したのだ。

 そして目的地に着くや一秒でも時間が惜しいとばかりに階段を駆け降り、そこでかずさと雪菜の姿を見つけたという経緯である。

 

「こっちだ、春希」

「かずさっ!」

 

 そう叫び、春希がかずさ達の方へと駆け寄っていく。

 それを見たかずさも駆け寄ろうとしたのだが、酔っている雪菜を抱えていたので動くに動けない。結局春希がこっちへ来るまで彼の姿を目線で追うことしか出来なかった。

 間近まで近寄ってきた春希が雪菜の様子を窺う。

 彼女は右腕をかずさの肩に回し込んだ格好で支えられていて、頭が地面を向いた状態で固定されていた。

 

「寝てるのか、雪菜?」

「それがさ――」

「うぅ……起きてるわよぉ……」

 

 地面を見つめたままの姿勢で呻き声を返す雪菜。

 それを受けて春希は、これはそうとう“重傷”だと軽く目を覆った。

 

「……これ、どれくらい飲んだんだ? 完全に泥酔状態じゃないか」

「さあ、正確には覚えてないけど、たぶん5~6杯かな? ……いや、もうちょっと飲んだかも」

「カクテルを? 飲ませすぎだっ。雪菜、そんなに強くないんだぞ」

「そんなの知らない。雪菜が勝手に飲んだんだっ」

 

 そう言って拗ねるかずさを見て、少し話の持って行き方を間違ったかと春希が眉根を寄せる。

 だが、いつまでも寒空の下で立ち話という訳にもいかないだろう。そう結論付けた春希は、かずさの隣に並び立つと、空いていた雪菜の左腕を取って自身の肩に回し込んだ。

 

「んっしょと。――かずさ。このまま雪菜をおぶって行ってもいいか?」

「え? どうしてそれをあたしにそれを聞くんだよ?」

「だってお前、俺の彼女だし」

「…………」

 

 春希の一言でかずさの耳が真っ赤に染まる。

 きっと照れているのだろう。

 

「……ん、わかった。いいよ。雪菜になら春希の背中を貸してやれる。特別に、だけど」

「特別に、か」

「そうだぞ。春希の背中はあたしのものだからな。だから麻理さんには貸してやらない」

「お前、どれだけ麻理さんのこと敵視してんだよ……」

 

 そんな会話を交わしながらも作業を進め、かずさから春希へと雪菜の身体を移動させていく。

 

「ほら雪菜。起きてるなら俺におぶさってくれ。おんぶして家まで送ってくから」

「……あれれぇ~。春希くんだぁ。あはは、こんなところでなにしてるの~?」

「なにって迎えに来たんだよ……って、こら、頭を叩くな。髪の毛も引っ張るなっ」

「いいじゃないちょっとくらい。減らないよ」

「減らなくても駄目。俺の首に手を回して体重預けて。……そうそういい感じって、ぐえっ! ――今度はきつく締めすぎだからっ!」

「あはは。なんだか楽しい~! 遊園地のアトラクションみたい」

「そうやってて楽しいのは雪菜だけだっ」

 

 酔っ払ってる影響なのか、やたらハイテンションな雪菜が春希の背中で暴れまくる。だが酔いからくる眠気には勝てなかったのか、段々と大人しくなっていって、最後には電池が切れた子供のようにすっと春希に身体を預けてくれた。

 多少春希の身体にダメージはあったが、些細な問題なので詳細は割愛する。

 

「ふう。やっと落ち着いてくれたか」 

 

 体勢的には春希が雪菜の太股に手を回して支えている状態で――当然彼の耳元に雪菜の顔がくる格好になった。

 微かに聞こえる呼吸音は彼女の寝息だろうか。

 背中に雪菜の重みを感じながら、春希は先程までの彼女の暴れっぷりを思い出して少し微笑んでしまい――

 

「――ありがとね、春希くん」

「え?」

 

 囁くような小さな声は春希にだけ届いて。

 それを確かめようと彼が首を動かすも、真横にある雪菜の瞳は閉じられたままだった。

 

「どうしたんだ、春希。雪菜の顔になにかついてるのか?」

「……別に、なんでもない。じゃあ行くぞ」

「あぁ待ってくれ。一人で先に行くな」

 

 こうして二人と一人は、夜の街を並んで歩き出したのだった。

 

 

 

「送ってくれてありがとう。迷惑かけちゃったね、春希くんにも、かずさにも」

「全然。それより大丈夫か雪菜? 歩けそうにないなら玄関まで――」

「大丈夫だよ。すぐそこだもん」

 

 そう言った雪菜が、視線で自分の家の玄関口を指し示す。

 門扉の前で雪菜を下ろしたものの、玄関まではほんの少しだけ距離があった。それを気遣っての春希の言葉だったが、彼が全てを口にする前に雪菜が遮った。

 玄関まで行き、扉を開ける。そうすれば自ずと雪菜の家族と顔を合わせる可能性も高くなる。

 夜遅く帰ってきた娘を、姉を心配して玄関まで出向かえに来る。そんな暖かさを持った家族なのだ。

 彼女はそれを危惧したのかもしれない。

 

「分かった。じゃあ、ここで」

「うん。バイバイ春希くん。バイバイかずさ。夜も遅いから気をつけて帰ってね」

「……あのさ雪菜。その、今日は急に押しかけて来てごめんな。どうしても話をしたかったんだ。それと……最後まで聞いてくれてありがとう」

「こちらこそ、だよ。かずさと話せて楽しかったし、色々と溜め込んでたものも吐き出せたしね」

「溜め込んでたもの――確か春希の馬鹿ぁ!、だったっけ?」

「もう。それは内緒にしといてよぉ」

「あはは」

 

 軽口の後で、雪菜とかずさが目で会話するような含みのある仕草を披露する。それを見た春希は怪訝そうな表情を浮かべるが――こつんと肩を小突かれ意識を反らされてしまう。

 隣にいたかずさが、肩先でちょこんとぶつかってみせたのだ。

 

「気にするな。女同士の内緒の話ってのもあるんだよ」

「そういう言い方されると、余計気になるんだけど……」

「帰ったら話してやる。――話せる範囲で、だけど」 

 

 ぶつけた肩を更に押しつけ、かずさはそのまま春希の腕を取った。

 後はこのまま二人で家路に着くだけ。

 そのタイミングで、じゃあね、と雪菜が手を振る。それを受けて春希とかずさも手を振って、二人は雪菜に背中を向けて歩き出した。

 

「こら、そんなにくっ付くな、かずさ。歩き難いだろ」

「嫌だ。あたしはくっ付きたいんだ。少しくらい我慢しろ、馬鹿」

 

 春希の二の腕に自身の腕を回し込み、かずさがぴったりと彼に寄り添う。

 まるでマーキングでもするように身体を擦り付けるかずさ。春希からしたら歩き難いことこの上ないのだが、文句を言うとかずさが怒るのでしぶしぶ従っている状態だ。

 別にかずさにくっ付かれて嬉しくないわけじゃない。

 なにも街中でやらなくてもこれから家に帰るのに――というわけだ。

 

「……」

 

 夜の街に二人の靴音が響く。

 春希もかずさも、雪菜は挨拶の後で家の中に入っていると思っていた。だから振り返ることはしない。でも当の雪菜は、玄関前に佇みながら、じっと遠ざかる二人の背中を見つめていた。

 楽しそうなかずさの声が耳に届いてくる。面倒くさそうに答えながらも、はにかむ春希の横顔が見えた。

 そんな二人の姿も、やがて角を折れ曲がり、彼女の視界から消え去ってしまう。

 途端、さっきまで全く気にならなかった冬の静けさが不快なものに変化した。

 辺りを照らす街灯の明かりが何故か心許ない。頬を撫でる冷気が身体の奥底まで染み込んでくるような感覚に襲われる。胸の奥を針で刺したようなチクリとした痛みを感じ、雪菜が唇を噛む。

 周りには、誰も、いない。

 さっきまで感じていた温もりも、懐かしい声も、既に彼方だ。

 二人は去り、たった一人、彼女は自身の家の前に佇んでいて――

 

「う……うぁあああ…………」

 

 両手で顔を覆いながら、雪菜が膝から崩れ落ちる。

 宵闇の中に響く小さな嗚咽。ぽろぽろと零れ落ちてくる涙は、覆った彼女の掌を越えて地面に小さな染みを作った。

 一粒。二粒。三粒とその染みは増えていき、それにつれて彼女の嗚咽も大きくなっていく。

 

 雪は降らない。

 ただ、雪菜の悲しげな声だげが辺りに響いていた。

 

 

 

 

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