WHITE ALBUM2 Concert route   作:powder snow

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第六話

 室内にある大型テレビから、若いニュースキャスターの張りのある声が流れている。

 喋っている内容は至って単純な定型句で、今年も今日が最後になりました、大晦日です等の当たり前のことを今更のようにまくしたてているだけだ。

 だからという訳ではないが、今室内にいる二人の人間はその声を聴いてはいない。

 どちらも今日の大事な予定で頭が一杯だったから。

 

「か、母さん。……どうかな? おかしなところない?」

「はいはい。何処も変じゃないわよ」

「本当? 服装とかこれでいいのかな? あたしそういうのよく分かんないからさ……」

「大丈夫だって。かずさに十分似合ってる。もっと自分に自身持ちなさい」

「でも……」

 

 もう何度目か分からない娘の質問に辟易しつつ、曜子は娘をフォローしていく。

 それでも一向に納得してない様子のかずさは、落ち着き無く室内をうろうろしては鏡の前で髪型をチェックしたり、服装のアラを探そうと躍起になったりと所在がない。

 

「もう。どうして母さんよりあなたの方が緊張しているの。コンサート本番なのは私なのよ? 気を使って欲しいのはこっちなの」

「だって、三年ぶりに会うのに、変な姿とか見せたくないし……」

「来るかどうかも分からない男のことより、目の前にいる母さんの心配をしなさい」

「成功するって分かってるコンサートよりも、娘の心配をしてくれよぅ……」

 

 いつもの強気(に見える)かずさは鳴りを潜めてしまい、弱きな乙女モード全開の娘に曜子は大きく溜息を吐いた。

 そういう姿をもっと彼の前で披露してくれれば、こうして曜子が苦労することも無かったのにと。

 

「大丈夫。ギター君は来るわよ。かずさに会いに来てくれる」

「っ……!」

 

 びくっと身体を奮わせてかずさが目を閉じる。

 春希がコンサートに来てくれる。そう信じているからこそ、こうして彼女は朝からの自分磨きに余念がないのだ。慣れない化粧を施し、母親に自分に似合う服装をチョイスさせ、その上で再三おかしな所がないかチェックしている。

 けれど心の何処かで、春希は会いに来てくれないんじゃないかって考えてしまう。

 自分に興味なんてまるで無くなっていて、歯牙にもかけてくれないんじゃないかって思ってしまう。

 だから曜子に念押しされると身体が震えるのだ。

  

「ごはん、ちゃんと食べるのよ? 緊張して喉を通りそうになかったらスポーツドリンクだけでも飲んでおきなさい。ハチミツたっぷり入れてね」

「……うん」

 

 コンサート本番を控えている曜子は、どんなに心配でも娘の傍にはいてやれない。

 もうすぐ――昼前にはホテルを発たないといけない身だ。

 大々的に凱旋公演と銘打って宣伝も行っている。今後日本でやっていく為にもコンサートの失敗は許されない。冬馬曜子オフィスの社長としても一人のピアニストとしても、決して手を抜くわけにはいかないのだ。

 それでも母としては、娘のことを第一に考え、案じてしまう。

 

「かずさ」

「あ……」

 

 折角の服が皺にならないように気を配りながら、曜子がかずさを優しく抱きしめる。

 誰かの温もりがその人を少しだけ強くしてくれる。

 そのことを曜子はよく知っていたから。 

 

「逃げちゃ駄目よ。しっかりと彼に甘えてきなさい。私のことは心配いらないから。遅くなっても構わないから」

「……はは。何だよ遅くなるって。あんたのコンサート聴きにいくだけじゃないか」

「そうだったわね。ならもし演奏が終わった段階で“二人”でいるなら楽屋へいらっしゃいな。三人で何か食べにいきましょう」

「三人でって、あたしたちの邪魔するつもりかよ。ちょっとは気、効かせろよな」

「心配しなくても食事の後は干渉したりしないから。ゆっくりと二人で過ごせばいい。その頃には新年を迎えているだろうし、神様も許してくれるわ」

「新年、か。年、変わるんだな」

「そうよ。新しい年になって、新しい自分に生まれ変わるの。――もう許してあげても良い頃合なんじゃないかしら?」

「………………」

 

 自分の罪を許すことなんて出来そうにない。そうかずさは思う。

 けれど少しだけ前に進むくらいは。 

 

「……なあ、母さん」

「なに?」

「コンサート頑張ってくれよ。いつまでもあたしの目標でいてくれよな?」

「言われなくても、まだまだあなたに負けてない自負はあるわ。これでも現役ですからね。……二人で尋ねてくるの楽しみにしてる」 

「あははっ。そうなったら、いいな……」

 

 コンサートの開演まであと数時間。

 一度は決裂したかに見えた親子は、しかっりとした絆で結ばれ、互いの“成功”を祈りあっていた。

 

 

「……あと二時間、か」 

 

 コンサート会場へ赴く途上で、春希は道端で立ち止まったまま薄く雲がかかった空を見上げていた。

 気温は零下近くまで下がっていて、厚く着込んでいても肌寒く感じるくらいである。だから一刻も早く会場付近へ到着し、暖かい場所へ避難するのが彼にとっての最良の選択になるはずだった。

 けれど足が動いてくれない。

 目的地へと向かってくれないのだ。

 春希は小さく身体を奮わせると、無造作にコートのポケットへと両手を突っ込んだ。出掛けに見た天気予報で、今夜半過ぎに雪が降るかもしれないと言っていたのを思いだす。

 

「決断、しないと……」

 

 ポケットの中にある雑な感触を確かめ、唇を噛む。

 このチケットがあれば――あるからこそ、彼はかずさに会うことが“選択”できるのだ。

 物理的な距離なら超越しようと思えばできる。彼女が日本にいるなら居場所を探し出して会うことも可能だろう。けれどそれができるなら、彼は三年間立ち止まったりはしていない。

 だからこそ切欠が必要だった。

 彼は偶然コンサートのチケットを手に入れ、大晦日のコンサートを聴く為に家を出て、偶々彼女に再会する。

 そういう言い訳を自分に用意しなければ動けない。

 だって彼がかずさを一度でも求めてしまったら、もう二度と止まることは叶わないから。

 今の生活、周囲の全てを捨ててでも、彼女を求めてしまうのが分かりきっているから。

 

「かずさにだって今の生活がある。欧州で成功したピアニストとしての実績も。今更、俺なんかがあいつの前に現れても……迷惑なだけだろ」

 

 もう自分の思いだけで突っ走るのは許されない。だから言葉に出して言い聞かせる。

 なのに頭の中が熱く煮えたぎたまま冷静な決断を受け入れてくれないのだ。

 だから春希は、このチケットが送られてきた時のことを思い出し少し頭を冷やそうと試みた。

 このままだと暴走しかねないと思ったから。

 

 

 春希がチケットを受け取ってすぐに、携帯に着信が入った。

 発信者名は風岡麻理。

 この時点での春希は依緒や武也からの電話を無視し続けていたので、一瞬出ることに躊躇したが、麻理からの電話を蔑ろにするという選択肢を選べるほど彼は強くなかった。

 結局数コール待たせてから春希は電話に出る。

 

「はい、北原です」

「あ、私、風岡だ。良かった。出てくれないかと思ってたから」

「なんでですか? 俺が麻理さんからの電話をシカトするとかないですよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな。イブの夜の最後に、少し突き放したような格好になったじゃないか。だから少し気にしてたんだ」

「っ……」 

 

 ――北原。今日はもう帰れ。戻って休むんだ。

 あの時は拒絶されたと感じたが、麻理の優しさから出た言葉だったんだと今の春希は分かっている。

 それに彼女の存在があったからこそ、春希の心は壊れずに済んだのだ。 

 

「……別に気にしてません。それどころか麻理さんには感謝してます。助けてもらたって思ってますから」

「私は少し話を聞いただけだよ。だから北原が感謝するような事柄じゃない。それに――部下の体調管理も上司の仕事のうちだし」

「あはは。麻理さんらしいですね」

 

 今の麻理の言葉に少し照れが入っているのを春希は気づいている。だからその気遣いを無碍にしない為にも、彼は自分から話の先を促すことにした。

 

「……なにか俺に用事があったんじゃないんですか? 年末だからこそ忙しいって言ってたじゃないですか」

「それならもう終わったんだ。わざわざその為にクリスマスまで働いていたんだぞ?」

「そうだったんですか?」

「うん。だから今から海外出張だよ。だから、その、なんだ。……行ってしまう前にどうしてもお前の様子を窺っておきたくてな」

「海外……?」 

 

 言われて初めて、電話口を通しアナウンスらしき声が漏れ聴こえているのに気づいた。

 わざわざ自分の為に空港から掛けてきてくれたのか。

 そう思うと少し胸が熱くなる。

 

「ああ。手始めにニューヨークに行って、後半はヨーロッパを周る予定だ。たぶん年明け一週間は戻らない」

「長い……ですね」 

「毎年のバカンスも兼ねてるんだ。こういう時じゃないと有休消化もままならないからな。けど実は少しだけ後悔してる。予定を入れるんじゃなかったって」

 

 何故後悔してるのか、それを麻理の口から語るわけにはいかない。

 だから彼女は突っ込まれる前に本題に入ることにした。

 

「で、どうだ北原? あれから少しは改善したか?」

「体調的にはだいぶマシになりました。精神的には……少しだけ」

「あまり気負いすぎるなよ……って言うほうがお前には酷な話か。――そうだ。例のチケット、編集部に届いたからお前宛に送っておいたぞ」

「それならちょうどさっき届きました。速達なんで驚きましたけど」

「少しでも郵便事故の可能性を減らしたかったからな。どうしてもお前の元に届けたかったんだ」

「麻理さん……らしいですね」

 

 あらゆることに気を回し、不利になる可能性の芽を潰していくのは彼女の仕事のスタイルに合致する。

 もし事故等で彼の元にチケットが届かなければ、仕方なかったと諦められたかもしれないのに。

 

「北原。会いたいなら会えばいいじゃないか。素直になってなにが悪い。それに行動してみて初めて見えてくるものもあるぞ」

「そんな簡単には、決められないです。やっぱり……」  

「私は冬馬かずさの人となりは知らない。でもお前がどういう人間かは分かっているつもりだ。そのお前がそこまで拘る人間なら詰まらない人間じゃないんだろう?」

「……つまんない人間ですよ。麻理さんに比べたら、ずっとつまんない奴です」

「けどそんな冬馬かずさのことが好きだって言ってたじゃないか。忘れられないって言ってたじゃないか。人を悪く言わないお前がそう言うくらい身近な存在なんだろ?」

「っ!」

「動かないで後悔するより動いてから後悔しろ。それが年長者としてのアドバイスだ」

「それ、経験則ですか?」

「そうだよ。まあ少し説教じみた言い方になってしまったけど要はお前のことが心配なんだ。安心しろ。何があっても私は北原を見捨てたりしないから」

「麻理、さん……」

「じゃあ私はそろそろ行く。――結果は報告しろよ。待ってるから」

「あ――」

 

 春希の返事を待たず麻理が通話を切った。

 単純に飛行機への搭乗時間が近づいたのかもしれない。けれど春希は、麻理が最後は自分で決めるんだぞとそっと背中を押してくれたような気がしていた。 

 

 

 

 開演三十分前のコンサートホールは大勢の人々でごった返していた。

 通路のそこかしこで人々が行き交い、チケットを眺めては自分の席を確認している姿も目立つ。未だ空席の数も相当数あるが、これからの時間で埋まっていくことは確かだ。

 そんな中でかずさは既に自分の席に着いている。そしてじっと彼が訪れるのを待っていた。

 

「……ッ」 

 

 だけど少し様子がおかしい。

 右手はぎゅっと握り込まれた状態で膝の上にあり、左手は自身のバッグをこれでもかと強い力で握りしめている。表情は切羽詰っていて唇は真一文字に結ばれているし、俯き加減の姿勢も相まって、まるで何かに耐えているかのように見えた。

 

「はやく来てくれ、春希。このままだとあたし……」

 

 小さな奮えがまるでおこりのようにかずさを襲う。

 ありていに言ってしまえば彼女は精神的に限界に近づいていた。自身が演奏者として壇上に立つ時でも、これほど緊張することはないだろう。

 

「ッ……」 

 

 大勢の足音が耳に届く中で、誰かの話し声を拾い上げては淡い期待を抱き、そしてその度落胆して意気消沈を繰り返す。

 何度も何度もそうしていれば段々と精神が擦り切れてくる。いつしか彼女は視線を上げていることも辛くなり、こうして俯いているしかできなくなった。

 でも彼女の右隣に人が来れば分かる。

 彼が椅子に腰を落とせば伝わってくる。

 そうすればかずさは、この極限状態から解放されるのだ。

 ――早く、来て。

 

「すまない。待たせたようだ」

 

 かずさの願いが天に届いたのか。彼女の背後から男性の声が掛けられた。

 瞬間心臓が跳ねて、彼女が動き出すのに必要なだけの血液を全身へと循環させていく。

 咄嗟に顔が上がり、急いで振り向いて、そして彼と目が合った。

 

「は、春希っ!?」

「……どうしたんだいお嬢さん? 誰か待ち人かな?」

「あ……いえ、その、ごめん、なさい」

 

 そこに居たのは初老の男性。

 どうやらかずさの左隣にいる婦人に声をかけたようだった。

 

「駄目だ。こんなの、耐えられない……耐えられるわけ、ない」

 

 視線を前へ戻し、唇を噛む。

 いっそ逃げ出してしまおうか。そう思っても行き違いの可能性を考えたらここから一歩も動けない。彼女はそうやって開場からずっと春希を待ち続けていた。

 

「春希ぃ……会いたい、よ……」

 

 精神が擦り切れてしまう。

 そう思っても、かずさには彼を待つことしか出来ない。

 開演まであと三十分。

 その頃春希は、未だコンサート会場にすら到達していなかった。

 

 

 

「飲みにって今からか?」

「ああ。やっぱ大晦日だし、今年最後の締めは春希と一緒にいたいと思ってよ。良いことも悪いことも飲んで忘れちまおうぜ」

「気持ち悪い言いかたするな」 

 

 麻理からの電話を受けた後、春希はずっと返していなかった武也にコールバックをした。

 内容は簡単な事後報告と世間話。それから『雪菜とは何も無かったよ』と事実だけを伝えた。

 その最中、依緒が雪菜に連絡を取っていて、彼女からも同様の報告を得ていたことも聞かされ、彼等に余計に気を使わせてしまったことを悪く思ったものだが、雪菜が電話に出れるくらい元気になったならと安心もしていた。

 当然武也は春希と会って話をしようと持ち掛けてきたが、忙しいという理由でやんわりと断りを入れていた。

 その結果が、大晦日の今になっての飲み会の誘いとなって現れる。

 

「けど武也。今からじゃ何処も予約で一杯で入れないんじゃないか?」

「探せば三人くらい押し込めるって。無理ならちょっと遠出してもいい」

「……三人、なんだ」

「俺と依緒と……春希の三人だよ」

 

 いつもの面子というには一人足りない。

 けどその人数に春希は安堵する。彼女の名前がないことにほっとする。

 きっと依緒あたりが雪菜も誘ったんだろうと春希は当たりをつけたが、彼女が断ったのも予想できた。今の雪菜が春希と再会する場所に顔を出すとは思えなかったから。

 

「駄目か? 用事あるのか?」

 

 春希が時計で時刻を確認する。

 既にコンサートが始まって十分が経とうとしていた。会場のすぐ近くにいるので今すぐ動けば中に入ることもできるし、演奏の殆んどを聴くこともできる。

 何より――かずさに会えるかもしれない。

 

「会って話そうぜ。俺、もしかしたらお前達に余計なことしたんじゃないかって――」

「何も無かったって言ったろ? それに俺、今日仕事があるんだ」

「し、仕事って今からか? 大晦日だぞ?」

「出版社舐めんなって。クリスマスからこっちちょっと体調壊しててさ、どうしても今年中に仕上げなきゃならない仕事が残ってたの思い出したんだ」

「そんなのぶっちしちゃえよ」

「無理だって」 

「……なあ春希。もしかしてお前、冬馬曜子のコンサートに行こうとしてんじゃないよな?」

「え?」

「今日がその日だって知ってるぞ。今お前何処にいる?」

「……っ」

「なあ春希」 

「――行かないよ」

 

 そんな催し物は知らない。そう惚けることもできたが、春希はそうしなかった。

 その変わり彼が“そういう関係のことを言っている”のだという前提で話を続ける。

 

「行けるわけないじゃないか。今更俺が冬馬の前に現れて何が出来るっていうんだ? 彼女はもう有名なピアニストになっちまったんだぞ?」

「そういうことじゃないだろ? 冬馬って名前とお前の関係は」

「……もう冬馬のことは忘れたんだ。というか蒸し返すなよ」

「すまん。けどさ、俺、お前と雪菜ちゃんのこと心配で……依緒も気にかけてる」

「分かってる。ありがとう武也。雪菜とのことは年が明けたらちゃんとする。だから心配するな」

「春希? 絶対だな? 信用していいんだな?」

「ああ。けどその前に武也に相談するかもしんないけど」

「おお! それなら任せろ。二十四時間いつでもお前の為に時間つくってやる。どんな女の子より優先してやる」

「だから気持ち悪い言いかたすんなって。でも、サンキュな」

 

 じゃあ仕事があるから。

 そう言って春希は盛大な溜息と共に携帯の通話を切った。

 

「……どうすればいいかなんて、とっくに答えは出てたんだ」

 

 多くの友人が彼を気遣い、雪菜との関係を憂いてくれている。

 かずさだってピアニストとしての栄光を歩みだしたばかりだ。その道に割り込む資格なんて自分にあるわけがない。

 そう無理やり納得させる。

 

「ッ!」

 

 けど麻理はどう言っていたのか。千晶はどんな道を勧めてくれたのか。

 何より春希自身の本当の気持ちはどうなのか。

 それらを全て忘却する為にきつく歯を食い縛る。そうしないと“引き裂け”そうに無かったから。

 

「かずさ……俺……」

 

 ポケットに携帯を仕舞い込む代わりに中からコンサートのチケットを取り出した。

 春希はそのチケットに両手の親指と人差し指を掛けて、ぐっと力を込める。 

 目を瞑った。

 その場面が見えていると叫びだすと思ったから。

 指に力を入れる度に心臓が破裂するんじゃないかってくらい暴れ出す。このチケットを引き裂けば、もう二度と彼女に会えないかもしれない。

 その事実が重く圧し掛かってくる。

 

「ごめん。ごめんな……かずさっ……」

 

 どれくらいその姿勢で佇んでいたのか。いつしか降り始めていた雪が彼の髪を白く染めはじめていた。

 搾り出す声は震え、嗚咽が混じりだす。

 それでも春希は指に力を込め、チケットを二つに引き裂いた。

 かずさと彼を繋ぐ唯一の道であるチケットを、彼は破り、散々に千切っていく。

 そして彼の手に残されたのは、細切れになった紙切れだけ。それを春希は風に乗せるようにして空へと放った。

 

「永遠に、さよなら、だ……」 

 

 チケットの紙片がふわりと風を受けて宙に舞う。それらが舞い散る雪と混ざり合い奇妙なコントラストを演出していく。

 けれどその演出もすぐに終わりを迎えて、まるで計ったかのように彼の携帯に着信が入った。

 

「……え? 雪菜?」

 

 一度仕舞いこんだ携帯を取り出し、確認した名前は――小木曽雪菜。 

 

「はは。なんて、タイミングだよ……」

 

 零れ落ちる涙を掌で拭ってから通話ボタンに指をかける。そうするだけでもかなりの労力を要した。

 だって胸が痛い。

 まるで心臓に隙間無く針を差し込んだかのように胸が痛んだ。

 

「残酷、だよな、神様ってやつは。向き会えってことかよ……」

 

 誰よりも愛していた人に別れを告げた瞬間、もっとも向きあわなくてはいけない人物からコールが入るなんて。

 残酷すぎる。

 そう思ってもこれが罰なんだと言い聞かせ、春希は携帯を耳元へと持っていく。

 その時だった。

 

「はる……き?」

「えっ?」

 

 彼の背後から声が掛けられた。

 自然と身体が振り向いてしまう。

 意思が彼を止めようとする間もなく、まるで魂がそうするべきだとでも言うように、彼女に向かって振り向いていた。

 

「かず、さ……?」

 

 声で分かっていた。

 三年ぶりに聞いた短い一言だけでも、誰が後ろにいるのかなんて理解していた。

 彼の予想通り――いや、想像以上に綺麗になっていた冬馬かずさがそこにいて。

 

「……あ、ああっ……!」

 

 春希は通話のボタンを押すのも忘れ、彼女の姿に心を奪われ立ちつくすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

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