私はそう誓ってこの荒れ果てた荒野を歩き出す。
昔はきゅうりは旧名:日本の各地に見られたものの、あの忌まわしき災害とも言える事件が起きてからは作物は育たず、人々は次第に作物を作らなくなった…
そんな中、ただきゅうりを食べる為のお話です。
「さて、と。そろそろ行こうかな」
誰にともなく呟き、枯れた倒木から腰をあげる。それからどの方向に行こうか決めるように肩の位置で指をクルクルと回すと、ある方向を指す。
「よし、なんとなくあっちにしよう!」
指した方へ意気揚々と歩き出す。なん面白い事、または目的の場所に辿り着くのかな〜
「『一人は寂しい。が、また自由でもある。自由には責任が伴い、責任から逃れるなら他人を使え』か。昔の人も中々に良い事? を言うねぇ〜」
まあ今のこの世界では責任持ってヘッタクレも無いかもしれない。いや、無いんじゃないかな〜。だって見渡す限り何もない。
ここは「日本」って呼ばれてたみたいだけど、それはもう昔の話。私が生まれた頃にはもうその名前が存在しなかった。じゃあ何て呼ばれてるのか、そんなの私は知らない。
ただ切っ掛けなら知っている。それは人災と言うより天災。誰にも止める事は出来なかった……らしい。実際の所は人伝に聞いてるから尾鰭が付いてて信憑性が結構薄い。
「さてと、考え事していて着いたここはどこ?」
場所を把握する為に前後左右を見渡すも、景色は歩き始めた頃と変わらない。もしかしなくても
「まよっ……た?」
いやいやいやいやまさかね。ちょっと風景が変わらなさ過ぎて分からなくなってるだけで、ちゃんと進んでるって。ほらその証拠にさっき休憩した場所で零した水のシミが足元にあるじゃん……あれ?
「これは迷いましたなーハハハ。これじゃあ迷ったじゃなくて参ったな〜」
頭を掻きながら苦笑いする。誰が上手い事言えっつったよ!
ガンッ!
「ふぅ、取り敢えず地面に頭をぶつけてみたものの…本当に迷って参ったなぁ」
なぜ戻って来たんだ? まずはその原因から究明しないとまた戻って来る羽目になる。
「う〜ん。方向音痴属性は持ってないし、変な力に操られた訳でもない。かといって知らない間にムーンウォークをした訳でも……ん?」
先程歩いた事でできたのだろう足跡。その先を目で追いかけていくとぐるりと一周してこの場所に戻って来ていた。
「な〜んだ。考え事してて知らない間に緩やかに曲がって元の場所に戻ってただけか〜……シット!」
本日ニ度目の母なる大地へのヘッドバット! ダメだなんかクラクラしてきた。そろそろ止めよう。
「さて気を取り直して今度こそまっすぐ行くぞー!」
と意気込んでいたのが数時間前。行けども行けども景色は変わらず、偶に水溜りがチラホラ見える程度。
「この水溜りもかつては海って言われてたんだっけ? 今じゃこの世界は地面が大半占めてるからよく分からんけど」
昔の人達はこの中に裸同然で飛び込んでたんでしょ? 今じゃ考えられないよ。全く昔の人の考えはワケガワカラナイヨ。
「う〜んやっぱり適当に歩いてても見つからないか〜。おーい誰かいないのー?」
少しヤケになり気分転換にと叫ぶと、少し気分が良くなった。
「よし今度こそどっかに着くまで歩き通すのは無理だからちょっと休憩」
いやいや普通に考えて無理でしょ。何かしらが見えてる訳でもないし、町もねぇ、村もねぇ、人と最近話してねぇ状態だよ。ホントどうして旅に出たんだっけ?
「あ、そうか。きゅうり食べたいからだ」
きゅうり欲しさに親の制止の声を振り切って旅に出たんだった。
「二人とも元気にやってるかな〜……ハッ、いかんいかん。家を恋しがってる暇なんてないよ。ホームシックならぬホームシット! 訳わからんわ!」
はぁ何が寂しくて一人でボケツッコミしてるんだろ。それにしても本当に誰も見かけな……
ジー
……見かけないな〜。すぐそこに座っている黒猫となんか目は合ってないよ。ワタシウソツカナイ。
「にゃあ」
「にゃあ?」
「にゃあにゃん」
「はっぴぃにゅう?」
「にゃあ」
「おーよしよし」
くろねことの いしそつうに せいこうした!
暫く黒猫をゴロゴロさせた後に手を振ってお別れ。旅とは出会いと別れの繰り返しなのだ……
「ねぇ出会いと別れの繰り返しって言ったけど、なんで着いてくるの?」
「にゃぁ」
「にゃぁじゃなくって……はぁ仕方ないな。私も話し相手が欲しかったところだし、暫く一緒に来るか?」
黒猫はコクリと頷き肩に飛び乗ってくる。突然の事に多少バランスを崩すも、すぐに体制を整えて歩き出す。
「黒猫さんや。あなたのお名前は?」
「にゃあ」
「タマ?」
「にゃあにゃあ」
「ポチ?」
「にゃあにゃあ」
「カゲミツ?」
「ふしゃー!」
名前が分からないから適当に呼んでたら怒っちゃったよ。それでも引っ掻いたりして来ないって事を思うとこの子はもしかして頭良い? それよりも今はこの子の名前か…取り敢えず黒猫をジーっと見つめる。
全身真っ黒の毛並み。柔らかそうな肉球。一番目を引いたのはその中でも異色を放つ太陽みたいなオレンジの瞳。
「……テル?」
「にゃあ!」
無意識に呟いた名前が当たってたようで黒猫、もといテルは凄く喜んだ声を上げた。
「そっかぁお前はテルって言うのか。よろしくね」
こちらが指を差し出すとテルは前足? で指を掴む。あ、やっぱり肉球柔らかい。
「さてとテル。私はきゅうりが食べたいんだけど、一先ず人がいるところを探してるんだ。そんな場所知らない?」
ダメで元々ダメ元でテルに聞いてみると、なんと意外なトリックが! 肩をちょんちょんと叩くとそのまま後ろを指したではないか!
「あっちに人の気配があるの?」
「にゃあ」
「そっか。じゃあ行ってみよっかな」
それから数日、テルのナビ通りに進んでるも一向に人の集落が見える気配がない。
「ねぇテル。ホントにこっちで合ってるの?」
「にゃあ」
「そっか。じゃあテルを信じて進むよ」
それから数日、毎日のようにテルに話しかけて分かった事が幾つかある。
まずテルは言葉の意味が分かるようだ。話し掛けるとまるで理解してるかのような反応を見せる。
二つ目はテルは肯定、正解の時は「にゃあ」と一回鳴き、否定、間違いの時は二回鳴く。間違えすぎると「ふしゃー!」と怒る。
そしてテルは私には見えてない何かが見えるようで時折耳を立てては周りを見渡している。多分この動作で周りの状況を把握しているのだろう。
あと尻尾を触ると飛び上がって肉球で叩いてくる。柔らかいのでダメージを負うどころか癒し効果がある。
因みにテルは雄だった。
「にゃにゃあ!」
「どうしたの? ってあの黒いの何?」
「にゃん!」
テルに関して考察していると突然テルに肉球で叩かれた。うん、柔らかい。ってそうじゃなかった。テルの指した方を見ると黒い線が空に向かって伸びていた。
「まさかあそこに向かえって事でFA?」
「にゃん♪」
「そっか。あそこに人の集落があるんだ」
そうと分かったらやる事は決まったよね!
「じゃあテル、そろそろ肩から降りて歩こうか」
「にゃ?」
「だってずっと肩に乗せてたから肩凝ってるし、何より疲れた」
「に"ゃ"!?」
はい降りた降りたー。まったくいつまで君は肩に乗って楽するつもりだったんだい?
「良いかいテル。急がないと食料品が尽きるんだ」
「!?」
「さ、分かったらさっさと行こう!」
早く集落について食料品を補充しないと、あと水と毛布も新調して。あぁやる事が多いなぁ。とにかく早く集落に着く事を目標にレリゴー!
「ねぇ……テル……」
「にゃ…あ?」
「まだ……着きそうに……ないね…………」
「にゃあ……」
「そこは否定してよ……」
マズいマズいマズいマズいマズい。何がマズいってあれから何日か経って黒い線が煙だという事は分かったけど、その煙の元までまだあるのに食料が尽きた。お腹空いたよー。
旅に出る時にたくさん貰ったのにもう無くなっちゃったよ。いや、逆に今までよく腐らずにいてくれた事に感謝すべきかもしれない。ありがとう。
「猫って食べれるのかな」
「にゃあにゃあ…」
「さいですか」
幸いまだ水は残ってるからこれで飲み繋ぎして行くしかない
「そう言えばテルって猫食食べないの?」
「にゃあ」
「なんで? 今は手持ちにないと言ってもやっぱり猫食食べたいんじゃない? 栄養しっかりしてるし」
「に、にゃあ」
なんでこんなに嫌がるんだろうか。もしかして不味いのか? 栄養がしっかりしてるからって美味しいとは限らないんだね。まぁここ数年録に作物の収穫が上手く行ってないのも理由の一つなんだろうけど。
「取り敢えず進まない事には始まらないから行こっか…………餓死る前に」
「にゃあ!」
気分一転煙に向かって歩き出す。
そう言えば、あの煙昼夜問わずいつも出てるけどなんでだろう? 遥か昔に使われた連絡手段の狼煙? まさか盗賊とかに襲われて家が燃えてるとか無いよね?
「テルはどう思う?」
「……?」
足元をトコトコ歩いてるテルに聞くも、首を傾げられた。可愛い。じゃなくて!
「取り敢えず早く着く事だけを考えて行こっか、じゃないと気が滅入る」
「にゃあ」
「そこは否定して欲しかった」
少しグッタリしながらもとぼとぼとゆっくり歩を進める。あー早くあの煙の下に着きたい。じゃないと冗談抜きで餓死る。
「テル~」
「にゃ?」
「にゃあにゃあ」
「にゃん」
「お腹空いたにゃん?」
「にゃー」
そうかそうか、テルも空腹なのか。
「テル、私はもうダメだよ。足に力が入らないし、意識も朦朧としてきた……ほら地面がすぐそこに……お休み…………」
最後の言葉を言うと共に私の意識は暗闇に飲み込まれていった。
「にゃあにゃ」
「……ん、おはよう」
ふぁあ良く寝た~。いや~さすがにここ数日寝ずに歩いてたツケが回ったんかね、まさか倒れるとは思わなかったよアッハッハッハ!。
「テルもありがとうね。冷えない用に温めてくれて」
「にゃあ」
「よしよし。お礼に水をあげよう」
「にゃ、にゃあ」
仕方ないだろ、今手元には水しかないんだから。何か手に入ったらあげるから許してよ。ほら早く行こう行こう!
「さ、良く寝たし煙の下へGO!」
「にゃあ……」
なぜ呆れたような声で鳴く。ほら早く行こう、食料がないのは冗談じゃないんだから。
「にゃあ?」
「うん? あぁそうだね、何かやりながら歩くかい?」
「にゃあ」
「そうだな……じゃあ歩きながらテルの肉球をモニュる!」
「にゃ!」
「さいですか」
まさかの即答速攻大否定だったよ。肉球を触りながら歩く、良い案だと思んだけどなぁ。テルは歩かなくて済むし、肉球は癒しだし、肉球触りたいし。
結局やる事もなく歩くしかなかった。
そして……
「ついに……ついに着いたぞー!!」
「にゃあ!」
いや〜水が切れた時はさすがに餓死を覚悟したよね。でも運良くその後村っぽい集落っぽい町影が見えて、テンション上がって二人(一人と一匹?)揃って走り出したよね! 空腹とかテンション振り切った状態だと気にならなかったし。
「すいませーん!誰かいますかー?」
「にゃ~」
「……………‥」
誰もいないのか、無視されたのか、警戒されて誰も出て来ないのか。一つ目と三つ目だったら良いけど、二つ目だったら泣くよ? ここの中心で愛は叫ばないけど哀を叫ぶよ?
「にゃ、にゃ」
「……え、泣いて良いって? テルって意外とS?」
「にゃあにゃあ!」
「はいはい。冗談だから怒らない」
袖を引っ張られたからついて行くと何やら倉庫みたいな所に着いた。中を覗くと水やら食料やらが詰め込まれていた。
「これ、腐ってない……よね?」
「にゃあ」
棚に置かれてるモノを一つ手に取りテルと共に確認する。見た目は腐ってる様子は無い。匂いはテル曰く腐ってないらしい。味は、確認が怖いけど仕方ない。
「それでは毒見を兼ねて一緒に食べようか」
「にゃあ」
二人揃って手を合わせて恐る恐る口に入れ、咀嚼。
「あ、美味しい」
「にゃあ」
味も問題無かった。残る問題はこれを貰えるか、なんだけど……
「ここって誰も住み着いてないのかな。人の気配ないし」
「うにゃ」
「そうだね。取り敢えず散策してみて誰もいなかったら貰っちゃおう」
罪悪感? それで生きていけるんだったらこうして大量の食糧を前に唾液を飲み込んでないよ。
「すいませーん誰かいませんか~?」
「にゃ~」
ここに着いた時と同じ事を言って散策を行う。偶に扉をノックしたり、お店と思われる所に入ったりするも結局は無駄足に終わった。
「ふむ、テル。やっぱり誰もいないね」
「にゃ?」
「およ?」
再び倉庫(仮)に戻って来て地面に座り込むと、不意にどこかからか視線を感じる。そっとテルを見るとテルも視線を感じたのか視線がぶつかる。
「どうしたものか」
テルを膝に乗せて考えるも妙案は浮かばない。一対一なら戦える。二対一も何とかなると思う。でも数からいって多分五人以上はいると思うんだよな。逃げるか?
「動くな」
「っ!?」
首筋に冷たい感触、刃物か? なんにせよ背後を取られた。これじゃあ逃げられないか。それに次々と建て物の影から覆面をした人が大勢出てくる。
「あ~こんなに大勢どこに隠れてたのさ?」
「……」
ダンマリですよ。本当にどこに隠れてたんだろう? テルにすら見つからないなんて、まさか昔流行ったニンジャ!?
「ニンニン」
「……」
あの、ふざけたのは謝るんで刃物を更に首に食い込ませるの辞めて貰って良いですか? そろそろ血出ると思うので。
「悪いけどあなたには消えて貰う」
後ろからの声と共に正面で刀を構えていた人達がこちらに向かって走ってくる。え、待ってこっちは素手なんだけど!? しかも動けないし。
「くっ! なんだその猫は!?」
「猫? ってうわっ!?」
膝に乗せていたテルが光り出す。て言うか眩しすぎて勅使出来ないんだけど!?
そこで私の意識はまた飛んだ。最後に見たのは光の中で蠢くテルの姿だった。
「お~い起きて~」
「……んぅ?」
誰? 聞きなれない声と抱き起されて頬を叩かれる感覚。
「良かった。目が覚めたみたいだね」
「……あなた、誰?」
意識がはっきりしてきて心配そうに覗き込んでいる少年が視界に入る。そしてチラリと見えるのが頭上の三角なモノとウネウネ動いている黒いナニカ。
「僕は
「てる、は?……もしかしてテル?」
「あ、よく分かったね」
テル、耀葉はニッコリと笑い肯定する。
本当に耀葉はテルなのか? 確かにテルは雄だったし、テルも耀葉も同じ黒毛。
「は、はっぴぃにゅう?」
「にゃあ?」
あ、これ本物ですわ。だって「にゃあ」って言った時の発音の仕方とかテルと同じだもん。
「本当にテルみたいね」
「信じてくれたんだ?」
「いや、ここまで確定事項が揃ったら信じるしか……ないじゃん……」
「?」
ってちょっと待て!? テル=耀葉って事は……はぁ!?
「この変態!」
「急にどうしたのさ!?」
「うっさい変態が! 心当たりがないとは言わせない!」
「いや実際ないんだけ……あ」
思い出すなぁ!いや、行った私が言うのもあれだけど思い出したら恥ずかしくなってきた。
「大丈夫だよ。まぁ少し小さいと思ったけどぁっ!」
「殺してやろうか! このセクハラ猫!」
「ちょっと待って!」
こいつ、人が気にしてる事を平然と、しかも何の事でもないように!
「忘れろ! じゃないと記憶が消えるまで私は殴る事を止めない!」
「わわ、分かった! 忘れるから振りかぶった拳は治めよう?」
「……」
仕方ない。あれはこちらの不注意からでもあるし、落ち着こう。
「ってそうじゃなくて! あの人達は!?」
そうだよ! 変た、耀葉を怒ってる場合じゃない。いや起こるのも重要だけど、それよりも意識失う前に襲ってきた人達はどこに!?
「あ~あの人達は一応縛ってあそこの建物の中に収容してるよ」
「収容って……てそうじゃなくて、あの人達ここの住人じゃないの!?」
もしそうだったらかなり失礼だよ、私達。
「う~ん、何人かに聞いたけどどうも違うみたいだよ」
「そうなの? じゃあなんで私達を襲ったんだろう?」
「まぁ君はあそこは残念だけど可愛いからね」
「あ゛?」
「いえ何でもありません」
まったく。これから成長するんだから失礼だな。そうじゃない。話が脱線しつつある。
「じゃああの人達はなんだったの?」
「ここら辺を拠点にしている盗賊だってさ。ここに仕掛けてたトラップが作動したから様子を見に来たら僕達がいたんだってさ」
「そんな事で襲われたのか」
いや、彼らにしてみれば「そんな事」じゃないか。
「取り敢えず話してみようか」
「そうだね。隠し武器とか全部回収してるから逃げてはいないと思うし」
耀葉に続いて近くの建物に入ると血生臭い鉄の匂いが建物内に充満していた。
「で、どこの部屋?」
「あそこの奥の部屋だよ」
「ふ~ん。あ、テル……葉はここで待ってて」
「分かった。それと今まで通りテルで良いよ」
テルに一言断り奥の部屋に一人で進む。扉を開き中に入ると、確かにテルの言った通り10人にも満たない男達が縛られ部屋の中心に一纏めの塊にされていた。
「さて皆さんに聞きたい事があるんだけど、ちょっと良いかな?」
「ハッ! 気絶した女朗に答える事はないな」
「……へぇ。あんたあいつにやられた癖にやけに綺麗じゃん。もしかして……あんた、私の後ろにいた奴じゃないの?」
「っ!?」
私の言葉に反応した男を見ると、他の人達よりも服などが綺麗だったので最後の方は囁く様に言うと肩を震わせた。あったり~♪
「私が気を失ったんだ。すぐ後ろにいたあんたも気ぃ失わなかった、なんて事はないよね?」
「う、煩い! だったらなんだってんだよ!」
「いや別に? ただあんたに私をバカにする資格はないよね、ってだけ。じゃあお休み」
話していた男の人が何かを言う前に顎を蹴って脳震盪を起こさせ黙らせる。それを黙って見ていた他の人達も息を呑んで黙る。
「さてとこの中でのリーダーって誰? 答えないなら一人ずつ手当たり次第に寝かせるよ?」
「……俺だ」
笑いかけて聞くと塊の後ろの方に座っていた髭面の男が静かに呟く。取り敢えずその人を引っ張って入って来た扉とは別の扉を潜り、閉める。
「あなたに聞きたい事があるの」
「なんだ? ま、お前が知りたい事を知ってるとは限らんがな」
「そこは心配しないで。確実に答えられると思う質問を二つするだけだから」
リーダーさんの疑問に指を二本立てて答え、一本畳み込む。
「まず、ここに住んでたであろう人達はどうしたの? 殺したの?」
「いや、俺らが来た時には既に見抜けの殻だったぜ」
「ふ~ん。じゃああの倉庫の物はあなた達のなの?」
「あの倉庫は俺らが見た時からあのままだった。それから何日経っても腐敗しないってんで悪くて手を付けてなかったけどな」
リーダーさんの目をまっすぐ見て聞くと、向こうもまっすぐ見返してくる。どうやら嘘はついてないみたい。
それから残った一本も畳む。
「じゃああの倉庫内の物を貰って行っても良い?」
「ハッ、勝手にしろ。こっちとしては気味悪いモンが無くなって助かるくらいだ」
「あっそ。じゃあ勝手にさせて貰うよ」
取り敢えず聞きたい事はこれで全部かな? あっともう一つあった。
「ねえこれは知ってたらで良いんだけど」
「お、おう」
「この辺できゅうりがある場所知らない?」
「きゅうり?」
突然の質問にリーダーさんはしばし考える様子を見せると、向かって左の方角を顎で指す。
「確かあっちの方で栽培してるって聞いた事がある」
「あっちの方か……ありがと」
礼を言って再びリーダーさんを引きずり隣の部屋に戻す。
「……おいあんた」
「?」
そのまま部屋を出て行こうとしたらリーダーさんに呼び止められる。不思議に思い振り返るとリーダーさんが真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「二つ、聞かせてくれ」
「二つ……?」
なんかあったっけ?
「なんで俺達を殺さない。俺らはあんたを、あんたらを殺そうとしたんだぞ」
「ん~なんでって聞かれても……そうだね、私はあまり殺生はしたくないんだ。あなた達も生きる為に襲って来た事も分かってる。こんなご時世だしね。それに君達を倒した彼が君達を殺してないんだ、私が殺す訳にはいかないだろう?」
そうそうそれに関してやり忘れたことがあったんだった。
懐から散策中に見つけた包丁を取り出すと、近くの壁に思い切り刺す。これで彼らが縛られたせいで餓死する事は無くなった。私は壁に刺した後彼らを見る。聞きたい事が二つあるって言ってたしね。
「それでもう一つは?」
「あ、ああ。これは答えたくないなら良いんだが、あんたの名前を聞かせてくれないか?」
「名前? 別に良いけど。私の名前は
「郷……未来……」
リーダーさんが噛みしめる様に名前を反復する。
「ねぇ今度は私があなたの名前も聞いて良い?」
「あぁ。俺の名前は
「そう。龍さんじゃあまた何か縁があれば」
それだけ言って振り返らずに扉を潜り、テルの元へ戻る。
「どうだった?」
「聞きたい事は聞けたよ。取り敢えず倉庫に行こう」
それから私達の行動は早く、倉庫に着いた途端古くなった物と新しい物を交換し、食料もリュックに入るだけ入れる。それだけの事をしても尚倉庫の中身が減った様子がない。
「じゃああっちに行こうか。話によると私の目的地はあっちにあるらしいし」
「目的地?」
「あー話した事なかったっけ? 私はきゅうりを探して旅をしてるんだよ」
そして龍さんが教えてくれた方へと歩き出す。目指すはきゅうり栽培所!
「そう言えばテルについてすっかり後回しになってたけど、あなた一体何者?」
「僕? 僕は猫の血を引いた謂わば猫人間って所かな」
「て事は猫になったり人になったりが自由にできるの?」
「出来るし、猫状態でも会話は理解できるよ。もちろんどちらの記憶も覚えてるし」
「ほ~う。つまりそこまで自覚していた、と」
「や、別に隠してた訳じゃないよ!? ただ食料の事とか考えると猫の方が節約出来るから人にならなかっただけで、別に疾しい気持ちがあったわけじゃ」
「はいはい」
だったらせめて抵抗してくれても良かったんじゃないかな? これはあれだね。倒れた時のお礼は無しだね。
「ほら、さっさと行くわよ」
「は~い」
さっさと歩き出すとテルが後ろからトボトボとついてくる。それから私の機嫌が直るまで一日。話すまでに更に半日かかった。
「……ねぇ、ちょっといい?」
「何?」
テルが人の姿を見せてから数日。心の中に渦巻いていた疑問の渦がもう限界まで押し寄せていた。
「あ、あのさ。その、お願いがあるんだけど」
「お願い? 珍しいね。なんだい?」
「その……し……」
「し?」
ええい! 迷うな勢いで言ってしまえ!
「尻尾を触らせてくれない!?」
「しっ………ぽ?」
「そう尻尾。実は初めて見た時からどんな感触なのかな〜って思ってて。猫の時も触らせてはくれなかったし、だからその……お願い!」
両手をパンッ! と合わせてお願いしてみる。テルもこのお願いは予想外のようで「うー、あー」と悩んでいる。
「そ、そんなに嫌なの?」
「嫌、と言うかなんと言うか……あのね。尻尾触られると、こう、なんて言うの? こんな感じになるんだよ」
テルは「こんな感じ?」と言いながら両手を上下左右に忙しなく動かすも、はっきり言ってどんなのか分からない。
「ん〜と君達で言う所の痛いけど痒い、けど擽ったい感じ」
「うん尚更分からなくなった。けど、あまり触って欲しくない事も分かったよ」
そう言うと頭上の耳が嬉しそうにピコピコ動いている。
それから龍さんが言っていた栽培場に着くまで色々な事を話した。
お互いの故郷の事
両親の事
どうしてここに残ったのか
どうしてテルは私についてくるのか
なぜ私を護ってくれるのか
他にもくだらない話もした
テルが猫だった時には出来ない話をたくさんたくさんした。その時話した事ははこの旅の大切な思い出になるような、そんな時間。
ただ一つの気掛かりは……
「ねぇテル」
「なんだい?」
「きゅうり、楽しみだね」
「そうだね」
それは……
「テル……テルはさ。この旅が終わったらどうするの?」
「え、旅が終わったら……? う〜んどうしよ」
「あのさ、もし、もしテルが良かったら……」
「良かったら?」
「……ううん。何でもない」
そうもしテルが良かったら、テルを両親に紹介したい。
この長い旅を共にした仲間として
命を救ってくれた恩人として
そして━━━として
目の前には大きな門がそびえ立っていた。門の横には申し訳程度の大きさの看板と「○瓜栽培場」と書かれていた。一文字目は掠れていてよく見えない。てか読めない。
「ねぇ、これってきゅうりかな?」
「多分ね。きゅうりって漢字で「胡瓜」って書くし」
ふぅ、やっとここまで来れた。龍さんと別れてここに着くまでに掛かった日数は十日以上。途中で食料の補充が無かったら確実に餓死ってたね!
「すいませーん! 誰かいませんか〜?」
取り敢えず門を叩いてあの時と同じ事を叫び、しばらく待つ。すると門の向こうから足音が近付いて来るのが聞こえる。
足音が聞こえるとテルは慌てたようにフードを被り、猫耳を隠す。尻尾? 既にパーカーの中に仕舞われてるよ?
「あーどちらさんですか?」
足音が止まり、覗き穴から声が聞こえる。
「ただのしがない旅人です。ここにきゅうりがあると聞いて来たんですけど」
「あぁ、きゅうりを求めてこんな僻地へ。ようこそおいでなさった。今扉を開けるから少しお待ち下さい」
私達の事を簡潔に伝えると声の主は快く扉を開けてくれた。ちょっと不用心過ぎない?
扉が開き出て来たのは私達よりも少しばかり年が上の青年だった。
「ようこそ。私、この栽培場の最高責任者の
「いやさすがにそこまでお世話になる訳には……」
と、断ろうとするもそのまま孫さんの口八丁に乗せられ、実食は翌日に繰り越される事になった。
「ふぅ……久し振りの柔らかベットだ〜」
当てがわれた部屋は特に何の変哲もない普通の部屋だった。
個人的には変に豪華な部屋よりかはだいぶ、いやかなり安心できる。
「やっぱり一般家庭レベルの部屋だと落ち着くね〜」
「泊めて貰ってる立場で随分と上からなんだね」
「あ、テル。どうしたの?」
一人部屋のベットで寛いでいるとテルがノックもなしに入ってくる。その顔はなにやら不安そうな表情。
「うん。なんかね、孫さん以外の匂いがあちこちからするんだ」
「ふ〜ん。まぁ栽培場ってくらいだから色んな人がいるんじゃない?」
今の私にとってそんな事より重要な事がある。
「テル? 一応これでも私は女性なのよ?」
「うん? 一応って事は普段は男っぽい自覚がありゅ!」
「ゴメンね。疲れが溜まってるのかよく聞こえなかったからもう一回言ってみて?」
「大丈夫。貧乳でも行くとこ行けば需要あたまが砕けるー!!」
全く、一度揚げ足を取ったからヘッドロックかけたのに、更に挑発してくるなんてね。これはお仕置きが必要ね。
「もう既にお仕置き受けてるよね!? まさか追加攻撃しないよね!?」
「ハァ……良いテル? 女性の部屋に入る時は」
「え、この体勢で話し続けるの?」
「入る時はちゃんとノックしないとダメだよ? 今回は私が寛いでいるだけだったから良かったけど、もしわたしが着替えてたら大変だったんだよ?」
「そんな事だったら、君の着替えは猫の時に何回か見てるから問題ないよ」
「問題大アリだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
テルの顔を掴んだまま床……は痛そうだからベットに向けて思い切り投げる。
テルは勢い良く飛んで行き見事落下地点のベットにダイブ。そこから勢い余ってベットの向こうに顔から落ちて行ったのを見たけど知らない!
「いっつー。なにするんだよいきなり!」
「うっさい! あんたこそ自分が何言ったのか良く考えなさいよ! それと私はまだ発展途中、だっ!」
ポケットに入れてた護身用の小石をテル目掛けて投げ付ける。それをテルは毛布を使って全弾防ぐ。毛布がテルの視界を覆っている内に踏み込み握り拳を振り抜くも、テルはそれを分かっていたかのように足で受け止める。
そこからは泥沼の勝負だった。ただお互いにテルは爪、私は刃物(龍さん達から護身用にと貰った)を使わず、また急所や顔を狙わないように配慮し合っていた。
詰まる所、私達は体を動かしたかっただけの様だ、と気付いたのはお互いの体力がなくなり、同時にベットに倒れこんだ時だった。その時テルは笑っていた。多分私も。
「あー疲れた」
「まったく誰のせいだと思ってるのよ」
「そりゃ君だろ"!」
「寝言は寝て言え!」
取り敢えずテルの顔に枕(羽毛)を叩き付ける。十中八九テルが悪い、故に枕攻撃だ。
そして気が付いたら窓から朝日が差し込んでいた。きっと昨夜テルに枕を叩き付けて少ししてから寝てしまったのだろう。そこらの記憶が曖昧だ。
イマイチ起きる気にもなれず、太陽光から逃げる為に寝返りを打つ。すると視界に入って来たのは黒い髪に、ピョコンと突き出ている同じく黒い猫耳。そして目を瞑って規則的な寝息を立てているテルの顔だった。
「テ……っ!」
思わず叫びかけててふと自分の今の恰好を見る。
昨日この部屋に入ってすぐに着替えた為、今は極めてラフな恰好。それが少しはだけてあと少しズレたら乙女の見せてはイケない所が見えそうになっていた。
「こいつ……まさか……」
いやさすがのテルでも寝てる相手にそんな事は……でも今までの事考えると信頼性が低い……て言うか、なんでテルもここで寝てるのさ!
「うぅん? おはy」
「チェストぉ!」
「目がぁ、目がぁぁぁ!」
ふぅ、危ない危ない。危うくテルに今の恰好を見られる所だった。取り敢えず釘を刺しておこう。もう指を刺してる? このくらいなら大丈夫だ、問題ない。
「テル、今目を開けたらさっきよりも深く行くからね?」
「寝起きから理不尽過ぎない!?」
「いいから。私が良いって言うまで目を開けない事。さもないと……」
「さもないと……?」
「眼球はくり抜きたくないのよ」
「分かった目を塞ぐし反対側向いてるよ!」
そう言いテルは背を向けた。うむ、良い心掛けだね。さて、さすがにこの状況で着替える訳にはいかないか。溜め息を吐きつつはだけた服を整える。
「もう良いわよ」
「……本当?」
「嘘言ってどうするのよ」
私の言葉にテルが振り返る。その目は心なしか少し赤かった。
あ、意外とダメージ通ってたんだ。悪い事したかな? …………でもまぁうん。私のはだけた姿を見せるよりかはマシ、なのか?
「ねぇまだ少し視界がぼやけるんだけど」
「疲れてるのよ。はいこれ、疲れ目に効く眼薬」
「そういうのじゃないと思うけど、一応点きとくよ」
眼薬を受け取りテルが点してる間にベットメイキングを済ませる。
「ふぅ……あ、良く見えるようになった」
「でしょ? それ瞳孔を無理やり開く薬だからその内眩しくなると思うけど気をつけてね」
「何渡してるの!?」
「冗談よ冗談。手元にそんなのあるわけないじゃない」
「じゃあなんで眼薬はあったの」
「私起きて暫くしてからいつも眼薬点すのよ。知らなかった?」
「そりゃね。いつも僕の方が起きるの遅かったし」
あー確かに遅い時は昼まで寝てたもんなぁ。その間肉球を存分に楽しみながら歩いたものですよ。
「そんな事よりきゅうりよきゅうり。今日こそきゅうり食べられるんでしょ? 早くきゅうり食べに行きましょ」
「そうだね。じゃあ僕は部屋の外で待ってるよ」
「……そう」
「え、今なんでそんな意外そうに言ったの!?」
「だってエロテr……変態テルだし」
「ちょっとその誤解はどこから!?」
「今までの積み重ねた罪と昨夜の出来事を思い返せぇ!」
「昨夜? 昨夜は君に枕を叩き付けられてからの記憶が無いんだけど?」
「……本当でしょうね?」
「あ、一回だけ目が覚めてその時君がぼくに抱き付いて来てたけど、それは僕がした事じゃ無いから無関係だよね?」
「だ、抱き……わ、私が……?」
テルの衝撃的な発言に思わず手に持っていた枕を取り落とす。て言うか顔が熱い。物凄く熱い。
「なんか昨夜の誤解は解けたみたいだから僕は出てくね〜」
そんな私に構う事なくテルは手をヒラヒラと振って部屋から出て行く。
それから熱くなった顔をなんとか落ち着かせ、服を着替え髪を梳く。そして部屋から出ると正面にテルがいた。
「お、お待たせ」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ。さ、行こうか」
「う、うん」
あーダメだ。テルを前にしてさっきのやりとりがフィードバックしてきてまた顔が熱くなりそうになる。てか今のやりとりもまるであれみたいだったし。その……で、デーt
「うがぁぁ!」
「ちょ、いきなり壁に頭突きしてどうしたの!?」
「いえ、何でもないわ。ちょっと煩悩を殺しただけだから」
「煩悩ってそうやって殺せたっけ?」
不思議そうに首を捻るテルを置いて、昨日説明された食堂に向かう。
「おはようございま〜す」
「あぁおはよう。良く眠れたかな?」
「はい。おかげさまでグッスリと眠れました」
既にテーブルに着いている孫さんに笑顔で答えると、テルがボソッと「知らない場所なのに無警戒に寝てたよね」と呟いたので、バレないように鳩尾に肘を入れる。
「? そちらの少年は大丈夫かい? 何やらお腹を押さえているが」
「きっとお腹が空いてるだけなので大丈夫ですよ。すいません意地汚くて」
誤魔化すように言うと、孫さんは「若い内はたくさん食べないとね」と笑って流してくれた。
「さ、早く朝食済ませてゆっくりきゅうり見に行きましょ」
「ちょっと君はもう少し遠慮ってものを…」
「まぁまぁ良いじゃないか。元気なのは若い証拠だよ」
そうだそうだ! それに遠慮で生きていけたら人間は不老不死になれるよ! 必要なのは賢者の石じゃなくて遠慮の意思ってか!?
「いや上手そうで何も上手くないからね? それ」
「人の心をナチュラルに読むな!」
握ってたフォークをテルの手目掛けて振り下ろすも、テルはそれを容易く躱す。孫さんはそんな光景を声を上げて笑っていた。
……いや笑う所じゃなくね?
それからなんやかんやあり、朝食を食べ終わった私達は孫さんに連れられ屋内農場なる場所に来ていた。
「ここできゅうりを作ってるんですか?」
「そうだよ。君達も知ってると思うけど、今のこの世の中野菜が中々出来なくてね。ここまで来るのに苦労したよ」
「あ、あの。これって食べられるんですか?」
「さすがきゅうりの事になると意地汚い」
畑を指して孫さんに聞くとテルがボソッと言った。ちゃんと聞こえてるからね? 後でお仕置き決定です。そこ、首振っても逃さないから。
「食べられるよ。なんなら今食べてみるかい?」
「本当ですか!?」
「さっき朝食食べたよね、君!?」
「バーロー! 昔から「きゅうりは別腹」って言われてるのよ」
「言われてないよ!」
「残念でした〜。ウチでは言われてますー」
口角を上げてテルに言うと衝撃的だったのか「なんやて工藤」と呟いていた。工藤って誰さ。
「あーそれで。どうする?」
「頂けるなら頂きます!」
「そうかじゃあ……どうぞ」
孫さんはそう言うと近場のきゅうりを捥ぐと軽く濯いで渡してくれた。手に持つとツルツルとした感触が伝わってくる。
ふむ。見た目とかのレポートは置いといてさっそく一口。
「……って、かった!?」
うー思いっきり噛み付きに行ったから歯が痛いよ〜あと顎も。なんでこんなにかたいの?
「そんなにかたいの?」
「めちゃくちゃかたいよ。テルも食べて見たら?」
「どれどれ……って本当だ、かたい。それにちょっと苦い……?」
テルにきゅうりを渡し、齧ろうとするもやはりかたいようで軽く歯型がついて終わった。
「あの、これ焼いてみてもいいですか?」
「え? あぁ良いよ。キッチンまで案内するよ」
孫さんの案内で部屋を出てキッチンに向かう。その道柄テルは何とか噛み切ろうときゅうりをガジガジ噛んでいた。意地汚いのはどっちだよ……
「さ、ここがキッチンだよ」
「ありがとうございます。ほらテル、きゅうりちょうだい」
「……ん」
テルからきゅうりを受け取ると最初よりもくっきりと歯型が付いていた。
よし、この部分はテルにあげよう。もちろんそのままで。
「テル〜口開けて〜」
「こう……?」
「よし、じゃあファイト!」
歯型の付いた部分をテルの口に放り込み、無理やり閉じさせ、そのまま調理台の方へ振り返る。
「かった!」
「はいはい煩いよ〜」
背後で何か悶えるような音が聞こえるも煩いので無視。トントンとリズム良く包丁がきゅうりを切る音ときゅうりを齧る音がキッチンに響く。
「あぁそうそう。一つよろしいかな?」
「はい、なんでしょう?」
包丁で一口サイズに切ったきゅうりをフライパンで熱してると孫さんが声を掛けてきた。まさか自分にも食べさせろとか?
「お代の方なんですが」
「お代……?」
「はい。そちらのきゅうりですが、先程も言った通りかなりの手間が掛かっています」
あ、なんか嫌な予感……
「お代しめて……このくらいですね」
孫さんは指を三本立てる。て事は
「三万円?」
「いえ、桁が一つ違いますね」
じゃあまさかの三ぜ
「三十万です」
孫さんの言葉に足元が崩れる感覚を味わう。
え? 三十万? ハハハそんな大金持ってる訳ないじゃん! テルも確かそんなに手持ちは無いって話してたし、私は必要最低限な分しか持ってないよ。ヤバ、どうしよ。
どうしようかとテンパっている私の耳に孫さんの声が続く。
「もちろん現金での取引だけとは申しますまい」
「と、言いますと?」
「その代金に見合う物との物々交換も受け付けています」
ふむ。物々交換……とな?
「ちなみに今の所持品だと何と交換が……?」
「そうですね……これですとこの中身で間に合いますね」
「なっ……!?」
孫さんが指したのは私の、私達のこれからの旅に必要な物が入った鞄の中身だった。
「これ、全部ですか……?」
「そうですね。少しばかり足りないですが、これがあれば大丈夫ですね」
ぐぬぬ。もう既に焼き始めてしまったから返す事も出来ない。これはもう渡すしか……
「あの、ちょっと良いですか?」
「……はい、なんでしょうか?」
鞄を孫さんに渡さそうとすると、テルが腕を掴んで止める。
「ねぇ、これきゅうりだっけ?」
「……そうと言ってますが」
「へぇこれがきゅうりねぇ……ブッ! これズッキーニじゃねぇか!」
テルは口に含んでいた切れ端を孫さんの顔目掛けて飛ばす。
「テル、それ本当?」
「うん。昔家でズッキーニ食べた事あるんだけど、これは確かにズッキーニだよ」
「くっ、バレたなら仕方ない。お前ら」
孫さんが指をパチンと鳴らすと、ゾロゾロとキッチンの入口から人が入って来る。
「バレたからには生かしてここから出す訳にはいかなくなったよ」
「くっ……! 僕の後ろに。早く!」
テルが入ってきた人達との間に入り守ろうとする。いや、私も戦えるんだけど
「テル、私も戦える」
「ダメだ。いくら君が戦えてもこの人数差。勝てるとは限らない」
「だったらテルが一人で戦ったら尚更勝てないでしょ。良いから、背中くらい任せてよ」
「……無理、しないでよ」
「誰に言ってるの……!」
テルに言い返そうとした所で私達を取り囲んでいた男達が襲い掛かってくる。繰り出される拳を左右に躱し、手に持った包丁で切り掛かるもアッサリと躱される。
「やっぱり少しでも使い慣れないモノは使わない方が良いの、かもね!」
包丁をテルに殴りかかろうとしている輩に牽制目的で投げると同時に、鞄のポケットから愛用のナイフを取り出し近くの男に切り掛かる。怯んだ隙に別の男に蹴りを叩き込む。
「なんだこの小娘。やりやがる」
「こっちの化け物もヤバいぞ!」
”化け物”と言う単語を不思議と思い、声の方を見るとテルが尻尾で先程牽制で投げた包丁を握り、両手の爪を伸ばし戦っていた。尻尾に握られた包丁からは赤い液体がポタポタと垂れ落ちていた。
「私も負けてられないね」
「いや、勝負じゃないからね?」
ボソッと呟く様に言うとテルツッコまれる。良いの、こういうのは気持ちが大切なんだから。
「さてとじゃあ行くよ?」
それからは一方的だった。私とテルが舞う事に一人二人と敵方が倒れていく。そして数分後には孫さん……もう孫でいいや。を除く全員が床に倒れ伏していた。
「さて、あとはあなただけですよ」
「観念するか、あなたも倒されるか。どうぞお選びください」
私とテル、互いが左右の手に持った得物を孫さんに向ける。しかし包丁を向けられ追い詰められたはずの孫さんは不敵な笑みを浮かべてこちらを見る。
「フ、フフ、フハハハハ! まだ私の負けではないぞ!」
そう叫ぶと背中から一振りの長刀を取り出す。長刀を見たテルが驚いたように目を見開くのが視界の端で確認できた。
「それは……!?」
「フッ、そっちの猫少年は知ってるようだな。この剣は天叢雲剣って言ってね。その昔天照大神が「バキンッ!」そうバキンと……バキン?」
孫が話の途中で何かが折れる音がしたので自分の長刀を見る。そして目に入ったのは刀身の真ん中より少し短い箇所で折られた得物だった。
「…………は?」
「天叢雲剣って言ったっけ? 悪いけど私は神とか信じて無いのよ」
孫の背後で手元のナイフを振り抜いた体制でそう言い、振り返る。
「な……!? きさ……!」
「それになにより」
何やら喚いてる孫の言葉を遮り、一気に懐に入る。そしてナイフを一刃。その場に崩れ落ちる孫。
「本当に神がいるなら、この世界はこんな事にならなかったんじゃないかな……」
その呟きは聞こえてはいないだろうが、これは前から思っていた事だった。
もし仮に神がいると言うならなぜ昔の天災を止めることが出来なかったのか
なぜ天災の後に何もアクションを起こさないのか
天災を起こしたのが神だとするなら神は敵だ。そんな奴信じられるか
「大丈夫?」
「テル……うん、私は平気だよ。テルは?」
「僕も平気。それよりここにもきゅうりはなかったね」
「そうね。でも私は諦めないわよ」
それから栽培場から必要な物を貰い鞄に入れ、外に出る。
「それにしてもこの看板、なんて書いてあったんだろうね?」
「う~ん……あ!」
外に取り付けられていた看板に目を凝らしていたテルが大きな声を上げる。テル曰く、そこには掠れているも、目を凝らせば微かに見える程度の文字が書かれていた。「翠玉瓜栽培場」と。
翠玉瓜……つまりズッキーニ。
「どうしよう」
「テル、こう考えるんだよ。私達は騙された挙句、襲われた。だから正当防衛なんだ、と」
「正当防衛って……」
ええい深く考えるな! そもそも騙されたのは本当だし、先に手を出して来たのは向こうだったんだ! だから私は悪くない。
「そんな事よりまたきゅうりを探しに行かないとね」
「そうだったそうだった。さて、次はどっちへ行く?」
「そうだな〜」
テルの質問に肩の位置で指をクルクルと回し、適当な方向を指す。
「よし、あっちに行こう! テルも付いて来てくれる?」
「もちろん。君が行くならどこまでも!」
そして私達は歩き出す。
この世のどこかにあると信じてるきゅうりを食べる為に。
この度は「少女がきゅうりを食べるお話」を読んでくださりありがとうございます。
そもそもこのお話は
・女の子がきゅうりを食べる物語
・世界を股にかける
・時代背景、それまでの過程は説明があるか分からない
・日本が旧名扱い
・何かの災害とも言える事件で作物が育たない
・人類は作物を作るのを諦めた
・ウォー○ー的存在
・未だ無事な場所を探して旅に出る
・その場所が分からない
・ズッキーニを食べさせられる
・騙されたと知り激おこ→フルボッコ
・ウォー○ー的な存在と歩き出す
・こうして私は今日もきゅうりを探して旅を続ける
というプロットの元執筆致しました。
この通りに進んでいるものもあれば、なくなっているものもある。そんな感じです。
そもそもこの話を書き始めたのも、とある作家さんからの無茶振りでした。しかし思いの外楽しく執筆させて頂いたなぁ。と思います。
長々と話してもあれですので、ここら辺で筆を置かせて頂きます。
それでは他の作品でお会いしましょう。