なぜなのか。問い掛けは、心の中だけのものだった。
真新しい布巾を使い、きれいに磨き上げる。時間はいくらでもあった。四時頃にはすでに着いていたのだ。人が増え始めるのは六時以降だった。みな、夏の暑さを嫌う。
供えてある湯のみを取り、水場へと向かった。やはり人影はない。中身を捨てて、念入りに洗う。先ほど使ったものとは別の布巾で拭いた。そうする自分が、どこか可笑しかった。誰かが口にする訳でもないのにだ。
空には雲がかかっていた。分厚い雲で、太陽の光がどの程度なのかも判然としなかった。風だけが、いやに強い。
花を包んでいる新聞紙を解いた。花瓶から萎れきった花を抜き取り、新しい花を供える。古い花は新聞紙に包み、鞄の中に入れた。
菊だけは、私にもわかった。道すがら、花屋で購入したものだ。菊だけでいいのだろうと思っていたが、店員は目敏く私を見つけ、色々な花を勧めた。言葉に説得力があるように思えたので、言われるままに買った。カモにされたのでは、という気になったのは店を出たはるか後だ。
花を供えると、流石に見栄えが良くなった。カラフルさが、どこか滑稽でもある。
湯のみの片方に水を入れ元の場所に戻す。なぜなのか。また、心の中に問い掛けの言葉が湧いた。もう片方の湯のみに酒を注いだからだ。祖父は、酒を飲まない人だった。
つまり、祖父のことが好きだったのだ。四時から墓地に来たのも、念入りに掃除するのも、わざわざ自分から花を買いに行ったのも、すべて祖父の初盆だからだ。
家では、両親や祖母が法事の準備をしているはずだった。墓には後からゆっくりと来るだろう。耐えられなかった。法事など、喜ぶ人ではなかった。
祖父のために。その気持ちだけで、家を飛び出し墓へと来たのだった。
なぜなのか。問い掛けがやまなかった。綺麗さに拘る人ではなかった。花の多寡など、気にする人ではなかった。酒など、口にもしなかった。
自分がなにをしているのか、わからなくなった。いや、違う。なにをしてあげられるのか。なにか、してあげられることがあるのか。
周りを見回した。墓石、碑、土。生えていた雑草に飛びついた。根を残さないように、慎重に抜く。抜けた。むなしさだけが、心を襲ってきた。一本の雑草を気にするような人でもなかった。
こみ上げてきた。堪えた。泣くような男を好きでなかったことは確かだ。雨は降りそうにもない。
死人にしてやれることは、なにもないのか。自分と祖父との縁。死なんてものが、それを断ち割っていったのか。
墓石に頭を預けた。冷たい。躰中に、冷たさが広がっていく。心だけが、獣のように吼えている。
躰を離した。もう、こみ上げてくるものはない。
もう一度墓を見回し、帰途についた。
相変わらず、空は雲におおわれていた。腕時計に目をやる。七時になろうかというところだ。
太陽は、もう沈んだのか。それだけを、私は気にしていた。
実家は旧盆でやるので今年はまだです