「えっと……て、転生ですか?」
「そうさ。君には転生してもらうよ」
夢を見ていた。ずっと昔の記憶を、まるでフィルムを再生するように見ていた。
目の前に広がるのは白い空間だ。何も無いようで何かがある、境界が曖昧な世界だった。その世界の中心に全身を白色に染めた少年と黒髪の少女がいる。自分を客観的に見ると違和感が強い。自分が何者なのか、分からなくなってしまう。
「輪廻の輪から零れた魂は通例として別次元の世界に生まれ直す事になっているのさ」
少年が言う。彼の表情は儚さを秘めた笑みを浮かべていた。もう一人のオレは微動だにしない。思い返してみれば、あの時のオレの心中は混線して何も考えられていなかった。
「だから、君の良く知っている漫画"REBORN!"の世界へ生まれてもらう事になったんだ」
少年はのたまった。もう一人のオレはただ頷くだけだ。その姿を見るとイライラが募る。もどかしい気分だ。声を出そうとしても出せない。これはただの記憶であって、現実に起きている事ではないのだ。
声が届くのであれば、過去の自分に言ってやりたい。
――大人しく成仏しておけ。と、考え直せ! と。
だがその声が届くはずもなかった。
目の前の二人が眩く輝きを増していく。白い世界が更に白く塗りつぶされていく。忌々しい光が、オレの視界を奪い去っていく。夢が明けていくのだ。
その光の本流の中、少年の声が耳に響いた。
「また来たんだね、天使ちゃん。でも、もうお目覚めの時間か……じゃあね。精々頑張って生き残ってね」
*
「あぁ、クソッ……寝覚めわりぃ」
夢から覚めれば、最悪な感覚が体中に纏わり付いていた。酷い汗だ。夏という訳でもないのに、下着までベタベタだ。それに倦怠感も酷い。明晰夢なんてものはそうそう見ることは無いが、こんなに疲れるものではないと思う。なんだか悪い事の前触れじゃなければ良いんだけどな。
ふと、耳を澄ませばリビングの方から携帯の着信音が聞こえて来ていた。寝台の横に据えられた棚に乗るデジタル時計を見れば、時刻は既に昼を過ぎていた。
「朝飯食いそびれた……」
急ぐ事無くリビングに備え付けられた電話の元へと向かい、受話器を取った。
「オレだ」
『相変らずダナ、お前は』
耳に当てた受話器から聞こえてきた声は聞きなれたイージオの低い声だった。何時もより一層低い彼の声で、大体の状況は理解が出来た。
すっ、と先ほどの倦怠感が消え失せていくと同時に寝ぼけていた頭も澄み渡っていく。
「で、先方は何て言っている?」
『……"天使"の引渡しと組織への協力ダ。Sorry……俺がミスをしたせいでお前の居場所が』
「気にすんな。お前がミスった事なら、他の誰がやっても同じ結果になってるよ」
『……thank`s』
電話を丸ごと掴みリビングの中央に据えられた、さほど大きくは無い机の上に置く。そして椅子に腰掛け、足を卓上に乗せた。心を落ち着かせるのにはこの座り方が一番だ。
「んで、断ったらどうなる?」
『天使に恨みがアる組織に情報を漏らす、って言っていル』
「……めんどくせぇ」
今までの仕事を鑑みれば、オレを恨む人間なんて幾らでもいる。ギーグファミリーを始め、多くのマフィアの要人を暗殺しているのだ。先日撃ち殺したヴィーゾの息子にしてもそうだ。切り捨てたのはヴィーゾだが、恨みの矛先は当然、オレへと向くだろう。
思わず溜息が漏れる。正直な話、面倒な事は嫌いだ。組織内の人間関係とかそう言うものに縛られたくないからこそ、こうしてフリーランスのヒットマンを営んでいるのだ。しかし、先方の条件はオレを組織に縛り付けようとしている。断ってもいいんだが、それはそれで他の組織に追い回されてしまう。そうなれば休む暇など無くなってしまう。
――はぁ……めんどい。
つまりは、オレの選択肢は始めから一つしかなかったわけだ。
「オーケー……先方の条件を呑むよ。通常通り、報酬は支払ってくれるんだろ?」
『支払いは血判状を交わした後、スイスの口座に振り込まれるソウダ』
「わかった。んで、オレを欲しがっている太っ腹な組織は何処のどいつなんだ?」
数瞬の間を置いてイージオが呟くように言った。
『依頼主ハ、"ティモッテオ・フォンティオーネ"。ボンゴレファミリーの九代目ボスだ』
「ッ……!」
心臓が勢い良く跳ねた。胸を打つ心音が特急列車の様に早くなっていくのが分かる。痛いくらいだ。ボンゴレの名は良く知っていた。この世界に生まれ直す前から、良く、知っていた名前だ。世界でも最大の規模を誇るマフィア"ボンゴレファミリー"を物語の軸に描いた漫画を愛読していたあの頃を思い出してしまう。
――さっきの夢は、この事を示唆していたのだろうか。
まさか、今になってボンゴレと関わる様なことになるとは思わなかった。昔こそはボンゴレファミリーに入って、物語に介入したいと思っていた。だけど、この生活を続けていく上で、悟ったのだ。彼らがこれから先、辿る道筋は奇麗事ではない、と。他者を貶め、自らの意思だけで理想を掲げていく様な"茨の道"が続いていくだけであると。
だからこそ、そこにはオレの求める"綺麗なボンゴレ"は存在していない。
「……そっか」
『どうシた? 相手が大物過ぎてびびったカ?』
「……んなわけねぇだろ? 潰すぞ」
『オッカネェ、オッカネェ。んじゃ、まぁ後の事は向こうの担当者に一任スル事になってるからな』
イージオの声色が少々湿っているようにも聞こえる。
「おぃ、イージオ。お前」
『泣いてないゾ』
そうは言うイージオだったが、その声色は振るえ明らかに泣いていた。相変らず涙もろい男だ、と思う。以前の仕事でも、ターゲットの家庭事情に同情して、最後の最後まで泣いていたくらいだ。こいつはこいつで責任を感じているのだろう。
『お別レだな。"Angel Girl"』
「ああ、まぁ、もう二度と遭えなくなる訳じゃねぇだろ」
『……アア、そうだな』
最後まで恥かしい呼び名で人のことを呼んでくるイージオに言葉を返す。なるべく普段と同じように振舞う。
多分、イージオとはもう遭えないだろう。なんとなくだがそんな気がした。
『じゃあな』
「またな」
別れの言葉を最後に、電話が途切れた。つー、つー、と虚しく音が耳を通り抜ける。
もう誰の声も聞こえてこない受話器を、半ば叩きつけるように元に戻し、足を寝室へ向けた。ほんの数歩でベッドまでたどり着き、そこへ仰向けに寝そべる。
――クソッ、お前のせいじゃないっての。
心中で吐き捨てる。オレが見つかったのはイージオが悪いわけではない。ボンゴレの諜報部が優秀すぎただけだ。組織の力に比べたら個人なんてものは木っ端と同じだ。
イージオはけじめを付けに行くつもりだろう。しかも、オレを置いて逝くつもりだ。水臭い奴だと思う。死にに逝くならオレも付いて行くし、逃げるならオレはそれをサポートしてやれた。むしろ、イージオが望むのなら命を捨てても良いとさえ思える。
だが、あいつはそれを望まない。あいつはあいつなりに誇りを持って仕事をこなしてきた。多分、これが人生最大の失敗だったに違いない。イージオは自らのミスを許す事が出来ないのだろう。
以心伝心。あいつの考える事が手に取るように分かってしまうのは、長年の相棒生活のせいか、それとも相思相愛だったからだろうか。姿を見たことはない男ではあったが、オレにとって世界中で一番に信頼できる人間だった。それだけは間違いがなかった。
不意に見上げた天井が歪む。
「はは……雨漏りが酷いや」
*
いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。棚の上に載ったデジタル時計が示す時刻は夕暮れ時だった。体を起こそうとしたとき、ふと、寝室の外に人の気配を感じた。意識を向ければ、一つ、二つと小さな鼓動を感じる。
――ミスったのはオレも同じか。
咄嗟にベッドの下に手を突っ込み、隠しておいたリボルバー式拳銃を引き出す。素早く弾倉を確認する。残り3発。外せても一発だけか。
体を、ベッドと壁の間に滑り込ませ身を深くかがめる。壁伝いに聞こえてくるのは複数の足音だ。先ほどの二人に加えて四人――否、七人だ。
恐らくは彼らがボンゴレの諜報部。
抵抗は無意味。数が違う上に武器が脆弱すぎる。仕事道具はリビングの奥、シャワールームの天井裏に隠してしまっている。表の世界を気にしすぎたことが裏目に出てしまった。
抵抗は既に無意味だった。そもそも、相手がボンゴレなら抵抗して良い相手ではない。
無抵抗の意思を告げようと口を開きかけたとき、扉の向こうから男の声が聞こえてきた。
「出来れば抵抗しないで貰いたいんだが?」
「言われなくても、抵抗しねぇっての」
「そいつは有難たい」
ベッドと壁の間からそのまま、ベッドの淵に腰かけ銃を扉の方へ投げ捨てる。金属音を立てて地面を転がる銃に続いて、扉が開き、男達が部屋へなだれ込んできた。先陣を切って入ってきたのは浅黒い肌と金髪が目立つ東洋風の男だった。
「寝室にぞろぞろと悪いな。俺はボンゴレファミリー"門外顧問"沢田家光だ」
「沢田……家光」
何と言う偶然だろうか。いやこれは必然なのか。自分の意図しないところで、別の何かかが動いているような感覚が総毛立たせた。
今朝見た過去の記憶。前世から今世へと変わるときの記憶の夢。この世界が自分の良く知る漫画の世界であると言う事実の再認識。イージオとの関係が終わり、嘗て近づきたいと思っていたボンゴレからの接触。そしてその尖兵が、後の十代目となる沢田綱吉の父親―ー沢田家光であったこと。その全てが今日一日で引き起こされている。
まるで何かの意思を感じるような事運びに不快感しか感じない。
「お前さんと同じ日本人だ」
沢田家光はオレが同族に遭った事で驚いているのだと勘違いしたのか、自らの国籍を明かしてきた。知っている事だから至極どうでもいいのだが。
兎に角、今はこの不快感を追い払い、目の前のことに意識を向けよう。
「まぁ、貴方が誰だろうが、何処生まれだろうがオレには関係ない。報酬が払われるならどうでも良い事だ。さ、連れていくならさっさとしろよ。何処にでも行ってやるよ」
つぎはやに意思を告げる。相手に口を挟む隙を与えない事が味噌だ。こちらの意思を明確に表現すると同時に、頑固である事もアピールできる。更なる交渉の可能性を見せない為だ。立場的にオレは後手だ。故に相手は足元を見て行動してくるものだ。
「素直だねぇ……まぁ、いいか、丁重にご同行願おうか」
沢田家光が溜息混じりに言う。それに反応して周囲の男達が動き始めた。慣れた手つきでオレの手足を縛り上げ、目隠しをかぶせる。これが、雇ったヒットマンにする扱いか、とも思わなくは無いが、そうする理由がこいつらにはあるんだろう。
脇の下に手を入れられ、足をつかまれる。そして唐突に浮遊感を感じた。持ち上げられたのだろう。こんな風に誰かに運ばれるのは何時以来だろうか? 二年、いや――四年位前の紛争でミサイル打ち込まれたとき以来か。あの時は焦ったなぁ。
等と、退屈しのぎに思い出に耽っていると、なにやら狭い場所に押し込められた。タバコの香りと油が混じった、甘いような苦いような刺激臭が鼻腔をくすぐる。バタンっ、と言う音と共に体を両側から圧縮される。多分、だがここは車の中だろう。二人の人間に挟まれる形でオレを座らせているに違いない。
「お前にはこれから日本に来てもらう」
沢田家光の声が前方から聞こえてきた。どうやら運転席か、助手席に座っているらしい。何となくだが意図が読めてきた気がしないでもない。今が、原作の何時にあたるのかは分からないが日本でオレの力を振るいたいって事は少なからずボンゴレの継承に関わる事なのだろう。意図せず、原作介入させられる可能性しかないわけだ。
「日本のある場所でボンゴレ十代目候補である沢田綱吉の護衛を行ってもらう。命に関わらない程度なら傍観していても構わない。ただ、綱吉の命に危機が迫った場合は」
「殺してでも守ればいいのか」
「そう言うことだ。今はまだ告げることが出来んが例外がある。それは追々連絡する」
沢田綱吉の護衛か。最も原作に近い位置に放り込まれてしまうわけか。碌でもないことが置きそうではあるが、とやかく言っても仕方がない。
この流れが偶然であれ、必然であれ、ボンゴレとの付き合いは長くなりそうだ。
「後の指示は向こうにいるリボーンに従ってくれ」
本当に、長くなりそうだ。