REBORN! 大空の姫神   作:習作たまご

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一弾目 並盛来る!

 真っ暗な個室の中に小さな人影が動いた。その影は月明かりが差し込む窓ガラスに背を預け、手には携帯電話を抱えていた。彼の耳元から男の声が漏れている。

 

『てな訳で今朝の便で日本(そっち)に送ったぞ。一応、オレガノ達を付けてはあるが……』

「家光、お前にしては慎重だな。そこまでの相手か?」

 

 小さな子供の声が暗闇に霧散して消える。その声の主は薄く笑みを浮かべた。

 

『一見したら唯の小娘なんだがな。それだけに今まで見つからなかったのが不思議なくらいだ。気配の消し方も常人の域を超えていやがった。まるでお前を見ているようだったぞ』

「……そうか。なんにせよ、懸念の元を断っておくのが長生きの秘訣だぞ」

『違いねぇな。九代目の意向じゃなければ刺し違えてでも殺していた』

 

 家光の物々しい物言いに影の主は不敵な笑みを漏らした。

 そして「面白い」と呟いた彼は静かに言葉を続けた。

 

「そいつに、少しだけ興味が湧いたぞ」

『リボーンに目を付けられるとは……今のうちに拝んどくか、なんまんだぶなんまんだぶ』

 

 家光の馬鹿な言葉を聞き流しつつ、その人影――リボーンと呼ばれた彼は高くなった月を振り仰ぎ見据えた。雲は一つも無く、暗くはあるが快晴そのものだった。満天に広がる星空の最中に一条の光が走っていく。

 リボーンはそれを見つめ小さく呟いた。

 

「早く来い」

 

 

*

 

 

「到着しました。目的地です」

 

 真っ暗な視界の何処かから女性の声が聞こえた。確か名前は、オレガノとかいったか。その彼女に手首を掴まれ、車から降ろされる。ボンゴレに捕らえられてから一日ぐらいしか経っていないと言うのに、既に数日も外に出ていないように感じた。単に外の空気が清々しいだけである。ニューヨークの都市部に比べれば凄く空気が美味しい。

 

「貴方の"設定"は車の中で話したとおりです。演じる必要は在りませんが、貴方がこちら側の人間である事を悟られないようにしてください」

 

 オレガノがそう言いながら、オレの手を縛る縄を解いた。数時間ぶりに開放された腕を伸ばせば、バキバキと間接が音を立てる。肩も若干こっている気がする。

 

「了解。クライアントの要望を裏切らねぇよ。てか、目隠し取っても良いか?」

「どうぞ」

 

 長時間に渡ってオレの視界を奪ってくれていた肌触りの悪い布を引っぺがす。途端、眩いほどの光が視界を覆っていく。一瞬の既視感。その後に広がったのは都市と自然が共存する閑静な町並みだった。

 不意に酷く懐かしい気分がした。前世の記憶は断片的に、今世の記憶は殆ど戦いのものしかない。そのなかで僅かに残った郷愁がこんな気分にさせるのか。明確な事は分からないが、目の前に広がる何の変哲も無い町並みが酷く懐かしく見えた。

 

「早速、並盛中学の方へ移動していただきます。本日付でターゲットと同じクラスへと編入して貰いますので。……こちらをお持ちください」

 

 オレガノは言うや否や幅広のアタッシュケースを差し出してきた。視覚だけで重さを感じさせるような黒色を鈍く光らせるそれを受け取る。想像通りそれは重い。しかし、その重さは自然とオレの手に馴染んだ。

 

「外装は違いますが貴方の部屋にあったものです」

「……オレのヘカテーか。準備がいいな」

「これからの仕事でも必要になるでしょうから」

 

 "PGM H cate(ヘカート)Ⅱ" 通称FR-12.7とも呼ばれるフランス産の対物ライフル。暗殺を生業してきたオレにとっての二人目の相棒だ。七歳の頃から愛用してきた年代物ではあるが、自らカスタマイズを繰り返してきた為、愛着が強かった。"ヘカテー"だなんて名前を付けてしまうほどだ。それが再びオレの元に返ってきたことは嬉しい。

 しかしながらこの死神の武器を目の前に広がる平和そうな世界で振るう事になると思うと少しだけ気が重たかった。

 

「先方に話は通してあります。早速、中学校の方へ移動してください」

「開放してすぐそれか。少しは羽を伸ばさせろよ」

「移動中殆ど寝ていたではありませんか。さぁ、急いで」

「ちっ……わーったよ。了解だ」

 

 

 実に気が進まないが、今度の仕事は学生ごっこだ。出来るだけ"沢田綱吉"の近くで生活し彼の命を守ることが最優先任務。しかし、彼やその周りにオレの正体を悟られてはならないという制約が付いている。ただ、裏世界に関わっていることがバレない程度の行動は許容範囲との事で、そこが唯一の救いともいえた。

 何よりも頭を抱えたのはオレに与えられた"設定"の内容だった。車中で聞かされた内容を思い出して内心溜息を吐いた。

 今回の仕事を請けるに当たってボンゴレに用意された経歴。それが悩みの種だった。

 

 ――姫神 天使。十四歳、女性。両親を幼い頃に失っており、その後の生活は田舎に住む父方の親戚に引き取られて育つ。しかし、大地主であった両親の遺言により財産を受け継ぐ事になるが、それによって親族間で争いが始まってしまった。六家の間で起こった相続争いは天使の命を脅かしたのであった。

 そんなときに、両親共通の友人であった沢田家光がもう一つの遺書を持って姫神家に現れる。内容は『天使を沢田家の子息に嫁がせ、後の姫神家の舵取りは宗家血筋の大路家に一任する』というものであった。その手紙どおりに、姫神家の舵は大路家に委ねられ、姫神天使は沢田家に嫁に出される事になった――

 

 などという設定を聞かされたのだ。名前や年齢、両親の生死は真実であるが、それ以外のことは殆どが出鱈目だ。こんな生易しい世界で生きてきたわけではない。こんな人生だったなら、オレみたいな性格の娘は育たなかっただろう。

 そこはどうでも良いのだが、問題は"沢田綱吉の嫁"とされている事だった。これでも女だ。一般的な嫁がどんなものであるか知っている。がしかし、自分がそれになるということは想像が付かなかった。だが、文句は言ってられない。これも仕事であると割り切るしかない。

 

 アタッシュケースを肩に担ぎ、オレガノ達が乗るワゴンから離れる。

 目的地は勿論、並盛中学校だ。

 

*

 

 

 徒歩で進む事凡そ二十分ほど。ようやく中学校の校門へとたどり着いた。

 授業中なのだろう。校舎の外に人影は一つも無い。人の気配が薄い校庭は少しだけ物悲しく見えた。オレガノに言われ学校へ来たのは良いが迎えの教師なんていない。これからどうすれば良いのか。学生の記憶など殆ど無い今世を通り越し、前世の記憶を掘り起こす。こういった場合に訪れるべき場所は――

 

 ――職員室か。

 

 そうあたりを付けて校舎へと歩を進めた。

 

 

 静かな校舎内を歩いていると何だか悪い事をしている気分になる。今までやって来た事に比べれば小さな事ではあるが、些細な悪事こそ罪悪感が湧くものだ。本当なら既に職員室に到着して、教師の指示を受けているはずだった。しかし、やはりと言うべきか、肝心の職員室の場所すら分からなかった。

 彷徨い歩くこと多分数十分。三階へ続く階段の踊り場へ差し掛かったとき、ふと人影が見えた。階段の上、三階の廊下に数人の男子生徒がたむろしていた。数は凡そ四、五人程だ。オレが言うのもなんだが、今は授業中であるはずだ。しかし、渡りに船とはこの事だ。彼らに職員室まで案内してもらうことにしよう。

 残り半分の階段を上り、男子生徒たちの元へ歩み寄った。彼等は廊下の壁に向かって何やら言っている。

 

「なぁ、いいだろ? 三千だけだって」

「ちょっち財布から抜いてくるだけだろ」

「まぁ、お前じゃやれないかもな」

 

 近づけば聞こえてくる言葉は物騒なものだった。五人の男子が一人の生徒を取り囲んでそんな事を口々に言っている。いわゆる恐喝現場だった。日常的に見慣れた状況ではあったが、一見平和な学校内でそれが行われているのは異様な光景だった。お人よしではないが、職員室への道を聞くためだ、間に入らせてもらおう。

 

「おい。あんた等、ちょーっと良いか?」

 

 五人の内、一番背が高い男子の肩に手を置いて問いかける。彼はびくりと肩を震わせ、手を払いのけた。周りの男子もそれに驚いたのか半歩ほど体をのけぞらせた。

 だが、オレの顔を見るなり硬直した顔を弛緩させた。安堵の笑みだ。

 

「な、なんだよ。あいつかと思ったぜ」

 

 背が高い男子が言う。あいつと言うのが誰かは知らないが、恐らく教師の事だろう。オレが教師だったならどんなに良かったことか。道に迷わずに済んだのに。

 明らかに安堵の色を見せている事から、そこまで気が強いわけでもなさそうだ。

 

「聞きたいんだが、職員室は何処にあんだ?」 

 

 出来るだけ、丁寧に言葉を並べる。物を頼むときは下手に出たほうが良いからな。そう思って声を出してみれば男子達の表情が大きく変わった。喜色に染まった表情だ。

 

「あ? 何で俺が教えないといけないわけ? というかお前誰だよ」

「ん? 良く見れば女の子じゃん。それも結構上等な!」

「おお! 背は高めだけどスレンダーでモデルみてぇ」

 

 口々に言う男子達に嫌気が差す。いや、飢えた男供よりかはマシだが、そう言った視線を浴びるのは余り好きな事ではない。これでもシャイな娘だったのだ。そんな事を知るわけも無い男子達は遠慮なくオレの四肢を視線で嘗め回した。

 

「なぁ、今からどっか遊びにいかね?」

 

 背が高い男――恐らくリーダーであろう少年がオレの左手首を掴んで言う。デートのお誘いをしているつもりなのだろう。しかしながら残念かな……マナーがなってない。中学生なら仕方が無い事かもしれないな。

 

「悪いけど、断る。職員室に用があんだよ」

 

 短くそう告げると男子達は笑い声を上げて「振られた」だの「ダサい」だの盛り上がり始めた。最近の若い子達の盛り上がり方が分からない。

 笑われている男子も、笑う仲間達を小突き回しているだけだ。根っから悪い奴らではないみたいだ。少なくてもオレにはそう見えた。故に、もう一度彼らに問う事にした。

 

「んで、もう一度聞くけど、職員室ってどこにあるんだ?」

「ん? ああ、それならそこで蹲ってる奴に案内させてくれよ」

 

 顔を赤くしたリーダーが指を指しながらのたまった。指の先へ視線を向ければ茶髪の少年が小さく蹲っていた。強者と弱者の関係が実に分かりやすい構図だった。オレとしても職員室にさえ行ければそれで良いから、案内は誰でも良かった。

 

「いくらお前でも案内くらいは出来るだろ?」

 

 リーダーが爪先で少年を小突きながら言うと、少年は首を激しく上下した。痛々しい姿だ。昔の情景を思い出させる。それがオレを苛付かせた。

 少年の首根っこを掴み立ち上がらせる。

 

「ほら、とっとと案内しろ」

「は、はいぃぃぃぃッ!」

 

 怯えた様子で返事をして、自らの足で歩き出す少年を引き連れ男子達の元を離れた。

 

 

 

 少年がビクビクとした様子を隠さずにオレを先導して歩いている。先ほどから、無言の空間が出来上がっている。オレが口を開けば無駄に怯える。オレはそんなに強面だろうか?

 もしかしたら強面なのかもしれない。どうでもいいけど。

 

「つ、つきました」

「おう。thank you」

 

 存外、目的地は近かったらしい。少年に案内されてたどり着いた場所は一度通り過ぎた位置にあった。良く見れば扉の梁に『職員室』と書かれていた。はっきりと大きく。こんなに分かりやすく書かれていたのに気付きもしなかった。

 久々に感じた校舎内の空気に、少々浮かれていたのかもしれない。これが何時もの仕事だったとしたら、取り返しの付かないミスに繋がっていたかもしれない。反省点だ。

 

「あの」

 

 耽っていたオレに少年が声をかけて来た。

 

「ん? ああ、もういいぞ。長々と悪かったな」

 

 少年は教室へ戻りたいようで、そわそわしていたので開放することにした。彼も災難な事だ。恐喝の被害を受けて、更にオレに道案内までさせられるとは。

 犬を追い払うように手を振れば、少年は逃げるようにその場を走り去っていった。途中で思いっきり転んでいたが大丈夫だろうか。

 

 そんな事より今は教師に遭わなければならない。予定の時刻より二十分も遅れている。

 職員室の扉を軽く二回ノックする。暫くして女性の声で「はい。どうぞ」と入室を促された。その声に従って扉を開き、室内入る。思いのほか清潔な色彩を持った部屋には疎らに教師がいるだけだった。

 妙齢の女性が部屋の奥から近づいて来る。

 

「何か御用?」

 

 マダムだ。何だか様になっているマダムがオレの前に立った。

 気品のある整えられた髪。程よい濃さの化粧に、それを引き立たせるようなダークブラウンのスーツ。そして仄かに甘い花の香りを漂わせていた。一見温和そうに見える彼女だが、その節々からはやり手の雰囲気を滲ませている。

 裏の人間ほどではないだろうが、この人は相当出来る人間だ。なれば、こちらとしても相応の用意をする必要がある。先ほどの男子達への態度より数倍丁寧な言葉を選ぶ。

 

「本日からこちらの学校に通わせて頂きます、姫神天使(ひめがみてんし)です」

「あら、そうでしたか。では担任の方に連絡しますね」

 

 彼女はそう行って近くの内線電話を手に取り教師の呼び出しを行った。電話は数秒ほどで終わり、彼女はこちらへ向き直った。そして口を開く。

 

「担任は授業中ですから、そちらに直接行きましょうか」

「分かりました。ですが私はどのクラスへ向かえばいいのですか?」 

「お連れしますわ。さぁ、こちらへ」

 

 そう言って彼女は扉の外へ向かう。存外マイペースな方のようだ。置いていかれる事も無いだろうが、遅れていく理由も無い。

 振り返ってオレを待っている彼女を追いかけるため歩を進めた。

 

 

*

 

 

「ここが貴方が今日から過ごす教室よ」

 

 案内された教室は職員室の更に下、一階にある昇降口のすぐ隣りにあった。教室内の様子はざわついている。

 

「ありがとうございました」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 案内してくれた彼女はそれだけを言うと、「がんばってね」と一言残しもと来た道を戻っていった。それと入れ替わるように目の前の教室『1-A』の扉が音を立てて開いた。扉があった場所から見えた情景は、今まで穏やかだったオレの心を疲弊させた。

 

 ――うぜぇ

 

 向けられる視線の数々。子供故の興味心なのだろうが、じっと見つめられると苛々してしまうのはオレがコミュ障だからだろうか。「入りなさい」と促してくる担任らしき男に従って教壇の辺りまで移動した。そして、少年少女の群れに向き直る。

 

「ええと、今日から皆さんの仲間なる……ええと、なんていったけ?」

 

 うーんと悩む教師。転入生の名前くらい覚えろと言いたい所だが、オレの名前なら覚えていないのも無理は無いしむしろ憶えていなくても良い。姫神だとか天使だとか名前負けしすぎなのだ。苗字は家系で仕方が無いにしても名前である"天使"はどうか。親達には当時天使のような娘に見えたのだろうが、今はこうして死神顔負けのサラリーマンだ。

 といっても、両親は既に死んでいるし日本の戸籍も当に死亡処理されているだろうが。

 

「姫神です」

「おお、そうだった。姫神天使ちゃんだったね」

「姫神だ」

「すまないね、姫神天使ちゃん。最近物忘れが激しくて……」

「……はぁ、まぁいいか」

「そう、じゃ……自己紹介して」

 

 天使って名前は嫌いなんだ。というか、何だか教室内が凄く盛り上がっている。皆口々に歯の浮くような台詞を口ずさんでいる。慣れてはいるが、こうやって騒がれるのは本当に嫌いだった。人の勝手な尺度で測られて、そして価値を決められる。オレの価値はオレが決める。教室内の生徒達を見据え、口を開く。媚びるのも面倒だ。いつもの調子で良いとさえ思えてきた。

 

「姫神だ。絶対にオレを名前で呼ぶな。呼んだ奴は……潰す」

 

 言うや否や、教室内が静寂に包まれた。唐突に牙を剥いたオレの言葉についてこれていないのだろう。彼等は皆一様に驚いたようで表情を固めていた。

 

「ぶ、物騒だねー」

 

 教師が上ずった声で言う。横目で見れば、男は半歩ほど身を引いていた。仮も女性に対して取る態度とは思えない。それともオレが女に見えないとでも言うのだろうか。

 

 ふと視線を動かせば、視界に見覚えのある顔が映った。職員室まで案内してくれた茶髪の少年だった。彼と同じクラスだったという事に数奇なものを感じる。分かっていればマダムではなくコイツに案内させたものを。

 まじまじと見つめていると件の彼と目が合った。自信なさげなその瞳がオレの姿を捉えるやいなや、すぐに顔を逸らし机に突っ伏してしまった。

 

「で、オレは何処に座ればいいんだ?」

 

 教壇の前でこれ以上見世物になるのは御免だし、歩き詰めで少々疲れていた。今は兎に角腰を落ち着けたい。首だけを教師の方へ向け問うた。

 

「んー、そうだね」

 

 見渡し空いている席を探す教師。オレの目から見ても空いている席は一つしかない。案内をしてくれた少年の後ろだ。案の定、教師はそこを指差し口を開いた。

 

「じゃあ沢田の後ろの席に座ってー」

「えええっ!?」

 

 叫びを上げる少年――サワダ。その名を聞いて得心が行った。何だかパッとしない顔付きに、頼りなさそうな雰囲気が拍車をかける、いかにも頼りなさそうな外見。そしてサワダという名前。おそらく彼こそが、この世界においての特異点(しゅじんこう)――ボンゴレ十代目の沢田綱吉。

 そんな彼と短い時間の間にここまで関係するという事に数奇な運命を感じずにはいられなかった。だが、しかしこうも頼りないと思うことはある。こんなのがオレの婚約者なのかと。偽りの関係ではあるが、釈然としない思いが燻った。彼は今後の戦いで著しい成長を遂げる筈だが、それでも彼に興味を引かれることは無かった。恐らく、前世のオレだったら『ツナキタ~!』とか言って内心騒いでいただろうな。

 

 オレは教師の言に従って沢田綱吉の後ろの席へ移動する。沢田綱吉の席は前から四番目。興味深げにオレを凝視してくる生徒を無視して目的地へ向かう。通りすがりざまに一言声をかける。勿論、沢田綱吉に対してだ。

 

「よろしくな。綱吉君」

 

 少し大き目の声で告げた。単なる挨拶程度ではあるが、目的はそこには無い。態々周りの人間に聞こえるように気安く"名前"で呼んだのには様々な理由があった。今後にオレが"仕事"としてボンゴレに関わっていく上で必要な一歩だった。

 

「え、あ、よろ……しく」

 

 どもる沢田綱吉。驚いて視線をこちらへと向ける。それを一瞥して、オレは椅子へと腰を掛けた。さっきより一層と教室がざわめいている。口々に「羨ましいぞ!」だとか「ダメツナの癖に!」なんて言っている。まぁ、始めの掴みとしては及第点だな。沢田綱吉にのみ挨拶を行う事で、クラス中に"姫神天使は彼に特別興味がある"と思わせる必要があった。

 教師が「さて」と切り出し、本来の授業を始めた。今更、中学の授業を聞く必要は無い。知識なら普通の成人以上に持っている。ならばこの退屈な授業時間をどう使うか、その答えは簡単だった。

 ――よし、寝るか。

 仕事中、仮眠をとる時の様に背もたれに寄りかかり、腕を組む。何時襲われるか分からない状況で身に付けた仮眠術だ。浅い眠りで確り体力を回復する術だった。

 瞳を閉じる。耳に届く教師の声が、懐かしいかな、子守唄に聞こえてくる。前世でも味わった感覚だ。次第に意識が薄れていく。

 落ち行く眠りの最中に思った。

 

 ――さて、これからどうしようか。

 

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