直後。
ドアが内側へ吹き飛んだ。
壁や床で何度もバウンドし、あちこちを傷だらけにしてようやく止まる
相手は、自分達の根城がどうなろうと知った事ではないらしい。
けいちゃんが咄嗟にわたしを
抱えていたわたしの頭から腕を解き、上半身だけ入口の方を振り向くけいちゃん。
痛みが走ったのか、一瞬だけ顔が歪んだ。
⋯⋯わたしを心配してくれたのは嬉しいが、身を案じてほしいのはむしろ弱っているけいちゃんの方だ。
「出て来やがったな、
立ち上がりながら言うけいちゃんの動きはまだ若干怪しい。
強がってはいるが、やはりあの脇腹に受けた膝のダメージが抜けきっていないのだ。
ただの空洞となった入口から入って来たのは小さなメイド服姿。
警戒しながら、わたしも急いで起き上がる。
む。わたしより背が高かったか⋯⋯。
「⋯⋯
聞いているのかいないのか、わたし達ではなく奥に転がっているドアを眺めながらメイド服はぼそりと漏らす。
口振りから察するに、ドアを派手に吹き飛ばしたのはわたし達に当てて攻撃するつもりだったようだ。
「おいちびすけ。さっき私を能力でブン殴ったのはお前か?」
能力でブン殴る、という表現はちょっとおかしい気がしたが、そのけいちゃんの言葉でようやく反応があった。
「⋯⋯
「コレ⋯⋯あ?」
首をこちらに向けてメイド服が放ったのは、その一言だけ。
あまり英語に明るくないわたし達は理解に時間がかかってしまう。
これくと。
なんだっけ、集める⋯⋯じゃないな。
えーと、正解⋯⋯?
わかりづらい! 何だこの人の話し方!
「良くわかんないけど、お前ってことでいいんだよな」
「⋯⋯
「ふーん。じゃあお返ししてやんなきゃなあ」
そう言うと、けいちゃんは少しだけ立ち方を変える。
右半身を後ろにしているのは、無意識に痛めた部分を相手から隠そうとしているためか。
「けいちゃん、大丈夫なの⋯⋯?」
「心配すんなって。さっきも平気だったろ?」
⋯⋯微妙にズレている感じがする。
わたしが気にしてるのは、怪我の事。
だけど、『動いて大丈夫か』と聞いているわたしに対して、けいちゃんは『やられたりしないよ』って返してる気がした。
まあ、大体同じことか。
でも本当に、けいちゃんは危ない時ほど弱みを見せようとしない性格だから心配になってしまう。
「それに、あの能力を使ったのがコイツだってんなら、錏と雪平をボコボコにしたのもコイツってことだろ」
「あ⋯⋯そうか」
言われて気付く。
わたしは、まだ先入観を引きずっていたらしい。
佐天さんから能力の話を聞いた後も、あの時雪平さんの意識を奪った攻撃は
改めて考えると当たり前の話じゃないか。
「そんなヤツをさぁ」
ぞくっ。
また、けいちゃんの声に寒気を覚える。
ここ最近で一体何度目なのか。
「私が許せる訳無いだろうが」
けいちゃんがわずかに重心を下げる。
飛び込むつもりだ。
「⋯⋯
「っ⁉︎」
まずい‼︎
いくらわたしが英語を苦手にしていても、今のはさすがに察しがついた。
「けいちゃ⋯⋯‼︎」
慌てて制止しようとする。
が。
間に合わない。
散らばった建材の破片を蹴散らし。
飛び出すけいちゃんに向けて。
「⋯⋯
メイド服が、無慈悲に宣言した。
「よっ」
フシッ‼︎‼︎
しかし聞こえて来たのは、首を傾けるけいちゃんのかけ声と、鋭く空気が抜けるような音。
固い物がぶつかる『あの音』はしない。
「こらせッ‼︎」
傾げた首の反動まで利用して、勢いそのままに腕が振り抜かれる。
とんでもない風切り音。間近を新幹線でも通り抜けたかの様な。
だが、耳に届いたのはそれだけだった。
「ち。外したか」
「⋯⋯⋯⋯、
メイド服は、けいちゃんの攻撃が届く前に横へかわしていた。
割と余裕を持って動いた様に見えたが、その目には先程まで無かった緊張の色が見える。
「⋯⋯ごく」
のどが干上がる感じでもしたのか、そんな音を鳴らすメイド服。
それはそうだろう。空振りしたとは言え、あんなものが当たったら人間の身体などひとたまりも無いと一目でわかる。
そんなメイド服が次に見せたのは、疑問の表情。
「⋯⋯何故、当たらない」
「はあ? あんなの当たる訳無いだろ。わざわざ口に出して攻撃するとかバカじゃないのか?」
「⋯⋯ばか⋯⋯」
な、なんか。すごく傷ついた顔になったんだけど。
しかもさっきから普通に話してない?
「お前アレだろ。漫画みたいに技の名前を叫んで攻撃するのがカッコイイとか思ってんだろ」
「ち、ちが⋯⋯
言い直した‼︎ いま違うって言いかけたよね⁉︎ そのまま日本語で言えばいいのに‼︎
「なるほど。『オタク』ってヤツなんだな」
「あの⋯⋯だから。
「んなこと言われても意味わかんねーし」
「⋯⋯こ、困った」
「ほらほら素が出てるぞ?」
「⋯⋯あうあう」
ほんとにあうあう言う人初めて見た。
あー、何というか。
相手が小さいだけに、けいちゃんがイジメてるように見えるなぁ。
「⋯⋯と、とにかく。
「撃破ぁ? まぁたそんな漫画みたいなセリフを」
「ううううるさい。
半ばヤケクソ気味にメイド服が言い放つも。
「ほっ」
軽く頭を動かしただけでけいちゃんはまたあっさり避ける。
再び空気が抜ける音。
「く。
業を煮やしたメイド服の連続攻撃もまるで当たらない。ただ、空気が抜ける様な音を響かせるだけ。
「⋯⋯く。うぬぬ」
悔しがるメイド服。
あの見えない攻撃を、けいちゃんは完全に見切っているらしい。
右へ左へ危なげなく避けているけいちゃんの動きは、なんだか音に反応してくねくね動くおもちゃみたいでおかしささえ感じる。
「⋯⋯なんで。
「だからぁ。声出したらバレバレなんだって」
呆れ顔のけいちゃん。
もはや、出来の悪い生徒を諭す先生のようだ。
「⋯⋯だったら」
「あ?」
雰囲気が、変わった。
「
⋯⋯チョーク⋯⋯?
と、わたしの心に浮かんだ直後。
「⋯⋯
ギシィッ‼︎‼︎
「あぎぁっ⋯⋯⁉︎」
収縮する。
わたしの全身が。
「錏っ⁉︎ て、めぇっ‼︎」
また、あの『感触』。
完全に固定された視線の先で。
けいちゃんが振り返り。
わたしとメイド服、どちらに駆け出すかわずかに逡巡する様子を見せる。
「⋯⋯かかった」
「っ⁉︎」
わずかに停止したけいちゃんの挙動。
そこを狙われた。
「⋯⋯
けいちゃんが。
のけ反る。
「‼︎」
何度目だ。
こんな光景を見るのは。
「やっ⋯⋯」
口が動く。
「やめろぉっ‼︎」
同時に。
走り出していた。
メイド服に向かって。
いつの間に呪縛が解けていたのか、とか。
そんなことを考える余裕は無かった。
「おおおおおおおおっ‼︎」
またしても突進。
三行には簡単に潰されたが、このメイド服はわたしとさほど変わらない体格。
ならば。
非力なわたしでも組み伏せられるんじゃないか。
それに、さっきからずっと離れたところからしか攻撃して来ない。
床に引き倒して組み敷いてしまえばどうにかなるかもしれない。
そう考えた。
「⋯⋯ぐ」
演算に集中していたのか。
それともこっちを意識していなかったからか。
メイド服は、わたしのタックルをあっさり許す。
「く、ああっ‼︎」
胴に回した腕で床からメイド服を引っこ抜く。
予想通り、メイド服の体重はわたしと同じくらい軽かった。
このまま、叩きつけてやるっ‼︎
「離れろ錏っ‼︎」
「えっ⋯⋯?」
けいちゃんの声が響く。
あれ。
やられたんじゃ⋯⋯?
そう言えば、音はしなかった。
じゃあ避けてたんだ。
なーんだ、良かったぁ⋯⋯。
でも、離れろって?
生まれる疑問。
その答えはすぐに。
目の前に現れた。
「あっ⋯⋯」
わたしの視界を遮るように、無言で置かれるメイド服の手。
その時、ふと浮かぶ。
ああ。
そうだよ。
2と3があるなら。
「⋯⋯
1もあるに決まってる。
「がっ⋯⋯‼︎」
顔がひしゃげる感触。
後ろに。
首が吹き飛ぶ。
続いて体。
頭に引っ張られ。
引き剥がされていく。
しっかり繋いでいたはずの腕も。
抵抗虚しく。
鎖を引きちぎる様に。
外れる。
メイド服から完全に体が離れ。
弾かれた先は。
下。
「ぎゃうっ‼︎」
床に当たる頭と背中。
肺から一気に空気が絞り出される。
たわんだ床板に押し返され。
バウンド。
体がもう一度浮き。
半回転して。
腹から落ちる。
二度目の床は、もうわたしを押し返して来なかった。
「⋯⋯ぐ、う」
誰かの呻き声が聞こえる。
うつ伏せの状態では声の主が見えない。
体のあちこちに刺すような感触。
そう言えば、瓦礫が散らばっているのを忘れていた。
⋯⋯瓦礫だらけなのに忘れるって。
夢中だったからなぁ。
なんで勝手に決めつけてたんだろ。
あいつは離れた所からしか攻撃出来ないなんて。
わたし、馬鹿だな。
ああ。
もっと違う能力があったらいいのに⋯⋯。
「く、ぅっ⋯⋯」
自分の使えない能力に嫌気が差しているところへ。
足音が。
近づいて来る。
ミシ、ジャリ。
うぐ⋯⋯っ⁉︎
まだ動けないのに!
きっと、とどめを刺す気だ。
ギシ、ミシシ。
くそっ‼︎
早くおさまれ‼︎
ジャリ。
早く、早くっ‼︎
ミシッ。
「うあぁぁああああああ⁉︎」
「錏?」
「ああああああああ、あ⋯⋯?」
視界に入ってきたのは、けいちゃんの顔。
「大丈夫か?」
「あ⋯⋯え⋯⋯?」
てっきり、あのメイド服がとどめを刺しに来たものだと思っていたわたしは間の抜けた声を漏らすのみ。
「けいちゃんか⋯⋯」
「びっくりさせるなよ。いきなり叫ぶから何事かと思ったぞ」
びっくりしたのはわたしの方だ。
いや、今はそんな事よりも。
「あ、あいつは⁉︎」
のんびり話をしている場合ではない。
わたしのタックルはあっさり潰された。
あのまま叩きつけたところで勝てたとは思えないが、どっちにしてもまだメイド服を倒せていないはずなのだ。
「ほれ」
「あぐっ」
動けないわたしをけいちゃんが抱き起こす。
「あっ。痛かったか⋯⋯?」
「ううん、大丈夫」
反射的に声が出てしまったが、思ったよりも痛みは強くなかった。
顔を上げ、敵の姿を探す。
「えっ⋯⋯?」
メイド服はすぐに見つかった。
わたしが弾かれたのは後ろではなく下に向かってだったため、思いの外距離は離れていなかったようだ。
しかし。
「なんで」
小さなメイド服姿は、床に突っ伏していた。
「どう、なってるの⋯⋯?」
わたしを支えている腕から身を離す。
もぞもぞと動くメイド服の口から漏れる荒い息。
意識はあるようだが、苦しそうに悶えるばかりで起き上がって来る気配は無い。
「これ、けいちゃんがやったの?」
心当たりは、それしか無かった。
わたしが弾き飛ばされた隙にけいちゃんが接近して、メイド服に攻撃。
可能性としてはそれが一番高い。
というか、それ以外に考えられない。
だが返って来たのは。
「何言ってるんだよ。やったのは錏だぞ?」
訝しげなけいちゃんの声。
「は?」
わたしが、やった?
「え、わかってないの?」
「⋯⋯全然⋯⋯」
タックルが失敗に終わり、ただ吹き飛ばされて転がっていただけのわたしに一体何を分かれと言うのか。
そんなわたしの様子に、けいちゃんが頭をかきかき説明を始める。
「んーとな。まず錏が飛びついただろ?」
「⋯⋯うん」
「そんでアイツが能力で吹っ飛ばそうとした」
まあ、実際に吹っ飛ばされたんだけど。
「でも錏は、両手をガッチリつないで離そうとしなかったよな?」
「そりゃまあ⋯⋯」
全力で投げようとしてたし。
「だからアイツはやられた」
⋯⋯⋯⋯。
「え、終わり?」
「おう」
「いやいや『おう』じゃないよ! それじゃちっともわかんない!」
「ええー。だからぁ」
けいちゃんは、めんどくさそうにわたしの手を握って顔の前まで上げる。
「え、なに?」
「錏がアイツを捕まえただろ? こんな感じに」
そう言って、左手の親指と中指でわたしの手首を掴んだ。
ああ。その左手がわたしの代わりって事なのか。
「んで、バックドロップしようとしてこう持ち上げた」
手首を持ったまま、けいちゃんはわたしの手を少しだけ上げる。
⋯⋯確かに、こんな形になってたと思う。
バックドロップってのはよくわからないけど。
「そしたらアイツが能力で吹っ飛ばそうとした。けど錏は手をガッチリ組んだままだったから」
わたしの手を掴んだ状態で、けいちゃんは左手を下に下げようとする。
「ちょっ、いたたたた⋯⋯あ」
けいちゃんの指が食い込み、手首に痛みを感じて。
それでようやく何が起こったのか理解した。
繋いだままだったわたしの手が、メイド服の胴に勢い良く食い込んだのだ。
今、けいちゃんが見せたように。
「アイツの体、とんでもないことになってたぞ? シャチホコかってくらい。あれ、背骨がどうにかなってんじゃねーのかな。まあ、とにかくこうやって倒したんだよ」
わたしの手首を離すけいちゃん。
「⋯⋯うーん」
何が起きたかはわかった。
わかったけど。
「それってつまり、勝手に自滅したって事だよね」
「あー。まあそうだな」
⋯⋯⋯⋯。
カッコ悪い勝ち方。
「別にいいじゃん。勝ったのに変わりはないんだし」
「⋯⋯うん」
「そんな浮かない顔すんなよ。ほれ、よしよしよしっ! 良くやった!」
「なっ⁉︎ なでるなぁ‼︎」
わたしの髪をひとしきりくしゃくしゃすると。
「さて」
けいちゃんは、思い立ったようにメイド服へ歩み寄り。
「おーい、生きてるかー?」
「⋯⋯ぐ」
未だに動かないメイド服の顔をぺしぺし叩く。
「ちょ、ちょっと。危ないよ」
「大丈夫だって」
心配するわたしを余所に、けいちゃんはメイド服に話しかける。
「喋れないのか? おーい」
「く⋯⋯
「お、案外平気そうだな。まだカッコつける余裕があるのか」
「⋯⋯うる、さい」
倒れたまま目で反抗の意思を示すメイド服。
わたし達を見るその目は、屈辱にまみれていた。
胸におかしな感情が生まれる。
人を倒したんだ⋯⋯わたし。
自覚は無かったけど、初めて、人を。
⋯⋯なんか、変な気分。居心地が悪いって言うか。
敵とはいえ少し気の毒に思ってしまう。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「⋯⋯うぐ。ふ、
質問を無視し、メイド服は攻撃を仕掛けようとする。
だがけいちゃんは動かない。
また友達がやられてしまう光景を想像し、戦慄するわたし。
が、何も起こらなかった。
「そんな状態でまともに演算出来るわけないだろ。諦めろって」
⋯⋯無理もない、か。
冷静に考えると、取り越し苦労だったとあっさり思い至った。
能力の演算というのは、かなりの集中力を要するのだ。
個人差や能力の種類にもよるだろうが、痛みで集中を乱されれば演算に支障が出る。
わたしのように、脳領域の一部が無意識下で勝手に演算をし続けている、なんていう例外もいるが、ほとんどの能力者は怪我や病気をすると能力の使用に際し何かしらの弊害が起こってしまう。
メイド服の能力は、どう見ても無意識に発動する類の能力ではない。
攻撃しようとしたのに何も起こらなかったのはそのためだ。
⋯⋯あれ?
となると、今のけいちゃんはどうなんだろう?
「か、回復すれば⋯⋯お前らなんか」
口惜しそうにメイド服が呻く。
「あー? そういうこと言ってると、もっかい錏がサバオリかますぞこのやろう」
「サバオリ⁉︎」
なにその物騒な技の名前⁉︎
やめてよちょっと‼︎ さっきのは偶然そうなっただけだからね⁉︎ その言い方だとわたしの得意技みたいに聞こえるじゃん‼︎
「んなことより。雪平をまたどっかに連れてっただろ? どこに行ったか教えろ」
声のトーンが変わる。
⋯⋯そうだ。
さっき、三行は上の部屋から出ていった。
あの口振りからして、そのまま雪平さんを放置してはいないはずだ。
メイド服がこの部屋に来るまでに時間が空いていたのを考えると、
「⋯⋯嫌だ。自分で、探せばいい」
明確な拒絶の意思。
けいちゃんの視線が冷気を帯びる。
「へえ。まだ痛めつけられたいのか」
握られる拳。
「っ⋯⋯」
思わず。
体が動いてしまった。
「⋯⋯、何してんだよ錏」
振り返るけいちゃんの腕には、わたしの手が置かれている。
「あっ、あのね。もうその人は戦えないと思うんだ」
けいちゃんの纏う空気に気圧され、手が震えた。
「だから?」
わたしがやっているのはおかしな事だと思う。
早く雪平さんを助けないといけないのに、居場所を聞き出そうとするけいちゃんの邪魔をして。
わかっている。
それはわかっているけど。
「だから、その⋯⋯」
声が詰まる。
自分でもおかしな事をしていると思うだけに、その先が言葉に出来なかった。
「はぁぁ、わかったよ。錏は優しいなぁ」
でも、けいちゃんは汲み取ってくれたようだ。
納得はしていないみたいだが。
「じゃあ他のやり方を考えなきゃな」
「ごめん」
けいちゃんが手を開く。
と。
そんなやり取りをしているわたし達に向かって。
「⋯⋯
メイド服が、血を吐くようにつぶやいた。
「あ? 今なんつった?」
言い方は荒いが、けいちゃんは別に怒っている訳ではなさそうだ。
純粋に意味がわからなかっただけ、という顔をしている。
「⋯⋯そんな覚悟じゃ先輩には勝てない」
先輩、というのはほぼ間違いなく三行の事だろう。
「あの人は⋯⋯仕事に命をかけている。比喩抜きで」
「え? それは、どういうこと?」
今の質問はわたし。
どうにも、イメージと合わないのだ。
あんな奴がまともにメイドの仕事をしている所なんて想像がつかない。
「本当に、仕事の為なら何でもやる。先輩の行動は全て、最高の
「ええっと」
いまいち話が見えて来ない。
仕事を一生懸命やるからどうしたというのだろう?
「⋯⋯はあ⋯⋯」
なんかため息をつかれたんですけど。
いや、そんな呆れた顔されてもなにを言いたいのかわかんないよ。
何かを伝えようとしてるの?
「⋯⋯わからないならもういい。早く行ってやられろ」
「ああん⁉︎」
その言葉で過敏に反応したのは、眉間にシワを寄せたけいちゃん。
「てめぇ‼︎ 錏が優しく話を聞いてやってんのに何だよその態度は⁉︎」
「⋯⋯誰も頼んでない」
「はああああ⁉︎」
うわ。青スジをビキビキ立ててる。
もともと敵同士だし、態度が悪くてもわたしそんなに気にしてないんだけどな⋯⋯。
「うるさい。叫ぶな女装オンナ」
「ブふっ‼︎」
「なに吹き出してんだ錏っ‼︎」
「な、なんでもないよ? ⋯⋯ぷくく」
「こっち見てしゃべれ⁉︎」
いやだって女装オンナって‼︎ 言い得て妙すぎるでしょ‼︎
やっぱり初対面でもスカート全然似合わないって感じるんだなぁ。
あっ、ダメダメ! せっかく止めたのにこれじゃけいちゃんが殴っちゃう!
「あ、あの! それよりも早く雪平さんを探しに行こ? ね?」
「くぬぬぬぬ⋯⋯」
間に入り必死にけいちゃんの意識を逸らそうとするわたし。
にもかかわらず。
「⋯⋯そうだ。とっとと失せろ女装オンナ」
「ちょっ⁉︎」
なんで挑発するの⁉︎
そんな事言ったらけいちゃんが⋯⋯!
「はっはっは。しぃころぉぉ」
「ひいっ⁉︎」
「ちょおっとどいてくれるっかなぁ?」
え、笑顔が怖すぎる‼︎ しかも地獄の底で手招きしてる悪魔みたいな声になってるよ⁉︎
「けけけけけいちゃんっ! さ、さっきも言ったと思うけど⋯⋯!」
「だぁいじょーぶだって。殴りはしないっからさぁ。クックックッ」
何その笑い方は⁉︎ 見るからに悪役じゃん‼︎
「さぁて。ちびすけちゃんよぉ」
「⋯⋯な、なに」
ガッ! と、けいちゃんはメイド服の頭を鷲掴みにする。
「ひっ⋯⋯な、殴る?」
「だぁから殴りはしないって。錏が嫌がるしさぁ」
「⋯⋯ほ」
「なにホッとしちゃってんの?」
「⋯⋯?」
「聞こえなかったかなぁ。
まさか。
「人間って不思議なもんでさぁ。殴る以外にも苦しめる方法って山ほどあるんだよねぇ。くすくすくす」
「‼︎ ふ、
恐怖に歪んだ顔で、メイド服が能力を使おうとする。
が。
けいちゃん手によって瞬時に口を塞がれた。
「最初に言ったよなぁ。錏をボコボコにした奴を許せる訳が無いって」
「⋯⋯⁉︎ ⋯⋯‼︎」
動揺のせいなのか。
それとも声に出さなければ能力を使えないのか。
ふるえながら、ただもごもごと言う事しか出来なくなったメイド服へ向かって。
「
そのお株を奪うように口調を真似たけいちゃんの宣告。
見下ろす目が。
紅く光ったように見えた。
□□□
「いやー、まさか錏がアイツを倒しちゃうとは思わなかったよ。おかげで少し休めた。ありがとな」
「う、うん」
前を行くけいちゃんがそう
現在、あのメイド服から情報を引き出したわたし達は雪平さんが連れて行かれたという場所に向かっていた。
「なんでそんな離れて歩くんだよ」
「⋯⋯なんとなく」
少し後ろを歩いているわたしが気になるらしく、さっきから何度も話しかけてくるけいちゃん。
いやね、さっきの所業を見たら誰だってドン引きすると思うの。
⋯⋯あれは
『ひぎゃははは⁉︎ や、やめひゃひはははははははははははっ‼︎』
『言う‼︎ 場所言うからひゃめひきゃははぁ⁉︎』
『せっ先輩は地下のラボにいる‼︎
『言った‼︎ もう言ったのになんではにゃはへはぁ⁉︎」
『はぁ、はぁ⋯⋯。な、名前? 何故名前なんか⋯⋯はぎゃははは‼︎ わかった‼︎ 言うからそれやめへゃははははは⁉︎』
『名前はっ‼︎ い、
『ひぎゃーははは‼︎ の、能力⁉︎ 敵に能力の事を教えるのはどうかといひゃあああん⁉︎」
『はひっ、はひっ! い、言いまふ⋯⋯言いますからひはぁ! わらひの能力、
『ひあーはは⋯⋯対ひょうに、のうりょくの膜をはる⋯⋯んれふ。はひぁ。その、まくのひょうめん、ひろんな力場をはっせいさせるんでふひへぁ⋯⋯』
『ふやはぁ⋯⋯はひっ、はへっ⋯⋯ぶくぶくぶく』
⋯⋯くすぐり地獄、恐るべし。
もう最後なんか口から泡を吹いてて。
危険な光景だったなぁ。色んな意味で。
あれなら殴られた方がまだマシだったんじゃないのかな?
「⋯⋯⋯⋯」
しかし気になる。
メイド服改め伊能江の行動は、違和感だらけだった。
言葉ほど敵意を持っていたようには思えない。
だからわたしもけいちゃんも、敵と対峙していたのにどこか余裕があったんだと思う。
能力の使い方もおかしかった。
状況から考えて、床を砕いてわたし達を下階に落としたのは伊能江で間違いない。
あの威力の攻撃を、何故使わなかった?
全身を絞めつけるあの攻撃をしてきた時もそう。
一度拘束したわたしを解放したりしなければ、負ける事はなかったのだ。
同時に複数を攻撃出来ないのか?
それに、あの攻撃をわたしにしか使用しなかったのも腑に落ちない。
いくらけいちゃんが力の流れを見る事が出来ても、全身をいきなり絞めつけてくるあの攻撃には対応しきれなかったはずだ。
あの攻撃でけいちゃんが捕まっていたら、わたしにはもうどうする事も出来なかった。
おかしなところはまだある。
伊能江の、あの台詞。
『⋯⋯わからないならもういい』
あれは、どういう意味なんだろう。
わたしが理解出来ていたらどう違っていたんだろう。
わからない。
⋯⋯ともあれ。
けいちゃんが伊能江からくすぐり地獄の刑で引き出した情報によると、雪平さんと三行は地下のラボとかいう所にいるらしい。
今はそれがわかっただけでも十分だ。
「あとは三行をなんとかするだけだな」
「⋯⋯、うん」
聞くまでもない事を、けいちゃんは再確認する。
わかっているのだ。
それが一番難しいという事を。
だから今のは、その困難に立ち向かう覚悟を決めるための作業。
「けいちゃん、本当に大丈夫?」
「何が?」
「何がって⋯⋯」
視線を合わせず返すけいちゃん。
待ち受ける『本番』の前に現在の状況を知っておきたいのだが、やはり怪我の事を話してくれない。
という事は、相当ひどい状態なのだ。
さほど支障が無い程度の怪我なら、多分けいちゃんは隠さず言ってくれるはずだから。
「錏は心配性だなー。さっき休めたから平気だよ」
「でも⋯⋯」
そこで。
ようやく振り返ったけいちゃんの目は。
「大丈夫じゃなくてもやる事は変わらない。違う?」
強い意思を灯していた。
「⋯⋯だね」
そうだった。
絶対に助けると言ったのは、わたしじゃないか。
友達を裏切れないと言ったのは、わたしじゃないか。
けいちゃんは覚悟を決めたと言うのに。
わたしがこんなんでどうする。
また守られているだけでどうする。
戦わなきゃ。
けいちゃんを守らなきゃ!
じゃないと、それこそ
「ごめん。やっと追いついたよ」
「ん? どういう意味?」
「ううん、こっちの話。気にしないで」
けいちゃんはなおも不思議そうな顔をしていたが。
わざわざ理解してもらう必要は無いと思った。
こんな、ここに来てようやくけいちゃんと同じ覚悟が出来ました、なんて情けない話は。
「行こう。けいちゃん」
「? おう」
いつの間にか止まっていた足を、再び前へ動かし始める。
「雪平さんを助けたらさ、また遊びに行こうね」
「そうだな! あ! あとメシを食わせてもらわないとな!」
「ふふ。また言ってる」
「だって昨日は私にハンバーグくれなかったし! 今度こそ絶対食う!」
「わかったわかった。わたしもお願いしてみるよ」
「マジ⁉︎ やった!」
覚悟を決めたことで、途端に気持ちが楽になった。
そんな程度でいいのだ。友達を助ける理由なんて。
そういう当たり前の『日常』を取り返す。
そのために、こんなくっだらない『非日常』は叩き潰す。
改めて思う。
わたしは、残念なくらい一般人だ。
普通な毎日が退屈だと感じていたくせに、いざ『非日常』が訪れると必死になって拒絶する。
小学校が火事になった時もそう。
転校する事になった時もそう。
不良に絡まれた時もそう。
今だって、そう。
わたしは『非日常』に見舞われた時、決まって『なんでこんな事に』と思ってしまう。
そんな時、何も出来ない自分に代わって跳ね返してくれたのは、いつもけいちゃんだった。
そのけいちゃんが、ピンチに陥っている。
わたしが不甲斐ないばっかりに、怪我を負わせてしまっている。
全て、わたしの責任。
だったら今、戦うべきなのは。
わたしだ。