とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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11話 願いは届きませんでした

 

「だぁぁあああっ‼︎ なんで見つからないんだよ!」

「うるさいなぁ⋯⋯わたしに言われても知らないよ」

 

 歩くこと五分あまり。

 さほど広くもない旧実験棟内で、わたし達は地下へ通じる階段を見つけられずにいた。

 

 もう一階の部屋は全て見て回った、と思う。

 ⋯⋯まさか二階に地下への階段があるとも思えないし。

 

 二階に上がる時に使った階段は地階で途切れており、伊能江(いのうえ)の言う『地下のラボ』には繋がっていなかった。

 わざわざわかりにくい場所に地下への階段を設置するなんて、以前は何かやましい研究でもしていたのだろうか。

 

 メイドさんが隠そうとする研究⋯⋯。

 うーん、まるで想像がつかない。

 

「あんのやろう騙しやがったのか⁉︎」

「いや⋯⋯嘘ついてるようには見えなかったけど」

 

 憤るけいちゃんに自分が感じた意見を述べる。

 そもそも、あんなオソロシイ拷問の最中に嘘をつく余裕があったとは思えない。

 そういう訓練を受けているのなら別だが。

 ⋯⋯受けているのか?

 もしそうなら驚きの事実だ。

 繚乱家政は生徒に一体なにを教えているんだ、という話になる。

 

「くそ。なら手分けしてもう一回探し」

「ダメっ‼︎」

 

 けいちゃんが頭をかきつつ言ってきた提案を鋭く撥ねつけた。

 

「え⋯⋯な、なんで?」

 

 なんでもなにもない。

 そんなのは断じて認められない。

 

「別行動なんかしないから。絶対に」

「いや、ええー⋯⋯?」

 

 断固たるわたしの物言いにけいちゃんは不満げな声を上げる。

 

 認める訳がない。

 別行動をするという事は、個別に襲うチャンスを相手に与えるという事だ。

 効率は上がっても、そんなリスクは冒せない。

 

 わたしが襲われるのならいい。

 でももし、それがけいちゃんだったら。

 けいちゃんが一人でいる時、三行(みくだり)に狙われたら。

 絶対に自分だけでなんとかしようとする。

 わたしに知らせず、たった一人で。

 

 ⋯⋯ふざけるな⋯⋯。

 ふざけるな‼︎ 誰がそんな事させるか‼︎

 

 誰に向けたものかもはっきりしない苛立ちにまかせ、困り顔のけいちゃんに指を突きつける。

 

「いい⁉︎ わたしから離れたりしたら絶対許さないからね‼︎」

「いや、え?」

「わかった⁉︎」

「ま、待てってしほご!」

「返事はっ‼︎」

「痛い痛い痛い! わかりましたっ! ツメ刺さってるって!」

 

 ほっぺにめり込ませた人差し指の圧力によって、わたしはけいちゃんの同意を得る事に成功した。

 

「もう‼︎ くだらないこと言ってないで早く探すよ‼︎」

「おーいて。⋯⋯くだらなかったかなー今の」

「え⁉︎ なに⁉︎」

「何でもありまっせん‼︎」

 

 ビシィ‼︎ と背筋を伸ばしたけいちゃんの敬礼。

 これでもう文句は無いという事だろう。

 

 まったく! 何でもないならブツクサ言わなければいいんだ!

 

 わたしは、振り向きざまに再び構えていた人差し指を引っ込めた。

 

 

 

 □□□

 

 

 

「⋯⋯あったね、階段」

「⋯⋯あったな」

 

 探索を再開すると、地下へ通ずる階段は拍子抜けするほど簡単に見つかった。

 

「⋯⋯なんで外にあるんだよ」

「だからわたしに言われても知らないって。この建物を作った人に言いなよ」

 

 隠し階段でもなんでもない。

 玄関脇に据え付けられたドアをわたし達が見落としていただけの事だった。

 

 見つけたきっかけは単純。

 中を探し回ってもダメだったから、じゃあ一度外から見てみよう。といって建物を出た瞬間目に飛び込んできたのだ。

 しかも腹立たしい事に、そのドアにはご丁寧に『地下入り口』と書かれたプレートまでくっつけてある始末。

 ここに突入した時のわたし達がどれだけ視野狭窄に陥っていたかわかるというものだ。

 

「あー、まあいいや」

 

 気持ちを切り替え、ドアノブに手を伸ばすけいちゃん。

 ここで設計上のクレームを言ってても仕方がないと思ったのだろう。

 その判断にはわたしも大いに賛成だ。

 

(しころ)

「ん?」

 

 ノブを握った体勢でけいちゃんが一度動きを止める。

 

「⋯⋯、いいのか」

 

 妙な()があった。

 付き合いの長さは伊達ではない。

 その間だけで、本当に言いたかったのは違う言葉だったんだとはっきりわかった。

 

 けいちゃんの事だ。『やっぱりお前は帰れ』とか、『ここで待ってていい』とか、そんな事を言おうと思ったんだろう。

 で、思ってみたところで気づいたのだ。

 そのどちらの選択肢も、わたしと離れる事になると。

 

 これはわたしの勝手な推測。

 だが、けいちゃんの内心とそう遠くはないはずだ。

 こういう事を言い出した時のために先回りして道をふさいでおいて正解だった。

 

「今さら何? 行くよ」

 

 わたしをのけ者にしようったってそうはいかない。

 

「言い出しっぺのわたしが行かないでどうするの」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 それでもまだ、けいちゃんは扉を開かない。

 なら。

 こう言おう。

 

「けいちゃんに酷い事をしたヤツを、わたしが許せる訳無いだろうが」

「‼︎」

 

 それはついさっき、けいちゃんが言った言葉。

 心配するわたしに、けいちゃんが言った言葉。

 

「⋯⋯けいちゃんこそ、ついて来なくていいよ」

 

 だって。

 

「これ以上、危ない目に遭って欲しくないんだ」

 

 けいちゃんも抱いたであろう気持ち。

 わたしに言おうとしたであろう気持ち。

 でも、これがわたしの本心だ。

 もっと正確に言えば。

 これ以上危ない目に遭うけいちゃんを見たら、もう正気でいられる自信が無かった。

 雪平さんがさらわれ。

 けいちゃんが怪我をして。

 もう、頭の中は沸騰寸前なのだ。

 守る対象であるはずのけいちゃんが、少し気に食わない事を言っただけで大声を出してしまう程に。

 

「⋯⋯考える事は同じなんだな」

「そうだよ」

 

 わかってくれたようだ。

 そんな事出来るはずがない。

 一人で行かせるなんて出来るはずがない、と。

 

「ん。もう余計な事は言わない」

 

 危険な場所へ向かわせたくない。

 その気持ちは同じ。

 でも、雪平さんを助けたい。

 その気持ちも同じ。

 ならば。

 自分が守る。

 こいつの意志を達成させる。

 

「行こう」

「うん」

 

 互いの想いがようやく合致したと、わたしは確信した。

 

 

 

 □□□

 

 

 

 な、んだ⋯⋯これは。

 

「きひひっ」

 

 何度も繰り返し意志を固める作業をして、しっかりと覚悟を決めた。

 はずだった。

 

「無様でございますねぇ」

 

 その上で地下への扉を開き、薄暗い階段を抜けてこのラボへと赴いた。

 はずだった。

 

「⋯⋯ごぼ⋯⋯っ」

 

 血反吐。

 

 僅かに覗いた口には、そこに当然無くてはいけないものが数える程しか残っていない。

 

「に⋯⋯逃げ⋯⋯」

「そこまで」

 

 ごちゅっ。

 

 硬質な音と、粘液質な音。

 

 わたしを見ようと必死で上げた顔が。

 わたしに伝えようと必死で上げた声が。

 踏み潰され。

 自らが吐いた血溜まりの中に沈められた。

 

「⋯⋯が⋯⋯ぁ」

 

 

 あまりの凄惨さに。

 

 

「余計な発言は控えましょうか。理啓(ことひら)様がお困りではないですか」

 

 

 意志が。

 

 

「ねぇ、理啓様? きひひひひ」

 

 

 揺らいでいく。

 

 

「錏」

「ひっ⋯⋯!」

 

 そこで。

 後ろから肩を掴まれた。

 

「落ち着け」

「でも⋯⋯でもっ!」

「わかってる」

 

 その手には、明らかに力がこもっていた。

 異常だと感じているのは、わたしだけではないのだ。

 

 ⋯⋯常軌を逸している。

 

「おや。もう静かになりましたね」

 

 三行(みくだり)がゆっくり足を上げる。

 踏みつけられていた()()()()()()()()はもう、かすかな身じろぎすらしない。

 二人の周りを囲むように、赤い飛沫(しぶき)と白い細片。

 

「どう、して⋯⋯」

 

 声と共に鳴る音がひどく耳障(みみざわ)り。

 カチカチという音が響く度に、どうしても床に散らばる『白いもの』を意識してしまうから。

 

「どうして、とは?」

 

 何でもない様な顔で首を傾げる三行。

 

 伊能江は、三行の仲間ではなかったのか。

 それが、何で、こんな。

 

「ふむ。また異な事を気にされますね。『これ』がどうなろうと理啓様の知った事ではないと思いますが」

「っ‼︎」

 

 思考を、読まれた⋯⋯!

 

「何を今さら。佐天様から伺ったではありませんか、当方の能力の事を」

 

 読心能力(サイコメトリー)⋯⋯。

 その場にいなかった会話を、まるで一緒に聞いていたかの様に。

 知った上でやられると、言いようのない不快感に襲われる。

 

「きひ。そのご意見はもっともでございますが」

 

 吐き気を覚えた。

 三行の苦笑が、足元の光景とあまりにもちぐはぐ過ぎて。

 

「ええ、存じております」

 

 続く三行の言い方は、まるで他人事のよう。

 

「左様でございますねぇ」

 

 ⋯⋯?

 

「まあまあ。そういきり立たないでくださいませ」

 

 おかしい。

 さっきから三行は何を言っている?

 

「慌てずともお答え致しますよ。きひひ」

「⋯⋯てめぇ」

「っ!」

 

 小馬鹿にした笑いは、けいちゃんを向いている事に気がついた。

 

 そうだ。

 対象となるのは、何もわたしに限った事ではない。

 けいちゃんもだ。

 わかっていたつもりだった。

 だが、事実こうして虚を突かれた。

 ⋯⋯考えを改める必要がある。

 

 わたしの『つもり』なんて用を成さない。

 心を読む相手に対して、わたし達はあまりにも不慣れ。

 そう心に刻む。

 

「愚かしくも『これ』は当方に反旗を翻したのでございますよ」

「えっ⋯⋯」

 

 伊能江が?

 

「教育が行き届いていなかったようで、お恥ずかしい限りでございます。まさか飼い主の手を噛んでしまうとは」

 

 飼い主。

 三行は自分を指してそう言った。

 何の迷いもためらいも無く。

 

「どうやらお二人に当てられたようでございますね。必死に友達を助けようとなさるお姿を見て」

 

 何故、それを容易(たやす)く口に出来る。

 お前には、良識が無いのかっ⋯⋯!

 

「頭の悪い犬に相応の罰を与えるのは当然でございましょう?」

「っ‼︎」

 

 その時。

 ダンッ‼︎ と、床を(したた)か蹴りつけ踏み込む音が鳴り響く。

 

「きひっ」

 

 迫る三行の笑み。

 

「ばッ、錏⁉︎」

 

 けいちゃんの叱責は後ろから聞こえた。

 

 そう。

 我慢の限界を迎え飛び出したのは、わたしだった。

 

 もう、許せなかった。

 

「あああああッ‼︎」

 

 相応の罰?

 

「この野郎‼︎」

 

 歯がへし折れるまで殴るのが?

 

「何なんだお前っ‼︎」

 

 こんなになるまでやる必要があったのか⁉︎

 

「くそ! くそッ‼︎」

 

 伊能江はっ‼︎

 わたしにやられたせいでまともに能力を使えなかったのに‼︎

 

「くっそがぁぁあああああああああ‼︎」

 

 めちゃくちゃに、腕を振り回した。

 握り慣れない拳を握り。使い慣れない筋肉を使い。

 全力で振るった。

 狙いなんか定まっていない。狙いを定める必要も無い。

 当たるなら、どこでも良かった。

 とにかく一発殴ってやりたかった。

 何でもいいから痛がらせたかった。

 少しでいいから分からせたかった。

 

 伊能江の、味わった苦しみを。

 

 一つ殴るのにかかる時間はどれだけだ。

 一つ蹴るのにかかる時間はどれだけだ。

 わたし達が来るまでに、それを何度繰り返せた。

 考えただけで嫌になる。

 

 顔でも、頭でも、首でも、肩でも。

 腕でも胸でも腹でも背でも脚でもどこでもいい。

 どこでも、いいからっ‼︎

 

 だが。

 

「きひぃ。当たっておりませんが?」

 

 届かない。

 余裕の笑みを崩せない。

 

 三行の腕が上がる。

 

「っ⋯⋯‼︎ うあ⁉︎」

 

 突然。

 足が浮いた。

 僅かな時間上下の感覚を失い、床を転がってしまう。

 

「何やってんだ馬鹿っ‼︎ 死ぬ気か⁉︎」

 

 叩きつけられる怒声。

 左の肩にかすかな痛み。

 

 横合いからぶつかって来たけいちゃんにつき飛ばされる形で、わたしは三行から引き離されていた。

 

「考え無しに突っ込んでどうにかなる相手じゃないのはわかってるだろ‼︎」

 

 ⋯⋯ぎりっ。

 

 けいちゃんの至極真っ当な警告に、わたしは歯嚙みした。

 

 わかっていた。そんな事は。

 だけど⋯⋯!

 

「げうっ⁉︎」

 

 大きな何かが、床に放り出された体勢のままでいるわたしの腹の上に降ってきた。

 

「お前もそうなりたいのか‼︎」

 

 けいちゃんはすぐに飛び退り、三行を睨み付けながらわたしを怒鳴りつけている。

 わたしの上に乗っていたのは。

 

「あ⋯⋯あ⋯⋯っ!」

 

 伊能江、だった。

 

 そのまま三行の至近に放置するのはまずいと判断したけいちゃんがわたしの方へ放り投げたのだ。

 

 重傷。

 単語が頭を埋め尽くす。

 わたしにのしかかる伊能江は全身が弛緩し、開いた口からの出血が止まらない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()口の中は、目を覆いたくなる程ズタズタになっていた。

 顔は変形し、メイド服から伸びた腕にも無数の、痣。

 血を吐いたのを考えると、内臓にも相当のダメージがあるはずだ。

 

「っ⋯⋯!」

 

 伊能江の服を思わず握りしめる。

 

 この子は、敵。

 でも。

 こんな姿を見せられて、飛び出さずにはいられなかった。

 

 知りたい。

 こんな無茶をした理由を。

 

「きひひ。もっと早くそうなさっていればねぇ」

「⋯⋯あ?」

 

 まるで苛立っている時のけいちゃんのような声が、わたしの口から滲み出た。

 

「ですから。先程そうなさっていれば『それ』がこんな目に遭う事も無かった、と申しているのです」

 

 ⋯⋯何の話だ。

 

「本当に察しが悪うございますね」

 

 三行がかぶりを振る。

 

「理啓様もお感じになったではありませんか。『それ』の様子がおかしかったと」

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

「気になる部分が多々あったはずです。中途半端な攻撃、中途半端な敵意、中途半端な言葉」

 

 それが、なんだ。

 

「少し考えればわかる事でしょう?」

 

 だから何を。

 

「『それ』にお二人を倒す意思など無かったと」

 

 っ⁉︎

 

「いえ。あまつさえ『それ』は、お二人に助力しようとすらしておりました」

 

 な、ん。

 

「しかし、自分が素直に情報を与えれば激昂した当方が何をするかわからない。ならば読心能力(サイコメトリー)で悟られないよう何とかして持っている情報を渡そう、と」

 

 嫌な、汗が噴き出す。

 

「お二人にはまるで汲み取っては頂けませんでしたがねぇ。きひひ」

 

 三行の声が、次第に遠ざかるような感覚。

 考える機能が、次第に停止していく感覚。

 

「遠回しに言っても駄目だった。ならば、と次に『それ』が考えた策は、お二人を挑発して自分から聞き出すよう仕向ける事」

 

「しかし話す事があまり得意ではなく、どう言えば神経を逆撫で出来るかわからない。どうにか佩楯様の気に障る言葉を見つけたと思ったら、理啓様があっさりなだめてしまう始末」

 

「ようやく佩楯様がやる気になったと思えば、聞かれるのは『それ』の名前やら能力やらのくだらない話ばかり」

 

「拷問を受けている最中、『それ』はずっと考えていたと言うのに。『早く先輩の事を聞いてくれ』『意識がある内に、早く』『早く』『早く』『早く』『早く』『早く』『早く』『早く』『早く』『早く』」

 

「願いは届きませんでした」

 

「目を覚ましてみれば、お二人がいなくなっている。まだ情報を伝えられていないのに」

 

「『それ』はひどく焦りましてねぇ。『このままでは本当に惨事が起こる⋯⋯その前に先輩を止めなくては!』と、この場へすぐさま向かったそうでございます」

 

「ここに現れた時、『それ』は安堵した表情を浮かべたものです。お二人がまだ辿り着いていない事を知り、心底間に合って良かったと」

 

「あとはまあ、詳しく言わずともご理解いただけますね? 何やら説得を試みようとしておりましたが、そんな感情を抱いているゴミを当方が見逃す訳もございませんし」

 

「お二人が現れるまでの間、再教育を施していたまででございます」

 

 説明が、終わる。

 

 もう。

 言葉も無かった。

 伊能江の肩口を掴んだ手がぶるぶると震えている。

 決して武者震いなどではない。

 

 伊能江のメッセージに気づけなかった自責の念。

 もどかしさ。

 怒り。

 後悔。

 

 わからないからと後回しにした。

 伊能江の伸ばした手を払いのけた。

 結果がこれだ。

 そんなわたしに、伊能江を思って怒る資格があるのか?

 

 無い。

 あるはずが無い。

 あっていいはずが無

 

 

 

「終わったぁ?」

 

 

 

 しかし。

 この重い空気をぶち壊す人間が一人。

 

「なっっげぇんだよ話が。どーでもいい事をベラベラベラベラ」

「け、けいちゃん?」

 

 今の話を聞いてどうでもいいって⋯⋯。

 

「うちの錏ちゃんはすーぐ話を間に受けちゃうピュアっピュアのお子様なんだからさー、あんま適当な事を吹き込まないでくんねーかなぁ」

「ピ⋯⋯っ」

 

 ピュアピュア⁉︎

 

「当方が嘘を申していると?」

「あ? 知らんし」

 

 投げやりな言い方に、三行の目尻があからさまに痙攣する。

 

「私らはお前と違って人の心なんか読めないんだから、その話が本当かどうかはちびすけが目を覚ますまでわかんないっつーの」

「⋯⋯あ⋯⋯」

 

 確かに、そうだ。

 状況的にはかなり真実味があるが、だからと言って証拠がある訳ではない。

 

「ふむ、なるほど。一理ありますね」

 

 三行が感心したようにつぶやく。

 

 けいちゃんの言う事はわかった。

 でも、じゃあどうすれば真偽を確かめられる?

 

「では証拠をお見せすれば信じていただけるのですか?」

 

 ‼︎

 あるのか、証拠が!

 

「だーから必要無いっての」

「えっ⋯⋯」

 

 なんで?

 真偽を確かめるチャンスなのに。

 

「お前、ワザとやってんだろ。心が読めるなら私の言いたい事もわかってるはずだもんな」

「きひひ」

 

 是とも非とも応えず、三行はいやらしい笑いを返すのみ。

 

「おいこら錏、なに不思議そうな顔してんの」

「え⁉︎ いやだって⋯⋯」

「はぁぁぁ」

 

 た、ため息つかれた。

 

「やーっぱ踊らされてたか」

「え。え?」

 

 何故けいちゃんに呆れられなければならないのか、まるで見当がつかない。

 

「関係無いだろ、本当か嘘かなんて。私らの目的は何なのか忘れてんの?」

「目的はそりゃあ⋯⋯」

「雪平を助ける事だよな?」

「う、うん」

「じゃあちびすけが何をしようが、私らにはどうでもいいだろ」

 

 ⋯⋯???

 

「あーもー! だから今の話が本当だとしたら、ちびすけが私らにして欲しかったのは『三行を止める事』だったんだろ⁉︎」

「た、たぶん」

「でも私らの目的は違う! 『雪平を助ける事』だろ! 極端な話、雪平を助け出せさえすれば三行を素通りしたっていいんだろうが!」

「あ⋯⋯っ!」

 

 そうだ。

 その二つは、似ているようで全然違う。

 三行と対峙するのは、わたし達にとってはあくまで()()()

 ぶつからずに済むならそれに越した事はない。

 必死で三行を倒したとしても、雪平さんを無事に連れ帰る事が出来なければわたし達の『負け』なのだ。

 さっき佐天(さてん)さんと話していた時に、わたし自身が考えていた事じゃないか。

 

「だからお前はピュアピュアちゃんだっつーんだよ! このアホ錏!」

 

 ぐっ!

 なにも言い返せない⋯⋯!

 

「それと。私らに教えようとしてた情報ってのは、たぶん意味が無いんだわ。ちびすけには悪いけど」

「意味が無い?」

「そ。じゃなきゃそこの性格悪ぃクソメイドがペラペラ話す訳ねーし」

 

 けいちゃんが、さっきからずっとニヤニヤ顔でわたし達の会話を聞いている三行をクイっと顎で指し示す。

 

「ずいぶんな言われようでございますね。きひひ」

「うっせ」

 

 軽く返しつつも、けいちゃんの警戒は一切解けていない。

 見ているこっちはハラハラものだ。

 何か考えがあってやっているのかもしれないが、けいちゃんの言動は今にも爆発しそうな爆弾を蹴っとばしているようにしか思えない。

 まあ、真っ先に殴りかかったわたしが言えた義理じゃないが。

 

「あ、あの」

「ん?」

 

 とりあえず爆弾(三行)からこちらに注意を向けさせるために話しかける。

 ⋯⋯今の話はわからなかったし。

 

「どうして、意味が無いの⋯⋯?」

「ああ。ちびすけの情報がか? ちょい考えたらすぐわかるんだけど」

「うっ」

 

 また『少し考えればわかる』だ。

 そんなに考えてないのかなぁ。わたし。

 

「そこの性格悪ぃクソメイドが、私らに知られて困る情報をちびすけが持ってるって話をすると思うか?」

「⋯⋯しないね」

 

 本当に少し考えればわかる話だった。

 

「ついでにもう一つ言うと。ちびすけがほんとに三行の弱点とかを知ってて、私らに内緒で情報を渡せたとしても、それはほとんど使い物にならないんだよ」

「え、なんで?」

「あいつが読心能力者(サイコメトラー)だから」

 

 さも当然とばかりに言うけいちゃん。

 

「暗号でも合言葉でもアイコンタクトでも何でもいいけど、どんなに工夫して伝えようと、私らがそれを理解した時点であいつに筒抜けになるだろ」

「‼︎」

 

 心を、読まれるから⋯⋯。

 

「それじゃ弱点を知ったところでどうしようもない。そこを攻めようとしたって、どうせあいつが先に対策を立てる」

「きひ。良くお分かりで」

「お前に言ってねーよ」

 

 茶々を入れて来た三行に冷たい返しが飛ぶ。

 

 内心はどうかわからないが、こんな絶望的な状況においてもけいちゃんはけいちゃんのまま。

 いちいち肝を冷やしているわたしの方がおかしいのだろうか。

 

「だから、ちびすけには悪いけど意味が無いんだ」

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

 作戦の立てようが無い。

 立てればすぐさま見透かされ、逆に利用されかねない。

 それは、レベル4相手に無策で挑むしか無い事を意味していた。

 

「んで。どうだ錏」

 

 伊能江を見下ろしうなだれていた所へ、けいちゃんの声がかかった。

 

「もういいか?」

「あ⋯⋯」

 

 今度は気がついた。

 三行の話を(さえぎ)って、けいちゃんが説明してくれた理由に。

 

「⋯⋯、うん」

 

 立ち上がる。

 伊能江の体を、ゆっくりと下ろして。

 

 待っていたんだ。わたしの頭が冷えるのを。

 

 あえてこんな話をしたのは、絶望させたかったからじゃない。

 ヒートアップしたわたしに水をぶっかけて、無理矢理クールダウンさせるため。

 そして。

 

「もう、いいよ。もう大丈夫」

 

 ここに来た時と状況は何一つ変っていないんだ。と、わからせるため。

 

「ありがと」

「おう」

 

 ぶっきらぼうな返事がこれほど頼もしいと思った事はない。

 

「すー⋯⋯っ、はぁぁー」

 

 頭のスイッチ代わりの深呼吸。

 そして思い返す。

 

 そうだ。何も変わってないんだ。

 絶望的な状況だったじゃないか。

 最初からずっと。

 

「おや。もうお話は終わりでございますか?」

 

 声の主に目をやる。

 

 三行(みくだり) 錯楽(さくら)

 レベル4、読心能力者(サイコメトラー)

 

 ハッとする。

 落ち着いてみて気がついたが、さっきまでと服装が変わっていた。

 伊能江と同じデザインの、繚乱家政のメイド服。

 その装いに合わせ、後ろでくくられた長い黒髪と頭頂部の白いヘッドドレス。

 

 ⋯⋯こんな大きな変化を見落としていたなんて、ちょっと自分が信じられない。

 

「ふむ、当方の分析に夢中なようで。どうぞ心ゆくまでご覧ください。まあそれでどうなるとも思えませんがね。きひひ」

 

 見せつけるように三行は両手を大きく広げる。

 

 こうやって心を読まれる限り、作戦や策略は一切通用しない。

 本来攻撃に使えない能力だが、それを補って余りある程の格闘技術を有している。

 あの細い腕は見た目以上の脅威。

 

「それよりさぁ」

 

 停滞した状況にしびれを切らせたのか、けいちゃんが口を開く。

 

「雪平は今どうしてんだよ。姿が見えないけど」

「きひ。気になりますか?」

「当たり前だろ」

 

 そもそも雪平さんを助けに来たのに気にならない訳が無い。

 この『地下のラボ』にいるのは間違いないはずだ。

 ⋯⋯伊能江の言葉を信じれば、だが。

 

「ご想像の通り、このラボ内にいらっしゃいますよ」

「ならここに連れて来いよ」

 

 至極当然の要請。

 が。

 

「それは出来かねます」

 

 至極当然の棄却。

 

「ご安心ください。命の保証は致しますので」

「それを信用しろって?」

「いえ。その必要はございません」

 

 音も無く。

 先程も見たあの刃物が三行の手に現れる。

 

「意思に関わらず、お二人にはここで()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 談判は決裂した。

 

 最高評価の旅館の女将さながらの口調で。

 最高評価のレストランさながらの物腰で。

 

 わたし達に提供されたのは、そんな宣告だった。

 

 

 

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