とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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12話 目が合ったら、終わり

 

「⋯⋯か⋯⋯ぅあ」

 

 背後から伊能江(いのうえ)の呻き声が聞こえる。

 意識を失っても、体は痛みや苦しさを感じているのだろう。

 もしかしたら。

 気絶した事に気がついてなくて、夢の中で未だに殴られ続けているのかもしれない。

 

 ⋯⋯こんなの、ひどすぎる。

 

「私らはここで寝てろってか」

「無理にとは申しません」

 

 その声は三行(みくだり)にも聞こえているはずなのに、仲間を心配する様子は一切無い。

 平然としていられる神経がわからない。

 

「ここでお帰りいただけるのならば。その際は手厚くお見送りさせていただきますよ? きひひ」

 

 首を縦に振る訳が無いと知りつつ言っている。

 心を読めないわたしにもそのくらいはわかった。

 

「ざけんなクソメイド」

 

 けいちゃんが即答し。

 わたしの心を確かめる様に、こっちへ目配せしてきた。

 

 大丈夫だよ、けいちゃん。

 

「ぶっ飛ばしてやる」

 

 一つ頷き、あえてそう口にした。

 けいちゃんに聞かせる為に。

 自分の逃げ場を無くす為に。

 冷静に。沈着に。

 雰囲気に流されない様に。

 怒りにまかせたりしない様に。

 慎重に選択した。

 

 喧嘩なんかした事も無かったわたしが、生まれて初めて本気で『力ずく』を選んだ瞬間だった。

 

「きひひ。では」

 

 三行が動いた。

 

「⋯⋯えっ」

 

 呆気にとられる。

 向かう先はけいちゃんの方。

 わたしとけいちゃんのどちらを先に倒すか考えれば、強い方から狙って当たり前。だからてっきりまた凄いスピードで攻撃して来るとばかり思っていた。

 

 しかし三行の取った行動は、歩き。

 

「お、お⋯⋯?」

 

 スタスタとごく自然に歩み寄ってきた為、近づかれたけいちゃんも身構えたまま戸惑いを露わにしている。

 

「失礼致します」

 

 まるで服に付いた糸くずでも取るかの様な気軽さ。

 ともすれば優しささえ感じてしまいそうな、ゆったりとした動きで左手が伸ばされ。

 

「きひ」

 

 いい加減耳にこびりついてきた笑いが聞こえたと思った瞬間。

 急激に加速した。

 

「おわっ⁉︎」

 

 わたし達の攻め気を逆手に取って真正面からの奇襲。

 慌ててのけ反るけいちゃん。

 辛うじて回避が間に合ったが、右手首を掴んで腕を下げさせ反対の拳でこめかみを狙ってきた。あれでは腕で防ぐ事も距離を取る事も出来ない。

 刃ではなく、それを握る拳。それもまた動揺を誘う要因。

 徹底して予想を裏切ってくる三行に翻弄されっぱなしだ。

 

「などと考えていれば気づかれないとでも思いましたか?」

「っ⁉︎」

 

 三行の足が、()()()()()()()()()()()わたしの顔面めがけて一直線に跳ね上がる。

 

 読まれていた⋯⋯!

 極力今の状況を意識する事で自分の思考を隠していたつもりだったのに!

 

「あぐっ‼︎」

 

 身をひねりギリギリの所で肩をねじ込む事に成功したが、わたしの体は軽々と後方に弾かれる。

 

「きひひ。理啓(ことひら)様の『つもり』は用を成さないと考えたばかりでしょう」

 

 即座に蹴り足を戻した三行が失笑する。

 いくらわたしの背が低いとはいえ、人間の頭の高さまで足を上げたのに微塵もバランスを崩さない。

 

 けいちゃんの手を解放し、悠々とわたし達を交互に眺める。

 

「人間に限らず、生物に思考を隠すなど無理なのですよ」

 

 ⋯⋯無理?

 

「良くスポーツで『頭で考えるな』などと言う指導をしている輩がおりますが、それではまるで説明になっていません。正しく言うなら『言葉で考えるな』が適当でございます」

 

 よくわからない解説が始まった。

 それが思考を隠せないって話とどうつながるんだ。

 

「丁度今の理啓様が『言葉で考えている』状態でございます。知覚した事柄を言葉に置き換え、それを基に思考を整理し次の行動を起こす」

 

 何やら手に持った刃物を手品みたいに出したり引っ込めたりし始める。

 三行の向こう側にいるけいちゃんも刃物の動きが気になって仕掛けられずにいる様だ。

 

「『頭で考えるな』と言うのは、その『言葉で考える』のをやめろ、という事です」

 

 言葉で考えるのを?

 

「つまりそれは『言葉ではなく、映像や感触を用いて物を考えろ』という事。そうすれば言葉に変換するという『回り道』をせずに済み、結果として様々な場面で重要視される反応速度を上げる事が出来る。指導者が言いたいのはそういう事でございます」

 

 三行がペン回しの要領でくるっと刃物を回転させる。

 

「その点で言えば『考えるな。感じろ』と言った昔の人間は多少評価出来ますね。まだ説明不足なのであくまでも多少ですが」

 

 何の話だかわからなくなってきた⋯⋯。

 スポーツ指導論としては何となく理解出来るが、やっぱりまだ思考を隠せない話とつながっていない。

 

「わかりませんか?『頭で考えない』というのは、言葉で考えない様にしているのをそう勘違いしているだけだ、と申しているのですよ?」

 

 だから! それがどう⋯⋯

 

「では。言葉で考えるのをやめようが、体を動かしている時点で『脳が思考している』のに変わりはない、と言えば理解出来るでしょうか」

「‼︎」

 

 もう一つくるんと回すと、手から刃物が消えた。

 

「当然でございますね。脳からの指令が無ければ体は動かないのですから。思考しているのならそれが言葉だろうと何だろうと関係ありません」

 

 じゃあ、さっきのやり方は意味が無かったって事か。

 ⋯⋯くそっ。

 

「どうやら理啓様は、読心能力(サイコメトリー)というものの認識から間違っている様でございますね」

 

 何も持ってない事を示す様に手のひらと手の甲をわたしに見せてくる。

 手品なんかどうでもいい。

 

「盗聴器の様に思考している内容がそのまま聞こえている訳ではありませんよ? それは他の精神系能力者の領分です。そういった能力相手なら先程の理啓様の方法もあるいは有効なのかもしれませんが」

 

 認識も何も、物体に触った者の残留思念を読み取る能力、って事しか知らない。

 学校の授業でもそのくらいの説明だったし、佐天さんの話でもそうだったはずだ。

 

「ではそもそも、残留思念とはどういったものなのでしょうか?」

 

 いつの間にか反対の手に移動していた刃物をわたしに向け、そう質問してきた。

 

 どういったもの、って。

 

「まさかと思いますが、『残留思念』という名称の良くわからない物質が存在していて、それが剥がし損ねたシールの様に貼り付いている、などとは思っておりませんよね」

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 心を読んだな。

 

「図星ですか? いや、なかなかユニークな発想でございますね。そんな物質を能力も使わず誰もが生み出し垂れ流していると考えておいでとは」

 

 何が図星だ。

 能力を使ったのなら言い当てて当然だろう。

 

「それが、そうでもないのでございますよ」

 

 わたしを向いていた刃物が下される。

 

「残留思念とは、生物が発する生体電気によって変質した物の総称でございます」

「えっ」

 

 また随分と予想外な話が出て来た。

 生体電気で変質した物?

 

「生体電気というのはご存知で?」

 

 それは知ってる。筋肉を動かしたりする時に生き物が出すってやつだ。

 極端な例で言えばデンキウナギ。

 あいつらはその生体電気を生み出す器官が発達していて、敵から身を守る為にも利用しているってのは有名な話だ。

 

「生体電気が発生した際、周りにある物質に微細な影響を及ぼします。エレクトロマイグレーションという現象に近いですね」

 

 全然わからない。例えで出て来たものすらまるでイメージ出来ない。

 

「電流とはイオンの移動、すなわち原子間でバケツリレーの様に電子の受け渡しがなされているという事。しかしその受け渡しは完璧ではなく、少しずつ欠損が生じるのです。バケツが変形したり、水がこぼれたり。その僅かな欠損の積み重ねで回路が消耗していく事を、エレクトロマイグレーションと呼びます」

 

 わたしの抱いた疑問を読んだのか、三行はわざわざ解説してくれる。

 

「それに似た事が生体電気の発生時にも起こり、物質に痕跡を残していくのです」

 

 体から出た電気があとを残す?

 

読心能力(サイコメトリー)とは、そのごく僅かに変化した物に触れ、痕跡を残した生物の脳がどの様な活動をしていたかを観測する能力なのでございます」

 

 聞いただけで気が遠くなる。

 だって、人間が出す生体電気なんて想像もつかない程弱かったはずだ。それが残したあとから触った時の脳の動きを調べるって、そんなの学園都市の技術でも難しいんじゃ⋯⋯。

 

「その辺りの事情が高位の読心能力者(サイコメトラー)を少数たらしめている理由でもありますね。簡単ではないとすぐにお判りいただけるでしょう?」

 

 確かに、そうだ。

 そんなとんでもない精密さを要求される能力、使うのが簡単な訳は無い。レベルを上げるのだって生半可な事では無理なはずだ。

 実際、レベル3より上の読心能力者(サイコメトラー)がいるという話は聞いた事が無かった。今日遭遇するまでは。

 能力の『基本』がすでに、尋常じゃない難易度。

 

「少しは読心能力(サイコメトリー)の認識を改めていただけた様ですね。まあ当方の場合⋯⋯おっと」

 

 そこで三行は言葉を止めた。

 それと一緒に、くるくる回していた刃物も動かなくなる。

 

「いけませんね、つい話に熱が入ってしまいました。どうにも当方は教育熱心な面がありまして」

 

 知るかそんな事。

 まあでも、少しは有益な話だったと思わないでもない。今まで学校の授業でもきちんと説明されなかった読心能力(サイコメトリー)の話を知ることが出来たんだから。

 

「ああ、そう言えば理啓様」

 

 え?

 

「先程から気を抜き過ぎでございます」

 

 刹那。

 空間が縮んだ。

 そう誤認してしまう程の前触れの無さ。

 

 あっと言う間すら無くわたしの足を踏みそうな程の距離になり。眼前に構えた左腕の陰に隠す様にして。

 

「ぐふっ⁉︎」

 

 右手の刃がわたしの腹を(えぐ)った。

 

「きひひぃ。敵を前にして油断出来る程の力をお持ちでしたか?」

 

 前かがみになるわたし。

 しかし刃はまだ押し込まれ続ける。サディスティックに笑い、もっと深く痛みを与えてやろうと。

 それが、(あだ)になった。

 

「きっひひひひひ⋯⋯ひ?」

 

 笑いが止まる。

 三行は思っていたんだろう。素人が決意を固めた所で取るに足らない、少し気を逸らし、一突きしてやればそれで終わりだと。

 

 なめるな⋯⋯!

 

「ぐ、ぎ‼︎」

 

 声が漏れる。

 やせ我慢と。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「な⋯⋯」

 

 三行の顔色が変わった。

 思考を読めても突飛な事には動揺するらしい。

 

 とんでもなく痛い。

 お腹も、手も。

 健康過剰(インヴァリアブル)のおかげで肌を突き破られはしないが、鋭利な物が食い込めば神経が刺激される。

 わたしがやったのは、いつだったかけいちゃんに借りたマンガで見た方法。

『刺された武器を掴んで相手の動きを止める』

 まあ、わたしの場合は刺さってないが。

 

「う、っく」

 

 ラッキーとしか言いようが無い。

 思いついたのは刃が触れるほんの一瞬前。だから心を読める三行も反応出来なかったんだろう。

 

「えへ、へっ」

 

 涼しい顔をしていられないのはカッコつかないけど。

 とりあえず一回、出し抜いてやった。

 

「何という⋯⋯、っ‼︎」

 

 目の前でいきなり三行の体が沈んだ。

 わたしに掴まれた刃物を残したままで。

 直後。

 

「おあ‼︎」

 

 その上を恐ろしい速度で通り過ぎるハンマー。

 けいちゃんの拳。

 動揺した隙を突いての攻撃だったが、掛け声より先に避ける動作に入っていた三行に寸での所で避けられた。

 

 遠投した野球選手のような姿勢からさらに一歩踏み込みもう片方の腕も下から上へフルスイング。

 また不発。

 

「⋯⋯学びませんねぇ」

「ああ⁉︎ どういうっ、意味だよ‼︎」

 

 (かわ)す三行を追い続けながらけいちゃんは眉間の皺を深くする。

 

「説明する義理はございません」

「そう、かよっ‼︎」

 

 最後にまた、空を切る大きな音。

 三行が避けると自然に二人の距離が空き、一旦止まった。

 

 ーーー束の間の静けさ。

 

 こういう攻防の間、わたしは割って入れそうもない。こんな強さの二人が激突している最中には。

 下手に手を出すとけいちゃんの邪魔になりかねない。

 

「いいですねぇ。きひひ」

 

 何やら楽しげな三行の声が静寂を破った。

 

「今の攻めはなかなかでございました。その調子でどんどん工夫なさってくださいませ」

 

 わたしの決死の行動も、三行にとってはその程度か⋯⋯。

 少し気落ちすると、視線まで無意識に下を向いた。

 手にしている物が目に入る。

 

「これ⋯⋯」

 

 手の中にあったのはナイフではなかった。

 木製のグリップ。刃に刻印された銘。

 歪な形をした、包丁?

 

「あー当たんね」

 

 ハッ、と意識が戻される。

 トントンと爪先で床を叩き靴の収まり具合を直しつつもらした、けいちゃんのぼやきで。

 

「あれで本当に当てようとしているのですか?」

 

 これは驚いた、と言わんばかりの表情を作り、手を口元に当てている。

 今しがた『なかなかだった』と言ったばかりじゃなかったか?

 

「それは理啓様の心意気、お二人の連携に対してでございます。佩楯様の攻撃単体で考えると、ねえ?」

「うっせーな」

 

 まるで、一人では相手にならないとばかりの言い草。

 けいちゃんの機嫌が露骨に悪くなる。

 

「話しかけんな。もうちょっとでなんか掴めそうだから待ってろ」

「⋯⋯は?」

 

 ぞわ。

 

 え、寒気⋯⋯?

 

「今、何と。もうちょっとで掴めそう?」

「あ?」

 

 何だ。

 

「一体何をでございましょうか」

 

 急に、なんか。

 

「ろくな戦闘経験も無いゴミが」

 

 息苦しく。

 

「何か勘違いした様ですね」

 

 すうっ、と三行の両腕が上がり。

 ここに来て初めて構えらしい構えを見せた。

 

「いいのかよ、あれ」

 

 けいちゃんの視線がわたしの手元を指す。

 

「ゴミ相手に必要ありません。負けた言い訳にされても困りますので」

「言ってろクソメイド‼︎」

 

 けいちゃんが飛び込む。

 またとんでもない勢いで拳が振るわれ。

 

 

 コッ。

 

 

「あ⋯⋯?」

 

 失速。

 豪腕を躱し、顎を軽く打っただけに見えた三行の左拳。

 

 たったそれだけで。

 けいちゃんの膝が抜けた。

 

「シッ‼︎」

 

 追撃。

 鋭い呼気と共に放たれた右足が、膝立ちになったけいちゃんの顔面へ吸い込まれていく。

 

「くあ⁉︎」

 

 衝撃音。

 ゴムタイヤをバットで引っ叩いたような残響と共に、けいちゃんの上半身が後ろへ傾く。

 背筋が凍った。

 しかしその後すぐ見えたのは、蹴りを受け弾き飛ばされる左腕。なんとか直撃は免れた様だ。

 

「あ、あぶ⋯⋯っ⁉︎」

 

 だが息つく間も与えず、今度は左足が後頭部目掛けて振り上げられる。

 

「うおお⁉︎」

 

 亀のように丸まり三行の足の下をくぐるけいちゃん。

 三行はまだ止まらない。

 横薙ぎに振るった左足を軸足の少し後ろに着地させ、けいちゃんに背を向けた状態からまた右足が上がる。

 顔を上げようとしていたけいちゃんの頭を狙い、さっきわたしが食らったあの蹴り。

 体は回っているのに、足はまっすぐ一直線に飛んでいく。

 

「ごっ、あ‼︎」

 

 右腕で頭を守るが、その腕ごと()()()()()()けいちゃんは後方へ転がるように吹き飛ばされた。

 

「け、けいちゃんっ!」

 

 手を出すどころじゃない、割って入る暇も無かった。

 

「ぐ、っ⋯⋯」

 

 起き上がろうとするけいちゃん。

 しかし、蹴りは腕で受けたはずなのに、めまいを起こしたように体がぐらつき立つ事が出来ない。

 

「何だ、あのパンチ⋯⋯」

 

 つぶやくのが聞こえた。

 あのパンチ。そうだ、軽く当てたように見えたあの左拳⋯⋯あれからけいちゃんの様子がおかしくなった。

 

「何かと言えば、すぐ大技に頼る」

 

 (さげす)み混じりの独り言。

 

「初手で手遅れになり、立て直す間も無く追い詰められる、素人の典型」

 

 淡々と言っているようで、しかし言葉の端々に明らかな侮蔑の色が見える。

 

「力の流れが見える目を持っていながら、その体たらくとは」

 

 それが蔑視する理由らしかった。

 

「何をしているのですか。早くお立ちください」

 

 けいちゃんを見下ろし冷徹に言い放つ。

 トーンが変わったのは、今のが独り言ではないからだろう。

 

「まともに受けたのはただの刻み打ちのみではないですか。ボクシングで言う所のジャブ」

 

 言葉を替えた所で、そんな専門用語じゃまるでわからない。

 たぶん、けいちゃんの顎を打ったあれの事を言っているのだろうが。

 

「たかがあれしきが効いたのですか? そんなはずはございませんよね」

 

 苛立っている。あれだけ余裕だった三行が。

 

「そうですか。お立ちいただけないのなら、潰させていただきます」

「っ‼︎」

 

 考えるより先に。

 わたしの体が動いていた。

 けいちゃんの方へ歩き出そうとしている三行の背中に向かって。

 

「うああああッ‼︎」

 

 そんなわたしを振り返りもせず。

 

「⋯⋯はぁ」

 

 横へ一歩。

 たったそれだけで、わたしの体当たりは簡単に避けられる。

 

「またでございますか」

 

 これでいい⋯⋯‼︎

 当たるなんて最初から思っちゃいない‼︎

 

「ふむ、なるほど」

 

 思考を読まれたようだが、ここまで来れば関係無い。

 まだ立てずにいるけいちゃんの前で急停止。振り返り、呆れた様子でわたしを見ている三行を睨みつける。

 

「⋯⋯お退()きいただけますか」

「嫌だっ‼︎」

 

 立ち塞がったわたしを鬱陶しそうに眺めながら吐いた言葉を大声で拒絶した。

 この状況で従う訳が無い。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 値踏みするような三行の視線。

 

 何だ、何を考えている?

 

「いえ。当方を殺してでも止めるつもりなのか、と」

「はあ⋯⋯?」

 

 素っ頓狂な声を上げてしまった。

 だって、そんな事は全く思っていない。

 

「それを手にしているという事は、そういう事なのでしょう?」

 

 手? ⋯⋯あ、三行の包丁を持ったまま。

 

 

 

「 き ひ っ 」

 

 

 

「‼︎‼︎‼︎」

 

 間近で聞こえた三行の声。

 慌てて反応するが、もう遅かった。

 

 ほんの少し。ほんの一瞬、目を離しただけ。

 その一瞬を作るのが、おかしな質問の目的。

 

 あっという間に近づかれ。

 体の前に置かれた拳が()()()()()()

 それが、顔に向かって真っ直ぐ近づいてきたせいだと気付く前に。

 

 頭が吹き飛ばされる。

 

「が

 

 これが⋯⋯さっき言ってた、ジャブ?

 軽く当てたなんてとんでもなかった。

 まるで、石。

 

 勝手にもれた呻き

 しかし

 痛がる時間は与えられなかった

 

 足に衝撃

 左の膝が内側へ折れる

 わたしの太ももに、めり込んだ右足

 

  ぁっ⁉︎」

 

 声の続きがようやく外へ出る

 

 呻き一つすら

 追いつかない

 

 ゴッ

 

 下顎

 打たれた

 

 キィ‼︎‼︎

 

 ゆれる

 くびがねじれ

 みくだりのてが

 

 はなれていく

 

 どんどん

 

 かたむいて

 

 くつ

 

 あれ

 

 わたし

 

 たおれて

 

 どこ

 

 みてるの

 

「弱い」

 

 くつがふってくる

 わたしのかおに

 

 振動

 

 いたい

 かおと

 こうとうぶ

 

 ああ

 わたし ふまれ

 

「左一つで動きが止まり」

 

 くつが

 はなれた

 ふってくる

 

 振動

 

「下段一つで軸がぶれ」

 

 はなれた

 ふってくる

 

 振動

 

「フック一つであっさり倒れる」

 

 はなれた

 ふってくる

 

 振動

 

「当方の前に立ちたいのなら」

 

 はなれた

 ふってくる

 

 振動

 

「相応の力を持ってからにしていただけますか」

 

 はなれた

 ふってくる

 

 振動

 

 振動

 

 振動

 

 振動

 

 振動 振動 振動 振動 振動振動振動振動振動振動振動しんどうしんどうしんどうしんどうしんどうしんどうしんどうしんどう

 

 

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 

 

 一体。

 どれだけ続いたんだろう。

 

「さて」

 

 三行の足は、わたしの頭を下に敷いたまま。

 その足が。

 

「ぎいあ⋯⋯っ⁉︎」

 

 強くねじられ。

 回転の中心にあった耳が靴底の凹凸でめちゃくちゃにひしゃげた。

 

「⋯⋯あ⋯⋯が」

 

 数え切れない程踏まれ続け、顎には蓄積した激痛。

 まともな発声が出来ない。

 

「いかがですか佩楯様」

 

 けいちゃんの名前が聞こえ、体がぴくりと震えた。

 

「公言通りに潰させていただきました」

 

 けい ちゃん

 動けるよう になった かな

 

「もたもたなさっているからこんな事になってしまいましたよ?」

 

 踏まれて て見えない けど

 わたしの事な んか気にしないでね

 

「おお、なんと恐ろしい形相。その視線だけで射殺されてしまいそうです」

 

 大丈夫 だから

 

「おや、こうなってもまだ理啓様が気に掛けておられますよ」

 

 気に

 

「憐れですねぇ。きひひ」

 

 しないで

 

 

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎」

 

 

 

 言語を絶する、痛々しい絶叫。

 怪訝な三行の声は、踏む足の遥か上から聞こえた。

 

「品の無い⋯⋯ゴミと言えど、淑女の端くれならばそのような、っ⁉︎」

 

 台詞が途切れ。

 乗っていた足がさらにすり潰すように顔を強く蹴りわたしから離れた。

 

 感じたのは、激痛と風。

 自由になる頭。

 上を見ると。

 

 

 そこに『     』がいた。

 

 

「あ⋯⋯あっ⋯⋯?」

 

 心音がとんだ。

 

 見慣れているはずの顔を、同じ人物だと認識出来ない。

 見飽きる程見てきた顔を、同じ人物だと判別出来ない。

 

 三行の言う事が決して大袈裟では無かったと身をもって知る。

 

『目が合ったら、終わり』

 

 味方に向けるものとは到底思えない感情。

 豹変した親友に、本能が蹂躙されていた。

 

「⋯⋯何ですか、今のは」

 

 右肩の横に一本。腰の左側に一本。

 わたしの体を覆う様に置かれた腕は、敵から我が子を守る肉食動物さながら。

 

「人間の骨格では明らかに無理のある動きでしたが」

 

 動き。

 どんな攻撃をしたのか、見えなかったわたしには知る由も無い。

 気づいた時にはもうこの体勢だった。

 

「⋯⋯まだ引き出しを隠しておいでだった様で」

 

 三行の声が震えている。

 

「ああ、違いますね」

 

 怖れではなく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 場違いな感情によって。

 

「きひひっ」

 

 目を向けるまでもない。

 どんな顔をしているか、やけに弾んだその声を聞けば嫌でもわかった。

 

「さあ、いつでもどうぞ?」

 

 三行の誘い。

 それに応じる様に頭上で動きがあり。

 

 一瞬で視界が広がった。

 

「きっひ‼︎」

 

 何が起きたか把握出来ていないわたしの耳に、三行の笑い声が届く。

 そちらでは早くも凄まじい攻防を繰り広げる二人の姿。

 

 ⋯⋯見えなかった。

 あんなに近くにいたのに。

 違う、近過ぎて見えなかったんだ。

 

 そんな答えに思い至る。

 

「なんと⋯⋯なんと‼︎ 素晴らしいですよ佩楯様!」

 

 賞賛の声。

 ようやくまともに見る事が出来たその動きは。

 本当に()()()()していた。

 

「こんなスタイルっ、見た事がございません!」

 

 当たり前だ。この世界のどこに『四本足』で戦う人間がいる。そんなの、格闘技を全然知らないわたしにだってわかる。

 虎や豹、ネコ科の動物を彷彿とさせる、全身がばねで出来ている様な()()()。どう見たって逆に動きにくくなるだけだとしか思えない動き。

 力の流れをどう伝達すればああなるのかまるでわからないあの動きに、だがわたしには見覚えがあった。

 

 

 あれは、そう。ある日二人で買い物をしていた時だ。

 しつこくナンパして来た男に腹を立て、素手で車をひっくり返すのを目の当たりにした。

 しゃがんで車体の下に手を掛け、立ち上がりざま一気にごろん。一瞬の出来事だったし、裏返しになった車の方に気を取られていた事もあってすっかり忘れていた。

 あの時わたしは、かすかな違和感を感じたのだ。

 重たい物を持ち上げようとすると、普通人間は背筋が伸びる。背中の筋肉を思い切り収縮させているから。

 でも、あの時。

 背中がまっすぐになったのは完全に立ち上がった後だった。

 しゃがんだ時に丸まり、脚より遅れて伸び始め、手が離れてバンザイすると同時に直立。一連の動作を流れで見た時、全身が柳の様にしなって見えた。まるで体のどこにも力が入っていないみたいに。

 

 

「きひぃ! もっとです、もっとお見せください!」

 

 異常な程嬉しそうな声を上げている三行。

 二人の戦いは不自然極まりなかった。

 動く速さが全然違うのに、拮抗している。まるで自転車とレーシングカーがお互い全速力の競争をしているのにちっとも差が開いていかない様な。

 そんな気持ちの悪い光景。

 

 危機感を覚える。

 もし、あれと同じだったとしたら。

 三行が絶賛しているあの動きが、車を横転させた時と同じものだとしたら。

 あの時と同等の、とてつもない力が振るわれているのだとしたら。

 

 ダメ、だ。

 止めなきゃ⋯⋯っ。

 

「もっと当方に解析させてくださいませ‼︎」

 

 

 

 

 

   あっ

 

 

 

 

 

 目が、眩んだ。

 光を感じたからではなく、自分の脳が出力した大量の情報によって。

 

 映像。音声。感触。感覚。

 まばたき一回分、一〇分の一秒程の時間でそれらが一気に押し寄せ、整理され、関連付けられ、並べられて行く。

 これが三行の言っていた『言葉で考えない』という事か、と情報の奔流の脇で蚊帳の外になっている『わたしの意識』は理解する。こんな速さ、言葉で考えていたら絶対に不可能。

 それよりも、だ。

 気にするべきはそこじゃない。戸惑いを抑え、あたかも路線図の様にきれいな形に再構築された情報を順に確認していく。

 

 

 

 始点は、たった今聞いた三行の台詞。

『もっと当方に解析させてくださいませ』

 解析。

 上階でも言っていた単語。

 相手の攻撃を真似する。

 けいちゃんにそっくりなパンチ。

 それはいい。

 問題は、『なんで解析が必要?』という事。

 

 読心能力(サイコメトリー)

 心を読む能力。

 心を読めるなら。

 見なくていいだろう?

 相手の記憶をほじくり起こせば事足りるんだから。

 

 でも三行はそうしない。

 なんでしない?

 しないんじゃなくて。

 出来ない。

 たぶん。

 

 柵川中学校。

『佐天さん』だった時。

 演じていた時。

 雪平さんのハンバーグを食べて。

 

『まさか我を失ってしまうとは思いもしませんでしたから』

 思いもしなかった。

 心を読めるのに。

 雪平さんの記憶を探れば、どんな味かわかるはずなのに。

 

『もっと当方に見せてください』

 見せてください。

 心を読めるのに。

 けいちゃんの記憶を探れば、どうやっているかわかるはずなのに。

 

 提起。

 三行の能力は。

 異なる二つの作業を同時に出来ないんじゃないか?

 

 検証。

 能力使用が確認出来る場面。

『佐天さん』だった時。

 けいちゃんとここに来た時。

 けいちゃんの能力を看破した時。

 けいちゃんのパンチを再現した時。

 地下のラボに来て会話していた時。

 現在。

 

 無い。同時使用を確認出来ない。

 一人を対象にしている時、もう一人にも能力を使っていると明確にわかる場面が無い。

 誰かの動きを再現している時、同時に思考を読んでいると確認出来る場面が無い。

 

 さらに提起。

 その理由は?

 

 検証。

 先程と同じ場面。

 全てに共通する点。

 能力使用後、あるいは使用中。

 三行は、()()()()()()()()()()()()

 無駄話。悪口雑言。自慢話。

 完璧なメイドを目指す者が。迂闊に口を開く事すら許されない職を志す人間が。

 そんな事をするか?

 自分より料理が上手いというだけで人攫いまでする完璧主義者が?

 ありえない。不自然。

 だから。必要があるから会話している。

 どんな必要?

 話の内容は毎回違う。

 内容は重要じゃない。

 ⋯⋯『休憩』?

 

 引用。

 佐天さんの話。本物の方。

『直近の実験では、性格や仕草・思考パターン・経験則など、原理的に不可能なもの以外のおよそ全てを肉体的行動として『出力』できる、との結果が得られた』

『さらに同実験で、他の読心能力者(サイコメトラー)には出来ない『非接触での思念の読み取り』が可能である事も合わせて判明⋯⋯って、聞いてる?』

 

 考察。

 実験。わたしも受けてた。

 実験を受けるという事は。

 まだ能力を解明しきれていない。

 もしくは。

 応用の幅が広がったばかりで使いこなせていない。

 ということ。

 

 考察。

『非接触での読み取り』について。

 読心能力(サイコメトリー)は接触した物に残った『生体電気の痕跡』を読み取る、とんでもない精度を要求される能力。

 同じカテゴリに分類されているなら。

 例外はない。

 なら、三行も触れているものから痕跡を読み取っているはず。

 何に触れている?

 心を読む時に三行の体に触れているもの。

 ⋯⋯『空気』。

 他に思いつくものは無い。

 生体電気がどんなに弱かろうが、電気は電気。

 電気の速さ。およそ時速300000km。

 空気中を伝わった生体電気の痕跡を、三行は読み取っている?

 

 予想される解答。

 三行は空気中の痕跡を読む事に慣れておらず、すぐに消耗してしまう。

 すぐに消耗するから、会話して休憩を挟む。

 すぐに消耗するから、二つ同時に出来ない。

 

 三行は、常に心を読んでいる訳ではない。

 

 

 

 そこまでが、この一瞬で再構築されたものだった。

 

 これが正しいとしたら。

 わたし達は。

 勝手に三行を過大評価していたのかもしれない。

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