とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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13話 あと、たのむ

 

「きっひひ‼︎」

 

 三行(みくだり)の声と、目まぐるしく交錯する二人の音だけが『地下のラボ』に満ちていた。

 長くはもたない。

 早く止めないと。

 そんな考えが、わたしを焦らせる。

 

「ぎっ、ぁ⋯⋯!」

 

 体を起こそうと歯を食いしばり、後悔した。

 途端に襲ってきた、割れるような痛み。

 踏みつけられた頭と顎が悲鳴を上げていた。

 

「うう⋯⋯く」

 

 でも、痛いだけだ。

 健康過剰(インヴァリアブル)に支配されたこの体は、踏まれたくらいで怪我なんかしない。

 怪我なんか、しないんだっ!

 

「くあ、ぁぁあああぁああッ‼︎」

 

 ビキビキビキ‼︎ と、頭中の筋肉が好き勝手に(うごめ)く嫌な感触を無視し、少々ふらつきながら立ち上がった。

 

「おや。休憩はもうよろしいので?」

「うる、さい⋯⋯!」

 

 薄ら笑いを浮かべる三行の顔が、ひどく怖ろしいものに見えた。

 大声を上げたのだ。気づかれるのは当たり前だが、原因はそこではない。

 戦っている最中の三行の顔が、完全にこちらを向いている異常。

 なのに、それでも『四本足』から繰り出される恐ろしい速さの攻撃は一向に当たらない。

 わかっている。能力で動きを読み、躱しているのだろう。

 それはわかっているのだ。

 だが、頭ではそう理解していても目に映る違和感だけはどうしようもなかった。

 もはや頭のどこかにもう一つ目が付いていると言われても不思議に思わないような気味の悪さ。

 

理啓(ことひら)様も存外しつこいですね。とうに心が折れていてもおかしくないと思うのですが」

 

 三行のうざったい嘲りが聞こえてくる間にも、わたしは自分の頭から出力される膨大な量の憶測に翻弄され続けていた。

 ⋯⋯とにかくだ。

 三行の異常さや突然調子良く回り始めた自分の脳ミソに驚いている場合じゃない。

 余計な感情に蓋をして、動き回る二人へと意識を向け直す。

『四本足』の動きは、目で追うのも大変だった。

 三行の身のこなしにも目を見張るものがあるが、『四本足』の戦い方は目を見張るどころの騒ぎではない。

 縦横無尽。どころか、時には壁まで足場にして駆け回る立体的で千変万化な疾走。

 とても人間の出来る動きではないように思えるが、各動作を分解して見れば、その一つ一つは常識の範疇にあるように見えた。

 蹴り足になるのは下半身だけで、腕は推進力を生むのに使っていない。攻撃時には腕も使うが、それ以外の時は『軸足』になっている。

 腕から着地し、同時にバランスと進行方向を整え、次いで接地した足で推進力を生み出し、即座に跳躍。

 イメージしやすい所で言えば、常にクラウチングスタートをしている状態。

 普通の人でも短距離走のスタート時は背筋まで有効利用する為に体を丸めているが、それを繰り返し行うとこんな風に全身が波打つような動きになるんだろう。床を蹴って発生した力の流れを最大限生かすには良い動きなのかもしれない。

 

「楽しゅうございますねぇ佩楯(はいだて)様! どうして最初からお見せくださらなかったのですか?」

 

 三行の視線が再びわたしから外れた。

 頭の隅に追いやっていた思考が、蓋の隙間から鎌首を覗かせる。

 ⋯⋯頭を巡っている予想がばれているなら、わたしを放置するか? 矜持のために人攫いまでするような完璧主義者が?

 否、だ。そんなはずはない。

 湧いてくる予想が正しいのか、『四本足』の対処で手一杯だからなのかはわからない。でも馬鹿にされているのは間違いなさそうだ。

 ありがたかった。こちらを馬鹿にしてくれている間は考えている事を読まれずに済む。

 予想が合っているのであれば、だが。

 それから、あの『四本足』。

 さっき三行も言っていたが、かなり無理をしているように見える。あんなに激しく背骨を動かしていたら相当な負荷がかかっているはずだ。

 人の骨格が耐えられる訳が無い。もし耐えられるなら、ぎっくり腰やヘルニアになる人なんていないんだから。

 そして。

 

『やっぱり。拳を鍛えてる訳じゃないから、威力に耐えられずに痛めてるじゃんよ』

 

 あの晩、受けた注意。

 後先考えず振り回している腕の速度は明らかにあの時を上回っている。

 ヘルニアどころの騒ぎじゃない。そんな遅効性の損害より余程重大な事案。

 もしもあれが当たったら今度は軽い捻挫では済まないだろう。

 下手をすれば、幼なじみの腕は今後一生⋯⋯。

 

「三行ぃッ‼︎‼︎」

 

 自分でも驚くほどの大声と共に床を蹴っていた。

 想像しただけで恐ろしかった。

 わたしが巻き込んだせいでそんな事態になるなんて。

 

「きひぃ」

 

 わたしに反応した三行の目がまたこちらを向き。

 開いていた手の形が迎撃しやすいものに変わり。

 

「っ」

 

 ついさっき、あれを顔面に叩き込まれた痛みの記憶が()ぎり反射的に足を止めそうになる。

 

 ⋯⋯(ひる)むな‼︎

 

 甘ったれな自分の心を叱り飛ばす。

 ここで止まれば本当に取り返しのつかない事になる。

 勝っても、負けても。

 

「ああああああああああああああああああッ‼︎」

 

 自らを鼓舞し、なんとかスピードが落ちるのを堪えた。

 推測をどこまで信用していいのかわからない。

 ひょっとしたら全部が間違っていて、三行が気づいてないふりをしているだけかもしれない。

 

「絶対っ、許さない‼︎」

 

 だったら。

 わからないなら、もう頼らない。

 

「やれやれ」

「⁉︎」

 

 躍りかかったわたしの両手が、一歩だけ後ろにステップした三行の直前で空を切り。

 ため息とは正反対の鋭さで放たれた拳がわたしの胸を突き刺した。

 

「っかは⁉︎」

 

 あばら骨は押し潰され、その奥の肺までも衝撃が貫く。

 

「同じ台詞を何度も何度も。語彙(ごい)の貧困さが露呈しておりますよ。許さないから何なのですか?」

 

 息と一緒に、わたしの動きも止まる。

 だがさっきのような追撃は無かった。

 余裕綽々のセリフに聞こえるが、変わらず続いている『四本足』の猛攻を捌きながら攻撃するのはやはり難易度が高いらしい。

 

「黙、れ⋯⋯っ‼︎」

 

 腹を押さえ、倒れるのを拒みながら声を絞り出した時。

 

「なるほど。もう結構でございます」

 

 三行がそんな事を言った。

 

「あ?」

 

 何を言っているのか、わたしの理解が追いつく前に。

 

 ドバンッ‼︎‼︎ と。

 何度目かの、バットを振り抜いたかのような音。

 

「え、っ」

 

 たった一回の蹴りが。

『四本足』を停止させた。

 

「ご。ほあ⋯⋯」

 

 呻きながら、それでも振り上げられていた拳をスローモーションのようにゆるゆると突き出し。

 だが見る影もないほど勢いを失った攻撃は、メイド服を少し揺らしただけ。

 その攻撃を最後に。

 

「速さは申し分ありませんが、それだけでございましたね」

 

 悠然と見下ろす三行の目の前で崩れ落ちた。

 

「絵に描いたようなテレフォンパンチ、がら空きの顎、胴。素人相手ならそれでいいかもしれませんが、然るべき鍛錬をしている者なら誰でもこう言うでしょうね。『カウンターを合わせやすくて仕方ない』と」

 

 三行が何か語っていたが、わたしの耳にはまるで入らなかった。

 無数に繰り出された『四本足』の攻撃全てをかいくぐり。

 その半分ほどしかない速度で放たれた蹴りが右脇腹を捉え。

 たった一撃で台無しにされた、幼なじみの決死の行動。

 

「けい、ちゃん⋯⋯?」

 

 あれほど素早く動き回っていたのに、突っ伏したけいちゃんは小刻みに身を震わせるだけ。

 

「けいちゃん?」

 

 動かない。

 

「けいちゃんっ‼︎」

 

 動いてくれない。

 

「けい⋯⋯‼︎」

「無駄だと思いますよ」

 

 声が、出なくなった。

 それは三行の言葉のせいではなく。

 

「あ⋯⋯あ⋯⋯?」

「これ以上無いと言うほど綺麗に入りましたから。仮に万全の状態であったとしても立ち上がれなくなるでしょうね」

 

 倒れた拍子にめくれてしまった、けいちゃんの制服。

 

「まして」

 

 その下に。

 

「そんな状態で受ければ尚更です」

 

 どす黒く変色した脇腹があったから。

 

「いぎやぁああぁあっ⁉︎ あっあっ? ぁあ、あああ‼︎」

 

 意味の無い悲鳴がわたしの喉を引き裂いた。

 消耗するほどの体力なんか使っていないはずなのに、わたしの呼吸は最大級に乱れ。

 動作も。思考も。

 わたしの全部がぐちゃぐちゃになった。

 それほどに、大きな穴があいているのかと見紛うほどに、けいちゃんの体はひどい状態になっていた。

 

「そのご様子、気づいていなかったのですか?」

 

 パニックに陥ったわたしの耳に三行の声が届く。

 

「負傷したのは、当方の膝を受けた時でしょう。このラボへ来た当初から相当にやせ我慢をなさっていましたよ」

 

 違和感はあった。

 声もかけた。

 でも、こんな。

 なってるなんて。

 思わな。

 

「あ、ああ⋯⋯!」

 

 事態を収拾しようと、わたしの頭は手当たり次第に記憶を漁る。

 今まで以上の、情報の奔流。

 冷静な判断が出来なくなったわたしの脳は、だがいくら掘り返したところで自分に怪我を治す手段があるはずもなく。

 ただひたすら、空回りしていた。

 

「混乱の極致でございますね。どうやら本当に気が付いておられなかっ⋯⋯⋯⋯、何ですかそれは」

 

 三行の声色が怪訝なものに変わる。わたしの雑多な思考の中に目を引くものがあったようだ。

 何に気を取られたのか、聞くまでもなかった。

 

「当方の能力を看破して⋯⋯。まさか、独力で答えに辿り着いたのですか?」

 

 吐き出される情報の中には当然、三行の能力についての事も含まれていた。

 ここにきてようやく確証が得られる。頭の中の推測が正しかったと。

 でも、今さら。

 けいちゃんがやられてから。

 正解だとわかったって。

 何にも。

 

「そう、そうでございますね。佩楯様が倒れた今、理啓様に手の内を知られようとどうという事も」

 

 間に、合わなかった。

 

 けいちゃん。

 

 けい ちゃん。

 

「がっ⋯⋯あ」

 

 ふらふらと、伏したけいちゃんに歩み寄ろうとしたわたしのこめかみを、三行の拳が打ち抜いた。

 

「気持ちが悪いですよ。(いびつ)な思考を垂れ流しながら近寄らないでいただけますか」

「ぐぶ、っ」

 

 反対の拳は、わたしの腹部へ。

 お前に近寄ろうとした訳じゃない、と内心で反発する余裕すら、わたしには無くなっていた。

 

「こうも簡単に戦意を失うのなら、先に倒すべきは佩楯様の方でしたね。何をしても決定打にならない理啓様ではなく」

「ご。あが⋯⋯っ」

 

 三行の拳が、足が、混乱の唯中(ただなか)にあるわたしの全身へ容赦無く降り注ぐ。

 

「全く、今日は無駄ばかりでございます。倒す優先順位を間違えた事に始まり」

 

 顔を守ろうとすれば、腹を抉られ。

 腹を守ろうとすれば、顔を打たれ。

 

「佩楯様にかまけている間に手の内を見透かされ」

 

 亀のように丸まろうとすれば、腕の間から割り込んだ拳が、膝が、顎をかち上げ、引き起こされた。

 

「挙句、意気揚々と佩楯様の動きを解析してみれば、常に力学観測(メカニカルサイト)を使用しなければ役に立たない代物である始末」

 

 繰り返す内に抵抗する意思はすり減っていって。

 どんどん、すり減っていって。

 

「本当に」

 

 気がつけば。

 

「どれだけ当方を苛つかせれば気が済むのですか、無能なゴミが」

 

 髪を掴まれ無理矢理頭を上げさせられたわたしの眼前に、三行の顔があった。

 

「あ、うあ⋯⋯」

 

 目の前の顔が歪む。

 

「⋯⋯くだらない。本当にくだらない人間ですね、貴女は。涙を流せば状況が変わるとでもお思いなのですか?」

 

 その歪んだ顔が、鼻の頭がくっつきそうな距離でわたしを罵る。

 

 そんな意図は無かった。

 そんな気力は無かった。

 ただの、感情の漏出だった。

 

 ゴミ。

 三行が何度も口にした侮辱の言葉。

 今だけは、それが嫌と言うほど心を切り刻んだ。

 

 悔しいから、じゃなくて。

 悲しいから、じゃなくて。

 怒ったから、でもなくて。

 

 その通りだと、思ってしまったから。

 

 固めたはずの決意は簡単に軟化して。

 差し伸べられた手に気づきもせず。

 敵の言葉にあっさり惑わされて。

 しかもわたしは。

 わがままに付き合ってくれた親友を。

 自らの体を投げ打ってまで、わたしのわがままに全力を賭してくれた親友の頑張る姿を。

 わたしは、怖がった。

 

「いあ、あ」

 

 ああ、そうだ。

 気づいていた。

 (おび)えている事に。

 だからわたしは。

 親友が倒れるまで。

 全力を使い終わるまで。

 怖い全力を使い果たすまで。

 心の中ですら名前を呼ぶ事が出来なかった。

 呼んだら、あの目が、自分に向くんじゃないかと思って。

 全力で闘ってくれた親友の名前を、呼ぶ事が出来なかった。

 

「うぐ、う⋯⋯っ」

 

 こんな人間。

 ゴミ以外の何でもない。

 

「なるほど。ようやく自覚したと、そういう事でございますか」

 

 わたしの髪を鷲掴んでいる三行が、得心したような満足顔になる。

 

「きひひ。結構な事だと思いますよ。まあ、当方の言う内容と少々のズレはありますが」

 

 しかし、と三行はまた表情を変え。

 

「どのように処断致しましょうか。本来であればそこに転がっている『あれ』と同じく、生涯二度と愚行に及ぶ意思を持てぬようお体に刻むところなのですが」

 

 その言葉が、恐怖心をさらに煽る。

 言う三行の視線が注がれるのは、わたしの口元。

 言葉を忘れ、かちかちと情けない音を立てる事しかしなくなった、わたしの口元。

 

「ぎあっ⁉︎」

 

 火花が散る。

 掴まれた髪を下に引っ張られ、()()()()()()まで落ちた顔面へ膝が叩き込まれていた。

 再び元の位置まで引き起こされ、覗き込まれる。

 

「あが、か⋯⋯」

「これでは不可能でございますしねぇ。はてさて」

 

 三行が、本心は明らかに違うと分かる困り顔を作る。

 途端だった。

 

「うあっ⋯⋯⁉︎」

 

 何かが、もの凄い速さでわたしの体を這い上がった。

 手から胴へ移り、首筋を経由して一気に頭頂部へ登り詰めた『何か』は。

 ざりっ、とか。

 ガシュッ、とか。

 そんなような、聞き慣れない音を鳴らし。

 

「⋯⋯は?」

 

 何が起きたかわからないといった様子で三行が一歩後ずさる。

 ようやく離れた、わたしの髪を掴んでいた手。

 と同時に、掴まれていたあたりから生温かいものが顔に流れ落ちてくるのを感じた。

 

 カツンッ。

 

『何か』が床に落ちる。

 勢いよくわたしの体を駆け上がり、その勢いのまま頭の少し上空にまで飛び上がっていたらしいその『何か』は。

 

 攻撃を受け止めてから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「き。きひ、ひ?」

 

 呆然と、左の手首を見つめる三行。

 自分の包丁に負わされたと思しき裂傷、夥しい出血。

 いったい、何が。

 

「⋯⋯命、中(Bull's eye)

「!」

 

 血を吐くような声が聞こえ、そちらに目を向けたわたしは。

 

「い、伊能江?」

 

 三行の言っていた事が真実だったと知る。

 寝そべったまま、震える痣だらけの手を必死にこちらに向けている伊能江を見て。

 

「⋯⋯お願、い。先輩を⋯⋯」

 

 本当にもう、手を上げるのもつらかったんだろう。

 それだけ言うと伊能江の手は意思に反するようにぱたりと床に落ちる。

 

 でも、伊能江の目は。

 腕を上げる事すらままならない伊能江の目は。

 まるで折れていなかった。

 ⋯⋯何を諦めてる。お前はまだ動けるじゃないか。

 そんな声が今にも聞こえて来そうな目。

 

 や、やめて。

 そんな目で、わたしを見ないで。

 わたしっ⋯⋯。

 

「きひっ。き、きひきひひひひひきひひひひひきひきひひひひィ‼︎」

 

 伊能江の目に気圧されていたわたしのすぐそばで、三行が壊れたような笑い声を上げた。

 

「ゴミが⋯⋯ゴミがゴミがゴミがァッ‼︎ 使えない不良品の分際で当方に何をし、っ⁉︎」

 

 そこで何故か。

 罵声を中断した三行の足が、力が抜けたようにカクンと折れ、膝をついた。

 

「へ⋯⋯気ぃ、失ったとは、言ってねーぞ」

 

 途切れ途切れに聞こえたのは。

 いつの間にか三行の足首を握っていた、親友の。

 一番聞きたかった、ヒーローの。

 

「よお、錏」

 

 脂汗にまみれ、それでもまだわたしに笑いかけてくれる、幼なじみの声。

 

「けいちゃん⋯⋯っ」

 

 ついさっきまで、怖がって呼ぶ事が出来なかった事も忘れ、安堵のあまり親友の名前が口をついて出ていた。

 

「こ、のっ‼︎ 貴女まで邪魔を‼︎」

 

 怒鳴りながら、三行は立ち上がろうとするが。

 

「おーっと⋯⋯まだ立つな、よっ」

「くあ⁉︎」

 

 何をしたのか、わからなかった。

 わからなかったのに、立とうとした三行が勝手にまたバランスを崩す。

 

「ちょい、ヤラシイ事するわ」

 

 這ったまま、けいちゃんがそんな事を言う。

 

「何を、あっ⁉︎ こんな事が、ああっ⁉︎」

 

 訳がわからない。

 わたしの目には、三行が自分ですっ転んでいるようにしか見えない。

 何がどうなって⋯⋯。

 

「まだギリギリ、見える。お前の中の、力の流れ」

 

 ‼︎

 あんな大怪我を負った状態で、まだ能力を。

 

「殴ったりは、無理でも、お前の力を、利用するくらいは出来る」

「まさか⋯⋯これは合気では、くっ⁉︎」

「なんていうのか、知らねーよ。でも、その『流れ』にちょっかいかけて、邪魔してたらさ、稼げる、だろ」

 

 えっ⋯⋯?

 

「錏の痛み、が、おさまる、時間くらいは」

「っ‼︎」

 

 

 けい、ちゃん。

 どうしてそこまで。

 

 

「ごめん、錏」

 

 

 謝らないでっ。

 けいちゃんは何にも悪くない。

 

 

「ほんとにごめん」

 

 

 お願い。

 こんなダメなわたしに、謝ったりしないで。

 

 

「頼りないヒーローで、ごめんな。でも、ちょっともう、動けなそうでさ」

 

 

 お願いだよ。

 何でもするから。

 

 

「だから」

 

 

 けいちゃんの言うこと、何でも聞くからっ‼︎

 

 

「あと、たのむ」

 

 

 ⋯⋯⋯⋯‼︎

 

 

 その一言が。

 わたしにとってどれほどの意味を持っていたか。

 たぶん、誰にもわからないと思う。

 

 いつも助けてくれるけいちゃんが。

 何でもやってのけちゃうけいちゃんが。

『あと、たのむ』って言った。

 

 わたしの心配なんかお構いなし。

 だめだと言っても聞きやしない。

 そんなけいちゃんが。

 初めて、弱音を吐いた。

 

 わたしはこんなにダメなのに。

 どうしようもないゴミなのに。

『あと、たのむ』って、言ってくれた。

 

「⋯⋯、うん」

 

 けいちゃんの一言は、返事をしたその瞬間。

 わたしの中の全てに於いて優先される絶対の命令と判断された。

 

 乱雑に湧き出していた思考が『あと、たのむ』を基軸に整列していく。

 思考だけにとどまらない。

 所作も、動作も、感情も、感覚も、身体も、能力も。

 わたしを構成する全てが『あと、たのむ』を実現するためだけに機能し始めた。

 

「わかった」

 

 さっきまで諦めかけていた人間のものとは思えないような。

 ともすれば、うっすら笑みさえこぼしていそうな。

 そんな声が、思わず口から(あふ)れて。

 

「ん」

 

 それを聞いたけいちゃんが、それでいいと短く返した。

 

 と。

 

「があッ‼︎」

 

 ついに『ギリギリ』の終わりが訪れたんだろう。

 けいちゃんが安堵の表情を浮かべたのも束の間、吠えた三行が。

 

「が⋯⋯」

 

 掴んでいたけいちゃんの頭を蹴り飛ばし、出来た一瞬の緩みをついて手を振りほどいた。

 

「随分と嘗めた真似をしてくれたものですねぇ、佩楯様⋯⋯」

 

 また掴まれてはたまらないと急ぎけいちゃんから距離を取る三行。

 

「ですが、最も腹に据えかねるのは」

 

 ぎり、と感情を代弁するような歯の軋む音。

 

「貴女でございますよ理啓様ァ‼︎」

 

 今までの気取った態度から豹変し、口から泡を飛ばしながら怒りを露わにして。

 震えがくるような怒号と共に叩きつけられる。

 戦車や戦闘機と同格の。

 本物の怪物(レベル4)の、圧倒的な敵意。

 

「一体、何をわかったのでございますか」

 

 室温さえ低下させそうな、底冷えのする声。

 

「当方を倒す、そう言ったように聞こえましたが」

 

 でも、わたしには。

 

「きひぃ。調子に乗った発言を後悔させてあげますよォ」

 

『あと、たのむ』が全てになった今のわたしには。

 ちっとも怖いと思えなくなっていた。

 

「何も出来ないゴミがァッ‼︎‼︎」

 

 何かする暇もなく瞬時に間を詰められ、再開される暴力の雨。

 改めて感じる、絶望的な実力差。

 多少意識が変わったところで、それが埋まるはずもなかった。

 

 言ってみれば、すごくやる気になった程度の変化。

 一度もまともに練習して来なかった者がどれだけやる気になろうが、それだけで野球やサッカーの試合に勝てる道理は無い。

 殴り合いだけが、その例外になる訳がなかった。

 

「どうしました、当方を倒すのでしょう⁉︎ きひひッ‼︎」

 

 漫画や映画じゃないんだ。

 そんな奇跡は起こらないし、まして『隠された力』や『秘めたる能力』が都合良く覚醒するなんて事はもっとあり得ない。

 

「気を持ち直したようですがねェ、所詮素人の足掻きなのですよォッ‼︎」

 

 でも、それでも。

 わたしの気持ちはもう、変わる事はなかった。

 怖い?

 痛い?

 そんなのはいらない。

 必要無い。

 そんな余計な物(かんじょう)を作る余力があるなら。

『あと、たのむ』のために使え。

 それが今の、わたしの全て。

 

「きひィッ‼︎」

 

 暴虐の豪雨が途切れた、と思った時には。

 三行の右手に胸ぐらを掴まれていた。

 左手は、わたしの右手首に。

 

「⋯⋯だ、め!」

 

 伊能江の声が聞こえる。

 

「⋯⋯それ、受けた、ら」

「もう遅いのですよォ‼︎」

 

 勝ちを確信したのか。

 伊能江に罵声を浴びせる三行の笑みがさらに深くなる。

 

「きひひ‼︎ 打撃しか能がないとでもお思いでしたか⁉︎ だとすれば読み違いも甚だしい‼︎」

 

 掴まれた部分をどうしようもない腕力差でぐいぐい引っ張られ、揺さぶられる度にわたしのバランスは覚束(おぼつか)なくなり。

 

「こちらの方が当方の本領、打撃などついでに習得したおまけに過ぎないのですよ‼︎ さて、どうなるか楽しみでございます‼︎」

 

 三行の後頭部が見えた、と思った直後。

 

「二人分の重量を一点に叩き込んだら、理啓様の動きはどれだけ止まるのでしょうかねェ⁉︎」

 

 上下の感覚が消失した。

 

 高速で流れる景色。

 再三再四の緊急事態に、記憶を漁る速度がさらに加速する。

 

 これ、何だっけ

 

 見たことある

 

 テレビで

 

 確か

 

 背負い投げ

 

 背中から落とせば勝ち、だっけ

 

 床が迫ってくる

 

 ⋯⋯床?

 

 何で床が見えて

 

 これじゃ

 

 背中から

 

 落ちな

 

 

 

 ゴガァッッ‼︎‼︎ と。

 引き伸ばされた一瞬の間に浮かんだ疑問の答えは、()()()()床へ叩きつけられた信じられない程の衝撃と共に思い当たった。

 

 二人分の重量を一点に。

 なるほど⋯⋯ね。こういうことか。

 三行の放った背負い投げは明らかに背中から落とすつもりじゃなかった。

 試合ならそれで勝ちなのだろうが、これは試合じゃない。相手に怪我をさせないために作られた決まり事なんか気にする必要はない。

 

 ルールの無い勝負で勝つための。

 相手を確実に再起不能にするための。

 本来の殺傷能力を追求した、命を奪うための投げ。

 

 ああ、失敗したなぁ。

 

 床に叩きつけられた瞬間にわたしの脳はそこまで思考し、そう結論を出した。

 

「ぎっ」

 

 三行がおかしな声を上げる。

 

 そんな声も出るだろう。

 何せ。

 ()()()()()()()()()()()

 

 視界は徐々に元の早さを取り戻していく。

 と同時に。

 

「か、ぐぎぁ! は、裸絞め、っ⁉︎」

 

 ようやく三行は状況を飲み込んだらしい。

 もう遅い。

 

「な、ぜ⋯⋯理啓、様が、っか⁉︎」

 

 わたしの腕をなんとか外そうと抵抗する三行の、訳がわからないという呻き。

 無理もない。

 わたしが()を使えるはずはない。そう踏んでいたんだろう。

 それは正しい。何の努力もしてこなかったわたしに、使える技なんかある訳が無い。

 だからこれは、ただの借り物。

 

 頭から落とすために回転を抑えたせいだろう。わたしの体は覆い被さるように、三行の背中に乗ったままだった。

 ゆっくりだった景色の中、掴まれなかった左腕を動かし。

 三行に巻き付け。

 掴まれた右手は三行自身の流血で滑り、簡単に外れた。

 左腕を捻って手のひらを外側に向け、左手を右ひじの内側で挟み、そのまま右手を三行の頭部へ。

 同時に自分の体を固定するために三行の体に足を巻き付け。

 あとは少し、力を加えて⋯⋯。

 

 それが、わたしのやったこと。

 掘り返した記憶の中で、『あと、たのむ』の実現に最も有効だと判断した行動。

 

 腕力を使わなくても外れない。

 そう聞いた。

 腕力の無いわたしにはうってつけ。

 

 伊能江が必死で作ってくれた、三行の隙。

 けいちゃんが必死で作ってくれた、時間。

 何から何まで、用意してもらった道筋。

 

 ならば、最後も。

 三行を倒す方法も。

 借り物である方が、わたし(ゴミ)には相応しい。

 

「ぎしゅる、ぐぃあっ‼︎」

 

 投げた体勢のままもがいていた三行は、腕を外すのは無理だと判断したのだろう。巻きついたわたしごと立ち上がり、判別不能な雄叫びを発して壁に突進する。

 自分の背中とコンクリートの壁で、わたしを叩き潰そうと。

 激突。

 だがそれでもわたしの腕は外れない。

 やってみて、わかった。

 これは絶対に外れない。

 細かい理屈はわからなくても、腕に伝わる感触がそう告げていた。

 

 痛みを与えればわたしは動きを止める、と決めつけた事。

 それを見越して技をアレンジし、無防備な背中を晒した事。

 それが、()()()()()()()

 

「がひ⋯⋯ぐげぅ⋯⋯‼︎」

 

 三行が、とうとう壁際にへたり込む。

 

「っぎ⋯⋯‼︎ ⋯⋯っ‼︎」

 

 爪をわたしの皮膚に食い込ませ、なおもガリガリと抵抗の音を立て。

 

「⋯⋯か、⋯⋯」

 

 だが、それも次第に力を失くしていき。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 残ったのは。

 わたしの腕の中で沈黙する三行の、微かな痙攣だけになった。

 

 

 

 □□□

 

 

 

「⋯⋯はあっ、はあっ⋯⋯う?」

 

 途切れた。

 何が途切れたのかさっぱりわからないけど、とにかくわたしの中で何かがプツリと途切れて。

 

「えと」

 

 視線を下げると、そこには。

 ピクピクぐったりしている三行の後頭部が。

 

「う、うわわわあっ⁉︎」

 

 巻きついていた腕を慌てて離し、逃げた。

 三行の頭がゴンとか鳴ったけど、とにかく逃げた。

 いやだって怖いし‼︎ 痙攣とか超怖いし‼︎

 何⁉︎ 何がどうなったの⁉︎

 華麗な一目散を披露したわたしは状況を整理するために少しおさらいしてみる。

 別に、記憶がとんだ訳ではなかった。

 無意識だった訳でもないし、ファンタジーな何かに体を乗っ取られていた訳でもない。

 全部わたし自身が考えて、わたし自身がやった事。

 でもさっきまでのわたしは変だった。痛いものを痛いと感じなくて、怖いものを怖いと感じなくて。

 いや、違うな。もっとなんかこう。

 感じる事は感じるけど無視してた、かな。

 とにかくそんな感じで、殴られても投げられても頭は平然としてて⋯⋯。

 で、最後のあれ。

 あれはどう考えても、繚乱家政の入り口のとこでけいちゃんにかけられた、あの時の技だ。

 

『もう、しっかりしてよけいちゃん。情けないなぁ』

『なんだとこのヤロー‼︎』

『ぐえっ⁉︎』

 

 パンチもキックもへなちょこのわたしにも出来る事は、って考えてたら咄嗟にあのやり取りを思い出して。

 何もかも、自分の頭すらも信じられなくなったわたしが頼ったのは、けいちゃんが見せてくれた技だった。

 

 ⋯⋯しかし、ぶっつけでよく出来たなわたし。

 

「あっ⁉︎」

 

 知らぬ間に夢中になっていたわたしは慌てて振り返る。

 こんな事をしている場合じゃない。事態は一刻を争うのに。

 

「けいちゃんっ!」

 

 急いでうつ伏せのまま顔だけ捻ってこちらに向けている幼なじみに駆け寄り。

 

「大丈夫⁉︎」

「ぐ、うう」

「ああ、えと⋯⋯ど、どうしたら!」

 

 でも自分にはどうする事も出来ず、ただ(かたわ)らでおろおろするだけ。

 わたしの能力をけいちゃんに貸せたなら。

 今ほどそう思った事はない。

 

「しこ、ろ」

「えっ! な、なにけいちゃんっ?」

 

 かすれる声に名前を呼ばれ、耳を近づける。

 

「あれは、ちょっと」

 

 は?

 

「絞め落としてトドメ、って。引くわー」

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そ。

 

「そんなの気にしてる場合かぁぁあああああああああああああああッ‼︎」

 

 必死に何を言うのかと思えば、そんな事だった。

 

「いやだって、悪者に勝つ時は、バコーンってぶっ飛ばして気持ち良く勝利! ってのが相場じゃ」

「知らないよそんな相場‼︎ 少年マンガの読み過ぎだよ‼︎」

「⋯⋯エグい(brutality)

「おおい伊能江まで‼︎ 今のわかったからね⁉︎ 英語わかんないけどその顔見たら何言ったか大体わかったからね⁉︎ てゆーかあなた一番重傷者なんだよ⁉︎」

「⋯⋯けぷ」

「うわ血を吐いてまでわたしイジリするんじゃないよお馬鹿さん‼︎」

 

 なんかもう、いろいろヒドい。

 でも。

 伊能江は敵だったはずなのに、わたしはもうそんな風には思えなくなっていた。

 三行を倒せたのは、伊能江のおかげ。

 けいちゃんとわたしももちろん頑張ったが、もしわたし達二人だけだったら無理だったと思う。

 伊能江が能力を使い、三行の包丁で傷を負わせた。

 戦っている最中は気が付かなかったが、今思えばその時から三行は能力を使えなくなったんだ。傷の痛みに演算を阻害されて。

 じゃなかったら、けいちゃんにかけられた技を思い出したのも察知されていたはずだから。

 

「あれ。い、いたたたた?」

 

 二人の無事をとりあえず確認し、ホッとした事で気が抜けたんだろう。三行に食らった背負い投げの痛みが今さら襲ってきた。

 壁と三行にサンドイッチされたのや、その前のタコ殴りされた分までセットで。

 

「ぐわー痛い⁉︎ 全身がめっちゃ痛いんですけどー⁉︎」

 

 痛む部分に手を当てたいが、あまりに多すぎて手の数が全然足りない。

 

「ぷっ。何やってんだよ、あはははは。しまらねーなぁ」

「いや笑い事じゃないんだよマジで‼︎ ほぅああああー‼︎」

「⋯⋯くす。変なの」

 

 それでもどうにかならないかと床を転げ回って悶絶するわたしを、けいちゃんはおろか重傷の伊能江まで笑い出す始末。

 

「あっははは⋯⋯いてて」

「けいちゃん⁉︎ もう! 怪我してるのに笑ったりするからっ!」

「錏が笑わせるからだろー?」

「笑わせようとした訳じゃないよ‼︎」

「えー、してたよなー?」

「⋯⋯ねー」

「連携するなそこの怪我人ふたり‼︎ 全然してないから‼︎」

「まあまあ錏、まあまあ」

「⋯⋯まあまあ」

「まーまーまーまーうるさいよ‼︎ ああもう、何なんだコレぇ⁉︎」

 

 まったく、さっきまでの張り詰めた空気はどこへ行ったんだろうか。

 でもまあ、これくらいの扱いがわたしにはお似合いなのかもしれない。

 と。

 

「さぁて。よっ、いででで‼︎」

「ちょっ、何で立とうとするの⁉︎ あ、危なっ‼︎」

 

 突然立ち上がろうとして、しかしやはり相当痛むのか、ぐらつくけいちゃんの体を慌てて支える。

 

「だ、ダメだよ! もう少し休んでなきゃ!」

「そんなゆっくり、してられっか」

 

 息は荒れ、また脂汗の滲み始めた弱々しい笑顔がわたしを見つめる。

 

「雪平を連れて、早く帰ろう、ぜ?」

「あ⋯⋯」

 

 本当に。

 この幼なじみはどこまでかっこいいんだろう。

 ただ立つだけでもこんなに辛そうなのに、人の心配ばっかりして。

 

「うん、そだね」

 

 これがヒーロー。

 自分の事は二の次で、誰かを助ける事が第一。

 やっぱり、わたしなんかとは全然違うなぁ⋯⋯。

 

「ところで錏、その、いいのか」

「え、何が?」

 

 と、改めて親友のすごさを確認していたわたしから、何故だか赤くなった顔を背け、けいちゃんがそんな事を言う。

 いや、ここで赤くなる理由がわからないんだけど。

 

「あー、えと。み、見えそうだけど」

「見えそう?」

 

 

「その。む、胸が」

 

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

 

「ひにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」

 

 な、なんで⁉︎ なんで服が破れてるの⁉︎ しかもお腹から肩あたりまで盛大に‼︎

 

「いっ‼︎ いいいいいつからっ⁉︎」

 

 三行がやった⁉︎ いやでもずっと注意を向けてたし気づかない訳がない! てゆーかこれ破れたっていうより刃物で切られたって感じが⋯⋯⋯⋯、刃物?

 

 気が付いた。

 この場にある刃物なんてひとつしかない。

 わたしはギギギギと油の切れた機械みたいに振り返り。

 

「⋯⋯伊能江サァン?」

 

 容疑者に尋ねる。

 

「⋯⋯てへ」

「オイてへじゃねぇぞこのヤロウ‼︎‼︎」

 

 その一言が、全てを物語っていた。

 伊能江の能力によって三行の包丁が体を這い上がった時、わたしの服まで一緒に切り裂いたらしい。

 わたしの中で、伊能江の立場が容疑者から下手人へとレベルアップした。

 

「⋯⋯だいじょぶ」

「何が⁉︎ 何が大丈夫なの⁉︎ わたし今にも恥ずか死にそうなんだけどっ⁉︎ 減るもんじゃないとかそんな問題じゃないからね⁉︎」

 

 必死で体を隠すわたしに、伊能江はこんな慰めの言葉をくれた。

 

「⋯⋯減るもんじゃないというか、減るもんが無い?」

 

 

 

 ぷっちーん。

 

 

 

「それはぺたんこだって言いてぇのか良い度胸してやがんなテメェ‼︎」

「錏落ち着け⁉︎ 相手は怪我人! 怪我人だから‼︎ な⁉︎」

「⋯⋯まあまあ」

「まーまーやメろやボケがぁァあアアああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」

「しころー⁉︎」

 

 ⋯⋯とまあ。

 けいちゃんの言うとおり、全然しまらない感じになってしまったけど。

 とりあえず三行の脅威はなんとかなった。

 でもわたしの気持ちは、晴れやかとは言い難かった。

 今回の事で山ほど見つかった、わたしの課題。

 そもそも心の持ちようからしてけいちゃんとは全然違っていた。

 怪我を負っても諦めない人間と、絶対に怪我をしないのに諦めようとした人間。

 今のままでは、隣に立つ資格なんか無い。

 一緒にいられたのは、優しいけいちゃんが甘やかしてくれているからだ。

 このままでは、いつか愛想を尽かされる。

 ゴミと一緒にいたい人間なんていないんだから。

 何より自分が、今の自分を許せない。

 まあ、それは今はいい。

 とにかく今は、早く雪平さんを連れて帰る。

 それだけだ。

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