とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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2話 怪我しないだけなら良い能力なんだよなー

 

 いやだ。あつい。いたい。こわい。

 こんな事になるなら、能力なんか欲しくなかった。

 

 真っ赤な光景が目の前に広がっている。

 たったひとつしかない出入り口はとうに熱で変形して開ける事ができない。

 小学生のわたしは、どうする事も出来ずに立ち尽くしていた。

 

 周囲は炎で取り囲まれている。

 いや、それは正確ではないか。

 部屋の中は完全に炎で埋め尽くされていて、わたしの体にまでまとわりついている。

 

 ああ、まるで川の中に沈んでるみたい。

 火って、勢いがすごいと上に流れる水みたいな感触になるんだ。

 何もできないわたしは、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

 こんな状態では誰も助けに来られないだろう。

 そんな事をすれば、自分も炎にまかれてしまうだろうから。

 

 さっきから、呼吸が苦しい。

 部屋の中の酸素はもう全て炎に飲み込まれてしまったんだろう。

 それに、息をする度に炎が肺まで入り込んできて体の中からも炙られている。

 このまま炎を吸い込んでいると、わたし自身も炎になってしまうのではないかという錯覚にとらわれる。

 

 ⋯⋯ふと、声が聞こえたような気がした。

 炎がたてる轟音のせいで耳までおかしくなってきたのだろうか。

 こんな状況では誰も助けに来られるはず無いのに。

 わたしはまだ都合良く助けてもらえると無意識に思っているらしい。

 そんな甘えた自分の心に嫌気が

 

「⋯⋯っ‼︎」

 

 今度ははっきり聞こえた。

 何を言っているのかまでは聞き取れなかったが、明らかに人の声だった。

 ありえない。こんな火の海に入ってくるなんて。

 

「どこだっ⁉︎ 返事して‼︎」

 

 この声。

 そんな、まさか。

 

「けいちゃん⋯⋯? なにしてるの⁉︎」

「しころっ⁉︎ よかったぁ、まだ生きてた!」

「けいちゃん早くにげて‼︎ こんなとこにいたらけいちゃんまで⋯⋯」

「いいからちょっとドアからはなれてて‼︎ ぶっこわすから‼︎」

「ダメだよあぶなっ⋯⋯⁉︎」

 

 ドゴォッ‼︎

 

 とんでもない音を立て、熱で変質していた扉は粉々になって吹き飛んだ。

 しかし、部屋の中は火の海。

 そんな状態で扉が無くなれば。

 

「うわあっ⁉︎ なんで火がっ⁉︎」

 

 炎は酸素を求めて一気に噴き出してしまう。

 これでは、せっかく壊した扉もくぐる事は出来ないだろう。

 ()()()()()()()

 

「けいちゃん⋯⋯」

 

 しかし長時間炎の中にいたせいか、うまく足が動いてくれない。

 仕方なく、ゆっくりと部屋の外へ出る。

 

「しころっ‼︎ だいじょうぶ⁉︎」

「うん、なんとか」

「よし、じゃあすぐここからにげ⋯⋯」

「ダメっ‼︎」

 

 握られそうになった手を慌てて引っ込める。

 

「⋯⋯しころ?」

「行こうけいちゃん、はやくにげないと」

「あ⋯⋯うん。よし行こうっ!」

 

 わたし達は駆け出した。

 炎のトンネルの先に見える校庭を目指して。

 

 ごめんね、けいちゃん。

 まだわたしの身体の事を話す決心がつかないんだ。

 いつかちゃんと話すから。

 だから、もう少しだけ待っててね。

 

 

 □□□

 

 

 あっついなー、今日も。まだ夏休み前なのになぁ。

 汗で髪の毛が張り付いてくる。こんなに長いとじゃまだー。アップにしたらスッキリするかな?

 あれ、うー、やった事無いからやり方わかんない。くそぉ。

 誰かヒマじゃないかな? 来てくれないかな? 無理だよね。平日だもんね。

 あー、早く来ないかなぁ夏休み!

 そしたらみんなと遊べるのに!

 

 わたし、理啓(ことひら) (しころ)はそんな事を考えながら一人でとぼとぼ歩いていました。

 今日は平日。学生はみんな授業を受けている時間なので、こんな昼間から出歩いてるのはわたしくらいしかいないと思います。

 なんで学校にも行かず、こんな所でぶらぶらしているのかというとですね。

 

 

 

 わたしはこないだまで、でっかい研究所と一緒になってる中学校に通ってました。

 その学校は学園都市の中でも、まだあんまり解析が進んでないような能力を持った子供を集めて研究する事に力を入れている学校で。入学する時に難しい試験を受けなきゃいけないとかは無いんですけど、生徒はみんな能力の研究に協力するっていうのが条件になっていました。

 だから放課後は、ほとんど毎日研究所に行って実験ばっかり。学校から出される宿題もやらないといけないので、本当にバタバタした毎日を送っていました。

 忙しかったけど、研究所の人は優しかったし、けっこう充実してたなぁ。

 

 そんな生活にもだんだん慣れてきた7月のある日。いつものように研究所に行くと、わたしの能力を研究してた人から突然こう言われたんです。

 

『今のところ、これ以上あんたの能力は研究できそうにないねー。能力を利用できそうな所も無いしねー。他の研究をしないと予算がもらえないのよねー。ってことで二学期から違う学校に行ってもらうからねー。じゃあねー。あ、また用が出来たら連絡するねー』

 

 ひどくないですか⁉︎ 突然の転校ですよ!

 いや、ちょっと前から休憩時間がやたら増えた気がするなー、とは思ってましたけど、だからって何の前触れもなく転校になるなんて思わないじゃないですか!

 しかも次の日職員室に行ったら新しい学校の紹介パンフレットとか編入試験の出題範囲が書かれたプリントとか手続きに必要な書類とかどっさり渡されて、

 

『これやっといてくださいね』

 

 って先生に言われて終わりですよ!

 やっといてくださいねだけ⁉︎ 普通ならもっとなんかあるよね⁉︎

 でも先生的には本当にそれでもう用は無いらしく、今日授業は? とか、書類の書き方は? とか、先生手伝ってくれないの? とか質問する間も無く、さっさと職員室から追い出されたんですよ⁉︎

 

「ううー⋯⋯」

 

 わたしは職員室のドアの前で、しばらく立ち尽くしました。

 今までこの学校であった色んな事がぐるぐる頭の中で回りはじめます。

 ーーやたら緊張した自己紹介。

 ーー初めてクラスの子に誘われて一緒に食べたお弁当。

 ーー危うく推薦されかけたクラス委員決め。

 ーー休みの日に行った人生初のカラオケボックス。

 ーーあんまり話してなかった子とちょっと仲良くなれた雨宿り。

 ーーみんなにサプライズされた誕生日。

 

 そんな記憶が、ぐるぐる、ぐるぐる。

 先生ひどいです。やっとクラスの子たちと仲良くなってきてた頃だったし、ちゃんとお別れのあいさつとかしたかったのになぁ。

 しかもその帰り道ではトラックに吹っ飛ばされるし、もう散々な1日でしたよ!

 ⋯⋯いやまぁ、トラックに()かれたのは転校と関係無いことを考えて現実逃避しようとボーッとしてて道路に飛び出した自分が悪いんですけど。

 あっ、あの後めっちゃ怒られたんですよー。なんか呆れ顔した警備員(アンチスキル)さんに。お説教は仕方ないにしても、あの表情は何だったんですかね?

 でも、嫌なことばっかりって訳でもなかったんです。

 このまま落ち込んでても仕方ないと無理矢理言い聞かせて、でも切り替えきれず途方に暮れながら帰ってる途中、クラスの子達から連絡が来たんですよ。

 

理啓(ことひら)さん転校するんだってね。さみしくなるなぁ』

『新しい学校に行っても連絡しなよ?』

『次の学校で友達が出来たらさ、その子も連れて遊びに行こう!』

『あの、大変だと思うけどがんばってね』

『かわいい子がいたら紹介してください』

 

 そんなメールが次から次へと!

 みんないいヤツらだなぁ。短い間だったけど、みんなと同じクラスになれて本当に良かった⋯⋯。一部バカ野郎がいるけど。

 みんなからのメッセージ読んでたら、もー落ち込んでた気分が一気に切り替わりましたよ。

 で、とにかくやらなきゃ! と思ってその日帰ってから必死でテスト勉強に専念しました。埋もれてた問題集を引っ張り出して、うんうん唸りながら。

 こんな公式習ったっけ⁉︎ とか、英語なんて読めないよわたし純日本人だよ⁉︎ とか、解の公式なんか日常で使わないでしょ⁉︎ とか、いとおかしくねぇよバカヤロウ‼︎ とか、どれだけ魂の叫びを発した事かっ‼︎

 研究所に行って実験ばっかりしてたから、あんまり成績って今まで気にしてなかったんですよね⋯⋯そういう校風の学校でしたし。

 でも、そんな血のにじむような努力の甲斐あって、わたしはなんとか編入試験に合格できました! やったよみんな‼︎

 

 しかし、試験に合格したからって安心はできません。次は手続きに必要な書類を用意しないといけなかったんですけど、むしろこっちの方が大変でした。何しろ書類なんて物を今まで自分で書いたことなかったんですから。

 だってわたし今年の3月まで小学生だったんですよ⁉︎ 書類の書き方なんて知ってる訳ないじゃないですか‼︎ ええもう、すぐさま職員室に討ち入りじゃーしましたよ!

 でもその時の先生の鬱陶しそうな顔といったらひどいもので、もう夢に出てきそうなほど歪んでました。

 なんでそんな『うわ害虫見つけちゃったー私がいる時に出てくるなよ処理しないといけなくなるじゃない』みたいな顔するの⁉︎ 手続き終わってないんだから、わたしはまだあなたの生徒ですよ先生⁉︎

 必死で先生にすがりつき、他の先生達から怪訝な表情で見られながらも何とか書類を完成させました。まったくひどい先生です!

 でもこれでやっと終わりです。ついにわたしはやり遂げたんですっ‼︎

 心の中で万歳三唱していたわたしに、先生は凍てついた鉈のような言葉を振り下ろしてきました。

 

『あとは役所に行って必要な書類を揃えて提出してくださいね』

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 聞き間違い、ですよね?

 だって今書類は書き終わったじゃないですか。あははははそんなばかなまだしょるいじごくがのこってるなんてあるわけないですよいやだいきたくないやくしょなんかいきたくないいきたくないですよやめてやめてやめてやめて。

 ⋯⋯気がついたら、わたしはまた職員室の外に出されていました。役所でもらう書類の一覧表を持たされて。

 

 翌日、わたしは重い足取りで役所に行きました。

 またあの地獄が待っていると思うと、今すぐ引き返してうちで布団をかぶってうずくまりたい衝動にかられます。

 だめだめ‼︎ がんばるってみんなと約束したんだ‼︎ 絶対今日で終わりにするんだっ‼︎

 わたしは覚悟を決めて役所の扉を開きました。

 

 ⋯⋯広い、空間でした。

 

 向かうべき方向がわかりません。

 あっという間に決意が揺らぎ、不安で足がすくみます。

 どうすればいい⁉︎

 わたしはどこに向かえばいいんだ⁉︎

 恐怖と闘っていると、横合いから突然声がかかりました。

 

『どうしましたかー?』

 

 そこには、柔らかな笑顔を(たた)えた女性が。

 あ、なんか⋯⋯この人優しそう。

 わたしは吸い寄せられるように、ふらふらとその女性の方へ歩いていきます。

 と、とりあえずこの一覧表を渡せばっ!

 

『あのっ! こっこここれなんですけけど⁉︎』

 

 しまった声が勝手にラップ調に⁉︎ ヤバいヤバいヤバいまたあの害虫を見るような視線が飛んできちゃうっ‼︎

 あまりの恐ろしさにカタカタ震えていると、お姉さんはわたしと頭が同じ高さになるように前かがみになり。

 

『役所に来るのは初めてかな? じゃあ緊張しちゃうよねー。大丈夫、わたしがちゃんと案内してあげるから。ここに書いてある書類が必要なのね?』

 

 そこにはわたしが想像していた表情なんて微塵もなくて。

 さっきまでと同じように、優しい笑顔のままです。

 ああ、そっか。

 この人は女神さまなんだ⋯⋯。

 わたしは、暖かいものが胸に染みわたっていくのを感じていました。

 

 それから、女神さまと一緒に役所内をまわり、わたしがちょっと書き方に困るとすぐにアドバイスしてくれて。気がつけばものの30分ですべての書類がわたしの手元に集っていました。

 こ、これは奇跡ですか⋯⋯?

 偉大な奇跡を目の当たりにしたわたしは涙ながらに感謝を女神さまに伝えた後、大きな感動を胸に役所をあとにしようとしました。

 その時、後ろから声が。

 

『気をつけて帰るんだよー』

 

 振り返るとちょうど扉が閉まるところで。

 もう、彼女の姿を見ることはかないませんでした。

 ⋯⋯女神さま、本当にありがとうございます。

 もう姿の見えなくなった奇跡の女神さまに、わたしはもう一度精いっぱいの最敬礼を捧げました。

 そして、ついに、本当に、今度こそ! わたしはやり遂げたのです‼︎ この成果を持って新しい学校に行けば、もうわたしを苦しめるものは何もないのです‼︎

 本当にがんばったよう⋯⋯。

 

 次の日、早速新しい学校に書類を持って行くと、わたしが通うことになるクラスの担任の先生とついでに面談しようよってことになったんですけど、

 

『試験と手続き、お疲れ様でした。大変だったでしょう? 手続きは終わったけど、時期も中途半端だし登校するのは二学期からにしようね』

 

 なんて言っていただきましてですね!

 いやーこの先生すっごく優しい! アノ先生とは大違いだよ!

 こんな先生が担任だっていうんだから、新学期から楽しみだなー。これもがんばったわたしへの、女神さまからのご褒美なのかなぁ?  明日からいっぱい遊べるぞー!

 と、ウキウキしながら帰ったのでした。

 

 でも有頂天になっていたわたしは、気づいてなかったんです。

 

『あれ? みんな学校だよね。遊ぶって、わたし1人ぼっちじゃない?』

 

 そうなのです。

 わたしはヒマになるけど、友達はみんな平日だから学校に行ってて、放課後まで遊べるわけが無いのです。

 なんですぐ気づかなかったんだわたしっ! 面談の時に気づいてたらすぐ学校に通えたかもしれないのに! まったくもー! うわああぁぁぁぁん‼︎

 

 

 

 そんな訳で。

 一人ぼっちですることも無いので、真っ昼間からぶらぶらしてたのです。

 ⋯⋯回想長いですね。すみません。色々たまってたもので。はぁ。

 周りを見渡しても、いるのはお店の店員さんとかサラリーマンみたいな人がちらほらいるだけで、学生の姿なんて全然見当たりません。

 いや、いたところで知らない人だろうし状況は変わらないでしょうけども。

 

「ぬあー! ひーまーだーよーっ!」

 

 とうとう声を上げてしまった⋯⋯。あ、マズイ。サラリーマンのお兄さんがこっち見てる。うわー絶対変なコだと思われたよ! ただでさえこんな時間に学生が出歩いてるのはおかしいのに、そいつがいきなり叫びだしたらめっちゃ怪しいもん!

 わたしは、『あはは〜』と意味無く笑いながらちょっと早足で立ち去りました。少し歩いて、曲がり角を曲がったところで振り返り、さっきのお兄さんから見えなくなったか確認します。

 ⋯⋯よし、もう大丈夫かな。

 でもホントに何をしたらいいんでしょうね。一人で出来そうな暇つぶし、んー。

 立ち読み? うーむこないだ読んでる本の新刊買う時に大体見て回ったからなぁ。

 喫茶店とか入ってみる? 一人で入ってもあんまり暇つぶしにならなそう。

 じゃあゲーセンとか? いやいやまずゲーム全然できないよわたし。

 なら買い物? ダメだよ。こないだ友達とセブンスミスト行って迷子になって風紀委員(ジャッジメント)の人に迷惑かけたばっかでしょ。またやらかしたら今度は怒られるだけじゃ済まないよ? きっとグーとかパーとか飛んできてぶっ飛ばされ

 

 ズドンッ‼︎

 

「痛った⁉︎」

 

 気づいたらわたしは宙を舞ってました。

 なんかぶっ飛ばされた‼︎ なんで⁉︎ 迷子じゃないのに‼︎ あれ、実は自覚が無いだけでもう迷子になってたのかな? 迷子は自分が迷子だと思わないって言うよね。いやいやそんな訳ないよ! ここうちから歩いて10分くらいのとこだよ⁉︎ あっ、あのお店のハンバーグ美味しそう近所にこんなお店があったなんて知らなかったよ今度行ってみ

 

 ずべしゃっ。

 

 なんだかよくわからない方に思考がお出かけしそうになったところで着地。

 ⋯⋯痛いよぉ。

 

「やほー(しころ)! こんなとこで何やってんの?」

「けいちゃん⁉︎ どこから出てきたの⁉︎ なんで叩いたの‼︎ まだ迷子になってないよ‼︎」

「迷子? え、何の話?」

「もー‼︎ けいちゃんが本気で叩くと笑えないくらい痛いからやめてっていつも言ってるのに‼︎」

「フッ。私の本気の攻撃を受け止められるのは錏だけだよ」

「受け止めたくないよ⁉︎」

 

 ⋯⋯この歩くバイオレンスは、わたしの小学校からの友達の佩楯(はいだて) 勁弧(けいこ)ちゃん。けいちゃんって呼んでます。

 中学からは別の学校になっちゃったんですけど、今でもしょっちゅう遊んだりしてます。

 そうそう、実は新学期から通う学校は、このけいちゃんがいる学校だったんですよ! それを知った時にはもう飛び上がるほど嬉しかったです。また同じ学校になるなんて。えへへー。

 ⋯⋯でもちょっと心配な事もあります。

 けいちゃんは今みたいな感じでいっつもバシバシ叩いてくるんですけど、もともと体育会系ですごいパワーなのに、その上わざわざ肉体強化の能力まで使って全力で叩くんです。

 ほんとにとんでもない威力なんですよまったく!

 

「そんなプリプリするなって。錏はこのくらいじゃ怪我したりしないでしょ?」

「だからって叩くなっ! けいちゃんの全力はめっちゃ痛いんだよ⁉︎」

「えー、だって私レベル1だよ? そんな大したことないって」

「大したことなくないよ! この前だって、ナンパしてきた人がしつこいって言って自動車ごとひっくり返してたでしょ⁉︎ あの後風紀委員(ジャッジメント)の人がいっぱい来て大変だったんだよ⁉︎ なのにけいちゃん1人だけ逃げて‼︎」

「あはは〜」

「なんで笑った⁉︎」

 

 こうやって、いくらわたしがやめてって言ってもちっとも聞いてくれません。同じ学校になったら休み時間になる度にわたしをフライハイしに来そうで今から怖いです。

 あ、ちなみにけいちゃんは肉体強化のレベル1なんですけど、ちょっと変わった能力です。

 力学観測(メカニカルサイト)っていう能力で、詳しいところまでは知らないんですけど、簡単に言うと『目を強化することで、力の流れが見える能力』らしいです。いろんな『力の流れ』を見て、それがうまく伝達するように体を動かしたらすごいパワーになるんだーって言ってました。でも能力自体は視覚の、それも一部だけしか強化できない、ただ『力の流れが見える』だけの能力だからレベル1なんだそうです。

 ⋯⋯素手で自動車ひっくり返すのに。

 

「あれ? そういえばけいちゃんはなんでここにいるの?」

「錏がトコトコ歩いてるのを見つけたからちょっと驚かせようと思ってさー。びっくりした?」

「したよ‼︎ それはもう‼︎ いきなりあんな大ジャンプさせられてびっくりしない訳ないでしょ⁉︎ じゃなくて、けいちゃん学校は? まさかサボったの⋯⋯?」

 

 叩かれたお返しに冷たい目で見てやります。

 

「待てコラ。勝手な憶測で人をジト目で見るんじゃない。もう学校は終わったんだよ」

「え、こんなに早く? なんで?」

「今テスト期間中だから」

「あーそっか。もう期末テストの時期だもんね」

 

 最近それどころではなかったので、すっかり忘れてました。

 

「まったく、忘れてられるのが羨ましいよ。転校するからテスト受けなくていいんだもんなー。あーあ、テストなんか無くなんないかな」

「けいちゃんはテストの度にそれ言ってるねー」

「だってテストとかマジで嫌いなんだよ。あー、私も錏みたいにのんびりしてたいなー」

「むっ。わたしだって大変だったんだよ? 編入試験とか転校の手続きとかでもうバタバタだったもん!」

「ふーん、そーなんだ」

「本当に‼︎ すごく‼︎ バタバタだったもん‼︎」

「う、うん。そっか。えーと、なんかゴメン」

 

 わたしの真剣な雰囲気を感じ取ったようで、けいちゃんはちょっと後ずさりしました。

 

「わかったならよし! けいちゃんもちゃんとテスト勉強するんだよ?」

「はいはい大丈夫だって」

「本当に大丈夫かなぁ」

 

 怪しむわたしの頭を、大丈夫大丈夫〜とか言いながらポンポンしてきます。

 

「⋯⋯むぅ」

「なにむくれてんの? ほれよしよーし」

「なでるなぁ‼︎ さっきから子ども扱いしてるでしょ⁉︎」

「えー? してないよー」

「してるよっ! プリプリとかトコトコとかよしよしとかっ‼︎」

「だって錏ちっこいからしょーがないじゃん」

「あっという間に開きなおるなっ‼︎ ひどいよけいちゃん!」

「でもちっこいっしょ?」

「ちっこくない‼︎ ⋯⋯こともないかもだけどさぁ」

 

 けいちゃんは同学年でも背が高い方で、わたしとは頭ひとつ分くらい違います。よく高校生に間違われるので、ナンパされることも少なくないです。まあ勘違いしてナンパした人は大体悲惨な目にあう事になるんですけども。しかも運動神経抜群で走るのも早いんです。くそー。

 そんな事を考えていると、けいちゃんはわたしの頭と同じ高さになる様に前かがみになります。

 ⋯⋯ん? なんかこれ既視感が。

 

「そういえば全然身長が伸びないよなー。今どのくらいよ?」

「え⁉︎ えと、132せんち⋯⋯」

「うわマジで全然変わってない。こんなに身長を気にしてるのに⋯⋯」

「あわれむなー‼︎ そういう能力なんだからしょうがないのっ‼︎ けいちゃんも知ってるでしょ⁉︎ まったくもー‼︎」

 

 わっざとらしく悲しい顔を作るけいちゃん。

 わたし達は小学校に入学してすぐ友達になったし、能力のことで相談とかしてたから良く知ってるはずなのに、けいちゃんはいつもからかってくるんです。

 身長の事はけっこう真剣に悩んでるのでたまにムカッとする事もあります。でも、こんなかけ合いも楽しいなって思ってる自分もいたりするのが悩みどころです。

 

「⋯⋯能力は相変わらず自分で制御できないの?」

 

 能力の話が出た途端、けいちゃんは心配そうな顔になってわたしを覗き込みました。

 相談したのはもうずいぶん前の事なのに、ちゃんと憶えててくれて、こうやってわたしがまた不安になったりしてないか心配してくれるんです。⋯⋯背が伸びないのも能力が原因なので、その辺も気にしてくれると言うこと無いのですが。

 

「ん? できないよー。未だに発動しっぱなし」

「そうなんだ⋯⋯。身体の調子はどう? なんか不具合が出たりしない?」

「全然平気だよー? むしろ調子が悪くならなくて困ってるかなぁ。髪の毛切れないし」

「あ、それ困るな。ショートの私には耐えられんかも」

「ふふっ。そだねー」

 

『良くも悪くも絶対に傷つかない能力』

 それがわたしの、レベル3の健康過剰(インヴァリアブル)という能力です。ちょっと補足すると、少しだけ神経の伝達が強化されてます。

 走って転ぼうが、刃物で刺されようが、鉄砲で撃たれようが、怪我をすることはありません。けいちゃんには心配をかけたくないので内緒にしてますが、この前トラックにはねられた時に何ともなかったのはこの能力のおかげです。

 ⋯⋯強化された神経のせいで、痛みはむしろ強く感じるんですけどね。すっごくひりひりしましたし。

 だからあんまり叩かないでねけいちゃん。

 

「怪我しないだけなら良い能力なんだよなー」

「ねー」

 

 わたしの身体は、能力が今のレベルに達した時からほぼ全く変化しなくなりました。研究所の人がいうには、細胞の分裂もほとんど停止しているそうです。

 傷つく事がないと聞けばいい事のようですけど、実はけっこう困る事も多いです。

 今のレベルになった頃、髪が腰のあたりまで伸びていたのでそろそろ切ろうかと思っていたんですが、その時にはもう体全部が能力の影響下にある状態になっていたので、いくらハサミを入れても全然切れなくなってしまっていました。なので、少しだけ赤っぽいわたしの髪は今でもほったらかしで背中で揺れてます。

 細胞分裂が止まっててほとんど変化しない状態なので、これ以上伸びる事は無いのが救いでしたけど。

 

「あ、あとその身長も私には耐えられんわー」

「うるさい‼︎ 身長の事はほっといてっ‼︎」

 

 もうひとつ困ってる事をあげると、どんなにがんばっても身体が発達しないんですよね。

 筋肉とか骨とかって、年齢とともに成長したり運動して傷ついたら前より強く大きくなって再生したりするじゃないですか。でもわたしの身体は傷つかないから、当然再生して大きくなることはないです。しかも細胞分裂もほとんど止まってるから、何年たってもこれ以上成長しません。

 ⋯⋯おかげでわたしは、身長も筋力も小学生の頃から全然伸びていないのです。うぅ。

 実は、わたしの能力はまだよくわからない事が多いんですよねー。

 運動能力のテストとか、X線やMRIの撮影とか、初めのうちは順調に実験が進んでたんです。

 でも、もっと解析するには身体の組織を少し取って調べてみないと、って段階になった時に問題が起きました。

 そう。組織を採取できないんです。

 傷つかない能力がジャマして、髪の毛一本、細胞一個も採る事ができなかったんです。

 研究所の人も、色んな機材や方法を使ってがんばってくれたんですが、結局それ以上は何も解析できませんでした。

 だから転校することになっちゃったんですよねー。能力の研究がメインの学校なのに、全然研究が進まないヤツがいると困る! って事で。

 あ、これも能力のせいで困った事ですね。

 

「まったくけいちゃんはっ‼︎ ⋯⋯はぁ。昔はけいちゃんと身長同じくらいだったのになぁ」

「あー、そうだったね。小3までは身長順で並ぶ時いつも隣だった」

「それがけいちゃんだけぐんぐん大きくなって。今じゃ、くっ‼︎」

「あ」

「ん? どうしたの?」

「いや、ちょっと思い出したんだけどさ」

「うん」

「そういえば『あの時』、なんで錏は手を引っ込めたのかなー、って思って」

「⋯⋯⋯ああ、あれかぁ」

 

 小学生の頃の話です。

 ある日、わたし達が通う学校が火事になりました。

 わたしだけ逃げ遅れてしまって、燃え盛る教室の中で途方に暮れていたんです。

 ドアは熱で変形して開かないし、わたしの力では壊す事もできない。

 炎はどんどん勢いを増して、すぐにわたしを飲み込んでしまいました。

 そんな状況でも、わたしは能力のおかげで生きていたんです。

 当然、炎の中は凄く熱くて、苦しくて、痛くて。

 

(⋯⋯あれは本当にキツかったなぁ)

 

 体は無事でも、わたしの心はガリガリ削られていきました。

 そんな時、けいちゃんが助けに来てくれたんです。

 炎の中を駆け抜けて、たった一人で。

 でもわたしが感じたのは、嬉しさではなく困惑でした。

 こんな所にいたらけいちゃんが死んでしまう! そう思って、早く逃げてって言ったんです。

 でもけいちゃんは、そんな事はお構いなしで扉を蹴破ってわたしを助け出そうとしてくれました。

 その時、けいちゃんがわたしの手を取って連れ出そうとしたのですが、咄嗟に手を引っ込めてしまったんです。

 

「あの時の錏、なんかちょっと様子が変な気がしたんだよね。だから印象に残ってる」

「あー、そんなに大した事じゃないんだけどね」

「なんで手を引っ込めたのよ?」

 

 少し、返事に困りました。

 その理由を言うなら、今まで言ってなかったことも話さないといけなくなります。

 

「えー、っと」

 

 大丈夫かな?

 気持ち悪いと思われないかな?

 わたしの能力のことも知ってるんだし、今の雰囲気ならきっと大丈夫、だよね?

 

「⋯⋯けいちゃんが危ない、って思ったんだ」

「私が危ない? どういうこと?」

 

 わたしは決心しました。

 言ってしまおう。洗いざらい話してしまおう。

 けいちゃんに隠し事してるのは、もうつらいから。

 

「あの部屋でね、わたしは炎の中にいたの」

「⋯⋯そうだろうだね。部屋中が燃えてたんだし」

「たぶん、けいちゃんが今想像してるのとは違うと思う」

「は?」

「けいちゃんが想像したのって、壁とか棚とかに火がついて『炎に囲まれている』って状況じゃない?」

「⋯⋯まあ。壁も天井も焼けてた、って聞いたし」

「あの部屋の中は、もっと炎が凄かったんだよ。部屋の隅々まで埋め尽くされてた」

「え⋯⋯?」

 

 驚いた顔になるけいちゃん。また少し不安がこみ上げてきます。

 でもそれに構わず、わたしは続けました。

 

「火が無い空間なんか全然無かったから、わたしは本当に『炎の中』にいたの。すごく熱いし、酸素が無くなって苦しいし、息を吸う度に火が肺まで入ってくるし」

「⋯⋯⋯⋯」

「それで、ふと思ったの。そんな状況だったんだから、わたしの身体もかなり熱くなってるんじゃないかなーってね。実際、外に出て水をかけられた時にジュージュー音を立てて蒸発してたし。たぶん焼けた鉄みたいにすごく熱くなってたんじゃないかな?」

 

 なるべく普通に、心の中の緊張を表に出さないように、けいちゃんに話しました。

 できるだけ軽い感じで。あんまり重い雰囲気にならないように。

 

「でも、本当に気づいて良かった。けいちゃんにヤケドさせずに済ん⋯⋯」

 

 そこで。

 さっきからやけに静かなけいちゃんを見上げたわたしは、見てしまいました。

 

「えっ? あの、ちょちょっとけいちゃん⁉︎」

 

 驚いた表情のまま流している、ひとすじの涙を。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 こ、これは一体どういう状況?

 なんでけいちゃんは返事をしてくれないんでしょう。

 やっぱり気持ち悪いと思われたのかな。

 嫌な気持ちに、させちゃったのかな。

 

「えっと、けい」

「ごめん」

「⋯⋯へ?」

 

 いきなり、謝られました。

 

「ごめんな、辛かったよな? くそっ、私がもっと早く助けてれば⋯⋯!」

「そんな! けいちゃんは全然!」

「服が黒焦げになってたのに何で気付かなかった? 状況も聞かずに勝手に決めつけてたからだろ! 錏は無事だったって、何とも無かったんだって‼︎ そんなに苦しんでたなんて今まで考えもしないで‼︎」

「けいちゃん?」

「その挙句にっ、苦しい思いをした錏に気まで遣わせて‼︎ こんなんで助けたつもりになってたなんてふざけんなよ‼︎ 今まで錏がどんな気持ちで」

「けいちゃんストップ‼︎」

 

 ごちっ!

 

「いたぁっ⁉︎」

 

 どんどんエキサイトしそうだったので、ヘディングで止めちゃいました。

 見てられなかったんです。

 わたしの事で、どんどんつらそうな顔になっていくけいちゃんを。

 

「まったく、けいちゃんは時々そうなるよね」

「だって私っ! 錏にひどい事を⋯⋯!」

「ありがと」

「えええっ⁉︎」

 

 まだぶつぶつ言ってるけいちゃんを、わたしは抱きしめてやりました。

 もう嬉しくて嬉しくてたまりません。

 結局、わたしの思い過ごし。

 けいちゃんはこんな事で気持ち悪いと思ったりする人間じゃなかった。

 

「わたし、うれしかったよ? けいちゃんが助けに来てくれて。本当にホッとして、その場で泣き出しそうになっちゃったんだよ? もうガマンするの大変だったんだから」

「でも⋯⋯」

 

 わたしの気持ちは晴れましたが、けいちゃんはまだつらそうなまま。

 どうにかしてわたしの気持ちを教えなきゃ!

 

「けいちゃんは、わたしのヒーローなの」

「っ‼︎」

「ピンチになると颯爽(さっそう)と現れてわたしを助けてくれるヒーローなんだよ!」

 

 本当に、今までどれだけけいちゃんに救われた事か。

 小学校の『あの時』もそうだけど、他にも数え切れないほど助けてもらった記憶があります。

 そんなヒーローにこんな顔して欲しくない。

 だから。

 

「まだウジウジ言うなら、もっかいゴッチンだからね⁉︎」

「⋯⋯あはは」

 

 やっと、けいちゃんは笑ってくれました。

 そうそう。やっぱりけいちゃんは笑顔で飄々としててくれなきゃ。

 

「あははははっ! 女なのにヒーローってなんだよー。なんか納得いかないなー」

「だってヒロインって柄じゃないでしょ」

「まあねー。私にはそんなの似合わないや。お姫様役は錏に譲るよ」

「お姫様ぁ? なんか、しょっちゅうさらわれたりしそうでやだなーそれ」

「錏はちっちゃくて誘拐しやすそうだもんな。こーんな感じでっ‼︎」

「うわうわっ⁉︎ 高い高いするなー⁉︎」

 

 このちょっと意地悪なヒーローに憧れているのは、わたしだけの秘密です。

 いつかわたしも、けいちゃんみたいに誰かを助けられる人間になりたい。

 でも今はまだ、そんな力はわたしにはありません。

 

 だからもう少しだけ。

 もう少しだけ、けいちゃんのヒロインでいようかな。

 

「⋯⋯これからもよろしくね、けいちゃん」

 

 誰にも聞こえないように。

 けいちゃんに聞かれないように。

 そっと、小さく呟きました。

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