とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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3話 私は、錏のヒーローなんでしょ?

 

 実際に見えているのに、自分が見ている物が信じられない。そんな経験をした事はありますか?

 

 わたし、理啓(ことひら) (しころ)は今まさに経験中です。

 

「け、けいちゃん。えと、これは、何?」

「見てわかんないの? 錏はダメだなぁ」

「いや、わたしがダメなんじゃないと思うんだけどな⋯⋯」

 

 目の前には、純白で少し深さのあるお皿。

 そのお皿を満たしている、透きとおった黄金色の液体。

 そこに、キラキラした物がほんの少しだけ浮かんでいる。

 そんな感じのモノが鎮座していました。

 どこからどう見てもシンプルなスープなんだけど⋯⋯。

 

「あ、あの。もっかい聞くけど、これは何?」

「肉じゃが」

「わかるかーっ‼︎」

 

 

 □□□

 

 

 夏休みがすぐそこまで迫って来ている今日の午後。

 ジリジリと肌を刺すような日差しの中でたまたま遭遇した幼なじみと、平日だというのにあちこち遊び回っていました。

 いや、引っ張り回されていました。の方が正確かもしれません。

 公園やらゲーセンやら地下街やら、今日だけで何ヶ所制覇した事か。

 何時間もそんなことをしていると、わたし達のお腹が燃料切れを訴えてきました。

 

(お腹へったなー。けっこういい時間だし、そろそろ解散かな?)

 

 などと考えていると、

 

「たまにはうちでご飯食べてく?」

 

 なんて提案をされました。

 隣を歩いているこの子は、佩楯(はいだて) 勁弧(けいこ)ちゃん。

 わたしの幼なじみで、一番の友達です。

 

「そろそろ腹減ってきたでしょ? 一緒にご飯食べようよ」

「いいね! 行く行くー⋯⋯う? うちで食べて? けいちゃんって、料理なんかするんだっけ?」

 

 あんまりそんなイメージはありません。

 どっちかといえば、丼物屋さんでご飯をガッツガッツかきこんでる姿の方がしっくりくるようなキャラですし。というか実際何度もそんな場面を見てますし。

 

「最近やるようになったんだよ。ほら、私レベル1だからあんまお金なくてさー」

 

 ここ学園都市の学生は、主に奨学金で生活しています。

 レベルの高さに応じて金額が変わるので、レベルの低い学生は必然的に節約生活を余儀なくされるのです。

 

「親からの仕送りもほとんどもらってないから、節約の為に自炊してるんだ」

「おおー! なんかけいちゃんが真面目に考えてる!」

「私はいつも真面目だっての」

「うんうん。あんまり無駄遣いしてると、いざっていう時にお金が無くなるからねー」

「そうだよ! じゃないとゲーセンに行けなくなるっ‼︎」

「真面目はどこいった⁉︎」

「ゲーセンは大事だよねー。心が洗われる」

「いやいや洗われないよ⁉︎ なに森林浴大好きなOLみたいな事言ってるの⁉︎ ゲーセンにそんな癒しパワーはないよ‼︎ てゆーか無駄遣いしちゃダメなんでしょ⁉︎」

 

 まったく! けいちゃんに感心したわたしがおバカさんでした!

 

「そんじゃ、そこのスーパーで材料買ってくかー」

「華麗に話題を変えられた⋯⋯」

「あ、材料買うにしても何を作るかなー。錏はなに食べたい?」

「えと、まずけいちゃんは何を作れるの?」

「あんまり凝ったのじゃなきゃ大体作れると思う」

「そうなんだ。うーん⋯⋯。あ! じゃあけいちゃんが一番得意なヤツ!」

「私の得意なヤツ、か。けっこう時間がかかるけど、いい?」

「え? 時間かかるの?」

「うん。だってお子様ランチって色んな料理を作らないといけな」

「絶対それ違うでしょーっ⁉︎」

 

 神妙な顔になるからすごく面倒な料理をリクエストしちゃったのかと思ったら、ただからかってただけでした。

 またけいちゃんは子供扱いしてっ! お子様ランチが得意料理とかおかしいでしょ⁉︎ してやったりって顔で見下ろすんじゃない‼︎

 

「まーまーそんな怒んなって」

「もー‼︎ まったく‼︎ けいちゃんは‼︎ もーっ⁉︎」

「はいはい、じゃあスーパー行くよー」

「聞けこらーっ‼︎」

 

 そんなこんなで、夕飯をお呼ばれする事になりました。

 

 

 □□□

 

 

 で、買った材料でご飯を作ってくれたんですが(お金はわたしが出しました。いちおうレベル3なので)、とんでもないモノが出てきたのです。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 肉じゃが⁉︎

 これが肉じゃが⁉︎ どこが肉じゃが⁉︎

『肉』も『じゃが』も見当たらないよ⁉︎

 さっき買ってたよね⁉︎ お肉とかジャガイモとかニンジンとかタマネギとか! あの子達はどこ行ったの⁉︎

 

「今日のはかなり美味しく出来たと思うんだよね」

「いや、あのっ」

 

 こ、これ。本当に食べられるの? けいちゃんはどうしてそんなに普通なの?

 透明な液体はまだいいとしても、このキラキラは何⁉︎ 食べて大丈夫なの⁉︎

 

「どした? 早く食べないと冷めちゃうよ」

「ぁぅ」

 

 どうしよう。けいちゃんがすごく期待した目で見てる。そんな顔で見られたら食べたくないなんて言えないよぉ!

 うぅ、もう覚悟を決めるしかないっ‼︎

 

「いただきます⋯⋯」

 

 と、とりあえず、一口だけ。

 この正体不明のキラキラは避けてすくって⋯⋯はむッ‼︎

 ⋯⋯⋯⋯?

 

「あれ。これって、コンソメスープじゃ」

「あっはっはっは‼︎」

「⁉︎」

「いやーホントに錏は簡単に引っかかってくれるなー! これが肉じゃがなワケないじゃん!『肉』も『じゃが』も入ってないのになんでわかんないかな⁉︎」

「うっ‼︎」

「すぐわかるようにわざわざ食用の金粉まで入れといたのにスルーか! 見るからにキラキラして怪しいだろ! こんな手に引っかかるなんて思わなかったよ! さっすが錏だな!」

「ぐぬ、ヌ⋯⋯!」

「目の前で材料買ったのにさあ! ニンジンとか豚肉とかどうしたと思ったんだよ!『これのどこが肉じゃがなの⁉︎』くらいのツッコミは想像してたけど、まさか信じちゃうとは‼︎ ぁあっはっはっ‼︎ は、腹痛い‼︎」

「ヌゥアアアァァア⁉︎ そこ動くなぶっ飛ばしてやるっ‼︎」

「ちょ、やめて錏っ‼︎ い、今錏に近づかれたらまたぶはっ⁉︎ あはっはっはっひあっ⋯⋯‼︎ く、苦しい‼︎」

「爆笑しながらヒラヒラ避けるなコノヤロウ‼︎」

 

 このっ‼︎ 言わなくてもわかってる事をいちいちッ‼︎

 てか全然当たらないっ‼︎ こんな笑い転げてるのになんで避けられるんだ⁉︎

 

「ぶはぁっはっはっは‼︎ しころやめてって‼︎ ちょ、マジで息がっ‼︎ ふひゃっはっはへっ⁉︎」

「ちっくしょおおおおおおお‼︎」

 

 ⋯⋯それからしばらく、わたしは暴れ続けました。

 

 

 □□□

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

「そんな怒んなって⋯⋯悪かったよ」

 

 けいちゃんが平謝りしています。

 黙ってしまったわたしを見て、罪悪感が湧いてきたようです。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「なー、機嫌直してって。もう笑ったりしないからさ?」

 

 実はもうあんまり怒ってないですけどねー。暴れたらスッキリしました。

 でもいい機会だし、けいちゃんにはもっと反省してもらおうかな?

 

「私もう腹減ったよー。飯にしようよー」

 

 む。まだ反省が足りないようですね。

 もうご飯の心配とはなんてヤツ!

 こうなったらとことん

 

 ぐぅぅうう、う。

 

「ッ⁉︎」

 

 わたしのお腹が盛大に鳴りました。

 

「ほらほら! 錏も腹ぺこでしょ⁉︎ ねーご飯食べようよー」

 

 わたしのお腹の音を聞いたけいちゃんは、このチャンスを逃すまいと首にまとわりついてほっぺをすりすりして来ます。

 あ。なんかちょっとかわいいな、コレ。

 

「ねーしころー。お腹すいたでしょー? ねーねー」

「ああもうっ! わかったから! 絡みつかないでよ!」

「よぉっし‼︎」

 

 結局、けいちゃんがちゃんと反省するより早く、わたしの方が先に折れてしまいました。

 くそー、いつもは堂々としてるオトコマエ系女子のくせに! いきなり甘えてくるなんてズルい!

 

「んじゃ、準備しよーかね!」

 

 わたしから離れたけいちゃんはキッチンに向かいました。どうやら、今度こそちゃんとした肉じゃがをよそっているようです。

 まったく、最初から普通にそれを出せばいいのに! けいちゃんのイタズラ癖は困ったものです!

 

「そう言えばさ、錏は知ってる? うちの学校の都市伝説」

 

 わたしが席につこうとしていると、ご飯の用意をしながらけいちゃんが尋ねてきました。

 

「都市伝説? そんなのあるの?」

「あるんだってよー? 私も最近聞いたんだけどさ。ほい錏のご飯」

「ありがとー。ね、それってどんな話なの?」

 

 ものすごく気になります。新学期からわたしも通う学校の事ですし。

 自分の分のお茶碗もよそって、けいちゃんは席に着きながら話を続けます。

 

「うちの学校には、調理実習室ってのがあるんだよ」

「あ、家庭科の授業で使う教室だね。それでそれで?」

「たまにね、学校から人がいなくなる時間になると、物音が聞こえてくる事があるらしいんだ」

「えっ⋯⋯?」

 

 こ、これ怖い話なんじゃ⋯⋯。

 

「誰も見た事がなかったし、そんなのただの噂だろう、って思われてたんだよ。でも最近になって、本当に見たって奴が現れた」

「な、何を?」

「ある日の放課後、忘れ物をした生徒が調理実習室の前を通ると」

「⋯⋯ごくっ」

 

 妙にのどが渇いてきました。

 気になる。でも怖い。でもやっぱり気になる!

 

「暗ーい実習室で⋯⋯」

「う、うん」

「一心不乱になって⋯⋯」

「ううっ!」

「料理を作るコックさんが‼︎」

「ひゃわああぁぁあ、あえ? コックさん?」

「そう。コックさん」

 

 ⋯⋯全然怖くない話でした。

 

「何それー。なんで学校にコックさんがいるの?」

「知るワケないでしょ、私も聞いただけなんだから。でもそれから、本当に見たって奴が何人か出てきてるんだってよ」

「1人だけじゃないんだ。でもさ、そのコックさんはなんでわざわざ学校で料理してたんだろ?」

「さあねー?」

 

 んー。特に怖い話って訳でもないし、なんだかよくわからない都市伝説です。

 

「でさ、まだ続きがあるんだけど」

「続き?」

「コックさんがその生徒に、作ってた料理を出してきたらしい」

「うわー⋯⋯そんな怪しい料理食べたくないなぁ」

「そいつも怪しいと思ったんだけど、凄い剣幕で迫ってくるから仕方なく食べたんだよ」

「食べたの⁉︎ 大丈夫だったのその人⁉︎」

「それがさ、むちゃくちゃ美味かったんだって。想像を絶するほどに」

「ど、どんな味だったのかな。それ」

「それで付いた呼び名が、『美食職人(ミラクルクッカー)』なんだって」

「うーん、そんなに美味しいならちょっと食べてみたい気もするなぁ」

「気になるよねー。⋯⋯よし! 話はこのくらいにして、飯にしよっか! 腹減った!」

「あ、うんっ。いただきまーす!」

 

 ずいぶん遠回りをした気がしますが、わたし達はようやく食事を始めました。

 

 しかし、んー。『美食職人(ミラクルクッカー)』かぁ。

 そんなの本当にいるんでしょうか?

 

 

 □□□

 

 

 けいちゃんが作った肉じゃがは、しっかり味が染みててなかなか美味しかったです。

 普段あんなにガサツなのに、こんな家庭的なご飯を作れるなんてびっくりしましたよ!

 こういうのをギャップって言うのかなぁ。うーむ。

 

 で、ご飯のお礼にとわたしが洗い物をしたんですが、後ろからけいちゃんがイタズラしてきて大変でした。

 くすぐったり、抱きついたり、持ち上げたり、写真撮ったり、無言で背後に立ったり。

 洗い物してる人にイタズラしちゃダメだよ! お皿割ったらどうするの⁉︎ 特に最後のヤツ‼︎ なんかされそうで背中がゾワゾワするからっ‼︎

 そんな、越える必要が全く無い試練を乗り越え、わたしはなんとか洗い物を終わらせました。

 

 窓の外はもうだいぶ日が暮れています。

 

「じゃあけいちゃん、そろそろ帰るね」

 

 イタズラに飽きてゴロゴロしていたけいちゃんに声をかけます。

 

「ええー帰るのー? 泊まってけよー」

「ダーメ。わたしがいたらテスト勉強しないでしょ?」

「大丈夫だよ。明日の2教科で終わりだし!」

「2教科だから大丈夫ってなに⁉︎ 理由になってないよ! いいからちゃんと勉強しなさい!」

「ぬう。バレたか」

「そんなのでごまかされる訳ないでしょもう! 今日は本当に帰るからね?」

 

 ごねるけいちゃんはほっといて、わたしは玄関に向かいます。

 四つんばいで後ろについて来るよ⋯⋯。なんか猫みたい。

 

「なら錏のうちまで送ってくよ。そんくらい良いでしょ?」

「大丈夫だよ、そんなに遠くないし」

「⋯⋯心配なんだよ」

 

 けいちゃんが立ち上がり、急に真剣な顔になりました。

 

「お、おぅ?」

 

 いきなり真面目になられたので、ちょっと困ってしまいます。

 

「こんな時間に1人で帰すのは心配なんだ。泊まらないなら、せめて送らせて?」

「⋯⋯あー」

 

 もう、けいちゃんは本当に優しいなぁ。これじゃ断れないよ。

 

「じゃあ、おねがいします⋯⋯」

「おう! すぐ仕度してくるっ!」

 

 パアッと、花が咲いたように笑うとドタバタ着替えはじめるけいちゃん。

 それに苦笑しながら、わたしは先にドアの外に出ました。

 空の端っこにはまだ少しだけオレンジ色が残っていますが、辺りはすでに夜になりつつあります。

 うわ、けっこう暗いなぁ。けいちゃんにお願いして良かったかも。

 

「お待たせー! おお、思ったより暗いな!」

 

 けいちゃんも同じ事を思ったようです。

 見ると、黄色のパーカーにジャージというラフな格好になっていました。

 

「そんじゃ行くかー」

「うんっ」

 

 けいちゃんに促され、わたし達は夜の街に歩き出します。

 歩く度にけいちゃんの足元からぺたぺたとサンダルの音が鳴っていて、なんだか可笑しいです。

 ぺたぺた。ぺたぺた。ふふふ。

 

「んー? 何笑ってんの?」

「なんでもー。けいちゃん、今日はありがとね」

「おう! 私の肉じゃが美味しかった?」

「もーびっくりしたよー。あんな美味しい料理が作れるなんて知らなかった。すごいねけいちゃん!」

「そうかな。そっか。うん。あ、あんなので良かったらまた食べに来なよ」

「いいの⁉︎ やった! 絶対行くよっ!」

 

 わたしに褒められるとちょっと照れたのか、そっぽを向きながら言います。

 耳が少し赤くなってる? そんなにうれしいのかな。

 

「⋯⋯ずいぶん喜ぶねぇ」

「本当に美味しかったからねー、あの肉じゃが! 楽しみだなぁ。次のリクエスト考えとかないと!」

「え? もう次のメニューは決まってるよ?」

「おー⁉︎ なになにっ⁉︎」

「お子様ラン」

「いらあぁぁああん‼︎」

「ええー。色んな味が楽しめてお得なのに」

「別々のお皿にすればいいでしょ⁉︎ テーブルが賑やかになるよ⁉︎ なんでワンプレートにしようとするの⁉︎ どうしてわざわざお子様ランチなの⁉︎ そんなに子供扱いしたいのか‼︎ そんなにわたしがお子様だって言いたいのかああ‼︎」

 

 同じネタをねちねちと! 今日だけで何回目の子供扱い⁉︎

 

「⋯⋯錏ってさ」

「え⁉︎ なにっ⁉︎」

「日に日にツッコミのレパートリーが増えてくよね」

「誰のせいだと思ってるのおぉぉおおおおっ⁉︎」

 

 夜の街に、わたしの声がこだましました。

 

「いやー錏といるのは面白いなぁ」

「わたしは疲れるよ⋯⋯」

「あー、明日が休みだったらなー。本当に無くなんないかなテスト」

「また始まった」

「だってさぁ、明日がテストじゃなくて休みだったら錏も泊まってたでしょ? そしたら明後日まで遊べるのに」

「ぶっ通し⁉︎ 明後日までぶっ通し⁉︎ どれだけ遊ぶ気なの⁉︎ いくらなんでもそれは無理だからね⁉︎」

「えー? イケるって」

「無理無理むりっ‼︎」

 

 そんな耐久レースみたいな遊び方はしたくありません。体力無限大のけいちゃんと一緒にしないでほしいです。

 そりゃわたしだって、けいちゃんと遊ぶのは楽しいし大歓迎だよ? でも、丸一日以上ぶっ通しで遊ぶのはさすがに

 

 

 

「君ら何やってんのぉ?」

 

 

 

 突然、声がかかりました。

 

「っ⁉︎」

 

 驚いて振り返ると、そこには三人の男の人がたむろしています。

 深くニット帽を被った男。

 腕に炎のようなタトゥーがある男。

 ガムを噛みながらにやにやしている男。

 どこからどう見ても素行の悪い人達にしか見えません。

 

「⋯⋯なんだよあんたら」

 

 わたしを背中に隠すように動いたけいちゃんの声は、ぞくりとするほど低く。

 

「俺らヒマなんだわぁ。一緒にどっか遊びに行こうよぉ」

「ねえねえキミ高校生? 彼氏いんの?」

 

 男の人達のうち、タトゥーの人とガムを噛んでいる人の二人が立ち上がって道をふさぎ。

 あからさまに不機嫌な顔になったけいちゃんが二人につっかかります。

 

「私の話聞いてた? 邪魔だからどいてよ」

「まぁまぁ、そんなこと言わずにさぁ」

「ちょっと俺らと一緒に来てくれるだけでいいんだって」

 

 全然怯える素振りを見せずに立ち向かうけいちゃんを、無遠慮に観察する男の人たち。

 わたしは、怖くて声が出せません。

 無意識のうちに、けいちゃんのパーカーの端を握りしめていました。

 

「お、近くで見るとマジでかわいいね!」

「どいてってば!」

「うわ怖えぇ! 怒っちゃったぁ?」

 

 大げさに怖がる真似をする男の人の顔はにやけたまま。

 

「ごめんねぇ? 君があんまりかわいいからさぁ。お詫びになんか奢るから行こうよぉ」

「あんたらいい加減にしろよ⁉︎」

「うるせえなぁ。いいから来いよぉ!」

 

 表情を急に変え、声を荒げて凄んできました。

 

 なんで、こんな事に?

 さっきまであんなに楽しかったのに。

 泊まってれば、帰るなんて言わなければ。

 ごめんけいちゃん⋯⋯。

 本当に、ごめんね。

 

「あっれえ? よく見たらそっちのチビっ子もかわいくね?」

「ひぐっ⁉︎」

 

 矛先は、わたしにも向けられました。

 こちらに向き直る男の人。

 

「君も一緒に行こーよ?」

「ギャハハハ! お前ロリコンかよぉ!」

「ひっ⋯⋯!」

 

 わたしの喉から、息をのむ変な音が漏れます。

 

「い、いきま、せん」

 

 なんとか絞り出した拒否の意思。

 それを耳にした男の顔が、どんどん歪み。

 

「あ?」

 

 どんどん歪み。

 

「今なんつった?」

 

 どんどん、歪み。

 

「なんつったって聞いてんだろうが‼︎」

 

 バチンッ‼︎

 

「あが、あ、あ⋯⋯?」

 

 かわいた音。

 ずれた景色。

 ほおの痛み。

 自分の顔を平手で叩かれたと、一瞬遅れて気がつきました。

 

 たたかれた。

 かお、たたかれた。なんで?

 

 恐怖のせいか、周りの音がだんだん遠ざかり、目に映るものも全部、次第にゆっくりになっていきます。

 

 けいちゃんも。男の人達も。周りの景色も。

 

 すべてが。

 

「⋯⋯うあ」

 

 目の前の男はにやけ顔に変わり

 

 けいちゃんがこっちを向いた

 

 あっちの男がけいちゃんに手をのばして

 

 やめろ

 

 けいちゃんに触るな

 

 目の前の男もまた手をのばし

 

 怖い

 

 けいちゃん逃げて

 

 わたしの髪を掴み

 

 怖い

 

 顔が近づき

 

 こわい

 

 

 のぞきこんで

 

 

 

 こわい

 

 

 

 

 かんさつされ

 

 

 

 

 

 こわい

 

 

 

 

 

 

 やめて

 

 

 

 

 

 

 こわい

 

 

 

 

 

 

 

 ふるえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 こわい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こわい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッ、と。

 

 わたしを覗き込んでいる男から目が離せなくなっていると、突然視界に白い腕が飛び込んで来て、男の腕を掴みました。

 

「なにした」

 

 突然、音が戻り。

 

「あ? これの事?」

 

 男に髪を引っ張られて、引き寄せられました。

 

「なんでしょーねえ?」

 

 視線をなんとかずらして、飛び込んできた腕の先を見ると。

 大きく見開いた眼を血走らせている、けいちゃんが。

 

「錏にっ、なにしてんだてめえッ‼︎」

 

 怒声。

 けいちゃんの手がぶれてまた見えなくなり。

 ほぼ同時に、何かが潰れる音が。

 

「ごっ、ほあ⋯⋯?」

 

 ガムを吐き出し、ゆっくりと前のめりになっていく男の人。

 その時見えたのは。

 わたしを掴んでいたせいで、空いていた男の脇腹に。

 手首まで、沈んでいた。

 けい、ちゃんの。

 

   腕。

 

「な、なんだよぉ」

 

 倒れた男の人を見て、タトゥーの人は声を震わせています。

 

「なんなんだよぉ! こ、このっ! 何してんだてめぇっ⁉︎」

「触んな」

 

 けいちゃんが、掴みかかってきた男の腕の外側を叩きました。

 手の甲で。握りもせず。本当に軽く。

 まるで、虫でも払うような。

 たったそれだけで。

 タトゥーの人の左腕は。

 肘が、逆に。

 

「いっぎいああああ⁉︎」

 

 痛みに耐え切れず倒れ込む男の、悲痛な叫び声。

 曲がった腕は、あり得ない角度にねじれて。

 タトゥーが、くしゃくしゃに、なっていて。

 

「あ。あ⋯⋯っ!」

 

 わたしは、叩かれた頬に手を当てて、動けなくなっていました。

 

 こんなけいちゃん、見た事、ない。

 

 ぎりぎりと、こちらまで聞こえそうなほど歯をくいしばっているけいちゃんを凝視しながら、混乱しているわたしは、ひどく場違いな事が頭をめぐっています。

 

 目が真っ赤になってる。

 そんなに目を見開いちゃだめ。

 落っこちちゃうよ。

 わたしのせいだ。

 わたしのせいで。

 ごめん。

 

 

「すげーな、お前」

 

 その時、唐突に。

 今の今まで、全く動きを見せなかったニット帽の人が、その光景を見ながら初めて声を発しました。

 

「びっくりしたわ。軽く腕を振ったようにしか見えなかったよ、俺」

 

 表情が少なく、本当に驚いているのか。

 

「能力使う前にやられるとかすげぇマヌケだったな、そいつら」

「⋯⋯あんたもやるのか」

 

 そのけいちゃんの声は。

 静かな口調なのに、心の中では怒りが荒れ狂っているような。

 そんな声でした。

 

「あー、いや。うざいのが来たから今日はやめとくわ、俺」

 

 ニット帽の人はそう言いながら、横に視線を向けます。

 わたしもそちらに目を向けると、こちらに向かって走って来る2人の女性が。

 

「また会ったらやろうや、お前ら」

 

 そう言って、ニット帽の人は夜の街に消えて行きました。

 残されたのは、置き去りにされた男達と、混乱したままのわたしと⋯⋯けいちゃん。

 そこへ、先ほどの女性達が到着して。

 

「くそっ、1人逃げたじゃん! お前ら何やってるじゃん⁉︎」

「だ、大丈夫ですか? 何があったんですか?」

 

 その二人は、警備員(アンチスキル)の格好をしていました。

 黒くて長い髪で、けいちゃんよりも長身の人と。

 おどおどして、気の弱そうな感じの人。

 長身の警備員(アンチスキル)の人は、倒れた男の人達を見て質問してきます。

 

「こいつら確か、こないだも騒ぎを起こしてたスキルアウトじゃん。これ、お前らがやったのか?」

 

 未だに声を出せないでいると、けいちゃんが一度大きく息を吐き、一歩前に出て質問に答えます。

 

「⋯⋯私が、一人でやりました。この子は何もしてません」

「一人で?」

「そうです。この子をうちに送ってる途中で、こいつらにからまれたんで」

 

 長身の警備員(アンチスキル)の人がわたしの方を見ました。

 

「おい、こいつの話は本当じゃん?」

「あ、は⋯⋯っ」

 

 ただ返事をするだけなのに、それすら口にできません。

 わたしはまだショックから立ち直れないでいました。

 

「これは⋯⋯まだ話を聞ける状態じゃなさそうじゃん。とりあえず落ち着け? おい鉄装!」

「は、はいっ!」

「お前は本部に連絡するじゃん。さっき1人逃げたから、そいつも捕まえて話を聞く必要があるじゃん」

「わ、わかりました!」

 

 てっそう、と呼ばれた警備員(アンチスキル)は無線機を手に取り、連絡し始めました。

 

「お前ら、もうちょい詳しく聞かせてもらうじゃん?」

 

 

 □□□

 

 

 わたしとけいちゃんは、先ほどの場所のすぐ近くにある公園のベンチに座っています。

 警備員(アンチスキル)の人は、現場にいたままだとわたしが落ち着けないだろうと判断して、この公園に場所を変えて話を聞く事にしたようでした。

 

 さっきまで警備員(アンチスキル)の人とけいちゃんが話をしていましたが、今はわたし達2人だけ。

 

『呼ばれたからちょっと行ってくる。ちゃんとそいつに付いててやるじゃんよ?』

 

 と、けいちゃんに言い残して、警備員(アンチスキル)の人は行ってしまいました。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 わたし達は、しばらく無言のままベンチに座っています。

 

「ごめん、ね」

 

 やっと、言葉が出ました。

 

「錏、もう大丈夫? 痛くない?」

「うん⋯⋯平気」

 

 心配してくれるけいちゃんを見ることができません。

 

「けいちゃん。本当に、ごめん」

「なんで錏が謝るの」

「わたしが1人で帰ってたら⋯⋯お願いしますなんて言わなかったら、こんな事にならなかったのにっ」

 

 何度も回避するチャンスはあったのに、わたしが全部潰してしまった。

 わたしだけだったら、まだ良かった。

 けいちゃんを巻き込んでしまった。

 けいちゃんは立ち向かってくれたのに、ただ見ているだけで何もできなかった。

 何も、しなかった。

 

「そうだね。錏を送ってなきゃ、こうなってなかったかもね」

「っ‼︎」

 

 けいちゃんの言葉に、全身がびくりと震えます。

 次の言葉を聞くのが怖い。

 自分から言い出した事なのに、けいちゃんに言われると、こんなにも違うのか。

 お前が悪い。なんて言われたらどうしよう。

 お前のせいだ。なんて言われたらどうしよう。

 送っていなきゃ良かった。なんて言われたら。

 一緒に遊ばなきゃ良かった。なんて言われたら。

 一緒にいなければ良かった。なんて言われたら。

 友達じゃなければ良かった。なんて言われたら。

 

 お前と、出会わなければ良かった。なんて言われたら。

 

 そんな事を言われたら。

 もう、耐えられない。

 

「あの時、錏を送ってなきゃ助けられなかった」

「え⋯⋯っ」

「そんな事になってたら、絶対に自分を許せなかった。無理矢理にでも泊まらせてれば、一人で帰さなければ、って後悔して、私はたぶん潰れてた」

 

 そんな。全部わたしのせいなのに。けいちゃんは巻き込まれただけなのに。

 どうして。

 

「錏。守らせてくれて、本当にありがとう」

 

 ⋯⋯だめだ。

 もう無理だ。

 そんな事言われたらもう。

 こらえられない。

 

「けいちゃん、わたし⋯⋯っごめんね、なん、ひぐっ、なんにもでき、なかった! わたっ、⋯⋯う。ご、ごめんなさっ、うぐ、こわくてっ⋯⋯うう、うああああっ‼︎」

「⋯⋯ん」

 

 いつの間にか。

 わたしは、けいちゃんに抱きついていました。

 

「私も、ごめん。痛かったろ?」

 

 静かに言いながら、けいちゃんはわたしの頭を撫でてくれます。

 また子供扱いしてる。

 まったく、けいちゃんはいっつも。

 ⋯⋯優しいな。

 

「あ、でも」

「⋯⋯う?」

 

 しばらくわたしに抱きつかれるがままになっていたけいちゃんが、ふと口を開きました。

 

「錏にごめんって言われるのは、なんか嫌だなぁ」

「うくっ⋯⋯え? でもわたしのせいでけいちゃ」

「ストーップ」

「ふぐっ?」

 

 鼻をつままれて、わたしの言葉は中断されます。

 

「私はなーんにも気にしてない。だから、錏に謝られる筋合いはありません」

「ふぬー⋯⋯」

 

 わたしの不満の声は、けいちゃんが鼻をつまんでるのでものすごく間抜けになりました。

 だって、気にしてない訳がないんです。いくらけいちゃんでもそんなはずないんです。

 

「私は、錏のヒーローなんでしょ?」

「⋯⋯? うん」

「ヒーローに助けられて謝るヤツなんていないよ。ごめんじゃ満足出来ないなー、私はっ!」

 

 にやり、と。

 けいちゃんは、わたしにイタズラをする時みたいな笑顔を浮かべました。

 そっか。そういうことか。

 

「ほれほれ! こういう時はなんて言うの?」

「あ⋯⋯ありが、と?」

「どういたしましてっ!」

 

 けいちゃんの顔を見ていると、すごく安心する。

 自分だって嫌な思いをしたはずなのに。わたしの事ばっかり気にかけて。

 ほんと、全然敵わないなぁ。

 

 

 □□□

 

 

「おお、やっと落ち着いたみたいじゃん?」

 

 それからしばらくして。

 ようやく、警備員(アンチスキル)の人が戻って来ました。

 

「あっ! す、すみませんでした。わたし、すごく混乱しちゃってて」

「こんな目にあったんだから仕方ないじゃん。ほれ、これ飲んで元気出すじゃん?」

 

 と言って、飲み物を渡してきます。

 けいちゃんにはコーヒーを、わたしにはミルクの紅茶を。

 

「ありがとうございます」

「ん。それで、もう話を聞いても大丈夫じゃん?」

「あ、はい。大丈夫です」

「よし。じゃあいくつか質問するじゃん」

 

 そう言って、警備員(アンチスキル)の人はノートくらいの大きさの端末を取り出すと、目を落とします。

 

「あ」

 

 その隙に、けいちゃんは飲み物を交換しました。

 実はけいちゃん、コーヒーが飲めません。

 お子様め! いっつもわたしの事をからかうくせにっ!

 

 それからわたしは、警備員(アンチスキル)の人からの質問に答えていました。

 と言っても、内容はけいちゃんの話とまるっきり同じだったので、わたしに対する質問はずいぶん早く終わりましたけど。

 絡まれて身を守っただけ、という話になりそうで、どうやらわたし達は『お咎め無し』ってことになるようです。

 ある条件で。

 

「じゃ、これで終わりじゃん。最後に言わせてもらうと」

 

 表情が急に険しくなりました。

 いよいよ、始まる気配です。

 その『ある条件』、きつーいお説教が。

 

「お前、やり過ぎじゃんよ」

 

 警備員(アンチスキル)の人は、厳しい口調でけいちゃんに言いました。

 

「お前の能力の事を少し調べさせてもらったじゃん。レベル1の力学観測(メカニカルサイト)。物体内の力の流れが見える能力。間違いないじゃん?」

「そうです」

「力の流れが見える⋯⋯ね。お前は自分の能力の事をちゃんと理解してるじゃん?」

「⋯⋯え?」

「お前の能力は、かなり危ない力だ。それをわかってるか? って聞いてるじゃん」

「危ない力?」

 

 どういう事でしょうか。

 けいちゃんの能力が、危ない?

 

「なにも言われてないのか? 学校の先生とか、研究者とか、その能力の事を知ってるヤツはいっぱいいたはずじゃん」

「いやー⋯⋯特には」

 

 思い当たることが無いのか、ちょっと困って首をかしげるけいちゃん。

 その様子に警備員(アンチスキル)さんは呆れ顔になり、深ーいため息をつきました。

 

「はぁぁぁ。これだから研究者畑の連中は! 普段頭ばっかり使ってるからこういう事を見落とすじゃん!」

 

 えと、けいちゃんの能力のなにが問題なんですかね?

 

「私ら警備員(アンチスキル)みたいに、ちょっとでも格闘技をかじってる人間には簡単に分かるってのに」

「は? カクトーギですか?」

 

 わたしは思わず疑問を口に出してしまいました。

 いやだって、突然予想外の単語が出てきたんですもん!

 

「⋯⋯お前まさか、格闘技を全然知らないとか言わないじゃん?」

「あ、えーとぉ」

 

 ヤバい。どーしよう。

 横から口を挟んだ手前、全然知らないとはさすがに言いにくいです。

 

「ア、アレですよね! あの、ボ、ボクシングとか、相撲⋯⋯とか?」

 

 知ってる知識を総動員してお答えしてやりました。

 どうですか! あってるでしょ? あってますよね⁉︎

 

「間違っちゃいないが、また随分と毛色の違うのを出してきたじゃん」

「⋯⋯ぁぅ」

 

 しっ、仕方ないじゃないですか! 普通女子はそのくらいしか知らないですよ!

 

「まあそういうヤツじゃん。そういうのをやってると、力の流れが見えるってのがどれほどの事かすぐわかる」

 

 そういうのを、やってる。

 ⋯⋯⋯⋯。

 頭の中で想像がふくらんでいきます。

 この、美人でクールな警備員(アンチスキル)さんがマワーシをつけて、片足を高ーく上げてどすこーいと

 

「ぶっフゥッ⁉︎」

「⋯⋯今なんか失礼な事を考えたじゃん?」

「い、いえいえ全然まったくカケラもっ‼︎」

 

 眉間にシワを寄せる警備員(アンチスキル)さん。慌てて弁解をはかりますが、わたしの脳ミソはさらにアクセルを踏み込もうとします。

 うわどうしよう‼︎ コレものすっげー面白映像なんですけど⁉︎ え、ホントにやってるの⁉︎ めっちゃ見たい‼︎

 

「く⋯⋯ぷヒっ」

「必死にガマンしてるのが全部顔に出てるじゃんよ‼︎ 見かけによらずいい性格してるなお前‼︎」

「あ⁉︎ ち、ちがっ⋯⋯!」

 

 今のは不可抗力ですから! グォングォンアクセル踏んでる脳ミソのせいですから‼︎ わたし悪くないですからぁっ⁉︎

 

「あー、コイツ意外とそういうとこあるんですよ」

「ちょちょちょっとけいちゃん⁉︎」

 

 なに言ってるの⁉︎ この人初対面なのにそんなこと言ったら勘違いされちゃうよっ‼︎

 

「だって錏よくやってるじゃん。ぼーっと考え事してるなー、と思ったら急に笑い出したり怒り出したりさー」

「えええ。お前、そういうヤツじゃん?」

「ちがいますよっ‼︎」

 

 わたしのイメージどうなってるの⁉︎ それただのヘンなヤツじゃん‼︎ そんなことしてないよね⁉︎ ね⁉︎

 

「しころー。ウソは良くないよー?」

「ウソついてねぇよ‼︎ わたしがいつそんな事したっての⁉︎」

「え⋯⋯自覚、ないの⋯⋯?」

「意味深な言い方やめろぉぉおおお‼︎」

「くくくっ」

 

 苦笑混じりに警備員(アンチスキル)さんが笑います。

 

「な、なに笑ってるんですか!」

「いや、そんだけ元気ならもう大丈夫そうだと思ってな。心配して損したじゃん」

「あ⋯⋯」

 

 そういえば。

 いつの間にか、怖いという気持ちがキレイに消えていました。

 

「さっきまでは、話せるようにはなったけど少し無理してる、って感じだったじゃんよ」

「そう、でしたか? ⋯⋯そうだったかもです」

 

 大正解でした。

 少しとぼけた返事をしたのは、見透かされてると思うとなんだか少し恥ずかしいような気がしたんです。

 ⋯⋯なんか、わたしだけ子どもな感じがするなぁ。

 

「で、さっきの話だけどな」

「あっ。はい」

 

 警備員(アンチスキル)さんに真面目な表情が戻り、わたしもけいちゃんも居住まいを正します。

 

「要は、お前はその辺のスキルアウトと喧嘩していいレベルじゃない、って言いたいじゃんよ」

 

 え?

 

「いや、けいちゃんはレベル1ですよ? さっき自分で言ってたじゃないですか。まぁ、だからってケンカは良くないと思いますけど」

「能力の強度(レベル)の話じゃない。『強さ』のレベルの話をしてるじゃん」

「強さのレベル、ですか」

 

 うーん。けいちゃんは強いんだから、弱いものいじめするなって事ですかね?

 

「わからないじゃん?」

「はい、わたしにはちょっと⋯⋯」

「お前は? 何を言ってるかわかるじゃん?」

「いやーあんまし」

 

 軽く返答するけいちゃん。

 

「お前は簡単に人を殺せるぞ、って言ってるじゃん」

「⁉︎」

 

 ぞくん、と。

 背骨に氷水を流し込まれたような寒気を感じました。

 

「あ、え」

 

 いま感じているこれは、さっきのとは違う種類の怖さ。

 自分の前に何かが現れてから感じるものとは違う気味の悪さ。

 例えば、そう。

 今まで平気で口にしていた物が、実はとんでもなく危険な毒を含んでいて、それを知った時にはもう取り返しのつかない状態になっていたような。

 そんな感じ。

 

「それと」

 

 いきなり、警備員(アンチスキル)の人はけいちゃんの手を掴みます。

 

「痛った⁉︎」

 

 ⋯⋯え?

 掴まれた途端に、けいちゃんが声を上げました。

 

「やっぱり。拳を鍛えてる訳じゃないから、威力に耐えられずに痛めてるじゃんよ」

 

 全然、気づかなかった⋯⋯。

 けいちゃん、そんなになってまでかばってくれたんだ。

 

「わかったか? お前、やり過ぎじゃんよ」

「⋯⋯はい」

「ん。わかったならいいじゃん。友達を守ってやるのはいいけど、これからは加減を覚えるじゃんよ。友達に心配をかけない為にも」

「⋯⋯すみませんでした」

 

 素直に謝るけいちゃん。

 

「それからお前」

「え、はいっ!」

 

 警備員(アンチスキル)の人は体をこちらに向けます。

 

「いい友達を持ったな。こいつが無茶しないように、ちゃんと見とくじゃん?」

「あ⋯⋯」

 

 なんだか。

 まっすぐだなぁ、この人の言葉。

 けいちゃんが素直に謝るはずだ。

 

「⋯⋯わかりました。ちゃんと見ておきます」

 

 わたしの言葉を聞くと、警備員(アンチスキル)の人は満足そうにうなずいて、またさっきの場所に戻って行きました。

 

「あとでちゃんと病院行くじゃんよー」

 

 というセリフを残して。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 強そうな人だったなぁ、色んな意味で。

 もっといろいろ聞いてみたかった。

 けいちゃんの能力がすごいと思った理由とか、なんでそれがすぐわかったのか、とか。

 もっと詳しく。

 あの人に教えてもらったら、こんなわたしでも強くなれそうな気がする。

 また、会えるかなぁ⋯⋯。

 

 と。

 そこで、隣に座っていたけいちゃんが、気持ちを切り替えようと思ったのか大きなため息をひとつ吐き、ベンチに置きっぱなしになっていた飲み物に手を伸ばします。

 

「あ! けいちゃんそれわたしのっ⁉︎」

「ぶへはぁッ⁉︎ なんだこれ⁉︎ コーヒーじゃねーかっ‼︎」

 

 盛大にコーヒーを吹き出し、驚愕の表情でわたしを見ました。

 口からボタボタとコーヒーをこぼしています。

 

「あっははは! なーにやってんのけいちゃん!」

「さっき取り替えたのになんでだ⁉︎ 錏の仕業かっ⁉︎」

「わたしにイタズラばっかりするからバチが当たったんだよー! あははははっ!」

 

 元気のないマーライオンみたいになってるけいちゃんを見ながら、わたしはしばらく笑い続けました。

 

 けいちゃんといると、どんな時でも楽しくなっちゃいます。

 ついさっきまで、怖くて震えていたのに。

 

 でも。

 もうけいちゃんにあんな顔はして欲しくない。

 目を血走らせて、怒り狂った、あんな顔は。

 

 だからわたしも、もっとがんばらないと!

 

 そう、密かに決意しました。

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