とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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4話 なんか、こういうのを見るのは新鮮だなー

 

 どうすればいい?

 わたしは、一体どうすれば⋯⋯。

 

 わたしは1人、葛藤していました。

 

 もう耐えられない。やるしかないんだ。

 こうするのが正解なのかわからないけど。

 誰かに迷惑をかけてしまうだろうけど。

 もう、わたしには無理なんだ。

 

 わかってる。

 本当はわかってるんだ。

 

 こんなのは、わたしのわがまま。

 ひとりよがりの自分勝手。

 誰もこんな事を望む訳がない。

 

 でも、もう。

 これ以上耐えられない。

 間違っていようが関係無い。

 

 もう、我慢できないっ‼︎

 

「うあー‼︎ もう無理‼︎ 部屋でひとりぼっちなんて無理‼︎ ヒマすぎるっ‼︎ もうお出かけするよ⁉︎ わたしお出かけしてやりますよおおおおおおお⁉︎」

 

 かくして。

 昨夜、不良のみなさんにからまれたばかりだというのに。

 けいちゃんにも、しばらく1人で出歩くなと言われたというのに。

 ヒマに耐えかねたわたしは、お外に出かける事にしたのでした。

 

 

 □□□

 

 

「⋯⋯わかってたよ? こうなる事はわかってたんだよ?」

 

 そして30分もしない内に暑さに負けたわたしは、ファストフード店でぼんやりしていました。

 

「⋯⋯何やってるんだろ、わたし」

 

 1人でお出かけしたってヒマなのは変わらないよ。昨日だってそうだったでしょ?

 まったく、もう少しでけいちゃんの学校が終わる時間だったのに、なんであとちょっとの我慢ができないかなぁ?

 ダメだなー、わたし。

 

「はぁ。ヒマだー⋯⋯」

 

 テーブルに体を投げ出して、何をするでもなく窓の外を眺めています。

 炎天下の道路からはゆらゆらと陽炎が立ち昇っていて、すごく暑そうです。

 

「はぁ⋯⋯」

 

 もう帰ろっかなぁ。ここにいてもする事無いし。

 でもうちに帰ってもなー。

 あー、昨日の警備員(アンチスキル)さん通らないかなぁ。話したい事があるんだけどなー。

 そんな都合良くはいかないかぁ。ううー。

 

「ううぅぅうううああー。ふむぅぅうああああー」

「⋯⋯何をうーうー唸ってるじゃん」

「あひぁ⁉︎」

 

 意味のない唸りを上げていると、突然真上から声をかけられました。

 びっくりして跳ね起きると、そこにはたった今思い浮かべていた顔が。

 

「平日なのに、こんな時間から何を⋯⋯って、あれ? お前、昨日のちびっこじゃん」

「ちびっ⋯⋯⁉︎」

「なーにやってるじゃんこんな時間に。サボり?」

「ちっ違いますよ!」

 

 会って10秒で、わたしは疑いの目を向けられます。

 マズいマズいマズい‼︎

 警備員(アンチスキル)の人に学校サボって遊んでるなんて勘違いされたら大変な事にっ‼︎ 連行されて取調室でライトあてられて無理矢理なんか自白させられて牢屋に入れられちゃうっ‼︎

 

「そういや昨日もあんな時間に出歩いてたしなぁ。いやー人は見かけによらないじゃん」

「違いますってば! コレには理由があってですね⁉︎」

「サボってる奴はみんなそう言うじゃん。まったく、最近の若い奴はすぐそうやって」

「話を聞けこらー‼︎ 何おばあちゃんみたいな事言ってるんですか⁉︎ 若年寄りですか⁉︎ てかちびっこって言うなぁああああ‼︎」

「お、おお?」

「⋯⋯はっ⁉︎」

 

 しまったああ‼︎ 焦りのあまり、対けいちゃん用ツッコミ機能が勝手にっ⁉︎

 

「あ、えーっとぉ。い、今のはですね?」

 

 うう、どーしよぉ。キョトンとしていらっしゃいますよ! 早く弁解しないとどんどん罪状が追加されてっちゃうっ⁉︎

 わたしはさらに焦りましたが、警備員(アンチスキル)さんは大して気にしなかったらしく、あわあわ言ってるわたしを見て大笑いです。

 

「あっはっはっは! いや結構結構。すっかり元気になったみたいじゃん? 一人になったら思い出して怯えてやしないか心配してたんだが」

「あ⋯⋯」

 

 そう言われたわたしの頭に、昨日の光景が思い浮かんできます。

 スキルアウトに絡まれていたわたし達の前に駆けつけてくれた、あの姿。

 

「あの、昨日は本当にありがとうございました」

「ん? 気にする事無いじゃん。私はお前らから話を聞くくらいしかしてないしな?」

 

 そう言って、手をヒラヒラと振ります。

 ⋯⋯でもあの時、この人が来てくれなかったら、残っていたもう一人のスキルアウトとけいちゃんがケンカになる所だった。

 そうなれば、もしかしたらけいちゃんが大変な事になってたかもしれない。

 それを未然に防いでくれたこの人には、やっぱり感謝するべきだよ⋯⋯。

 

 そんな事を考えていたのですが、ふと、ある事が気になりました。

 

「あれ? そういえば今日は警備員(アンチスキル)の格好じゃないんですね?」

 

 警備員(アンチスキル)さんは、昨日のプロテクターとかを着けた格好ではなく、緑色のジャージ姿です。

 

「今日はそっちは非番じゃん。だから今は本業の方。空き時間で飯を食べに来てるじゃん」

 

 と言って、手に持っているトレイを見せてきます。

 なるほど、それもそうか。

 いくら警備員(アンチスキル)といっても、毎日仕事って訳じゃないですよね。

 警備員(アンチスキル)って、学校の先生の中から志願者を集めて構成されてる組織だから、みなさん本業も忙しいでしょうし。

 ふんふん頷きつつも、わたしの意識はさっき服装を気にした時から違うモノに向いていました。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 なんでしょーね、この物体。

 胸にわたしの頭くらいの塊が2つ。

 昨日はプロテクターを着けてたから気づかなかったけど、ジャージ姿になったらもンのすごい大きさなのがよくわかります。

 身長差のせいでわたしの目の前に突きつけられているソレは、喋る度にゆっさゆっさ自己主張していて。

 

「⋯⋯おぅあ」

 

 すげーぃ。何が入ってるんだコレ。

 こんなでっかいのつけてて重くなったりしないのかな? ちょっとさわってみたい⋯⋯。

 

「こら」

 

 ごっす。

 

「あだっ⁉︎」

 

 いつの間にか、ゆっさゆっさに完全に目を奪われていたようです。

 わたしの脳天にチョップが落ちてきました。

 

「どーこ見てるじゃんよ」

「いや、目の前あったからつい⋯⋯」

「つい、じゃないじゃん」

 

 突き刺さる警備員(アンチスキル)さんのジト目。

 

「だって! こんなでっかいの見たこと無いんですもん!」

「開き直ったじゃん⋯⋯。お前もそのうちでっかくなるから、その時存分に見たらいいじゃん?」

「うっ⁉︎」

 

 その言葉は、わたしの胸を抉りました。

 そっか。昨日調べたのはけいちゃんの能力だけだから、わたしの能力の事は知らないんだ⋯⋯。

 わたしの体は、成長する見込みが無いんですよ。

 能力を制御出来ない限りは。

 だからきっと、一生ペッタンコのままなんだ⋯⋯。うぅ。

 

「で? うまく話を逸らそうとしてるけど、お前はこんな時間から何やってたじゃん?」

「そ、そんなつもりじゃ⋯⋯」

「話題を変えようとしてるくらいだから、やっぱりサボっ」

「だからちがぁぁああう‼︎」

 

 怪訝な表情で見られるのに耐えられなかったわたしは、またしても叫んでしまいました。

 

 ⋯⋯それから。

 わたしは必死で説明しましたよ!

 ええもう、連行なんて絶対イヤなので必死で!

 必ず死ぬと書いて必死でっ‼︎

 

「⋯⋯なので‼︎ 新学期から登校するんです‼︎ ご理解いただけましたでしょーかっ⁉︎」

「ほーぉ。転校ねぇ」

 

 警備員(アンチスキル)さんはハンバーガーをぱくつきながら話を聞き終わると、そんな言葉を返してきました。

 あれ⁉︎ まだ信じてない⁉︎ 一生懸命説明したのにっ‼︎

 

「ホントなんですよ! 学校に聞いてもらえればわかりますから! 信じてくださいっ!」

「ふーん。ま、とりあえず信用しといてやるじゃん。私にビクビクしてるお前に学校をサボる度胸があるようには見えないしな?」

 

 う、うーん。確かにわたしにそんな度胸は無いけど、なんだろう。この納得いかない感じは⋯⋯。

 

「えと、まぁ信じてもらえたなら良かったです⋯⋯」

「よし、じゃあそろそろ私は出るかな? 早くしないと学校に戻る時間になっちゃうじゃんよ」

「あ! 待ってください!」

 

 トレイを持って席を立とうとするのを、わたしは慌てて止めました。

 まだ話があるんですっ、大事な話が!

 

「あのっ、先生のお名前を教えてもらってもいいですか?」

「あん? 黄泉川(よみかわ) 愛穂(あいほ)じゃんよ。それがどうかしたじゃん?」

「えっと、昨日聞きそびれてしまったので⋯⋯」

 

 違うでしょ⁉︎ わたしが聞きたいのは名前じゃないでしょっ!

 

「話はそんだけか? じゃあ私は」

「ま、待ってください! あのですねっ」

 

 勇気を出せ。昨日決心したはずだ。

 がんばるって決めたんだ‼︎

 

「わたしを、弟子にしてもらえませんかっ⁉︎」

 

 その声は、店内に響き渡りました。

 

 

 □□□

 

 

「で、あっさり断られたと」

「うん⋯⋯。武道家とかじゃないから、弟子にしてくれって言われても困る、って」

「まー、そりゃそうだよなぁ」

 

 あの後すぐに『学校終わったよー』と、けいちゃんから連絡があり、待ち合わせして合流しました。

 今はまだその場所からは移動しておらず、近くのベンチに座ってお話しています。

 

 ちなみに学校から直接ここへ来たけいちゃんは、まだ制服姿のままでした。

 相変わらず、びっくりするくらいスカートが似合ってないです。

 

警備員(アンチスキル)の先生に弟子入りなんて聞いた事無いし」

「そうなんだけどさ。なんか、ああいう人に教えてもらえたら良いなー、って思ったんだよ」

「まあ確かに、もし教えてもらえる事になったらしっかり指導してくれそうな人だったけどねぇ」

 

 昨日のけいちゃんの能力の話は、すごく説得力がある気がしました。

 ⋯⋯理解はできませんでしたけどね!

 でも、ちょっと資料を読んだだけなのに、今まで誰も気づいてなかった事をすぐ気づけるなんて並みではないはずです。

 それに、けいちゃんの間違った力の使い方をきちんと叱ってくれました。

 あんな先生に教えてもらえたら、もしわたしが強くなっても道を踏み外すような事はないはずです! きっと!

 ⋯⋯でも断られちゃったんだよねー。はぁ。

 

「でもさー、なんでまた急に弟子入りしたいなんて思ったのさ?」

「うぐ」

 

 わたしは言葉に詰まりました。

 いや、理由はすごく単純なんですけどね?

 でもわたしは、口に出すことができません。なんだかすごく恥ずかしい気がしたんです。

 

「えっと⋯⋯」

 

 あー、なんか顔が熱くなってきた。

 けいちゃんはよく平気で『守ってやる』なんて言えるなぁ。

 かっこいいけどさ?

 

「やっぱり、昨日の事?」

 

 わたしがもじもじしていると、不安そうなけいちゃんの声が耳に届きました。

 

「ごめんな。私が怖い思いをさせちゃったから⋯⋯」

「あ! ち、違うよ?」

 

 どんどん小さくなっていくけいちゃんを、わたしは慌てて止めようとします。

 

「昨日の事は関係無いから! あ、いや。全然関係無いってことも無いんだけど」

「やっぱりそうなんだ⋯⋯」

「いやあのっ! だからそうじゃなくて!」

 

 けいちゃんの悲しそうな顔を見ると、わたしまで辛くなってきます。

 

「ああもうっ! け、けいちゃんにあんな顔をしてほしくないからだよ!」

「⋯⋯あんな顔?」

 

 顔を上げるけいちゃんに、わたしはさらに続けます。

 

「昨日のけいちゃん、すごく辛そうな顔をしてた。目を見開いて、真っ赤にして。このままじゃ、けいちゃんがけいちゃんじゃなくなっちゃう気がして、その⋯⋯心配した」

 

 けいちゃんのそんな姿を見ていたのに、怖くて何もできなかった自分に腹が立ちます。

 怯えて、すくんで、震えて、泣いて。

 苛立ちで、だんだんとわたしの声は大きくなっていきました。

 

「おまけに、わたしを守ったせいで怪我までして。全部わたしのせいなのに、どうして責めないの? なんでけいちゃんが謝るの? けいちゃんはわたしを守ってくれたじゃん! 謝らないといけないのはわたしなのに! 何にもできなかったわたしの方なのにっ! ⋯⋯もうあんなのは嫌だ。ただ見てるだけなんて嫌だ! わたしだってけいちゃんが大事なんだ‼︎ けいちゃんが無茶するのは我慢出来ないんだ‼︎」

 

 もはや、言っている事がめちゃくちゃです。

 けいちゃんにぶつけた言葉は、ほとんどただの八つ当たり。

 なんにもできない自分に対する(いきどお)り。

 そんなの、自分でもわかっています。

 ですが、思いついたまま言葉が溢れるのを止める事が出来ません。

 

「わたしにもけいちゃんを守らせろっ‼︎」

 

 結局。

 恥ずかしくて言うのをためらっていた言葉は、勢い良く口から飛び出していました。

 

 はっと気がついてみれば、全然答えになっていないわたしの言葉に、けいちゃんがあんぐりと口を開けています。

 

「あっ⋯⋯えっとね? だから、うぅ」

 

 全部吐き出したあとで、急に恥ずかしくなってきました。

 なんとか誤魔化そうとしますが、何も思いつきません。

 

「あのー、つまり。うーんとぉ⋯⋯」

「しころーっ‼︎」

「はばふっ⁉︎」

 

 ヘンな汗をかきながら考え込んでいると、突然けいちゃんにぎゅーっと抱きしめられました。

 なんか抱きしめられたっ⁉︎ なんで⁉︎

 てゆーか苦しいっ! ちょっとけいちゃん強すぎるよっ⁉︎ 怪我してる手に響いちゃうって‼︎

 

「そんなに私の事を考えてくれてたの⁉︎ いい子‼︎ 錏いい子っ‼︎」

「ふぬぐぅうっ⁉︎」

 

 痛い痛いっ‼︎ 鼻が潰れてるから‼︎ 足浮いてるからっ⁉︎

 

「もー! 私を守るー、なんて言っちゃって! かわいいなぁ錏はっ‼︎」

「っぶはぁ⁉︎ 何するのけいちゃんっ‼︎ 痛いよ‼︎」

「ああー。なんで逃げるんだよー」

「痛かったからだっつってるでしょー⁉︎」

 

 万力みたいな力で抱きしめられたら誰だって逃げると思います。

 まったくけいちゃんはっ! 加減を覚えろって昨日言われたばっかりなのに!

 

「いやーしかしそうかぁ。なんか照れるなぁ」

「ちょっ⁉︎ 照れるとか言わないでよ恥ずかしいっ!」

「えー、なんでよー? かっこ良かったのに。『わたしにもけいちゃんを守らせろっ‼︎』、ふふふ!」

「やめろおぉぉおおお⁉︎」

 

 もう手遅れでした。

 いくら叫んでも、けいちゃんから記憶を消す事は出来ません。

 くそぉ、もっとちゃんと強くなるまで話すつもりはなかったのに‼︎

 

「なるほどねー。私を守るために強くなりたいから弟子入りしたかったんだ」

「そうだよ‼︎ その通りですよ‼︎ もうっ‼︎」

「じゃあ私も協力してやろっかな? 色々教えてあげるよ!」

「ええ⁉︎ いいよそんな、手の怪我も治ってないのに! 第一、けいちゃんを守る為にけいちゃんに教えてもらうって、なんかおかしくない⁉︎」

「怪我の事は気にしなくて大丈夫だよ、ただの軽い捻挫だから。でもさ、弟子入り出来なかったんだし、他に方法無いと思うんだけど?」

 

 うっ。そぉなんだよね⋯⋯。

 確かにけいちゃんは強いし、他に心当たりも無いんだけど、だからってなぁ。

 

「⋯⋯考えてみます」

「ありゃ。まぁ私に出来る事があったらいつでも言ってよ。すぐ協力するからさ」

「⋯⋯うん、わかった」

 

 けいちゃんに教えてもらうのは最後の手段。

 とりあえずあの先生にもう一度お願いしてみよう。

 よみ⋯⋯あれ? 名前なんだっけ、よみ、よみ⋯⋯ダメだ思い出せない。

 まあ今度会ったらまた聞けばいっか。

 

「ところで、今日はどこ行くの?」

「あ、そうそう! 錏を連れて行きたい所があるんだよ!」

「連れて行きたい所?」

「もー! 錏があんな事言うから忘れてたよ! 『わたしにもけいちゃ」

「言わんでいいっ‼︎ それも一緒に忘れろっ‼︎」

「いやー無理だなぁ。あんな感動的なセリフ忘れられないって」

「もういいから‼︎ 結局どこ行くのさっ⁉︎」

「ふっふっふ。許可取るの大変だったんだよ?」

「許可、って⋯⋯まさか危ない所じゃないよね?」

「大丈夫だって! 全然危なくないよ!」

 

 けいちゃんから『全然危なくない』と言われると、余計に不安になるのは何故だろう⋯⋯。

 

「今日行くのはね! 学校見学、だよっ!」

 

 そう言って、けいちゃんはニカッ! と笑いました。

 

 

 □□□

 

 

 さてさて、そんな訳で。

 わたし達はけいちゃんが通う学校にやって来ました。

 

「おおー。思いっきり普通の学校だねー」

「でしょ? ザ・中学校って感じだよね」

 

 けいちゃんの言ってることは良くわかりませんが、校舎のいちばん端にある玄関に向かいながら、わたしはキョロキョロ周りを見回します。

 前の学校には当たり前にあった研究施設が見当たらないのがちょっと新鮮です。

 

「能力の研究やってる建物は無いんだね」

「普通はそんなの無いよ? 錏が行ってた所が変わってるんだよ」

「そっかー。じゃあ実験とかやる時はどうしてるの?」

「え?」

 

 ⋯⋯え?

 ふ、普通の質問をしたつもりだったんだけど、なんでそんな不思議そうな顔で見るの?

 

「実験なんかやった事無いよ」

「うそ⁉︎ だって、能力開発とかやってるよね?」

「それはあるけどさ」

 

 開発って、普通は研究室とかでやるんじゃ⋯⋯。

 

「でも基本的には、教室で先生の授業を受けるだけ。身体検査(システムスキャン)とかは別だけどね? 小学校の時もそうだったでしょ」

「そうだけど、中学になったら開発のやり方もレベルアップするものだと思ってたから⋯⋯」

「まぁ内容は難しくなってるけどねー。うちの学校には実験に参加してるヤツなんてほとんどいないよ?」

 

 そ、そうだったんだ⋯⋯。

 普通の学校には研究所が無い事が多いってのは聞いてたけど、まさか実験までやらないなんて思ってなかった。

 

「わたしが通ってた学校って、そんなに普通と違ってたんだ⋯⋯」

「放課後は毎日研究所で実験漬け、なんてのが普通なワケないって。そんなんやってたら身体がもたないよ」

 

 そう思っているのに、実験終わりのわたしを遊びに連れ回してたけいちゃんって、一体⋯⋯。

 

「それなら、放課後ってみんなどうしてるの?」

「うーん。部活とかやるヤツもいるけど、そうじゃない人は遊んでるんじゃない? 私もそうだし」

「毎日遊んでるの⁉︎ ⋯⋯うわぁ。なんか、ここに来て大丈夫なのか心配になってきた」

「大丈夫だっての。ちゃんと学校の勉強やってるし、宿題だってあるんだからね?」

「宿題! そうだよね! 宿題やらなきゃいけないもんね? みんな遊んでばっかりな訳ないよね?」

「まぁホームルーム中に全部終わらせて遊びに行くけど」

「ゔゔー!」

 

 実験が無い上に、頼みの綱の宿題も大した量じゃ無い事を知ったわたしは頭を抱えました。

 そんなに毎日遊んでたら、わたしダメになっちゃうんじゃ⋯⋯。

 

「さて、じゃあそろそろ中に入ろうか!」

「あ! ちょっと⁉︎」

 

 わたしを置いて玄関をくぐるけいちゃんを慌てて追いかけます。

 初めて来た学校で1人にされてはたまりません。

 

「あ、そっか。錏は上履き無いんだよね。スリッパとかあるかなぁ」

 

 玄関を探索し始めるけいちゃん。

 下駄箱と下駄箱の間に立っているわたしは、ドキドキしながら待っていました。

 

「あったよスリッパ! って、何ソワソワしてるの?」

「いやなんか、いけない事をしてる気分になってきて⋯⋯」

「え? なんで?」

「他の学校に行く事ってあんまりなかったから、不法侵入でもしてるみたいな気持ちになるんだよぉ」

「もー、錏はビビリだなぁ。ちゃんと先生に許可もらってるし、新学期からここに転校するんだから大丈夫だって!」

「う、うん。そうなんだけど⋯⋯」

「気にしない気にしない! ほいスリッパ」

 

 けいちゃんから手渡されたそれには、大きく『来賓用』と書かれていました。

 わたしは靴を脱いでスリッパに履き替えます。

 ⋯⋯でっかい。

 

「ぶかぶかだな! 錏は足ちっちゃいからしょうがないか」

「わかってるよ‼︎ いちいち言わないっ‼︎」

「脱いだ靴は私の下駄箱にでも入れときなよ」

「あ、うん」

 

 促され、先ほどけいちゃんが上履きを取り出していた所に自分の靴も入れました。

 ソワソワしてるせいか、なんか調子がおかしいです。

 

「よし、じゃあ案内するねー」

 

 そう言って歩き出したけいちゃんの後ろにくっついて中に入りました。

 

 玄関からすぐの壁には、掲示板。

 学校行事の案内や、下校時の注意事項などのポスターがたくさん貼ってあります。

 

「なんか、こういうのを見るのは新鮮だなー」

「そう? 私らは見飽きてるけどね。前の学校には掲示板無かったの?」

「あったけど、ほとんどが研究に関する情報とか学会の参加者募集とかの張り紙ばっかりで、生徒向けのは少なかったんだー」

「そんなの学校に張り出してどうするんだよ⋯⋯」

「ほんとにね。でもここは楽しそうなイベントがいっぱいあるねー! 文化祭とか、運動会とか! 楽しみだなぁ」

「どっちもまだ先だけどね?」

 

 ワクワクしながら掲示板を見ているわたしを、けいちゃんは苦笑しながら見ていました。

 すごいなー! 文化祭なんて初めてだよ! どんな事やるのかなぁ? おばけ屋敷とか、喫茶店とか? うあー待ち遠しいっ!

 

「あっ!」

「え⁉︎ な、なに⁉︎」

 

 学校のイベントに思いを馳せていると、急にけいちゃんが声を上げます。

 

「やっべー! 学級日誌を出すの忘れてた!」

「学級日誌⋯⋯?」

「あれ出さないと明日もまた日直やらされる! 錏、悪いけど案内板のとこで待ってて! 廊下の突き当たりにあるから!」

「あっ⁉︎ ちょっとけいちゃん⁉︎」

 

 わたしの制止を振り切り、けいちゃんはものすごい速さで階段を上って行きました。

 

「うわー⋯⋯階段を3歩で登り切るって、どんな脚力してるの?」

 

 いきなり一人にされたわたしは、しばらく階段を見上げていました。

 そこへまた、漠然とした不安が襲ってきます。

 

「うう⋯⋯」

 

 恐れていた事態。

 初めて来た学校で、本当に1人にされてしまいました。

 どうしたらいいの、これ。状況についていけないんだけど⋯⋯。

 

「と、とりあえずけいちゃんに言われた場所まで行こう。きっとすぐ戻ってくるよ。うん、大丈夫大丈夫」

 

 そう自分に言い聞かせて、わたしは歩き出しました。

 今いる玄関は校舎のいちばん端っこ。

 廊下の突き当たりというと、校舎の反対側まで歩かないといけません。

 

 ギシ、ギシ。

 誰もいない廊下に、板の軋む音がやたらと響きます。

 なるべく音を立てないようにゆっくり歩きますが、全く効果がありません。

 わたしは、なんとなく周りの様子を伺いながら歩いていきます。

 

 廊下の右側には保健室や生徒指導室などの部屋。

 左側は全て窓になっていて、その外には校庭があります。

 今日はテスト期間だからか、まだ太陽は高い位置にあるのに校庭に人影はありません。

 

「ううー、なんで放課後の学校ってこんなに怖いんだろ」

 

 静かな校舎には独特の雰囲気が漂っています。

 不安をごまかすためのひとり言だったのですが、怖いと口にした途端、余計に怖くなってきました。

 変なモノを見ちゃったりしたら嫌なので、わたしは周りを見るのをやめて、足元に集中しながら歩みを進める事にします。

 

 カタッ。

 

 ふと。

 窓がある方から音がしました。

 何だろうと思い、顔を上げると。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 目が、合いました。

 

 そこには、けいちゃんと同じ制服を着て、今まさに校舎に侵入しようと窓枠に足をかけている女の子が。

 

「ひぇあああああ⁉︎」

「うわああっ‼︎」

 

 わたしの叫びに驚いた女の子も声を上げてバランスを崩し、窓の外に落ちていきました。

 なに⁉︎ 今のなに⁉︎ 泥棒⁉︎ いやでも、この学校の制服だったよね⁉︎ てゆーか今の落ち方ヤバいよ‼︎ 頭からいってたよ⁉︎

 女の子の安否が気になったわたしは、窓に飛びついて下を確認します。

 

「ちょっと! 大丈夫ですか⁉︎」

「いたたたぁ」

 

 女の子は、窓のすぐ下にあった植込みに突っ込んで、頭をさすっていました。

 よかった⋯⋯元気そうだ。

 

「あれ? どちら様ですか?」

 

 なんか、侵入しようとしてた人に誰何(すいか)されたんですけど。

 

「あ、えっと。新学期からこの学校に転校する者なんですけど」

「転校生? そっかー! よろしくね!」

「あの、とにかく起き上がりませんか?」

 

 このままだと植込みに突っ込んだまま自己紹介とかしてきそうだったので、とりあえず女の子にそう提案します。

 

「あ、そうだね! よっと。今そっちに行くねー!」

 

 植込みから脱出した女の子は、再び窓から侵入します。

 ⋯⋯玄関にまわるとかじゃないんだ。いや、いいんだけどね。

 

「いやー危なかった! 頭から落ちた時はどうなる事かとうわちっちゃい⁉︎」

「ちっ⋯⋯⁉︎」

 

 廊下に降り立った女の子は安堵したのも束の間、驚きの声を漏らしました。

 横に立つと、けいちゃんと同じくらい背が高いです。

 

「本当に中学生?」

「大きなお世話ですっ‼︎」

 

 失礼な事をのたまう女の子。

 なんだかこの人、そこはかとなくけいちゃんと同じ匂いがします。

 

「ごめんごめん! ちょっとびっくりしちゃってさ」

「はあ。もういいですから」

「ところで、今日は何をしに来てるの? えっと⋯⋯」

「あ、理啓(ことひら) (しころ)です。今日は友達に連れられて見学に来てるんですよ」

 

 長い髪に絡んだ葉っぱを取りながら尋ねてきた女の子に自己紹介します。

 

「そうなんだ! 私は佐天(さてん) 涙子(るいこ)、この柵川中学の一年生でーす! あらためましてよろしくね!」

 

 すっごくいい笑顔で、元気いっぱい挨拶されました。

 

 

 □□□

 

 

「ところで、えっと⋯⋯佐天さんは何をしてたんですか?」

「お! それ聞いちゃう? あのね、この学校の都市伝説が本当かどうか確かめに来たんだよ!」

「都市伝説って⋯⋯あ」

 

 思い当たる節がありました。

 昨日けいちゃんとご飯を食べた時に聞いた、あの話。

 

「もしかして、あのコックさんの話ですか?」

「理啓さんも知ってるんだー。けっこう有名なんだね!」

「いえ。わたしも昨日友達から聞いたばっかりなんですけど」

「あ! じゃあさ、一緒に確かめてみない?」

「えっ?」

「実は、調理実習室ってそこなのだよ!」

 

 そう言って佐天さんが指差したのは、わたしのほぼ真後ろでした。

 ここが、あの話の調理実習室だったんだ。下向いて歩いてたから気づいてなかったよ。

 

「いやでも、わたし友達が」

「大丈夫! ちょこっと中を見るだけだから! ね? ね⁉︎」

「うあっ⁉︎」

 

 佐天さんはわたしの肩を掴んでグイグイ誘ってきます。

 このモチベーションはどこから来るんだろう、そんなにコックさんが見たいのかな?

 うーん、でもわたしも気になってはいるんだよね。想像を絶するほど美味しい料理を作るコックさん。

 そんなの本当にいるなら見てみたい。

 ⋯⋯よし。

 

「じゃあ、ちょこっとだけなら⋯⋯」

「おっけー! じゃあ開けるよー!」

「早い⁉︎ まだ心の準備がっ」

「オープンッ!」

 

 ガララッ‼︎

 

 わたしの制止も聞かず、佐天さんは勢い良く扉を開けます。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯誰もいませんね」

 

 扉の向こうには、がらーんとした教室があるだけでした。

 

「ええー? おっかしいなぁ」

「やっぱり、ただの噂だったんじゃないですか?」

「あーあ、せっかく来たのにつまんないなー」

 

 肩を落として、まさに『ガックリ』といった仕草をする佐天さん。

 あれ? でもこの教室⋯⋯。

 

「佐天さん佐天さん。なんかこの中、いい匂いがしません?」

「え? ⋯⋯あ、ホントだ! ハンバーグの匂いがする!」

 

 辺りには香ばしい香りが漂っていました。

 わたしにはただ肉が焼けた匂いとしか判別できなかったのですが、佐天さんはハンバーグだと断定します。

 ひょっとして、佐天さんも料理できる人?

 

「今日家庭科でハンバーグを作ったクラスがあったんですかね?」

「それは絶対無いよ! 今日はテストだったからね!」

「あ、そう言えばそうでしたね。けいちゃんも今日でテストが終わりだって言ってましたし」

「けいちゃん?」

「今日この学校に連れて来てくれた友達です。なんか、日誌を出すの忘れたーって言ってどこかに行っちゃったんですけど」

「ありゃりゃ、おいてけぼりにされたのかぁ。大変だねー」

 

 まったくです。わたしをほっぽってどこ行ったんだあんにゃろめ!

 

「そんな事よりこの匂いですよ。家庭科で使ってないなら、やっぱりこれって」

「『美食職人(ミラクルクッカー)』がいたんだよ! 都市伝説は本当だったんだ!」

 

 嬉しそうに騒ぎ始める佐天さん。

 その様子を尻目に、わたしはちょっと気になる事を考えていました。

 

 なんか変な感じがする⋯⋯何だろう。

 肉を焼いた匂い。ハンバーグ。うーん。

 

 自分が感じている違和感の正体がつかめません。

 わたしはなんとなく、廊下が気になって覗いてみます。

 

 廊下。ここから玄関が見える。掲示板を見てた時からこの教室に入るまで佐天さん以外の人影は見てない。

 という事は、わたしとけいちゃんが玄関に入った時にはもうここには誰もいなかった?

 違和感。んー。

 

「ねぇねぇ! どんなハンバーグを作ってたと思う? スタンダードなデミグラスソースかな? それとも大根おろしとか使った和風なヤツかな? 気になるー!」

 

 首をかしげるわたしとは裏腹に、佐天さんは盛り上がっています。

 

 ハンバーグ。和風。デミグラスソース。

 ⋯⋯ソース?

 

「そう言えばこの教室、ソースの匂いってしないですね」

「ん? ああ、言われてみれば。なんでかなー?」

 

 この辺に違和感がある気がする。

 ハンバーグ。肉を焼いた匂いだけ。ソースの匂いはしない。ソースを作ってない。普通ハンバーグにはソースをかけて食べる。

 まだ完成してない? 作ってる途中?

 途中なのに誰もいない。ハンバーグも無い。

 誰にも見られたくないから逃げた?

 でもけいちゃんと玄関に入ってから今までにここから誰かが出た様子はない。

 じゃあ、窓から逃げた?

 

「⋯⋯あれ。閉まってる」

 

 窓に近寄り鍵を確かめますが、開いている窓はありませんでした。

 

 全部の窓に鍵がかかってる。外からは閉められない。なのに誰もいない。

 いない? 本当に?

 

「⋯⋯ひょっとして」

 

 頭の中で、バラバラだったものが繋がった気がしました。

 わたしは窓からはなれ、机の下を覗いてみます。

 

「どしたの理啓さん? 机の下なんか見て」

「あの、わたしの勘違いかもしれないんですけど。もしかしたらまだ⋯⋯」

 

 他の机の下も覗きながら、教室内を歩きまわります。

 そして。

 

「⋯⋯見つかった」

「うわああああっ⁉︎」

 

 一番奥の机の下に、それはいました。

 この学校の都市伝説、『美食職人(ミラクルクッカー)』⋯⋯?

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