「うわああああっ⁉︎」
「理啓さん⁉︎ どうしたの⁉︎」
わたしの叫び声を聞いた佐天さんが、こちらに駆け寄ってきます。
「一体なにが、おわあっ⁉︎」
机の下に隠れていた人物を見た佐天さんも、驚いて声を上げました。
「何なの」
小さくつぶやきながら机の下から這い出してきた人物から距離を置くように、わたしと佐天さんは教室の隅の方まで後ずさりします。
「はわわわ⋯⋯」
大きい。
佐天さんより、さらに頭一つ分くらい背が高いんじゃないかな。
わたしなんか胸元くらいまでしかない。
「何なのって聞いてる」
「あ、えとぉ⋯⋯」
わたしが質問に答えあぐねていると、佐天さんがささやくような声でわたしに話しかけてきました。
「⋯⋯この人が
「⋯⋯ですよね」
肩にかかった金髪。左耳にいくつもつけられたピアス。ゴツい指輪。短いスカート。
どう見てもヤンキーさんにしか見えないです。
見えないですけど、その手にはまるで不釣り合いな物が握られていました。
ハンバーグの乗ったフライパンが。
「無視?」
「あ! いえいえそんな滅相もないっ!」
「わたし達ちょっと人探しをしてましてっ!」
完全に目の前のヤンキーさんにビビっているわたし達は、慌てて言い募りました。
身長が高いせいでこちらを見下ろす形になっており、威圧感がものすごい事になっています。
めっちゃ怖い‼︎ こんな人のご機嫌を損ねたら大変だよ‼︎
「人探し」
「そうです! ここにいるかなー、って思って覗いてみたんです!」
「どんな人?」
「え⁉︎ えーっとそれはぁ⋯⋯ね、ねぇ佐天さん?」
「えぇ⁉︎ 私に振るの⁉︎ あー、なんと言いますか⋯⋯」
訝しむように、ヤンキーさんは眉間にしわを寄せました。
ふぉぉ怖ぇぇ⁉︎
都市伝説になってる人を探しに来ましたー、なんて答えようものなら問答無用でグーが飛んで来そうな感じです‼︎
でも、もっともらしい言い訳が浮かばなかったわたしは、とっさに佐天さんに押し付けてしまいました。
佐天さんごめんなさいっ‼︎
「こ、ここにはいないみたいですねー! あははー!」
「そぉですねー! じゃあ佐天さん! おいとましましょうかー!」
おおっ! ナイス佐天さんっ‼︎ これで逃げられそうですよ⁉︎
思いっきり愛想笑いを振りまくわたし達を尻目に、ヤンキーさんはフライパンをコンロに置いて火をつけています。
どうやら料理の続きをしようとしてるみたいです。
「だめ」
「ぅええ⁉︎」
なんとかこの場から逃げられそうだと思った矢先、何故かヤンキーさんは引き止めてきました。
「でっでも、わたし達がいたらお邪魔でしょうし!」
「だめ」
「いやあの!」
「だめ」
わたしが何を言っても、ヤンキーさんはダメとしか言ってくれません。
もーワケわからんっ‼︎
「ど、どうしてダメなんですか? さっき隠れてたじゃないですか!」
わたしの心境を代弁するかのような佐天さんのセリフ。
それを聞いたヤンキーさんは、カチン、とコンロの火を止めてこちらに向き直ります。
え。お、怒りました?
「見られたから」
「⋯⋯え?」
ヤンキーさんはそれ以上何も言ってくれません。
「あの、それってどういう」
「⋯⋯⋯⋯」
理由は説明し終わった、とでも言わんばかりに、ヤンキーさんは無言で戸棚からお皿を取り出してハンバーグを移します。
ちょっとー‼︎ そこで止めないでくださいって‼︎ めちゃめちゃ怖いじゃないですか‼︎
それに全然理由がわかんないですよ⁉︎ てかなに普通に盛り付けはじめてるんですか⁉︎
「⋯⋯理啓さーん! 私もうムリだよー!」
「⋯⋯わ、わたしだって無理ですよっ! どうしたらいいんですかコレ⁉︎」
再び小声で相談するわたし達を気にする事なく、ヤンキーさんはフライパンに残った油に正体不明の液体をいくつか入れて混ぜ合わせています。
それを今度はハンバーグにかけて、フライパンを置くヤンキーさん。すごく満足気です。
いま入れたの何⁉︎ めっちゃカラフルでしたけど⁉︎ 絶対フツーの調味料じゃないですよね⁉︎
「ん」
「な、なんですか?」
ヤンキーさんが、ハンバーグの乗ったお皿をわたしに差し出してきます。
わたしは内心もうブルブルです!
「ん」
「え、っと⋯⋯」
「食べろって事じゃないかな?」
そ、そうなんですか? いやでも、この状況で食べろって言われても⋯⋯。
「ごくり。す、すごく美味しそうだよね?」
「えええ? そうですけどぉ」
キラキラした目でハンバーグを見る佐天さん。
なに生唾を飲み込んでるんですか! 確かにいい匂いがしてて美味しそうですけど、このヤンキーさんが作ったヤツですよ⁉︎
さっき何だかよくわからないものを入れてましたし、コレを食べるのはさすがに⋯⋯。
「あ、私食べてみてもいいですか?」
「ん」
「いくんですか⁉︎」
「もういっちゃうしかないって! いただきまーす!」
そう言って、差し出されたフォークを受け取り。
ハンバーグを一口分切り分けて、佐天さんは躊躇無く放り込みます。
うわぁ本当に食べた‼︎ どんだけハートが強いの⁉︎ 大丈夫なの⁉︎
「⋯⋯はうっ」
「ちょっ、佐天さん⁉︎」
心配していた矢先、もぐもぐ咀嚼していた佐天さんがいきなり崩れ落ちました。
ああっ⁉︎ やっぱり大丈夫じゃないじゃん‼︎ ダウンしてるじゃん‼︎
「佐天さん‼︎ どうしたんですか⁉︎ 佐天さんってば‼︎」
わたしは慌てて佐天さんを揺すりますが、全然動いてくれません。
やっぱりなんか変な物が入ってたんだ‼︎
どうしよう、魂が抜けちゃったみたいに頭がカクンカクンしてる‼︎ 起きて佐天さーんっ⁉︎
「ん」
「いやああっ⁉︎」
ヤンキーさんは、動揺しまくっているわたしにもハンバーグ付きフォークを突きつけてきます。
「無理無理無理っ⁉︎ 目の前で佐天さんがぶっ倒れたのに食べる訳ないでしょ⁉︎
はっ‼︎ さっきわたし達を止めたのって、まさか口封じのためですか⁉︎」
「いいから」
「よくねえぇぇえええッ⁉︎」
思わず荒い言葉で拒否してしまいました。
何が『いいから』なの⁉︎ 良い要素なんてどこにもなかったよ⁉︎ それで食べたくなる訳ないよ‼︎
嫌がるわたしに業を煮やしたのか、ヤンキーさんは、わたしの顔をガシッ‼︎ と掴んで、手にしたハンバーグを食べさせようとしてきます。
「うっ⁉︎ いや、いや! 食べたくないですって! あが、はががっ⁉︎」
わたしが力で抵抗できるはずもなく、とうとう口にハンバーグを突っ込まれてしまいました。
「うぅぅー‼︎ ⋯⋯?」
「どう?」
⋯⋯⋯⋯う。
「うまああああっ⁉︎」
凄まじい味の嵐に見舞われたわたしは、ついさっきまでの恐怖を忘れて夢中で咀嚼してしまいます。
なにこれ⁉︎ なんなのこれっ⁉︎ 本当にハンバーグ⁉︎ 美味しすぎてワケわかんないっ‼︎
プリンみたいにフワッととろけて、でも噛むとしっかり歯応えがあって、噛むたびに肉汁がブワァッと広がって肉の味はガッツリするのに全然くどくなくていやむしろ肉の味が強いのがソースと絶妙なコントラストになってソースは使われてる何種類もの野菜と魚介が全部わかりそうなほど主張してるのにひとつも突出しすぎないで主役のハンバーグと奇跡のバランスをおおぅぁぁああああ⁉︎
ハンバーグを飲み込むまでの間、味覚以外の全ての感覚が停止していました。
「よかった」
「⋯⋯ハッ⁉︎」
あまりの美味しさに、遠い世界に旅立とうとしていたわたしの意識は、ヤンキーさんの声で現実に戻ってきました。
あ、危なかったぁ‼︎
なんて暴力的な美味しさ。わたしまでダウンするとこだったよ!
でも、このハンバーグの異常な味。
まさかこの人が本当に⋯⋯。
「あの、ひょっとして、あなたが
わたしは勇気を出して聞いてみました。
あまりにもけいちゃんから聞いた話との共通する点が多かったからです。
めちゃくちゃ美味しい料理とか、食べろと迫ってくる所とか。
しかし。
「なにそれ」
わたしの質問に、ヤンキーさんはキョトンとしています。
「あ、あれ? 違い、ました?」
間違えた? これだけ噂とそっくりなのに?
でも、本当に
「雪平」
「えっ?」
な、なんでしょう。ヤンキーさんが何か言ってきましたよ?
「名前。
「あどうも。
わたしが戸惑っていると、突然自己紹介されました。
あまりに唐突だったので、思わずわたしも反射的に名乗ってしまいます。
「ん」
ヤンキーさんはそれで満足したようで、わたしから視線を逸らすと使っていたフライパンを洗い始めました。
ずいぶんこの教室のキッチンを使い慣れている感じがします。
⋯⋯なんの前触れもなく自己紹介って、マイペースな人だなぁ。
というか指輪したまま洗い物するんだ。ジャマにならないのかな?
「えっと」
⋯⋯とりあえず、このままジッとしているのも居心地が悪いから話しかけてみよう。
「あのー、語足さんは、いつもここで料理してるんですか?」
「雪平」
「いや、それはさっき聞きましたけど」
「違う」
「違う、って?」
「呼び方。雪平」
「え。初対面で名前を呼ぶのはさすがに⋯⋯」
「苗字は嫌い」
「あ、そうなんですか?」
「ん」
「じゃあ⋯⋯雪平さん」
「なに?」
「雪平さんは、いつもここで料理とかしてるんですか?」
「たまに」
「そうですかー」
「ん」
「⋯⋯⋯⋯」
うう、ほとんど単語しか返ってこない。こんなんじゃ全然間がもたないよぉ!
そんな会話をしている間に、手際良く洗い物を終えた雪平さんは、コンロにフライパンを置くとこちらを振り向きました。
無言でこちらを見つめています。
「う? な、なんでしょう?」
「理啓」
「はい⋯⋯?」
「その子」
そう言って、雪平さんは指を差します。
そこには、未だにぺたりと座り込んだままの佐天さんが。
ああっ! 忘れてた! まだ座り込んでたの⁉︎
「おーい、佐天さーん?」
「うはああっ‼︎」
「はひゃああっ⁉︎」
突然、ガバァ‼︎ と立ち上がった佐天さんに驚いたわたしは、のけ反り過ぎて尻もちをついてしまいました。
「⋯⋯あれ。理啓さんがメイド服じゃ無くなってる」
「なんの話⁉︎」
佐天さんはまだ完全に目が覚めていないようで、ぼんやりとわたしを見ています。
「あれー? ここ学校? ⋯⋯なんだ夢かぁ」
「一体どんな夢を見てたんですか⋯⋯わたしがメイド服って」
「惜しかったなぁ。『ほら佐天さん。わたしはあなたのメイドになったんです。スカートだってめくり放題ですよ?』なんて言うからめくってあげようとしてたのにー」
「ほんとになんて夢を見てるんですかっ⁉︎ めくり放題って何⁉︎ めくらせないよ⁉︎ なに言ってんの夢のわたしっ⁉︎ てか惜しかったってなんですかっ‼︎」
「だって、初春以外のスカートをめくれるチャンスだったんだよ? そんな機会は滅多にないのにー」
「ういはるって誰っ⁉︎ その人いつもめくられてるの⁉︎ そんな事しちゃダメですよ絶対困ってるよ‼︎」
「なんなら今からでも」
「ダメだっつってんだろおおおおっ⁉︎」
腰を落としてタックルするような姿勢になる佐天さん。
わたしは慌てて自分のスカートを押さえます。
なんでスカートをめくる事にそんなに真剣なの⁉︎ というか佐天さんってこんなキャラだったの⁉︎ スカートめくりに夢中なお年頃なの⁉︎
「くす」
ジリジリ迫ってくる佐天さんから必死でスカートを守っていると、後ろから笑い声が聞こえてきました。
「楽しい」
「え、雪平さん?」
「ふふ。でもやめて」
笑っただけでもかなり意外だったのに、さらに雪平さんはそんな事を言い出します。
「理啓が困ってる。嫌がる事をしたらダメ」
これは、わたしを助けようとしてくれてる?
雪平さんって、実は怖い人じゃないのかな。
「理啓のスカートはめくらせんばい」
「ん?」
「え?」
「あ」
⋯⋯⋯⋯。
ばい?
「あああああああ⁉︎」
「うわっ⁉︎」
「ちょっ、雪平さん⁉︎」
突然大声を上げて頭を抱える雪平さんに、わたしも佐天さんも困惑します。
「しもうたぁ! 今まで必死で抑えとったとにっ!」
「あの、雪平さん」
「⋯⋯なに」
いやいや、今さらそれは無理が無いですか?
「めくらせんばいっていうのは」
「言わんで⁉︎ わかっとるけんそれ以上言わんでえええっ⁉︎」
「え、えーっと」
「あの、理啓さん。これってどういう状況?」
「わたしにもわかりません⋯⋯」
佐天さんは困惑した様子でわたしに聞いてきます。
わたしにも訳がわからないくらいですから、意識を失っていた佐天さんには余計に状況がわからないでしょうね。
この豹変ぶりは一体⋯⋯?
「とりあえず、私の知らない間に何があったの?」
「あ、えと。自己紹介されたくらいですよ。この人は
「え⁉︎ じゃあやっぱりこの人が
「わたしもそう思って聞いてみたんですけど、なにそれ、って言われました。噂の事は知らないみたいですね」
「なーんだ。違うのかー」
露骨に佐天さんはガッカリします。
都市伝説の確認のために忍び込んだのに人違いだった訳ですからね。気持ちはわかりますよ。
「あ! それよりこの状況をなんとかしないと!」
佐天さんは未だに頭を抱えている雪平さんに近づきます。
「うう〜」
「えーっと、語足さん?」
「苗字は好かんって言うたやろーが! 名前で呼んでよ!」
「ええっ⁉︎」
あ。それ教えるの忘れてた。
佐天さんごめんなさい。
「カタリってなんな! 嘘つきみたいやっか! そがん名前で呼ばれとうなかっ!」
「あ、なんかごめんなさい⋯⋯」
話しかけた途端に怒鳴られた佐天さんは、良くわからないまま謝っています。
えーと、嘘つきみたいだから嫌ってこと?
うー、何を言ってるのかわたしもあんまりわかんない⋯⋯。
「じゃあ私も雪平さんって呼んでいいですか?」
「良かばってん、あんたも名前ば教えてさ」
「ば、ばってん? え?」
「ほらぁ! そがん反応されるけん隠しとったとにっ!」
「さ、佐天さんっ。名前を教えてって言ってるみたいですよ?」
なんとなく意味がわかったわたしは、目を白黒させている佐天さんを慌ててフォローします。
「あ、あー名前か!
「サテン? なんか、あんたも変な名前やね」
「そうですかー?」
「コーヒーでも出てくるごたっ名前やっか。変かよー」
「え、コーヒー?」
「喫茶店の事ば略して
「ダジャレかっ! 佐天が茶店って! その店制服は絶対サテン生地じゃないですか!」
「あはは! なんなそれー!」
おー? また笑わせてる。
佐天さんすごいなー。
というか、茶店って言い方は古くないですかね?
また雪平さんがパニクりそうだから言いませんけど。
「あー、面白か人やねー。さっきの理啓との掛け合いも面白かったし!」
「わたしは掛け合いをしてたつもりはないんですけど⋯⋯」
「だいぶ息ぴったりやったけど、いつも二人はそがん感じで話しよると?」
「いえ、佐天さんとはさっき会ったばっかりですよ?」
「そうそう! この教室の前でばったり会っちゃって!」
ちょっとだけ慣れてきました。
理解できる単語をつなげると大体の意味はわかる気がします。
かなり集中して聞いてないといけないですけど。
「はー。じゃあ相性の良かとやろうね。羨ましかなー」
「羨ましか? なんでですか?」
「私はまーだ標準語ば喋りきらんけん、仲の良か友達のおらんとさ。相手の困らんごとなるべく少ししか喋らんようにしたり、都会の人の服装ばマネしたりしよっとけどね⋯⋯」
「あ、素でその格好をしてるワケじゃなかったんですね」
逆効果じゃないかなぁ、金髪ピアスで指輪って。
服装と無口が相まって、かなり近寄り難い雰囲気を醸し出してましたよ⋯⋯。
都会にどんなイメージを持ってるんだろう?
「ところで、二人は本当のところは何ばしよったと? 今日はテストやけん授業は無いやろ?」
「あー。それはですねぇ⋯⋯」
「都市伝説の真相を探ってたんですよ! この調理実習室に潜む
ちょっと仲良くなれた事に気を良くした佐天さんは、元気良く本当の目的を話しました。
いや⋯⋯わたしはそのために来たんじゃないんだけどなぁ。
「ああ、理啓もさっき言いよったね。二人が探しとる人ってそれやったっか。でも、私もちょくちょくここで料理ばしよるけど、そがん人見た事無かよ?」
「そうなんですか⋯⋯。やっぱりただの噂なんですよ佐天さん」
「ええー? 見たって人もいるんだけどなぁ」
「なんかの間違いじゃなかと? ここで会った事のあるとはせいぜい忘れ物ば取りに来た人ぐらいやし」
「そっかー」
⋯⋯ん⁉︎ 忘れ物を取りに来た人⁉︎
「雪平さん! ちょっと聞いていいですか⁉︎」
「な、なんね理啓。そがん真剣な顔して」
びっくりする雪平さん。
わたしの頭を
「その人に、料理を食べさせたりしませんでしたか?」
「え? あー、そう言えば食べさせたね。ここに来た時のあんた達みたいにビクビクしとったけん、なんか食べたら落ち着くやろかと思って」
と、いう事は。
「⋯⋯佐天さん。わたしやっぱり、雪平さんが
「え、そうなの?」
わたしの意見に、佐天さんは首をかしげています。
「忘れ物をした生徒が料理を作っているコックさんを見た。想像を絶するほど美味しかった。⋯⋯かなり雪平さんと共通する話じゃないですか?」
「そうだけど、雪平さんはどう見てもコックさんじゃないよ?」
やっぱりそこ引っかかりますよね。
でも、それっておそらく。
「色んな人に伝わってくうちに『料理をしてた人』が『コックさん』に変わっていったんじゃないですか? 噂って尾ひれがついていくものですし」
「あー、あるある!」
都市伝説に限らず、噂話ではありがちなこと。
よく聞くじゃないですか、伝言ゲームの最後の人が正解とかけ離れた事を思い浮かべてしまう、って話。
それと同じことが起きてしまったんじゃないかと。
「でも雪平さんは
「あ、たぶんそれさ」
「へ?」
「たまたま雪平さんの耳に入らなかったんじゃない? ほら! まだあんまり友達がいないってさっき言ってたから」
「おおっ。やりますね佐天さん!」
「ふっふーん!」
佐天さんが得意顔で胸をはります。
なるほど、それなら知らなくても変じゃないですね。
「あと『すごい迫力で迫って来た』ってとこですけど、さっきまでのわたし達と同じかもですよ?」
「同じって?」
「雪平さんって見た目がヤンキーだし、その人もわたし達みたいにビビっちゃった。だからすごい迫力で迫って来たように感じたんです!」
「なるほどー!」
「え、ちょっと待って。私がヤンキーに見えるってどういう」
「他には何か無いんですか?
「ノッてきたね理啓さん!」
「スルーされた⋯⋯」
「あとはね、『料理を食べたら怪我が治った』って話もあるよ!」
「え。それ⋯⋯さすがにちょっと尾ひれがつきすぎじゃないですか?」
予想ばっかりで確信が持てないのでもっと何か無いかと聞いてみたのですが、それはいくらなんでも無理がある気がします。
ハンバーグは確かにとんでもない美味しさでしたけど、食べたら怪我が治るなんて⋯⋯ねぇ?
「あ」
でも、雪平さんはそれで何かを思い出したようで。
「お、何か心当たりがあります?」
「そう言えば転んで怪我した人もおったね。私の料理ば食べさせたら治ったばってん」
と、さらっと言ってきました。
「治ったんですか⁉︎ なんで⁉︎」
「なんでって、そいが私の能力やもん。
「おーが、え?」
聞き取れませんでした。ほんとに長ぇですね。
「
「⋯⋯ずいぶん変わった能力ですね」
「そうみたいやね? 学園都市でも他におらんって先生も言いよったよ」
「確かに、そんな能力聞いたこと無いですよ。すごいですね」
学園都市でたった一人の能力。
ひょっとして、さっき食べたハンバーグってすごく貴重だったんじゃ?
「不便か能力やけどねぇ。料理ばせんば何も出来んし」
「⋯⋯能力があるだけいいじゃないですか」
佐天さんが、うつむきながら何かをつぶやきました。
「え、なんですか?」
声が小さすぎて良く聞こえなかった。
雪平さんに意識をむけてましたし。
⋯⋯あれ。何だろう。
佐天さんの表情に、影が落ちたみたいに見える⋯⋯?
「さーて! じゃあ都市伝説の真相も掴んだことだし、私は退散しますかー!」
「えっ⁉︎ そんな急にっ」
「でわでわご機嫌よう! 理啓さん、雪平さん! また今度遊ぼうねー!」
「あ!」
そう言い残して、佐天さんは慌ただしく廊下に飛び出して行きました。
「行っちゃった⋯⋯」
どうしたのかな。なんか様子が変だったけど。
「私、気に障ること言うたかな⋯⋯?」
「いえ、そんなこと無いと思いますけど」
よほど気になったのか、雪平さんは心配そうな顔をしています。
おかしな事は言ってなかったはずだけどなぁ。
「佐天に嫌われたとかなぁ⋯⋯」
「大丈夫ですよ! 今度遊ぼうって言ってたじゃないですか。嫌いな人にそんな事は言わないですって!」
「そいなら良かとけど⋯⋯」
佐天さんが出て行った扉を見ながら、まるで飼い主に叱られちゃった仔犬みたいに不安がっている雪平さん。
⋯⋯ちょっとかわいい。
「おーい! 錏ー? どこにいるんだー?」
と。
開きっぱなしになっている扉の外から、けいちゃんの声が聞こえてきました。
あ! そう言えば、佐天さんやら雪平さんやらのインパクトが強すぎて、けいちゃんに案内板のとこで待ってろって言われてたのをすっかり忘れてた!
「なんか理啓のことば呼びよるね?」
「わたしの友達です! ちょっと待っててください!」
わたしは急いで廊下に顔を出し、けいちゃんの声に応えます。
「ごめんけいちゃーん! ここにいるよー!」
「いた! 何やってるんだよそんなとこで!」
わたしの姿を見つけたけいちゃんは、こちらに走ってきました。
「ごめんねー、ちょっと色々あって」
「色々ってなんだよー? あれ、ここ調理実習室じゃん」
「あのね、けいちゃんが昨日話してた都市伝説の正体じゃないかって人がいてね」
「都市伝説? あの
「うん。さっき佐天さんって人に誘われて、一緒にこの教室に入ったんだけど」
「なに錏、佐天と会ったの?」
「え、けいちゃん知り合い?」
「知り合いも何も、同じクラスだし」
「そうだったんだ。佐天さんは全然そんな事言ってなかったけどなぁ?」
あ。わたしが『けいちゃん』としか言わなかったからわかんなかったのかな?
「それより!
「いや、確信は持てないんだけど⋯⋯あ、けいちゃんにも紹介するね! 入って入って!」
わたしはけいちゃんの手を取り、雪平さんが待つ教室の中へ招き入れます。
「えと、この人がちょくちょくここで料理をしてる
「⋯⋯ども」
紹介に預かった雪平さんは、静かに挨拶をしました。
というかまたそのキャラなの雪平さん?
「で、こっちはさっき言ったわたしの友達の
「でかいヤンキーがいる」
「ヤン⋯⋯⁉︎」
けいちゃんの
「ちょ、ちょっとけいちゃん! 初対面の人にそれは失礼だよ⁉︎ 雪平さんはこう見えてもすっごくいい人なんだから!」
「こう見えても⋯⋯。やっぱりヤンキーに見えるとか⋯⋯」
「ああっ⁉︎ ち、違いますよ⁉︎」
しまったあ‼︎ 言葉のチョイス間違えたあっ‼︎
「ち、ちょっと言い方がヘンになっちゃっただけですから! 気にしないでください雪平さん!」
「でもヤンキーだよね?」
「けいちゃん‼︎ ちょっと口をはさまないで‼︎」
「ファッション誌に書いてあったとおりの服装にしとるとにっ! なんでヤンキーて言われるとっ⁉︎ そがんおかしか⁉︎」
どんなファッション誌を読んだの⁉︎ ちょっと読んでみたいよ!
あ、いやいや! それよりも早く雪平さんを落ち着かせなきゃ!
「おかしくないですよ! すっごく、その、カッコイイと思います!」
「ほんと⋯⋯?」
「ヤンキーの姉御って感じだよね」
「もー‼︎ けいちゃんっ‼︎」
「ほらぁ‼︎ そっちん人がヤンキーのごと見ゆって言いよるやっか‼︎」
「いやあのっ‼︎ これは違くてっ⁉︎」
「あっはっは! なに言ってるか全然わかんねー!」
「けいちゃんテメェ少し黙ってろおぉぉおおお‼︎」
けいちゃんの登場によって、教室内はあっという間にカオスな空間になってしまいました。
けいちゃん⋯⋯なんて事してくれるの。
□□□
それから。
雪平さんをなだめつつ、けいちゃんにこうなった経緯を説明したんですけど、これがもうめっちゃ大変でした⋯⋯。
雪平さんが落ち着きそうになる度にけいちゃんが茶々を入れてきやがるんです。
わざとやってるだろ⁉︎ ってくらい。
事あるごとに、やれ『通訳呼んで通訳!』だの『英語の方がまだわかる!』だの『金髪ピアスでセーラー服って!』だの『あはは! 錏がミニチュアに見える!』だの、すんげーうるさかったです。
どんな相手にも物怖じしない性格なのは知ってたけど、今日ほどそれが鬱陶しいと思ったことはないよ‼︎
なんでそう雪平さんの逆鱗にピンポイントで触りまくるの⁉︎
あとわたしがミニチュアってなんだコノヤロウ‼︎
それでもなんとか乗り切って、わたしはこの教室で起きた事を説明し終わりました。
ああ疲れた⋯⋯。
「あー面白い! こんな人が学校にいるなんて知らなかったなー! あっははー!」
ひとしきり笑い飛ばしたけいちゃんは、わたしの苦労なんて知りもしないでそんな事を言ってます。
⋯⋯あとで絶対ぶっ飛ばそう。
「しっかし雪平さー」
「なに」
けいちゃんは早くも呼び捨てです。
「あれー? なんで私にはそんな喋り方なの? 錏と話してる時はそうじゃないじゃん。ほら、ばってんばってん!」
「笑うから嫌」
「なんだよーけちー」
「知らない」
雪平さんに話しかけたけいちゃんが冷たくあしらわれています。
しこたま笑ったんだから無理もないですね。
「まぁいいや。んで、雪平はなんでわざわざ錏達を引き止めてまでハンバーグを食べさせたのさ? 話を聞いててちょっと不思議だったんだけど」
「不思議?」
「うん。だってさ、錏と佐天がここに来た時は見つからないように隠れてたんだよね? でも見つかったら逃げるのを引き止めてハンバーグを食べさせるって矛盾してない?」
「あ、そうだね。わたしもちょっと疑問に思った。どうしてなんですか?」
「え? そがんおかしかかな?」
雪平さんはわたしが話しかけると方言にシフトチェンジします。
頭の中でスイッチを切り替えるの面倒くさくないのかなぁ?
「だって、ご飯ば作りよる所に人の訪ねてきたら『せっかくやけん食べて行けー』って言うやろ?」
「え。ど、どうですかね⋯⋯」
雪平さんの言葉を聞いた瞬間に浮かんだイメージがありましたが、それを口にするのはちょっとどうかと思ったので、咄嗟に言葉を濁してしまいました。
言えない⋯⋯。
それって、田舎のおばあちゃん家に行った時とかに言われるセリフですよ、なんて。
「まぁ、最初はちょっと見つかったら嫌やなー、と思うて隠れてしもたとけどね。色々聞かれたりすっとは面倒くさかし」
「あ、そうですよね⋯⋯」
やっぱりお邪魔しちゃってたんだ。ごめんなさい。
「ばってん今日は見つかって良かった! 私の方言ば笑わんで話してくれる人と会えたもん!」
「え?」
「こいからもよろしくね、理啓!」
今日一番の笑顔で、雪平さんはそう言いました。
嬉しそうな雪平さんを見たら、こっちまでちょっと幸せな気分になります。
「⋯⋯はい!」
転校する前に二人も知りあっちゃうなんて、わたしもラッキーだなぁ。
しかも雪平さんも佐天さんもいい人だし。
今日ここに来て良かった。
「こちらこそ、ですっ!」
⋯⋯しかし、そんなほんわかムードをぶち壊す人物が1人。
「ふーん。なるほどねー。ほほー」
「⋯⋯なにけいちゃん」
「んー? なんでもー?」
「なんか気になる言い方だなぁ。ちゃんと言いたい事があるなら言いなよ」
「まぁ、何言ってるか全然わからなかったよね!」
「わかんなかったの⁉︎ そんな事なかったでしょ⁉︎ けいちゃんがちゃんと聞いてないからだよ!」
「だって、わかんねーもんはわかんねーもん」
「もんもんうるさい!」
「
「何よ?」
「嫌い」
「あっはっは! そっか嫌われちゃったかー! 私はあんたの事けっこう気に入ったんだけどなー!」
「笑うとこじゃないよけいちゃんっ‼︎ うう、ごめんなさい雪平さん。根はいいヤツなんですけど⋯⋯」
「理啓が謝る事はなかろーもん?」
「なかろーもん! あっはっは! なかろーもんっ!」
「ぐっ⋯⋯‼︎」
「もう‼︎ けいちゃんっ‼︎ やめなって言ってるでしょー⁉︎」
「だあって! なかろーもんってぶははっ‼︎ あっはっは‼︎」
「よーしあとでにしようと思ったけど今ぶっ飛ばしてやるぁああ‼︎」
「あーっはっはっは‼︎」
「逃げるなこらぁぁあああ⁉︎」
わたしとけいちゃんは、調理実習室の中をドタバタ暴れ回ります。
「幼なじみだからってもう許さん‼︎ 絶対雪平さんに謝らせてやるっ‼︎ おとなしくパンチされろー‼︎」
くっそぉ‼︎ また全然当たらないっ‼︎ むーかーつーくー‼︎
「⋯⋯はたから見とる分には面白かとけどねー」
雪平さんのため息混じりのつぶやきは、わたしとけいちゃんには全く聞こえていませんでした。