「⋯⋯っ⁉︎」
背中には、まるで熱した鉄板に寝転がっているかのような、灼けつく感覚。
どうにか体を引き剥がしたいのに、指の一本すら動かすことが出来ない。
なにが、おきた?
なにが、おきてる?
「いっ、ぎぁ⋯⋯!」
全身を絞め上げられる感触がわたしを襲い、押し潰された肺から漏れる空気が、勝手に声として出力された。
「しばらくそうやっててくれる?」
そんな声がわたしに掛かる。
『感触』に絞められているのは、体のあちこち⋯⋯なんて生易しいものではなかった。
文字通りの、全身。
体の全てが
爪のすき間、耳の中に至るまで、余すところなく。
「すぐ終わるから。大人しくいい子にしてて」
頭上から降ってくるその声は、絶え間無く耳を侵す別の音のせいでひどく聞き取りづらい。
みしみしミシミシみしみしミシミシみしミシみしみしミシみしみしミシミシみしミシミシミシミシ‼︎
今まで大して気に留めたこともなかった自分の体の軋む音は。
人間ひとり分が束ねられ、凄まじい轟音となってわたしの体内に充満してしていた。
声の主が、耳元に口を寄せる気配。
眼球すらも『感触』によって自由が許されないわたしには、その姿の端だけしか捉えられない。
「じゃあ終わったからそろそろ行くね」
舌が口腔を打つ音まで聞こえる距離で発せられたその声は、異様なほど鮮やかに聞こえた。
立ち上がり、離れていく足音。
まだ『感触』はなくならない。
「私達がいなくなるまで、もう少しだけガマンしててねー」
なんで?
なんで、こんなことになってる?
何がどうなったら、こんなことになる?
おそろしく長く感じた時間が終わり。
光が見えるはずのない自問を。
わたしは繰り返していた。
「さ⋯⋯て⋯⋯」
□□□
はー! 今日もいい天気!
ちょっとジリジリと日差しが強いけど、『夏』って感じでいいですねー!
さっきからボタボタ汗が
⋯⋯⋯⋯。
ぬ。
「ぬうあぁああ‼︎ いいワケあるかー‼︎」
自分をだましきれませんでした。
こんにちは。
今日も今日とてヒマなわたしは、また一人でトボトボと学園都市をお散歩しています。
暑いです。足があっついです。
今日は午前中からけいちゃん達と遊びに行くつもりでいたんですよ。
だってけいちゃん、テストは昨日で終わりって言ってたじゃないですか?
でも朝、電話してみたら。
『は? フツーに今日学校だし』
な⋯⋯なんですと?
『いや、テスト終わったら返ってくるだろ』
あ。
ああー‼︎ そりゃそうかー‼︎
『つかまだ
そうねー⁉︎ 能力の
『んじゃ学校行く準備するから切るわ。プツッ、プー。プー。プー』
⋯⋯⋯⋯。
ちょっと冷たすぎないですかね、
昨日はあんなにわたしを心配して、いいって言ってるのに病院に運送しようとしてくれたのに。
なだめるの大変だったんだからね?
し、しかし。
まさか
学園都市の学生にとって、定期的に能力の
「休みボケ、恐るべし⋯⋯‼︎」
ということがあり。
そんなこんなで、わたしの気分は朝からずっとどんよりです。はぁぁぁ。
しかもわたし、昨日からちょっぴりヘコんでましてね?
あー、っと。
ヘコむというか、なんというか。
学校見学のあと、けいちゃんと雪平さんとわたしの三人でゲーセンに行って遊んでた時に、その、悪ノリしちゃって。
ウチに帰ってから、ふと思い出したんですよね。
妙なテンションで、なんつーコッパズカシイ事をしてしまったんだ! って。
「うっ⋯⋯うあー⁉︎」
いま思い出しても恥ずかしいっ‼︎
なにが感動のラストシーンだよ‼︎ 脈絡なさすぎだよ‼︎ 雪平さん困ってたよ‼︎
なんでわたしあんな事しちゃったんだ⁉︎
雪平さんが優しいから良かったものの、ゲーセンの床に転がって『仲間に看取られる兵士ごっこ』とか明らかにおかしいから‼︎
しかも、その優しい雪平さんにイジワルな事までしちゃって!
言葉がわかんないからってあんな言い方は無いよっ⁉︎ 雪平さんが気にしてるの知ってるくせになんなのアレ⁉︎
信じられない‼︎ 本当にバカじゃないの⁉︎
「もぉぉおおおおお‼︎」
頭を掻きむしって叫ぶわたし。
すると背後から。
「うし」
「ぉふあ⁉︎」
何やらお声がかかりましたよ?
「ねー。なんでうしのマネしてるの?」
そこにいたのは小さな男の子。
小学生になりたてくらい、でしょうか?
「し、してないよ?」
「してたじゃん。もー、って」
「してないって!」
「してた!」
「してない!」
「してたもん! ぜったい!」
め、めんどくさい。
すこぶるめんどくさい。
子供好きだけどめんどくさい。
夏の暑さと相まってめんどくさい。
⋯⋯あー。
「えと、あれはね? 牛の真似じゃなくて、わたしの心の葛藤を表現してたっていうかね?」
「かっとーをひょーげん?」
どーだっ!
必殺『お姉さんめんどくさいと難しい言葉で子供をごまかしちゃうんだぜ‼︎』
キミにこれはわかるまい⁉︎
「かっとーをひょーげんしてたの?」
「そうそう!」
「かっとーをひょーげんってなに?」
「あ、えーと」
「かっとーをひょーげんしてたらうしになるの?」
くっ⁉︎ まさかこれは!
返し技『ワケわからん話で煙に巻こうとすんなよ子供は好奇心ハンパねぇぜ‼︎』
お、おのれ生意気なっ!
「ねーねー」
「あ、あのね⁉︎ お、お姉さんいまちょっと忙しいの! また今度教えるね?」
「⋯⋯んー?」
よ、よし。今のうちに⋯⋯!
「おまえちっちゃいじゃん」
なっ。
「なんだとぉ⁉︎」
「ぼくとおんなじ子どものくせに! なにがおねーさんだよー!」
「こっ、こぉんの⋯⋯!」
ハッ⁉︎
い、いかんいかん!
相手は子供。子供だから!
ここで怒ったらわたしの負けだよ?
「⋯⋯うふ、うふふふふ。あのねぇ? わたしぃ、こぉ見えても中学生なんだよぉ」
「ちゅーがくせい?」
「そぉぉだよぉぉ。すっごく年上だよぉぉ」
いいぞー! よくガマンした!
わたしオットナぁ!
「うそつけー!」
ぺたっ。
「⋯⋯⋯⋯あ?」
む、ねっ?
「なぁっ⁉︎ さ、さわっ⁉︎」
「ほらみろ! ぺたんこじゃんかー!」
「⋯⋯⋯⋯」
ぷっちーん。
「ナニしやがってんだこんのエロガキがぁぁあああアアアアアッ‼︎」
「う、うわあああ⁉︎」
あ‼︎ 逃げた‼︎
「おいコラァ‼︎ もういっぺん言ってみろよテメェ‼︎」
「やだあああああ‼︎ ぺたんこが怒ったあああああ‼︎」
「だぁレがぺたンコダァァああァァアあぁあアあアアああアアアあああアアアアア⁉︎」
「おまえが言えっていったあああああああ⁉︎」
□□□
十数分後。
わたしは床の上に正座していました。
「⋯⋯はい⋯⋯わかります」
「そうでしょう⁉︎」
「⋯⋯そうです⋯⋯はい」
「それなのに! あんな小さい子を追いかけ回して!」
「⋯⋯返す言葉もございません」
「ご自分でおっしゃったのでしょう⁉︎ お姉さんなのだと! 恥ずかしいと思いませんの⁉︎」
「⋯⋯恥ずかしい、です」
「先生に言われたことがあるでしょう⁉︎ 弱い者いじめをしてはいけないと!」
「⋯⋯はい⋯⋯」
あまりにも真っ当なお説教。
わたしは、たたでさえ小さいのにさらに縮こまってしまいます。
叱りつける
普通なら気になって仕方がないところですが、格好を見れば妙に納得がいきます。
わたしの憧れ。稀代のお嬢様学校。
常盤台中学の制服。
「あの子が貴女より強いとでもお思いになりましたの⁉︎」
「⋯⋯いいえ」
「そうでしょうとも! どこをどう見てもあの子は小学校低学年にしか見えませんの!」
「⋯⋯はい」
ほんとに、わたしはなんて事を⋯⋯。
罪悪感がどんどん大きくなるのを感じながら、違うことが気になる心もほんのちょっぴり。
叱りとばす時もスラスラ出てくる上品な言葉の数々。
さすが、生粋のお嬢様。
「お姉さんだとご自分でおっしゃったのなら! それに見合うだけの度量をお持ちなさいな!」
「っ‼︎ ⋯⋯ごめん⋯⋯なさいっ」
グサリと来る一言。
反省と後悔で頭が埋め尽くされながら、わたしはもう感心しきりです。
この
人に説教ができるほどの、確たる信念というものを。
言葉の端々からそれが伝わってくる。
やっぱり、お嬢様ってすごいんだ。
わたしとは全然違うなぁ⋯⋯。
「はぁぁぁ⋯⋯。お顔を上げてくださいな」
と、そこで。
ここまでの強い語気を鎮めた
「もういいですの。十分に反省なさっているようですし」
「⋯⋯ごめん、なさい」
「そんなにシュンとしないでくださいまし。なんだか悪い事をしている気分になってしまいますの」
「そっ、そんなことありません! まだ言いたいことが残ってるならちゃんと最後まで⋯⋯!」
「いいえ。これ以上続ければ弱い者いじめになってしまいますの」
「えっ、と?」
それは、どういう⋯⋯。
なんでそうなるのか良くわかりません。
「叱るというのは、相手に反省させるための行為でしょう?」
「え、ええ。まあ⋯⋯」
「貴女はもう十分に反省なさっている。その反省している相手をさらに叱るなんていう行為は、死人に鞭打つのと同義。権力を笠に着たただの弱い者いじめ。筋が通らないですの」
「⋯⋯はー」
本当にすごいなぁ、この人。
同じ中学生とは思えない。
さっき見た能力もすごかったし。
「あの、ところで。もうよろしいでしょう⋯⋯? そろそろ、その、足を崩してくださいな」
さっきと違い、明らかにはっきりと困った顔になる
「⋯⋯⋯いいんでしょうか?」
「いや良いも何も! ご自分から始めたことではありませんの! わたくしが正座を強要したような言い方はよしてくださいましっ!」
あ。そうでした。
ここ来た拍子に我に返って、自責の念にかられまくって、それで。
わたしが自分で正座したんでしたー。
「こんな場面を誰かに見られでもしたらわたくしっ、人間性を疑われてしまいますの! お、お願いですからっ!」
「わ、わかりました⋯⋯」
わたしは、仕方なく移行しました。
正座から体育座りに。
「いや椅子にかけてくださいな⁉︎」
「ええっ⁉︎」
「なぜそこで驚くんですの⁉︎ 床に座っているのが問題だと言ったんですのよ⁉︎」
いやだって‼︎
わたし悪い事して叱られたばっかりじゃないですか。そんなわたしが
「⋯⋯いいですわ」
「えっ?」
「ご自分で出来ないとおっしゃるのならっ!」
シュンッ!
ぼふっ。
「おお?」
近づいた
テレビや映画の場面転換みたいに、目に映る景色が一瞬で変わり。
床に座っていたはずのわたしのおしりは、ソファの上に着陸しました。
「おおおー‼︎」
「何をよろこんでいますの⁉︎ 子供じゃあるまいし!」
体育座りの格好のままソファに転がり、沸き立つ衝動を抑えきれないわたし。
「ふぉぉー⁉︎」
「ああもう‼︎ 足をバタバタさせないでくださいっ‼︎」
すっごい‼︎ すっごいよ今の⁉︎
「もう⋯⋯なんなんですの」
すごく呆れていらっしゃいますが、はしゃぐのは仕方ないのです。
能力者がたくさんいるこの学園都市でも、
しかしそういう能力と違い、発現しにくいタイプと言われる
230万人中、たった58人。
その中でも、人間を飛ばせるほどの
「だって‼︎
「⋯⋯さっきもやったじゃありませんの」
その原因となっているのが、11次元の絶対座標。
他の能力者のほとんどが、能力を使う時はイメージしやすい3次元の相対座標で演算しています。
自分の前方5メートル、高さ1メートルの位置にある物を燃やすぞー、みたいな感じで。
ところが
そんなモノ、わたしはぼんやりとすらもイメージ出来ません⋯⋯。
⋯⋯とまあ、説明になったのかイマイチわからないわたしの説明は置いといて。
とにかく言いたかったのは、『鉛筆一本飛ばす
元々数が少ない上に、人間を飛ばせる
な・の・で‼︎
自分自身を飛ばしてもらえるなんて、どれほどレアな体験かっ‼︎
二回目なのに小躍りしちゃっても仕方ないじゃないですか
「ここに来た時のこと、もうお忘れで?」
「お忘れでないですよ‼︎ ちゃーんと脳ミソに永久保存しましたよ‼︎」
「そ、そうですか⋯⋯」
ここにわたしを連行して来た時。
この
鉛筆一本ですら大変なのに、人間二人。
しかも片方は自分自身。
「まずシュンってなって‼︎ そのあとすぐパッて‼︎ ここに‼︎ くぅー‼︎」
「⋯⋯そうですわねー」
それはなぜか。
答えはカンタン、自分を飛ばすのは難しいから。
野球のボールを投げるより、砲丸を投げる方が難しい。
鉛筆一本を投げるより、人間二人を投げる方が難しい。
重くなるほど、投げるのもコントロールも大変になる。
遠くなるほど、投げるのもコントロールも大変になる。
まして、自分自身を投げる?
そんなの一体どうしろと?
そんな感じらしいです。
前の学校で、能力開発の授業担当の先生が言ってました。
『そんな簡単なものじゃないけどな! あくまで今のは例え話だ! お前ら勘違いするなよ!』
とも言ってましたけど。
⋯⋯だったらなんで話したんだろう?
「では、そろそろよろしいでしょうか」
「え?」
「わたくし巡回に戻らなければなりませんの」
そう言って椅子から立つ
「も、もう終わりですか⁉︎」
「ええ。終わりですわ。さ、こちらへ」
わたしを優雅に促して、出入口の外へと一緒に出ます。
ものすごく事務的です。
「帰り道は大丈夫ですわね?」
「あ、はい。端末のナビで⋯⋯」
「結構。ではわたくしはこれで」
シュンッ!
という音を残して、わたしの前からいなくなってしまいました。
「⋯⋯⋯⋯」
な、なんか。
あ! 名前聞くの忘れた!
あんな人に会えるチャンスなんて滅多に無いのに!
常盤台で、
あああー。
「⋯⋯はぁ。わたしも出よー」
このまま詰所のドアの前に立っててもしょうがないので、わたしはひとまず建物の外まで出てみました。
うわ、やっぱり外はムワッとする。あちぃー。
「えーっと、お?」
現在地確認のため端末を取り出そうとポケットに手を突っ込んだ時、見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んできました。
「おーい! なにしてるんですかー?」
「⋯⋯ん?」
あ。無口バージョンになってる。
「こんにちはー!」
「え? ええ⁉︎ こ、理啓っ⁉︎」
こちらを振り向いてなにやらドギマギしているのは、昨日出会って仲良くなったばかりの雪平さん。
すごい偶然ですねー。
「なっ、なしてここに理啓がおると⁉︎」
「あー⋯⋯ちょっといろいろありまして」
ちょっと言葉を濁しました。
さすがに、『小さい子供を追っかけ回して
「雪平さんこそどうしたんですか? 今日学校ですよね?」
けいちゃんが学校だということは、同じ学校に通う雪平さんも授業があるはずなのですが。
「えと、
「
あれ? けいちゃん、今日だって言ってたかな?
テストが返ってくるってことは、普通の授業のはずだけど⋯⋯。
大体の学校では、
全校生徒の測定を一気にやる訳ですから、メインの測定はもちろん、準備や後片付けにも時間がかかってしまうからです。
「私の場合は、特別な設備のあるところでしか測定出来んけんさ。別に予定ば組まれるとよ」
「ははぁ、なるほど」
能力開発にあまり力を入れていない学校では、こういう事も結構あります。
設備が無く、自分の学校で測定が出来ない生徒は、設備の整った大きな学校や研究所で
「で、さっき終わったけん学校に戻りよるところやった」
「そうだったんですかー」
⋯⋯ん?
「あの、もしかしてここって、柵川中学の近くなんですか?」
「え? すぐそこたい」
そう言った雪平さんは、近くの建物を指差します。
「あ、確かに学校が見えてますね。柵川中学かどうかは判別できないですけど」
「なん理啓、ここがどこかわかっとらんと?」
「え、ええ。まあ」
「昨日来たばっかたいね。うちの学校に」
「そうですけど⋯⋯」
何しろテレポートで飛んで来ましたからね。
詰所の中に。直で。
途中の道順もなにもあったもんじゃないです。
「理啓ってさ」
「はい?」
「よう迷子になるやろ」
「んな⁉︎」
なぜそれをっ⁉︎ エスパーですか⁉︎
え、もしかして伝説の
「昨日見たばっかの建物ば覚えとらんって」
「⋯⋯ああ」
そっちですか。なーんだ。
「苦手なんですよねー、それ。どうやったら覚えられるんですかね?」
「どうやって、って」
ガゴォッ‼︎‼︎
「⋯⋯えっ⋯⋯」
いきなり。
なんの前触れも無く。
石と石をぶつけた時のような音が響き。
雪平さんの体が
「いや、は?」
そのまま、こちらに寄りかかるように倒れていき。
支えきれなかったわたしと共に路上へと転がる。
「いたた⋯⋯。ちょっ、なにしてるんですか雪平さ⋯⋯えっ⁉︎」
その時。
目の前にあったのは。
「ちょっと⁉︎ どうしたんですか⁉︎」
脱力し、目を閉じ、口を開いて。
どう見ても意識を失っている。
雪平さんの、顔。
「大丈夫ですか⁉︎ く、ぐぐ、っしょ‼︎」
とにかく、この体勢のままでは
「と、とりあえず病院⋯⋯! 救急車を呼ばないと!」
急いで端末をポケットから取り出し、焦っておぼつかない指でキーを押
「余計なことしないでくれる?」
ゴキンッッ‼︎‼︎‼︎
後ろから声がしたと思った矢先。
さっきと同じ音がもっと間近から聞こえた。
自分の、頭から。
「がっ、あ?」
痛みのあまり、またわたしは倒れ込んでしまい。
その拍子に、手からこぼれた端末がわたしの体の下敷きになる。
な、にも。
見えなかった、のに⋯⋯。
「なーんでまた一緒にいるかなー?」
先程と同じ声。
倒れたために、後ろにいたその姿が視界に入る。
「あ⋯⋯あ?」
「ねー、理啓さん」
どうして。
どうしてここに。
「さ⋯⋯佐天、さん⋯⋯?」
「あれ。まだ意識があるんだ」
雪平さん同様、昨日出会ったばかりの佐天さんがそこにいた。
なんで、佐天さんがこんな⋯⋯。
「おーい! まだ起きてるよー?」
佐天さんが誰かにそう話しかけ。
ゴガッッ‼︎‼︎
「があ⋯⋯っ⁉︎」
また。
同じ場所に、同じ衝撃。
「やっ、やめ⋯⋯佐、天さ」
「おっかしいなぁ。まだダメなの?」
ガツッ‼︎‼︎
ゴンッ‼︎‼︎
ゴキッ‼︎‼︎
立て続けに来る、頭への衝撃。
何度も、何度も、何度も。
金属バットで殴られるような痛みが、わたしの頭の至るところを執拗に襲い。
しかしわたしの目には、やはり何も見えなかった。
しばらくして、一旦衝撃が止むと。
「⋯⋯う、あ⋯⋯」
「んー。ほんとにタフだねぇ理啓さん」
呆れたように腰に手を当て、佐天さんが言ってくる。
タフだねぇ。
それはそうだ。
そういう能力だ。
わたしの、
『健康が害された状態』を全て排除する。
タフなのは当たり前。
でも、それは。
『健康を害する要素を無効化する』という事ではない。
『攻撃が効かない』という事ではない。
雪平さんの意識を容易に奪った攻撃にさらされ続け。
しかし気を失うどころか、痛みが麻痺する事すら無いのを見ればわかるだろう。
身体が破損するのは『異常』。
意識が無くなるのは『異常』。
痛みが麻痺するのは『異常』。
痛みを感じるのは、『正常』。
それはつまり。
「もう死んでてもおかしくないんだけどなー」
常人なら命の失うほどの事態だろうと。
意識をはっきりと保ったまま。
ひたすら痛みに耐え続けなければならない、という事で。
それが、この能力に健康『過剰』と名付けられる事になった
「ほんっと邪魔」
話し方とはまるで似つかわしくない、氷のように冷たい目で佐天さんがわたしを見下ろす。
「連れて行きたいのは雪平さんだけなのにさー」
わからない。
訳がわからない。
昨日はあんなに無邪気に笑っていた佐天さんが、どうして。
「まーいいや。じゃあ少し大人しくしててもらおうかな?」
佐天さんがそう言うと。
ギシィッ‼︎‼︎
「っぎ⁉︎」
わたしの体に、さっきまでとは全然違う力がかかる。
まるで、絞られる雑巾になってしまったかのような。
「これでもう邪魔できないよね!」
佐天さんは、昨日見た時と同じような。
無邪気な笑顔でそう言って。
そして。
物語は冒頭へと戻る。
□□□
「さ⋯⋯て⋯⋯」
ようやく、体が動いた。
しかし痛みがまだ引かず、のろのろとしか動かせない。
わたしは起き上がる事が出来ないまま、頭を転がすようにして先程雪平さんが倒れていた辺りへ目を向ける。
「⋯⋯っ」
やはりそこに、雪平さんはいなかった。
さっきの口ぶりを考えるに、佐天さんに連れて行かれたのだろう。
「さ、てん、さ⋯⋯なん、で⋯⋯」
まだ出会って間も無いけど、こんなひどい事をする人だなんて思えないよ。
どうして⋯⋯。
いくら考えても理由はわからない。
わかるのは、雪平さんが佐天さんに連れて行かれた、という事だけ。
「う⋯⋯くっ⋯⋯」
景色が、
誰もいなくなってしまった景色が。
まただ。
またわたしは、なにもできなかった。
「⋯⋯っ?」
と、そこで。
背中に異変を感じた。
その異変を少しありがたいと思ってしまった。
そのままだったら、泣いていたから。
体をよじって原因を探る。
痛みのせいで、ゆっくりとしか動かせない。
それがひどくもどかしい。
「あ⋯⋯」
そこにあったのは、先程下敷きにしてしまった携帯端末だった。
あれほどの事態に見舞われている間ずっと体の下にあったのに、壊れる事なく着信を表示している。
動かす度に襲ってくる激痛を抑えつけ、のろのろと耳元まで近づけたところで通話ボタンを押すと。
『よーう錏! 学校終わったよー!』
そんな。
いつも通りの元気な声がスピーカーから聞こえてきた。
いつの間に、そんな時間になっていたのか。
「あ⋯⋯けい、ちゃん⋯⋯」
『なになに? ヒマすぎて死にそう?」
あまりにも、いつも通り。
あまりにも、普段と変わらない声。
その声が、いま自分がいるのとは全然違う世界のものに感じてしまい、また泣きそうになってしまう。
「⋯⋯う、うぐ⋯⋯っ」
『え? ど、どうしたんだよ⁉︎』
ついさっきまではわたしもそっち側にいたはずなのに。
いまけいちゃんのいる『日常』の中にいたはずなのに。
「ひぐっ。けい、けいちゃ⋯⋯っ」
『な、泣いてちゃわかんないって!』
電話口で、けいちゃんが困っている。
わたしだってけいちゃんと同じだよ。
わたしだってわかんないよ。
どうして。
どうしてだろう。
どうしてなんだろう。
どうしてしまったんだろう。
どうしてこんな事になるんだろう。
どうして雪平さんがいなくなるんだろう。
どうして佐天さんはこんなことをするんだろう。
どうして。どうして。どうして。
なんにも、わかんないよ。
『落ち着け‼︎‼︎』
「っ⁉︎」
けいちゃんの一喝で、ビクッと体が跳ねる。
『錏、何があった?』
低く抑えたその声は、奇妙な強制力を感じた。
「ゆき、雪平さんが⋯⋯連れてかれた」
『連れてかれた?』
「うん⋯⋯いきなり、倒れて」
『ちょっと待て。なんで倒れたんだ?』
「わかん、ない。なんか、ガツンって、音がしたと思ったら、急に」
『⋯⋯たぶん何かの能力だな。錏は大丈夫だったのか?』
「わたしも、された。頭が、バットで殴られたみたいになって」
『はあ⁉︎』
「でも、気絶しないから⋯⋯まだダメか、って。何回も」
『な⋯⋯』
「それでもダメだから、って。今度は、何か、に、すごい力で締めつけられて。体が、メキメキメキって、なって。動けなくなって」
言っている事が、整理できなかった。
ちゃんと伝わっているだろうか。
『⋯⋯錏、いまどこだ』
「え? どこ、かな⋯⋯
『すぐ行く。待ってろ』
『ね、ねえ佩楯さ』
プツ、プー。プー。
通話が切れる。
最後に聞こえた声は、知らない人のものだった。
クラスメイトと一緒にいたのだろうか?
「けいちゃん⋯⋯すごく、怒ってた」
そう感じる声だった。
下手をすれば、この前絡まれた時よりも。
「あ。しまっ、た⋯⋯」
何も考えずに話してしまったが、これでは絶対にけいちゃんが来てしまう。
そしておそらく。
けいちゃんは、雪平さんを助けに行くと言い出してしまう。
「ダメだ⋯⋯けいちゃんを、巻き、込んじゃ⋯⋯っ!」
起き上がるために、わたしは動き始めた。
すぐそこの、
まだ痛みは相当ひどいが、引くまで待ってなんかいられなかった。
行かなきゃ。
けいちゃんが、来る前に。
まずは寝返り。
少し動かしただけで、体が震えるほどの痛みが起こる。
だがそんなものを気にしている場合ではない。
早くしないと、けいちゃんが来てしまう。
ようやく横向きになると、軋みが一番ひどかった肋骨が地面に当たった。
ゴリッ、ゴリッ、という感触がする度に痛みが走り、フラッシュのような明滅が断続的に頭の中で起こる。
そして。
「ぐうううっ‼︎」
ある一点を越えたところで、重力によってわたしの体はごろりと転がり。
うつ伏せの状態で、痛みのあまり止まってしまう。
「う⋯⋯くは」
力が入らない。
少しずつ動いても頭がチカチカしていたのに、残り半分一気に転がってしまったのだ。
わたしは、前半の分を全てまとめて叩きつけたような激痛に包まれていた。
「くあ、あ⋯⋯」
焦る心と裏腹に、頭が訴えている。
もうやめたい。もう痛い思いはしたくない。
そう、訴えている。
そんなことを言ってる場合じゃない。
ここで止まってる場合じゃないんだっ!
「ぐ、ぐぐうっ⋯⋯‼︎」
すぐそこまででいいんだ!
すぐそこの、
お願い、だからっ⋯⋯動いてよぉ‼︎
「ぐぅぁああっ‼︎」
体を持ち上げるため、全身に力を込める。
必死で、力を込める。
しかし、わたしの願いは聞き届けられなかった。
「錏っ‼︎ 錏ぉっ‼︎」
もう、来てしまった。
けいちゃんが、来てしまった。
「大丈夫か⁉︎ ちくしょうっ‼︎」
バタバタとわたしに駆け寄り、体の下に手を入れ、抱き起こそうとする。
「いっ、ぎううっ‼︎」
「あっ⁉︎ ご、ごめ⋯⋯‼︎」
当然起こる、とんでもない痛み。
食いしばった歯のすき間から漏れたうめきにけいちゃんは驚き、中途半端に起きた姿勢で止まった。
けいちゃんの行動によって、体が再び上を向いたおかげで視界が開ける。
「だ、いじょうぶ、だから⋯⋯すぐ、おさまる、から。気にしないで⋯⋯?」
「わかった! わかったからっ!」
そう答えるけいちゃんの顔は、今にも泣きそうになっていた。
眉をハの字にして。口はヘの字になってて。唇を噛みしめて。
と。
そんなけいちゃんの顔の向こうに、もうひとつの人影が。
「だ⋯⋯だ、れ?」
「えっ」
見たこともない人だった。
ひたすら何かを端末に話しかけている。
柵川中学の制服を着たその人を、けいちゃんも振り返って。
「⋯⋯なに言ってるんだ?」
すぐまたこっちを向いたけいちゃんは、今度は不思議そうな顔になっていて。
わたしにはわからない。
まるで、わからない
そんな顔をする理由が。
わからない。
なんでここで。
「佐天だよ。昨日会ったんだろ?」
その名前が出てくるのか。
わたしには、わからなかった。