とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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8話 わたし助けに行く‼︎

 

「⋯⋯え⋯⋯っ?」

 

 けいちゃんの言った事が、理解できない。

 

佐天(さてん)、さん?」

 

 この人が?

 そんなバカな、だって佐天さんは。

 

「本当に大丈夫か⋯⋯? まあこんな状況だし、記憶が混乱しても無理ないと思うけど」

 

 記憶が混乱? わたしが?

 健康過剰(インヴァリアブル)の能力があるのに?

 

「いま警備員(アンチスキル)に連絡したから! すぐ捜索するって!」

 

 問題の人がわたし達に歩み寄ってくると、けいちゃんはなぜだか眉間にシワを寄せた。

 

「なあ佐天、ついて来なくていいって言ったよな? 通報だけしてくれって」

「い、言われたけど⋯⋯」

「じゃあなんで来たんだよ」

「場所がさ」

「場所?」

「場所がどこかわかんないと、通報できないよね」

「⋯⋯あ」

「だからついて行かなきゃ、って」

「うわごめん! そりゃそうだよな?」

「い、いいよいいよ、こんな緊急事態に冷静でいろって方が無理だし!」

 

 ⋯⋯っ。

 イライラする。

 すごく、イライラする‼︎

 雪平さんが危ないかもしれないっていうのに、なんで⁉︎

 一体何をしてるんだよ‼︎

 

 わたしは二人の会話を聞きながら、頭に血が昇っていくのを感じていた。

 

「けいちゃんっ‼︎」

「うおっ⁉︎」

 

 突然張り上げた大声に、けいちゃんは身を仰け反らせる。

 そんな当たり前の仕草ですら、今のわたしには不愉快極まりなかった。

 

「わたし助けに行く‼︎」

「はあ⁉︎ いきなり何言い出すんだよ!」

 

 無理矢理起き上がろうとするわたしの腕を掴み、けいちゃんも負けじと語気を強める。

 

「離して‼︎ 早くしないと雪平さんが‼︎」

「錏が行って何ができるんだよ‼︎」

「そ、そうだよ。第一、どこに行ったかもわからないのに」

「うるさいっ‼︎ 邪魔しないで‼︎」

 

 二人の、言うとおりだった。

 どこに連れて行かれたかわからない。

 行ってもまたあの能力にやられるだけ。

 そんなこと、言われるまでもない。

 

「わたしが行かなきゃ‼︎ わたしが、行かないとっ‼︎」

「お前まで捕まったらどうすんだよ⁉︎」

 

 だからなんだ。

 それがどうした。

 友達が、雪平さんが危ないんだ。

 助けてくれ、って待ってるんだ。

 

「離してってば‼︎ く⋯⋯っ‼︎」

 

 わたしの安全? 場所がわからない?

 そんなの。

 知ったことではない。

 

「離せよぉっ‼︎」

 

 

 

 パァンッ!

 

 

 

「⋯⋯あ⋯⋯?」

 

 ほおに、痛み。

 振り抜いた、けいちゃんの手。

 

「ちょっ、佩楯(はいだて)さん⁉︎」

 

 誰だかわからない人の戸惑っている声がする。

 しかし、わたしにはその人の姿など見えていなかった。

 

「落ち着けって、さっき言ったよな」

 

 けいちゃんが。

 けいちゃんが、叩い、た?

 

「あ、うあ⋯⋯」

 

 昨日ゲーセンで殴られた時よりも、今の方がよっぽど痛かった。

 

 周囲のものが徐々にぼやけていき。

 でも、真ん中にいるけいちゃんはどんどん鮮明になっていく。

 視野狭窄。

 まるで、けいちゃんの顔だけにピントを合わせた、カメラのレンズ越しのような。

 

(しころ)

「っ⁉︎」

 

 けいちゃんの両手が。

 叩かれたほおを押さえるわたしの手も一緒くたに。

 わたしの顔を鷲掴みにして、自分の方を向かせた。

 

「いま、お前は落ち着いてるか?」

 

 落ち着いて、ない。

 

「ちゃんと周りが見えてるか?」

 

 見えて、ない。

 

「周りの声が聞こえてるか?」

 

 それは、聞こえる。

 

「きちんと状況がわかってるか?」

 

 状、況?

 

「どうだ。一つも問題無いか?」

 

 まっすぐにわたしの目を見つめて、けいちゃんが尋ねる。

 

「う⋯⋯」

 

 思わず目をそらしてしまった。

 なんだか、そのけいちゃんの目が自分を責めているような気がして。

 でもこれでは、もう答えを言ったようなものだ。

 今のわたしは問題だらけだと、言ってしまったようなものだ。

 

「ならダメだ。行かせない」

 

 またこの声。

 妙な強制力のある、この声。

 

「で、でも!」

「なあ、錏」

「っ」

 

 後ろめたい気持ちがあるのか、ただ呼ばれただけなのにわたしの体が強ばる。

 けいちゃんは手を下ろし。

 

「なんでだ」

 

 静かに聞いてきた。

 

「なんで、自分が行かなきゃいけないと思うんだ」

 

 決まっている。

 そんなの決まっている。

 

「⋯⋯友達だから」

 

 浮かんでくるのは昨日のこと。

 暴れまわって調理実習室を追い出された後のこと。

 友達という言葉を出した途端に慌て出し、でもすごく嬉しそうだった、雪平さんの顔。

 

「雪平さんの、友達だから」

 

 地方から一人で出て来て。

 話す言葉が通じなくて。

 知ってる人は誰もいなくて。

 頑張っても頑張っても友達が出来なくて。

 

「雪平さんにとって、『友達』っていうのはすごく特別なものなんだ」

 

 それでも頑張って。

 もっと頑張って。

 頑張って、頑張って、頑張って。

 頑張りすぎて、もう何が正しいのかわからなくなってしまって。

 気が付けば、周りは近寄ってくれなくなっていて。

 ⋯⋯そう言う経験を、雪平さんはしてきたんだと思う。

 

「雪平さんは、わたしが学園都市に来て初めて出来た友達だって言ってた」

 

 どれだけ不安だったんだろう。

 どれだけ寂しかったんだろう。

 どれだけ苦しかったんだろう。

 

「友達だと思ってくれてる人を裏切るなんて、絶対いやだ!」

 

 そんな思いはもうさせない。

 絶対にもう、して欲しくない。

 だから。

 

「だからわたしが助けるんだ‼︎ 助けに行かなきゃいけないんだ‼︎」

 

 そうするのが。

 友達だと思うから。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 思いの丈をぶつけられて。

 黙って聞いていたけいちゃんはゆっくりと。

 頭上に腕を振りかぶる。

 

 ⋯⋯振りかぶる?

 

「え、え?」

 

 ばっすーん‼︎ と、ものすごい音を立てて。

 困惑するわたしの肩に。

 渾身のスパイクで相手コート打ち込まれるボールになってしまったんじゃないか、と錯覚してしまうような。

 クッソ重たい一撃が落ちた。

 

「ぃ痛ったぁ⁉︎」

 

 なんで⁉︎ なんで叩かれたの⁉︎

 てかすんげー痛い‼︎ 普通の人なら腕とれちゃうんじゃないのこれ⁉︎

 

「まったくー。錏はワガママちゃんだなー」

 

 けいちゃんのやってる事も言ってる事も訳がわからないわたしは目を白黒させてしまう。

 突然何を言い出したんだコノヤロウは?

 

「じゃあ仕方ないから私も行くかぁ」

「え⁉︎」

 

 なぜそうなる⁉︎

 けいちゃんを巻き込みたくないから、わたしだけで行くって言ったのに!

 

「ち、ちょっと待って! 意味わかんない! けいちゃんは来なくていいよ!」

「だって、錏がいま言った」

「は⁉︎」

「友達だと思ってくれてる人を裏切れないよ、って」

「そうだよ⁉︎ だからわたしだけで行くって言って⋯⋯!」

 

 言い募るわたしに、けいちゃんは照れくさそうな顔で。

 

「私は、錏の友達だろ?」

 

 ⋯⋯あ⋯⋯。

 

「じゃあ私も錏を助けるために行かなきゃなー?」

 

 あああ⁉︎ しまったぁああ⁉︎

 

「でっ、でもけいちゃ」

「友達は裏切れないもんなー?」

「あう」

「自分の言った事には責任持つよなー?」

「ううう」

 

 か、完全に墓穴を掘った⋯⋯。

 

 目の前では、けいちゃんがイタズラっぽい笑みを浮かべている。

 

「まあそれにさ」

「⋯⋯え?」

「私だって雪平を友達だと思ってるし。助けたい気持ちは錏と同じだよ」

 

 ⋯⋯そうだった。

 そう言えばけいちゃん、昨日言ってたっけ。

『あっはっは! そっか嫌われちゃったかー! 私はあんたの事けっこう気に入ったんだけどなー!』

 って。

 相手がどう思ってようが、自分が気に入ったら、けいちゃんの中ではもう友達だもんね?

 

 と、そこでけいちゃんは難しい顔になり。

 

「しかしどーすっかなぁ。助けに行こうにも場所がわからない事には動きようがなー」

「あ、それなんとかなるかも!」

 

 突然、それまで保っていた沈黙を破り、手に持った端末をこちらに向けてくるナゾの人。

 

「お? 調べられるのか?」

「たぶんね!」

 

 話しながら、すでにその人は端末を操作し始めている。

 そして端末を耳に当て。

 

「え、電話?」

「そう!」

「どこに掛けてんだよ?」

「ちょっと初春(ういはる)にね!」

 

 ⋯⋯ういはる⁉︎

 ういはるってあの、昨日佐天さんがいつもスカートめくってるって言ってた⋯⋯!

 や、やっぱりこの人、佐天さんなの?

 

「あ、もしもーし! 初春ー?」

 

 気になってしょうがないわたし。

 相手の名前を呼んだところからして、どうやら本当に『ういはる』という人らしい。

 

「ちょっと調べてほしい事があるんだけどさ、いまどこにいるー?」

 

 わたしもお願いしたい。

 目の前のあなたの正体について、是非とも調査を。

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

 

 □□□

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 そして、わたし達は現在。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 雪平さんが連れて行かれた場所を特定するために動いてくれている、『初春』なる人物からの連絡を待っています。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「な、なんで私こんなに見つめられてるのかな?」

 

 何もしないで待っているのがガマン出来ないわたしは、さっきから棚上げになっているナゾの調査に着手する事にしました。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「え、えーっと」

 

 この人が、佐天さん?

 良く思い出せ。

 こんな顔だったか?

 こんな髪型だったか?

 ⋯⋯⋯⋯。

 

「絶対違いますっ‼︎」

「なんか怒られた⁉︎」

 

 わたしの断定に驚愕するナゾの人。

 そこでけいちゃんが。

 

「あー、悪い。なんか混乱してるみたいでさ。ひどい目に遭ったから⋯⋯」

「そ、そっか⋯⋯そうだよね」

 

 けいちゃんの言葉を聞くと、ナゾの人は心配そうな表情を浮かべて視線を送って来ます。

 

「違うんだよけいちゃん! わたしの頭が混乱してるとかじゃな」

「あ! 来たっ!」

「おおっ?」

 

 抗議しようとしたわたしを遮って、ナゾの人が着信を知らせました。

 

 くっ! 一体いつになったらナゾが解けるんだ!

 さっきから気になって仕方ないのに!

 

「もしもし! 場所わかった⁉︎」

 

 しかし、今は雪平さんの方が大事。

 気にはなりますが、ひとまずそっちは置いといてナゾの人の会話に集中します。

 

「大丈夫だよ! 私がそんなことすると思う?」

 

 何の話をしてるのかな⋯⋯ん?

 ナゾの人が指を口に当てた。喋るなってこと?

 

「はいはいわかりました! 私は絶対近づきません! これでいいでしょ?」

 

 そう言うと、端末を耳から離して何かの操作をしました。

 すると。

 

『なーんか怪しい気がしますけど⋯⋯本当に行ったりしないでしょうね?』

「しないしない! 177支部の近くだったみたいだから気になるだけ!」

『⋯⋯だったら寄り道しないで大人しく帰ればいいじゃないですか』

 

 あ、なるほど。

 わたし達に聞こえるようにしてくれたんですね。

 177支部っていうのは⋯⋯あ、そこに書いてあるや。

 さっきの風紀委員(ジャッジメント)の詰所のことか。

 

「それよりほら、早く早く!」

『はぁ⋯⋯じゃあ言いますよ?』

 

 端末の向こうの人は、そこで一拍間を空け。

 

『えーと、向かったのは繚乱家政(りょうらんかせい)女学校の方角です。この第7学区からは出てないみたいですね』

 

 

 □□□

 

 

 繚乱家政女学校。

 

 エリート育成に重点を置く常盤台中学とは違う角度から、即世界に通用する人材を育てている養育施設。

 在籍する学生は全員、家政のスペシャリストとなるべく日々精進しているという、学園都市でもかなり異色な特徴を持つ学校。

 わたし達がいるこの第7学区でも、『実地研修』と称してあちこち駆け回る繚乱生の姿を時々見かける。

 

 その卒業生のことごとくが、ボタンのつけ直しから国家的プロジェクトまで、あらゆる局面で雇い主を補佐できる人間になっているという。

 (いわ)く、『真のメイドさん製造工場』

 

 校外で見かけるのは実地研修中の生徒ばかりであり、研修に赴く際は常にメイド服姿。

 そのため他校生に、『繚乱家政の制服はメイド服なんだぞ!』と勘違いされることも多い。

 

 とまあ。

 色んな意味で有名なその学校が見える位置まで、わたしとけいちゃんは来ていました。

 結局、ナゾの人イコール佐天さんなのかは判明しないままです。

 

「ここに、雪平さんがいるのか⋯⋯」

 

 緊張感を漂わせるわたしの肩には、ゼーハー言ってるけいちゃんの手。

 

「し、錏。お前、なんでそんな、平気な、顔、してんだ」

「けいちゃんこそどうしたの? ちょっと走って来ただけなのにそんな息切らせて」

 

 けいちゃんはなぜか、わたしを支えにやっと立っているような状態。

 

「おま、10分、以上の、全力、疾走は、ちょっと、じゃない、って」

「?」

 

 よくわかりませんが、わたしは再度けいちゃんに確認します。

 

「本当にここでいいんだよね?」

「お、おう。間違い、ない、はず」

 

 あのあと。

『初春』なる人物の情報をもとに、わたしとけいちゃんはすぐさま繚乱家政女学校に向けて走り出し。

 その途中、あの場に残ったナゾの人からの連絡によって先程の予測は正しかったとの確証を得られていました。

 なんでも『初春』なる人物は、第177支部に所属する風紀委員(ジャッジメント)だったんだそうで。

 非番だったのにナゾの人が無理矢理呼び出して、防犯カメラや警備員(アンチスキル)の通信記録にアクセスさせ、場所を割り出したらしいです。

 

 てゆーかそれハッキングとかってヤツだよね⁉︎

 街の治安を守る風紀委員(ジャッジメント)がそんなことやっていいの⁉︎

 ⋯⋯『初春』さんって、一体⋯⋯。

 

「ふぅぅぅ⋯⋯やっと落ち着いてきた」

 

 わたしが考えを巡らせていると、ようやくけいちゃんが復活したようです。

 

「もう、しっかりしてよけいちゃん。情けないなぁ」

「なんだとこのヤロー‼︎」

「ぐえっ⁉︎」

 

 情けないと言われたのが気に食わなかったけいちゃんは、いきなり後ろに回り込んで、わたしの首を絞めてきました。

 

「く、苦し⁉︎ ちょっ、けいちゃ⋯⋯!」

 

 いくらもがいても外れる気配の無いけいちゃんの腕。

 それでもなんとか逃れようと暴れて続けていると、突然パッとけいちゃんはわたしを解放しました。

 

「ぶはぁ‼︎ な、何するのけいちゃん‼︎」

「思い知ったかー!」

「思い知りたくないよ‼︎ いま何を思い知らせたの⁉︎ そんな状況じゃないでしょ⁉︎」

「だって錏がー」

「だってじゃないよもう‼︎ この馬鹿力‼︎」

「は?」

 

 そこでなぜか、けいちゃんはキョトンした顔を作り。

 

「力なんか入れてなかったぞ?」

「ウソだ! 全然外れなかったのに!」

「あー、多分あれだよ。キレイに入ったんだ」

「⋯⋯ん?」

「だから、技がキレイに入ったから外れなかったんだよ」

「⋯⋯んん?」

 

 追加説明がまるで意味を成してない。

 なんでキレイに入ったら外れないのかを知りたいのに!

 なんかこう、腕が、こう、こうなって?

 

「そんなことより錏、相手はどんなヤツだった?」

「⋯⋯、え⁉︎ な、なに⁉︎」

 

 自分の腕をくねくね動かして何がどうなっていたのかを検証していたわたしは、いきなり質問されて声を上げてしまいました。

 しかし、けいちゃんはそれに動じる事無く。

 

「能力を使われたんだよな。どんな能力だったかわかるか?」

「あー、っと⋯⋯わかんない」

 

 何も見えなかったわたしには、どうにも説明のしようがありません。

 

「何でもいいんだよ。なんか、殴られたーとか動けなくされたーとか言ってただろ」

「そうだけど、何も見えなかったんだよ。石とかが飛んできた訳でもないし」

 

 何でもいいとのことなので、とりあえず思った事を口に出してみます。

 

「あと、凄い力でギューってされた。全身がメキメキ鳴るくらい」

「⋯⋯なあ」

「ん?」

「それ、念動系の能力じゃないの?」

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

「それだー‼︎」

「うお⁉︎」

 

 そうだよ‼︎ なんで今まで気づかなかったの⁉︎

 念動能力(テレキネシス)なら全部説明がつくじゃん‼︎

 ちょっと考えればすぐわかるのにっ‼︎

 

「うぬぬぬぬ⋯⋯!」

「なんで悔しそうなんだよ。他に考えようが無いだろ」

「う、うっさい‼︎ 落ち着いたならもう行くよ⁉︎ ほら早くっ‼︎」

「あっ! おい待てって!」

 

 けいちゃんの制止の声を振り切って。

 わたしは、雪平さんの待つ繚乱家政の敷地内へずんずん進んで行きました。

 

 

 □□□

 

 

『⋯⋯あのあと、またわかった事があるから伝えるね?』

 

 端末から聞こえる、ナゾの人の声。

 

『雪平さんって人を乗せた車は、繚乱家政の旧実験棟の前に停まってる』

「旧実験棟?」

「メイドさんが一体何の実験をするんですかね」

 

 わたしとけいちゃんがいるのは、繚乱家政女学校の校舎裏。

 掃除用具がしまってある小屋の陰に隠れ、現在ナゾの人の指示をグループ通話で聞いている最中。

 

『新しい料理のレシピなんかを研究してたんだって』

「あーなるほど」

『でも、今はもうやってないみたい。だから旧って付くんだろうね』

 

 端末の向こうでも小声で話しているのは、近くにいる初春さんにバレないようにしているためらしい。

 

『つまり。今そこにいるのは、その雪平さんって人と犯人だけ』

「⋯⋯相手は人目を気にする必要が無い、ってか」

『そういうこと、だね』

 

 要するに。

 追い詰められたら、犯人はどんな手段に出るかわからない、という事。

 

「どこの部屋にいるかはわからないんですか?」

『ちょっとそこまでは⋯⋯。使われてない建物だから、セキュリティも切ってあるみたいでさ』

「そうですか⋯⋯」

 

 それを知ることが出来たら、状況はかなり有利になったんだけど。

 

『ごめんね、初春も頑張ってくれたんだけど』

「わからないものは仕方ないですよ。なんとかするしかありません」

『あの、やっぱり警備員(アンチスキル)に任せた方がいいんじゃ⋯⋯』

「それじゃ遅いんですよ‼︎」

『えっ?』

警備員(アンチスキル)を待ってる間に雪平さんが何をされるかわからないんですよ⁉︎」

『で、でも』

「いつ来るかわからない助けなんか、待ってられません‼︎」

『⋯⋯⋯⋯』

「佐天、錏もこう言ってるからさ。悪い」

『佩楯さんまでっ!』

「じゃ、行くわ」

『ちょっ⋯⋯』

 

 けいちゃんの言葉を合図に、わたし達は通話を切った。

 ⋯⋯まったく。

 わたしに付き合って、心配してくれてるクラスメイトの忠告を断るなんて。

 あとで気まずくなっちゃうかもしれないのに。

 

「⋯⋯ありがとう。けいちゃん」

「え? 何が?」

 

 ⋯⋯わかってるくせに。

 とぼけたフリなんかしちゃって。

 まぁ、けいちゃんがそれでいいのなら。

 

「んーん。なんでもない」

 

 わたしもこれ以上は突っ込まないでおこうかな。

 

「あ⋯⋯」

「え? どうしたの?」

「建物の場所聞くの忘れた⋯⋯」

「あー、ちょっと待って。調べてみる」

 

 わたしは端末で、繚乱家政女学校の学校案内ページにアクセスし。

 同じページ内にある見取り図を開く。

 

「うーん⋯⋯『旧実験棟』なんて載ってないね」

「そっか。今は使われてない、って佐天も言ってたもんな」

 

 危険を承知で誰かに聞いてみるしかないか、と思い始めていたわたしは、そこでふと気づく。

 

「あ、もしかしてあそこかも! あの建物のとこだけ見取り図に何も書いてない」

 

 他の建物には全て『第1校舎』や『体育館』などの表記があるのに、一つだけ空欄になっている建物が。

 

「⋯⋯怪しいな。とりあえず行ってみるか」

「うん」

 

 ひとまず、方針は決まった。

 これであの建物が違っていたら、その時はもう誰かに聞くしかないだろう。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 辺りを注意深く見回し、誰もいないことを確認する。

 

「行くぞっ」

 

 けいちゃんの合図で、わたし達は小屋の陰から飛び出した。

 姿勢を低くし、物陰から物陰へ。

 見つからないよう慎重に。

 でもなるべく駆け足で。

 幸いなことに、繚乱家政の敷地内は物陰に事欠くことはなかった。

 校内の景観を良くするためか、植え込みや菜園や花壇がそこかしこに(しつら)えてあるからだ。

 と、道程の4分の3ほどを走ったところで。

 

「⋯⋯錏! ついて来てるか?」

「⋯⋯大丈夫!」

 

 先を行くけいちゃんが、小声で確認してきた。

 そこでわたし達は方向を変え、建物の入口が見える位置でまた身を潜める。

 一度、様子を見るために。

 

「⋯⋯さっき、車が一台停まってるのが見えた。たぶんあそこであってる」

「⋯⋯本当だ」

 

 建物の脇に、小さめのワンボックスカー。

 

「初春が言ってたのって、ああいう車のことだよな」

「⋯⋯そうだね」

 

 誰も乗ってない、か。

 ということは、雪平さんはもう建物の中に連れて行かれたのかな。

 いや。その前にあれが犯人の車だっていう確証もな

 

「っ‼︎‼︎」

「ん? どうした?」

 

 突然息を飲んだわたしを、(いぶか)しげに見るけいちゃん。

 建物の二階奥。

 窓の一つに、人影があった。

 

「佐天、さん⋯⋯」

「え⁉︎」

 

 その一言を聞いたけいちゃんも、慌ててわたしの視線を追い、建物を確認する。

 

「いや⋯⋯あれのどこが佐天なんだよ。てか、佐天ならさっきの場所に置いて来」

「違う」

「⋯⋯違う?」

「わたしが言ってるのは、その人のことじゃない」

 

 そう。

 わたしが言っているのは。

 

「雪平さんを連れて行った『佐天さん』のこと」

 

 すなわち。

 

「昨日、調理実習室で会った『佐天さん』のことだよ」

 

 けいちゃんが、目を見開いている。

 そういえば、けいちゃんには一度もきちんと言っていなかったかもしれない。

 

「ち、ちょっと待て、全然わからない。え?」

「だから! あそこにいるのが昨日会った『佐天さん』なんだってば!」

「⋯⋯ええと⋯⋯?」

「ああもう‼︎ そんなのどうでもいい‼︎ とにかく今は雪平さんを助けないと‼︎」

「お、おお、そうだな」

 

 そうだ。

 こんなところでうだうだやってる時間は無いんだ。

 雪平さんを助けてから、いくらでも考えればいい。

 

「⋯⋯よし、行こう」

「うん!」

 

 目指すは『佐天さん』が見えた部屋。

 雪平さんを連れ去ったクソ野郎の待つ部屋だ。

 

 

 □□□

 

 

 入口には、鍵がかかっていなかった。

 というかそもそも金具が壊れていて、ドアノブを捻らず押しただけでドアが開いた。

 中に入り、音を立てないよう慎重に閉じる。

 建物の中は、薄汚れた感はあるが廃虚というほど荒れてはいなかった。

 

 ⋯⋯ここから先は犯人のテリトリー。下手に声を出すことは出来ない。

 と、わたしが息を殺していると。

 

 ん?

 なんかけいちゃんが肩を⋯⋯。

 あ。奥に階段があったのか。

 

 わたし達はすぐにそちらへ向かう。

 もしも人がいては困るので、途中の部屋に警戒しながら。

 

 そうして、やっと辿りついた階段を上がると、そこは先程『佐天さん』のいた部屋のすぐ近くだった。

 

 ⋯⋯くそ。ここからじゃ中の様子が見えない。

 もっと近くまで行ってみるしかないか。

 

 けいちゃんの顔を伺うと、こちらを見返して頷いてきた。

 どうやらわたしと同じ意見だったらしい。

 けいちゃんに頷き返し、改めて足元を確認する。

 特に瓦礫が転がっていたりはしなかったが、細心の注意を払っておいて損は無いだろう。

 下階の時よりも、さらに精到な歩みでわたし達は近寄り、ドアに付いている窓から中を覗く。

 そこには、机に向かって何かを書いている『佐天さん』と。

 床に放り出されて、ぐったりと動かない、雪平さんが。

 

「‼︎‼︎」

 

 それを見た瞬間に喉元まで出かかった声を、全力で抑え込んだ。

 だが。

 

「あれ? 来ちゃったんだー」

 

 背筋が、凍る。

 

「また邪魔するの? 理啓(ことひら)さん」

「っ⁉︎」

 

 わたしに気づいてる‼︎

 声は出してないのに。

 顔を上げてなかったのに。

 一度もこちら見なかったのに‼︎

 

「んー、今度は佩楯さんもいるのかぁ」

 

 訳が、わからなかった。

 だって、そんなはず無いのだ。

 この『佐天さん』は、けいちゃんに会っていないはずだ。

 けいちゃんも、知っている様子は無かったのだ。

 けいちゃんの名前を、知っているはずが無いのだ。

 なのに。

 なん、で。

 

「⋯⋯なんだよ。この、話し方⋯⋯」

 

 思わず、といった感じで漏れたけいちゃんのつぶやきが耳に入る。

 

「佐天そっくりだ⋯⋯」

 

 その声は、珍しく震えていた。

 ほんの少ししか話していないわたしには、気づけなかったこと。

 だがクラスメイトのけいちゃんなら、すぐに気づけたこと。

 けいちゃんが言っているのは、いま目の前にいる『佐天さん』の事ではなく、わたし達をここまで誘導してくれた『あの人』の事なのだろう。

 と。

 そこでまた。

 

「おーい。出てきなよー!」

 

 わたし達にかかる、『佐天さん』の声。

 どう聞いても確信を持っているとしか思えない、『佐天さん』の招き。

 もう隠れている意味は無いと思ったのか、けいちゃんはスッと立ち上がり。

 堂々とドアを開ける。

 

「お前⋯⋯なんなんだよ」

 

 こうなっては、最早ドアの前でしゃがみ込んでいるのは不利になりこそすれ、良い事など一つも無い。

 わたしも意を決して腰を上げ、けいちゃんの隣に並ぶ。

 

「なんなんだ、かぁ。誰なんだ、とは聞かないんだねー」

「お前が誰かなんて私にはどうでもいい。そこにいる雪平を誘拐した人間のクズ、で十分だろ」

 

 座ったままこちらを向く『佐天さん』。

 けいちゃんの指す先には、未だに目を覚まさない雪平さんが。

 

「あっはは。まぁどうでもいいんだろうけどねー」

 

 すぐにでもそばにかけ寄って、無事なのか確認したい衝動に駆られる。

 だが、先に『佐天さん』をどうにかしない事にはそれも許されない。

 

「でもさぁ」

 

 声が変わった。

 いや、正確には。

 

「クズってなんなのかなぁ」

 

 声にこめられた、感情の質が。

 

「レベル1のゴミが」

 

 

 ゴッキィィッ‼︎‼︎‼︎

 

 

 また。

 あの音が響き。

 

「がっ⁉︎」

 

 けいちゃんが。

 大きくのけぞって。

 

「う⋯⋯うそ⋯⋯」

 

 床に。

 大の字になった。

 

「⋯⋯けい、ちゃん⋯⋯?」

 

 うそ だ

 けいちゃんまで こんな

 こんな かんたんに

 

「い。いやだ⋯⋯いやぁぁああああっ‼︎」

 

 

 

 けい ちゃん

 

 

 

「うるさいなー。大声ださないでよ」

 

「あ、そう言えば」

 

「もういいよね」

 

「解除しても」

 

「残りは」

 

「何にも出来ない」

 

「理啓さん」

 

「だけだし」

 

 あ。

 

「他人のふりをしているのは、存外疲れてしまいますので」

 

 あ?

 

「さ、てんさ、ん⋯⋯?」

「申し訳ございません。当方、いつまでもその呼び方をされるのは(はなは)だ不愉快でございます。」

 

 姿形は変わらないまま。

 わたしの目の前で。

 

「お手数ですが、ご訂正いただけますでしょうか、理啓様。レベル0のゴミだと思われているのは、当方の望むところではございませんので」

 

『佐天さん』は。

 別の。

『だれか』になった。

 

 

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