とあるゆるめの不死能力《アンデッド》   作:WACK

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9話 冗談に聞こえんのかよ

 

「な、んで」

 

 声がかすれる。

 

「何で、でございますか?」

 

 聞き返してくる『だれか』。

 

「それは何に対してのご質問でしょうか」

 

 わからない。

 わからない事が多すぎて、自分が何を聞きたいのかわからない。

 

「なんで、こんな⋯⋯」

「なるほど。当方の行動全てが理解できない、と」

 

 その口調には、隠そうとはしているが明らかに侮蔑の色が混じっていた。

 

「端的に申しますと『許せなかったから』でございます」

 

 え?

 

「ある日、学友が噂しているのを耳に致しました。柵川中学に想像を絶する程に美味な料理を作る者がいる、と」

 

 ⋯⋯、美食職人(ミラクルクッカー)か。

 

「そんな噂話、普段ならば一笑に付すところでございますが、最後にその学友がとんでもない発言をしたのです。『そんなのが本当にいたら私達繚乱家政の人間はプライドを傷つけられてしまうな』と」

 

 そこで、『だれか』は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「学友の言った通りでございます。当方と同じく完璧なメイドを目指す繚乱家政の者ならいざ知らず、ただのうのうと生活している人間に劣る? そんな話、当方の矜持が許しませんでした。たとえそれが料理という一点のみに限った事であっても」

 

 やっぱりこの人、繚乱家政の生徒なのか。

 

「ですので、真偽を確かめるべく柵川中学へ赴く事にしたのです。美食職人(ミラクルクッカー)が存在しなければそれで結構、存在したならば一体どれ程のものかをこの目で見る為に」

 

 だから、佐天さんのふりをして忍び込んだ?

 

「正直なところ、当方は高を括っていたのです。大袈裟に噂されているだけだろうと。しかし結果は理啓(ことひら)様もご存知の通り」

 

 ⋯⋯美味しさのあまり、意識を飛ばされた。

 

「あの時は取り繕うのが大変でございました。まさか我を失ってしまうとは思いもしませんでしたから⋯⋯。ですが、理啓様の様子を見る限り怪しまれはしなかった様でございますね」

 

 っ!

 くそ、あの時気づいていれば!

 

「ああ因みに。演じていたのが佐天様であった理由は特にございませんよ? 噂話が好きな柵川の生徒であれば誰でもかまいませんでした。選んだのがたまたま佐天様だっただけの事です」

 

 ⋯⋯佐天さんもいい迷惑だな。

 でも、だったらけいちゃんも驚くほど話し方が似ていたのはどういうことなんだろう。そんな適当に選んだ相手を詳しく調べるものか?

 

 と。

 

「はっはーん。やっぱ(しころ)をだましてやがったか」

 

 意識を刈り取られたとばかり思っていたけいちゃんが、入口のそばでむくりと体を起こす。

 

「おや、目覚めておいででしたか」

「おーおーおいででしたよ?」

佩楯(はいだて)様もお人が悪い。気づかれたのでしたら、すぐに仰っていただかないと」

「ベラベラ喋ってたから全部聞いてやろうと思ってな。てかまず気ぃ失ってねーし。寝たフリだ寝たフリ」

 

 よ、よかった。

 けいちゃん平気だったんだ⋯⋯。

 

「錏から前もって聞いてなかったら危なかったけどな。おかげでいきなり出てきた『力』にも反応出来た」

「なるほど。力学観測(メカニカルサイト)、でございますね。当方が予想していたよりも随分と厄介な能力の様で」

 

 ‼︎

 名前だけじゃなくて、けいちゃんの能力のことまで⋯⋯!

 

「そう思うんなら大人しく雪平を返せよ」

「いえいえ、それには及びません。あくまで予想より厄介というだけ。修正は容易であると考えます」

「あっそ。んじゃ予定通りお前をブッ飛ばして連れてくわ」

「⋯⋯ぶっ飛ばす?」

 

 けいちゃんの言葉に、『だれか』の片眉が跳ねる。

 

「当方をぶっ飛ばす? はは。一体何の冗談でございますか?」

「冗談に聞こえんのかよ」

「ええ聞こえますねぇ。レベル1のゴミが当方をぶっ飛ばすなど、冗談以外の何に聞こえましょう」

 

 笑顔でそう言う三行だが、その目は笑っていなかった。

 こういう表現はよく聞くが自分で見たのはこれが初めてだ。

 実際に見ると、そのちぐはぐさが余計に怖い。

 

「私のレベルの話なんかどうでもいいんだよ。⋯⋯それよりさぁ」

 

 ゴガァッ‼︎

 

 突然、けいちゃんの左拳が入って来たドアを無造作に殴りつけた。

 骨がぶつかる音。

 薄い金属板とプラスチックで出来たドアは見事にひしゃげ、向こうの壁に叩きつけられた。

 

「お前、錏をボコボコにしたらしいな」

 

 ⋯⋯え?

 

「潰してやるよクズ野郎」

 

 空間を圧倒する声。

 まるでこの部屋が、猛獣のいる檻の中にでもなってしまったかの様に空気が張り詰めた。

 

「⋯⋯きひっ」

 

 そんな状況で。

 

「きひ、きひきひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ‼︎」

 

『だれか』は気にもせず肩を震わせる。

 

「⋯⋯あ?」

 

 けいちゃんの顔が不快に歪む。

 もう『佐天さん』だった時の無邪気さなど欠片も無い。

 すこぶる気色の悪い笑い。

 

「当方を潰す? レベル1のゴミが? きひひ。それが可能なのでしたら是非ともお見せくださいま、せッ‼︎」

「おわっ⁉︎」

 

 唐突に『だれか』が腕を一閃し、咄嗟にのけぞったけいちゃんの鼻先をかすめる。

 どこから出したのか、『だれか』の手には大ぶりのナイフのような物が握られていた。

 

「きっひ! そういえば質問にお答えしておりませんでしたねぇ!」

「ああ⁉︎」

 

 二人の手足と刃物がとんでもない速さで振るわれる中、薄く笑いながら話す『だれか』。

 その光景は異様としか言いようが無い。

 

「お前はなんなんだ、でしたか? 当方、繚乱家政女学校の三行(みくだり) 錯楽(さくら)でございます」

「はぁ?」

「お客様のご要望に完璧に添う事の出来るメイドを志し、日々励んでおります」

「お前の事なんて聞い」

「因みに当方、レベル4ですので。その辺りを考慮していただけるとよろしいかと」

「なっ⋯⋯⁉︎」

 

 戦慄する。

 わたしも。

 けいちゃんですら。

 

「レベル、4⋯⋯」

 

 あまりの事に、わたしの口から思わず声が漏れた。

 

 レベル4。

 大能力者。

 軍事的価値があるとまで言われる力。

 戦車や戦闘機と同等とみなされる、本物の化物。

 そのクラスの能力は、レベル3までのそれとは一線を画す。

 

 学園都市での一般的な認識で言えば。

 

 レベル0(無能力者)は、何も手にしていない丸腰の人間。

 レベル1(低能力者)は、鉛筆やはさみを持った人間。

 レベル2(異能力者)は、ペンチ等の工具を持った人間。

 レベル3(強能力者)は、剣や鎧で武装した人間。

 

 というくらいの感覚で捉えられている。

 レベル3以下の能力者がレベル4を相手にするという事は、そんな一般人に毛が生えた程度の力で戦車や戦闘機とケンカする様なもの。

 

 どれほど無謀な事かは、火を見るよりも明らかだ。

 

「きひ。分際(ぶんざい)を弁えましたか? レベル1のゴミ」

 

 そう言うと、三行は身をたわませ。

 

「きっひひいっ‼︎」

 

 再度けいちゃんに躍りかかった。

 くるくると回り、軽やかに踏み込み、しなって(かわ)し。それら、あらゆる動作から流れるように繫がる三行の攻めを、けいちゃんは全て紙一重で避ける。

 避けながら、手足を振るい続けている。

 野球の素振りでもしている様な音をさせて振るわれる手足。その音だけで、凄まじい力が込められているのだと容易に想像がつく。

 だが。

 どういう訳か、けいちゃんの攻撃も全く当たらない。

 

 恐ろしく好戦的な膠着(こうちゃく)状態は優に1分以上も続き、そこで二人は一度距離を置いた。

 

「⋯⋯本当に厄介な能力でございますね。力の流れが見えるというだけでこうも当たりませんか」

「お互いさまだっての。てめぇこそなんで全然当たらないんだよ」

 

 少しだけ早くなった呼吸を整えながら言葉を交わす二人。

 ⋯⋯そうだ。どう考えてもこれはおかしい。

 力の流れが見えるけいちゃんは、相手の動きを予測できる。だから攻撃を避けられる。

 それはわかる。

 でも、三行に攻撃が当たらないのはどういうことだ。

 

「きひぃ! その言葉遣い‼︎ まだ自覚が足りない様でございますねぇぇぇ⁉︎」

 

 三度(みたび)、開始される猛攻。

 

「きひ、きひひひっ‼︎」

「お、うお⁉︎ く、っそ‼︎」

 

 えっ⋯⋯?

 

「きひきひ! どうかなさいましたか?」

「な、んでっ⁉︎ てめ、くっ⁉︎」

 

 反撃、しない?

 

「この、く! うわっ⁉︎」

 

 けいちゃんの動きが急におかしくなった事に違和感を覚えた時だった。

 

「きひいっ‼︎」

「ごふ⋯⋯っ!」

 

 けいちゃんが何度目かの刃物の攻撃をギリギリで躱し。

 バランスを崩したところへ。

 右脇腹に突き刺さる三行の膝。

 

「おやおや、当たってしまいましたねぇ」

「ぐぁ⋯⋯」

「けいちゃんっ⁉︎」

 

 蹴られた場所を押さえながら壁までよろよろと退()がり、そのままずり落ちる様に(うずくま)ったけいちゃんに思わず駆け寄ってしまう。

 が、三行はわたしの事など気にも留めなかった。

 

「きひ。力学観測(メカニカルサイト)のおかげで攻撃と回避はそれなりでしたが、打たれ強さと判断力はまるで素人ではありませんか」

 

 けいちゃんの口からは、食いしばった歯の隙間から漏れた唾液が糸を引いて床へ垂れ流されている。

 

「ぐ、ぎっ」

「けいちゃん⋯⋯けい、ちゃん⋯⋯!」

 

 ⋯⋯何も、してやれない。

 床に頭を擦りつけてこんなに苦しんでいるのに、ただおろおろと名前を呼ぶ事しか出来ない。

 

「おやぁ? 随分と苦しそうでございますねぇ。今度はフリではないのですかぁ?」

「⋯⋯っ‼︎」

 

 その小馬鹿にした物言いに、かあっと頭が熱くなる。

 

「きひひ。もう十分に解析出来ましたし、そろそろゴミは処分してしまいましょうか」

 

 もう、限界だった。

 

「⋯⋯許さない」

「は?」

 

 気がつけば、わたしは立ち上がり。

 

「絶対許さない‼︎」

 

 三行に飛びかかっていた。

 

「きっひ。隅でただ見ていただけだった貴女が、今さら何のおつもりで?」

 

 もう。

 考えもくそも無かった。

 

「うおあああああ‼︎」

 

 全部頭からすっ飛んでいた。

 

「ただの突進で当方をどうにか出来るとでもお思いですか」

 

 頭を上から押さえられる。

 次の瞬間。

 視界いっぱいに。

 床。

 

「っぎ‼︎」

 

 そのまま潰された。

 顔面を(したた)かに打ち、鼻の中でツンとした痛みが広がる。

 

「そんな素人丸出しのタックルで⋯⋯おや」

 

 おかしな声を上げ、三行は押さえつけていたわたしの頭を解放する。

 

 ⋯⋯?

 っ‼︎

 

 何を考えているかは知らないが、とにかくわたしはこの隙に三行の下から抜け出した。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 三行は、まだ不思議そうに自分の手を見つめている。

 それが『お前の事など気にする必要も無い』と言っている様に見えて、無性に腹が立つ。

 

「くっ、そがぁぁあああ‼︎」

 

 もう一度仕掛けたのは、今しがた潰されたばかりの無謀な体当たり。

 体力も技術も無く、役に立つ能力も持っていないわたしには他に切れるカードがあるはずもない。

 

 手が届く直前。

 

「がふっ⁉︎」

 

 真下から。

 まっすぐ跳ね上がって来た足にあごを蹴り抜かれる。

 二の轍を踏まないよう頭上ばかり気にしていたわたしは、完全に盲点を突かれた。

 

「⋯⋯気味の悪い能力でございますね」

 

 天井を仰いだわたしの顔面に、三行の拳が打ち下ろされる。

 静かなつぶやきとは正反対の鋭さで。

 正確に鼻っ柱を捉える拳。

 

「‼︎⁉︎」

 

 声にならない声と共に後ろへ倒れこみ。

 今度は後頭部が床にぶつかった。

 

「く⋯⋯っ!」

 

 またすぐに起き上がる。

 こんな奴の攻撃でなんか、意地でも倒れたくなかった。

 

「鼻血も出ませんか。かなり強く叩いたはずですが」

 

 ⋯⋯痛みはある。鼻の奥がズキズキして目が眩みそうだ。

 でも、けいちゃんと比べたら。

 昨日のゲーセンでけいちゃんのパンチを受け止めた時と比べたら、こんなの全然大した事ない。

 だけど。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「きひ。間抜けな突進はもう終わりでございますか?」

 

 攻めあぐねていた。

 同じように突っ込んでもどうにもならない。二度の突撃でさすがに自覚した。

 

「そうだ。一つ、良いものをお見せしましょうか」

 

 次の手を考えているわたしに、三行はそんな事を言って来る。

 

「きひひ! では参りますよぉ?」

「く‼︎」

 

 距離を詰める三行。

 焦り。

 まだ何も案が浮かんでいない。

 

「⋯⋯⁉︎」

 

 違和感。

 さっきまでと動きが違う。

 はっきりと何がかはわからない。

 でも確実に。

 

 何かが違う!

 

「うあっ⁉︎」

「きひひひひ‼︎ とろいですねぇ‼︎」

 

 わたしが動いた方へ即時反応し、一瞬で手の届く距離まで詰められた。

 

 

 刹那。

 室内に雷鳴の如き爆音。

 

 

「が、あ」

 

 腹部には、胴体を突き破らんばかりに食い込んだ三行の手。

 

 足が浮く。

 

 腹から手が抜け。

 

 三行が遠ざかり。

 

 背中に衝撃。

 

「く、ふぁ⋯⋯っ」

 

 わたしが吹き飛ばされた先は、奇しくも未だ苦しんでいるけいちゃんのすぐ横だった。

 

「しこ、ろっ」

 

 けいちゃんが(うめ)くような声で呼んだのが(かす)かに聞こえた。

 

 今のは。

 今の攻撃は。

 

「素晴らしい⋯⋯。きひ‼︎ 素晴らしい‼︎ これが無駄を極限まで削ぎ落とした攻撃でございますか‼︎」

 

 自分の手と吹き飛んだわたしを見比べながら、三行は何故か歓喜に震えている。

 

「どう、なって⋯⋯」

 

 打ち方。音。威力。痛み。

 昨日けいちゃんに殴られた時とそっくりだった。

 

「きひきひっ。辛抱強く解析した甲斐がありましたねぇ。すぐに佩楯様を倒してしまいそうになるのをどれ程堪えた事か」

 

 痛みと苦しさを訴える身体と裏腹に、わたしの頭はむしろ落ち着きを取り戻していた。

 

 解析⋯⋯。

 そういえば、さっきもそんな事を。

 

 今までの事を反芻(はんすう)する。

 見えない攻撃。

 絞めつけてくる攻撃。

 今の攻撃。

 念動能力(テレキネシス)

 力学観測(メカニカルサイト)

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 まさか。

 

「⋯⋯多重(デュアル)能力(スキル)⋯⋯?」

 

 浮かんだのは、その言葉だった。

 

 多重能力(デュアルスキル)

 学生の間でまことしやかに囁かれる噂。

 一人につき能力は一つだけという大原則を覆し、複数の能力を持つ存在。

 三行は、もしかしてそれなのではないか?

 

 しかし。

 

「くだらない妄想をなさらないでいただけますか。当方のこれは、そのような都市伝説などとは訳が違います」

 

 わたしの考えは即座に否定された。

 

「そもそも、不可能であると明確に証明されている多重能力(デュアルスキル)の研究が行われているはずはございません」

 

 さも当然という口調。

 そんなことはわたしもわかっている。

 多重能力(デュアルスキル)は実現不可能。それが通説。

 

 だが一時期。

 その噂を真に受けた研究者達が本気で多重能力(デュアルスキル)を実現しようと躍起になっていたらしい。

 競い合うように各研究機関で種々多様な実験が行われ、およそ思いつく限りの方法は全て試みられた。そして皮肉にも、その数多の実験が不可能である事を証明してしまった。

 学園都市の統括理事会は否定しているが、その研究者達が行った実験によって多くの犠牲が出た、という話はよく耳にする。

 その話に付随される『実験が無かったのなら実現不可能だと証明されていないはずだ』という理由付けは、統括理事会の言い分をかき消すには十分過ぎた。

 

 まあ、そういう危険な実験があったにしろ無かったにしろ、一人の人間が二つ以上の能力を持てないというのは今や常識、完全に証明済み。学校の授業でもそう教えられている。

 よくよく考えれば当たり前だ。

 能力が一つだけでも鍛えるのに苦労し、使い過ぎれば頭がうまく働かなくなるほど疲弊してしまう。そんな能力を複数持てば全部が中途半端になる上に、脳に莫大な負荷がかかって焼き切れるのは必至。

 能力者なら、誰でも多少はその感覚がわかると思う。

 

「だった、ら⋯⋯」

 

 吹き飛んだ体勢のまま、必死に頭を巡らせる。

 

 そうだ。

 多重能力(デュアルスキル)じゃないのなら、あの一撃は何なんだ。三行の能力は念動能力(テレキネシス)のはず。けいちゃんのように力の流れは見えないはず。でも、実際によく似た攻撃を受けた事は間違えようが無い事実。

 

 ⋯⋯腕に能力を(まと)わせでもしたのか?

 

 違う。おかしい。

 レベル4の念動能力(テレキネシス)なら、わざわざそんな事をする必要なんて無い。

 離れたところからでもあのくらいの攻撃は可能だろうし、反撃されるリスクを冒してまで接近して似た攻撃に見せるメリットも思い当たらない。実際、雪平さんを誘拐した時だって離れた場所から能力を使っていた。

 

 それに、だ。

 三行は最初の一度だけけいちゃんに攻撃してから、あの見えない能力を一切使って来ない。

 あれだけレベルがどうこう言っておいて、それは変じゃないか?

 

 ⋯⋯何か見落としている。

 根本的なところで、わたしは何か勘違いを。

 

 と。

 あと少しで、糸口が見えそうだと思った時だった。

 

「少々面倒になってまいりました」

 

 三行がそんな事を言ってくる。

 

「そろそろお二人にはご退場いただきましょうか」

「それ、は、どういう⋯⋯」

 

 わたしが怪訝に返そうとした途端。

 

 

 

 バガッッ‼︎‼︎

 

 

 

「え」

 

 床が、砕けた。

 

「い⋯⋯っ⁉︎」

 

 突如襲ってきた浮遊感に、体が硬直する。

 視界の端。

 すぐそばで動けなくなっていたけいちゃんも一緒に落ちているのが見えた。

 

「け、い」

 

 強張った手を必死に伸ばす。

 けいちゃんの服を掴み。

 自分の方へ引き寄せる。

 なんとか。

 どうにか。

 

 けいちゃんの下に。

 

 あ。

 

 まただ。

 

 ゆっくり。

 

 全部おそく。

 

 けいちゃん。

 

 大きすぎ。

 

 収まらない

 

 いや

 

 ちがうか

 

 

 わたしが

 

 

 ちいさい

 

 

 

 のか

 

 

 

 

 

「ぐふぇあっ‼︎」

 

 背中から一フロア下の床に激突した。

 いや、正確には。先に落下した瓦礫の上に。

 

「か、はぁ」

 

 うまく酸素を取り込めない。

 わたしの下には(おびただ)しい量の尖った破片。

 わたしの上には庇うために空中で抱きしめたけいちゃんの体。

 息を吸おうにも、こんな風に上下から圧迫されていたら胸が膨らまず空気を肺に送り込めない。

 

 ⋯⋯そうだ。

 けいちゃんは、どうなった?

 

「し、ころ⋯⋯無茶⋯⋯すん、なよ」

 

 胸の上でけいちゃんの呻き声。

 

 良かった、無事だった。なんとか間に合ったみたいだ。

 わたしの事より自分の心配をしてほしい。

 

 と。

 

「きひきひきひ!」

 

 ほっとしたのも束の間、天井に空いた穴から覗く三行のいやらしい笑い顔。

 

「ご無事でいらっしゃいますか? あ、理啓様は聞くまでもございませんでしたね。薄気味悪い能力を持っておいでの様ですから」

「あ、の野郎⋯⋯‼︎」

 

 腕の中から怨嗟(えんさ)の声。

 それが、心の(たが)が外れる前兆のように感じて。わたしは、より強くけいちゃんを抱きしめた。

 動かないように。

 暴れないように。

 どこにも行かないように。

 しっかりと、けいちゃんを押さえつけた。

 

「そのままお帰りいただけると、当方としては大変助かります。もう少しだけやる事が残っておりますので。それが終わればお友達はお返し致しますよ」

 

 三行を睨みつける。

 ふざけるのもいい加減にしろ‼︎ という意思を込めて。

 

「きひひ。まあ、無事かどうかはわかりませんがね」

「‼︎」

 

 その言葉で、わたしに押さえつけられているけいちゃんが一層激しく抵抗する。

 怒りで震えているのが腕からも伝わってきた。

 その気持ちは、痛い程わかる。

 わたしだって、大事な友達を二人も傷つけられた怒りで頭が変になりそうだ。

 だが、それでも離さなかった。

 こんな状態の。

 ()()()()()()()()()()()()()()()弱っている状態のけいちゃんを、行かせる訳にはいかなかった。

 

「きひ。ではご機嫌よう」

 

 三行の顔が穴の向こうに消える。

 遠ざかる足音。

 ドアの閉まる音。

 どうやら、上の部屋から出て行ったようだ。

 

「っ⋯⋯」

 

 ぎりぎり、という音が聞こえる。

 知らない内に、わたしは唇を噛み締めていた。

 悔しくてたまらなかった。

 

 すぐそこに雪平さんがいたのに。

 連れてくる事が出来なかった。

 意地でも倒れたくなかったのに。

 あっさりやられてしまった。

 悔しくて、情けなくて、仕方がなかった。

 

「⋯⋯離して」

 

 どれくらいそうしていたのか。

 聞こえてきた、静かで重い声。

 いつの間にか、けいちゃんは暴れるのをやめていた。

 

「あ⋯⋯ごめん」

 

 わたしが手を離すと、普段の姿からは考えられないくらい弱々しく体を起こす。

 起こしたところでけいちゃんの動きが止まる。

 わたしの足の上で、正座のような格好になって。

 

「けいちゃん⋯⋯」

 

 前髪で隠れていて、表情は見えない。

 さほど長くない前髪で顔が隠れてしまうほどに、けいちゃんはうつむいていた。

 学校が終わってそのまま着て来てしまった制服のスカートを握りしめながら。

 

「っ! ⋯⋯っ‼︎」

 

 言いたいことが多すぎて、うまく言葉にならないのだろう。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく言葉に出来ないのだろう。

 でも。

 その言葉になっていない言葉は、けいちゃんの気持ちを嫌というほど伝えてきた。

 もう、何と声をかけたらいいのかわからなかった。

 

 と、その時。

 

「あ⋯⋯」

 

 わたしの端末が着信を知らせているのに気がついた。

 なんとなく、けいちゃんに触れないようにしてポケットから取り出す。いつもならそんな事は絶対思わないのに、今のけいちゃんは触れただけで壊れてしまいそうな感じがして。

 開いた端末は、画面が割れて真っ暗になっていた。

 こんな状態なのに着信している端末がすごく健気に思える。

 

「⋯⋯もしもし」

『あっ‼︎ やっと出た‼︎ 何やってたの⁉︎ 佩楯さんにも全然繋がらないしすっごく心配したよシコロさんっ‼︎』

「お、おお⋯⋯?」

 

 相手は『本物』の佐天さんだった。

 出た瞬間にとんでもない勢いでまくし立てられる。

 

「あの、佐天さん」

『さっきも途中で切っちゃうし⋯⋯え? どうしたのシコロさん』

「その、名前⋯⋯やっぱりいいです」

 

 呼び方がかなり気になったが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 

『え、名前間違ってる?』

「いや合ってますけど⋯⋯」

 

 せっかく話題を変えようとしたのにまた掘り返す佐天さん。

 

『それより二人とも無事⁉︎ 殴り込んだりしてないよね⁉︎』

 

 自分で掘り返しておいて『それより』もなにもないんじゃ⋯⋯いやいや、だからそんな場合じゃないって。

 

「あー⋯⋯、ごめんなさい」

『ごめんなさい⁉︎ もう乗り込んじゃったの⁉︎』

「その、まあ」

『嘘でしょ⋯⋯、どうしてそんな危ない事するの⁉︎ 二人とも怪我してないよね⁉︎』

「うっ」

 

 上に乗っかっているけいちゃんに目が行く。

 わたしは平気だけど、この様子からしてどこにも怪我が無いという事はないだろう。

 

「え、ええと⋯⋯」

「代わって」

 

 返答に困るわたしの前に、細かい擦り傷だらけの手が伸びてきた。

 

「え、大丈夫⋯⋯?」

「ん」

 

 どう見たって大丈夫ではないが、けいちゃんが手を下げる様子は無い。

 少し戸惑いながらもボロボロの手に端末を乗せる。

 

『もしもしシコロさん⁉︎ もしもーし!』

「⋯⋯佐天?」

『あ! 佩楯さんも無事だったんだ! よかったぁ」

 

 周りに動く物が何も無く、端末から漏れる声がはっきりと聴き取れる。

 さっきまでの会話は全部筒抜けだったのか。

 

「私も錏も大丈夫だよ。それよりさ、犯人の事は何かわかった?」

 

 けいちゃんは顔を伏せたまま、(つと)めて普段通りにそう尋ねる。

 わたしには、それが余計に痛々しく見えた。

 

『そうだ! その事で連絡したんだよ! 二人ともすぐ引き返して!』

「え、なんで?」

『犯人はレベル4の能力者だったの! 繚乱家政の生徒で、名前は三行(みくだり) 錯楽(さくら)!』

 

 ⋯⋯今さらだなぁ、その情報。

 いや、こっちの状況を佐天さんは知らないんだし、一生懸命調べてくれたんだろうけど。

 

「レベル4の念動能力(テレキネシス)か。それは危ないかもね」

 

 けいちゃんが話を合わせる。

 遠回しに『まだ手()出してない』とアピールして、佐天さんを安心させようと思っているらしい。

 しかし。

 

念動能力(テレキネシス)? 何の話?』

「⋯⋯は?」

 

 わたしも含め、三人の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「でも、あれ? 錏の話を聞いた感じだと、犯人は念動能力(テレキネシス)を使ったんじゃ⋯⋯」

書庫(バンク)に載ってるのは念動能力(テレキネシス)じゃないよ!』

 

 何を訳のわからない事を! と言わんばかりの語り口。

 

『三行は、レベル4の読心能力者(サイコメトラー)‼︎ 同系統の能力者ではトップクラスだって書いてある‼︎』

 

 頭が、軽いパニックになる。

 佐天さんがもたらした情報はあまりに予想外だった。

 

「サイコ、メトラー⋯⋯?」

『そうだよ! ちゃんと能力の概要も記載してある!』

 

 けいちゃんの反応を、疑われていると思ったらしい佐天さんは、その『記載してある概要』を読み上げる。

 

『対象の思考・思念を読み取る能力。生物の記憶や思考、さらには、物体に過去接触した生物が、その時思考していた内容も読み取ることができる』

 

 そこまではわたしも知っている。

 大体の読心能力者(サイコメトラー)はそんな感じだから。

 でも、それだけだったらせいぜいレベル3判定。

 レベル4にはなっていないはず。

 知りたいのは、その先に書いてある事だ。

 

『当能力者の特筆すべき点は、他の読心能力者(サイコメトラー)には不可能な『出力』ができるところにある』

 

 ⋯⋯『出力』?

 

『基本的に読心能力(サイコメトリー)とは、記憶や思考を読み取る事で能力使用者の脳内にデータとして『入力』し、それを自分の記憶と同じように『保存』する能力であるが』

 

 読心能力者(サイコメトラー)が、よく警備員(アンチスキル)とか風紀委員(ジャッジメント)に遺留品の調査をお願いされる理由はここにあるらしい。

 犯人の特定までは科学技術を使ってすぐに出来るけど、周到に計画されていた場合は逃走経路や潜伏場所がわからなくなる事がある。

 そういう時に読心能力者(サイコメトラー)が犯行当時の記憶や思考を読み取って伝えることで、犯人がこの後どこに行こうと考えていたかすぐにわかるのだ。

 このおかげで未然に防がれた連続犯罪も少なくない、らしい。

 

『当能力者はそれに加えて、『保存』した記憶や思考を自分の物にする事が可能』

 

 それは⋯⋯どういうこと?

 

『直近の実験では、性格や仕草・思考パターン・経験則など、原理的に不可能なもの以外のおよそ全てを肉体的行動として『出力』できる、との結果が得られた』

 

「‼︎」

 

 全身に電流が走る。

 これまでの疑問が、急速に氷解していくのを感じた。

 

 それって要するに、恐ろしく再現度の高い『モノマネ』が出来る、って事だ。

 テレビでやってるのなんか比較にもならない。

 誰かの持ち物を能力で読み取れば、見た事も無い人間と同じ事が出来る。話した事も無い人間と同じように反応を返し、喋る事も出来るだろう。

 

 けいちゃんが驚いた話し方も。

 知るはずのない情報を知っていたのも。

 そして。

 けいちゃんによく似た攻撃も。

 全部、それのせいか⋯⋯‼︎

 

 原理的に不可能なものっていうのは恐らく能力のこと。

 多重能力(デュアルスキル)の実験で証明されているように、一人が複数の能力を使う事は出来ない。

 でもけいちゃんの攻撃は、能力で力の流れを見ながら()()()()()()()()()()()

 力学観測(メカニカルサイト)は真似出来なくても、力の無駄を省いた『ただのパンチ』なら真似出来てしまう、という事だ。

 

『さらに同実験で、他の読心能力者(サイコメトラー)には出来ない『非接触での思念の読み取り』が可能である事も合わせて判明⋯⋯って、聞いてる?』

「あ、ああ。聞いてるよ」

 

 けいちゃんも同じことを考えていたのだろう。

 喋らなくなった事を怪訝に思った佐天さんにうわの空で返事をしている。

 

 非接触。

 触らないでも読み取れるから、さっき隠れていたわたし達に気づいたんだ。

 これも、かなり怖い。こっちの考えている事が全てバレてしまう。

 映画や漫画なんかでも『心を読む能力』というのは良く見かけるが、実際に現れたら具体的な対抗手段がまるで思いつかない。

 

『大体こんな感じなんだって。危ないのがわかった?』

「そっか⋯⋯」

 

 聞けば聞くほど途方も無い能力。

 一見すると地味で、脅威を感じにくいのが余計にたちが悪い。

 巨大な炎や莫大な雷なんかを出す能力なら、そりゃ派手だし怖さもわかりやすい。でもおそらく、そういう能力のレベル4を連れて来たとしても、三行には手も足も出せずに倒されると思う。

 何せ、行動を起こす前に全部察知されるんだから。

 

 例えばレベル4の発電能力者(エレクトロマスター)を連れて来たとしよう。

 電気のスピードは秒速30万km。光とほぼ同じ。大気の抵抗を考えても人間が避けられる速さではない。発動されれば相手はなす術もなく感電させられてしまう。

 でもそれは、発動するまで相手が気づかなければの話。

 発動前にどこを攻撃されるかわかったら、どんなに速くても簡単に避けられてしまう。

 

 しかも三行が察知できるのは、発動前どころではない。

 能力の演算に入る前。『次はこうしよう』と思った瞬間に察知して対応してくる。

 拳銃で言えば。

 狙いをつける遥かに前。

 撃鉄を起こすさらに前。

 腕を持ち上げるもっと前。

 弾丸を込めようとしている時に対応されるようなものだ。

 そんな早い段階で対応されたら、何もさせてもらえない。たとえ広範囲を攻撃して避けられなくしてやろうと思っても演算のやり直しを強いられる事になる。

 使おうと思った能力が大きな力であればある程、やり直しに要する時間は長くなる。

 そして、やり直しをしようとするのもまた察知されるのだ。

 果てしない再演算のループ。

 それでヤケになって全方位を攻撃しようとすれば、もう三行の思うツボ。そんな時間のかかる演算に入ればあっという間に近づかれて、けいちゃんすらやられてしまった手足の餌食になっておしまいだ。

 どうにか出来るとしたら、それこそ圧倒的な火力と演算速度を備えたレベル5くらいじゃないだろうか。

 

 

 

 ま。

 だからどうした? って感じだけど。

 

 

 

「わかった。ありがとな佐天」

『は? それどういう』

 

 また最後まで聞かずにけいちゃんは通話を終了した。

 

 そう。

 けいちゃんも、わたしも、逃げるつもりなんてさらさら無い。

 だって、まだあいつから雪平さんを取り返していないから。

 

 佐天さんには当然わからなかっただろうけど、三行の能力の説明を聞いている間、けいちゃんの目はどんどん輝きを取り戻していったのだ。

 

 あの能力に勝つ方法は全然思い浮かばない。

 でも、わたし達の目的は三行に勝つことじゃない。

 雪平さんを連れて帰ること。

 それなら、まだやりようはあるかもしれない。

 

 でも、その前に。

 

「けいちゃん、気づいてる?」

「ああ、気づかない方がおかしいって」

 

 けいちゃんに確認したのは、音。

 近づいてくる、一人分の足音。

 先程、上の部屋から三行が出て行った時とは明らかに違う音。

 その音の主が、この部屋の前で止まり。

 

「⋯⋯交戦(engage)

 

 そんな声がした。

 

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