ダンジョンで魔法の髪が靡くのは間違っているだろうか 作:竜華
《魔法の髪》。美しさは、天界から降りし神々にも匹敵すると、また、その髪には、微量ながら治癒作用もあるという。その髪の持ち主は、
何が
俺は、自分の足元を過ぎて反対方向の壁まで伸びる、澄み切った薄水色の髪を手繰り寄せながら思う。恨みをたっぷりと込めて、ゆっくり、ゆっくりと。そして、手繰り寄せ終わった後、ランプの元に置かれた鋏を手に取る。
所詮、伝説は伝説。それに少しでも期待した俺が馬鹿だった。
聖者とは真反対の、暗殺しか出来ないんだから。
バチンッ‼︎
鋏の音と共に、魔髪が床に散った。
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「遅いぞアルヤ‼︎そんな速度では、第一級冒険者の
ズッ……‼︎
「ぐっ…ぁあ……」
地上の光を遮る森の中、父の拳が俺の腹に決まった。せり上がってくる嘔吐感と重い激痛で、勝手に膝が草の上に落ちる。そのまま、腹を押さえて蹲った。
「……早く立て、時間の無駄だ。貴様は覚えが悪いのだから、時間一杯、有効に使わねばならん」
苦しんでいる息子を助けようともせず、唯命令を下す父の目は光が失せ、冷たい視線を投げ掛けるだけのガラクタへと成り下がっている。
こんな
その一心で黒い双剣を拾い、再び構える。そんな俺を嘲笑うかの様に、父は言う。
「私がお前位の頃には、今のお前の倍の速度を出せていた。更には、お前は弟である筈のギッシュにまで劣っているのだ。情けないとは思わんか?」
当たり前だ、と内心ほくそ笑んだ。スピードもパワーも、あえて三分の二程に落としているのだから。その気になれば、
「……努力はしている」
「努力だけでは暗殺者になることは許されん。それ相応の実力が伴っていなくてはならん」
手厳しい父の一言の後は、黙って下を向いていなければ、反省の色が見られないなどと文句を付けられる為、父がどんな表情をしているのかは推し量れない。そして、その後はいつも、
「……分かってくれ、アルヤ。私は、お前に賭けているのだ。この一族の栄華を」
この一言に限る。勿論、反論は許されない。
「…………」
規則正しい足音を鳴らして父が近付き、慈しむ様に、そっと髪を撫でた。
「お前なら、この魔法の髪を持ち、我が一族の中でもしっかりとした意志を掲げるお前ならと信じておるのだ。だから……理解してくれ」
嘘付け。お前が信じているのは、息子としての俺ではないだろう。お前が信じているのは、《後継者》としての俺だ。それが分からない程、俺は馬鹿ではない。それを演じているとも知らない父の必死さに、笑いが込み上げてきていた。それを悟られない様、顔を上げて、
「……あぁ」
真っ直ぐ父の黒眼を見つめ続けた。
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午前2時47分。暗闇に目は慣れているものの、時計を見ずとも時間が分かるのは、やはり長年の暗殺修業の中で研ぎ澄まされたことによる賜物か。
「父もギッシュも、余計なことを……」
不満を1つ部屋の床に落とし、クローゼットの中に陳列する黒無地に金の薔薇の刺繍が施されたローブを引っ手繰る。首の部分から頭を通した後、後ろに付けられたフードを目深に被った。最後に、ベッドの上に放り出された黒光りする双剣を腰の鞘に収めて、旅支度は完了。後は出て行くだけだ。
ふと、消されたランプの元に目をやった。1枚の新聞の切り抜き。歓喜の表情を浮かべる髭面の男の写真と、『オラリオの英雄、現る⁉︎』という見出しが躍る、何十年と、いや、もしかしたら何百年と前の記事。そっと手に取り、眺める。
「……英雄、か」
昔の、俺がなりたいと願いながら暗殺修業に励んだ子供の頃の記憶が蘇る。優しかった両親、温かく接してくれた従者達。彼らに囲まれて笑う幼き日の俺。その全てを、暗殺に奪われた。そして、今の俺がある。
「……そろそろ行くか。世話になった、父上」
カーテンをレース丸ごと破き、後ろに捨てた。バサッと、布の落ちる音を確認したあと、数歩下がり、
バリィィィィィィィィィ……ン……‼︎
体当たりで砕いた。その勢いのまま、最寄りに立つ針葉樹の上を跳びながら進む。月の光が、ローブに付いたままのガラス片を照らしていた。
俺は選んだんだ。闇の中で、誰かの命を奪うことで生きていく道ではなく、光の中で、誰かの命を救うことで生きていく、そんな道を。悪いが、父の理想通りには生きられないし、生きていきたくもない。そんな思考が導き出した答えだ。信じて進むしかない。
10回も跳べば、もう我が家も見えなくなっていた。流石に寝ぼけた状態では、父も自慢の速度では来れないだろう。少々姑息な手ではあったものの、ようやく手にした自由に、心が震えた。
「……オラリオが近場で良かった」
そう、目的地は英雄のチャンスがある《迷宮都市・オラリオ》だ。全てを捨て、新たなアルヤ・ウィングエラーを生きる為に、そこで俺は冒険者になる。
ようやくここで、アルヤを生きていく資格を得たのだ。
結論、俺は自由に生きられることになった。