ルウム戦役から2週間が過ぎようとしていた。
連邦軍は残存した艦艇をルナⅡに集結させているようである。
情報を見るに、戦艦の大幅改装を行っているようだ。メガ粒子搭載と対空砲火増設、装甲強化が主なようで。
「ますます思惑通りですね。敵の関心は戦艦に集中しています。MSの新規開発は完全に後回しにされているようです。」
「それ以前に、パイロット不足を解消することが問題となるだろうな。それに、前ほど積極的な配備は無理かもしれないな。それに、戦力の整備はこちらも同様だから互いに拮抗すると考えていい。」
俺とガトーは高級士官用テラスでコーヒー片手にそう語り合った。
先の戦闘で、俺たちMS部隊はより多くの戦艦を沈めることが可能であった。
左翼・右翼にMS部隊を最初から導入していれば中央部隊を巻き込んで敵を殲滅可能だったと考えている。だが、あえてそうしなかった。
理由は戦果が証明していた。あの時点で、MS部隊のみで敵を半壊させればMSの重要性を敵に教えてしまいかねない。だからこそ戦艦のミサイル攻撃と敵MS撃破を優先させたのである。
「もし、ザニーでなければ今少しこちらも犠牲がでていたかもしれませんが、それを考えても連邦は醜態を晒すことになりましたね。」
「いや、あれはデラーズ閣下が艦隊とMS部隊の事前配置を入念に行ったおかげだ。それに『バルディッシュ作戦』の欺瞞情報が効果を補強してくれたのも大きい。」
「はい。ですが、まさか敵戦艦を鹵獲すると聞いた時には意図を図りかねました。あれはどのような意味があったのでしょうか?」
「特に大きいのは資源の有効利用。1から作ると時間がかかるがもとからあるものに手を加えるのとどちらが時間と資源を使わないか。答えは明白だな。」
実際、鹵獲したサラミスは塗装を緑に変え、速力増強とメガ粒子砲搭載作業を行っているらしい。早くとも1、2か月以内に完了予定だと聞いている。
さらに、鹵獲したのはサラミスだけではない。連邦のMSザニーも数機、確保に成功している。現在は、技術スタッフが解析作業を行っているが基本フレーム部にこちらにはない構造を用いていたとかで得るものは意外に大きいらしかった。
「おや、リーガンのキザ野郎とガトーの生真面目坊やが先客かい。」
「これはリーマ大佐。このような朝早くにお会いできるとは思っていませんでした。遅ればせながら昇進、おめでとうございます。」
「思ってもないことは口に出すんじゃないよ。寒気がする。」
リーマはルウム戦役での戦果が認められて大佐に昇進していた。2階級上げるのは問題があるという意見があったらしいが、2日かけて昇進させる形で納得させたらしい。
ずいぶんと無理やりな話だ。昔見た某アニメを思い出す。
もっとも、俺もガトーも出世している。俺は中佐に昇進し、ジオン青銅騎士勲章なるものを授与された。前世ではなかったので、これには驚いた。
ガトーは繰り上げ卒業の結果、少尉待遇でルウム戦役に参加していた。だが、今回の戦果で大幅な昇進を遂げた。
階級は少佐。ジオン青銅騎士勲章、ジオン青年勲章を授与されて一躍実力者の仲間入りを果たしている。
「大佐殿は今回の昇進に不満でもあるのですか?」
「いや、不満はない。ただ、当然の評価だと思うだけだね。」
「・・大佐らしいお言葉ですね。」
大佐クラスになると艦船指揮もできるようになるらしいが、リーマはまだ決めかねているようだ。そのストレスもあって発散のためにここにきていると感じている。
もっとも、八つ当たりぎみにこちらに被害が来るのは何とかしたいのだが。
「ところで、あんたの機体をスクラップ寸前に追い込んだ敵についての情報が入ってるよ。なんでも、エビル将軍子飼いの私設部隊みたいなものらしい。『クレイモア』と呼ばれてるようだけどそれ以外はまだ不明。規模・技術力も不明。ふざけた報告だね。あとで情報部の連中、〆てやろうか?」
「やめてあげて下さい。ここまで調べてくれた相手にさすがに酷だ。」
ただ、敵の実態を少しでも多く知りたいとは思うが仕方ないことはある。
あの時、我が後輩によって大幅改造されたはずの『リックドムもどき』とほぼ互角の性能を持つ機体。いや、基本性能・パイロット技術どちらも上だったと感じた。
「見たところ、連邦のザニーを原型にしていますが性能に天と地ほども差がありました。それに、私たちが相手をした機体にしてもザニー以上なのは間違いないです。」
「あんときの相手はあと一歩で逃げられちゃったからね。今度は切り刻んでやるよ!」
「怖いことをさらりと言わないでくれ。」
コーヒーをすすりながら俺は今後のことを考える。
現在のジオンは『サイド3』の代表組織であり、各サイドとの友好関係を構築している。
『サイド5』はジオンに傾いており、援助と資源の交易、さらには連邦軍監視用の駐屯基地設置まで容認してくれた。
『サイド2』は交易相手としては成り立っているが、あくまで中立を貫く構えのようだ。
『サイド1』は前世において、連邦よりだった。だが、現在は積極的に友好のアプローチが来ているらしい。
『サイド4』、『サイド6』は『サイド5』と同様の関係構築が行われている。
現在、対策に苦慮しているのは月についてだ。
月には我が軍拠点である『グラナダ』とアナハイム肝いりの『フォン・ブラウン』がある。
グラナダにもしものことが起きた場合は、機密保持と民間人避難を優先することが正式に決まっている。問題は『フォン・ブラウン』だ。
「しかし、今後は戦闘より外交が問題かもしれない。外交では『フォン・ブラウン』が曲者だと上は考えているようだ。」
「あそこは、民間企業である『アナハイム・エレクトロニクス』の拠点ですからね。それに、我が方のMS開発にも技術的な支援者がいると聞きます。おいそれと手は出せません。」
「それを言うなら連邦側のザニー開発やミノフスキー理論の情報漏洩は明らかに連邦援助じゃないか。」
そう、この世界ではミノフスキー博士はジオン本国にいる。だが、その成果であるミノフスキー理論は『フォン・ブラウン』のアナハイムに渡り、連邦に流れていたことがわかっているのだ。また、ザニーの量産に先立って、軍内部での量産システムに関連した仕組みはアナハイムが作ったという情報が有力なのだ。後世独自の歴史修正作用でも起きた結果なのだろうか?
「どちらにせよ、今後はさらに忙しくなる。外交・戦闘両面で軍部は動かないといけないからな。」
「そうですね。それぞれ階級が上がりましたし、それは間違いないと思います。今度も勝てるとは限らない。・・油断は禁物でしょうね。」
「中佐は原隊でお留守番かい?」
「いえ、どうやら『サイド5』宙域の警護・哨戒を行う『第03哨戒艦隊』に回されるようです。あそこにはしょっちゅう敵が来るらしいから忙しいでしょうね。」
「リーマ大佐は新しい部隊設立まで待機命令が出ていましたよね。」
「指揮官クラスなんて性に合わないんだけどね。そういうあんたは?」
「私は、グラナダ方面への転属です。何でも新型機の性能実験用パイロットをしてほしいと中佐の後輩殿が名指しで指名したとか。」
「どんまい」
どうやら、我が後輩はまだ何か考えているようだ。これ以上何を作るつもりなのか。
近い将来、頭を痛めるような事案が俺に降りかかりそうだと想像しながら俺はコーヒーの苦さとともにガトーの冥福を心から祈るのであった。