ジオンが各サイドとの協力体制や軍備増強を確立する一方、連邦軍は失った艦艇や人員の穴埋めに苦心することになった。
残存艦艇とルナⅡ居残りの艦艇を集めれば数はそれなりになるが、守るにはギリギリで攻めるには不足する状態にある。ルウムで受けた損傷修復が全力で進められている。
だが、MS部隊への人員補充が全く進まない。ルウム戦役での指揮官であるシーサン・ライアーの発言で前々から燻っていた『MS不要論』が急速に勢いを増しつつあった。
艦艇の改修作業が優先して行われる一方で、先の戦いで生き残ったMSパイロットへの評価は厳しいものだった。
『ただ飯ぐらい。役立たず。張りぼて部隊』と各所でささやかれ自分から辞めるものまで出始めている始末である。
「シーサンの不用意な発言のためにようやく創設したMS部隊はガタガタです。ただでさえ、戦死者多数でパイロット不足気味なのに。」
「我々のようなものばかりではない。大半は旧世紀時代の軍人認識を持っている。シーサンは利権目的でそれを抑制していたが、あの戦いで保身のために利権を捨ててでも自身を守ることを選んだ。」
「我々を振り回すことに対しては天才的な迷惑体質ですね。ただ、この際、私たちもこれを利用するしかないでしょう。」
マフティーとエビルはそう考えていた。
マフティーとしては、早急にMS部隊強化を進めたいが、今の連邦体制下では無駄死しかねない。
エビルとしてもまだ、少将なのだからこの機に乗じて上との関係を取り付けることを考えなくてはならなくなっている。
そんなときに、インターフォンが部屋に鳴り響いた。
エビルはなれた動作で受話器を取り、内容の確認をする。
「何かね?」
「閣下、サミトフ准将が閣下とお話ししたいことがあるとお越しですが。お通ししますか?」
内容は珍客の来訪を告げるものだった。
サミトフは今回の戦いでは静観を決め込んでいた。参謀部に助言はしていたが、本人は直接的には拘わらずに、刷新人事のリストからは見事に外れ准将を堅持していたのだ。
そんな男が意見的には反りが合わないエビルに面会とは何かあると考えるべきだろう。
彼はマフティーにとなりの執務室で待機するように頼んだ。
執務室はエビルがいる談話室の会話を聞ける構造になっている。
「わざわざこのようなところに来られるとはどのような風の吹き回しですかな?」
「いや、少将閣下とは腰を据えてお話しておきたいと考えたまでのことです。いかんせんシーサン中将殿は聞く耳を持たない状態なので。ああ、まだ『臨時』中将でしたか。」
「これは異なことを。シーサン・ライアーは准将のご友人と伺っていましたが。」
「どうも、こちらの思い違いだったようです。こちらの助言にも聞く耳持たず。それどころかこちらを利権屋と恫喝してきました。いやはや、困った方です。」
そういいつつも、エビルはこの会話一つからある予想がたちつつあった。
サミトフはシーサンと手を切ろうとしている。いや、見捨てようとしている。
シーサンは中将ではあるが、あくまで臨時的なものだ。艦隊指揮のための名目を持たせるために上層部が与えていたものにすぎない。勝利していれば正統な理由づけが可能だったが、彼は負けた。しかも、惨敗だ。
「だとしても、私のところにくる理由になるのですかな。」
「少将閣下ならお分かりでしょう。シーサンを放置すればMS配備が遅れます。あれは、敗戦に取りつかれて責任をMSとそのパイロットたちに押し付けようとしている。これは連邦軍全体にとっての損失ですよ。それを阻止することこそ、連邦軍人として正しいありようだと思いますがね。」
「確かに、そうですな。ですが、上層部はシーサンを支持するのではありませんか?もともと、彼を中将にしたのはジャブロー上層部です。その責任は任命した彼らにも向くのではないかと深読みするでしょうな。」
「そちらは心配ご無用です。上層部には段取りを話してシーサンから正式に中将剥奪の準備を整えさせました。かなりゴネましたが、問題はないでしょう。後は」
「後は、採決というわけですか」
エビルはサミトフの考えを理解した。ようはシーサンをスケープゴートにするつもりなのだ。
シーサンに責任のすべてを被せて終結させようというのだ。おそらくシーサンは降格処分に持ち込まれるだろう。たぶん大佐か中佐ほどまで下げられるはずだ。その上で左遷だろう。
だが、それを行うにも他の上級将校たちの賛成意見が必要となる。命令系統ではジャブローがトップであるが、作戦を遂行するのは現場だ。現場指揮を執る少将から中将クラスの将校意見の影響力は無視できない。
「私に賛成派に回れというわけか?」
「少将は賛成してくれると思いますが、違いますか?」
「賛成はしている。だが、貴官がなんの見返りもなしに上層部のために動くとは思えない。どのようなことを上に提示したのかいささか気になるな。」
「手厳しいですな。確かに、条件は出しました。ただ、今少し上の地位をいただく手筈を整えてもらっただけです。」
「それは賛成派に回った将校全員というわけかな?」
「いやいや、気づいた方にはお話していますが気づかない方にわざわざ教える必要はないでしょう。そういう方は善意での賛成者でしょうから。」
食えない男であると改めて思わされた。
連邦軍のためといいながら、自身の出世に関しても、ジャブロー上層部から昇進の確約をもらっているのだ。しかも、賛成派に回る将校にもそれを適用するかの裁量はサミトフにゆだねられている。
「少将閣下も昇進がお望みでしたら私から口添えできますが。」
「いや、遠慮しよう。ただ、別のことを確約してもらいたい。それが約束されなければ協力できない。」
「・・それはどのようなことでしょうか?」
「いや、今回の我が方が被ったMS部隊の被害は性能が低かったことも一因。そこで、MSの性能向上を目的にした実験部隊を創設したいと考えているのですよ。」
「実験部隊?正規軍内にあるものとは別に作りたいということですか。それだと、私設部隊のようなものを容認しろということになるのですから、いかに私でも」
「いや、あくまで期間を設けます。新型機や実験機の性能実験と実用テストを行える部隊は今後、必要になるだろう。サミトフ殿も似たようなことを考えていると思うが?」
「まさか、私にはそのような深い思慮はありませんよ。わかりました。上層部に話しておきましょう。」
「いえ、確約していただきたい。それとそれを証明する確約書も発行してもらいたい。」
「・・無茶を仰いますな。ですが、他ならぬ少将の頼みです。明日には書類をお持ちします。それでは、私は次の方のところに行きますので失礼します。」
サミトフはそう言って部屋を辞した。それと同時にマフティーが部屋に入ってくる。
「サミトフが閣下の要求を呑むとは思えません。少し、露骨すぎたのでは?」
「いや、彼はおそらく呑む。彼も似たようなことを上に打診しているだろうからこちらだけそれを許さなかったら後々問題になる。」
「なるほど、彼は私設組織を作ろうとしているわけですか。しかも政府公認のエリート部隊でも作ろうとしている」
一気に自身たちの手が汚れたのではないかと思わされた。だが、今後のことを考えると自分たちも力を蓄えておく必要がある。そのため、今回はサミトフの策略に乗ることにしたのだ。
(歴史で見た前世『ティターンズ』のような組織ができつつある。ジオンとの戦争が少しづつ変化しつつある。)
マフティーはそこに不安を感じつつも、現状を打破するために今は仕方がないことだと無理やり納得することしかできないのだった。