衛星護衛を受け持つサラミス艦の艦長がその使者と名乗る男と面会したのは10分後のことだ。
ただ、待たされた当人は一向に気にせず微動だにしていない。
いや、そもそもこの使者の服装が異質の極みでそれを考える余裕がない。
全身を紫のフード(またはローブであろうか)で覆った格好。顔もうっすらとしか見えないので年齢も把握しづらい。
スパイと疑われても仕方ないほどだ。だが、間違いなくサイド2出身であると確認が取れた。
ただ、その肩書が別の問題をはらんでいたが。
『聖マリシアド教会第三支部司教代理 シスター・マリジア・ルース』
名前からして女性であるがそこは対して問題ではない。問題は、『聖マリシアド』だ。
この宗教は『サイド2』内部で急速に浸透した偶像崇拝宗教だ。
指導者は『ダリダ・ガガチ』というらしく、現在は総大司教とか名乗っている。
サイド2内では『現代のガンディー』なる二つ名で知られるようになってきている。
だが、慈善宗教でないことは連邦内で周知の事実となりつつあった。
ジオン側への非協力姿勢、連邦政府への水面下での裏取引・補給物資の融通、フォン・ブラウンへの資金提供、連邦政府への恭順拒否姿勢、などがそれを如実に表している。
今のところは連邦軍に対して協力的であるが、とても信用できないとジャブロー上層部をはじめエビル中将、さらにはサミトフ少将までも持っている共通認識となっていた。
「わざわざこのようなところにおいでとは思いませんでした。ですが、ルナⅡへの渡航をお望みでしたら今少しお待ちいただくことになりますが。」
「いえ、そちらには別の者が担当しております。私はこちらに用があってきたのです。」
その態度や発言から女性特有の華は少ない。育ちがいいのは言葉尻や態度でわかるが、まるで兵士か役人と会話しているように感じてしまう。
「我が支部の大司教である『ロナルド大司教』より早急にここの兵たちにお伝えし、誤りを正していただくよう説得せよと命を受けてまいりました。」
「命?誤り?それはなんですか?」
「現在、こちらにジオンの軍艦が迫ってきております。」
「は?」
「数は約三隻。目的はここを破壊し、連邦軍に心理的抑制を与えること。・・大司教閣下はそのような未来を予知されました。」
「予知とはあいまいな内容だ。そんな不確かな情報は信用できません。」
「予知だけならそうなのですが、このディスクの録画映像を見れば信用していただけると思います。ここに来る前にジオンの小艦隊がサイド4方面に移動した様子です。」
そういって渡されたディスクの内容を確認したが、その映像には確かにジオンの戦艦らしき船が4隻移動しているのが映し出されている。だが。
「これでも確証を得るには不十分です。サイド4に移動したからといってここに来るとは限りません。ただの哨戒行動の一環の可能性もあります。」
「ですが、この映像を見るにジオンの艦艇数は4隻程。通常の哨戒では2~3隻で哨戒に当たりますが、数が4隻とはいささか半端な数であると思えませんか。」
そういわれると確かにその節はある。
3隻ならば哨戒レベル、10隻を超えれば通商破壊や拠点攻撃の可能性も出てくる数だ。
だが、4隻とは半端な数だ。どちらともいえない数と言えなくもない。だが。
「それとて偶然ととらえることもできる。第一、そちらの言っていることが事実だとしても我々のできることは限られる。我が方は、サラミス級1隻。MSもザニーとボールがそれぞれ2機だ。このような戦力では守備がやっとだよ。」
だが、使者はむしろ笑みを浮かべ始めた。何を言っているのかと言わんばかりに。
「その程度の戦力では守勢に回るのはむしろ論外でありましょう。ジオンのMS・戦艦の能力は先の『ルウム戦役』で明らかになったはず。今説明いただいた戦力ではみすみす衛星も、兵員も無駄に失うだけとなってしまいます。」
「なら正面からぶつかれとでもいうのか?それこそ無謀だ!みすみす敵戦艦に各個撃破の好機を与えるだけだ。」
純軍事的に見れば、守備拠点を持つ軍は籠って援軍を待つのがセオリーである。わざわざ穴倉から出るのは無謀という艦長の意見は間違ってはいないだろう。
ただし、『太陽光発電衛星』が守備に向いているかは別の話だ。
「この衛星では満足な迎撃は無理でしょう?それこそ愚挙です。・・とはいえ、代案を出さなければ子供のケンカでしかないのも事実。そちらも納得はしないでしょう。実は策がございます。」
「ほう。それはいかなるものですかな。参考までに」
「衛星を放棄するのです。残存している武器弾薬も艦に詰め込み、ここを去ります。せいぜい自動迎撃砲台だけは残して。」
「それではただの逃亡ではないか!」
「話は最後まで聞いてください。その上で、重火器搭載のボールとザニー、さらには艦長が指揮する艦で敵を補足し攻撃するのです。」
彼女が言うには、敵は自分たちが衛星を強襲すると考えている。それが心理的油断につながり、艦隊そのものの守備はおろそかになる可能性が高い。また、衛星の哨戒監視に補足されることを警戒しているだろうからMS部隊単独による一撃離脱戦法をとる可能性がきわめて高く、守備に残る戦力ならば不意を付ければ十分に効果的なダメージを与えられるだろうというのだ。
「だが、どのように敵の位置を補足するのだ。敵とてミノフスキー粒子を散布するのだから正確な位置の特定は不可能だ。レーダーなど有って無きだぞ。」
「先ほども言いましたが、敵は哨戒網を気にしています。また、このあたりにはデブリ群も無い。となれば、あとは容易です。そちらが普段行っている哨戒ラインの外。さらに言えば長距離からの一撃離脱ともなれば航続距離もギリギリ。故に部隊の収容を容易にするためにもできる限りは接近しようと図るはず。これらの条件で絞りこめばかなり場所を特定できるはずです。」
艦長からすれば自分たちの哨戒ラインを既に敵が把握しているというのはゆゆしき内容なのだが、筋は通る。また、その絞り込みフィルタで位置特定は格段に容易となるはずだ。
「今回は我々も協力させていただきます。ジオンのこれ以上の台頭は我々も望んでおりませんし、いささかやりすぎだとも感じる政策が目に余りますので。」
「協力とはどのような?」
「具体的にはサイド4周辺のジオン哨戒ラインの情報です。これと重ね合わせると敵の行動がより絞り込み易くなりましょう?後は、私と敬虔なる我が同胞2人が搭乗するMSがそちらを支援いたします。・・船はさすがに御見せできませんし支援に使うことはできませんが、それくらいなら私の裁量にゆだねられていますので。」
彼としてはここまで聞いて寒気を覚えつつあった。
つまり、彼女自身がMS戦をやることに躊躇がないということだ。しかも、共にコロニー出自の者たちを撃つことも厭わないと。とても信徒とは思えない発言であった。
「上司の予言を伝えるだけだったはずなのに、そこまでして大丈夫なのですか?」
「目的の半分はそうでした。ですが、私は大司教閣下より独自行動の許可を正式にいただいております。・・そちらにとっては得にはなっても損ではないでしょう?」
そういって、清楚な笑みを浮かべているつもりの彼女だが、艦長にはその笑みが獲物を刈り取ろうとする蛇のようにしか見えなかった。