敵接近の事態を告げる状況を感じ取ったリーマ艦隊の面々はMSによる警戒を強め、全艦臨戦態勢に移行しつつあった。その矢先、レーダーが敵MSの接近を伝えた。
「熱源急速接近中!」
「友軍か!?・・いや、まだ戻るには早い。敵か!」
「該当データあり。連邦軍MS『ザニー』が2機、他に『Unknown』 3機確認。」
間違いなく、連邦軍の奇襲だ。どうやら待ち伏せされる形になったらしい。
だが、気になるのはUnknown機についてだ。連邦の新型機だろうか?
「『ハリマ』より入電。『我、MSニヨル先行攻撃ヲ図ル。敵ヲ見極めラレタシ。』以上です。」
「レイギャスト隊にも向かわせろ。残ったMSは艦隊を守れ。」
「さらに感あり、敵MSの後方に敵戦艦。サラミス級巡洋艦と推定。」
その報告と同時に敵の砲撃と思われる閃光が艦側面をかすめた。さらに、実弾と思しき衝撃も僚艦側面に炸裂している。
「状況報告、急げ!」
「『ウールベルーン』に直撃あり。対空砲3門損傷。旗艦左舷装甲が一部融解」
「『ウールベルーン』に後退命令。艦内工作班、冷却処理並びに修理を急がせろ。全艦、砲撃用意!」
「副長。敵の正確な位置予測ができていません。無駄玉になります。」
「わかっている。だから、砲撃と同時に全艦急速上昇。敵の反撃を回避しつつ敵次弾観測によって正確な位置を割り出す。急げ!!」
「りょ、了解。各艦にも伝達します!」
そのように緊迫した艦隊戦が双方で繰り広げられ始めていた。
そして、MS戦ではさらに苛烈な戦い・・いや、凄惨な戦いが繰り広げられていた。
最初に接敵したのは先のハリマ所属の小隊3機である。後続にはさらに友軍2小隊が駆けつけてきているが、最初に砲火を加え最初に犠牲となったのはこの3機だった。
「ロックした。食らえ!」
ザクの120mmマシンガンが口火を切るように連射される。
だが、敵機はその弾幕を軽々と回避し続けながら接近を図ってきた。その機動力や形状はまるでMAのようである。
(早いが、武器らしき装備は見当らない。故障でもしているのか?)
パイロットがそのように考えた時、その機体にわずかだが変化があった。横一線に伸びていた腕に当たる部分がコンテナを銅線でつなげたような数珠つなぎに代わり、ザクを指すように向けられた。その瞬間、機体の腕が閃光と煙を上げるのが見えた。そして。
ガシャン!
何か金属片が機体にめり込む音がそのパイロットの耳に響く。
そして、画面には敵の腕部先端の腕が無くなり、代わりにその腕から金属製の線が伸びていた。他ならぬ自分の機体に。しかも、突き刺さっていた。
「・・え?」
攻撃された側はあっけにとられるだけだった。敵から伸びた金属片の一部が自分の腹をえぐりコックピットを血まみれにしたのを理解したのかしなかったのか。もっとも、彼の意識はそこまでだっただろう。次の瞬間には体が蒸発していたのだから。
時間にして10秒ほどの出来事だった。
ザクのマシンガンを回避しながら、そのザクを軽々と葬った『マリジア・ルース』は次の敵に狙いを定めようとしていた。
彼女が駆っている機体は、マリアレス教会が工業用モビルワーカーと廃棄された連邦のザニーを別思想の基、大幅に改修したものだ。
『ジャッジメント・クロス』と名付けられこの機体は教会独自の秘匿戦力と位置付けられている。スペックは以下の通りだ。
武装 有線ヒートクロー
切断式マイン(任意分離・投擲可)
60mmバルカン
補助 大型プロペラントタンク
高出力ブースター
設計思想は『近・中距離の敵を単騎で即殺』というコンセプトで開発されたものだ。
有線式のヒートクローで近距離・中距離両方の優位性を維持。さらに、腕部を切断された場合は切断部分が周辺を巻き込んで炸裂するマインとなっているので破損すら攻撃になる。
しかも、腕部切り離しは任意でも行えるので投擲用マインとしても利用可という有限の遠距離仕様でもある。さらに、極めつけがこの機体にはあった。
友軍機がやられたのを見た残りのザク2機が各々、マシンガンやミサイルを放ってくる。
弾幕と火力の暴風。だが、それをまるであざ笑うかのように回避しヒートクローをザクに向けて射出・突き刺しにかかる。だが、さすがに僚機が貫かれるのを見ていたためか咄嗟に右肩の楯状装甲を向けた。結果分厚い装甲に敵のクローは貫ききれなかったように刺さったままとなってしまう。
「俺はあいつのようにはいかないぞ!いくら速いったって腕を手繰り寄せれば」
そこまで言ったところで、有線とクローの部分が切断され金属線の部分が機体に戻っていく。そして、2・3秒ほどしてクローの部分が赤く輝きながらザクを巻き込んで一つの火球へと変えてしまった。
「結局同じよ。」
「貴様―!!」
僚機をやられたザクが武器を乱射するが、そんな相手に彼女は60mmバルカンを無造作に放つ。
ザクはそれをジグザグに動きながら回避するが、それすらも彼女にとっては予想通りだった。
すでに、味方が無様な敵の後ろに肉薄している。
そして、当たり前のように背後から機体をクローで貫いた。その瞬間、モノアイが活動を停止して頭部を黒一色に変える。
3機を若干一分で沈黙させてしまったが、彼女には当たり前というような気配が漂う。
手の届く敵を葬ったのを確認しながら、切断された腕部先端に代わって次のコンテナが先頭に出てくる。そして、コンテナ表面部が自動で展開されると、先ほど射出されたクローと寸分たがわない爪が姿を現し有線先端部に接続された。
つまり、この機体は有限だがある一定のクロー喪失はカバーできる設計となっているのだ。この機体独自の強みである。再接続を確認すると彼女は祈るように言葉を紡いだ。
「哀れな子羊に死後の平穏と解放を」
シスターらしい言葉ながらも、その表情は恍惚としたものだった。
もし、ここが教会であれば敬謙で清楚なシスターと言われても違和感なかっただろう。だが、人を殺めるMSのパイロットとしては別の意味を持つ。
彼女は相手を殺めることを罪とはとらえていない。むしろ、『苦痛に満ちた現世から解放してあげている』と本気で考えているのだ。
このような思考を持つ人間を一部の人間は『死の天使』と呼ぶこともある。
その最大の特徴は、『殺めることを相手が望んでいる』と妄想しているというものだ。
さらに、彼女には天性のパイロット特性があったために最悪の組み合わせとなって戦場を闊歩するに至っている。故に、教会内では彼女は陰でこう呼ばれているのだ。
死の招き手。『ブラッディー・エンジェル』と。
その名を具現するように彼女は機体をリーマ艦隊へ向けるのであった。
ブリューナクはいち早く先発した3機と接触できると踏んでいたが、それは裏切られたとすぐに理解した。先程、目の前で繰り広げられた戦闘を彼は脳内で反芻する。
(戦闘というには異質なものだ。あれはまるで一連の作業のようだな。)
彼は冷静に評価しながらも冷や汗が背中を伝うのを感じた。
先程の戦闘が機体性能だと信じたいが、その一方で直感が警鐘を鳴らしっぱなしなのだ。
機体性能だけではなく、パイロットそのものが危険だと告げている。
だが、引くわけにはいかない。リーマ大佐たちはまだ戻ってきてないし、ここを通せば艦隊が狙われるのは解りきっていることだ。
「連邦の新型であろうと、機体性能の差が戦力の決定的差にはならないことを教えてやる!」
奇しくも、そのセリフは前世の彼がガンダムとの戦闘に際して言った言葉であったが、その時ほどの自信や余裕は今の彼には一切なかった。