あの朝食雑談から2週間。『ルウム戦役』から大体4か月が経過しようとしていた。
俺は非常に厄介な状況下にあった。これが、MS戦闘や政治上での駆け引きならばいろいろと知恵が回るが、今回は場違いであった。
(なぜこうなった?俺は、どこで選択を間違えたのだろうか?)
リーガンはそう考えながら目の前の女性二人に引きつった笑みを浮かべるのであった。
時をさかのぼること2日前。
職務を終えて帰宅しようとしていた俺に、ロズルからの通信がもたらされた。
最初は、例のMAに関する話かと思っていたのだが、内容は全く関係ない内容だった。
「中佐。モビーユ殿のご令嬢とのお見合いの準備が整った。明後日、ソロモン要塞内の応接室だ。セッティングも既に完了しているので、スーツなど失礼が無いように!」
「閣下?!当初の約束では半年後と言っていたはずですが」
「ご令嬢側が、軍務で要塞に寄ることになったらしい。滞在時間事態は短いが、1日は予定が空くというのでモビーユ殿が『善は急げ』と半ば強引にそのようになった。」
「止めて下さい!後、軍務で寄られるのですからそのような浮いた話は先方も望んでいないでしょう。それを理由に説得を」
「無理だ。既に、デラーズにも話を通したらしく『私は知りません』と彼から釘を刺された。さらに、令嬢自身の反対も同行者を付けるということで納得させられた。」
(おのれ、デラーズ!俺に何の恨みがあるというのだ?!!)
俺はそう思いながらも、いろいろ迷惑はかけていることを思い出した。
後輩の件。独断専行。そして、MA開発の根回し等。・・恨み言には事欠かない。
「あまり乗り気ではありませんが、仕方ないですね。会うだけあってみます。」
「そうしてくれ。そして、気に入ったならいっそのこと、そのまま引っ付いて」
「閣下、今の会話を奥方にそのまま流しましょうか?」
前世でもそうだったが、この後世でもロズルは愛妻家として有名だ。
まだ子供は無いが、奥方の身を気遣う素振りは要塞内では既に周知の事実となっていた。
その家庭にヒビとまではいかなくても、男の威厳はかなり低下しそうな会話である。
流したら、本当に面白いことになりそうだと思う。無論、流す気はサラサラないが。
「やめろ。そのようなことはさすがに男の沽券に係わる。とにかく、うまくやってくれ。」
「はぁ。了解しました。」
そのような会話があってから、俺は要塞内を駈けずり回ることになった。
服の調達。細かい小道具。礼儀作法の確認。
だが、もっとも困ったのはそんな些細なことではない。もっと肝心なことだ。
(その前に何を話せばいい!?俺は、軍人だから女性の好みそうなことなどほとんど知らないぞ。向こうも軍人らしいが、いっそ軍務関連の話で押すか?・・いや、さすがにそれは)
結局、マ・グベ調略の際に世話になった同期の友人を頼り、本を手に入れた。
・・ただ、この本は大丈夫なのだろうか。何せ、タイトルがすごい。
何しろ、女性との関係構築の指南書『ソレオとミュリエットの恋路』である。
「・・・」
無性にいやな予感しかしない。ためしに一文だけ読んでみた。
『父上は私と君との結婚を認めてくれなかった。だが、私は君を愛そう!永遠に!!』
『ああ、ソレオ。私のいとしいソレオ!私のすべてはあなたのもの』
俺はそれを見て、直ぐに本を閉じた。
そして、迷うことなくそれを備え付けダストシュートの中に放り込んで処理した。
うん。俺は今、世界のゴミと言って差し支えない著作権違反物を処分したのだ。
友人の趣味を脳内から消すためではない。断じて!
そして、いよいよ当日となった。
俺としては軍務の延長であったが、一応、ロズル中将がいろいろお世話になっている人のご令嬢である。失礼の無いように対応しよう。
そう考えながら、応接室の扉を開き中に入る。そこには既に相手がいた。
着飾っているが、美しさよりも活発だとわかる顔が目に入る。年齢でいうならガトーに近い気がする。・・本当に、なぜおれなのだろうか?
そして、脇に控える女性に目を移した瞬間、互いに間の抜けた声を出すことになった。
「「はぁ?」」
俺は、スーツ姿と共に作っていた貌を呆然としたものに崩し、一方の控えていた女性も怪訝な表情といった状態になった。黒を基調にしつつ、目立たないペンダントをぶら下げながら、働く女性のような眼鏡をつけている女性。リーマ・グラハム大佐。
「な、なぜ大佐がここに?」
「わ、私は大佐ではない。秘書のリーン・マルレーンだ!」
いや、明らかに同一人物である。声、顔、そして、話し方から気配。
これほど似通った人物はいないだろう。
・・とりあえず、俺は本命のご令嬢に挨拶をすることにした。
「お初にお目にかかります。リーガン・ロックと言います。わざわざ軍務で忙しい中、時間をいただきありがとうございます。」
本来は望んではいなかったことだが、こういう場では女性のことをおもんばかった方がいいと考えて俺は口を開いていた。それを受けて、女性の方も話始める。
「養父からお聞きしております。私、ユーリー・アベルマと申します。」
「本日はよろしくお願いします。・・ところで、なぜリーマ大佐がご一緒に?確か、謹慎中のはずでは?」
「何度も言わせるんじゃないよ!私はリーン・マルレー」
「大佐は軍学校からの私の先輩です。今回、養父が手を回して同行してもらえるよう取り計らってもらいました。」
俺などはそれだけでも彼女の養父、モビーユ殿にはどれだけコネがあるのかと突っ込みたい。現在、軍の最高責任者になりつつあるデラーズ。さらに、ソロモン要塞守備軍司令官であるロズル中将。
双方に有無を言わせないとか。
そう口には出さないが、とりあえずそこは目をつむり別の話題を乗せる。
「しかし、モビーユ殿も苦労してそうですね。リーマ大佐の後輩ということはかなりの腕でしょう?」
「そんなことはありません。ガトー少佐や先輩に比べたら眼も当てられません。」
それを聞きながら俺は、リーマに付いてきていたある噂を思い出していた。
リーマが卒業する直前、当時一年だったある女生徒にMSの手ほどきをしていたというものだ。男子生徒などはあり得ないと思ったし、女子生徒などはうらやましがったと聞いている。
そして、この噂には続きがあった。彼女が卒業した後、ある女子生徒がMSパイロット候補として高い成績を出してスコアを塗り替え続けているという内容だった。
その女生徒こそがリーマに直接指導してもらった当人であると。それがおそらく彼女だろう。
(うん?ユーリ・・アベルマ?)
「アベルマ?もしや、ジーン・アベルマ大佐の」
「まあ、『父』をご存じなのですか?」
「もちろんです。私が軍学校にいた頃の憧れでした。」
俺は、転生前の記憶を思い出しながらその名前を反芻せずにはいられなかった。
彼女の父は後世において、軍が実戦用MSを開発するために思考錯誤していた頃に活躍していたモビルワーカー(以降はMWと略す)乗りである。当時は、まだMSは試作の域を出ずに軍お抱えの会社で試験が行われていたのだが、彼はMSパイロットの育成プログラムを作ったパイオニアだった。MWと試験中のMSを比較検討し、どのような人材育成を行うべきかを模索、軍学校に論文として公表した。
最初は古参の教育官や校長が露骨に批判したが、ロズルが校長になったと同時にそれをもとにカリキュラムを見直したことから見ても、実に出来が良かったことはいうまでもない。
だが、彼は実に不幸な死を遂げたことでも有名だった。
「軍学生の間でも、あの方の死はまさに悲報でした。あまりにも早すぎると共に話し合ったほどです。」
「先輩方のような方たちにそういってもらえたことを知れば、死後の世界で父も喜んでいると思います。」
彼女はそういって悲しげな笑みを浮かべていた。