ジーン・アベルマ。
彼女の父親は死の直前、ようやく花開いた存在だった。
彼は当時少佐で、実力と人望を持っていた稀有な人物であった。もし、今も存命であればデラーズと肩を並べていたと言われているほどだ。だが、彼には運がなかった。
軍学校への論文に対して評価は辛く、それが尾を引いて回りからも疎外されるようになった。
さらに、彼の妻は当時の流行病で寝たきりとなったために、かなり無茶な仕事をしていた。
そして、ある日。彼は路上で息を引き取った。原因は同期であり、彼の友人であった男によって刺殺されたためだ。怨恨であった。
もともと、彼が出した論文が参考にされてMS教育カリキュラムが作られたが、ロズルが校長として来るまではその友人の立てたカリキュラムが採用されていた。しかも、それによって軍研究機関へ栄転する話が持ち上がっていたのだ。だが、ジーンの論文が参考に使われることになったため話は流れた。それどころか、彼を絶賛していたかつての軍教官・研究者たちから僻地転属へ追いやられようとしていたらしい。そして、つもりに積もった憤りが爆発し、ジーン殺害へと至ることになった。
当時、ジーン・アベルマは論文採用と同時に少佐に昇進したばかりでようやく妻への薬を工面できると近所に語っていたらしい。しかも、娘を上の学校にやれるとあきらめかけていたことをやろうとしていた矢先の出来事だった。
悲劇の後、彼の友人は逮捕され軍刑務所へ送られた。
ジーン少佐は軍への貢献を評価されて戦死と同義の2階級特進が採用。大佐となった。
残された妻と娘には軍からお金が出されたらしいが、妻はショックのあまり一か月後にあとを追うように病死、娘は養子に出されたと聞いていたのだ。まさかそれが。
「それが、モビーユ殿のところにいる令嬢だとは知りませんでした。」
「父が亡くなった後、養父が私を引き取って軍学校に入れてくれたんです。感謝してもしたりない恩があります。ですが」
彼女は自分の思いを切実に語り始めた。
その先を要約すると、どうやら彼女は今回のお見合いに乗り気ではなかったようだ。
そもそも、自分はMSパイロットとして独り立ちもしていないのに相手を探す暇などは無い。そんな時間があるなら訓練に充てたいと考えていた。だが、モビーユ殿はどうやら彼女に身を固めてもらいたいと考えているようでたびたび縁談を組んだ。
「それを見事に撃退し続けたわけですか?」
「私も何度か付き合わされたが、まともなのがいなかったね」
リーマが辛辣に相手連中を評価した。
ユーリーもどうやら程度の差はあるが、同感なようである。ただ。
(詳しくは聞かなかったが、それなりの実力者ぞろいだったような)
「例の『黒い』なんとか連中なんか論外だったね。性格もガサツだし。」
「パイロットとしては優秀な方々ばかりがお相手だったと聞いていますが?一応、シュミレーターで相手をなされたのでしょう?」
「ええ、確かにお強い方々です。さすが歴戦の猛者という感じでした。3人の連携はすごかったです。」
「個々では、あんたにはボロボロだったけどね。」
「先輩、それは言い過ぎです。あれは辛勝でした。」
リーマとユーリーは笑いながら、評価を続けている。
恐らく、話題のパイロットとは『黒い三連星』であろう。
三位一体の連携攻撃『ジェットストリームアタック』は有名だ。
先の『ルウム戦役』でも戦艦1隻をそれで仕留めているし、MSの撃墜も一人が3機以上だった。
連携なしとはいえ、単騎でも強いことが記録からもわかる。それをボロボロって。
「リーガン中佐ももちろん、お相手してからということになりますので」
「それは避けられないことでしょうか?」
「何なら、私が相手してやろうかね。」
その提案には全力で首を横に振った。冗談じゃない。
実質、師弟にあたる二人を同時に相手できるか。やんわりとだが、毒を込めて否定した。
そして、俺は苦いお茶を飲みながら、こめかみに青筋を浮かべつつある女性とそれを面白そうに見ている令嬢二人を見て改めて思った。
なぜ、こうなってしまったのかと。
だが、事態はさらに予想外の方向に推移する。それも悪い方向に。
「待っていただきたい!そのお見合いに異議あり!!」
そのような叫び声をあげて飛び込んできたのは、青に近いであろう色合いのパイロットスーツを着込んだ男だった。そうとうにあわてていたようで汗が額に浮かんでいる。
「なんでしょうか?ここは我々が貸し切っていたはずですが」
「承知している。だが、その令嬢は貸した覚えはない。その女は俺のものだ!!」
さも当たり前のようにユーリーを指さしながら断定する。
正直、呆れた。彼女はものじゃないぞ。そもそも、あんた誰だよ。
某アニメのキャラクター臭いセリフだぞ。あれか、黄金のサー〇ン〇ですか?
確かに、髪と目つきはそう見えなくはないが。
「あんたもしつこいね。モビーユ殿からも接近禁止命令を含む鉄拳を食らってるはずだろうに」
「大佐。お知り合いですか?」
「マ・グベ経由でお見合い相手候補に上っていた男だ。名前は確か・・なんだっけ?」
「大佐とはいえ失礼です。自分は誇りあるジオンの騎士『レニバス・シュターゲン』です!」
そういわれ、ようやく思い出した。
確か、ソロモン警備部隊に腕のいいMSパイロットがいると。ただ、同時に性格に難有りとも評価された残念な人物とも聞いていた。そして、その評価に納得した。
(なるほど、この性格では仕方ないだろうな。とっつきづらいし、いささか変な方向にプライドが高いようだ。だが、こいつが候補?そもそも、まだ撃退してないのか?)
「大佐。ユーリー嬢は彼を袖に振ったのですか?」
「それ以前の問題だ。彼の養父にも先ほどと似たようなセリフを叫んでな。結果、問答無用で破談となった。顔面と脇腹に鉄拳のオマケつきだ。だが、MSによる対戦はしてない。故にあきらめてないらしい。」
「まるでストーカーですね。」
一応、正規の軍務でここに配属されているのだからいるのは自然なのだが、恐ろしく運が強い男であるらしい。正直、関わりたくないのだが、そうもいかないようだ。矛先が俺に向いてきたのだ。
「貴様がマ・グベの『心友』、リーガンだな。本来は同じ友人を持つ者同士、酒を酌み交わしたいところだが、女をとられて何もしないのは男として恥!いざ、勝負!!」
「そもそも、貴公の女ではないだろう。それに、俺はとってもいない!」
誤解も甚だしい上に、妄想が独り歩きしている。
そもそも、マ・グベの『心友』って。
ジオンを支える者同士には違いないがそこまで深い間ではない。
(というより、マ・グベよ。お前、友人は選んだ方がいいのではないか?確かに互いに気は合いそうだが、頭のネジが1本どころか2、3本は抜けているような男だぞ。)
それにしても、この闖入者に対して俺はどうすればいいのだろうか?
そう考えていたところ、さらなる闖入者がシュターゲンを蹴り飛ばして入ってきた。
それは見るからに筋肉質で鍛え抜かれている色黒の男。髪を短くそろえていかつくまとめられたシュターゲンとは対極にいるような男に見えた。
「失礼、妄想に興じるバカがいたのでつい蹴り飛ばしてしまった。すまんな。いや、不要だったかな?騎士にしてはずいぶんと軽くて蹴りやすかったのだから自業自得であったかも知れんしな。」
「な、なんだ貴様!無礼に決まっているだろう。名を名乗れ!!」
「ふむ。では一応、そこの勘違いにではなく他の方々に。私は『キカン・ラカラン』大尉と申します。モビーユ殿のご令嬢と縁を結びたく、ぶしつけながらお邪魔した次第です。」
キカン・ラカラン?
確か、ロズル旗下のMS部隊で最近とび抜けてきたパイロットだよな。
それが、なぜここに来るんだ。しかも、なんかさらに厄介な方向に流れているような気がする。
なぜだー?!
俺の叫びは、誰にも理解されることなく心を反響し続けるのであった。
もうじき、シュミレーターを使ったバトル勃発か?
という感じです。後、キカン・ラカランの前世は言わずもがな、『ラカン・ダカラン』ですね。
詳しくは次話にて。