俺は、レニバス・シュターゲン大尉。ジオンの騎士である。
ジオン青銅騎士勲章を先の戦闘でも受勲し、少佐への昇進が確実と言われている英雄。
それが、俺だ。だが、周りの連中が俺を評価しない。俺は、実力も才能も有り、戦果も挙げている。にも拘らず、なぜまだ昇進できないのか。
シュターゲンは常にそう考えていた。実力がある分、その怒りはある意味では正当なものにも見える。だが、上役たちからすれば別の理由があった。
曰く、性格が極端で指揮官には向かない。
曰く、パイロット適正は認めるが人間としては認められない人格。
曰く、女性に対して変質的で半ストーカーの如きナルシスト。
などなど、諸事の理由があったのだが当人はそれに気づいていなかった。
もっとも、気づいていたとしても彼ならば『それは個性だろう!』と声高に叫び、否定をしていたであろうが。とにかく、彼が最初にシミュレータに入ることになった。
彼が現在使っている機体データはグラナダにあるイフリートへの移行を容易にするため、最近送られた量産機の物を使っている。少し前に述べた、グフだ。
もっとも、このグフは彼用の仕様に変更されたものである。
グフ(シュターゲンカスタム)
主武装 ヒートサーベル×2
60mmバルカン
肩部グレネード×2
補助 増設バーニア
グラナダでの試験で一度試乗してから専用機作成を依頼してあるが、完成品が納入されるのは二週間後であったためそれまでにこれで慣れておくよう言われていたのだ。
グフとイフリートは仕様に酷似した物が多いので移行しやすいらしい。故にそのような処置がとられているということらしい。
(この私が、彼女にもっともふさわしいことを見せつけてやるぞ!さあ、どんな相手でもかかってきたまえ!!)
シュターゲンはそう息巻きながらシミュレータに入り、画面に見える敵を捕らえる。
そこには一機のザクが映っている。見る限り、改修型であるのは解るが動きが稚拙で手馴れていない相手だとわかる。
「一瞬で勝負をつけてやる!彼女にふさわしいのはこの私なのだ!!」
そう叫びながら、彼はヒートサーベルを両腕で抜き放ちそのザクに向かって突進する。
それを見た敵は、よろよろした動きで回避運動を・・とらなかった。
先程までのヨレヨレした動きが嘘のように、逆に右肩を全面に出すように突進してくる。
このままだとグフのヒートサーベルが振りかぶられる前に、ザクのタックルが彼の機体胸部を凹ませることになる。
「!小癪なマネを。あの動きは演技か!!」
シュターゲンは機体を咄嗟にひねりながら、左スラスターだけ全開に吹かせて右へ逃れる。
態勢を立て直さないと追撃が来るため、舌打ちしながらも敵機をモニターで確認し続ける。
だが、その後の敵機の行動は予想した物とは違っていた。タックルをスラスターで止めて反転しようとしているようなのだが、宙返りのように一回転、二回転と攻撃してこない。
「・・私が相手しているデータは素人のモノか?・・!!」
その様子を見ていたシュターゲンはそう感想を漏らし、同時に憤怒の感情を浮かべた。
先程まで多くの人に見せていた端正な顔などどこにもない。傲慢で怒りに燃える変質的なものが持つ怒りの感情がそこにある。
(最初のタックルも、避けるという選択が取れないから全力で前進しただけ!タックル後の制御がうまくいかないから宙返りを敵前でしている事実!!どこまで私を侮辱するつもりだ!!)
シュターゲンは60mmバルカンとグレネードを猛然と敵機に向けて発射した。
それを察したのか、あるいは制御不能からくるまぐれによるものか、敵機は宙返りを何とか止め、替わりに身をよじるような錐揉み回転をしている。どうやら無理やり機体軌道を変えた故であろう。だが、何を思ったのか敵は背中にあったヒートホークを右手に持ってそれを器用に投げた。
「は、そんな苦し紛れの投擲など」
シュターゲンはスラスターを少し吹かせてそれを軽く回避してしまった。
当然の結果と思った矢先であった。それで終わりではなかったのだ。
なんと、敵は左にあったマシンガンまで投擲してきたのだ。しかもオート設定でトリガーを引いた状態で固定してた上で。
「な、何?!」
無論、投擲されたマシンガンは回転しながらも弾丸を吐き出している。しかも、これまた器用にこちらに向かいながらだ。
さすがに、シュターゲンも焦ってしまった。当然と言えば当然だ。
人が乗って狙いをつけている武器であれば予測での回避も可能だ。しかし、無差別に弾丸を吐き出す武器にそんなものは通用しない。
「なんと非常識な!自分にあたる可能性も高いのに。だが、私を落とすほどでは」
そう叫びながら、何とかマシンガンの弾丸を避ける。肩と左足に若干の命中があるが致命的なほどではない。そう分析している時、目の前に敵機が迫ってきていた。
完全に、シュターゲン十八番の超接近戦をとられてしまうほどの位置に。その結果、彼は敵機のヒートホークを機体に受けることになった。
結果だけ言えば、シュターゲンは勝った。ヒートホークによる損傷でかなり危機的な状況に置かれたが、逆にその距離を維持してヒートサーベルを二閃左右から挟むように叩き込んで真っ二つにした。だが、シンデン少佐はこの戦闘を訝しみ、ユーリーにつぶやく。
「・・ユーリー殿。データを変えましたね?私の聞いたデータと違っているようにみえますが」
シンデンは事前にユーリーから相談を受けていたので誰のデータが使われるのかを知っている。
だが、あの動きは似ても似つかないものだった。それ故の質問である。
ユーリーも相談なしだった事に反省しているようで、簡単に謝罪した。
「申し訳ありません。あの人だけは諸事情があり、こちらで用意した別のモノを使いました。ですが、他のお二方は事前にお話ししたデータを使います。」
「ちなみに、誰のデータをシュターゲンにぶつけたのですか?」
「軍学校で先輩に教わった直後の私のデータです。学校から拝借しました。今見ても恥ずかしいくらいお粗末ですが。」
ユーリーとしては、相手にしたくない者筆頭であったシュターゲンを自分の手で叩き潰したいと考えていた。だが、同時に戦うことすら嫌だという微妙な精神状態でもあった。
そこで、過去の自分と疑似的に戦ってもうらことにしたのだ。
結果として、シュターゲンは勝利したが審査員の評価はかなり辛い。
彼女としては彼に負けてほしかったが、一応、十分な成果は出したと自身を納得させた。
その様子を見ていたシンデンは改めてユーリーに確認してくる。
「後のお二方の相手は本当に『あれ』でいいのですか?」
「はい。是非お願いします。」
ユーリーは他の二人の実力を正しく図るためにもそう念を押した。
さすがに、シュターゲンのような私情は持ち込むまいと決めているようだ
シュターゲンに関しては自業自得であるから、シンデンは笑みを浮かべるだけでそれを了承した。
シュターゲンの戦闘を見ていたラカランとリーガンはそれぞれ違った顔をしていた。
ラカランは声まで出して笑い、リーガンは引きつった笑みを浮かべながら考えこんでいた。
ラカランとしては単純にザマミロという思考である。確かに勝ちこそしたが、評価としては最悪と言っていい。最初に油断したうえ冷静さを欠き、激昂して突出した。あまつさえ、敵の奇行への対処が遅れて結果として無駄な損傷を受けてしまった。笑う以外ない。
一方、リーガンの方は実に真面目な疑問があった。
彼の知るシュターゲンより弱いと感じたのだ。詳細を知るわけではなかったが、前世の彼は今少し小賢しい戦いができたはずだし、激昂したとしてもそれを良い意味で生かし切れていた気がする。
(EXAMシステムの補正によるところが大きかったのかな?あのシステムはかなりの性能だったと聞いているし。実際の彼の実力はこんなものなのかもしれない。)
そうリーガンは自分を納得させた。
そう考えると、前世でなぜシュターゼンはEXAMに固執したのかが解る。
ようは相手にシステムを使われると負ける可能性が高くなるとどこかで感じていたのかもしれない。それが、彼を強硬な行動に走らせたとも考えられるのだ。
もっとも、今となっては真実は闇の中であろう。そして、そう考えている内にシュターゲンと入れ替わるようにラカランがシミュレータに入っていく。
お手並み拝見とリーガンはモニターを改めて眺めるのであった。
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