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時は、リーガンが色恋沙汰に巻き込まれるより前。
ルウム戦役から三か月半に差し掛かろうとしていた時のことである。
実はグラナダにいるはずのガトーは大気圏突入用に調整された小型のHLVに搭乗していた。
搭載機は1機。搭乗員は10名と少数である。だが、そのメンバーは皆ある目的のためだけに集められた急造メンバーであるにも関わらず、精鋭というのが解るほどに重い空気を纏っている。
「大佐。間もなく、目標への降下を開始いたします。」
「よし、油断するなよ。我々の任務は恐らく今までの任務のなかで最も危険な部類に入る。だが、成功すれば得る物が大きいものだ。各自、それを改めて自覚しておけ。」
「は!!」
ガトーも心の中で決意を新たにしていた。
そもそも、本来であれば彼はグラナダで待機しているはずの人間である。
だが、そんな彼にマ・グベから内密の辞令が下った。
それは無謀でもあり、また大胆なものであった。
地球にいる現地支持者と合流し、連邦軍の新型機の機密情報を奪取せよというものだ。
情報によれば連邦内では派閥形成が進んでいるようだが、その一つが次世代型MSの雛形を開発しているという情報を現地協力者経由で察知した。
その真偽を確認し、事実であれば強奪あるいは破壊せよという任務がこの任務の主目的となっている。だが。
(彼らの任務を支援するというのが表向きだが、私の方も重要らしいからな。そこにも注意しつつ、現地支援者から『モノ』を受け取らなければ。)
実は、ガトーには彼らとは別の任務が追加されている。いや、むしろこちらの方が主目的で先の任務は本命を誤魔化すための目くらましだというのがガトーの予測であった。
ガトーには以下のような任務が下されていたのだ。
『実行部隊の一員として同行し、任務を支援せよ。ただし、主目的は現地支援者より機密物資を回収してそれを無事に本国に持ち帰ることである。故に、貴官の命は本任務遂行までは最優先事項となる。自身の生命に危険が及んだ場合、支援任務放棄を含む判断は貴下に委ねる。』
という内容である。
これだけでもかなり重要度の高い物であることが伺えるだろう。
ガトーとしてはその『モノ』が何かは知らないが、受け取る予定の支援者は解っているので細かいことは現地到着が無事済んでからだと割り切っていた。
彼は虚空の宇宙(ソラ)が遠ざかるような感覚を覚えながらHLVで地球への降下を味わい続けるのであった。
その頃、オーストラリアのトリントン基地では試作MSの試験運用が行われていた。
ただし、通常試験よりはるかに物々しい。
紫に塗装されたMSが周辺を警備するように鎮座し、試験確認用の管制指揮所では銃を肩に抱いた兵士が我が物顔で試験官たちにあれこれ指示を出している。
リターンズの兵士たちである。だが、本来であれば現地地上基地にまで口だしはできないはずなのだが、彼らにはその自覚すらないようで試験官の一人が既に毒牙にかかって病院送りになっていた。
「サツマイカン少佐。試験機01号の精査終了。地上環境下での運用度は非凡。ただ、整備班より、各種関節部に砂や石などがたびたび詰まると文句が」
「そんな文句はフランクリンのところに回せ!私の管轄外だ。問題点の詳細な記録ができた事とどんな問題かだけ報告しろ。現場の声などいちいち聞いて居られるか!!」
「も、申し訳ありません。」
「続けろ。02号と03号は?」
「現在02号は情報解析中。03号はまだ試験中とのことです。」
「まだ、03号の試験は終わらんのか。他の2機と同時に始めたのに遅いではないか。パイロットは誰だ」
「は。ジェイド・メッサ候補生であります。」
サツマイカンはため息をついて頭を押さえていた。
今日で3回目である。ジェイド・メッサは前世のジェリド・メサ中尉である。
パイロット適正は高いし、腕も良いはずなのだがそれに反して我が強い男である。
もっとも、サツマイカンとしてはそんなことはどうでもいいことである。
彼が問題としているのは、今回の試験で問題を起こしているのが『リターンズ』の入隊者候補であることが問題であった。
リターンズは精鋭揃いである。故に選ばれたエリート集団と言ってよい。だからこそ、失敗はそのまま厳しい評価につながる。正直、彼はジェイドが自分の評価を下げる原因になりかねない人間になってきていた。
「アレは使えんな。」
「な、何がでありましょうか?」
試験官としては自分達が最終調整をした機体に問題があるのではと戦々恐々なので、サツマイカンの言葉の意味をくみ取ることはできていなかった。
それが余計にサツマイカンをイライラさせるのだから場の雰囲気は重い。
それ故に、場に飛び込んできた声はあまりに場違いであった。
「ふふっ。順調そうではないか。」
「!!マスク大佐。わざわざこのようなところにおいでとは。しかし、確か今日は研究施設での巡視がメインだと聞いていましたが。」
「技術者のうんちくを聞いて居るとあくびが出て耐えられん。実物が動いている様こそが重要なのだよ。どうだ、使えそうか?」
「性能は良いのですが課題が出始めておりまして」
「まあ、その辺は試験後に解決しておればよい。ところで、上空の周回軌道艦隊から連絡があったぞ。聞いているか?」
「連絡?いえ、まだこちらには。」
「これだから正規軍の連絡網は遅くて困る。・・実は、アフリカ方面に落下する未確認物体が確認されたのだ。正規軍は当初、隕石だと見ていたようだが我々は違うと分析した。」
「では、宇宙人どもの先兵ですか」
「十分あり得る。連中の目的が定かではないが、現在はジャブロー周辺と我がリターンズの中心拠点として建造を急がせているキリマンジェロ基地には厳戒態勢を敷いている。」
「正規軍とクレイモアの動きは?」
「いや、そちらはそれほどでもない。それとサツマイカン、お前も一応は留意しておくようにな。ここの試験機も重要度は高い。次世代機のテストと実力者育成を兼ねた重要拠点だ。失った場合の損害もバカにならん。わかっているな?」
「はい。十分に警戒をしておきましょう。」
そのような会話が行われ、マスクは部屋を後にしたがサツマイカンはさほど危機意識は高くない様子であった。
(大佐は相変わらずだ。宇宙人どもが数人地球に紛れたからと言って何ができる。それに我がリターンズの情報網もバカではない。時間をかけずして居場所は判明するだろう。その時に始末すればいいではないか。)
彼はそう考えて、思考を再度目の前の試験に戻す。
03号機はようやく試験過程をすべて終えたようである。サツマイカンはおもむろに候補者リストを取り出してペンを走らせる。そこにはバツ印が新たに書き加えられていた。
一方、ジオンの部隊が降下した可能性があるという情報はクレイモアでも察知されていた。
もっとも、当初は正規軍同様に隕石落下とみていたがエビルとマフティーからの召集を受けて現在、話し合いがもたれている。
「この時期にジオンの連中が無理をしてでも地球に降りた理由。それが問題だな。」
「ええ。現在、圧倒的に彼ら優位で状況が推移しています。しかも、彼らの目的が停戦・和平が目的ならばこの時期に強硬策ともいえる地球降下を少数で行う意図が解りません。」
順当に考えるならば、リスクしかないのだ。
たとえば、何らかの破壊活動だと仮定してみる。
だが、利点がない。成功すれば交戦気分を国民に広げる材料にされかねない。
失敗すれば実行部隊の兵士が人質に使われ、交渉が不利になる。停戦・和平が遠のくことになりかねない。では、何が狙いなのか?
「・・彼らが降下した場所の正確な位置は?」
「そこまではさすがにトレースできませんでした。ただ、アフリカ近辺であるとしか」
「とりあえず警戒を強めるしかないですね。狙いが判明していないとなると情報収集を主にして推移を見守るぐらいしか今はできませんし。」
「一応、現地の正規軍に連絡して監視を強めるように働きかけることはできますが。」
「確たる証拠もないし、我々にそれほどの力もないだろう。リターンズ連中ならば話は別だが、俺たちでは」
「まだ力不足ですか。」
結局、自分達の組織はまだ『リターンズ』と戦うには厳しいという現実と正規軍への影響力が少ないということを歯がゆく思うしかないのがクレイモアの現状であった。