ガトー達がトリントン基地に潜入する少し前。
実はある士官もこの騒動に巻き込まれる原因に触れようとしていた。
ジェイド・メッサ少尉。いや、正確には元少尉である。
彼はサツマイカン少佐に呼び出され、冷淡な言葉をぶつけられていた。
「ジェイド・メッサ少尉。私は君を知らない。我々が君を『リターンズ』の士官候補と認めた記録は無いし、MSに搭乗した記録もない。」
「少佐?何を言っているんです。」
「言葉通りだ。君はここにいなかった。君は、この一月ほど第二軍港での補給任務についていた。そして、明日にはオデッサ鉱山基地に転属となる。主な任務は採掘精製所のの警備だが、詳しい内容は現地で確認するように。以上だ。」
サツマイカンはそこまで言うとさっさと出ていけというジェスチャーを出す。
だが、ジェイドは納得していない。いきなりであるし『なぜ?』という疑問が上官への質問という形で現れることになった。
「少佐。私は正式に適正試験をクリアーしました。その結果、この基地での試験運用任務に就いていたはずです。それをいきなり」
「物わかりの悪い奴だ!では、はっきりと言おう。貴様は我が『リターンズ』を名乗る資格はない。試験であのような無様を演じた男を隊に入れたら笑いものだ。まだしも現地士官候補たちの方が私の顔が立つ。」
「し、少佐。確かに、私は運用試験であのような醜態を晒してしまいました。それについては弁解のしようもありません。しかしだからこそ、このまま少佐殿に恥をかかせたまま追い出されるのは不本意です。どうか、私に名誉挽回の機会を!」
「名誉挽回?貴様では汚名挽回になりかねん。恥の上塗りでさらに私の立場が危うくなる。サッサとこの部屋から出ていけ!それとも、軍にいられなくして欲しいか!!」
サツマイカンはそこまで言うと持っていた書類の束をジェイドに投げつけた。
ジェイドはさらに言葉を募ろうとするが、無駄だと悟り部屋を辞する。
(なぜだ。俺は必死に訓練に食らいついてきた。適正も高かった。MSに乗る前にマニュアルは何度も読んだし、実戦の記録なども見て事前に学んだ。だから俺はリターンズの候補として指名された。それが、最初ではじき出されるなんて。)
ジェイドはそう考えてさらに自分の問題点に自問自答し続ける。
機体の操縦時のくせ。モビルワーカーとMSとの差異による思い違い。
考えればきりがないほど原因となりうることはある。そのようなことを何度も考えていた時だったろか。あたりが急に騒がしくなった。
兵士が各通路を行きかいながらチェックと人員確認を繰り返している。
そして、俺も自分の現所属と階級を述べるように言われて今日までの身分を口に乗せた。
俺がリターンズ候補と知った士官は嫌そうな目で俺を見たがすぐに態度を改めて確認に戻ろうとする。だが、彼はそれを止めた。
「待て。何が起こっている?正規でないにしろ俺も『リターンズ』だ。状況を。」
「え、はい。実は、つい先ほど警備システムが不正に操作されたという連絡がありバックアップ用警備プログラムを作動させたのです。すると、基地に何者かが侵入したということが解りました。」
「何。では狙いは船や試作機だろう。無事は確認できたのか?」
「船の方は警備兵が始末したため事なきを得たと連絡がありました。警備システム管理所の方も同様で、既に奪還したと。」
(正規軍にしては対応が早い気もするが、基地要員が優秀なのか?それにしては少し解せないが。)
「では、残るは試作機が格納されているドックだけか?」
「そちらに敵が籠城していると確認がとれました。そこで包囲を縮めながら一気に鎮圧するため他に敵がいないか。包囲に参加できるMSパイロットはいるかを確認するよう言われました。」
そう聞いたジェイドはこれがチャンスかもしれないと考えた。
このままではどちらにしろ、彼は辺境基地送りである。
宇宙で戦うために『リターンズ』に入り、エリートとなる訓練を積んできたことが無駄にしかならない。宝も持ち腐れである。だが、成果を上げればサツマイカンも無碍にはできないはずだ。彼は自分の顔に泥を塗られたことを露骨に言っていた。
しかし、ここで成果を出せばまさに『名誉挽回』となりサツマイカンも鼻が高いはずだ。
「私も出よう。使える機体は?」
「し、しかし、まだ正規兵でもないですし。それに、『リターンズ』の候補に」
「だからこそ率先して戦う義務を果たそうとしているのだ。さっさと機体がある場所に案内しろ!」
ジェイドは自分の未来を拓くために、包囲参加を決意した。
後に多くの後世転生者が考えた事であるが、この時の判断こそ彼が前世とはまるで違う道を歩む切っ掛けだったのではと言われている。
一方のガトー達はドックにある格納庫からの脱出が困難になりつつあると思いながらもたてこもらざる得ない状態に置かれていた。
外は既にライトと倍以上にまで増員された巡回兵で騒然としている。この状況では動けば目立ってしまう。だが、このままでは手詰まりだ。この基地の重要地点の一つがここなのだから。
(既に敵には悟られていると考えるべきだな。周りの兵士は巡回に見せかけた包囲網。まずいな。)
ガトーはそう推測した。同時にここにいるメンバーに脱出の案は無いかと尋ねてみたがルートが既に遮断されたことが先ほど確認され侵入時の方法は不可能と判断。
緊急時のルートもまるで見透かしたかのように敵が抑えているらしい。
ここまで徹底されていると間違いなくこちらの侵入情報をリークしてこちらを始末しようと手引きした連中がいると確信せざる得ない。数少ない幸運は、敵がむやみに突入してこないことだろう。
ここには新型機が置かれている。爆破・破壊の類は避けたいと考えているようだ。さらに、ガトーが仕掛けておいたブービートラップが敵を怯ませている要因の一つになっている。しかし、このままではいずれ突入されるだけである。
「仕方がない。予備のプランを使おう。」
「少佐?そのようなプランがあるのですか?大佐からは聞いていませんが。」
「大佐は万が一の場合に備えた脱出計画を私に立てるように命令していた。最悪の場合にしか使わないと考えていたが。」
ガトーのこの言葉に他のメンバー間で驚きと安堵の雰囲気が場を包むのが解る。
無論、ガトーの言はすべて嘘である。脱出プランはあるが、彼の独断で準備したものだ。
だが、『自分達の上司が任せていた』というイメージはこの場の士気を高め、作戦成功率を引き上げる重要な条件となる。故の処置である。
ガトーは自分の計画を説明していく。
話が進むにつれて驚愕と不安が全員の顔に浮かんでいた。仕方ないことだったかもしれない。ガトー自身もできれば使わないでいたいと考えていた苦肉の策なのだから。
「合図と共に事前に準備した攻撃が行われる。その混乱に乗じてMSを使ってこの場を突破する。」
「ですが、機体はどうするんです?それに、並みの機体では」
「目の前にあるではないか。最新鋭の機体が。」
そのガトーが見つめる目線の先には、連邦軍の『試作機』とその随行機が鎮座していた。
ガトー達は少ない時間を活かすためにすぐに作業を開始した。
脱出時の行動と攻撃手順。用いる機体と装備を選択。
そして、ガトーが乗る機体をどうするかだ。ここには試作機があるが問題は全機を奪取する時間はもう無いということだ。
試作機ゆえに他の随行機と違いセキュリティーが固い。OSへのアクセスとパイロットへの最適化を行う時間も限られる。先に述べた時間稼ぎがあっても一機が限界だ。
なお、他の随行機は難なく機動できるとのことである。
「私としては脱出できれば別に試作機でなくとも」
「少佐。これも任務です。どうせ脱出に用いるならば連邦の最新鋭機を用いた方が成功確率が上がります。」
ガトーとしてはその任務事態がついでだと叫びたいところであるが、一理ある意見でもあるのでむやみに反論できなかった。
そもそも、成功率はそれほどよくない策である。ならば、それを上げる努力はするべきだ。
ガトーはそう思うことにした。