その頃、トリントン基地での奇襲と同時刻。
クレイモアのマフティー大佐は、リターンズが同基地で行っている極秘試験についての討議をメンバー間で行っていた。口火を切ったのはマスク大佐に対して露骨に批判的なブレクスである。
「正規軍にも極秘で新型機開発を行っているのは先行量産機を見ても明らかです。さらにアナハイム経由の情報によれば我々と同等クラスのMS開発計画が進行しているとも考えられます。」
「私もそう思う。だが、結論を急ぐと敵にそれを利用されかねない。それに、フォン・ブラウンも完全には信用できないのが実情だ。先の正規軍立案のソロモン奇襲用の拠点設置計画失敗も情報を意図的に漏洩された結果だという見方もあるのだ。」
クレイモアでは先に行われたリーガンの中継基地破壊の遠因は、アナハイムの情報工作だと見る動きがあり、結果として思い切った行動をとれなくされていたのである。
「ともかく、今はリターンズ派に流れている人材の洗い出しなどを進めておくことが重要だろう。本格的に内紛状態に突入した時にその情報は戦局を左右する可能性もある。」
そうマフティーは言葉を結びつつ、手元のリストに目を戻す。
そのリストはトリントン基地で新規採用予定のリターンズ候補を洗い出したものであった。
当初は参考程度にと揃えられていたものだったが、その中に気になる人物がいたのでマフティーは経歴を抜き出してさらに細かく見ていた。
(このジェイド・メッサ候補生の経歴は前世のジェリド・メサに非常に酷似している。本人だろうか?だが、リターンズのサツマイカンなどはかなり酷評しているのが目立つな。)
マフティーはそれを意外な思いで見ていた。
前世において、ジェリド・メサは悪運強き不運なパイロットと言える。
おかしな言い方だが、しっくりくるのも事実だ。彼は、2回に渡って思いを寄せつつあった女性を失っているし、戦友であったカクリコンを失っている。
またパイロット特性も高いはずなのだが、毎回カミーユに負け続けながら機体を乗り換え続けた男として有名だ。歴代のMSパイロットの中でも乗り換え回数が最も多いパイロットと言われている。
ある意味その生存率の高さは賞讃にあたるのだが、勝ち星がほぼ皆無なのは悲しい現実と言えるだろう。
前世の今頃はまだ子供であるはずだが、どうやらこの後世では違うようだ。
現在、彼は既に18歳に達しつつあり、それなりに実力を認められているパイロットである。
これは歴史が変化している故の影響かそれとも似ているようで微妙に異なるこの後世故なのかはマフティーにもわからない。だが。
「リスクはあるが、このジェイド・メッサを我々の側に加えられないだろうか?」
「大佐!何を言ってるんです。彼はリターンズの候補で」
「だが、まだ正式に配属されたわけではあるまい。それに、この資料を見るにリターンズのサツマイカン少佐などは彼を毛嫌いしている節がある。やりようによっては良い意味で人員補充になるかもしれない。」
話し合いに参加していた面子でブレクスなどは怪訝な顔をしたが、マフティーとしては人材は多いほどできることが増えてくる。
それに焦りもあった。いつ内戦になっても不思議じゃない。だからこそ、少しでも戦力を強化しなくては。
マフティーは地上にいる現地協力者と連絡を取るべく通信機を入れる。
最初は、ジャブローの中継基地局員につながりトリントン基地近辺の第二軍港に繋ぐように取り計らってもらう。そして、ようやく通信機に見知った声が聞こえてきた。
「なんだ大佐。こちらは今忙しい、要件を言ってくれ。」
「?何かあったのですか。イライラしているのが通信機越しにもわかりますよゴーヴェン准将。確か、前の通信では『暇な基地管理業務』とか言っていたはずですが」
「それはつい15分前までだ。まだ、そちらには報告が行ってないのか?」
(報告?あのゴーヴェン准将がかなり焦っているな。報告がすぐに宇宙にいる我々に伝わるわけない。にも拘わらずそれを失念している?)
マフティーが考える人物の中でこのスカッド・ゴーヴェン准将は冷静で判断力に富む人物だ。その彼がここまで混乱しているのは非常に珍しいことである。
なお、このスカッド・ゴーヴェンは前世のジョン・コーウェンである。
前世では一年戦争当初の時点で准将だった。レビル将軍の後継者的な位置にいたが、デラーズ紛争の発端となったGPシリーズの開発を指揮し、核搭載MSを行った。
結果としてこれが原因で失脚し、ティターンズの台頭を許した。それを抜きにすればこの後世でも優秀な人物である。もっとも、この後世ではリターンズ台頭がルウム戦役後になったために彼は正規軍内でも煙たがられてジャブローから左遷されているが。
「ええ、まだ何も。何かあったのですか?」
「所属違いの非正規部隊には教えられない。もうじき報告が行くからそちらを確認してくれ。だが」
「だが?」
「今、私は非常に疲れていて少し愚痴を言う。それも誰も聞いて居ないはずの受話器に向けてだ。だから互いに問題はないことになる。オフレコだ。」
「何を言いたいかはわかりました。で、何があったのですか?」
「・・30分前、トリントン基地にジオンと思われる一団が侵入した。」
それは驚きの情報であった。前世と違って勢力圏が少ないはずの地上にジオンが潜入し、しかも、基地に入り込んだというのだから当然であろう。
「連中は基地で試験運用中だった新型機を奪取して逃走。現在、基地に待機していた守備隊とリターンズのMS隊が追撃・探索を行っている。」
「なるほど、つまりそちらの基地にも探索のために人員・船・MSを割くように指示を受けたために忙しくなっていると。」
マフティーは至極まっとうに答えたつもりだったが、ゴーヴェン准将はため息をついた。
どうやら、違ったようだ。では、なぜ彼はあそこまで忙しそうだったのか?
「違う。探索用の人員・機材は割けない。それどころじゃないからな。」
「軍港が機能マヒでもしたのですか?備蓄燃料や人員は十分にあったはずですからその可能性は低いはずと考えますが」
「今は足りない。トリントン基地強襲と前後してこちらも攻撃を受けたのだ!」
彼の話によれば基地への侵入が確認された直後、湾岸への警備レベルを引き上げて駆逐艦・哨戒艦を周辺に展開する準備をしていた。その直後、第二軍港が強襲を受けたのだ。
最初は湾港から出航したばかりの駆逐艦が餌食となった。
出航直後に魚雷を受けて水柱を上げながら一隻が沈み、後から続いていた2隻目が後を追うように攻撃され、同様の末路を辿った。
同基地の水中用・空中用MAを出そうとした矢先に今度はミサイルが頭上から降り注ぐことになった。徹底的に湾岸施設を狙い撃たれ、軍港機能は完全にマヒ。
艦船の残骸で湾港周囲を封殺され、人員・MSも軍港守備に回す必要が出たために追撃に回す余剰戦力が無いというものだ。
「後手に回りっぱなしですね。」
「他人ごとだからって冷静にいうな!一応、友軍だろう。現在はリターンズ主導で追撃が行われているらしい。暇なら手か知恵を貸してくれ。」
「では、両方貸しましょう。調度、野暮用があるのでこちらから人員を割いて支援します。地上でコネのある部隊に根回しして正規軍・リターンズ双方を刺激しないようにしておいてください。」
「・・ありがたいが、苦労が増えそうだな。わかった、手配しておくよ。2時間で準備を整えてみるから」
かくして、地表で初となる『リターンズ』、『クレイモア』、『ジオン軍』の3勢力が本格的に絡む事件が進行しようとしていた。