ジェイドとカーリングがそれぞれの思いでやきもきしている時、サツマイカン少佐はマスク大佐からの通信をうけていた。
マスク大佐の通信第一声は、サツマイカン自身の不備に対して不満を爆発させる形のものであった。
『あれほど警戒するように伝えておいたのに、貴様は何をしていたのか!』
「基地の警備、ことに海上警戒に対しては第二軍港のほうから駆逐艦・哨戒艦を随時出していたので油断していたのは否めません。ですが」
『ジェイド少尉から話は聞いている。基地警備・保安態勢に致命的な穴があったのだということは。だが、それがないかどうか基地司令に圧力をかけて徹底しておくことはできたはずだ。』
サツマイカンとしてはそれ以上、言い訳ができるはずなかった。
何しろ、本当に何もできないうちに奇襲され取り逃がしてしまったのは紛れもない事実である。
しかも、彼が出したことになっているジェイドの追撃命令も実際は彼個人の独断なのだから。
その後、ジェイドとの会話で話した謀略をサツマイカンは説明した。無論、ジェイドの行動を容認したほうの案である。
それを聞いた大佐は、ひとまず怒りを収めつつサツマイカンに対して口を再び開いた。
『まあ、いいだろう。そういうことであれば今回の件は免責と一時減俸という形で手をうとう。ところで、追撃はするのだろうな?』
「無論です!現在、各基地に指示を出して敵が寄港する可能性がある場所を調査させています。宇宙に逃げられる前に補足して見せます。」
『よかろう。ちなみに、メンバーについてはどうするつもりなのだ?』
「はい、我が『リターンズ』からはジェイドをお目付け役としてつけます。隊長は引き続きカーリング大尉として新造された新型艦に搭乗、追撃にあたらせます。」
これについて大佐はなぜ『リターンズ』からより多くの兵を割かないのかと訝しんだが、少佐はそれに説明を重ねた。
現在、非常に微妙な時期であるし今回の件で基地要員は大幅に入れ替えられるだろう。その中で最も後処理に困るのは地上勤務のMSパイロットである。
そこで、今回の追撃任務で何らかの功績をあげれば『リターンズ』への異動、あるいは別の基地への栄転も考慮するとして彼らに追撃任務に就いてもらうというわけだ。
(これなら、『リターンズ』の組織力・人員に被害が出ずに済む。成功すればそれはいいし。失敗してもこちらの懐はそれほど痛まない。・・まあ、新型機を失うという点では損だが、組織全体の弱体化よりは数段マシだ。)
マスク大佐もジャマイカン少佐もほぼ同ようの結論に至っていた。
「ところで、先程から大佐はジェイドを少尉と言っていましたが。」
『我が『リターンズ』の兵である以上、いつまでも候補というわけにはいくまい。』
「た、確かに彼は今回いろいろ働いてくれました。しかし、性格などに問題も多く隊へ正式に入れるにはいささか早いかと」
『今回の任務で成果をだせば問題なかろう。その時は中尉に昇進させて宇宙での主だった任務に就いてもらえばよい。だが、失敗すれば代わりの人間に挿げ替えればいいことだ。』
「その通りですな。」
サツマイカンはこの時、むしろそうなればいいと不敵な笑みを浮かべたが大佐の次の言葉でそれも吹き飛んだ。
『・・だが、それは彼だけではない。あまり失態が目立つようならば少佐クラスの士官にも同様、いくらでも変わりがいる。そう思わないか?』
「か、閣下のご期待に必ず答えて見せます。失望はさせません!」
『冗談だ。』
そう冗談めいた笑いと共に通信は切れたが、サツマイカンにはそのセリフが本気のものにしか聞こえなかった。
(今日は眠れそうにない。)
彼は今日、寝床でも悪夢を見ることは間違いないと思わずにはいられなかった。
そんなやり取りがあった頃、トリントン基地からほど遠くない位置にある第二軍港では基地司令であるゴーヴェン准将と『クレイモア』のバルキットが互いに敬礼を交し合っているところであった。
基地強襲の知らせを受けて、マフティーから派遣されたバルキットは前後の事情を把握すると共に、敵の目的とその後の逃走経路などを追尾する予定となっていた。
「よく来てくれたね。確か大尉でよかったかな?」
「本日付でそうなりました。正直、まだ早いと大佐にも話したのですが。」
バルキットはこの基地に派遣されるまでは中尉であった。もっとも、ルウム戦役では一介の少尉であり、戦場では機体を損傷するなど戦果も挙げていないはずだった。
それでも中尉に昇進し、現在では大尉にまでなっている。彼の戸惑いももっともなことではあったかもしれないが。
「少し、休むかね。基地はご覧のありさまだがそれぐらいのスペースは用意するが。」
「いえ、すぐに仕事に入ります。・・敵の目的は基地攻撃だったのですか?」
「いや、本命はトリントン基地の試作機奪取だったようだ。ここ2、3か月はその試験に関連する警備項目の追加でこちらも手を焼いていたから別段、驚きもなかったがな。」
それを聞いたバルキットは頭をかきむしりながら何をやってるんだかとぼやいた。准将としても同様の思いではあったが。
「敵は潜水艦で脱出したと追撃隊は考えているようだった。もっとも、取り逃がしてしまってはいささか手遅れのような情報かもしれないが」
「しかし、面目をつぶされた基地連中や『リターンズ』も黙っている訳ではないでしょう。今頃は子飼いの『大陸間横断公社』の情報網で探りを入れているでしょうね。」
「大尉の言う通りだ。現在、各地の支部から『リターンズ』と関係が強い各基地に情報がわたっているらしい。君らはどうする?」
「大佐から内密に接触して欲しいと頼まれた者がいるのですが、地上基地勤務者で口が堅い仲介者を使って探してくれませんか?」
「それは構わんが、いったいどういう人物かね?」
そう、言われてバルキットは個人的には民間人なんで巻き込みたくないとぼやいた末でこう答えた。
「オウ・ヘリンという男です。」
また、別の場所。よく言えばホテルの一室、悪く言えば窓ひとつない簡素な部屋において。
サツマイカン少佐が頭を抱え、ゴーヴェン准将がバルキットの頼みを聞いて居た調度その時、マスク大佐はある人物と共に今後『協力者』となりえる人物と会合を持とうとしていた。
「大佐、先程私の耳に基地強襲やら試作機強奪なる不穏な知らせが届いたが事実なのかね?」
「まことに遺憾なことながら事実のようです。ですが、サツマイカン少佐をはじめ現地正規軍が追跡を続行しております。それに、閣下が所有しておられる『大陸間横断公社』からの協力もありますので。心配ないと思われます。」
そういって、普段の嫌味な笑みではなく社交辞令的な笑みを相手に向けた。
その相手とはサミトフ少将。いや、先週の辞令で正式に中将に昇進し連邦内部で発言力をさらに増大させている『リターンズ』の最高指導者。マスク大佐の上官でもある。
「『協力者』にも関係がある機体なのだろう。問題はないのか?」
「ご安心ください。『例の者』が使う機体のデータは事前にこちらに送った後でしたので致命的な問題にはなりません。」
大佐がそう答えた時、二人の部屋に三人目の人物が入ってきた。
いや、その後ろにさらに眼鏡をかけた20代前半の男がいる。そして、その彼の前にドアを開けた女性が微笑を浮かべながら謝辞を口にした。
「わざわざ、お時間をいただいた上に待たせてしまい申し訳ありません。」
「いや、気にすることはない。それほど待たされてないからな。」
「では、改めまして自己紹介を。私がジェーン・ワダムですわ閣下。後ろにいるのが助手のレイシャル・ニヒトーです。」
そう言ったジェーンと言われた方のレイシャルは見た目や年齢から言えばそれほど特徴的なものを持たない二人である。だが、そんな二人が場の雰囲気に影響を与える要素が二つ存在している。
一つは、上着代わりに医者が来ているような白衣を羽織っていること。
もう一つは、彼女たちが『ローカスト研究所』の職員であるという事実である。