新年のあれこれに追われて遅くなりました。
通称『ハイエナ』隊。
『リターンズ』が警備という名目で配備していた部隊であるが、実際は新型MSのお披露目という側面の方がつよい。
だが、そんなプロパガンダ目的にも拘わらず彼らの実力は内外で認められている。
曰く、戦場を食い荒らすハイエナ。
曰く、戦場介入の常習者。
曰く、理屈破壊の一個小隊。
等々と言われているのだが、当人たちからすれば別の意見がある。
『正規軍は非常に弱い』という認識だ。
リターンズに籍を置いていない部隊でもそれなりの実力者はいるが、MSを使いこなしている人材はまれである。
例外はクレイモア所属の将兵だが、彼らも正規軍ではないのでこの場合は入らない。
それにMSの性能差もそれに拍車をかけていた。
現在の正規軍はザニーの改修型がいまだに主力採用されている。もっとも、既に一部戦線ではリターンズ印のジムが配備されているのだが、いまだに多くない。
そして、もちろんだが『ハイエナ』隊では新型のジム・キュレルが一般機である。
しかも隊員も精鋭揃いだったのだ。
隊長にヤザン・ローブを当て、中尉から大尉に昇進させて部隊を指揮してもらうように調整したのである。
しかも、ジム・キュレルはスラスターや火力を変更されたカスタム機だ。
もっとも、実態は開発中のガンダムに搭載予定の兵器を試すテストベッドだったのだが、本人は性能の高さに満足していた。
さらに彼の部下たちも実力者たちだったと言える。ヤザンの両脇をカバーするようにヒューゲル・クーパー中尉とラムザス・ガー中尉が部下として配属されていた。
彼らは二人とも、前世でもヤザンと共に戦っていた人物であった。
前世の『ダンケル・クーパー』と『ラムサス・ハサ』である。彼らはヤザンと共にハンブラビに搭乗してエゥーゴのMSを屠ってきた猛者たちだった。
前世ではエマ・シーンが駆るスーパーガンダムにやられているが、ヤザンと共に繰り出した連携攻撃は多くのパイロットを苦しめたと言えるだろう。
その中にはカミーユ・ビダンやクワトロ・バジーナが含まれている事から見てもその実力は推し量れた。
そんな彼らは奇しくもガトー達が離脱・収容されようとしている宙域近辺の監視を行っていた。本来はここに陣取るつもりはなく、他の隊から湯水のような批判が出るはずだったが彼はそこにいた。なぜか。
「隊長。相変わらず獲物をかぎ分ける鼻は健在ですね。」
「さすがは隊長です。俺たちではここまで的確には察知できなかったでしょう。」
二人の言葉を聞いてヤザンは退屈そうだった表情を完全に消し去っていた。
目などは既に笑みを見せるように吊り上りつつある。
「その言葉からするに見つけたか?」
「ええ。艦と思われる熱源を補足しました。そう遠くありませんね。」
「これで命令違反も帳消しだ。いくぞ!」
「新人!ついてこいよ。ここ数日で慣れてきただろう?」
「も、もちろんです。」
そう聞かれて返事を帰したのはその三人より少し遅れて機体を駆っている人物だった。
三機同様にキュレルであるが操縦技術が拙いためか、必死に追いすがっているとすぐに理解できるほどである。
(なぜ、私がこんな野蛮人共と一緒に行動しなくてはいけないの。)
彼女、サラ・セミアノフはそう考えていた。
彼女は本来、ラズベリー・ノアで新兵としての訓練カリキュラムを受ける予定となっていたが上からの肝いりでこの部隊に転属させられていた。
命じたのは『ファティマス・シロッコ』。『リターンズ』内でも変人扱いされている男である。
それでも軍内では凄腕のMSパイロットで知られている。
その上、MSの独自設計も提案しているほどでますます変人として有名になりつつあった。
彼女はそんな彼に意見を言う機会があったので、なぜ自分がそこに転属させられるのかと尋ねた。
そんな彼女にシロッコはなんでも無いように答えをすぐに返してきた。
「君が優秀なパイロットだからだよ。君はもっと強くなれる素質を持っている。だが、あのようなカリキュラムではそれもおぼつかない。」
「しかし、どういう部隊かも詳しく明かされていない部隊では」
「君が転属する部隊の長はヤザン君という男だ。」
「あの『猛獣』とか『野獣』と呼ばれる男?!」
「知っているのか?ならば調度いい。彼は粗雑な男に見えるが極めて優秀な男だ。私は君に彼のいいところを学んできてほしいのだよ。」
「・・閣下はいったい私に何をさせたいのでしょうか?」
サラはシロッコへの警戒を引き上げて言葉をぶつけるが彼はよりやわらかい雰囲気を纏わせて話してきた。
「させたいのではない。してあげたいのだよ。・・強いて言うなら私は女性の中から次代の地球圏を率いる人材が現れると考えている。」
「え?」
自分のことを聞いていたはずなのにと問い返そうとしつつもシロッコから手で制されてしまった。その上で彼は言葉を続ける。
「現在、地球連邦軍も各サイドでも目先の未来を求めているようにしか見えないのだ。だが、私はその先を見据えている。そして、その未来では男に代わり女性こそが次代を担う存在になると考えているんだよ。」
「・・私にそれをさせたいと閣下は考えているのですか?」
「そうではない。その可能性があると感じただけだよ。君は若く適正もある。」
「仮にそうだとして閣下は私を利用して影からその女性を操ろうとでもしているのですか?」
「私はそんな野心家ではない。小心ものでね。地球圏が安定する手伝いをしたいと純粋に考えているだけだよ。周りからは理解されないがね。」
「つまり、今回の私への配慮は」
「純粋な善意だ。最初は戸惑うこともあるだろうが得になる事はあれども損にはならないはずだ。」
そう言って回されたサラであったが、最初は本当に苦労した。
何しろ、他の隊からは『ハイエナ』と揶揄されているし、ヤザン自身が面白がってそれを部隊名として正式採用してしまうし、命令違反もざらであった。
その度に、彼女が必死に説得・弁明を双方にしなければならなかったのだ。
そのためか、雑務や各種隊内での意見調整は非常にスムーズに行えるようになってきたと感じている。いるのだが。
(これは本来管理職とか監督役の仕事のはずじゃない。そう、あの『野獣』の仕事よ!!)
サラからすればこれは学んだというより、学ばざる得ない状況に放り込まれた結果でしかないのだった。
唯一の救いは、ヤザンが戦う場面を間近で見れることだったろう。彼の操縦技術は大胆であったが、学ぶべき点も多く参考になっている。そして、今までの経験則からこの戦いでも戦果を挙げると確信している。だが。
(また、事後の仕事が私にまわってくることになるのね)
サラは自分にまわってくるであろう事後の処理を想像してため息を漏らした。
そんな時、ガトー達はようやく帰ってきた実感と迎えのムサイを確認して緊張がほぐれつつあった。ある意味仕方ないことであったろう。
既に船が目の前にあり、回収のため接近してきているのだから。
「少佐。ようやく苦労が報われますね。」
「だが、まだ安心できない。ここはまだ連邦の勢力圏内だ。迎えと合流し無事にこちらの勢力圏内に入ってようやく安心できるのだ。油断は禁物だ。」
「そうですね、すいません。」
部下をそうたしなめた時だったろうか、接近してきていたムサイに対して光の束が突き刺さったのは。
厚さ事態はそれほどではなかったが、装甲に穴をあけるほどの貫通力はあったようだ。
赤く溶解した装甲から艦内通路らしきものが見えている。
「少佐、これは?!」
「警戒態勢!敵の攻撃だ。こちらに格納させているMSを出す準備をしろ。」
「無理です。大気圏離脱に備えて頑丈に固定しているんです。それに、あの機体は宇宙戦への換装・調整ができてません。出ても的です!」
「砲台程度に使えればいい。万が一、回収部隊がやられれば我々はここからの離脱手段を失う。それだけは阻止せねば。」
ガトーはそう言って無理やり機体を出す準備を部下たちに指示するのだった。