ヤザンが撃墜を確信しようとしていた頃、狙われていたガトーも感じていた。
(ダメだ。これ以上は機体が持たない。殺れる!)
両者共に決着が先延ばしにできないと確信していた。だが、ヤザンの期待もガトーの観念も一瞬のことであった。ビーム粒子の塊がヤザン機に迫ったのは。
彼が回避行動をとれたのは野生染みた感の成せる技かはたまたは似合わない用心でもしていたからか。ともかくも回避によって直撃は防ぐことができたが、無傷ではなかった。
メガ粒子が機体の右肩装甲と咄嗟に手放してしまったシールドを巻き込んで通り過ぎて言った。
「なんだ、友軍の横やりか?それとも潰し損ねた敵でもいたってのか?!」
「大尉。後方に複数の熱源探知。少なく見ても10以上!」
ヤザンは怒りと戸惑いを同居させたような非常に珍しい顔を面にだし、サラは敵の救援だとの理解によって顔を青くしていた。
ガトーもこの救援には驚きを隠せないでいた。
そもそも、隠密任務だったから救援は望めないはずであり、失敗は死に直結する。
それが彼のついた任務の内容だったからだろう。では、なぜ救援がきたのか?
それはガトー達がトリントン基地潜入直前にまでさかのぼる。
当初、ガトーに秘密任務を与えた上層部では機体破壊そのものも連邦基地内での事故となるように準備が進められていたのだ。
そして、満を持してガトー達を送ったのである。工作そのものにもかなりの自信があったし、協力者たちからも色よい返事が来ていた。だが。
「マ・グべ少将。この報告書の内容は本当か?」
「最初はアナハイムや『リターンズ』による謀略を疑いましたが、彼らはこちらの動向をここまで察知できないはずです。可能性は低いと考えます。」
少将のこの一言にデラーズは届けられた報告書に再度目を移す。
それは、今回の潜入人員の一人であった男の経歴とその弟の現在が記載されていた。
ザムエル・ヒューゴとその弟であるカビール・ヒューゴ。
兄の経歴はMWなどの作業従事からMSの操縦、さらには格闘技術や爆破工作など多岐にわたっており、まさに工作員の典型であるようだった。
彼の経歴に関しては軍でも然したる問題にはならなかった。だが、彼の弟の経歴を見たときにいささか不安な様相を呈してきたのである。
カビール・ヒューゴは15歳の頃からサイド2でのデブリ回収・除去の作業に従事していたのだが、近年になってからその勤務態度は悪くなっているようだった。
それに代わる様に彼が傾倒し始めたのが、宗教であったようで彼の資産の大半がその宗教団体に贈与された形跡があった。
「つまり、それが聖マリアレス教会だというのだな?」
「はい。詳しく調べなければわからないように情報操作をしていたらしく確認に時間がかかってしまいました。」
「そして、貴官の考えでは彼の兄も教会に加担していると見ているのだな。」
「まだ確証はありませんが、怪しいというのが私の感想です。まだ、途中までの調べですが、任務直前に彼が弟と接触したという目撃情報があったそうで。」
デラーズはそれを聞いて渋い顔を深刻な表情にさせた。
確証はないが、肉親とはいえ教会関係者と接触していたというのは捨てきれない。しかも、隠密任務直前というのがさらに疑いを強くしていた。
「ガトーは既に任務に就いた頃だな?」
「はい。今頃は地上に降りるためにHLVへの搭乗を始めているころです。」
「そうなると、連絡は危険だな。」
「閣下。いっそのことアナハイムを経由して作戦を中止するよう地上の協力者に伝達したほうがいいのでは?」
デラーズもそう思わなくはなかったがある考えが彼の頭から離れずにいた。
「いや、やはりそれはだめだ。」
「なぜです閣下。」
「仮に貴官の言う通りだとしたらある危険性があるからだ。」
「ある危険性?この際、彼の任務については」
「そうではない。『一人』とは限らないということを言いたいのだ。」
そこまで言って、マ・グベも思い至ったようだ。
そう、任務を中止して潜入した者たちを死地から脱させるというのは正しい判断なのだが、問題なのは教会の間者が先に話したザムエルだけかということだ。
こちらの任務が潜入だということは教会に筒抜けだったと見るべきだろう。教会の思惑がどうであれ、妨害にしろ、誘導にしろ、こちらの意図を邪魔したいと考えているなら複数の間者を忍ばせている可能性はある。
つまり、任務を中止したとしても潜入した連中が凶行に走る可能性が高い。
下手をすると潜入組と協力者が根こそぎ連中の餌食になってしまうことも考えられる。
「確かにどれだけの間者が潜入しているか確証がないのも事実ですが、このままですと潜入組が危険にさらされます。」
「そうだな。もはや考えていたとおりに作戦を遂行するのは難しいと考えておくべきだろう。だが、既に送ってしまった以上、我々にできることは少ない。」
「ですが、何もしないわけには」
「当たり前だ。できることはしておく。少将、ただちにソロモンに連絡を取ってくれ。救援の準備をしておく。」
「しかし、一応は隠密任務なのでは?」
「教会連中が何をするつもりかはハッキリしてないが、我々に対して敵意に近い物を持っていることは解っている。ならば、一番過激なことをされた場合の対処を取っておく必要がある。」
この場合の過激な行動とは何か。それはテロ行為や暗殺工作である。
宗教がらみは歴史上でもいろいろな問題を起こすことが多い。
特に多かったのはテロであったろう。自分達のみが正しく神の御為とか聖戦などという言い回しを使って影響力・勢力の拡大を図ってきた過去が非常に多い。
つまり、今回の行動もそれに類する行動をしてくる可能性がある。その結果としてガトー少佐たちの離脱が当初任務より困難になる可能性もある。
「そうですね。そうなると少佐たちの離脱を支援するための戦力が必要になると。」
「ああ、だからこそソロモンに駐留している部隊から迎えの予備戦力を出すための人選を進めてもらおうと思ってな。」
「では、私の方でも一つ意見を。迎えの予備を出すのは賛成ですが、連邦軍に察知された場合、妨害される恐れがあります。そこで敵の目をそらす必要があります。」
マ・グベはそこまで述べた後、自分が考えた内容を語り始めた。
具体的には連邦軍の目をそらす陽動作戦である。
「作戦そのものは至ってシンプルです。各地に点在している哨戒部隊を急遽統合し、即席の攻撃隊を編成します。約10隻程度の艦艇を1グループとして行動させ、連邦軍の警戒ライン・拠点を同時に攻撃させます。」
「それは、陽動だとしても危険ではないか?敵とて重要拠点への警備は厳重なはずだ。」
「はい、ですので攻撃そのものの成否はこの際問いません。敵の目をこちらとの前線に集中させるだけでいいのです。こちらが軍全体で不審な行動をとっていると知れば連中は『何らかの大規模攻勢を考えているのでは』と考えるはずです。」
つまり、大規模な軍行動を敵に見せることでそれそのものを敵に対しての陽動として使おうというのだろう。だが。
「いささかあからさますぎないか。まして、敵の艦隊がこちらの思惑通りに動いてくれるものか?それに、敵とて地上での潜入には気づくだろう。そんな中で貴官の言うような陽動を実施しても気づかれるのではないか?」
「恐らく気づく者たちもいるでしょう。そこで、陽動でも実益のある攻撃目標を対象とさせます。」
具体的には連邦軍『ラズベリー・ノア』近郊部への強行偵察、再建が秘密裏に進められていると思われる『中継補給基地』への再攻撃、『ルナⅡ』周辺宙域の哨戒艦隊への各個撃破作戦等々である。
確かに、これらのことが同時に行われ成功すれば絶大な効果を発揮するだろう。
連邦軍の目は間違いなく前線に向く。たとえ陽動だと理解していてもその対処に時間・行動が忙殺されてしまい対処できなくなる可能性は高い。
最初こそデラーズは眉間に皺を寄せて聞いていたが、作戦を聞いてみると理に適っていたしその必要性はもっともだったのでそれを作戦案として承認したのであった。
その結果として、『リーガン・ロック』指揮の部隊を中心戦力とした救援艦隊が派遣されガトー達の危機を救うことになったのである。