「ヤザン隊長。連中のMSが一気に増えちまった。こっちは4機、多勢に無勢ですぜ」
「だが、こんなうまい獲物をみすみす逃すなんてできない。せめて目標を殲滅するまで粘るべきだ。」
二人は撤退と交戦継続という真逆の意見を主張しだしたが、その直後に二機の機体それぞれに敵機のミサイルが機体をかすめた。
手堅く回避できたが、近くで爆発したので装甲に軽く損傷が出ている。それを見てとったヤザンは舌打ちしながらも決断を下した。
「いや、増援が見込めるならば粘るのもいいが来ないだろう。下手を打つと短時間で逆に殲滅されかねん。連中の目的はHLVのお仲間回収だ。だったら、俺たちが退いても追撃はしないだろう。」
「ですが隊長。命令違反でここに来ていたのに目標確保に失敗したなんてことが解れば処罰の対象になりかねません。」
「軍法会議と戦死。どちらがマシなんだ?俺は前者の方がいいな。弁明もできるし」
サラはさらに言いつのろうとするが、こらえることができた。考えてみれば死ぬよりはいい。
それに、すぐに離脱して友軍に報告すれば追撃できる可能性もまだある。状況次第では、補給と増援を加えて再攻撃という手もあるのだ。
「わかりました。撤退しましょう。」
「引き際も肝心だと学べたのはいいことだな。嬢ちゃん。」
ヤザンはそうつづけながら、機体を転進させた。
無論、敵の追撃を受けたがそこは優秀な男だけあって牽制の射撃やミサイルによる囮攻撃など徹底したため離脱に成功した。
「ガトー少佐、無事か?機体はボロボロになっているが」
「問題ありません。あちこち損傷はありますが生命維持には問題ないです。それより、HLVと回収艦を」
「HLVの兵士たちは同行した艦に順次乗り移ってもらっている。回収艦の方は」
そういってリーガンはスクリーンを見たが、そこには既に戦艦と呼べるものはなかった。
あるのは残骸であり、脱出ポットがわずかに漂っているだけだ。
「ポットはMSに回収させている。見捨てはせん。だが、恐らく大半は」
ガトーはそこまで聞いて唇を噛んだ。噛まれた唇からは血が流れ両目は震えながら閉じられている。だが、痛みによるものでないのはリーガンにも理解できた。
否、そこにいたジオン兵士の大半が理解していた。
ガトー達が無事に収容された後、敵の追撃が予想されたため限界態勢を継続しつつ、敵制宙権からの離脱を急ぐことになった。
だが、以外にもその後は追撃されることもなくソロモンへと無事帰投することになる。
これにはリーガンをはじめガトーなどの若手も何らかの罠かと訝しんだが、彼らが予想したこととは違う事態が絡んでいた。
ガトー達が地球軌道上からの離脱を行っていた調度その頃、ジオン軍の各拠点より示威行動と思われる艦隊運動が各所で見られことになる。
特に顕著だったのが、『ルナⅡ』と『ラズベリー・ノア』近郊でMS同士の小競り合いが小規模ながら発生していた。
『ルナⅡ』では偶然にもリターンズのトップであるサミトフ・ハイマンが近々視察に赴くことになっていたので一時騒然となった。
「まさか、『リターンズ』トップを狙って?!」
「いや、宇宙人共が我々の内輪もめなど知っているとは思えない。」
「だが、確信はあるまい。もしかしたら捕虜から何らかの情報を得ているかも。」
「クレイモアから情報をリークされた結果では?」
「どこの情報だ!そんな事実は確認できてないぞ。正確な情報をよこせ。真偽のほどもわからぬ噂などは要らん!」
これらの会話がそこかしこで見られた。
そして、基地の上層部でも同様の会話が行われ、各所に散っていた部隊が急遽主要拠点の守備に回されることになったのだ。後に、連邦からは『激流の48時間』とよばれジオン内では『幻影作戦』と呼ばれることになる事件である。
主要な被害は『ルナⅡ』の哨戒部隊がほとんどだったが、深刻な被害が出たのは『旧太陽光発電衛星』があった中継基地においてであった。
リーマ大佐らによる奇襲作戦で半壊していた基地は人員の集中と設備一新によって大規模な拡張化がすすめられていた。後一月ほどで完全復旧し、本格的な中継基地として機能するはずだったのである。
だが、今やそこは残骸しかない状態であり、向こう半年は復旧不可能という状態になっていた。
「まさかまたもや中継基地を!」
「だが、これだけとは思えん。現に『ルナⅡ』周辺ではいまだに敵との小競り合いが頻発している。さらには、『ラズベリー・ノア』からも警備強化の人員を回して欲しいと悲鳴が上がってきたぞ。」
「どうするのですか?いまだ建設途上ですし、『ルナⅡ』の方が現状では重要度が高いのも事実です。無視してしまいますか?」
「いや、『リターンズ』を刺激するのはまずい。衛星軌道周辺の警備から一部抽出・再編して送ることになるな。」
「妥当な線ですね。しかし、地上からの報告には潜入したジオンがいるという情報も上がってきていますが。」
「大気圏を離脱するだけの設備や人員があるとは思えん。アナハイム経由で脱出される可能性が高いのだからそこの警戒監視を強化しておけば問題なかろう。」
ジャブローに控える参謀部は上記のように考え、宇宙軍主力を『ルナⅡ』と『ラズベリー・ノア』に集中させたのである。ジオン軍からすればまさに『掛かった』という思いであった。
ヤザン所属の『ハイエナ』隊との交戦と被害は想定外であったが、それ以降の追撃が無かったのは連邦軍が完全に『幻影作戦』という陽動作戦に嵌っていたためだとリーガン達は後に詳しく聞くことになるのだった。
その一方、地上のダイヤモンド鉱山跡地ではようやく戦闘が終結していた。
地上でガトー達の脱出を支援した現地MSパイロットと基地駐留兵たちは果敢に抵抗し9割以上もの死者が出た。
捕縛・捕虜にされた者の大半は重傷あるいは意識を失った者だったことから見てもその激闘のすさまじさが伺える。
そんな時でも、水中に逃げた敵の追撃案が出たのはスペースノイド殲滅を提唱している『リターンズ』らしいと言えた。
「つまり、ジェイド少尉としては追撃して宇宙に逃げられた憂さを晴らしたいという訳かな?」
「そんな低レベルな目的ではありません。実害になる戦力を保有したまま逃げ延びた連中を我々の手で捕えるもしくは殲滅するべきだと言っているのです。後顧の憂いを断つ意味でも実施させてください!」
「何度も失態を演じた貴官がそれを言うか。それに、追撃は現地部隊が引き継ぐことになっている。これ以上、組織の名を汚すようなことをされてはかなわん!」
ジェイドの進言をピシャリと否定するサツマイカン。10分にわたって追撃の是非を問答し続けていたが、いっこうに結論は出ない。
そんな時、その通信に割り込むような報告が入った。件の潜水艦が撃沈されたというのである。
「現地軍にしては手際がいいな。どこの隊が?」
「そ、それが、『クレイモア』の地上支援部隊とのことで」
「!よりによってあいつらに手柄をとられたのか。これなら現地軍が打ち取ってくれた方がまだましだったぞ!!」
サツマイカンは歯ぎしりの音が聞こえるほどの形相で報告をしてきた士官とジェイドを睨み付けた。
部屋から退室したジェイドであったが、出た直後に壁を勢いよく蹴りつけた。
蹴ったところで靴が傷んだり、足が痛いだけだったが憤りが何かさせずにはいられなかったのである。
「クソ、俺は結局ピエロだってのかよ。」
ジェイドとしてはそう思わざる得ない状態であった。
追撃に加わり、サツマイカンを脅し半分で説得し、基地まで攻撃したのに結局のところ目標は宇宙に逃げられた。
しかも、残った手柄候補も『クレイモア』が打ち取ってしまったらしいのだからどうしようもない。しかも、このままでは始末書どころではないだろう。そう考えていた時だった。
「少尉殿、少しお時間はよろしいでしょうか?」
そのような声が彼にかけられたがジェイドはぶっきらぼうにそれを拒否する言葉を出す。
「うるさい!始末書や事後処理で忙しいのは誰が見てもわかるだろう。後にしてくれ!」
「少し落ち着いてください。あなたにとって有益な話をもってきたのですから」
「もうじき追い出される俺にはもう関係のない」
「それは大丈夫です。『私が』拾い上げますので。」
そう言われて初めてジェイドはその相手を視界にとらえた。
そこには明らかにキザったらしい、それでいて女性に対してはかなり異質な魅力を振りまいていそうな男の姿があった。