その事件が起きたのはリーガン・ロックが少佐に就任してから2週間ほどしてのことであった。
この日、ジレン・ザビはデラーズ准将との打ち合わせを終え、執務室で連邦との開戦についての計画とMS配備の進捗状況をチェックしていた。
本来であれば、何事もなくこのまま帰宅の途に就くはずであったが、今回は違った。
突然、その執務室で爆発が起きたのだ。
執務室の扉を吹き飛ばし、他の部署の者たちが気づくほどの破壊力は凄まじく、当初は生存者などいないとも思われた。
しかし、よほど悪運が強かったようで生存者はいた。
ジレン・ザビとその小姓2名。さらにその直前に『ファーレミュンデ機関』から報告を行いに来ていた連絡員1名である。全員が救急病院に搬送され、徹底した警護のなか治療が行われた。
ジレン・ザビは左目を失明と全身にやけどを負ったが意識は戻った。
彼の小姓2名は、手術のかいなく死亡が確認された。
連絡員は、一命は取り留めたが全身火傷と頭を強く打っていたようで意識不明の重体。
という連絡が関係各所に報告された。
病院はジレンの無事に安堵の吐息を漏らしたが、事態はまだ終わっていなかった。
いったい誰が、『ジレン暗殺を行おうとしたのか』である。
本来であればジレンの親衛隊が捜査を行うべきなのだが、再度の暗殺の可能性が拭えぬため、ジレンへの警護に専念することになった。それを受けて、捜査はロズルとリシリアがそれぞれ兵を出して行っている。
だが、現在の有力容疑者として一番に上がっているのはほかでもない。
エギュー・デラーズ准将。『黒鉄会』の代表にして我々の導き手である。
「デラーズ閣下がそんなことをするわけない。『計画』の準備段階に入っているこの大切な時期にこんなあからさまなことをするわけありません。」
俺が会を見に来た時、最初に話しかけてきた若い男が不安そうに意見を主張した。俺もそれに答えるようにうなずきながら口を開く。
「私もそう思う。念のためロズル閣下にも確認したが、『そのような計画は立てていない』といっておられた。向こうからも『こちらの計画の一端か』と聞かれたが、こんなことは予定していないし、デラーズ准将は潔白だと説明しておいた。ただ、リシリア側が執拗に追及しているらしい。」
ロズル派と我が『黒鉄会』は、『デラーズ准将はジレン・ザビ閣下の親衛隊隊長であり爆破前の打ち合わせも元々、ジレン自身からいきなり提案されたものなのだからこのような計画的な爆破実行は不可能である。』と論陣を張った。
だが、リシリア派は強硬に『身近にいて確実にジレン閣下の予定を確認できる立場であるデラーズが誰よりも確実に爆弾を仕掛けられる立場にいた。しかも、彼自身は爆破に巻き込まれていない。最有力容疑者だ。疑いは拭いきれない。』と繰り返している。だが、いささか妙だ。
「リーガン少佐。私は爆破可能なものが最低でも後『4人』はいるはずと考えます。彼らは考えられませんか?」
「4人。ジレンの小姓2人、連絡員1人、そしてジレン自身・・か。」
「小姓2人は除外してもよろしいのでは?現に彼らが犯人なら自身が死んでいるわけですし、動機が無いように思いますが。」
「それにジレン・ザビ自身も除外するべきでは。わざわざ自身で爆弾を仕掛けて、左目を失明しているのですから自作自演にしては過剰すぎるようにも思います。」
「となると例の連絡員だが、部屋に入った際に彼は何も持っていなかったと見回りの兵が証言している。これも考えずらい。・・いっそ自爆テロと仮定して小姓2人の犯行とか」
「そうだとしても妙ですよ。その気ならわざわざ今日でなくても機会は腐るほどありました。むしろ一昨日ならリシリア派とロズル派の小競り合いが市街で起きていましたから兵士も出払っています。そちらの方がやりやすいですし、救急車の到着も遅れたはずです。なのに、わざわざあの日を選んだ意図がわかりません。」
会のメンバーといろいろ情報をもとに仮定してみるがいささか無理のあるものになり、根拠に乏しい。泥沼にはまった気分であった。
一刻も早くデラーズの無実を証明したいのだが、状況証拠がデラーズ犯行説を強固なものにしてしまっている。ジレン自身に当時どんな様子だったかと尋ねようにも我々が『黒鉄会』という理由で親衛隊から病棟出入りを禁止されてしまう始末である。そもそも、デラーズが犯人ではないとしてこの時期にジレンを暗殺して得をするものがいるのだろうか?
そんな時であった。ある人物から連絡があったのは。
「かなりそちらは混乱しているようだが、今は大丈夫かね?」
「マ・グベ少佐。電話とは言え危険です。盗聴されてたりしたら。」
「問題はない、先ほど確認した。それに、今はデラーズ准将の粗探しで忙しいらしくて周りの目はほとんどそっちにいっている。」
「そうなのですか。しかし、こちらも錯綜しているので手短に要件をお願いします。」
「・・実は今回の暗殺未遂は『雌豹』が黒幕だと君に伝えておきたくてね。」
『雌豹』。それは『黒鉄会』とマ・グベなど一部の協力者との間で使われている言葉である。
ある人物のことを表しており、俺はマ・グベとのつながりを持ったあの日から結構この単語を互いに使っていた。そう、『リシリア・ザビ』を表す隠語として。
「!どういうことです。なぜ、ジレン暗殺を『雌豹』がこの時期に行うのですか?」
「どうも、『雌豹』子飼いの『蛾の森』がジレン閣下のある機密文書の内容を知ったために凶行に及んだらしい。」
『蛾の森』も無論隠語である。我々の間ではこの言葉はリシリアが創設した諜報機関『リシリア機関』のことを表している。
蝶と似て非なる蛾が集う森とはよく言ったものだ。いろいろな皮肉が籠っている。
「それは、リシリア派にとってネックになるような文書だったのですか?」
「少々違う。リシリア派ではなくリシリア・・もっと巨大な括りで女性全般にとって容認できない文書だ。」
それは、前世では聞いたことがない文書でありこの後世で、ジレンが抱えているものが選民意識だけでなく、女性蔑視も持ち合わせていることを如実に表す内容であった。
『ヒュドラカースト文書』。略して『ヒュドラ文書』とも呼ばれるようになる機密。
戦端開始と前後して行う予定となっている女性差別推進とそれに関連する政策をまとめたものであった。