幻想郷の最東端、外の世界に重なるようにして建てられた博麗神社。
「はぁ……」
その神社の巫女である博麗霊夢は溜息をついていた。
これから何か憂鬱な出来事があるかのように、霊夢の心の内とはまるで正反対の雲一つない晴れやかな空を遠い目で見つめている。
「なに溜息なんかついてんだよ霊夢! 今日はお前の考えた弾幕ごっこの初お披露目の日だろ!?」
そう、今日は霊夢の提案したスペルカードルールを用いた新しい決闘法のお披露目式。
正式に幻想郷に導入するにあたって提案者である霊夢が実践するのである。百聞は一見に如かず。どれだけルールを詳細に語ろうとも弾幕ごっこの魅力など本当の意味では伝わらないと霊夢は思っているからだ。
そして決闘法である以上相手が必要なので、その対戦相手は友人である霧雨魔理沙に務めてもらうことになっている。
「人里の守護者や先代の巫女とか色んな人が見に来るって話だし腕がなるってもんだろ。私が相手をするって話したら魅魔様も来てくれることになったんだぜ!」
「あぁ……」
霊夢はその言葉も聞いて魔理沙の気合いの入りように納得する。魔理沙は魔法の師である魅魔をそれはもう慕っている。幼い頃から師事しており魔理沙にとっては姉であり母であり、家族のようなものだ。
霊夢からすれば先代の時代に博麗の力を狙い異変を起こした悪霊というイメージが強い。魔理沙を通し何度か会ったことがあるものの飄々しており霊夢との相性はあまり良くなかった。
「あぁ……って反応が悪いな」
「あんたは魅魔は来るってだけで十分でしょうけどね、他の面子知ってる私としちゃ溜息も吐きたくなるってもんよ」
そう言ってから霊夢はもう一度溜息を吐く。
「ん、たしかに魅魔様以外に誰が来るかなんてあまり気にしてなかったな。誰がくるんだ?」
霊夢の反応を見て今日の来客に興味が沸いた魔理沙は霊夢に尋ねる。
「まずあんたが言った通り人里の守護者に先代博麗の巫女」
スペルカードが正式に導入されれば幻想郷は今までと一変することになる。それ故に幻想郷での権力者に対し招待状を出している。無論事の重大性を理解していれば魅魔のように招待状などなくとも勝手にくるのだろうが幻想郷のパワーバランスを考えると博麗の巫女としてこれは必要なことだった。
という訳で人里での影響力の強いこの二人は必須であった。何せ弾幕ごっこは妖怪と人間が対等に戦えるという触れ込みなのだ。人妖双方に理解してもらわなければならない。
「次に妖怪の賢者に閻魔」
「げっ」
新しい決闘法を考えてくれと相談された妖怪の賢者には勿論、ルールと名のつく以上規範にうるさい閻魔にも認知してもらう必要があるため招待状を出している。霊夢としても説教好きという閻魔に好き好んで会いたくないのだがこれも仕方のないことだった。
魔理沙も閻魔という単語を聞いた瞬間に乙女としてあまり出してはいけないような声をあげる。魔理沙は面識こそないものの閻魔の噂自体は耳に及んでいる。曰く説教好き。閻魔には人の過去を読める道具もあるので素行があまり良くないと自覚している魔理沙は会いたくないであろう存在だ。死ねば必ず会わなければならないというのに生きてるうちから会いたくないと思うのは当然であった。
「で、最後に地主。私が招待したのはこれだけね」
幻想郷の元となった地の主であった妖怪もその影響力を考えると無視は出来ない存在だった。遥かに昔から人妖の架橋のような存在であるために、弾幕ごっこを幻想郷中に認知してもらうには打って付けの人物でもある。
「あー……なるほどなぁ」
魔理沙は出揃った面子を聞いて納得した。
基本的に一筋縄ではいかないような厄介な連中ばかりだったからだ。
博麗霊夢には頭の上がらない存在が二人いることを魔理沙は知っている。
それは師である先代の巫女、博麗結夢。
そして霊夢の幼い頃から色々と面倒を見ていたという地主、相星伯仲。
そんな二人ともが来るというのはいくら霊夢でも緊張するのは仕方ないと魔理沙は思った。
魔理沙とて地主の方はともかく先代の前では緊張するのである。今でこそ隠居しているものの妖怪が跋扈する幻想郷を巫女として生き、役目を全うした貫禄は伊達ではないのである。
「ま、お前の気持ちも分かるが今日は精一杯楽しもうぜ。なにも悪いことするんじゃないしな」
「ん、そうね」
錚々たる面々を聞いても楽しもうという魔理沙を見て気が楽になったのか霊夢もまた楽しもうと気持ちを入れ替える。
何より弾幕ごっこは美しさと思念に重きを置いているのだ。もはや殺し合いなど時代遅れでナンセンスだということを魅せつけてやろう。
そうして約束の時となり見学者は揃い幻想郷において初とされる弾幕ごっこが幕を開ける。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今日は幻想郷での新しい決闘法となるスペルカードルールのお披露目会だ。
霊夢から送られてきた招待状には開催日その他概要が書かれていた。
紫からも聞き及んでいたが改めて内容を読んでみた限りとてもよく出来ている。何より人間でも神様と同様の強さを発揮できるという謳い文句が良い。
そんな楽しみと期待を込めて博麗神社への参道を歩いていると見知った後ろ姿らを見付けた。
おそらく自分と同じようにスペルカードルールの件で霊夢に招待されてるんだろうと当たりをつけ声を掛けた。
「これは地主殿。貴方も博麗の巫女に招待されて、かな?」
「おぉ伯仲、久しぶりだな」
一人はこちらに向き直り丁寧に返事をする人里の守護者である上白沢慧音。
腰まで届こうかという長い青メッシュが入った銀髪。上下一体になった青い服に、六面体と三角錐の間に板を挟んだようなどこか建物っぽい感じがする青い帽子が特徴的だ。
もう一人は親しげに名前を呼んで挨拶を返してきた先代博麗の巫女、博麗結夢。
こちらも慧音と同じく腰まで届きそうな長さの黒髪で男物の着流しを身に纏っている。既に隠居の身の為巫女服は着ていないが着物の色は赤と白で巫女服を彷彿とさせる。
そして博麗の巫女の引退の直接的な原因である、左腕を失くした故に風に靡く片袖が目に入る。
残る右腕にも神字が刺青のように刻まれており、博麗の巫女として文字通り全身全霊を捧げ生きてきたことが伺える。
三人でたわいのない話をしながら歩くとやがて神社に到着した。
境内には霊夢と魔理沙、そして離れた所に藍がいる。
結夢は霊夢達に挨拶をしにいき、俺と慧音は藍の所へ向かう。
まずは慧音も思ったであろう、紫はどうしたのかという疑問を投げ掛ける。
「えぇと、今日は閻魔様もいらっしゃるとのことで私が代理としてきました」
眉を顰めながらおそらくは覗いているのでしょうけど、と付け加える。
「成程な」
慧音とともに俺も頷く。紫は能力故か性格故か閻魔を苦手としている。
それはもう今のように顔を合わせぬように徹底する程、だ。
そんな俺達を見て藍は恥ずかしそうに自然と俯く。
霊夢と今の段階であまり顔を合わせたくないという思惑もあるのだろうが、苦手だから会いたくないという主の子供染みた我儘も存分に含まれていることが分かっているからだろう。
噂をすれば影、というものか閻魔である四季映姫ヤマザナドゥが境内へ姿を現した。時刻はきっちり五分前。
そしてここにいるメンバーを見渡す。
「どうやら八雲紫は来てないようですね」
元から予想していたのか呆れながらジッと藍を見ながら度し難い、とそう言った。
藍は気まずそうに視線を逸らした。
「まぁいいでしょう。今日は休みではなく仕事の一環で来てますからね。いずれの機会にしておきましょう」
避けるからこのように貯金のごとく説教される内容が蓄積される悪循環、俺の知る限りでも既に数十年単位で溜まっている。紫としてはいずれの機会とやらが来ないことを祈るしかないだろう。
「こんにちは、どうやら小町が度々お世話になっているようですね」
「どうも、まぁ息抜きがてら時々おしゃべりする程度だよ」
一応こまっちゃんの体面のために息抜きと言ったが要はサボりである。
こちらが気を回して言い繕うも閻魔様にはお見通しなのか、出来の悪い部下を思い出し溜息を吐いている。
船頭という気の重い仕事故に多少の息抜きならば認めるつもりでも度が過ぎればただの怠慢である。こまっちゃんは勿論後者だ。映姫ちゃんの悩みはこれからも続くであろう。
まさにこまったちゃんだ。
「それはさておき、八雲紫が来ないというのであればこれで皆揃ったということだな」
寺子屋の先生でもある慧音は職業病か名前を呼んで点呼をし始めそうであったがそれをこらえ参加者を確認し揃った旨を告げる程度に留める。
「そうですね、何やら覗き見るつもりの輩もいるようですが」
どこからかスキマを使いこの場にいない紫に対する当てつけのように言うが、避けられてる映姫ちゃんからすればこのくらい許されるべきだろう。
それに、覗き見るというのは何も紫だけではない。
映姫ちゃんの視線を辿ればその先には遠目にだが天狗が見える。他にも見られてる感じはするし皆このスペルカードルールに注目しているようだ。
「とはいえ、下からは誰も来ず、か」
下、つまりは地底。霊夢からの招待状こそ送られてはいないだろうが紫を経由してスペルカードルール自体に関しては通知されているはずだ。
地底に住む者からすればあまり関係ないとはいえ誰か、欲を言えば話の分かるさとりあたりに来て欲しかった。
「まぁ基本的に地上と地底は不干渉という取り決めですからね、仕方ないでしょう。紫様も知らせはしたものの期待はしていませんでしたし」
「そうですね。それに、下手に興味を煽ってかの鬼神にでも来られては溜まったものではありません」
藍の言葉を肯定するように映姫ちゃんも同意する。確かにあいつが地上に出てくれば何かしらトラブルが起きそうだ。四天王どころか鬼神なんかが現れたら天狗達なぞ発狂するだろうし。
五百年も前とは言え鬼という力の権化に支配されていた当時を知る天狗達の恐怖は薄れることはない。
「どうやら、始まるようだな」
結夢との挨拶を終えた霊夢はこちらを一瞥し招待状を送った面子がいることを確認し、魔理沙と少しばかり距離を取って向かい合っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――美しい
霊夢と魔理沙から放たれる弾幕をみて結夢は心からそう思った。
妖怪との闘争を長きに渡り繰り広げていた結夢は、自分ではこのような弾幕を展開することは出来ないだろうとも同時に思った。
弾幕自体は撃てる。霊力を外に放出するのは結夢にとってやや苦手な分野ではあるものの一代を全うした博麗の巫女。霊夢達と似たような弾幕は、撃てる。
そう、似たような、だ。
結夢にとっての弾幕は遠距離攻撃、牽制、目暗まし、様々な用途があったが結局は敵への攻撃のための手段でしかない。見栄えを気にすることもなく意味のない無駄な弾幕を撃つこともなかった。
結夢は無駄を削ぎ落とし、強さを洗練してきた。それはもはや骨の髄にまで染み込んでおり無駄な動きをしない、ではなくもはや出来ない領域にまできている。
結果、結夢に霊夢達のような弾幕は撃てない。
模倣は出来る。同じものを撃てと言われれば撃てる。しかし、それだけだ。弾幕に想いを乗せることはない。殺意しか乗せれない。
自らスペルカードを作り弾幕を撃てと言われれば結夢は撃てない。無駄を失くした結夢はどうしても敵を排するだけの無粋なスペルしか作れないだろう。
「おーこりゃ綺麗なもんだねー」
感慨深い、そしてある種複雑な気持ちで霊夢と魔理沙の弾幕ごっこを見ていた結夢の傍にひょっこり現れたのは魅魔。
「魅魔」
「そうさあたしが魅魔様だよ。ところで随分難しい顔してるね。この光景に何を感じてるんだい?」
付き合いが長いこともあり魅魔は表情を見ただけで結夢が何を思っていたのかを見透かしたかのように聞いてくる。
「まぁ聞くまでもなかったかね」
やれやれと僅かに哀愁を帯びた声色で魅魔は言った。
「あたしはともかく結夢、あんたはもう名実ともに先代、終わった存在になっちまうね……」
魅魔は霊夢と魔理沙の弾幕ごっこを見て二つの感情が浮かび上がっていた。
一つは純粋に魔理沙の成長を感じた喜び。
そしてもう一つはこのスペルカードルールにより幻想郷に訪れるであろう変化に友人である結夢が適応出来ないと知るが故の悲しみ。
「確かに、私が終わった存在になるのは複雑だ。けれど、幻想郷に新たな時代が訪れるのは、とても喜ばしいことだろうな」
結夢もまた博麗の巫女として幻想郷を愛していた。
だからこそ自らが時代遅れの存在になろうとも、こうして最後は喜ばしいと笑って言えることが出来たのだろう。
これからはおおよそ一話3000~5000字くらいで主人公視点の時は一人称、その他の時は三人称で書いていこうかなぁって思ってます。
この小説でのオリジナルキャラは主人公、先代巫女、鬼神を予定してます。もしかしたら天魔も話の流れで出てきたらそうなるかも。
結夢の読みは、ゆいむ
相星伯仲は、あいぼし はくちゅう