この前ネットで注文した真骨彫のアギトが届きました。
クウガと一緒に飾って置いていますが感無量です。
「う~~~ん。今日も良い天気だなぁ」
洗濯機から洗濯物を取り出し二階のバルコニーにでた昇一は大きく伸びをしながら太陽の光を浴びていた。太陽の陽を浴びると体の中の細胞や血液が元気になって自分に一日分の活力を与えてくれる。昇一はその感覚が好きだった。
昇一は洗濯籠の中から洗濯物を掴み、慣れた手つきで素早く物干し竿に吊るしていく。タオル、ハンカチ、靴下はそのまま物干し竿へ、カッターシャツ、セーター、ブラウス、カーディガン、トレーナー、フリース、ジャージ、カーゴパンツはハンガーにかけて吊るしていく。
が、次の物を干そうとして掴むと致命的なミスを犯していたことに気が付いた。
真姫から自分の下着は自分でやるから洗わなくて良い、と言われていたことを思い出した。以前にも同じミスを繰り返していて今回で二回目だ。もちろん初犯は土下座して謝った。真姫はこれでもかと言う程に怒りで顔を真っ赤にして俯き、怒りの声をあげながら昇一の左頬に思い切りビンタをかましたのだ。今回も同じ展開になるかもしれない、と想像すると左頬を擦った。
洗濯物を干した後は家の掃除に取り掛かる。掃除機をかける前にはたきで埃を落とす。天井、照明器具、壁、カーテンレール、テレビの画面、テレビ台、小物、タンスの上、革張りのソファー……。
これらすべての埃を落としてから掃除機をかける。絨毯、フローリング、階段、家具同士に隙間があれば掃除機の先端部分を取り換える。
掃除機をかけ終わったら今度はトイレの掃除だ。
手拭を薄めた中性洗剤に浸して固く絞り、便器の裏に布を回して便器の形に添わせながらキュッキュッと音がするまで上から下に向かって磨く。便器の外周をくまなく拭き、便器の付け根部分も、布の端を差し込みながら隙間を拭く。厚みを調整しながら布を、便座設置部分の付け根部分に差し込んで布の端を持って左右に動かしていく。便器の蓋の付け根部分も便座の設置部分と同じように行っていく。
水タンク脇のパイプや露出した配管部分は、軽く濡らした布にクレンザーをつけて拭き、乾拭きをしていく。配管部分にあるしつこい錆は錆落としクリームを使って対処する。これで便器周りは終了。
ざっと便器内を掃除したら今度はサンドペーパーを便器の縁に当て、小さく円を描くように意識しながら一周擦りあげる。一周したらメラミンスポンジに水を含ませて磨いた面を拭きとるように拭い、便器の縁の上、便座の裏など、周囲を石鹸液と手拭いで拭き上げて仕上げていく。
最後は換気扇を取り外し、換気扇のカバーも石鹸液に浸した手拭いで念入りに拭いていく。トイレの窓と窓周りも石鹸液で拭いていく。壁部分は消毒用アルコールを少量吹きかけながら壁部分を上から下に向かって拭いていく。床も壁と同様に奥から手前に向かって拭いていく。もちろん普段から手が届きにくい四隅に取り組むことも忘れない。
ここまでの掃除を昇一は毎日欠かさず行っている。ともすればやりすぎ、大掃除かとも見てとれるだろう。しかし言われたからやっているわけではなかった。昇一に言わせれば家は人間と同じで綺麗になれば気持ち良いし、喜んでくれる。そんな思いで彼は毎日念入りに掃除しているのだ。
掃除が終わると買い物籠を持って買い出しに出掛ける。行先は既に顔馴染みになった商店街の魚屋だった。
「よう! 昇一!」
「どうも、親父さん」
昇一が魚屋に着くやいなや店主の大将が目ざとく声を掛けて来る。
「今日も良いのが入ったからよ! 当ててみな」
大将はこの半年で昇一の目利きぶりに感心し、いつものようにどれが今日一番のお勧めなのか問題を出してくる。今だからこそ親しげに会話しているが、実は当初、大将は昇一に対抗心を持っていたのだ。対抗心を持っていたと言っても、大将が一方的に意識していただけなのだが……。
昇一が魚屋に通うようになってからというもの、彼はいつもその日一番の魚を買って行く。最初の頃はどうせ偶然だろう、と高を括っていた大将だったが、次第に対抗心を燃やすようになり少し意地悪をしたことがあった。普段は仕入れない魚を複数店の陳列台に置いてハズレを買わせてみようと何度も試しみたのだ。もちろん目が行くようにお勧めの魚の近くに。普段はあまり見かけない魚を見て目を輝かせていた昇一の様子をしめしめと見ていた大将だったが、結局、彼が毎回買って行ったのはアタリの魚だった。ここまでやられてしまっては諦める他はなかった。
昇一は今も陳列台の魚を、顔を綻ばせながら吟味している。彼は自分を呼んでいる魚の声を探す時間が好きだった。鰹と目が合い、鰹が笑った……ような気がした。これだ、と思い鰹の口に小指を突っ込んだ。間違いない、小指を通して鰹が昇一に訴えている。俺を食べてみな、と。
「親父さん、この鰹二匹ください!」
「流石に目利きだな昇一。今日は鰹がアタリなんだよ」
大将はいつも昇一の目利きぶりに感心し、いつもと同じ質問をする。
「にしても、魚の口に指を突っ込んで何かわかるのか?」
それに対して昇一の返事もいつもと同じだった。
「はい、魚が俺の中で泳ぎたがっているんです」
夕飯の買い出しから戻って来た昇一は、園芸用のエプロンと軍手、長靴を履いて庭にでる。車五台程が止められる広さの庭は、昇一が腐葉土を敷き詰めた家庭菜園だった。丹精を込めて育てられたネギ、キャベツ、トマト、ホウレン草などが活き活きと実っている。大きく育ったホウレン草を園芸用のハサミで一株ずつ切り取り、ざるへ載せていく。
おひたし、胡麻和え、バターソテー、ナムル、ポタージュ……新作のレシピを試してみるのもありだな、とホウレン草を収穫しながら頭の中でいかに美味しく料理するか考えていた。
「ただいま」
門扉が開くと同時に若い女性の声が響く。肩まである特徴的な赤い巻髪を揺らしながらこの家の一人娘、真姫が庭の方へ歩いてくる。
「あっ、お帰りー」
紺のブレザー、青いリボン、青いチェック柄のスカート、黒のソックス。
真姫には制服姿がよく似合っている。
「手伝ってあげても良いわよ」
「ありがとう、でも大丈夫。もうすぐ終わるからさ」
「……そう。なら良いわ」
上から目線の申し出ではあったが、残念そうに呟きながらも昇一の横にしゃがんで収穫したばかりのホウレン草を眺めた。
「この前植えたばかりなのに、昇一が世話すると野菜の成長が早いんじゃない?」
「そりゃあ、愛だよ、愛」
ざるに乗せたホウレン草を赤ん坊のように抱いて昇一は言った。
「もしかして農家の生まれなんじゃないの?」
「それは……ノーかな。ハッハッハ」
「はいはい」
真姫は下手なことを言うんじゃなかった、と後悔しながらも慣れた様子でつまらないダジャレを受け流した。
夕飯時。二階の自室で宿題をしていた真姫は昇一のご飯だよ、という声を聞き、ダイニングに座った。テーブルの上には嗜好を凝らした手作りの料理が準備されていた。ホウレン草と鶏むね肉の和え物、ホウレン草のお浸し、キャベツの塩ダレ蒸し、合わせみそを使った浅蜊の味噌汁、白飯。
「実はもう一品あるんだよね」
勿体つけて出したのは大皿に盛られた鰹のタタキだった。程よく炙られた皮の下で鰹の身が光沢を放っている。
「昇一が作ったの?」
「うん、鰹を捌くところからね。下ろした鰹の身を冷蔵庫で冷やしてさ、串を刺して焼く前に皮目だけに塩を振りかけて直火で焼いたんだよね。やってみたら意外と簡単に出来るんだよ」
「でも串で直火焼きにするのは初心者だと難しいんじゃないの?」
「大丈夫。その場合はフライパンで焼くっていう手もあるし」
それなら私にもできるかも、と内心思いつつ料理を食べ進める真姫と昇一。これがこの二人の何気ない日常だった。
夕飯後。
真姫は思い付いたように昇一に聞いてみた。
「昇一が家に来て半年が経つけど、何か思い出したことないの?」
「う~~~ん、ない……かな」
「そう。……でも不安じゃないの? 自分の記憶がないなんて」
「不安とかはしてないかな。記憶がなくなったといっても今のところ不自由してないし」
真姫に聞かれてそういえば戻ってきた記憶は何もないなと思う。住んでいた住所、本名、家族や友人。思い出したことは何一つとしてない。むしろ自分自身が記憶喪失であることさえ忘れてしまっている。現在が充実している昇一にとって過去はどうでも良いことだった。記憶が戻っても戻らなくてもどっちでも良い。そんな風に考えていた。
「それよりさ、真姫ちゃんはどうなのよ。最近溜め息ばかりついてるけど、学校で何かあったの?」
「うぇええ? な、何よ急に」
「だって真姫ちゃん、何か相談したいような雰囲気を醸し出してたからさ」
唐突に話題を変えてくる昇一。実はここ最近、真姫が何かに悩んでいることを彼は薄々気が付いていた。半年間一つ屋根の下で一緒に生活していれば手に取るようにわかる。それでも今まで黙っていたのは、無闇に首を突っ込んではいけないと思っていたからだが、思わず心配になって聞いてみた。
「別に何もないわよ。変な事言わないで」
「本当に? ……あっ、もしかして遠慮してるとか。大丈夫。俺、一応は真姫ちゃんより年上だしさ。上手くアドバイスはできないと思うけど話しを聴くことは出来るからさ」
何もないと言っているのにも関わらず、相変わらずふやけた笑顔で話しかけてくる昇一。
「はぁ……もう良いわ。話してあげるわよ。実は―――」
上から目線だが昇一の笑顔に負けて口を開く真姫。何だかんだいいつつも昇一にことの顛末と抱えている悩みを打ち明ける。
話しを纏めていくと―――
・音ノ木坂が数年後に廃校になるかもしれないことが告げられる
・廃校を阻止しようとするべくスクールアイドルを発足させた先輩がいる
・しかし、人気を獲得する為にはオリジナル曲を歌う必要がある
・立ち上げた先輩が音楽室で語り弾きしていた曲を耳にして真姫を発見
・再三に亘り真姫に作曲を依頼して彼女が思い悩む
ということらしい。なんとも示し合わせたような展開だが、起きてしまったことはしかたがない。ここまでの話しを聴いた昇一は―――。
「えっ!? 音ノ木坂なくなっちゃうの? 勿体ないなぁ。俺、あの学校好きだったのになぁ」
何故昇一が音乃木坂を好きかと言えば、彼が校舎に足を踏み入れた事があるからだった。真姫の入学式の日、仕事の都合で出席できなくなった西木野夫妻に代わって父兄として式に出席したのが昇一だった。式が終わってそのまま帰ることはなくパンフレットを頼りに学校の施設をくまなく探索したことがあった。
広い校庭や、講堂、プール、噴水、弓道場、剣道場、購買部、長い歴史を感じさせる趣のある校舎。おまけにアルパカを飼っていたのを覚えている。こうした学校なら生徒も伸び伸びとした学園生活を送れそうだと感じ取り、昇一は一気に音乃木坂を好きになった。この学園に通える真姫ちゃんが羨ましい、と。
「それで真姫ちゃんはどうしたいの?」
「どう、って……別にしても良いけど、私の音楽はもう終わってるし……やらなきゃいけないことがあるっていうか……でも今更作曲するのもあれだし……」
思った以上に歯切れが悪い真姫。こういう姿を可愛いと思える昇一だが、同時にツンデレが発動して素直になれないんだなという感じだ。
「良いんじゃない。作曲に協力しても」
「えっ?」
「だってそこまで悩むってことは、並々ならぬ関心を持ってるってことじゃない」
「それは…そうだけど…」
「俺、思うんだ。人生って好きなことをやったもの勝ちなんじゃないかって」
「どういうこと?」
昇一の呟いたことに意図がわからず聞き返す真姫。
「何て言うのかな……俺が毎日、掃除するのも、料理するのも、野菜の世話をするのも、全部楽しいし嬉しいと思えるからなんだよね。掃除すれば家が喜んでくれるし、料理をすればみんな美味しいって言ってくれるし、野菜を育てれば美味しい料理が作れるだろ?」
「なにそれ意味わかんない」
「わかんないかなぁ。つまりさ、自分のやりたいことをやればいいんじゃないってこと。真姫ちゃんだってよく語り弾きしてるだろ? それって誰に言われたからでもなく自分がやりたいからやってるってことじゃない。それに高校生活って人生の中で一度しか送れないんだから、今のうちにやりたいことをやっておかないと後悔するかもしれないし」
「そうね……そうかもしれないわ」
昇一の言葉を黙って聴いていた真姫がおもむろに呟いた。
「そうだよ。真姫ちゃんは俺より若いんだしさ、何でも出来るよ。挑むことを恐れないでやってみようよ。何かあったら俺も手伝うし」
「わかったわ。……作曲やってみようと思うの。後悔したくないから」
どうやら心が決まったようだ。昇一がしたことはただ真姫の背中を押したことだったが、真姫が決断に踏み切れなかったのは誰かに背中を押してほしかったのかもしれない。
真姫はリビングのソファーから立ち上がり地下室に向かう。もちろん作曲に取り掛かる為だ。その背中を昇一は満足げな笑顔で見守っていた。
掃除のくだりでまさかの1000文字越え。
それにしてもあっさりし過ぎましたかね?特に最後の方で。
それともう少しストーリーが進んだら主人公の簡単な設定を、活動報告に掲載する予定です。