ラブライブ! ―目覚める魂―   作:ボドボド

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読者の皆様、新年あけましておめでとうございます!

今年最初の更新になります。本当はなんとか12月中に更新をしたかったのですが、
実生活が忙しく滞ってしまいました。

楽しみにしていた読者の方には申し訳なく思っています。

相変わらず今年も月1更新になるかもしれませんが、今後とも応援よろしくお願いします!

では、どうぞ!

追記:昇一のプロフィールをµ's形式で追加しました。ネタバレ注意!!

賀上昇一(仮)
年齢 20(仮)
誕生日 10月18日(天秤座・仮)
身長 180㎝
好きな食べ物 真心がこもったものなら何でも
嫌いな食べ物 なし
趣味 料理及び料理のスケッチ、家事全般、菜園の手入れ
イメージカラー 金色

本名、年齢、生年月日が不詳な記憶喪失の青年。山の中で倒れていたところを、通り掛かったトラックの運転手に発見されて病院へ運ばれた。半年後、真姫の母親の勧めと理事長からの依頼で一年間限りの家庭科特別講師になった。

呼称一覧 

高坂穂乃果=賀上先生&昇一さん/高坂さん&穂乃果ちゃん
園田海未=賀上先生&昇一さん/園田さん&海未ちゃん
南ことり=賀上先生&昇一さん/南さん&ことりちゃん
西木野真姫=昇一/真姫ちゃん
星空凛=賀上先生&昇一さん/星空さん&凛ちゃん
小泉花陽=賀上先生&昇一さん&???/小泉さん&花陽ちゃん
東條希=賀上先生&昇一君/東條さん&希ちゃん
絢瀬絵里=賀上先生&昇一/絢瀬さん&絵里ちゃん
矢澤にこ=賀上先生&賀上/矢澤さん&にこちゃん

氷川誠司=賀上さん/氷川さん
尾室隆志=賀上さん/尾室さん
小沢真澄=賀上君/小沢さん
北條徹=賀上さん/北條さん
真姫の母親=昇一君/先生
真姫の父親=???/院長
ことりの母親=賀上さん&昇一君/理事長

尚、この一覧は新しいキャラが出るたびに随時更新します


第6話 家庭科特別講師、賀上昇一

西木野邸の一室で一人の男が、クローゼットから真新しい黒のスーツを取り出して着替えていた。男の名は、賀上昇一。この家の家事全般をこなす主夫であり、今日から国立音ノ木坂学院の家庭科特別講師として勤務することになっている。

白のワイシャツを着ておりオレンジ色のネクタイを巻こうとしていると部屋の外から声を掛けられた。

 

「昇一君、入るわよ」

 

「入るわよ、昇一」

 

「はーい」

 

部屋の中に入って来たのは、真姫の母親と娘の真姫だった。真姫の母親はボディラインを強調する紫のワンピースの上から水色の長袖を着ており、真姫は既に制服に着替えていた。どうやら出勤の準備ができているか見に来たようだ。すると真姫の母親が何かに気付いてストップをかけた。

 

「昇一君、ちょっと待って。ネクタイが少し変になってるわ」

 

「えっ、そうですか?」

 

「貸してみて。結んであげる」

 

よく見てみるとネクタイが上手く結べておらず全体のバランスが取れていなかった。真姫の母親はすかさず昇一の正面に歩み寄ってネクタイの結び目に手をかけて解いていく。傍から見るとその姿はまるで恋人ないし夫婦のように見受けられる。昇一は首を上に向けていて表情はわからないが、真姫の母親は満更でもない様子で笑みを浮かべながら喜々としてネクタイを結んでいく。

 

ただ一人だけ二人の様子を三白眼で睨み付けている者がいた。真姫だ。彼女は先程から二人の行動を黙って見ていたのだが、実に面白くない。母親に対しては密着し過ぎだと思うし、必要以上に世話を焼く必要があるのか疑問だった。真姫の母親は一児の母親とは思えない程の若々しい容姿と、整ったプロポーションを保っており胸も豊かなものを持っている。そんな女性が警戒心ゼロで若い男に近寄るとどうなるか。超至近距離で見つめ合うような形になるのだ。

 

昇一に関しても密着し過ぎだと思うし、断るのが普通だと思う。昇一は普段からラフな服装の上にエプロンを掛けているから分かり辛いが、意外にも背が高いのだ。ネクタイが結び易いように上を向いているようだが、絶対に下を向くなと言いたい。身長差で昇一が下を向いた場合、真姫の母親の胸元が目に付いてしまうからだ。それも至近距離で。

 

何だか心がモヤモヤしてきて無性に腹が立ってくる。二人が醸し出す夫婦然とした雰囲気に当てられたのか、ついにモヤモヤが最高潮まで達した真姫は床をドスドスと踏みつけながら二人に近づいて待ったを掛けた。

 

「ママ、私がやるわ!」

 

「あら? いきなりどうしたの?」

 

「いいから貸して! ほら昇一、上向いて。結べないじゃない」

 

「え? う、うん」

 

突然のことに真姫の母親はきょとんとしていたが、何かを察したように口元に手を当てながら「うふふ♪」と笑い、昇一は困惑しながらも再び上を向いて真姫にネクタイを結んでもらう。

 

「ほら、できたわよ」

 

「えへへ、サンキュー!」

 

「次からは自分でやりなさいよ。…まったくもう」

 

面と向かってお礼を言われ思わず悪態をついてしまうが、顔をトマトのように真っ赤にしているところを見ると満更でもない様子だった。

黒のスーツに袖を通し、左手首に銀の腕時計を付けビジネスバッグを持つ。その姿は正しく新人の社会人そのものだった。

 

「おかしくないですか?」

 

「似合ってるわよ、昇一君。ついに昇一君も社会人になったのね」

 

「う~ん。何か変な感じがします」

 

「着慣れてないだけでしょ。そのうち慣れるわよ」

 

滅多に着たことがないスーツ姿に若干の違和感を覚えているが、母娘の反応は上々だ。必要な荷物や道具を確認して玄関に向かい黒の革靴を履く。

 

「学院に着いたら南ちゃんによろしくね」

 

「はい、わかりました。真姫ちゃん先に行くね」

 

「私のことはいいからさっさと行きなさいよ。遅れるわよ」

 

「じゃあ行ってきます」

 

「「いってらっしゃい」」

 

玄関を出た昇一はビジネスバッグを肩から掛け、銀色のフルフェイスヘルメットを被って愛車に跨りエンジンをかけて発進する。音ノ木坂学院へ行くのは真姫の入学式以来二回目だが道のりは覚えていた。

道中、赤信号での停車中に昇一はふと、今までのことを振り返っていた。西木野夫妻や真姫との出会いから始まり、商店街に店を構える店主や主婦の方々と出会い親しくなった。人と出会えば出会った数だけ世界が広がっていく。それだけで生きていることは素晴らしいことだと思う。今度はどんな出会いがあるのだろう。気持ちを高ぶらせながら昇一はバイクのクラッチを繋ぎアクセルを踏み込んでいく。――音ノ木坂学院までそう遠くはない。

 

昇一を送り出してから十数分後、真姫も登校する準備ができていた。

 

「わかってると思うけど学院で昇一君を呼び捨てにしたらダメよ」

 

「わかってるわよ。子供じゃないんだから」

 

「なら良いの。…気を付けてね」

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

真姫が学院で昇一のことを呼び捨てにしないように念押ししたのは、彼女の癖を意識させる為だった。昇一は真姫よりもいくつか年上だが、彼女はお構いなしに昇一を呼び捨てにしている。確かに昇一の人柄と雰囲気からすれば、真姫が呼び捨てにしてしまう理由もわからなくはない。だがそれが通用するのはプライベートの場合だけだ。学院において先生と生徒の立場になる以上は、上下関係あたりのことを注意しなければならないからだった。

 

(……一人になるのも随分久しぶりね)

 

真姫を見送った後、家の中には真姫の母親一人だけになったことに不思議な雰囲気を感じていた。今日はたまの休みで家に居るが、この半年間で一人になるのは初めてだった。いつもは休みであっても家には常に昇一がいて静かな休みを過ごしているのだが、今日は静かというよりも静寂な空気に包まれており家の中が普段より広く感じられる。それだけに昇一の存在は西木野家にとって縁の下の力持ち的存在なのだと改めて実感する。

 

(昇一君が居ないのは確かに寂しいけど、彼ばかりに依存していたらダメね。彼がいないときくらいやれることはやっておかないと……まずはお部屋でも片付けようかしら)

 

昇一がいないことに一抹の寂しさを感じながらも自分自身を律し、可能な限りやっておこうと決めて部屋を片付ける作業に取り掛かった。

 

 

ΩΩΩΩΩ

 

学院に到着した昇一は、裏手にある職員専用の通用門から駐車場に入っていき駐輪スペースにバイクを停める。ヘルメットを脱いでからバイクを降りた昇一は、そのまま学院の玄関に行き持ってきていたクロッグスニーカーに履き替えて事務所へ向かい窓口の事務員に声を掛ける。

 

「すいません。今日からここで働く賀上ですけど理事長室ってどこですか?」

 

「あぁ! ハイハイ、賀上さんですね。今からご案内しますのでちょっとお待ち下さいね」

 

待つように言われて出てきたのは、白いシャツの上に黒のベストスーツを身に着け黒のタイトスカートを履いた五十代くらいの事務員だった。いかにも典型的な服装をした事務員である。

 

「では今から案内しますね」

 

「お願いします」

 

事務員に案内された理事長室は二階の端にあり木目調の扉の前で立ち止まった。

 

「こちらが理事長室になります。……じゃあ頑張ってね!」

 

「はい、頑張ります!」

 

去り際に笑顔で励ましの言葉を投げ掛けられると昇一もつられて笑顔で返事を返した。いきなり最高責任者と面会するという誰もが緊張するであろう場面において彼は緊張などしていなかった。むしろ早く会ってみたいという気持ちの方が強い。

扉を三回ノックし室内に居る理事長に声を掛けると返事が返ってきた。

 

「失礼します」

 

『どうぞ』

 

扉を開けて中に入ると特徴的な髪形をし、黒のシャツの上から白いスーツを身に纏った女性が椅子に座って待っていた。机の前まで進みすかさず二重丸の笑顔で自己紹介をする。 

 

「初めまして、賀上昇一です」

 

「初めまして、理事長の南です。あなたのことは西木野さんから聴いています。どうぞ腰を掛けて下さい」

 

理事長にソファーに座るように促されて座ると彼女も席を立ちソファーへ腰を下ろした。

 

「まずは依頼を引き受けてくれてありがとうございます。おかげで助かりました」

 

「気にしないでください。俺、料理作るの得意ですから。何でも作れますよ!」

 

「それは頼もしい限りです。では賀上さん、早速あなたの雇用条件について説明します。賀上さんは特別講師という扱いでの契約になります。正規の常勤講師とは契約が異なりますのでその日の授業が全て終わればそのまま帰宅しても構いません。尚、雇用期間は一年間で、基本的には家庭科を担当していただき調理実習、裁縫、栄養学等について授業していただきます。授業の進行は学習指導要綱に沿っていきますが、全てマニュアル通りにしていただく必要はありません。必修事項さえ指導していただければあとはお任せします。賀上さんなりのやり方で生徒と触れ合って下さい。ここまでで何か質問はありますか?」

 

「大丈夫です! 任せて下さい!」

 

「じゃあ今から職員室に案内しますね。……それと一つだけ言い忘れていました。今日は時間割変更が掛かっていて四時間目の一年生の授業が終わったらそのまま五時間目も行ってもらうことになります。よろしいですか?」

 

雇用条件の説明をざっくばらんに受け職員室に向かおうとするも時間割変更があることを告げられた。しかしこれは今まで家庭科の授業が学院全体で遅れているので致し方のないことだった。これからも遅れを取り戻す為の時間割変更が発生するだろう。そうなると当事者が抱える負担は増えることになるのだが、この男だけは違った。

 

「別に大丈夫ですけど。一時間でも、二時間でも」

 

 

ΩΩΩΩΩ

 

理事長に案内されて職員室に辿り着くと扉の前で待つように言われ彼女は先に中へと入って行った。どうやら中の様子を確認してくるようだ。待つこと数十秒。扉が半分ほど開かれ入室を促される。

室内には他の教師陣が全員揃っており入室してきた昇一に視線を注いでいた。思わず萎縮してしまいそうな雰囲気だが昇一は緊張感を微塵も感じさせない笑顔で簡単な自己紹介をする。

 

「初めまして、賀上昇一です。よろしくお願いします!」

 

「先日の職員会議でもお伝えしたように、賀上さんには家庭科を担当して頂きます。慣れないこともあると思うのでみなさんはその都度フォローをお願いします。……賀上さんは空いているデスクを使って下さい。頑張ってね」

 

「はい!」

 

理事長は言うだけ言ってから昇一に笑顔で励ましの言葉を送り職員室を後にした。

昇一の席は校舎側にある右端の机だ。当然机の上には何も置かれていないが、前任者の松本先生が丁寧に使っていたのだろう。他の机に比べて目立った傷もなく凹みもない。恐らく物を大切に扱う人だったのだろうと昇一は予想した。

 

「氷川誠司です。よろしくお願いします、賀上さん」

 

「よろしくお願いします、氷川さん」

 

声を掛けてきたのは左隣に座る二年目の現代文教師、氷川誠司。かつて硬式テニスのインターハイで準優勝したことがありその実績を評価されてテニス部の顧問を務めている。性格は真面目が服を着て歩いていると言われる程に真面目で、この学院に配属されて以来無遅刻無欠勤を続けており毎日誰よりも早く出勤している。

 

「尾室隆志です。よろしくお願いします、賀上さん」

 

「よろしくお願いします、尾室さん」

 

次に声を掛けてきたのは誠司の左に座る三年目の体育教師、尾室隆志。至ってどこにでもいるような存在感から影が薄いと言われており、あらゆることにおいて可もなく不可もなくといった具合で職場では究極の凡人と言われていたりする。

 

「小沢真澄よ。よろしく、賀上君」

 

「よろしくお願いします、小沢さん」

 

最後に声をかけてきたのは隆志の左に座る四年目の物理教師、小沢真澄。教師陣の中で最も自信家且つ勝気な性格で一部の教師を敵に回すことがあるものの、自らが評価した相手に対しては強い信頼を置く。

 

「賀上さんは料理の専門家だと伺いました。普段はどういった料理を作っているんですか?」

 

知らない事を知ろうとする人の性だろうか。誠司が昇一に質問を投げかけた。

 

「何でも作りますよ。和食とか中華とか洋食とかお菓子とか。この前は鰹のタタキを作りました」 

 

「鰹のタタキ、ですか……それは、捌くところからやったんですか?」

 

「そうですけど」

 

「凄い…」

 

昇一はさも当たり前のように答えているが、誠司からすれば魚を捌けるというだけでも驚愕に値することだった。鰹の成魚の大きさは平均的なもので40㎝はある。それを丸ごと捌ける人が実際にどれだけいるだろうか。少なくとも僕には無理だ、と誠司は思う。

すると真澄が会話に加わった。

 

「へぇ。鰹を捌けるなんて凄いじゃない。大したものだわ」

 

「別に大した話じゃないですって。魚を捌くなんて簡単ですよ、あれぐらい」

 

「簡、単…?」

 

「ええ。誰でもできますよ、あれぐらい。猿でもできます」

 

誠司は今の昇一の発言がどうしても解せなかった。なぜなら誠司が捌こうとするといつも失敗するからだった。就職を機に一人暮らしをしたことで人並みの料理は作れるようになったが、いつまで経っても魚を上手く捌くことができないのだ。一人暮らしをしている別の人間に聴いても皆答えは一緒で難しいと口々に答えた。このことから誠司は魚を捌くことは非常に難しいことだと考えている。しかし目の前にいる男は簡単だと言い放ち、あろうことか猿でもできると言い切った。

 

「正直言って今の君の言葉が引っかかっているんですが、僕は猿以下という事ですか?」

 

「そんな無気になることないじゃないですか」

 

「氷川君、落ち着きなさい。誰にだって苦手なものの一つや二つあるものだわ」

 

「そうですよ氷川さん。苦手なものがあったって良いじゃないですか。僕だって捌くのは苦手なんですから」

 

真澄と隆志に諭され落ち着きを取り戻すが、有耶無耶にされたままでは引き下がれない。こうなれば有益な情報でも聞き出すしかないだろう。誠司は毅然とした態度で昇一に質問を投げ掛けた。

 

「賀上さん、そこまで言い切るなら何かコツでもあるんですか?」

 

「コツって言う程の事でもないですけど…氷川さん、魚の鱗を包丁で取り除いてません?」

 

「そうですが何か問題でも?」

 

「ダメだな~。鱗は専用の鱗落としを使うんです。包丁を使ったら切れ味が悪くなります」

 

誠司はハッとした。確かに鱗を落とすときは包丁を使っていたからだ。魚にもよるが鱗というのは思っている以上に硬いものなのだ。無理に落とそうとすれば包丁の切れ味が悪くなってしまうのは必然的なことだった。一生懸命切り進めようとしても結局は力任せになってしまい魚の身が傷ついてしまう。

 

「専用の道具を使うのは分かりました。では、次はどうすれば良いんですか? 包丁が骨に当たってスムーズにいかないんです」

 

「ポイントは骨の構造にあるんです。失敗する人は背ビレとか尾ビレの下にある担鰭骨を知らないまま包丁を入れるから骨に引っ掛かってうまく切り進めることができないんです。綺麗に三枚に下ろすには、ヒレを支える担鰭骨を避けて包丁を入れて、身を剥がすように切り分けるのがコツです。包丁よりもステーキナイフを使う方が便利ですよ」

 

まさに目から鱗だった。魚を捌く上でそんなコツがあるなど思いも依らなかったからだ。気が付けば誠司と隆志はメモを取っており、真澄は体の前で腕を組みながら二人の様子をみていたのだった。

 

 

早いもので時間は過ぎ三時間目が終わり僅かな休憩時間に入った。三時間目が行われていた時間の途中から昇一は授業で作る料理のレシピを調理室の黒板に板書しておいた。作るのは豚汁である。食材と調理器具はすぐに調理に取り掛かれるように予め一式揃えて各台に置いてある。次第に生徒が集まり始めてエプロンと三角巾を身に着け班ごとに分かれて座っていく。

 

真姫と同じ班になったのは小泉花陽と星空凛だった。真姫はいつものクールな態度で椅子に座っており、花陽は引っ込み思案な性格からか遠慮がちな雰囲気を醸し出している。凛は特に何も気にした様子はない。

 

「ねえねえ、かよちんは新しい先生どんな人だと思う?」

 

「え? わ、私は優しい先生が、良いな」

 

「かよちんは昔から優しい先生が好きだったよねー。西木野さんはどんな先生だと思う?」

 

「どうして私に聞くのよ。……どうせ天然ボケな人なんじゃないの?」

 

「? 西木野さんもしかして新しい先生のこと知ってるの?」

 

「知らないわよ」

 

凛の疑問に素っ気なく答えたが、真姫は先生が誰だか知っている。彼女は朝からいつもよりご機嫌斜めだった。原因は今朝の昇一と母親のやり取りにある。あれが彼女の中で未だに尾を引いているのだ。二人がそういう仲でないのは理解している。母親は単純に親切心で身嗜みを整えてあげようとしただけだし、昇一は好意に甘えようとしたに過ぎない。

だがいつも当たり前のように接している男性が別の女性といい感じの雰囲気になっている場面を見せられたら誰だって多少なりとも嫉妬するに決まっているだろう。その女性が母親だったとしても。

 

(あぁ、もう! どうして私がこんなに悩まなくちゃいけないのよ!)

 

もっとも彼女は恋愛経験に乏しく何故ここまで取り乱しているのか自分でも理解できていない様子だが、自分の気持ちに気付くのは時間の問題である。

 

程なくして昇一が準備室から姿を現すと生徒の間で騒めきが起こる。無理もないことだった。一般的に家庭科=女性の先生という先入観が強い中にあって、今黒板の前に立ったのはさほど年が離れていない若い男性だったのだから。昇一は騒めきを余所に簡単な自己紹介をする。

 

「賀上昇一です。みんなよろしくね!」

 

『よろしくお願いします!』

 

「さっそく授業を始めていきます。…今日作るのは豚汁です。事前にみんなにプリントが配られてると思うけど、わかりやすいように黒板にもレシピを書いておいたから安心してね。今日使う豚汁の具材はみんなそれぞれ固さが違うので、すべてがほぼ同じタイミングで火が通るように切る大きさを決めってことを意識してね。特にゴボウは火が通りやすいようにささがきにして、里芋は柔らかくなると形が崩れやすくなるので大きめに切っておいてください」

 

昇一は完全に先生口調だった。各班それぞれ調理に取り掛かる。役割を分担し凛は豚バラ肉を一口サイズの大きさに切り始め、花陽はお米を研ぎ、真姫は里芋をいちょう切りにしていく。

 

「かよちん、大きさってこれくらいで良いかにゃー?」

 

「うん、それぐらいで良いと思う」

 

「あなた達ささがきってできる?」

 

凛と花陽が確認を行っていると真姫が話しかけてきた。どうやらささがきが出来ないようだ。ささがきは簡単なようで難しい。やり方としては手に持ったゴボウを回しながら包丁で削っていくのだが、これの難しい所は大きさを揃える点にある。

 

「無理無理無理。凛にはできないよ」

 

「私もささがきはやったことがなくて……」

 

「どうしよう……」

 

さすがの凛と花陽もささがきはやったことがないらしい。どうしようか悩んでいると凛が昇一を呼ぶ。

 

「賀上先生ー!」

 

「ヴぇええ! ち、ちょっとあなた何して…!」

 

凛がいきなり昇一を呼んだことに対して動揺し、思わず制止しようとするが、各班の進行状況を見回っていた昇一がこちらにやってきた。

 

「どうした? 何かあった?」

 

「賀上先生、ささがきってどうやるんですか?」

 

「ささがきは包丁でやるよりもピーラーでやった方が上手くできるよ」

 

まな板の上に土をこそげ落としたままの状態で置かれていたゴボウに、ピーラーを平行に当てて削っていく。ピーラーを使うことによって包丁よりも素早く且つ厚みが均等になるのだ。

 

「途中までだけど、やり方わかった?」

 

「……ありがとうございます」

 

「ここさえできれば後は簡単だからやってみて」

 

途中まで見本を見せたことで真姫もやり方を覚えたようだが、変に意識していたのか照れ臭くお礼を言う。やはり普段から接しているせいか立場が変わってしまうと違和感があるようだ。しかも台を離れる際、意味ありげにこっちの方を向いた…ような気がしたと真姫は思う。

 

調理は順調に進んでささがきにしたゴボウを水に浸してアクを取る。人参は短冊切りにし、糸こんにゃくは食べやすい長さに切り分ける。

鍋にサラダ油を熱して豚肉を炒め、火が通ってきたところでゴボウ、人参、里芋、糸こんにゃくを加えて炒める。別の鍋で作っておいた鰹節の出汁を加えアクをすくい取り、里芋が軟らかくなるまで煮込む。

竹串を刺して里芋が軟らかくなったのを確認し、最後に赤みそを溶き入れると同時にお米が炊き上がる。あとはこれらを容器に盛り付けて完成となる。

 

「完成だにゃー!」

 

「お疲れ様。凛ちゃん、西木野さん」

 

「あなた達もお疲れ様」

 

全ての班の調理が済んだのは四時間目が間もなく終了する時刻だった。どのクラスよりも一足先にそのまま昼食時間に入る。

 

「豚汁も美味しいけど、かよちんが炊いたお米も美味しいにゃー」

 

「上手にできてるじゃない」

 

「本当ですか!? よ、よかったぁ~」

 

作った豚汁に舌鼓を打ちながらも花陽が炊いたお米を食べる凛と真姫。凛や家族にお米を炊いた事は幾度となくあるが、それ以外の人間にお米を食べてもらったのは何気に初めてだったりする花陽。真姫に美味しくないと言われたらどうしようかと内心でドキドキしていた花陽だったが、真姫に褒めてもらえたことに安堵している。

 

クラス全員が食事を摂り終わったタイミングを見計らって昇一がこの後の事について説明をする。

 

「みんな知ってると思うけど、五時間目は教室で家庭科の授業をします。後片付けをしてこの時間は各自解散にするけど、器具を洗ってる最中に包丁で指とかを切らないように注意してね」

 

真姫が食器を洗い、流れ作業で花陽が食器を拭き、凛はコンロ周りと台を掃除する。すると真姫が手に持っていたスポンジで包丁を洗おうとして誤って右手の人差し指を切ってしまう。傷口からは真っ赤な血が流れている。

 

「痛っ!」

 

「西木野さん、大丈夫? 保健室に行った方がいいんじゃ…」

 

「平気よ。保健室に行くほど大げさな傷じゃないわ、これぐらい簡単に処置できるわよ。悪いんだけどあとをお願いしても良いかしら?」

 

「は、はい」

 

昇一は離れたところにいるため真姫が怪我したことに気付いていない。やむを得ず花陽に片付けを任せて止血を行う。流水で患部を洗い、制服から取り出したポケットティッシュで患部を覆い胸の上で指全体をギュッと握る。医者の卵だけあって処置は的確だった。

五分程してティッシュを取り傷口を確認すると……()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

不自然な出来事に思わず戸惑いの声を発してしまう。

 

「西木野さん、どうかしたんですか?」

 

「え? べ、べつに何でもないわ。ただ傷口を確認しただけよ」

 

「そう、ですか…」

 

心配そうに尋ねてきた花陽を誤魔化す為、咄嗟に生徒手帳に手を伸ばし中から常備していた絆創膏を患部に貼りつけるが戸惑いはなくならない。通常、切り傷は程度にもよるが二、三日の時間を要するものなのだ。今までの経験や知識を加味してもたかだか五分で完治するとは到底思えない。ましてや特殊な体質というわけでもない。果たしてこの僅かな時間の間に自分の身に何が起こったのだろうか。いくら考えても結論は出ず思考を放棄して調理室を後にした。

 

 

ΩΩΩΩΩ

 

生徒達と同時に昼食を済ませた昇一は昼放課を使って学院内を探索することにした。真姫の入学式に一度探索しているが、前回行ったことがない場所に行こうと決めていた。いくつかの場所を見て回り最後は屋上に向かう。校舎の最上階へと続く階段を上って屋上のドアを開ける。

 

 

「1・2・3・4・5・6・7・8」

 

屋上に足を踏み入れると青い髪色し、髪が腰にかかる程のロングヘアーをした少女の掛け声と手拍子に合わせてダンスを踊っている少女が二人いた。三人ともブレザーを脱いでおりワイシャツ姿だった。余程集中しているのだろう、三人が昇一の存在に気付いた様子はない。邪魔をしないように扉付近で練習風景を眺めていると一人だけ見覚えのある少女がいた。理事長と同じ髪色と髪形をしている少女だ。一目見て理事長の娘だとわかった。以前に昇一は灰色の少女に出会ったことがある。——ジャガーロード=パンテラス・ルテウスと戦った時だ。

 

助けた少女が無事に元の生活を送れている姿を見て安心していると、あっという間にダンスが終わる。ダンスに魅入られていた昇一が賞賛の拍手を送ると彼女達はようやく観賞していた人間がいたことに気付く。

 

「えっと…」

 

「俺、賀上昇一。新しい家庭科の特別講師だよ。よろしくね!」

 

今日、何度目かになる自己紹介をすると順番に溌剌とした笑顔で自己紹介を返してくれた。

 

「高坂穂乃果です!」

 

「南ことりです!」

 

「園田海未と申します!」

 

この三人こそが音ノ木坂学院に誕生したスクールアイドルµ’sであり、既にアギトである男、賀上昇一との初めての邂逅だった。

 

「私達のダンスどうでした?!」

「凄く良かったよ!」

 

穂乃果が感想を求めてきたので思ったことを素直に述べた。

 

「みんなもしかしてダンス部とか?」

 

「えっとぉ、私達はダンス部じゃなくて…」

 

「私達はµ’sというスクールアイドルなんです」

 

ダンスを踊っているということはダンス部なのだろうと予想していたのだが、どうやら違ったらしい。ことりの言葉を続けるように海未が答えてくれた。

 

「スクールアイドルかぁ。最近はそんなのがあるんだね~」

 

「はい! 音ノ木坂学院を廃校にしない為に結成したんです!」 

 

穂乃果がµ’sを結成した経緯を教えてくれた。進級した当日に理助長から音ノ木坂学院の廃校が発表されたこと、廃校を阻止しようとするべくスクールアイドルを発足させたこと、初めてのライブで失敗したこと、ライブの終了後にスクールアイドルにやりがいを感じて講堂を満員する目標をもったこと。

 

穂乃果の話しを途中まで聴いていて昇一は思い出したことがある。真姫が話してくれたアイドルとは彼女達のことだったのだと。

 

「へぇ~、最近の子は凄いなぁ。頑張って! 応援するよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

「それじゃあお先に失礼します!」

 

「「失礼します」」

 

丁度のタイミングで予鈴が鳴り穂乃果達三人はブレザーを着て足早に屋上を去って行った。

元気一杯な女の子だったなぁ、と思う。穂乃果の言葉からは彼女がアイドルに掛ける情熱とパワーがひしひし伝わってきて、見ている方まで元気になってくる。

この調子で次も頑張るぞ、と気合を入れ直して昇一も屋上を後にした。

 

 

結論から言えば五時間目の授業も恙なく終了した。内容はお米に関することで、時折、専門用語や地理学的な部分を含んだもののしっかりと付いてきてくれた。真姫は心ここにあらずといった様子だったが、凛は真面目にノートを取り、花陽に至ってはこれでもかというくらい熱心に授業に取り組んでいた。

 

全ての授業が終了したことで、昇一は一度理事長室に呼ばれていた。この日一日の感想を話す為だ。

 

「今日、一日授業をしてみて如何でしたか?」

 

「楽しかったです。みんな真面目に授業を聴いてくれてましたし」

 

「その言葉を聴いて安心しました。初めて授業を行った先生に同じ質問をすると、普通は緊張したと返ってくるものなんですよ。西ちゃんから聴いていた通り、賀上さんは変わった方ですね」

 

「別に普通ですけど。だって、自分がやりたいようにやればいいじゃないですか」

 

「やはり賀上さんを雇って正解でした。西ちゃんが肩入れする理由がわかったような気がします」

 

事前に聴いていた通りの人柄だった。真姫の母親が昇一を紹介したときに彼の人柄について語っていたのだ。曰く、彼は素直で純粋な人だと。記憶を失いながらも元気を取り戻した切っ掛けは、空の綺麗さに感動して嬉しくなったからだと教えてくれた。自然の美しさを味方にできる感性の持ち主などそうはいない。彼にしかない独特な感性に期待を寄せながら昔話に花を咲かせたのだった。

 

 

ΩΩΩΩΩ

 

昇一が学院を後にしたのは日の入りを迎える前だった。時間を忘れて理事長と話し込んだのが原因だ。彼女は真姫の母親との昔話を懐かしむように話してくれた。普段身近にいる人のことを知れたのは意外な新発見だった。

 

このまま家に帰り夕飯の準備をしよう。母娘がお腹を空かせて待っているかもしれない。バイクのスロットルを握る手に力を込めて発進しようとしたときだった。

 

(!)

 

突如、昇一が気配を察知する。間違いない。この気配はアンノウンのものだ。アクセルターンで進路を変えて現場に急行する。

 

「変身!」

 

腹部に出現したオルタリングでアギトに変身すると、バイクもオルタリングから発せられるオルタフォースの余波を受けてマシントルネイダーへと姿を変える。

アンノウンが出現した場所が近付いてくると、今まさに襲われている人の姿が見えた。

 

 

 

襲われていたのは、

 

 

 

屋上で出会った少女達。

 

 

 

高坂穂乃果、園田海未、南ことりの三人だった。

 




いかがでしたでしょうか。久しぶりに一万文字を超えて私自身驚いています。
と言ってもほとんど学院生活の内容が大半でライダー要素が行方不明でした。ですが、こういった内容を書けるのは序盤だけなのでしっかり書いていこうと思います。

では毎回恒例のSHO'sキッチンです。

今回のリクエスト


『昇一さん、初めまして。実は一年前に沖縄から東京に引っ越してきたんですが、
東京に来てから一年間沖縄の料理を食べていません。そこで家でも簡単に作れる
沖縄料理を教えて欲しいです。  ヨウタ』

「沖縄か~。俺、沖縄に行ったことないんだよなぁ。行ってみたいな~。…じゃあ早速作っていきたいと思います」

材料
ゴーヤ
豚肉(薄切り)

木綿豆腐
サラダ油
醤油
みりん

「沖縄料理ってことだったので、今日はゴーヤチャンプルーを作っていきます。ゴーヤは縦半分に切って、スプーンを使い種と綿を綺麗に取り除き、2ミリも厚さに切っていきます」

「切ったゴーヤはボウルに入れて塩と砂糖を加えて10分程置いておきます。砂糖を使うから塩だけのときよりも苦みを取ることができます。10分経ったら水で洗い、キッチンペーパーなどで水気をきります」

「続いて卵を溶いて、豚肉を一口大の大きさに切ります。豆腐は水気を切ったら手で一口大に千切ります」

「フライパンにサラダ油を熱し、溶き卵を流し入れて半熟に炒めて一度取り出します。このままフライパンで豚肉、ゴーヤ、豆腐、卵を戻し、みりんと醤油で味付けしたら…完成です!」


「実は今回、もう一品作ります! 作るのは…唐揚げです!」


材料
鶏もも肉
1.酒
2.おろし玉ねぎ
3.おろしにんにく
4.おろし生姜
5.塩
6.醤油
7.ゴマ油
片栗粉

「まず鶏肉は脂身を取り除いてから一口大に切ってください。脂身を取ることで余分なカロリーを減らすことができます。切り終わったら二重にしたビニール袋に入れておきます」

「1~7の調味料を上から順番に入れてしっかり揉んで1時間ぐらい冷蔵庫で寝かせます」

1時間後

「別のビニール袋に片栗粉を入れ、鶏肉の水分を切りながら加えていきます。ビニールの口を縛ったら袋を振って片栗粉を全体にまぶします」

「170℃の油で揚げて少し色が薄いかなぁ~と思ったところで一度取り出して3分くらい放置します。油の温度を200℃に上げて肉を戻し、綺麗なキツネ色になったら油を切って完成です!」


今回リクエストを送って頂いたのは、ヨータパパさんと、初柴シュリさんでした。
ヨウタは、ヨータパパさんが執筆中の作品、ラブライブ!~ライダーのLIFEμ'sのLIVE~ に登場する主人公です。こちらは一号ライダーが登場しないという斬新な作品となっており、興味を惹かれる方も多いのではないでしょうか。

初柴シュリさんは、仮面ライダーディケイド×インフィニットストラトス~新たな旅路~やハイスクールD×D扉の管理者を執筆されている方になります。どちらの作品もお勧めですよ。

ヨータパパさん、初柴シュリさん、大変遅くなりましたがリクエストありがとうございました。今後ともお付き合いよろしくお願いします。

SYO'sキッチンのリクエストはメッセージからのみ行っておりましたが、感想欄からも受け付けることにしました。皆さま、リクエストをお待ちしています!

尚、リクエストが多かった場合は、先着順とさせていただきますのでご了承下さい。

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