「ミュアル」
重くどっしりとした低音が食堂に響く。
「何でしょう、お父様」
ぼくは分厚いステーキと格闘していた手を止め、お父様を見る。
「ルイズが魔法学院の入学試験を受けることは知っているな?」
自分の話しが出てくるとは思わなかったのか、お姉ちゃんの肩がびくりと上がる。
原作通り、お姉ちゃんはオスマン先生の計らいで入学試験を受けさせてもらえることになった。
学院の試験は落ちることがないというほど簡単だ。
まあ貴族を落とすと色々問題になりそうだしなー。
だからお姉ちゃんも受かったも同然だ。
「はい、知っております」
「そうか。お前も魔法学院に通うつもりはないか?」
今更何を言う。
「勿論あります。私はルイズお姉様の翌年に」
お父様やお母様の前では“お姉ちゃん”とは言わない。
貴族——といっても家によるだろうが——は家族にも“様”をつけないといけないから。
何故かお姉ちゃんは二人っきりの時だけくだけた呼び方を許してくれるけど。
「いや、そうではない」
話しは終わったと思いグラスに手を伸ばそうとしたら、お父様はぼくの言葉を否定した。
ん?
ぼくは二年後学院に入るはずだよね?
「ルイズと試験を受け、共に入学する気はないかときいたのだ」
共に入学?
「それはつまり、お姉様と私が同級生になる——ということですか?」
「そうだ」
なんてこったい。
まあ、魔法学院は入学の年齢が決められているわけではないから可能だろうけど。
え?
でも妹と同級生って、プライド高過ぎるお姉ちゃんからしたら凄い屈辱なんじゃ……?
ガタンとお姉ちゃんが勢いよく席から立ち上がった。
ほら、お姉ちゃんも怒って——
「それは名案です! お父様!」
……え?
思わずお姉ちゃんを見ると、彼女の瞳はキラキラと喜びの色で満ち溢れていた。
え?
凄い賛成してるじゃん。
いいの?
妹と同学年なんだよ?
「ミュアルも一緒に入学できるなんて夢みたい、ねえ」
姉様に注意され席に座り直すと、お姉ちゃんは瞳を輝かしたままでぼくのにも賛同を求めてきた。
しかも同時に入学するのは決定事項なご様子。
この期待を前に首を横にふれるほど、ぼくはまだ人間ができていなかった。
まあ嫌じゃなかったし、お姉ちゃんが構わないのなら断る理由はないんだけどね。
静かな昼下がり。
ぼくは庭の木陰で昼寝をしていた。
最近は魔法の自主練は能力を下げない程度にしかしてないし、家庭教師の授業もダンス以外もうやっていないから、午前中の剣の授業が終われば暇なんだ。
まあ前は生き急いでるんじゃないかってくらい忙しかったから、そろそろゆっくりしてもいいだろう。
そう思って目を閉じれば、
「ミュアルミュアルー!」
お姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえてきた。
なんだよもー。
せっかくうとうとしてたのに。
「どうしたの? お姉ちゃん」
しかしそんな不機嫌さを微塵にも出さずに、ぼくはお姉ちゃんに微笑みかけた。
「あのっ…、がく……いん、の、」
「お姉ちゃん、深呼吸深呼吸」
どんだけ全速力で走ったんだ。
もちつけもちつけ。
お姉ちゃんはすーはーすーはーと、少し大袈裟に深呼吸した。
手振りつきで。
可愛いなあもう。
「あのね、学院の制服届いたわよ」
その言葉に、ぼくのテンションは一瞬にしてMAXに上がった。
「おお! じゃあ今から試着しよっか!」
「そうね。私の部屋に置いてるから、行きましょ」
よっしゃー!
ついにコスプレではない、本物のトリステン魔法学院の制服を着られる!
ぼく達は小走りにお姉ちゃんの部屋に向かった。
そうしてウキウキしながらぼくは制服を試着したのはいいものの——。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「何? 何処かサイズ合わなかった?」
「いやサイズはあってるよ。ただ——」
「ん? 何よ」
「し、下着が……」
少し透けるやも……。
「それくらいなら大丈夫よ。マントも着るわけだし」
いや、でも——。
何でこれが気にならないのだろうか。
そういえばうっすら覚えてるけど、前世の電車で見た女子高生は中にTシャツを着ていた気がする。
べ、別に見たくて見た訳じゃないぞ?
見えたんだよ、本当だぞ。
断じて女子高生をガン見なんてしてないからな。
でもまああの時は中着るなよとか思ったけど、確かにこれは着たくなるな。
しかもこの世界ブラジャーがないから、余計厚着したいんだよ。
「ベストとかないの?」
「ないわよそんなの。着て行っても別に何も言われないだろうけど」
……ベスト編もうかな。
「お姉ちゃんはベストいらない?」
「私はいいわ。にしても、どうせ見えないのにそんなこと気にするなんて、あんた凄い乙女ね」
お年頃ってやつかしら、とお姉ちゃんは言った。
……え?
なん……だと……?
乙女? お年頃?
嘘だろ?
この精神中年男のぼくが、乙女に乙女と呼ばれる日がくるとは……。
これが噂精神が肉体に引っ張られるっていうやつか?
ってことはあれか。
ぼくはこのままいけば精神まで女の子になるのか?
いやぼくも、理想の女の子にぼくはなる! とか言ってたけどさー。
それは第三者から見たらというだけで。
理想の女の子の演技をしようというだけで。
別にぼくの精神まで女の子になるつもりはないんだよ?
ぼくが演技したぼくを心の中で傍観して、「あー、ぼく以外にこんな娘いたらなー」とか、ぼくが話しかけてる人に「そこかわれ」とか思うというのが今のぼくの方針なんだけど。
ぼく自身を見れないから、ぼくの仕草は想像だけになるのが残念だけど。
……なんかこれだとマジでナルシストみたいだ。
まあナルシストでいいさ。
ぼく可愛いし。
外見ぼくの好みジャストフィットだし。
ぼくはぼくの見た目に惚れちまったのさ。
一生の両思いだぜ。
でももし仮に心までもが"女の子"になっても、ぼくが好きなのはぼくか女の子だけだから、野郎を好きになることはないし別に大した問題にはならないかな?
多分。
約三十年ぶりの入学式。
懐かしいなー、この緊張感。
みんなが多くの不安と少しの期待を抱きながら校長の“有り難いお言葉”を聞くこの感じ。
あ、ここの場合学院長か。
でも、何処かで聞いたような話しばかりを聞かされ続けるので、ぼくには不安とか期待よりも睡魔がやばい。
早く終われと念じ続けていると、やっと式が終わった。
次は教室案内かな? と思っていると、コルベール先生がやって来てぼくらのクラスを誘導し始めた。
一緒に移動しているぼくのクラスメートは、お姉ちゃんを始め、キュルケとかタバサとかギーシュとかのお馴染みの面々だ。
「同じクラスになれてよかったね、お姉ちゃん」
「まあ貴族の姉妹をわざわざ離すなんてこと、できないでしょうけど」
何という裏事情……。
教室に着き、一通り学院のことを説明されると今日のところは解散だ。
「じゃあ寮に行こうか」
「そうね」
部屋の荷物は、数日前に一足先にこちらに来たはずのメイドさんたちのおかけで片付いているはずだ。
有り難い。
メイドさんたちはぼくらと入れ違いに帰ってしまったから、まだお礼は言えてない。
ぼくらが席から立ち、扉に向かって歩いていると、まだ教室には殆どの生徒がいるにも関わらず、何故かしんと静まり返った。
しかも全員に見られてる。
なんだこれ……。
ぼくらが美少女だからか?
教室から出ると、急に教室の中が騒がしくなった。
「ねえ、あの二人ってヴァリエール公爵家のとこの子なんでしょ?」
「金髪の妹の方、“神童”って呼ばれてるらしいぞ」
「ピンクの方もやっぱり凄いのかしら」
「いや、試験の時の“フライ”で爆発させてたぞ」
「姉の方は全く魔法出来ないらしいよ」
「なんだ、ヴァリエール家も大したことないのね」
「姉が妹より劣ってるって、プライドねえのかよ」
お姉ちゃんがピタリと足を止めた。
聞こえてる聞こえてる。
教室から出たら聞こえないと思っているのか、生徒達は口々にぼくらのことを話し出した。
お姉ちゃんを余り刺激しないでくれよー。
絶対機嫌悪くなるじゃん。
見ると、案の定お姉ちゃんは黒い怒りオーラを漂わせている。
被害を被るのはこっちなんだからな。
どうして機嫌直そうかと考えていると、教室から長身な女性が出て来た。
見えなかったらしく、立ち止まっていたお姉ちゃんにぶつかる。
あら? と、長身な女性——キュルケは下を向きお姉ちゃんを見る。
お姉ちゃんもキュルケを見上げる。
「ごめんなさ〜い。小さすぎて見えなかったわ」
キュルケが笑みを浮かべ喧嘩を売るようなことを言った。
実際、売ったんだろう。
周りの会話でぼくらがヴァリエール家の娘だと分かっただろうから。
「何よあんた」
お姉ちゃんがキュルケを睨みつける。
「私はキュルケ。ツェルプストー家の娘よ、お隣りさん」
「ツェルプストー家……ですって……?」
おうおう。
お姉ちゃんの怒りゲージが更に上がったよ。
髪の毛まで逆立ち出した。
スーパールイズ人だ。
「そうよ。にしてもヴァリエール家の人間って小さいのね」
ぼくとお姉ちゃんを交互にみてから、ご自慢の大きなメロンを大きく揺らし、
「いたるところが」
「な、な、な、なんですって〜!?」
おおう、ついにメーターが上がりきったみたいだ。
別にいいじゃん、貧乳なことくらい。
ステータスなんだよ、貧乳は。
ちなみに、身長はお姉ちゃんより微妙に低いけど、胸はぼくのほうが大きい。
巨乳というほどではないけど。
Bくらいかな?
服の上から微妙に膨らみが分かる程度。
とりあえずお姉ちゃん、お願いだからぼくには迷惑かけてくれるなよー。
たまにわざと巨大な爆発とか起こすから、近くにいるぼくはいつも巻き込まれるんだよ。
「決闘よ! 決闘を申し込むわ!」
え?
入学初日から?
「構わないわよ。まあどうせ私が勝つけど」
お前も断れよ。
まあ、フラストレーション発散できていいかもね。
ぼくがお姉ちゃんのご機嫌とる必要もなくなるし。
「じゃあ、私は先に帰ってるね」
ごゆっくり〜と微笑んでから、踵を返そうとしたらお姉ちゃんに首根っこ掴まれた。
ぐえ。
「審判よろしくね、ミュアル」
……マジですか。