今回は咲夜視点です。
エマージェンシー、霊夢さんご乱心! 霊夢さんご乱心!
いやいやアホなこと言ってる場合じゃないわよ。
確かにこの吸血鬼の子も危なかったけど、今の霊夢それどころじゃないでしょマジで。
「……いやー。詰んだんじゃないかしら、これ」
とりあえず今、私は時間を止めて次の手段を思索している。
目の前には何か突然ラスボス通り越して裏ボスっぽい雰囲気を醸し出し始めた霊夢と、その霊夢に一撃でやられて悶えながらも立ち上がった吸血鬼の子。
この2人をどうにかしなきゃいけないんだけど、知っての通り私は止まった時間の中ではどちらにも触れられないし干渉できない。
私がこの子を連れて逃げられる時間は、多分頑張っても最長2秒くらい。でもその間私の手の中でずっと大人しくしててくれる訳がないから実質的に不可能。
そして今の霊夢に触れたりしたら、力の逆流に耐えきれずに一瞬で心臓破裂とかで死ぬ自信がある。
私が逃げるだけなら問題ないんだけど……ぶっちゃけ、この後霊夢がどうなるかわからない。
とりあえず、まず間違いなくこの吸血鬼の子が瞬殺されるだろうことだけはわかる。
「それはちょっと、マズイわよねぇ……」
この子はお嬢様が命を懸けて守った子なのだから、それはそれはきっと大切な子なんでしょう。
私はお嬢様が悲しむ顔なんて、見たくないのだ。
……え? お嬢様は死んだんだからそんなこと言ってる場合じゃないって?
あー、うん。運命が見える(笑)とか自負なさっているお嬢様があんなことで死ぬとか私は正直思ってないし大丈夫よ。
それになんかパチュリー様が遠目から冷静に状況を見てるっぽいから、多分何とかしてくれてるんじゃないかしら。
だから、私はお嬢様の心配はしていない。とりあえず今の私が考えるべきは、お嬢様が帰って来た時に最高の形で迎えられる状況をつくることだ。
なら、今の私がとれる最善手は……
「邪魔するわよ」
「……え? ってわあああああああああっ!? 咲夜さん!?」
第一弾。突撃!美鈴の部屋……とか言ってる場合ではない。
まず、時間を止めたまま美鈴の部屋の窓ガラスをぶち破って、美鈴を吸血鬼の子の前まで引っ張り出してくる。
美鈴はそこまで魔力とかの容量が大きい訳じゃないから、今の私でも美鈴を連れて10秒くらいなら割と余裕で時間を止めていられるのだ。
「美鈴お願い、何も聞かずにこの子を守ってあげて」
「うわっ、何ですかこの子ひどいケガじゃないですか!? っていうか咲夜さんも凄い汗ですよ、大丈…」
そして、私は美鈴から手を離して次の作業に移る。
美鈴の体感時間だと私と話してた次の瞬間に一人であの吸血鬼の子の前にいることになるだろうから、かなり混乱する大変な役目を押し付けてしまうことになった訳だ。
けど、こればっかりはしょうがない。美鈴はやる時はやるのだ、何だかんだ私が本当に困った時に今まで一番助けになってくれたのは美鈴なのだから。
とりあえず、頑張れ美鈴!
そして第二弾。
「うぇっ、咲夜さん!? 突然何を…」
「小悪魔はパチュリー様を手伝って、もし余裕があればパチュリー様と一緒に全力で美鈴のサポートよろしく」
地下深くまで空いていた大穴から飛び出ようとしていた小悪魔をパチュリー様のもとへとお届け、そして簡単な指示書を渡し要件を伝えて風と共に去りぬ。
流石に今の私にパチュリー様の魔力逆流に耐えきる余裕はないから、小悪魔がうまく説明してくれることを信じるしかないわ。
こうして、運び屋少女ミラクル咲夜ちゃんの本領が発揮される日が来たのだ。
……さてと。やるべきことはやった。
ここから先は、本当に私も命を懸けなきゃいけない。
なんだかわかんないけど、紅魔館周辺に謎の結界が張ってあることには気づいてる。
私の力で破れるものでもなさそうだから、もう外に助けを求めることもできないし、逃げることもできない。
ここにいるのは他には魔理沙とアリスさん、それとメイド妖精くらいか。
魔理沙やメイド妖精にこの状況を打破させるのは無理だろう。
アリスさんが何とかしてくれるってのがワンチャンあるけど、実際私はあの人のことはよくわからないし、そんな博打に懸けられる状態じゃない。
でも、私は心配はしていない。
外部に頼らなくても、私には信頼できる仲間がいるのだ。
美鈴がきっと、あの子を守ってくれる。
パチュリー様と小悪魔がきっと、お嬢様を助けてくれる。
そして、お嬢様が戻ってくればきっと全部なんとかしてくれる。
だったら、今の私がすべきことは一つだ。
「こっちよ、霊夢」
時間停止の解除とともに私と霊夢がいたそこは、どこまでも広がる荒野。
固有結界――とかカッコいい類のものではない。ただ私の『空間を操る能力』で中庭を際限なく広げただけの隔離空間、だけど一度入ればあの九尾ですら脱出困難な迷宮だ。
「……」
周囲を軽く見回した霊夢の視線は完全に別人のそれだった。
お嬢様と初めて会った時をはるかに凌ぐ恐怖、こんなレベルの力は私は生まれてこの方一度も味わったことがなかった。
これがあの霊夢だと言われても、今でも現実を受け入れられないのが私の本音だ。
暗闇を照らすように赤く吊り上がった眼と、どす黒く辺りを覆い尽くすオーラ。
さっきから膝がガクガク震えて立ってるのがやっとだ。
でも、やらなきゃいけない。
「――■■■■■■■」
霊夢の口から得体のしれない咆哮が発されて、わたしの耳をつんざく。
何か一つでも間違えれば、一瞬で私はこの世から消え失せることになるのだろう。
それでも私は一歩も引かない。
九尾の時みたいに霊夢だけをこの空間に閉じ込めておけばいいと思うかもしれないけど、それは絶対に嫌だ。
「まったく、何やってるのよ霊夢」
だって、私は欲張りなのだから。
前にも言ったと思うけど、私はこの先も一生楽しく生きていきたいのだ。
だから、私は何一つ失わせない。
私の大切な紅魔館という場所は、美鈴たちがきっと守ってくれる。
ならば私は――
「このバカ、さっさと目を覚ましなさい!」
大事な友人を、霊夢をこんな訳も分からないまま壊させないために。
そう思えば私は戦える。
この程度の恐怖なんて、失う恐怖に比べればなんてことはないんだから!