ダンまち ヘルメス√   作:御子柴

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第五話

 

その日は朝から、ファミリアの団長であるアスフィがギルドへと出掛けていた。

 

ファミリアには定期的にギルドへと活動などの報告が義務付けられており、

面倒な書類などがいくつも存在する。

 

それらを怠ればギルドに目を付けられ、逆に信頼を得られれば直接クエストなどを依頼されることもある。

 

因みにヘルメスファミリアはアスフィの日々の苦労の甲斐もあってか、比較的にギルドからの信用はあり、クエストを依頼されることも少なくない。

 

 

アスフィが報告をする際は、いつも人の出入りの少ない朝を狙う。

 

無駄を嫌う彼女らしい行動であり、その辺りの団長の性格もファミリアの印象を良くしているのだろう。

 

そうしていつものように報告を済ませ、ホームへ戻ろうとしたアスフィの耳に気になる会話が聞こえてきた。

 

「なぁ、さっきのロキファミリアからの情報って聞いたか?」

 

「あぁ、何でも取り逃がしたミノタウロスが低層まで来てるってやつか」

 

「まぁロキファミリアの連中がすぐに追いかけてるって話だし、問題ないだろうよ」

 

「それもそうだな」

 

そしてそのまま会話のネタは剣姫が美しいだの何だのという他愛もない方向へ流れて行った。

 

(ミノタウロスですか…今日のところはホームで勉強ですかね)

 

万が一出くわしたとしても、レベル4であるアスフィの敵ではないのだが、

クロノが邂逅するには大分早すぎるモンスターだ。

 

ダンジョンに潜る分には正直、十分すぎるほどの知識は教え込んでいるが、

それでもまだ実践経験という一番大事な要素が足りていない。

 

今日の講義が終われば、そろそろダンジョンに挑んでみても良いかもしれない。

 

そんなことを考えながらホームへと戻る彼女の足取りは、これまでになく軽やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りアスフィ」

 

ギルドから戻った彼女を迎えたのは他ならぬこのファミリアの神であるヘルメスだった。

 

サボり癖と放浪癖のあるヘルメスだが、意外にも朝はしっかり起きるなど規則正しかったりもする。

 

いつもこのくらい真面目ならば助かるのだが……まぁ、今更であろう。

 

珈琲を飲みながら机で書物を読み漁っているヘルメスを横目に、アスフィは溜め息を吐きながら愛弟子の姿を探した。

 

「ヘルメス様、クロノはまだ部屋でしょうか?」

 

普段、この時間であれば既に起きているだろうクロノの姿が見えないことに、アスフィは首を傾げた。

 

「あぁ、クロノならついさっきダンジョンに向かったよ。

この一か月の成果を試したいとか言ってたからさ、1階層までなら許可したんだ。やっぱり男は皆、冒険者なんだねぇ」

 

しみじみとした眼差しで語るヘルメスの言葉に、アスフィの脳は固まってしまう。

 

「えっ………?」

 

------ダンジョンに向かった?

 

確かにアスフィの知識を教え込んだクロノなら1階層どころか5階層まで、

ステイタスさえ適正まで育てばすぐに到達できるようになるだろう。

 

だが、あくまでそれは通常であればだ。

 

思い出される朝のギルドで聞いた会話。

 

アスフィは氷で体を貫かれた様な感覚に陥った。

 

「アスフィ?」

 

ふら付いて壁に手を付けた彼女の様子がおかしいことに気が付いたヘルメスが声を掛けてくるが、頭には入ってこない。

 

そして次の瞬間には、まるでそうすることが当然というように彼女の体は動いていた。

 

「--------飛翔靴《タラリア》」

 

それは彼女の最高魔法具の一つであり、ファミリア内ですら知る者は限られたものだった。

 

彼女がなぞった靴からはまるで天使を思わせる透き通った羽が精製された。

 

「-----ハデスヘッド」

 

その美しい姿も、次に発動させた魔法具により何も見えなくなる。

 

「あ、アスフィ!?一体どうしたっていうんだ」

 

ヘルメスがようやく彼女が普通ではないと気付いた時には時すでに遅し。

 

彼女はそのままホームの扉をぶち破り、ヘルメスの前から完全に消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

この一か月はクロノにとって夢のような時間であった。

 

目にするもの、教えられるものは全てが新しく、クロノの好奇心を高ぶらせるには十二分を超えて余りあった。

 

そして今、クロノは知識として教えられていたダンジョンに潜り、直接ダンジョンを体感していた。

 

しかし、感動に打ちひしがれる一方でクロノはアスフィに教え込まれた通り、冷静さを欠いてはいなかった。

 

常に最悪を想定し、思考を休めてはいけない。

 

ダンジョンは冒険者にとって天国であると同時に地獄である。

 

その慎重さと冷静さを忘れなければ、低層の探索程度クロノにとってはそう難しくはないはずだったのだが…。

 

(これはちょっと想定外だなぁ……)

 

低級のモンスター達を倒しながら順調に進んでいたクロノだったが、

曲がり角に差し掛かり様子を窺ってみると、そこにはミノタウロスに追い詰められた冒険者の姿があった。

 

本来、出現する階層が異なるモンスターがなぜここに、というのは今は関係ない。

 

問題はこのままクロノが見て見ぬ振りをすれば、モンスター越しの冒険者は死んでしまうだろうということだ。

 

ただ助けに入ったからと言って助けられるかというと、そんなことはないだろう。

 

クロノは今日ダンジョンに潜ったばかりの新米冒険者だ。

 

対してミノタウロスはクロノの上のランク、つまりレベル2に該当するモンスター。

 

そこには決して埋められない溝があり、その溝を埋める術をクロノは持ってはいなかった。

 

だというのに、なぜ自分は手ごろな石を持ち、振り被っているのか。

 

(あぁ、アスフィさんもだからあの時…)

 

気が付き、不謹慎ながらも苦笑する。

 

結局のところ、アスフィも自分も超が付くほどの御人好しだったということだ。

 

 

 

 

 

 

ミノタウロスの注意を引き付けることに成功したことで、分かったことがある。

 

追い詰められていた冒険者は、真っ白い癖っ毛にルビーのような瞳をしている兎のような少年だったということ。

 

もう一つ、クロノにとってミノタウロスへ挑むという冒険は、やはり早過ぎたということだった。

 

只管、回避に専念するクロノだったがそれも長くは続かず、足元に蹴躓き間一髪攻撃を回避したと思ったら、そのままボールのように蹴り飛ばされ、兎のような少年の真横に弾き飛ばされた。

 

「ゲフッ、がッぁ……」

 

口に溜まった血を吐き出し、目の前の敵を睨み付けた。

 

----痛い、苦しい、もう諦めて楽になってしまいたい。

 

そんな負の感情が思考を過ぎるが、クロノは歯を食いしばりそれをやり過ごした。

 

ここで死ぬことよりも、やっと見つけた居場所を無くす方がクロノにとっては遥かに堪えることであった。

 

前を向け、足掻き尽くせ、心臓の鼓動が止まるその瞬間まで、決して生を諦めるな。

 

大きく深呼吸をしながら、よろよろと立ち上がり剣先を真っ直ぐにミノタウロスへと差し向ける。

 

さて次はどう躱したものか、と向かってくる敵に身構えたところで不意にミノタウロスの動きが止まった。

 

否、止まったと思った次の瞬間にはミノタウロスの身体は文字通りズレ動き、血飛沫を撒き散らしながら絶命してしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

その背後から現れたのは、黄金色の髪を腰まで下ろした女性の冒険者だった。

 

先の冒険者を兎のように感じていた手前、この女性は狐のような風貌だと思ってしまった。

 

だが、良く見れば狐というには目元は柔らかな表情であり、目を離した途端に眠ってしまいそうな気さえする。

 

「あ、ありが-----」

 

お礼を言おうとしたクロノだったが、その間を一陣の風がすり抜けていったことで沈黙してしまう。

 

横を見ると先程まで居た兎のような少年の姿はなく、居るのはクロノと金髪の冒険者の二人だけだった。

 

そして改めて感謝の意を述べようとしたところで、再びそれを遮るものが現れた、というか飛び付かれた。

 

「あぁ、クロノっ、クロノ、無事ですかっ!?こんなに傷だらけになってしまって……!!!

私がどれだけ心配したか……やはりミノタウロスに遭遇していたのですねっ!?」

 

ペタペタとクロノの顔や身体を触りながらアスフィはクロノの体温を確認することで安堵していた。

 

息を切らしながら微笑むアスフィを見て、クロノは彼女がどれだけ心配をしてくれていたのかを思い知った。

 

「心配をかけてすみませんでした。僕は……」

 

大丈夫ですと、そう続けようとして言葉が震えた。

 

今になって、命をやり取りをしたことの緊張が解けてきたようだ。

 

手は震え、足の感覚は遠くなり、堪らなくなったところでクロノはアスフィに抱き締められた。

 

じんわりと伝わってくる温もりと甘い香りが、クロノの身体に沁み渡っていく。

 

「よく頑張りました……もう、大丈夫ですからね」

 

耳元で囁かれた言葉を最後に、クロノの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

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