「なぁ、アスフィ……」
「なんですかヘルメス様、今は忙しいので後にして貰えますか?あ、クロノ、次は反対側を向いて下さいね」
ヘルメスの方には見向きもせずに、アスフィは膝の上のクロノ頭を愛おしそうに撫でていた。
ごそごそと頭の向きを変えるクロノの頭の感触に、アスフィは擽ったそうに身を捩ったが、決して不快……というよりも寧ろ嬉しそうであった。
そうしてクロノの頭の位置が収まると、彼女は手に持っていた耳かき棒でクロノの耳掃除を再開した。
その光景はまるで恋人同士。
否、普通の恋人同士であればもう少し周囲に配慮をした振る舞いをしただろう。
幸せそうな表情でクロノの耳掃除をするアスフィを見て、ヘルメスは何度目か分からない溜息を吐いた。
クロノがミノタウロスと遭遇したその日、アスフィは自分がクロノに特別な想いを抱いていることをはっきりと自覚した。
ダンジョンへ向かう途中、クロノが居なくなるかもしれないと考えただけで胸が引き裂かれそうになり、挙げ句には涙さえ込み上げた。
とどのつまり、アスフィはクロノに恋をしたのだ。
生まれて初めて異性から真っ直ぐな想いを向けられ、自分自身でも気が付かない内に彼への気持ちが募っていったのだろう。
そして、自覚をした彼女はそれはもう誰にも止めることはできなかった。
「という訳で、クロノのステイタス更新をしようと思う」
耳掃除が終わり、次はマッサージに移行しようとしたアスフィを宥めるのは、クロノの協力がなければ不可能だっただろう。
少々、不満そうに控えるアスフィはなるべく見ないようにしてヘルメスはクロノに話しかけていた。
「歯が立たなかったとはいえ、一つ上のランクのミノタウロスを相手にして生き残ったんだ。
それなりにステイタスは上がってるんじゃないかと俺は思っている」
本来ステイタスの更新はある程度まとまった戦闘を行ってからするものだが、クロノはまだ更新をしたことがなかった為、物は試しということでやってみることにしたのだ。
「ヘルメス様、あまりクロノの身体を見てはいけませんよ。クロノの裸を見て良いのは本来、は…伴侶となる私だけなのですから」
照れるくらいなら言わなきゃいいのに、とは決して口に出さない。
分かった分かったと頷きながら、ヘルメスはクロノの背中に血を落とした。
そして、広がる波紋に映し出されたステイタスを見て口を噤んだ。
Lv.1
力:I57→H105 耐久:I77→G209 器用:H105→H170 敏捷:H130→G208 魔力:I0→I0
≪魔法≫
≪スキル≫
憧憬一心リアリス・メント
・早熟する。
・懸想が続く限り効果は持続。
・懸想の強さにより効果変動。
「どうなさいましたか、ヘルメス様」
アスフィが不思議そうに覗き込んで来る。
本来ステイタスの更新を神以外が見るのはご法度だが、クロノが了承している以上構わないだろう。
「この成長は-----」
続きアスフィも驚愕し、信じられないという表情でヘルメスを見た。
レアスキルを所持していた時点で既に想像以上だったが、この成長度はその遥かに上を行った。
というか、誰が想像できただろうか。
たった一度の戦闘で、他の冒険者よりも遥かにステイタスが成長するなどと。
一方、ステイタスを見た途端に黙り込んだ二人を、クロノは不安になって振り返った。
暫く固まっていた二人だったが、やがてヘルメスがじわじわと笑みを浮かべ、終いには笑顔でクロノに抱き着いた。
「凄いぞクロノ!!この成長速度は他の冒険者の二倍三倍どころじゃないぞ!!
このまま経験値を積んで行けばレベル2なんてあっという間に……」
そこでヘルメスははたと気づいた。
背後から隠されることもなく溢れ出る殺気。
いや、だが待て。
そもそもヘルメスは男だし、ちゃんと異性が好きだ。
これは男同士の友情というか、スキンシップのようなものである。
つまり、
「俺は悪くなッ------------」
それが、本日ヘルメスが発した最後の言葉となった。
後にクロノは語った。
非を認め、過ちを繰り返さないようにする事は、人が成長する為にとても大切な事なのだと。