モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 200-彼は自分こそが中心なのだとガラルで叫ぶ ①

 光の柱と見間違うような見事な煙柱が、力強く青空に抜けていた。

 それに近づいていけば、段々とカレーの匂いが立ち込めてくるだろう。長年一人キャンプを趣味としてきたその老人の手際と技術は、野生のポケモンたちですら羨むような香りを作り上げていた。

「へえ、うまいもんですねえ」

 鍋をかき回す老人の手を覗き込みながら、その男、カントージョウトリーグトレーナーのモモナリは感嘆の声を上げた。

「そうだろう」と、老人は素直にそれを受け取りながら答える。経験上、そのような世辞も数多く聞いてきたが、モモナリのそれは、あまりにも感情に素直な、打算など欠片もない、心の底からの本心からのものだった。

「今回のものは素晴らしい出来になるぞ、あの、なんだったかな、あれだよ」

「ポロック」

「そうそう、ポロック」

 老人が鍋をかき回す手を止めて続ける。

「あれは便利だのう、使われているきのみも珍しいものが多かったし、よくブレンドされとる。君の職業と関係あるのかね?」

 紆余曲折あって老人のキャンプに世話になったモモナリは、カレーにきのみが放り込まれていることに気づくと、カントーから持ち込んだポロックケースの中身を老人に手渡した。彼ははじめ小さな立方体のそれを不思議そうに眺めていたが、複数のきのみを凝縮したお菓子だと説明すると納得してそれをカレーに放り込んだのだ。

「いやいや、友達に詳しいのがいてね、たまに世話になるんですよ」

 皿に米を盛りながらモモナリが答える。きのみを使った事業を推し進める友人は、同じくきのみに造詣の深いモモナリを信頼し、よくサンプルを送っていた。

「それは良い事だな」

 今度はそれにカレーを盛り付けながら老人が返す。

「この歳まで一人と一匹だけでこの趣味を続けてきたが、友人というのは多いほうが良いのだと最近は思うよ。あの時、君が儂を助けてくれなかったら、今頃は儂が食われていただろうな」

 モモナリはそれに何も返さなかった。それを肯定するほど無粋ではなかったが、それを否定するほど世渡りのうまい性格でもなかった。

 老人とそのパートナーであるケンホロウでは、彼らに襲いかかるオノノクスを追い返すことはできなかっただろう。

 もし、そこにモモナリが現れなかったら、老人の言葉通りのことが起こっていただろう。

「どうして、あなたほどの人があんなミスをしたんです?」

 再び手渡されたカレーを持ったまま、モモナリは問うた。

 モモナリはその老人とは初対面だった。だが、彼の雰囲気や手際から、かなり手練の人間。間違っても自分の力量を見誤って不相応な土地に野宿を張るような性格には見えなかったのだ。

「鈍ったのだろう」

 老人はもう一枚の皿に米を盛りながら答える。

「警戒心や想像力がな、鈍ったんだ。きっと昔ほど生き永らえたいと思っていないのだろうな。だから全てが適当になる」

 はあ、と一つ息を吐いてから続ける。

「今日っきりで、この趣味は終わりにしよう。まあ、安全で管理されたキャンプ場で飯を作るくらいのことはするかもしれないが、このワイルドエリアで暮らすにはもう歳を取りすぎた。別にここで死ぬのも悪くはないが、まあ、家族も多少は悲しむだろうしな」

 老人はそう言って少しだけさみしげな表情を見せた。

「立派なもんですよ」

 モモナリは、持っていた皿を足元でそれを待つケンホロウの前に置きながら言った。

「あの時、こいつはあなたを置いて逃げることだってできたはずです。それでもあなたと最後まで戦おうとしてた、なかなかできることじゃないですよ」

 まだカレーに手を付けないケンホロウを見つめながら、モモナリは本心からそう思っていた。

 老人はハッとした表情でケンホロウを見つめ、少し照れくさそうに頬をかく。

「まいったね……この手のことであまり褒められたことがなくてね。まあ、カレーでも食おうや、儂の中で一区切りのカレーだ、君が誰かは知らんが、まあ、君と食うなら悪くないような気がするよ」

 

 

 

 

 

 

 モモナリは老人とケンホロウがカレーをかき込むスピードに圧倒されていた。

「うまい、うますぎる……」とか「これはリザードン級……」とかなんとかひとしきり称賛の声を上げ、四杯ほどそれを平らげた後に、老人はようやくモモナリに対して持っていた疑問を思い出す。

「そう言えば、あんた一体どうしてワイルドエリアに来たんだ? 見るにこの地方の人間ではないし、キャンプ道具を持っているわけでもない。それだけの腕だ、ただの無知な観光客ってわけでもないんだろう?」

 ちょうど二杯目に手を付けていたモモナリは、その手を止めて答える。

「いや実はね、ちょっと強いポケモンに力を借りようと思いましてね」

 ははあ、と、老人は頷いた。長い人生経験の中から、モモナリの境遇を想像する。その中で、彼の腰につけられた三つのモンスターボールが浮かんだ。

「なるほど、ガラルにはポケモンの持ち込み制限があるものね」

「はあ、そういうことです」

 ガラル地方はポケモンの生態系に関してかなり気を張っている。今現在の生態系を重視し、他地方からのポケモンを持ち込むことを制限しているのだ。それはモモナリも例外ではなく、彼の手持ちの多くはその規定に引っかかってしまっていた。

「あなたなら詳しいでしょう? とても」

「いかにも、儂ならその質問に答えることができるだろう。だが、あまり気乗りはしない」

 勘違いしないでほしい、と前置いてから続ける。

「儂は君の実力を疑っとらんし、君が悪いわけでもない。だが、だからこそ、君に危険な思いをしてほしくないのだ。助けてもらった身で言うのも何だが、ここは本来ならば危険な場所なんだよ」

「なるほどね、まあ、あなたの言いたいことはわかりますよ」

 二口程カレーを頬張ってから続ける。

「でもね、結局それは変わらんのですよ。あなたが良心から僕にそれを教えなくても、僕がそれで強いポケモンを探すことをやめるわけでもない。それに行き着くまでこのワイルドエリアを練り歩くか、その前に判断をとちってやられるかの二択。それが早くなるか、遅くなるかの違いだけ。僕の人生を思うのならば、教えてくれたほうがありがたいんですがね」

 老人は、モモナリの言葉を聞いて鼻を鳴らした。彼がそれを自分の手際を褒めるときのように純粋に、そしてまっすぐに言うものだから、半ば呆れ半ば憧れのような感情を覚えてしまったのだ。

「今日でこの趣味をやめると決断して正解だったよ。君のその考えについていけないと思ってしまったんだから。だが、このワイルドエリアを闊歩する権利があるのは、君のような考え方のトレーナーなのだろうね」

 そして、一つため息をついてから続ける。

「ここから北西に向かうと『げきりんの湖』と呼ばれる湖がある、その先に、儂らが『砂の王』と呼ぶポケモンがいる」

「へえ、そりゃまた随分な」

「奴は砂嵐とともに現れ、目の前にあるものすべてをなぎ倒す。相手が誰だろうがお構いなしだ」

 モモナリがそれに頷くのを確認してから続ける。

「悪いことは言わん、砂嵐が濃くなったら諦めたほうがいい。濃い砂嵐の中で奴から逃げ切れたトレーナーはいない。そんな奴がいれば、すぐさま儂らに話が来るだろうからな」

「なるほど」と、モモナリは頷く。

「じゃあ早速、これを頂いたら向かうとしますよ」

「ああ、止めても聞かんのだろう?」

「まあ、無理ですね」

「そうか……君の無事を願うよ」

 どうも、とそれに相槌を打つモモナリに、老人はふと思うところがあって問うた。

「ところで、新しい戦力がほしいのならば、どうしてさっきのオノノクスをゲットしなかったんだい? あれだって、ここらへんでは名前のあるポケモンだよ」

 モモナリは、一瞬だけスプーンを動かす手を止めてから答える。

「ドラゴンの世話ってのは、思ってるより大変なんですよ」

 その答えを皮切りにカレーをかきこみ始めたモモナリに、老人はそれ以上質問をしなかった。

 その老人が孫と共に眺めていた薄型テレビの向こう側で名も知らぬ彼の無事を確認し「こいつとカレー食ったぞ」と驚きながら一つつぶやくことで孫から少しばかりの尊敬の目で見られるようになるのは、それから数日ほど経ってからだった。

 

 

 

 

 ワイルドエリア北西『げきりんの湖』

 名称のもとにもなった湖を越えると、そこにはワイルドエリア本土とは隔離された土地が広がっているらしい。

「なるほどね」

 砂を踏みながらキョロキョロと周りに目を向け、モモナリは独りごちた。

 彼を歓迎するように吹き荒れるあまりにも濃い砂嵐は、モモナリに『げきりんの湖』の全貌どころか、数メートル先の光景だってもったいぶる。だから、その土地が本当に広大であるかどうかは、地図で確認した知識でしか無い。

 素人ならばたちまちのうちに元の位置に戻ってきてしまうような環境であるのに、彼はそこがまるで自分の家であるかのようにズカズカと乱暴に、それでいて正確に歩を進めていた。

 それを気に入らぬと憤る『砂の王』が一匹。

「おっと」

 モンスターボールから彼の手持ちであるカバルドンが飛び出すのと、彼がモモナリに向けられた『ドリルライナー』から彼を『まもる』のはほとんど同時だった。

 カバルドンの背後に回りながら、モモナリは仕掛けてきたポケモンを確認する。

 砂嵐の向こう側に消えるようにカバルドンから離れたのは、ちていポケモンのドリュウズ、ワイルドエリアの熟練者たちから『砂の王』と呼ばれる彼は、縄張りに足を踏み入れるものを許さない。

「いいポケモンだ」

 砂嵐の中に響き渡るカバルドンの雄叫びを聞きながら、モモナリは『砂の王』の実力を測っていた。おとなしく心優しいカバルドンは、自分よりも弱いものをいたぶることを嫌う、その彼がここまで気を高ぶらせているということは、その『ドリルライナー』の威力を、彼がある意味で認めたということ。

 冷静に王の実力を測ったモモナリに対して、『砂の王』ドリュウズは焦っていた。

 見切られた。

 受け止められた。

 立ち向かわれた。

 そのおおよそ全てが初めての経験だったのだ。

 ポケモンを連れた人間がいることは知っていたし、人間を連れたポケモンがいることも知っていた。だがそのどちらも、この濃い砂嵐の中では連携を失い、それぞれの弱さをさらけ出すはずだった。

 だがこの人間たちはどうだ。鈍感であるはずの人間よりも素早くポケモンが反応し、無力であるはずのポケモンは人間から得たであろう技術を使った。それでこの結果だ。

 彼はその優れた野生の感覚から、自分がすでに見下されている側にいることを確信していた。

 そして、それを受け入れて逃げようと思えば恐らくそうすることができることを理解してもいた。自分の攻撃を弾いた人間とポケモンは、おそらく自分を確認しているにも関わらず追い打ちをしてこない。そのまま気を張りながら逃げれば、何事もなかったことにできる。

 だが彼は逃げられない。ここら一帯を仕切るボスとしてのプライドや、未だに何者にも負けたことがないという実績が、彼をその場から敗走させないのだ。

 彼を王たらしめるプライドが、彼の足を引っ張る足かせとなっていたのだ。

「逃げたいならば、逃げればいい」

 ドリュウズの優れた聴覚は、不意に人間が発したその声を概念として理解することはできずとも、その大体の意味を捉えた。そして、それに激しい屈辱と憤りを感じた。

 彼は身構えた、先程の一連の流れが偶然であることを願いながら、もう一度『ドリルライナー』で攻撃する。

 その攻撃は、それを待ち受けるカバルドンに直撃した。だが、それで外敵は膝をつかない。

 そして、ドリュウズに向かって大口が開かれる。

 『かみくだく』や『ほのおのキバ』のような攻撃をドリュウズは覚悟したが、それらの思惑は外れる。

「『あくび』」

 大口から放たれたのは、眠気を誘う大あくびだった。

「少しの間だけでいい、力を貸してくれないか?」

 バックステップでカバルドンから距離を取るドリュウズに、モモナリはモンスターボールをちらつかせながら言った。

 当然ドリュウズはそれを理解できぬ、だがそのおおよその意味はわかる。

 そのカバルドンのように、人間が作る共同体に入れということ。

 ドリュウズは到底そんな事受け入れられるはずがないと思っていた。だが、少しずつ自分に襲いかかってくる眠気は、その硬い野生の決意を少しずつ削ぐ。

 人間のもとにいれば、もっと強くなれるのか?

 知識や技や技術を学べるのか?

 そのカバルドンのように、強さを得ることができるのか?

 膝をつくように体勢を低くしながら、ドリュウズは考える。

 それもいいのかもしれない。

 否、それがいいとか悪いとかではなく、そもそも自分が負けるのならば、自分に選択肢など無い。

 そう、負ければ。

 負ければ。

 その人間たちが、自分に勝つことができれば、の話だ。

 低い体勢から、ドリュウズはカバルドンに飛びかかった。

 いつか自分より格上の存在が現れたら使おうと思っていた逆襲の大技『つのドリル』。どんな相手でも一撃でのすことができるその技を、格上の人間たちに向かって放った。

 自信の一撃だ。不意を打つような、卑怯で、無粋で、それでも勝ちたいと、生き残りたいと強く願う強欲な技だ。

 だが。

「来たぞ」

 モモナリのその一声で、カバルドンは体を少しだけ動かしてそれをかわした。彼らは『砂の王』ドリュウズの卑怯で無粋で強欲なその技を予測し備えていた。

 そして、スキを晒したドリュウズに、カバルドンの追い打ちがある。

「『かみくだく』」

 鋼のような爪とツノを巻き込みながら、カバルドンの牙がドリュウズを襲う。

 やられた、と、ドリュウズは敗北を認めた。

 『じしん』でも『ほのおのキバ』でもない、自分を捕らえるために手加減された技だ。

 眠気によって薄れゆく意識に負けながら、彼は思った。

 もっと強くなりたい。




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