モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 200-彼は自分こそが中心なのだとガラルで叫ぶ ②

 シュートシティ、シュートスタジアム。

 目の肥えた観客たちの視線は、最後まで勝ち残った一人のトレーナーに向けられていた。

『優勝者はカントー・ジョウトリーグトレーナー、モモナリ選手です!』

 そのアナウンスが終わるよりも先にドリュウズをボールに戻したモモナリは、自身に向けられている歓声に一切の興味を示さないまま、手短に対戦相手との挨拶を済ませ、控室につながるゲートへと向かっていった。

『手持ち四匹という体制に不安を見せましたが、ガラルの実力者が集うこのトーナメントを余裕の突破。彼のことを知らないガラルリーグファンの皆様も、彼がガラルリーグチャンピオン、ダンデのエキシビションマッチの相手として一切の不足がないことがおわかりになったでしょう!』

 ゲートにたどり着いたモモナリは、その先を聞かぬまま、そこを後にする。その後に続くのは、自分の輝かしい経歴の紹介だろう。

 

 

 控室のベンチに腰掛けながら、モモナリはガラル紙幣の束を不器用に数えていた。今日行われたミニトーナメントの賞金を、彼は現金で求めていた。

 金銭的に潔癖な信念を持っている人間が見れば顔をしかめる光景だろうが、モモナリは今更それを気にしない。

 そもそも彼はそれを見せつけたいからそれをしているわけではない。彼という人間そのものが極端な現金主義、現地の生活費は現地で稼げばいいという極端な考え方をしているのである。

「んで、結局これはどのくらいになるんだ?」

 紙幣を数え終わっても、モモナリは首をひねっていた。その紙幣が何枚あるかは分かっても、それが一体どのくらいの価値なのかはわからない。

 そこで、彼は助っ人を呼ぶことにした。

「ヘイ、ロトムフォン!」

 似合わぬ横文字を叫べば、彼の胸ポケットから薄型携帯電話が飛び出してぐるぐるとモモナリの周りを浮遊する。

 そして高らかに返事をした。

『それはカントーでいうと大体このくらいロト~!』

 画面に現れた見慣れた単位の金額を確認し、モモナリは「へー」と二つの意味で感心し、とりあえずその一つ目を消費する。

「これならこっちにいる間はなんとかなりそうだね」

 目下の懸念材料が払拭されたのか、モモナリは鼻歌交じりに次の感心を消費する。

「しかし君は便利だね、そんなことまでわかるなんて」

 ロトムが入ったスマートフォン、通称ロトムスマホは、モモナリの言葉にふわふわと彼の周りを回りながら答える。

『当然ロト~。オイラは観光客用に特別な教育を受けたロトムロト~。現地情報の更新は当然のこと、観光客が陥りがちなガラルの文化もフォローできるロト』

 彼はモモナリの知り合いが半ば強制的にモモナリに持たせたものであった。モモナリははじめそれを渋ってはいたが、いざ実際に使って見るとその便利さに感心するばかりだ。

 特にすごいのは。

『オイラが他のロトムと違うところは同時通訳機能ロトね~、特殊なシステムを利用してまるで実際に会話をしているかのような同時通訳が可能ロトよ~。その分レンタル料はバッチリいただくロトが、今の所顧客満足度は限りなく十割に近い九割九分ロトよ~』

 モモナリはウンウンとそれに頷いた。

「いやホント、これで言語の問題は解決だよね。科学の力ってのはすごいよね」

 モモナリがもう二つ三つほど言葉を続けようとしたところで「モモナリ選手」と、キャップとサングラスが特徴的なリーグスタッフが彼に声をかける。

「チャンピオンと委員長が会いたいと」

「ああ、どうぞどうぞ」

 モモナリは二つ返事でそれを了承して立ち上がる。流石に座ったまま彼ら大物を迎えるほどの常識知らずではない。

「モモナリ選手」

 まず控室に入ってきたのはガラルリーグ委員長のローズだった。その後にチャンピオンのダンデと、ローズの秘書であろう女性が続く。

 ローズはほほ笑みを浮かべながら右手を差し出す。

「見事な戦いでしたね。あなたをダンデのエキシビションの相手として設定した判断は間違っていませんでした」

 モモナリはそれに微笑みながら握手をしようとしたが、そのときになってようやくその手には紙幣が握られたままだということに気づいた。その状態で彼らを迎える程度には常識知らずだったのだ。

「ああ、失礼失礼」

 慌ててそれをそのままポケットに突っ込み握手するモモナリに、ローズは苦笑する。

「噂通りですね」

 そして彼は胸ポケットからカーボン製のクリップを取り出した。

「よろしければ差し上げますよ。マネークリップです」

「ああ、いやいや大丈夫。そんな大層なもの使うような立場ではないですよ」

 そうですか、とローズは少し残念そうにそれをポケットに戻す。秘書の女性がとんでもない目線でモモナリを睨んでいるような気がしたが、彼はそれを気にしない。

「紹介しましょう。我らがチャンピオンのダンデです」

 よろしく、とモモナリはダンデに右手を差し出す。スポンサーのロゴが入りまくったマントにキャップ。ポケモントレーナーの少年の憧れを詰め込んだようなファッションだなと彼は思った。

 お会いできて光栄です、と前置きしてからダンデが続ける。

「今日の戦いは素晴らしかったです。使うポケモンが制限されているのにあれだけの戦略を組み立てることができるなんて」

「まあ、僕が優勝しなきゃしょうがないトーナメントですしね。そうしないと、エキシビションに箔が付かんでしょう」

 モモナリはガラルリーグチャンピオンのダンデとのエキシビションマッチに招待されていた。

 ガラルで最も大きな盛り上がりを見せるシリーズであるファイナルトーナメントの二日前、防衛戦を控えたチャンピオンの仕上がりをファンに見せるためのエキシビション。同格との対戦で盛り上げる必要はないが、かと言ってチャンピオンの実力を引き出せないような弱い相手をあてがうわけにも行かない微妙な試合。

 つまり今日のミニトーナメントは、ダンデとエキシビションを行う他地方のトレーナーに箔をつけるためのある程度ゆるいあたりのトーナメントだった、モモナリ以外すべての参加者が八つ持ちではあるものの、とてもではないがトップリーグの実力ではない、間違ってもモモナリに勝利することはできないであろう選出。

「伝統あるカントーのトレーナーと戦えることをオレも楽しみにしています。ガラルのエキシビションに他地方のトレーナーが参加するのは珍しいんです」

 そりゃそうだろうな、と、モモナリは思った。時間どころか使用できるポケモンすら拘束されるこの地方に簡単に来れるトレーナーはそうそういないだろう。最も、モモナリはそれを知っていながら二つ返事で了承したわけではあるが。

「まあ、まあ、ルールが特殊ですからね」

 一拍置いてから続ける。

「すごい盛り上がりでしたね。よくわかりませんが、なにか大きなイベントを控えているんでしょう?」

「ええ、新人トレーナーが各ジムをめぐるジムチャレンジの途中なんですよ。最後にはバッジを八つ集めた新人とジムリーダーがトーナメントで戦い、勝ち残ったトレーナーがオレとチャンピオンを賭けて戦うんです」

 へえ、と、一つ相槌を打ってからモモナリが微笑む。

「その新人たちってのは、さぞかし強いんでしょうねえ」

 含むような言い方に、ダンデは笑顔で返す。

「いくらモモナリ選手といえど、ジムチャレンジ中のトレーナーに対戦を求めるのは遠慮していただきたいですね」

「ふーん。例えばそれをやっちゃったらどうなるの?」

 身長にまさるダンデの眼をじろりと見上げながらモモナリが問う。

 だが、ダンデは涼しい顔でそれに答えた。

「その時は、オレとのエキシビションを中止にします。あなたとは戦いません」

 それは、モモナリの予想と違った答えだったし、モモナリという人間を封じ込めるのに十分な答えだった。

 ハハハ、と笑ってモモナリが返す。

「じゃあ、やめとこう」

 

 

 

「モモナリ選手、これをあなたに渡しておこうと思う」

 ダンデがその日のエキシビションのために控室から消えた後、ローズはモモナリに特徴的な腕輪を差し出した。

「なんですこれ?」

「ダイマックスバンドですよ。ポケモンのダイマックスを可能にするものです」

「はあ、あれですか」

 ダイマックスとは、特定の場所で起こるポケモンの巨大化現象である。細々とした仕組みはともかくとして、ローズはこのシステムをエネルギー事業とポケモンバトルに応用することに成功し、ガラル地方は一躍エネルギー都市とダイマックスを目玉とした人気リーグとして名を馳せたのだ。

「流石にガラルの外に持ち出すことはできませんが、ガラルにいるうちは自由にお使いください。できれば、エキシビションでそれを使ってほしいものですね。カントーのリーグトレーナーがダイマックスをする姿は、とても映えると思いますよ」

 ふうん、と、モモナリはそれを眺めた。随分と洗練されたデザインで、ファッションを大きく崩すものではなさそうだ。最も、彼はそれを気にする方ではないが。

「考えておきますよ」と、モモナリはそれをポケットに収める。クシャリとなにかを潰したような気もするが、彼はそれを気にしない。

 そんな様子を微笑んで見ながら、ローズは次なる提案をする。

「モモナリ選手、我々はいずれ世界中にダイマックスを広めたいと考えています。そのために、まずは伝統あるカントー・ジョウトリーグがそれに応えていただければと思っていますが、どうでしょう、あなたからも協会理事に一言勧めていただけると嬉しいのですが」

 そこから一拍置いて更に続ける。

「協力していただけるのならば、あなたのトレーナーとしての活動を我らがマクロコスモスグループでスポンサードさせていただくことも考えています」

 それは魅力的な提案だった。

 巨大企業であり国際的な力も持つマクロコスモスがスポンサーとなれば、一気に活動の幅が広がる。普通のリーグトレーナーならば飛びついてもおかしくない話だ。

 だが、モモナリはそれに首をひねって答えた。

「そんな事僕に言ってどうするんです?」

「あなたなら話がわかると思っての提案なのです。生まれ故郷であるカントーの未来を明るくすることに興味がないわけではないでしょう?」

 モモナリはそれに笑いながら首を振った。

「いやあ、それは僕には力不足ですね。未来のことなんて考えたこともない、今を生きるのに精一杯ですよ僕は」

「ローズ委員長、そろそろお時間です」

 秘書らしき女性がローズに耳打ちした。その途中でキッとモモナリを少し睨んだような気もするが、彼はそれを気にもとめない。

 ローズはそれに手で合図しながら言う。

「残念ですが仕方ありませんね、ですがその考えを否定はしませんよ。今を生きるのに精一杯な人もいるでしょうし、それは罪ではない」

 ですがね、と、ローズは一歩モモナリに詰め寄った。

「そういう人たちの為に、我々のような人間が未来を憂いる義務があるのだと思いませんか?」

 モモナリはあくまでも笑顔を崩さずに答える。

「さあ、頭いい人が考えることはよくわかりませんよ」

 

 

 

 

 

 

 くるくると指先でダイマックスバンドを弄びながら、モモナリはシュートシティを闊歩していた。

『この後はどうするロトか?』

 彼の周りを『浮遊』するロトムフォンがそう語りかける。ちなみにこれは雑談ではなく、内蔵されたスケジュールアプリに何の予定も記載されていないことから生じる確認だった。

「どうするってもねえ、とりあえず流石に四体じゃあ不安だから、もう一回ワイルドエリアに行くかなあ。お楽しみにはその後だよ」

 その時、不意にダイマックスバンドが指先から離れて地面に落ちた、くるくると弄んでいたので当然といえば当然なのだが。

「どうするかなあ」

 そう呟きながらモモナリが腰をかがめようとした時、何者かがダイマックスバンドをパッと拾い上げた。

 バンドを拾い上げたそれは、モモナリと目線を合わせるとけたたましい鳴き声を上げながら舌を出した。どぎついピンクと紫の配色のそのポケモンは、笑い声を上げながら逃げ出す。

『ベロバーロト!!!』と、ロトムフォンが金切り声を上げる。

『泥棒ロト! 泥棒ロト!』とそう続けるよりも先に、モモナリはボールからピクシーを繰り出して駆け出す。

「どういうポケモン?」

 慌ててついてくるロトムにそう問う。

『いたずら好きのいじわるポケモンロト! 普通この町にはいないはずなのにおかしいロト!』

「『リフレクター』!」

 ピクシーが逃げるベロバーの前に壁を作り出したが、彼は小さなステップで器用にそれを右にかわす。

「街の地図を」

『はいロト!』

「『リフレクター』!」

 地図と今自分がいる位置を見比べながら、モモナリはピクシーに指示を出す。

『そんなに大事なら遊ばなきゃよかったロトに』

 これは業務に全く関係のない雑談であり皮肉だ。ロトムだって心の底から呆れればそのくらいのことはする。

「別にあれはくれてやってもいいんだけどね」と、ベロバーを追いかけながらモモナリが答える。

「せっかく楽しませてくれるんだ、全力で相手するのがマナーってものだろう?」

 

 

 

 またも現れた『リフレクター』をかわしながら、ベロバーは困惑していた。

 人間のマイナスの感情が自分のおやつだ、だからこそ自分は人々にいたずらをして怒らせるし悲しませる。

 今回もいいものを落とした人間がいたからそれを利用しただけだったのだ、よく人間の腕に嵌っているそれは人間にとってはたいそう大事なもののようで、それに手を出すととても怒るしとても悲しむ。

 だからやってやったのに、あの人間は。

 自分と目を合わせて嬉しげに笑ったのだ!

 再び現れた『リフレクター』をかわして路地を曲がる、どんどんと細くなっていく路地は自分に有利なはずだった。

 あの人間は何者なんだ、わけがわからない。

 再び『リフレクター』が現れ、今度は建物と建物の隙間に逃げ込む。小さな体の自分にしか潜り込めないだろうそこは逃げるにはうってつけだ。

 後ろを振り向かないままその隙間の先を行く、その光が差し込むそこに出ることができればきっと逃げ切ることができる。

 バンドを胸に抱えてながら、ベロバーはその光の先に出た。

 そこに待ち構えていたのは。

「はい、お疲れ様」

 自分を追いかけていたはずの人間とピクシーだった。

 ベロバーは知らない、その人間がカントージョウトリーグトレーナーモモナリとそのパートナーであり、彼らが自分を『リフレクター』によってコントロールしていたことを。

「『リフレクター』」

 元来た隙間に逃げ込もうとベロバーが考えるよりも先に、モモナリはそこを壁で塞いだ。

 右にも左にも逃げ切れない、この人間とピクシーには隙がない。

 その後起こるかもしれないことに絶望していたベロバーを一旦救ったのは、第三者の声だった。

「こらー! 何やっとるか!」

 年齢の割に甲高いその声の持ち主は、ガラルの警官だった。強烈にギラついた眼が特徴的だが、基本的には職務に忠実ないい人間が多い。

「こんな街中で派手にポケモンバトルをするな!」

 目は強烈にギラついているが、警官の言葉は非常にもっともなものだった。

 モモナリはそれに顔を向けるが、しかしそれでもベロバーはそこから逃げられない。ピクシーの圧が強すぎる。

「ああ、すみません。バトルのつもりじゃなかったんです。ほら、これを『どろぼう』されてね。借り物なんですよ、これ」

 モモナリはひょいとベロバーからダイマックスバンドを取り返した。ベロバーも今更それに執着はしない、結局最後の最後までモモナリはマイナスの感情を出さなかったのだから。

「む、なるほど、それは災難でしたな。しかしあまり派手なことはしないでいただきたい」

「どうもすみません。やっちゃいけないと分かってはいたんですがね」

 分かっていることと実際にやるかどうかはまた違う問題だがな、と、ピクシーは鼻を鳴らす。

 モモナリのとぼけた様子に引っかかったのだろう、警官は渋い顔をしながら言う。

「まあ事情が事情ですし今回は見逃しますが、次は無いですよ」

「はあ、次は気をつけます」

 警官はいつまでもとぼけた様子のよそ者にため息を付いた。そして未だにピクシーに怯えるベロバーを指差す。

「こいつは私どもが責任を持ってワイルドエリアに連れ帰ります。おかしいな、本来ならこの町にはいないはずなんですが」

 自分に向かって伸びる手に、ベロバーは恐怖を感じていた。元々野生での生活に馴染んでいる方ではなかった、その生活から逃げ出してここまでやってきたというのに、またあの生活に戻されるのかと考えるとゾッとする。

 なんとか抵抗して警官とピクシーから逃げ去ろうかと考えていたその時だった。

「ちょっと」と、モモナリがその手を止める。

「そいつ、僕のポケモンなんですよ」

 その言葉に、警官とベロバーは驚きの表情を見せる。

 警官が投げかけるであろう様々な疑問が登場するよりも先に、モモナリが続ける。

「ガラルにいる間現地のポケモンを連れておこうと思っていたんですがね、まだまだ不慣れで逃げ出してしまったんですよ」

「どうしてボールに入れておかないんです?」

 当然の疑問だ。

 だがモモナリにはその出身から最高の切り返しがある。

「ボールに入ることを嫌がるんですよ。まあ、カントーの殿堂入りトレーナーの手持ちにもそんなポケモンがいましたし、無理強いは良くない」

「はあ」と、警官は首をひねった。もちろんその理屈すべてを肯定できるわけではないが、そのすべてを否定できるわけもない。

 となれば、その意見を信用する他なく。

「それなら、今後は気をつけてくださいね。ポケモンの管理はトレーナーの基本でしょうに」

「ええ、おっしゃるとおりで。じゃあ、行こうか」

 モモナリはピクシーをボールに戻してからベロバーに背を向けながら言った。

 モモナリの意図をベロバーは理解できない。だが、警官の目がある以上、今はこの人間についていくのがベストだろう。スキを見てから逃げ出せばいい。

 ベロバーは少し遠くなったモモナリの背を追った。

 

 

 

 シュートシティ、ホテルロンドロゼ。の隣りにある安価なビジネスホテルの一室。

「まったく、大した『いたずらごころ』だよ」

 ベロバーの顔と足を湿ったタオルで拭いたモモナリは、彼をぬいぐるみのようにシングルベッドに座らせて言った。

「大方、野生には戻りたくないってとこだろう」

 彼の心理を読みながら、モモナリはリュックサックに手を伸ばす。

「恩を売ったんだ、ガラルにいる間は力を貸してもらうよ、君だってそのほうが好都合だろう?」

 ベロバーはモモナリをじっと見つめた。リュックを探る人間のなんと無防備なことか、おあつらえ向きにベッドの上にはダイマックスバンドが放り投げてある。戦利品を得ながら逃げることだってできるだろうが、どうせそれが成功するはずもなく、逃げたところでいつもどおりの生活に戻るだけ。

 だったら、この人間のもとにいるのも悪くはないのではないかと、彼の悪知恵は思っていた。少なくとも一人でいるよりも安全だ。

「さて……どれなら覚えられるかな」

 モモナリがリュックから取り出したのは。細長いケースだった。

 彼がそれを開くと、その中身を確認したロトムがけたたましく感嘆した。

『す、すごいロト! わざマシンのコレクションロト!』

 そのケースには、円盤状のわざマシンがぎっしりと詰まっている。世代や地方を問わず彼が集めたそれらは、割とすごい。

『『じしん』『10万ボルト』『サイコキネシス』! 全部ガラルでは売ってないロト! お宝ロト~』

「僕はリーグトレーナーだよ? このくらいは基本。一番の自慢はこのわざマシン『しねしねこうせん』だね。今ではなかなか珍しい」

 いかにも安っぽいそれを取り出してモモナリがニコニコ笑う。グレンタウン復興チャリティのために作られたジョークグッズだが、あまりにも不謹慎なために数量限定だったレア物だ。当然ダミーで何の技も入っていない。

「さて、ベロバーくん」

 それを覗き込むベロバーにモモナリが声をかける。

 ベロバーはモモナリと目を合わせ、彼のキラキラとした一切の悪意のないそれを眺める。

「君に、戦略を教えよう」




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