モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 200-彼は自分こそが中心なのだとガラルで叫ぶ ⑩

 穏やかな夜だった。

 それぞれの街に続くゲートが照らす照明が、月明かりと協力して障害物のないワイルドエリアの大地をどこまでも照らしている。

 ワイルドエリア、キバ湖の瞳。湖の真ん中にぽつんと浮かぶその島は、理由はわからないが強力なポケモンが住処としていた。

 なぜ彼らが他よりも強力でいられるか。

 それはもちろん複数の要因が絡んでいるだろう。

 彼らは他の同族に比べて打たれ強いかもしれないし、力が強いかもしれないし、素早いかもしれないし、よりタフであるかもしれない。

 だが何よりも重要なのは、彼らが自らの強さというものを客観的に見ることが出来ているということだ。だから彼らは自分よりもはるかに強い生物には立ち向かわないし、できるだけそれから離れようとする。

 その日その時、そのポケモンたちはその島から姿を消していた。

 島にいる二つの群れは、彼らを恐れさせるのに十分だったのだ。

「道を歩いてみるものだね」

 片方の群れの主、モモナリがそう言った。足元のベロバーはじっと向こうの群れを睨みつける。あれだけ逃げ出したかったワイルドエリアの、その最も危険な場所においても、彼が恐怖に支配されることはない。

「もう少し早く気づくべきだったのかもしれない」と、彼は続ける。

「道を歩けば、向こう側から『僕と同じような生き物』が歩いてくるんだとね」

 ニッコリと笑う。

 それは、向こう側の群れの主も同じ。

「そんな回りくどいことを言わなくても、あなたを疑ったりはしませんよ。俺を待ち伏せしたり、おびき寄せることができてる人間がいるなら、ガラルリーグが放っておかないでしょう」

 群れの主、ダンデは続ける。

「俺はひどい方向音痴なんです」

「真逆だね、僕は方向には強いよ」

 アハハ、としばらく二人は笑った。

 その後、お互いは牽制するように黙っていたが、やがてダンデのほうが口を開く。

「あなたを、ガラルに呼んで良かったと思っています」

 ん、と相づちを打ったモモナリに続ける。

「我々は、あなたの評判を知っていました、過去にしでかしたことも。あなたがどういう考え方なのかも、大体ね」

「そりゃあ、勇気があるね」

 自嘲気味に彼は笑って続ける。

「一体どうして」

「俺はガラルに新しい概念を吹き込みたかったんです。ガラルがこの先も強豪地方として生き残るには、ガラルのトレーナー達のレベルを底上げするには、俺一人では足りなかった」

 夜風を感じながら続ける。

「目線を変えたかった。もっともっと貪欲に強さを求めることを、自分こそが世界の中心だと思うことを、恥だと思ってほしくなかった。だから、あなたを呼びました。そうすればあなたは、自分こそが世界の中心だと、このガラルでも叫ぶでしょうから」

 モモナリは、怒るでも感動するでもなく、沈黙をもってその次を催促した。

「あなたのような存在が、ポケモンリーグの先に存在するものなのか、それともポケモンリーグというものの根本に存在するものなのかはわかりませんが、それでもあなたを呼んだ意味はあったと思っています。あんなに怒り狂ったキバナを見たのは久しぶりだった」

 笑うダンデに、モモナリは同じく笑いを合わせながら首をひねった。

「まあ、よくわからないけど、役に立てたなら良かったよ」

 気を許していた。

 普通ならば不満に思ってもおかしくない。だが、モモナリもそれで楽しんだ。だからチャラ。そういう男。

 そうだ、と、ダンデは提案する。

「もう一つ、聞きたいことがあります」

 モモナリもそれを快く許す。

「どうして、ダイマックスをしなかったのですか?」

 それは、あの試合を見た誰もが疑問に思っていたことだった、その当事者であるダンデも例外ではない。

 予想を立てることはいくらでも出来た。

 例えばリーグ戦に向けて妙な『クセ』をつけたくなかったとか、カントージョウトリーグの威権をかけていたからだとか、実は彼はエネルギー問題に関心を持つ活動家だからだとか、単純に使いこなせなかったからだとか、そんなふうに噂を建てることは誰にでも出来たし、もっともらしい理由で自身を納得させることも出来た。

 だが、ダンデはそう思っていなかった。彼はモモナリの対面に立った存在として、自分はその真実を知る権利があるだろうと思っていた。そして、モモナリならばそれに答えるだろうと思っていた。

 だが、彼の返答はダンデの予想だにしていないものだった。

「君はどうしてダイマックスをしなかったんだい?」

 質問に質問で返す。あまり親切とは言えない行動だった。モモナリはダンデの質問の答えを持っているだろう、だが、ダンデはその質問にとっさには答えられない。そもそも彼はあの試合において、ダイマックスをしたではないか。

 質問の意味がわからないダンデにモモナリが続ける。

「ガラルリーグの試合は、何試合か見た。その中で僕が興味深いと思ったのは、巨大化したポケモンには通用しない行動があることだ。例えば『ねこだまし』であったり『アンコール』『けたぐり』『くさむすび』『みちづれ』」

 それを聞いて、ダンデはモモナリの言いたいことを理解し、苦い顔をする。

 風が吹いた。彼らの足元の砂をそれが巻き上げたが、それはまだ砂嵐にはならない。

「そうとも」と、モモナリが続ける。

「いくらドリュウズの攻撃力が優れ、弱点をつけるとは言え、ドサイドンを一撃で落とすなんて芸当は難しい、それが出来ないからそのポケモンは君のパーティに入っているのだろう? 君のラストを引きずり出そうと思えば、あの時僕達は『いちげきひっさつ』を繰り出すしか無かった。そしてそれは成功し、僕達は圧倒的に有利な状況に君達を招待した」

 だが、と彼が言ったところでダンデが返す。

「ダイマックスしたポケモンに『いちげきひっさつ』は全然効かない」

 彼は目を見開きながらも、少し気まずそうにモモナリから目をそらしていた。

「そうだね、当然ダイマックスしたドサイドンをドリュウズは一撃で落としきらないだろう。そして返しに『ダイアース』を打てば、まあ、あまり考えたくはないけど僕達は徹底的に負けていた。だから僕は、君達がドサイドンをダイマックスした瞬間にそれに合わせてダイマックス、先手を打って『ダイアース』を打とうとした。だが、君はダイマックスしなかった。僕は思ったよ」

 モモナリがその先を続けるより先に、ダンデが「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 彼はそれを謝るべき不敬だと感じていた。

 モモナリが語ったことは事実だ。あそこでドサイドンをダイマックスさせておけば、彼はドリュウズにやられなかっただろう。何より彼は、それを知っていた。

 それに気づいたモモナリが怒りを覚えるのも無理はなかった。故に謝罪した、認めるべき否しか無かった。

 だが、モモナリは「違う違う」と慌てふためいて両手を振る。

「勘違いしているよ、僕は怒っちゃいない」

 え、と、ダンデは戸惑いを声にした。

 モモナリは続ける。

 それはやはりダンデの予想を越えた答えだった。

「僕はあの時思ったんだよ。君というトレーナーは、なんて『不自由』なんだろうとね」

 不自由。

 その言葉に、ダンデは表情を引きつらせた。

 あってはならない。

 ガラルで最も強いトレーナーの一人であった男を捕まえて、不自由などと。

 だが、モモナリは続ける。

「その理由がわからないほど僕は馬鹿じゃない。わかるよ、リザードンを繰り出すこと、リザードンをダイマックスさせること、それは観客が望んでいることであり、君自身が望んでいることでもある。そのためにワザワザ不利な状況の中に飛び込まなければならないなんて、あまりにも不自由だ」

 それは哀れみだった。同情だった。ガラルのすべてがダンデに同情する数日前に、すでにモモナリは彼に同情していた。

 モモナリはニッコリと笑った。

「だから僕は『自由』であることを見せつけたかった。『ダイマックスをしない自由』をみんなに見せつけたかった。その上で勝ちたかった。自分でもくだらないなとは思うけれど、まあ、君に嫉妬してたんだろうし、やっぱり少し、怒っていたのかな」

 ダンデはしばし沈黙した。

 モモナリというトレーナーは、彼が思っていたよりもずっと自己中心的、強ければ何してもいいと思っている、果てしなく『自由』なトレーナーだったようだ。

「でもね、わかるような気がするんだ」

 モモナリが続ける。

「ガラルのトレーナーは、その誰もが誰かのためになろうとしている。人より強いことを、人の役に立てようとしている。そんな気がするよ、それが僕のような人間から見れば『不自由』に見えてしまうのかもしれないね」

 複雑な表情でそれを眺めるダンデを一切気遣うことなく、彼は続ける。

「でも、君たちのそのような『不自由』がお客さんを熱狂させたり、感謝されることによって、僕のような人間はそのおこぼれに預かれる。ある意味で、僕も君たちの『不自由』に救われている立場だ」

 お、と、モモナリは言葉を切る。

 湖から吹いてきた風が、彼らの衣服の裾を巻き上げた。

 それがおさまるのを待ってから、モモナリが言った。

「だが、今は違う。誰も見ていない」

 彼は自分たちを取り囲む湖をぐるりと見回した。当然そこには誰もおらず、ダンデとモモナリが向かい合っていることを知っている人間は、この世にたった二人だけ。

「そして、君はチャンピオンではない、守るべき権威もない」

 ダンデは、数日前に行われたチャンピオン防衛戦に敗れている。今の彼を称するならば元チャンピオン、元などというものがつくのは称号などではないとするのならば、彼はポケモントレーナーのダンデだった。

「思いっきり『自由』に戦える」

 モモナリははやるベロバーを左手で制しながら、右手でボールを持った。

「チャンピオンの座を守らなくてもいい、チャンピオンとして風格ある戦いをする必要もない」

 ダンデは、まるでモモナリが自分と同じ、もしくはもっと年下のトレーナーであるように見えた。ベテランである人間の落ち着きというものが、すでに彼からは消え去っていた。

「観客を意識しなくてもいい、トレーナーや弟の模範になることも意識しなくていい。勝ち負けを気にしなくてもいい、負けたっていい、僕への報酬のつもりで戦ってもいい、自分が最強であることを僕に叩き込もうとしてもいい、無様に負けた悔しさをぶつけたっていい、いやみったらしく強さへの妬みをぶつけてもいい!」

 彼は目を見開き、口調を荒くする。

「最高に『自由』に! 君だけの戦いを! 君だけの感情を! 俺にぶつければいい! 戦うってのはそういうものだろう! 戦うことは『自由』であることだろう! 『自由』であることは、戦うってことだろうが!」

 今にも、彼はダンデに食らいつかんばかりだった。

 ダンデは、彼の変化に困惑しながらも、それでも自身を強く持った。

 並のトレーナーならば飲まれていただろう、そうして彼に飲まれて『不自由』な戦いを強いられていただろう。

「その申し出は、ありがたい!」

 彼もボールを持った。

「だが、ここにはあなたがいる。俺はガラルのトレーナーたちの良き壁として、パートナーとして、そして、ガラルの模範となるべきトレーナーとしてあなたに挑む! それこそが、俺が選んだ『自由』だ!」

 モモナリがそれに返す。

「おーおー『自由』だねえ! まあ、それでもいいよ、何だっていいよ!」

 二人はボールを投げた。

 現れたモモナリの一番手が、すぐさまキバ湖の瞳に『すなあらし』を巻き起こす。

「かかってこいや若造!」

 その中で何が起こったのか、知る人間はこの世にたった二人だけだった。

 

 

 

 

「モンスターボールを十個。ああ、包まなくていいです。すぐに売るから」

 訝しむ店員からプレミアボールだけを受け取ったモモナリは、ポケモンセンターの自動ドアを通って外に出た。穏やかな日差しが、右手に握られた乳白色のボールを光らせる。

 誰かが天気を操りすぎた反動か、その日のガラルは、突き抜けんばかりの青空が堂々と闊歩する晴天だった。悪天候に慣れてしまった彼は、そのあまりにも通り抜けすぎる自然音にくすぐったさを感じる。

 足元のベロバーは、まだその晴天に馴れがあった。彼はこの濃密な数日が現実のものであったことを実感し、身震いする。随分と恐ろしいことに身を任せたものだ。

「ヘイ、ロトムフォン」

 少しばかり歩いてベンチに腰掛けたモモナリは、ベロバーに買ってやったおいしい水を手渡しながら言った。

『ハイロト!』と、スマートフォンが『ふゆう』する。

「カレンダーを」

『予定はこうなっているロトよ~』

 モモナリは恐る恐る画面を指で触れながらそれを眺める。

 ありとあらゆる予定をぶち抜いて作り出した超長期休暇には、まだ余裕がある。最も、ガラルでのエキシビションに関してはカントーポケモンリーグ協会も絡んだ仕事だったから、そこまで長い休暇だったわけではないが。

「リストを」

『ハイロト』

 映し出されたそれを見て、モモナリは思わず笑ってしまった。

 なんともまあ、無茶苦茶な願いばかりを書き込んだものだ。

 自分がやるべきことを予めリストにしておくと便利でモチベーションアップ。空港のフレンドリィショップで立ち読みした雑誌のそれを鵜呑みにしたのがガラル出発前、そんなもんかと作ったリストは、なんともメチャクチャな予定ばかりであった。

「あんまり、意味がなかったな」

 モモナリは指先で画面に触りながら『ダンデくんと戦う』の項目に斜線を引いた。これで作ったリストの殆どは斜線で消されたことになる。

 残った項目を眺めながら、彼は「うーん」と唸った。できそうでもあるし、できなさそうでもある。

 その時だ、晴天の中を、アーマーガアの鳴き声が響き渡った。

 彼がその方を見ると、一匹のアーマーガアが空を飛ぶタクシーとして仕事をしている。その鳴き声は、自らを鼓舞するためか、それとも客である観光客へのサービスか。

 モモナリはしばらくそれを眺めた。

 そして言った。

「そのリスト、消去しといて」

『いいロトか? 一度消すと元には戻らないロトよ』

「いいよ、構わない」

 彼は立ち上がった。

「やりたい時に、やりたいことをやるさ」

 大きく伸びとあくびをして続ける。

「僕はカントーに帰るよ」

 それを、ベロバーはペットボトルの飲み口を舐めながら聞いていた。




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誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。

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