モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 208-彼等の時間 ⑦

「悔しいよ」

 

 スタジアム入場口。

 モモナリとの対戦に挑もうとしているホップを相手に、惜しくもモモナリに敗北したボーケが、その言葉とは裏腹にケロリと言った。

 

「妥協したんだ」

 

 彼のその言葉に、ビートが付け足す。

 

「僕の収集不足でした……あの男が特殊な技術を持っていることは、もっと深く調べれば、十年ほど前に記載がある」

「ビートが責任を感じることはない。戦ったのは俺だった、そのくらいは自分で知って……いや、感じておくべきだった」

 

 気をつけろよ、と、ボーケはホップの肩を叩く。

 

「こっちでの常識は通用しない」

「ああ、わかったぞ」

 

 ホップは頷き、同じく彼を見送りに来ていたマリィはボーケの方を向いて言った。

 

「でもいい勝負だったばい」

 

 ボーケ以外の三人は一様にそれに頷いた。

 

「そうだな」と、ボーケも時間をおいてから頷く。

 

「悔しいと思えるほどに戦えたよ」

 

 試合開始寸前を伝えるアナウンス、トイレに立った観客たちは、慌てて席に戻るだろう。

 不意に、ビートがホップと目線を合わせて言った。

 

「僕は、乱入を我慢しました」

 

 続ける。

 

「あなたに華を持たせるためにね」

 

 最後の言葉は本心ではないだろうが、最初の言葉は本心だろう。

 

「ああ」と、ホップはその言葉をからかうことなく続ける。

 

「勝つぞ」

 

 もうしばらくすれば、入場のファンファーレが鳴るだろう。

 

 

 

 

 観客たちは、スタジアム中央に入場した二人のトレーナーに釘付けとなっている。

 一人はホップ、セミファイナルトーナメント決勝にて現チャンピオンと戦った男、ダンデの弟にして自身も実力を持つサラブレッド。

 一人はモモナリ、かつてダンデを追い詰めた、カントーからきた外敵。

 そのどちらが勝利するにしても、そのどちらがチャンピオンに挑戦にするにしても、あるいは、そのどちらかがチャンピオンに勝利するにしても、敗北するにしても、それは胸を張って誇れるガラルの歴史の一部であった。

 

 

 

 

 

「初戦は見事だったね」

 

 対面に立つホップの瞳をまっすぐに覗き込みながら、モモナリは微笑んで言った。

 

「迷いがあるようには見えなかった。何か君の中で、整理がついたんだろう?」

 

 それに答える義理はない。

 だが、ホップは「ああ」とそれに頷く。

 

「よかったら、聞かせてくれないかな」と、モモナリは腰に手をやりながら問う。

 

「君は、今回のトーナメントに出て、どうしたい?」

 

 かつて自分を苦しめた質問だ。

 だが、ホップは腰のモンスターボールをそれぞれなでながら、まっすぐにモモナリの目を見つめて答える。

 

「俺は、証明したい」

 

 一拍おいて続ける。

 

「俺が、あいつの横に立つのにふさわしい男だということを、世界に、自分自身に、知らしめたいぞ」

 

 トレーナーとしてだけではない、人間として、研究者として、友人として。彼はそれを世界と自分に認めさせる必要があるのだと、ホップは思っている。

 彼は、その中にチャンピオンを含めなかった。

 なぜならば、チャンピオンはすでに、ホップをそれにふさわしい男であると認めているだろうから。

 だからこそ、チャンピオンは自分たちを招待したのだろう。

 

「なるほど」と、モモナリは一歩後ろに下がって頷く。

 

「良い答えだ、良い心がけだ。君は素晴らしいトレーナーで、素晴らしい人間で、素晴らしい研究者で、素晴らしい友達だろう」

 

 もう二歩、三歩下がってから、少し微笑んで言う。

 

「だが、間違っている」

 

 そう言われても、ホップは心乱されない。彼も同じく、モモナリと距離を取る。

 

「そんなこと、世界に認めさせる必要はない。自分がそう思うなら、それでいい……いまここで、君がそれを認めさせないといけない相手ってのは」

 

 目に見えぬ一瞬の早業、モモナリが腰のボールをすでに投げている。

 

「この、俺だろうが!!!」

 

 濃い砂嵐が、スタジアムに吹き荒れ始めている。

 

 カントー・ジョウトリーグトレーナー、モモナリが、勝負を、仕掛けてきた!

 

 

 

 

 

 

 相変わらず興味なさげに後ろに放り投げられたキョダイなモンスターボールから現れたのは、マッハポケモン、ガブリアスであった。

 キョダイな体格となったガブリアスは、一つ雄叫びを上げた後に、キョロキョロと周りと自身の大きさの違いを楽しむように視線を泳がせる。だが、それは一瞬の出来事で、すぐさまに戦いの表情を浮かべ、ホップとダイマックスしたゴリランダーをにらみつける。

 

「『ダイスチル』」

「『ダイウォール』!」

 

 ガブリアスが繰り出した鋼タイプの攻撃を、ゴリランダーはなんとか防御する。

 もし成功すれば自身の防御力を引き上げることの出来る『ダイスチル』今日はじめてダイマックスに触れたとは思えないほどに抜け目のない選択だ。

 時間稼ぎとして繰り出した『ダイウォール』はひとまずは正解だ。

 そして、ホップに考える時間を与えないように素早く、モモナリが指示を出す。

 

「『ダイジェット』!」

「『ダイウォール』!」

 

 その技の指示にホップは一瞬驚いたが、すぐさまに防御の指示を出す。

 その驚きは、ボーケがすでに解消させている。

 ガラルのガブリアスは『ダイジェット』を打つ事ができない、もし仮説としてそれが出来るのであらば、ガラルにおけるガブリアスの地位はもうワンランク上がるだろう。

 体力の削れているゴリランダーと、体力に不安のないガブリアスとのダイマックスマッチアップにおいて、ゴリランダーはダイマックスのリミットを削ることこそが最大の仕事だろう。

 だが、モモナリもそれは理解している。

 防御の姿勢をとったゴリランダーに対して、ガブリアスはすぐさまにその体勢の不備に気づく。連続して防御をし続けることはできない。試合と試合の僅かな間にゴルダックから共有されたダイマックスの感覚は、彼女に自信を与えている。

 ガブリアスの『ダイジェット』は、ゴリランダーの『ダイウォール』の僅かな隙間を突いた。壁は崩壊し、生み出された強烈な風が、ゴリランダーにダメージを与える。

 うめき声、小さくなるゴリランダー。

 審判員がそれを判断するよりも先に、ホップは彼をボールに戻した。

 

「さあ、伝説の再現だ!」

 

 モモナリは、ホップを睨みつけるように見据え、それでいて笑顔でそう叫んでいた。

 

「あの時、君達が何を成したのか見せてもらおうじゃないか!」

 

 あの時、とは、ブラックナイトが暴走したときのことを言っているのだろうか。

 だとすれば、モモナリは自身を災厄としているのだろうか、その目線から、ホップらが何をしたのかを目撃したいというのか。それが、彼なりの伝説の体験なのだろうか。

 

「いくぞ」と、ホップはモンスターボールを手に取る。

 

 現れたつわものポケモン、ザマゼンタは、モモナリに対するこれまでのフラストレーションを発散するかのように、彼に向けて雄叫びを上げた。

 

「いいじゃないか!」と、モモナリは嬉しげに叫んだ。

 

 上空からそれを眺めるガブリアスは、大好きなおやに牙を向けるザマゼンタに対して唸り声を上げた。

 当然、彼らはこのまま伝説通りにやられるつもりなどないだろう。勝利し、支配すれば、それはもう災厄ではない、勝者が紡ぐただの歴史だ。

 

 

 

 

 

 

 伝説を目の当たりにした観客たちは、もう疲れを感じ始めている。

 だが、本当のメインイベントはこれからなのだ。試合に勝利したホップとチャンピオンの防衛戦こそが、最も熱中すべきもの。

 だが、これまでの三試合でも十分すぎるほどのボリュームであった。彼らは語りたいし書き込みたいし、考えたい。

 ポケモンリーグ協会もそれはわかっているのだろう。防衛戦までに組まれた休憩時間は、これまでのダイジェストをするには丁度いい長さであった。

 

 

 

 

 

 

「……すげえ試合だったな」

 

 関係者特別観戦室に歩みを進めながら、ボーケは呆けたようにそう言った。

 誰かに投げかけたという言葉ではなかったが、それにはビートもマリィも頷く。

 

「腹立たしいですが、あの田舎者も中々でした……腐ってもプロだということでしょう」

 

 ビートのそれにも、二人が頷く。

 

「ガブリアスが『ダイジェット』を打つことが出来るということの強みを理解し、理想的に運用していたな……人間性はともかく、能力はあった」

「全くです、人間性は最悪ですが」

 

 それに頷くボーケとビートに、マリィは首をひねった。

 

「よくわからんのやけど、今あのカントーの人のこと言っとるよね?」

 

 その問いに、今度はビートが首をひねった。

 

「それ以外にありませんが?」

「なんかあったん?」

「あなたは会ったことないんでしょうけど、とんでもない狂人でしたよ」

「いや、あたし会ったばい。インタビュー受けたと」

「それならわかるでしょう? とんでもない人間だと」

「そげんこと思わんかったけどなあ……普通の人やったばい……試合はちょっとぶっ飛んでたけど」

「誰かと勘違いしてるんじゃないか?」

 

 認識の違いにそう結論づけたボーケは、たどり着いた観戦室の扉を開く。

 シュートスタジアムらしく、生活感と豪華さを併せ持つようなその室内は、三人がくつろぎながら試合を見るには十分であった。

 まだ誰もいないそこに。ふう、と、ビートが安堵のため息をつく。

 

「あの田舎者がいたらどうしようかと思いましたよ」

 

 その言葉に、たしかにそうだなと彼らは思った。

 

「おや」と、ボーケはテーブルの上に置かれているそれに気づいた。

 

「差し入れか?」

 

 そこにあるのは段ボール箱だった。

 観戦室のセキュリティは信用できる、不審なものではないだろう。

 それを覗き込んだボーケは、そのうちの一本を取り出してラベルを見た。

 

「ジュースじゃねか」

 

 知らぬブランドであったが、どうやらそれがきのみから作り出されたジュースであることはわかる。

 それらを箱から取り出す、全部で五本だ。

 どう見ても六本入っていたであろうダンボールに五本しか入っていないのが不思議ではあったが、それは今はどうでもいいだろう。

 ビートは、そのラベルのデザインに見覚えがあるような気がしたが、よく思い出せない。

 

「あ、これ」と、空になった段ボール箱を覗き込んでいたマリィが、一枚のカードを拾い上げた。

 

 三人でそれを覗き込むと、拙いガラル語で『みんなで仲良く飲んでね。モモナリ』とだけ書かれている。

 

「やっぱり、悪い人じゃなか」と、マリィは呟いたが、ボーケとビートは未だ信じられないと言った風だった。

 

 

 

 

 

 

 テーブルがあるわけでもなく、柵があるわけでもなく、モニターがあるわけでもない。

 むしろそこは土埃にまみれ、滅多に掃除をされることもなく、たまに降る雨は土埃を泥にしていたずらに跳ねるだけ。

 シュートスタジアムの巨大なスクリーンの上部、誰にも注目されることのないそこは、他のスタジアムと同じように汚れていたが、個人が戦いを眺めるには最高のロケーションであった。

 

「よしよし、よく頑張ったな」

 

 躊躇することなくそこに降り立ったモモナリは、急いで取り寄せたきのみジュースのうちの一本を開け、上を向き口を開いているガブリアスにそれを少し注いだ。

 喉を潤すための水分ではない、ガブリアスは口の中いっぱいに広がるその味に喜び、舌を動かしてそれを余すことなく味わう。やがて口の中に味がしなくなった頃合いに、彼女は小さく唸って口を開き、おやにそれをねだった。

 

「さて」と、彼は服が汚れることを気にせずそこに腰を下ろした。ポケモンバトル観戦歴の長い彼はそこが最もよく戦いを眺めることが出来る場所であると見抜いていたし、たとえそこが立入禁止であろうと、だからなんだと思っているだろう。

 

「美味いなあ」

 

 ジュースを一口含んで感想を言った。まずくはないが、彼は酒が入っている方が好みであった。

 残りもガブリアスにあげようかと再び立ち上がろうとした時、彼はガブリアスが目線の向きを変えたことに気づき、彼女の背後をとった。

 

 スタジアムの裏から、一匹のポケモンが空を飛んで近づいてくる。

 だが、モモナリとガブリアスはすぐさまにその警戒をとき、彼女はジュースを望み、彼はジュースを注ぐ。

 そこに降り立ったのは、リザードンと、ポケモンリーグ協会委員長、ダンデであった。

 

「かならずここにいると思っていましたよ」

「君、方向に弱いんじゃなかったっけ?」

「俺がいきたいところに行けば良いんですからね、楽な方ですよ」

「へえ」

 

 モモナリは、ガブリアスが腕を引いていることに気づく、その要求のままに彼女にジュースのびんを手渡すと、彼女は器用にそれを腕で挟んでトコトコと歩き、ダンデの背後に立つリザードンにそれを手渡した。

 リザードンは突然のそれに驚いていたが、ダンデはそれに頷く。

 

「ははは、いただこうじゃないか」

 

 許可をもらってから、リザードンはそれを傾けて飲む。嫌いな味ではなく、それを見たガブリアスはまるでそのジュースを作ったのが自分自身であるかのように誇らしげに胸を張っていた。

 

「弟くんの試合はどうだった?」

 

 不意に、モモナリがダンデに問うた。

 ダンデはそれに頷いて答える。

 

「安心しました。ホップは俺と違って考え込むところがあったので」

「そうだね、色々なことを考えたんだろう。僕たちと違ってね。その結果たどり着いたんだ、大したものだよ」

 

 お互いがしばらく沈黙した後に「そうだ」と、モモナリがダイマックスバンドを外しながら言う。

 

「宝物庫の推薦状と、ダイマックスバンドは助かったよ。ありがとう」

「ああ、キバナから聞いていますよ『前よりまともだった』とね」

 

 ダンデはその礼は素直に受け取ったが、しかし、ダイマックスバンドは受け取らなかった。

 

「どうしたんだい?」と、モモナリはそれを疑問に思った。

 

「あなたのダイマックスは見事でした」とダンデ。

 

「それを体験できなかった俺が、嫉妬するほどにね」

 

 そこまで言われて、モモナリはそれに気づいた。

 

「なるほど」と、彼は腰のボールに手をのばさんとする。

 

 すでにトーナメントからは敗退している。

 今からどれだけ理事を怒らせようとも、ガラルの未来になぶられる理事の姿を見る必要はなさそうだ。

 そうなれば、モモナリがそれを断る理由がない。

 だがその時、入場を観客たちに伝えるファンファーレがスタジアムに響き渡る。

 ふと、入場口からスタジアム中央に歩く二人のトレーナーを見て、モモナリは「いや」と、その手を腰のボールから離す。

 

「今は、やめておこう」

 

 それを意外に思ったダンデを尻目に、モモナリはチャンピオンとホップの表情を見比べて続けた。

 

彼等の時間(チャンピオンズ・タイム)だ」




 以上で『彼等の時間』は終了となります、ありがとうございました。
 お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今回の話は原点回帰してモモナリを『悪役』として書くことを意識していました。どちらかと言うと主人公はホップに据えたつもりです。
 この話はオチの『チャンピオンズ・タイムだ』が全てであると思っているのホップ達とチャンピオンの友情を意識した作りにしました。まさにモモナリは最適な当て馬であり最高のジョバーだったと思います。
 途中にあった『過去からの一撃』はプロットの途中で思いついたものだったのですが、こういう話の一場面で使うには少しもったいないほどいいアイデアだったんじゃないかなと思っています。余談ですが剣盾のモモナリパはノーテンキゴルダックがめざパが無くなりシンクロノイズもなくなったので雨パに対してやることがなくなってしまいました。その代わりにようやくユレイドルを一キャラクターとして確立できたので良かったです。
 後書いてて思ったのはモモナリはキバナとの相性が悪い。
 個人的にキバナはガラルにおける倫理観の番人であるような雰囲気だと思っているので相性がいいわけないんですけどね。ここらへんの話もいつか書いてみたいですね。
 それでは、ありがとうございました!


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