モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 2-入植者 ②

 地下通路。

 ナナカマドが足早に目的地に近づくにつれ、その明らかに普通ではない喧騒の反響は大きく近くなっていき、風にのってやってくる粉塵の量も増えてくる。

 

「モモナリが心配ですって!?」

 

 喧騒に負けぬよう、オークボが声を張り上げた。彼はようやく、ナナカマドと自らの意見の食い違いに気がついたらしい。

 

「ああ、そうとも!」と、足早に進みながらナナカマドがそれに答える。

 

 その頃になってようやくオークボが地下通路の狭さに慣れたようで、彼はぐいとナナカマドに近づきながら更に問う。

 

「心配なのはシロナさんの方です」

「いや、シロナは心配ない」

「なぜです」

「あれは強い」

 

 そこまで言ったところで、ひときわ大きい音が通路に響いた。

 流石に危険を感じて立ち止まったナナカマドの背中を見て、オークボは少しだけ怒りの感情を覚えた。

 

「失礼ですが、ウチのモモナリも相当に強い」

 

 歩みを進めようとしていたナナカマドは、その動きを止め、オークボに振り返る。

 

「シロナはあの歳でバッジを七つ持っているんだぞ」

「モモナリはあの歳ですでにプロのトレーナーですよ」

「シロナはカンナギの最高傑作だ」

「モモナリはハナダが生んだ天才です」

「ドラゴンつかいの一族だぞ!」

「モモナリはドラゴンつかいのワタルにその才能を認められている!」

「シロナは強い!」

「モモナリも強い!」

「少しおかしいくらい強い!!」

 

 最後の言葉を発したのはどちらであろうか、それとも、どちらもであろうか。

 だが、その口論が決着を見せることはなかった。

 喧騒と粉塵の向こう側から、かけるような足音が聞こえてきたのだ。そして、それから間髪入れずに、粉塵の向こう側から一人のトレーナーとポケモンが駆け出してくる。

 それは、モモナリとピクシーであった。

 彼はオークボに気づいていたのだろう「またあとで!」とよくわからないセリフを吐いて段々と彼等から離れていく。

 彼等がその感想をいうよりも先に、今度は少し速歩きの足音と、少女の甲高い笑い声。

 

「モモナリ君! あれだけの啖呵を切って、まさかこれで終わりじゃないでしょうね!? 十二勝八敗、まだまだ私が勝ち越してるわよ!」

 

 粉塵の向こう側から、余裕と興奮の表情を浮かべたシロナが現れる。

 

「あ」と、シロナはナナマカドらと目を合わせ、気まずそうにそれを逸らした。

 

「お話は後で!」

 

 足早にその場を去った彼女の背が消えるまで追った後、二人は顔を見合わせ、ため息を付いた。

 くだらない意地の張り合いをしている暇はなさそうだ。

 

「どうします?」と、オークボが問うた。ここに来て初めて、彼は年の功を頼った。

 

「どうするって」と、ナナカマドは髭をかいた。

 

「どうにかすることができるのかね?」

 

 

 

 

 

 

 このような機会を、このような対戦相手を、彼女は待ち続けていた。

 自らをリスペクトしてくれる実力者か、倒せば名を上げることができるカモネギか、素晴らしい技術を持ったトレーナーか。

 否、否、そのどれでもない。

 自らをリスペクトしているかどうかなど、どうでもいい。

 倒したところで名を上げることができるかどうかも、どうでもいい。

 素晴らしい技術を持ち合わせているかどうかも、どうでもいい。

 彼女が欲していたのは、心の底から、都合のいい存在。

 何をしても良い、力いっぱい殴っていい、そんなことをしつつも、わだかまりなど一切なく、けろりと、次の日にはまた同じように力いっぱい殴っていい。そんな、自分だけの素敵な素敵なデコイ。

 そういうものが、彼女は欲しかった。

 ならば、壁でも殴ればいいのか。

 否、否。そうではない。

 無抵抗では、面白くない。

 むしろ、攻撃的であって欲しい。

 豪快で鋭くありながら、的確で冷たい。そういう攻撃性を持ち得て欲しい。

 そのような攻撃性を、自らを圧倒するような攻撃性を、躱し、受け潰し、へし折りたい。自分たちの持ち得る才能と技術を、最大限に発揮できるような攻撃性を持ち得て欲しい。

 研究者だからと、女だからと、ブロンドだからと咎めるような、そんな倫理観や偏見など必要ない。

 ただただ盲目に、自らを屈服させんとする攻撃性が欲しい。

 本気を出せる、相手が欲しい。

 

 ドラゴンつかいの一族に生まれ、相棒と、才能に恵まれ、知能に恵まれ、知識に恵まれ、無限にも思える向上心に恵まれた。ただ、それだけの戦力を、武力を、暴力を発揮することのできる機会には恵まれていなかった。

 自らの美貌に釣られる男は、大した攻撃性もなく、殴るまでもなく退散する。

 自らの強さに惹かれるトレーナーは、攻撃性は大したものだが、脆い。

 野生のポケモンならばどうか、ダメだ、彼等は生き残ることが目的であって、戦うことが目的ではない、考えが合致していない。

 それが、まるで神に遣わされたかのように、目の前に現れたのだ。

 見るからに、何をしてもいい、そんな存在だった。

 

「さあ! さあ! さあ!」

 

 ズカズカと、まるで世界の中心を歩いているかのように、シロナはロズレイドを従え、地下通路を果敢に進む。

 目線の先には背を向けて逃げる少年と、その相棒であるピクシー。

 追い打ちか、敗走する少年に対するダメ押しか。

 否、そうではないだろう。

 その少年、モモナリと言ったその少年は、自分を相手に無様に敗走するほど弱くはない。

 その証拠に、チラリチラリとこちらを見やるその視線はまだ死んではいない、許しを懇願していない。

 誘っているのだ、あの目は。本能的に、シロナにはわかる。

 ならばそれに乗ろうではないか。

 誘いに乗り、その最後の手段を、徹底的に堪能しよう。

 そして、それを折る。自らの持ち得る、すべての力で。

 

 地下通路の曲がり角、シロナらの様子をうかがいながら、モモナリとピクシーはその足を止めた。

 だが、許しを懇願するわけではない。モモナリは笑みを、ピクシーはらしからぬ睨みを効かせ、再びシロナと向き合う。

 

「もう逃げるのは終わり?」

 

 興奮に背筋を震わせながら、シロナはおあつらえの台詞を吐いた。まさか、そんな事がありえるわけない。

 

「まさか、そんな事があるもんか」

 

 モモナリもまた、おあつらえ向きにそう答える。

 

「正直、驚いた。まさかこんな田舎に、あんたほどのトレーナーがいるとはね。どんな土地にも、強いやつはいるもんだ」

「お褒めの言葉をどうも、温室育ちのカントー人には少し厳しすぎたかしら」

「さあ、それは今から分かることだよ」

 

 その言葉を待っていたかのように、ピクシーが腕を振る。

 シロナとロズレイドは身構えた、もしそれが単純な攻撃であるのならば、容易に対応できただろう。

 だが、それは攻撃ではない。

 ピクシーが腕を振ったその瞬間、地下通路を照らしている電灯が音を立てて割れた。

 一つだけではない、明かりのグラデーションを作っているかのように、暗闇は彼等を中心に奥へ奥へと作られていく。

 

「『エナジーボール』!」

 

 彼等の意図に気づいたシロナは、まだわずかに明るさが残っている内に攻撃を放った。

 

「『ひかりのかべ』」

 

 だが、その攻撃はあっさりと防がれる。

 そう簡単に通る攻撃ではないと思ってはいたが、あまりにもあっさりと防がれたものだからシロナは驚いた。ロズレイドのエナジーボールは、この地方では防ぐもののいなかった攻撃である。

 やがて、自分たちの周りは、僅かばかりの明るさだけが残る空間となった。

 やられた、と、シロナは唇を噛む。

 何かを仕込んでいるだろうとは思っていた。

 だが、まさかその狙いが『視界』だとは思っていなかった。思ってもいなかった。

 光を求めれば、モモナリの背後の電灯はまだ消えていないから、わずかに明るく見える。

 だが、彼はその方向への逃避を許さないだろう。

 見えぬ視界に、彼女はその対応が遅れている。

 彼が、それを見逃すはずがない。

 

「『サイコショック』」

 

 音もなくロズレイドに詰め寄ったピクシーが、ぶん殴るような超念力をロズレイドにぶつけ、その膝を折る。

 追撃をすることなく、ピクシーは再びロズレイドと距離を取り、モモナリのそばに戻った。暗闇が、彼等を一つの影の塊のようにカモフラージュした。

 

「九勝十二敗」と、ぼんやりと見える影からの声が反響する。

 

 慣れている。

 モモナリは、視界に頼らぬ戦いへの慣れがある。

 カントーから、都会からやってきたはずなのに、どうして。

 二つの影が、同時に動く。

 先手を取られるより先に、シロナが叫んだ。

 

「『マジカルリーフ』!」

 

 目標を捉えれば必ずヒットさせることのできる技だ。

 ロズレイドは影に向かってそれを放った。

 だが、それは弾かれる。

 ついさっきピクシーが作り出した『ひかりのかべ』だ。

 シロナは混乱する。

 どうしてそんな動きをする必要がある。

 それを理解させたのは、もう一つの影。

 ぐいとロズレイドとの距離を詰めたそれがロズレイドを捉える。

 そして『ひかりのかべ』の背後にいる影が叫ぶ。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 その影、ピクシーの念動力により、ロズレイドはついに仰向けに倒れた。弱点であるエスパータイプの攻撃二発がクリーンヒットしたのだ、それは当然だろう。

 

「十勝十二敗」

 

 反響するその声に、シロナはロズレイドをボールに戻しながら一歩後ずさる。

 この状況は、モモナリに理がある。

 何より、自らを囮にするその発想が、この状況への慣れを顕著に表現していた。

『ひかりのかべ』があるとはいえ、そのような捨て身な戦略を、なんでも無いことのようにやってのける。

 新たにルカリオを繰り出しながら、シロナは思った。

 面白い。

 面白い、面白い、面白い。

 

「面白い!」

 

 その思いは、脳によるストッパーを意に介さず、直接言葉になって現れる。

 ただ、自分の力を存分にぶつけるだけではない。

 この戦いが終わった後、自分が成長できる余地がある。また一つ、強くなれる。

 

「そうだろう!」と、影がそれに返す。

 

「もっともっと! もっともっと楽しもうや! 俺達なら! あんた達ならそれができる!」

 

 影が動く。

 だが、ルカリオはそれよりも先に影との距離を詰めている。

 

「『バレットパンチ』」

 

 鋼のような硬度を持つ高速の拳。

 今度は影が、ピクシーが膝を折る番であった。

 

「十三勝十敗」

 

 更に暗闇の方に後ずさりながら、シロナが続ける。

 

「楽しみましょう!」

 

 この戦いにふさわしい場を、彼女は知っている。

 

 

 

 

 

 

「何者なんです?」

 

 突如として明かりを失った地下通路。

 ナナカマドとオークボは、お互いの携帯端末や小型のライトを寄せ合い、ナナカマドの持つ地下通路の地図を確認していた。

 その問いが、少なくとも自らへのものではないことを、ナナカマドの聡明な頭脳は即座に理解した。

 

「先程言い合ったとおりだよ」

 

 自分たちが今いる場所を確認しながら、ナナカマドが続ける。

 

「ドラゴンつかいの一族で、私の助手で、有望なトレーナー。それ以上でも、以下でもない」

 

「そうは言っても」と、オークボは困惑する。

 

「あのモモナリが逃げるなど」

「逃げる? 私には逃げたようには見えなかったが」

 

 ナナカマドが続ける。

 

「あの少年こそ何者なのかね? シロナがあれほどまでに楽しそうに戦っているのは久しぶりに見たよ」

「それこそ、先程言ったとおりですよ。リーグトレーナーで、メチャクチャなトレーナーです」

「メチャクチャね」

 

 ナナカマドは髭を動かしほほ笑みを浮かべる。

 

「あんなものさ、強いトレーナーというのはね」

「まさか」

「君は教養がありそうだが、専門、例えば卒業論文のテーマは何だった?」

 

 突然な質問であったが、オークボはナナカマドを尊重してそれに答える。

 

「サファリゾーンにおける生態系から鑑みた、外来種がカントー地方に及ぼす影響についてを研究していました」

「なるほど、興味深いテーマだ。それならば、例えば君は『強いポケモンだけをどんどん輸入し、劣等種は駆逐されればいい』という考え方の素人と議論をする気は?」

 

「まさか」と、オークボは首を横に振る。考えたくもない。そういう輩は大体において結論が先にあり、それを曲げることがない。そして、その大抵は大した知識を持ち得ていないため、まさに話すだけ無駄になる。

 必要がなければ、できるだけ関わりたくはない。

 

「そうだろう」と、ナナカマドはオークボの否定を肯定した。

 

「大体、自分の得意分野というものは、自分と同じレベルの知識を持ち得ているか、それ以上でなければ得るものも、楽しみもない。そして、恐らくそれは、バトルというものでも同じなのだろう」

 

 ナナカマドは髪を掻きながら続ける。

 

「シロナもそう、駆け出しの頃は私や研究員のものとバトルをしたが、最近ではメッキリだ。もはや我々とのバトルで得るものはなく、楽しさもない。そこに、あの少年が現れた」

 

 あの少年、とはモモナリのことだろう。

 

「見るからに、何をしてもいいような少年だ。自分がやることは、自分がやられてもいい。そんな考えが透けて見えるような、ある意味で単純なね」

 

 ある意味では、モモナリの存在を軽んじるような発言にも聞こえたかもしれないが、オークボはそれに異を唱えなかった。恐ろしく的確に、モモナリのことを表現しているようにすら聞こえていた。

 

「理解が、できません」

 

 オークボは頭を抱える。

 だが、ナナカマドは「そうかね?」と、それに異を唱える。

 

「私は理解できるよ。もちろん、認めはしないがね」

 

 その言葉に驚き、説明を待つ後輩学士オークボに、ナナカマドは続けた。

 

「誰だって、一度は夢見るだろう。誰よりも強い自分自身を。だからこそ、リーグのチャンピオンとは尊敬されるものなのではないのかね?」

「ええまあ、それはそうでしょうが」

「シロナにしろ、あの少年にしろ、少なくとも我々よりかは、それに近しい場所にいる。ならば、それに向かおうとすることに何の不思議がある?」

「しかし、だからといってこのように無茶苦茶な戦いをする必要はないでしょう」

「さあ、だが、少なくとも彼女らはそうは思っていないだろう」

 

 考えてみたまえ、と、彼は続ける。

 

「例えばこの世にトレーナーが自分自身たった一人だったとして。そのトレーナーは一番強いわけではない。サンプルが一つでは順序尺度は適応できないからだ。自らの強さを客観的に知るには、少なくとももう一人のトレーナーが必要であり、戦わなければならない」

 

 わかるかね、と、更に続ける。

 

「最強のトレーナーは、常に自分以外のもう一人のトレーナーを欲している。最強は一人では作れない。だから、シロナやモモナリくんが対戦相手を求めるのは当然のことなのだ」

 

 オークボは、瞬間的にはその理屈を受け入れることができなかった。トレーナーというものは独りよがり、まるで一人で生きているような生き物だというのが、彼の正直な印象であったからだ。

 だが、彼は少しばかり時間をかけて、その理屈を咀嚼した。小さく頷きながら、それが的はずれなではないことを確かめる。

 そして、次に出てきたのは、なぜバトル畑の人間ではないナナカマドがその結論を持っているのかという疑問だった。

 

「どうして、あなたがそこまでトレーナーを理解できているんです?」

 

 ナナカマドはそれに少し考えてから答える。

 

「オーキドしかり、シロナしかり、強豪トレーナーを見てきたからだろう。それに、トレーナーの多くは、戦いという非日常を抱え、自分を素直に言語化できないものだ。私が彼等を言語化できるのは、私が強豪トレーナーではないからだろう」

 

 彼は笑って続ける。

 

「君もいずれそうなる」

 

 オークボの反応を待たず「さて」と、ナナカマドが腰を上げた。

 

「場所を移そう。シロナが戦場に選びそうなところがある」




最終話は明日朝更新します

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